「史上最強のインディアン コマンチ族の興亡」S・C・グウィン

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★★★ 青土社
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副題は「最後の英雄クアナ・パーカーの生涯」。

西部劇時代、強かったインディアンはアパッチとかスーとかシャイアンとか、ま、そういうイメージです。駅馬車や列車を襲うのはたいてい羽根飾りをつけて弓をもった集団です。馬に乗った百人くらいのインディアンが奇声をあげていっせいに襲いかかる。

ジョン・フォードの「駅馬車」はたしかアパッチ。リトルビッグホーンの戦いはスー族かな。あんまり自信はないですが線路が開通していたり、駅馬車の行き来する街道があったりしたのは、たぶん中西部も北のほうじゃないだろうか。

しかしこの本の著者(ジャーナリズム畑の人らしい)によると、最大最悪のインディアンはコマンチだった。何かの本(たぶん「センテニアル」)で「馬泥棒のコマンチ」という表現があったような。馬=コマンチ。早い時期から馬の飼育に習熟し、機会があれば何百頭、何千頭の馬を盗み出す。そもそもは北のほうにいた部族で、インディアンの中でもかなり原始的な暮しをしていたマイナー部族だったけど、南下して馬を手に入れてから一変して、あっというまに大部族になった

ただしコマンチが全盛期に活躍したのはテキサス周辺でした。例のアラモ砦うんぬんの後の戦争でテキサスはしばらくの間、準独立国家で、要するに合衆国に入れてもらえず、継子あつかい。だからテキサスのことなんて、他のアメリカ人にとってあまり関心がなかった。テキサスそのものに関心がないんだから、テキサスで暴れているコマンチにもあまり興味はない。ま、そういう事情のようです。

この本、白人とインディアン(先住民族)の描き方、わりあい公平と思います。フロンティアの白人たち、ほとんどは困った連中です。文字も読めず、インディアンをシラミあつかいし、条約を作っては欲にかられて裏切り。土地がほしい。西進をやめるつもりなんかゼロ。ま、だいたい想像通りです。

しかしコマンチも決して「高貴な戦士たち」なんかではない」。条約を提示されれば「プレゼントがもらえる」と喜び、ただし遵守するつもりは毛頭ない。そもそも条約の意味が理解できないんです。一人の戦闘隊長がなんか誓ったからといって、なんでオレたちまで拘束されるんだ。意味わからん。そもそもいえば、インディアン部族に「首長」がいると思った白人が勉強不足。インディアンは基本的に全員平等で、西欧的な意味での「統率者・代表者」はいなかった。

で、機会さえあれば馬を盗み、集落を襲っては男女かまわず皆殺し。ただ殺すだけではなく楽しんでなぶり殺す。役にたたない赤ん坊ももちろん殺す。ただし5歳とか8歳くらいの子供だけは連れさって部族の仲間に加える。人口拡充策です。馬に乗った生活のせいかコマンチは出生率も低くて子供が少なかった。

それが悪いとか残酷といわれても困ります。そういう文化だった。まともなコマンチなら生まれたときから戦いを学び、馬を見たら盗み、敵に会ったら襲う。失敗すれば自分が殺される。ただ死ぬんじゃなくて、これもなぶり殺しです。お互いさま。

というわけでコマンチがテキサス中を蹂躙した。テキサスだけでなく数千マイルを縦横に移動し、たまにはメキシコ湾ちかくの大きな町まで侵攻したこともある。ただし略奪した大量の財宝(食料、布、家具、etc・・)をえんやこら持ち帰ろうとしたんですぐ追跡された。インディアン、欲張り。

コルトの連発銃が普及するまでは、むしろコマンチのほうが強かったんですね。単発銃で1回撃つあいだにコマンチは5~6本も矢を射てくる。コマンチを討伐するはずの民兵もなかなか「馬に乗って攻撃する」という発想を持てなかったんで、いつも負けていたらしい。有名なテキサスレンジャーが登場してようやく潮目が変わるものの、その連中も当初はほとんど食いはぐれた浮浪集団みたいなものだった。

そうしたコマンチでひときわ強力なバンドの統率者がクアナ・パーカーという残酷な若い戦闘隊長。子供のころにさらわれてインディアンとして育てられた白人娘の息子(この母親のストーリーも有名らしい)。要するに母は白人、父は酋長。これが強くて勇気があって、賢かった。最後の最後まで抵抗し、そして最終的には降伏。降伏してからは政治力と交渉力を発揮してなぜか「インディアンの代弁者」になってしまった。やがて数千ドルを費やした豪邸をたて、東部の有名人やテディ・ルーズベルトまでその家でもてなした。

知らないこと、多いです。


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