「深夜特急 1」 沢木耕太郎

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新潮社 ★★★

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このところ妻がハマっていて、やたら沢木の話をするもんで、読ませてもらった。

なるほど。

26歳で所持金のすべてをトラベラーズチェックと現金に換えて、これが1900ドル。で、ユーラシア大陸バスの旅に出かける。そのとっかかりが、まず香港。ほんの数日のはずが香港にとりつかれてしまってズルズルと長期滞在となり、マカオではカジノにひっかかって破滅しかかり、でもかろうじて200ドルの損失にまで取り戻し、フェリーのデッキに転がって香港に逃げ帰る。

今月行ってきたばかりの香港の話なんで、リアルで面白かったです。泊まった安宿の黄金宮殿というのはあのへんかな、なんて見当もつく。この時代の青年の感覚。フラストレーション、閉塞感もたぶん理解できます。

1900ドルって、当時はどれくらい金額だったんだろう。沢木26歳の1973年頃なら1ドル300円程度のはずです。すると57万円か。ちょっと調べてみたら昭和51年(1976年)の大卒初任給が9万4000円でした。でもこのへんって、ものすごいインフル期なんですよね。これ以前の資料がなかなか発見できなかったんで責任持てませんが、たぶん3年前の昭和48年なら初任給6万~7万程度じゃないかな。

とすると(ずいぶんいい加減な推測計算ですが)ほぼボーナス込み給与の半年分くらいになりますか。現在の大卒初任給を20万円とすると、ザッと160~190万円。うーん、単に金額にするとたいしたことないみたいですけど、実際の重みは物凄く違いますね。とにかくカツカツで必死で食べてる時代の、年間所得のほぼ半額です。そんな大金、自由に使える青年なんてほとんどいなかった。おしなべて国民すべてが貧しかったんです。

ま、そんなことはともかく。

この文庫の後書き対談で山口文憲(この人の香港ものは以前に読んで感動した記憶あり。もっと若い人かと思っていた)としゃべっていて、二人とも1947年生まれ、26歳で放浪の旅に出ていることが判明。当時の放浪旅はたいてい20歳前後が多いんですが、これだと受け止めるものが一気に多すぎる。カルチャーショック、金、女、すべてが怒濤のようにおしよせ、結果的につぶれてしまう青年が多かった。それに比べると26歳はそれなりのスタンスも出来、世間知もある。核がある。

「それがよかったですよね」と二人が納得しあっている。そりゃ間違いないんだけど、でも26歳というと、もうバカは卒業して固く会社勤めしてるケースがふつうなんです。この年になってからアホをやろうと思いたったというのが沢木、山口。ま、そういうタイプでないと物書き商売で生きていくのは難しいでしょうな。

いい本でした。

追記
思いついて上記 山口文憲の「香港旅の雑学ノ-ト 新潮文庫」を再読。やはり面白い本です。沢木とは違った方向からのアプローチですけどね。


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