「蝉しぐれ」 藤沢周平

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文春文庫 ★★★

semishigure.jpg名作!ということになっているらしい。確かに良品という記憶はあったのだが、久しぶりに読み返してみて、あらためて自分自身の評価をつけると四つ星ではなく、やはり三つ星になってしまう。

藤沢作品に対しては、常にこの不満感を覚える。絶世の美人なのに後姿に瑕瑾があるとか、惜しいかな声が悪いとか。キズになるようなものではないけど、でも不満が残る。せっかくの、めったにいない美人なのになー。

蝉しぐれ。清涼感、透明感がいいですね。藤沢さんの風景描写は特に絶妙です。厭味のない名人芸。五間川にそそぐ小さな流れのほとりに下級武士の家々が立ち並び、その一軒の裏手で稽古帰りの少年が体をすすぐ。隣の家には12~13の女の子がいる。子供だと思っていたのに、最近は妙に恥ずかしがって避けるような様子すらある。少年も意識するような、しないような、はっきりしないモヤモヤした状況。

でも、少年にはもっともっと大事なことがたくさんあります。友人のこと、道場のこと、決着をつけなければならない少年同士の揉め事、母親への気兼ね、昼食までに帰らないといけないだろうか、それとも多少はおしゃべりの時間をとれるだろうか。

たいていの成長物語がそうであるように、というより少年が青年に脱皮していく過程こそがこの小説の芯であるからですが、境遇の劇的な変化、隣の美しい寡婦への形容できない感情、剣の道へのストイックなのめりこみ等々、読者は少年と一体になって耐え忍んだり、喜びを覚えたり、希望を抱いたりしていきます。そして、どれだけ共感させてくれるかが、こうした小説の出来不出来なんでしょうね。そういう意味では90点、95点の素晴らしい一冊なのですが・・。

終盤、透明感を持った成長物語が急に俗悪時代小説に変貌します。家老の命を受けてから友人二人と大活躍を開始するところからですね。いきなりスターウォーズかバックトウザフューチャーの一場面みたいなチャンバラ活劇になってしまい、バッタバッタと人を斬る。サービスが過ぎます。残された刺客うんぬんの挿話も余計ですね。

おまけにハッピーエンドの大団円。エピソードでのおふくとの一件は非常な蛇足です。おいおい、そんな甘い恋愛話ではなかったんじゃないの? と言いたくなります。

同じような作品では、たとえば周五郎の「ながい坂」。これも主人公がスーパーマンすぎるのが厭味ではありますが、さすがに最後はギュッと締まっている。家老かなんかに出世した主人公の背に「さすが出頭人、颯爽たるもんだな」とかなんとか、若侍たちの心ない揶揄が飛ぶところで終わっていたような気がします。

この二人、いいとこ取りしたら物凄い作品になるんだろうか。無理か。

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