「数式に憑かれたインドの数学者」デイヴィッド・レヴィット

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suushikinihikare.jpg★★ 日経BP社

第一次大戦の頃、インドから英国に渡った数学者、ラマヌジャンという人のお話です。独学で素数論とか整数論とかゼータ関数とか(受け売りです。知らん)、とにかく天才的な公式を泉のように考え出した。

独学というのは、このインド人、正式な勉強をしたことがない。貧しいバラモンの家に生まれて秀才として学問をおさめるはずだったのが、たまたま受験用みたいな分厚い公式本に出会ってしまって、すっかりはまった。たぶんパズル感覚だったんでしょう。面白くなって自分でも次から次へと公式を作り出す。ただし、証明はゼロ。そもそも「証明」という概念をもっていなかった。だって正しいんだから問題ないだろ?

そんなことばっかりやったんで、他の勉強にまったく興味を持てず、あっと言うまに落第、落第。数学の縁で港湾事務所の経理員として拾ってもらい、乏しい給料で暮らしながら、あちこちに公式を発表していた。発表というより、見せびらかしですかね。

でもさすがに詰まらなくなって(だって本当に理解してくれる人が誰もいない)英国ケンブリッジ、トリニティカレッジの有名な若手数学者G.H.ハーディに手紙を出します(友人に代筆してもらった)。通常なら破り捨てられそうな手紙(ほとんど意味不明な公式の羅列。証明ゼロ。読む気になるか!)ですが、ハーディはなんかひっかかりを覚えて、再検討。その天才に気がつきます。

ということで、ハーディたちの懸命な努力の末にケンブリッジへ呼び寄せられたんですが、あいにくパッピーエンドにはなりません。まず第一に、暑いインドから寒さと湿気の英国の移住だったこと。おまけにラマヌジャンは熱心なヒンズー教徒で、完全菜食主義者。ただでさえ大変なのに、ちょうど世界大戦が始まって英国も物資不足になったこと。

インドからカレーの材料を取り寄せるのは至難だし、戦時下の英国で新鮮な野菜をを探すだけでも苦労です。そして天才=自尊心の固まり、かつ繊細なので、人に相談したり助けを求めるのが嫌い。トリニティの寮に帰るとすぐ故国の衣装に着替えて、狭い台所で大量の豆をコトコト煮て食べる。悲惨な単身生活。体を蝕まれ、数年で死んでしまいます。

(この本では大量の豆を煮続けた鍋の鉛が、香辛料との反応で溶けだして中毒になったのではと示唆しています)

ハーディはラマヌジャンに公式の証明を書かせることを諦めたようです。ラマヌジャンのほうが自分より天才なんだから、ラマヌジャンが公式を書く(寝ているとヒンズーの女神が舌に数字を告げてくれるらしい)、自分はコツコツとその証明式を作ってやろう。そして共同で学会に発表する。

というようなストーリーが一応は一本道なんでが、ボリュームとしてはケンブリッジにおけるハーディの生活や心理描写が圧倒的に多いです。天才(彼も十分天才です)ハーディ、実は同性愛者で独身。なんかトリニティには同じ性向の学者が山ほど存在しているようで、そうした愛の衝動に悩んだり、たまに愛が成就したり、同僚の妻と(いんぎんに)いがみあったり。

ただし同性愛者といっても、そこはエリート学究ですからはしたないことはしない。かなり節度を守っています。ほのかに恋し、夜でも昼でも好きな時に研究し、自由に暮らし、愛する猫と生きる。それ以上は求めない。時折、昔の恋人の亡霊が話しかけてくれたりもしてくれます。

このケンブリッジでの暮らし方、(同性嗜好は別にして)なかなか良いですね。周囲はすべて当代一流の学者で知的エリート。エリートといったっていろんな奴がいるけど、なるべく他人の領分を荒らさず、荒らさせず、自分なりの節度をもって生きる。そうした生き方が尊重される。

ただし、戦争が始まるまでは、です。戦争が始まると雰囲気がガラリと変化して、信じられないことに反戦派が自由と良識の府であるカレッジを追放される。あるいは(バートランド・ラッセルのように)騒ぎたててわざと自分を追放にしむけるフェローもいる。

ラッセルの目的は自分を訴えさせ、公開の場で相手を論破してやろうということだったんですが、あいにくラッセルの超高度な(一部の隙もない)論理展開を、意外や意外、普通の民間人は理解してくれない。カレッジでの学究同士の論争と同じつもりで想定していたらしい。相手が悪かった。誤算。ま、それでもラッセルは金持ちですから、たいして不自由はしなかったみたいですが。


ま、結局は薬局で(この地口も古いなあ)、英国に馴染めず死病を得たインド人は国に帰ります。帰ってから病状は悪化して死んだそうです。ただ体調のいいときにヒンズーの女神が彼に告げた公式は山のようにあり、それを記したノートが残った。解析(というか証明)するのにそれから何十年もかかったらしい。

数学者ラマヌジャンに興味を持ってこの本を読んでも失望するでしょう。しかし1900年台初頭のケンブリッジの知的エリートたちの考え方や生活、信仰や戦争に対する姿勢などを知るには非常に面白い本でした。英国の上流社会って、パブリックスクールの寮生活の影響という説もありますが、ほんとホモが多いんですね。

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