「夢熊野」紀和鏡

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★★★集英社
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読み直し。もちろん前にも読んでいます。調べてみたら2004年と2012年でした。

熊野の巫女頭にして別当の娘、おまけに源為義の子供。美人で歳をとらない。そういう八百比丘尼のような女性が主人公の伝奇ファンタジーであり、歴史ものなんですが、さすがに三回目にもなると気になる部分が変化してきます。

まず、当時の熊野参詣の道筋。京からはたぶん大阪へ出て、そこから延々と紀伊半島の西側を南に下りる。で、ずーっと下りてから海岸に沿って東南にまわり、田辺。田辺という場所、なんとなくもっと北の印象でしたが、実際には半島の南端に近いんですね。

ここが熊野への入り口だった。なるほど。あとは山道です。参詣客を呼ぶために田辺は熊野本宮への道を整備した。田辺の実力者が有名な湛増です。田辺ってのは、本宮の勢力圏だったらしい。

で、山道を行くと本宮。本宮から新宮へは川下りで行く。逆に新宮から本宮へは川船を引かせて遡る。そして新宮の南には那智があり。本宮、新宮、那智がいわゆる熊野三山です。たぶん元々は違う系譜だったんでしょうが、いつのか頃から神仏習合で同じものとしてとらえられるようになった。まとめるためのシャッポが「熊野権現」です。

そうそう。例の熊野牛王符。どうして諸国の武将までこの誓紙を尊重したかというと、誓いに背くと神罰・仏罰があらたかだった。ま、解釈としては、熊野のカラス連中が全国をまわって制裁したんじゃないか。山に潜むヤタガラスの末裔ですかね。ひっそり毒殺するとか。そうすることで熊野の権威を保てる。

とかなんとか。今回は各社それぞれ利害の反する部分はあるものの、そうはいっても「熊野三山」としては対外的にまとまる必要がある。田辺の湛増が清盛にとりいることは悪くないが、かといって完全に平家ベッタリは危険。安全保障のため、源氏にも顔を繋いでおく。

そうした熊野の宣伝政治外交みたいな部分が面白かったです。総括する「熊野別当」も本宮・新宮がだいたい交互に担当していたようですし。


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