「電車男」 中野 独人

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新潮社(小学館だっけ?)から出て売れているらしいですが、あいにく購入して読んだわけではなくまとめサイトの閲覧です。

本というべきなのかなー。掲示板の書き込みではありますが、そこに「整理してまとめる」という作業が加わった段階で、やはり一種の「本」になってるんでしょうね。

何気なく読み始めて、やはり感動しました。平凡な、オタク系のウブな青年が女性と知り合い、緊張しまくりながら食事の約束をとりつけ、生まれて初めて美容院で髪をカットし、、女性に好感をもってもらえそうな服装を算段し、会い、ぎこちなく話をし、そのうち手を握り、・・・数カ月後にようやく告白までたどり着く。

どこといって特にドラマチックな要素があるわけでもありません。ま、キッカケは電車の中で酔漢から女性をかばおうとした、という点では多少のドラマですが、でもテレビドラマと違って特にヒロイックな行動がとれたわけでもない。ヒーローになれたわけでもない。どちらかというと、自己嫌悪に陥ってしまうようなぶざまな結末です。

でも青年は以前から出入りしている2ちゃんねるの掲示板(彼女のいない、モテナイ男専用みたいな自虐系掲示板)に、報告書き込みします。こんなことがあったよ。普通なら、感謝→食事→交際→カップル! みたいな進行だってありそうなものだけどなー、ドジなことにメールアドレスも聞き忘れた・・・。

しかし後日、その女性からお礼にティーカップが2つ届きます。HERMESという刻印を見て、どこの陶器屋だろうといぶかしくおもう青年。それ、エルメスだぞ、相手は金持ちだ、お嬢様だ、と沸き立つ掲示板の常連たち。

このへんから常連たちは逡巡する青年のサポーターになります。あるいは青年が彼らの輝けるチャンピオン(代闘者)候補になります。女性の心理をみんなで推察し合い、どんな食事に誘うべきか、どういう内容の電話をすべきか、デートの服装、髪形、行動のとり方、などなど。

自信もなく頼りなかった青年も、ハードルをひとつ越える毎に強くなっていきます。強くはなるのですが、時として急速に落ち込みます。比較的裕福な家に育ったらしい女性に対するコンプレックス、自分なんか相手にしてもらえるわけがない。からかわれているんではないだろうか。釣り合いがとれないよなー。そんなふうに落ち込んだとき、モテナイ板の常連たちは意外なほど暖かく励まし、応援し、助言し、親身に勇気付けてくれます。その熱気をもらって青年もまた立ち直る。

いよいよ最終段階。青年が「今日は決戦だ!」と腹をくくって出かけたデートの夜、常連たちはPCの前で彼の帰宅を待ちます。彼が「帰宅しました」と報告したのは朝方の4時40分。その時点でも、かなりの数の常連たちが寝ずに待機していたようです。報告の結果は大吉。眠い目をこすりながら自分のことのように興奮し、喜び、涙する仲間たち。

・・・こう記述していくと、あまりにキレイすぎる話にみえますね。実際は、2ちゃん特有の妬みや嘲弄、悪意の書き込みもあったんだろうと思います。でも大筋としては、たぶん上記のようにリアルタイムで進行しました。青年は恋人を得ることができました。仲間たちは祝福しました。そしてたぶん青年はモテナイ板を卒業して、カップル板に移行したのかもしれません。

男なら誰でも経験したことがあるような、恋の逡巡や緊張や悩みや高揚や喜びや苦しみです。その青年と一緒になって興奮し、一緒に共演しているかのような参加意識を味わい、成果を期待し、でもひそかに失敗をも期待しているだろう男たち。こんなストーリー展開のどこが面白いんでしょうかね。所詮は他人のことでしかない。人の恋路なんて犬に喰われてしまえ!

でも、読後には不思議な感動があります。感情移入ができる。臨場感がある。素晴らしい大恋愛小説を読んだような読後感です。

こういうストーリー(小説)が刊行されてしまうと、大人の文化人や評論家たちは戸惑うでしょうね。インターネットサブカルチャーの特異性として片づけてしまうのか、あるいは文芸のターニングポイントとして妙に評価してしまうのか。でもそんなふうに一言で処理できない要素が、このストーリーにはたっぷり含まれています。

ま、久々に面白いものを読ませてもらいました。

 

追記
これって、高橋留美子の「めぞん一刻」そのものだなー。あれも最後の方では冴えない主人公・五代に感情移入してしまう。

 

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