母の梅干し

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妻は午前中にパタパタとアイロン掛けをすませ、子供に会いに有楽町まで出かけた。何で有楽町なのかは聞き忘れたが、たぶん何かの用で娘がそこまで出てくるのだろう。外は冷たい吹き殴りの雨。小雨だが、北からの風に煽られて霧のように舞っている。

正午になるのを見計らい、妻がセットしておいた炊飯器のスイッチを入れる。炊けるまでの間、武田百合子の「言葉の食卓」を拾い読みする。戦前の食事の話、貧しい弁当の話、戦後のレストランの話。この人の使う言葉は独特に鋭くて、好きだ。文章を飾らない。誤魔化さない。後味がよく、それで時折はこの人の「富士日記」を書棚からひっぱだしては読む。

炊きあがった炊飯器がピーピーわめくのでスイッチを切り、妻の言い置いたとおり、これも用意してあった耐熱ガラスの容器に移す。目的は違うが、ま、オヒツのようなもんでしょう。容器の上には湯気取りにキッチンペーパーをかぶせておく。冷蔵庫をみたら珍しく厚切りベーコン3枚入れのパックがあったので、分厚いのを1枚とりだして半分に切る。取り分けた分を更に小さく切ったら、薄くバラけてしまった。厚切りではなく、薄切りの3枚分くらいがペッタリ貼りついていただけだった。なーんだ。

茶色の鶏卵を割って、メニューはベーコンエッグ。胡椒をふり、仕上げに更に醤油を回す。ご飯は茶碗に山盛りにし、思いついて冷蔵庫から梅干しも取り出す。小さな容器に3コ入ってたので、1コを取り分ける。色も悪く、皮が少し堅いのが難点だが、味はいい。

この梅干し、茨城にリタイヤーしている歳の離れた姉が去年送ってくれたもので、塩の分量を間違って通常の1.5倍くらい使ってしまったとかいっていた。おまけに梅の外れ年で皮が硬い。ところが先週もまた電話がかかってきて、ま、いろいろな事情の末だが、その梅干しが余っているのでまた送ってもいいかと言う。もちろんありがたい話なので、断るわけがない。姉の梅干しは子供の頃に田舎で食べていた味と同じで、こういうところは母と娘なんだろうなと思っている。嫁入り前に教え込まれたのか、あるいはなんとなく見ていたのか、そんなことはなくても味の記憶だけで似てくるものなのか、そのへんまでは分からない。

去年の梅だけでなく今年の分も少し入れておくからね、と姉は電話口で言っていた。今年は塩も失敗しなかったからね、と言う。なんか、塩のことばっかり気にしている。塩がきつくったって、おいしいのに。宅急便で届いた二種類の梅干しは一目でわかるほど違っていて、古梅は硬い褐色。新梅は赤くで柔らかい。

この今年の赤い色、お義母さんの作る梅干しの色ね、と妻が言う。色素でも使っているのかと思ったら、そうではなく、紫蘇から出た自然な色なんだという。私は、そんなことも実はよく知らない。しかし、母は梅干しを漬けるとき色素を使っていたような気がする。赤色○号だからね、と買いに行かされた記憶もある。紫蘇だけでこんなにきれいに赤くなるのなら、なんで色素を入れたんだろう。たまたま梅の出来の悪い年にだけ使ったんだろうか。もう聞くこともできない。

そんなことを考えながら、山盛りの一椀を片づけた。ちょっと食べ過ぎ。 

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