「世界の辺境とハードボイルド室町時代」高野秀行/清水克行

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★★★ 集英社インターナショナル
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ノンフィクション作家と歴史学者の対談です。読みごたえはないけれども、けっこう面白いヒントがたくさん。

ま、簡単にいうと、室町時代を知ろうとしても古文書があまりない。ないところを必死に研究するのも悪くないですが、むしろ「現代の室町時代」つまり東南アジアの僻地やソマリアなんかを調べると同じような文化が残っている。そっちの方が効率がいいんじゃないか。

たとえば室町時代の「足軽」は、いわば僻地ソマリアのテロリスト連中。要するに略奪しか食う手段を持たない底辺層です。だから応仁の乱が始まると、それまで頻発していた徳政一揆が、ピタリと消えた。足軽連中がみんな戦に駆り出されたからなんでしょうね。「徳政だあ・・」と騒ぐ暇がなくなった。つまり「徳政一揆とは搾取された民衆の怒りが・・」というキレイゴト史観では無理がある。

ついでですが、ソマリアでは「客」が非常に威張る。ホストは無条件にゲストを歓待しないといけない文化らしい。だからイスラム過激派が外国人を襲うんだ、という話になります。政府の面目を失わせるためにはゲスト、つまり外国人を襲うのがいちばん効果的。ゲストを守れないとホストの面目はまるつぶれになる。

独裁者、大麻生産地を管理しているマフィア、それを売りつけている米国のギャング。彼らの支配地域は非常に平和で、概して犯罪も少ないそうです。効率的に大麻を生産させるにはまず平和が肝心。もちろん麻薬なんぞ徹底禁止です。ギャングもそうですね。売人が麻薬に手を吸ったら商売にならないし、ドンパチが多発すると警察に睨まれる。文句を言わせず、効率よく、平和に。ですから「独裁は悪、そんな支配下の住民は不幸」と単純に言い切れるかどうか。

独裁者(マフィア)とは、いわば室町戦国の領主でもあります。やっていることの正否はともかく、彼らにとって領内の平和は絶対に必要だった。特に書かれてはいないですが、かつてのフセインのイラクが不幸だったかどうかという問題ですね。かなり難しい。少なくともたった一つの価値観ですべてを判断してはならない。

ちなみにタイでは、農民から税をとるのが非常に難しい。重い税を課すと、すぐ一家でいなくなってしまう。室町の「逃散」ですね。国土が広くて農地がたくさんあるから、どこででも米を作れる。税金の重いとこで辛抱して耕作する必要はない。しかし日本の場合は「どこででも・・」が難しくて、耕作に適した土地なんて、そうそうはない。つまり領主にとって非常に管理しやすい条件が整っていた。

しかし領主の決めた「掟」がストレートに通用していたかというと、たぶん違う。表向きの「掟」とは別に、民百姓たちが暗黙のルールとして維持してきたルールもあった。たとえばの話が「鉄火起請」とか「湯起請」とか。そんなバカな・・という裁判ですが、実際にはさほど熱くはしなかった気配もある。要するに「形作り」ですね。起請をすることで、ナアナアの決着がつく。真面目にやったらみんな大怪我してしまいますから。そうした表と裏を上手に按配して暮らしてきたのが室町の人々じゃないだろうか。


そうそう、余計な話ですが、信長が叡山を焼き討ちしなかったら大変なことになっていたという述懐には笑った。焼き討ちがなかったら膨大な資料が残された可能性があるということです。研究者からすると、資料がない(古代)のは困るけど、多すぎる(近世)のもまた困る。多すぎると資料の山の中に埋もれる結果になり、。そういう意味で中世というのは、一生かければ全体を概観することができる程度の資料なので、歴史研究者にとって手頃なんだそうです。なるほど。