「アルグン川の右岸」遅子建

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★★★ 白水社
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ガルシアマルケス「百年の孤独」のような匂いの小説です。ただ「百年の孤独」が暑く湿った南米の風土の能天気とすれば、「アルグン川の右岸」の場合は極寒の森が生み出した諦念の世界です。うーん、あんまり良いタトエではないなあ。ちょっと違う。

アルグン川というのはロシアと内モンゴルの国境を流れる川です。下流はアムール川になる。その右岸、つまり中国側に暮らす狩猟民エヴェンキ族のお話。エヴェンキはもともとはバイカル湖のあたりが故郷という伝承らしいですが、その一部が(たぶんロシアに追い立てられて)右岸に住み着くようになった。

生活の必須はトナカイです。モンゴルの羊と同じで、エヴェンキはトナカイの乳を飲み、トナカイの肉を食べ、もちろん乗用としても使う。川で魚も獲るし、チャンスがあればヘラジカを撃ったりもする。小さなキタリスの皮も大切な交易商品です。冬は零下数十度に冷える山間なので、うっかり馬やトナカイの背中で居眠りするとそのまま凍死してしまう

小麦粉や弾薬、塩など、最初はソ連の交易商人がコロニーに出入りします。やがて満州国が誕生すると男たちは関東軍の指示で「軍事訓練」に駆り出されます。しかし日本人たちはすぐにいなくなり、その後は中国人。

中国政府の少数民族定住化政策で、山のエヴェンキは麓の町へ移動。しかしみんなが山を降りてからも、一人の老女は居残ります。この何十年、次々と生まれた子供たち。次々と死んでいく住民たち。熊に襲われたり、蜂に刺されたり、自殺したり。好きになり、喧嘩をし、いがみあい、泣く。でも結局、自分たちは山にしか生きられない。トナカイのいない生活なんて考えられない。

平地に定住化したエヴェンキは決して幸せには生きられません。米国のネイティブインディアンとかアラスカのエスキモーたちと同じ。自分の居場所を発見することができず、酒に走ったり暴力沙汰をまきおこしたり。たぶんこの物語を終えたあと、この名前を明かさない老女も死ぬんでしょう。この老女とともに留まってくれた(ちょっと知恵遅れの)孫の手で、遺体は4本の大きな立ち木の間にかかげられて風葬されるはずです。そうやって、自然に帰る。

最初のうちは登場人物の名前が覚えられなくて苦労です。でもだんだんわかってきますね。そうそう。通奏低音みたいな感じで、ずーっと主要テーマになっているのがシャーマンの存在です。ある日、誰かがシャーマンになる。シャーマンは依頼されたら断れない。そして誰かの命を救うことは、ほかの誰か(何か)の命を奪うことになる。他人を助けたために自分の子供を失い続ける女性シャーマンのエピソードはけっこう哀しいです。

この小説のエヴェンキの人々は、よく自傷、自殺します。怒って死んだり、悲しんで死んだり。温和そうだけど、心が激しいんでしょうね。


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