「ギリシア人の物語 I 民主政のはじまり」塩野七生

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★★★ 新潮社
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ローマ、十字軍、地中海、フリードリッヒ二世・・と来て、これから何を書くのかと思っていた塩野七生、案の定というか、ギリシャシリーズになりました。ま、順当でしょうね。

全3巻の予定だそうです。で、巻1は「民主政のはじまり」。

えーと、古代ギリシャについて何を知っているかというと・・・たいして知らないなあ。アテネとスパルタのこと。議論が大好きで集団行動が苦手なこと。妙に人間臭い神話体系を持っていたこと。アテネとスパルタがぞれぞれ栄えて同盟を作ったこと。で、マケドニアのフィリッポスに負けて覇権を握られたこと。

教科書みたいに「北からドーリア人が南下し、イオニア人たちが・・」なんて記述がなくてホッとしました。そもそもギャシャ人とは「ギリシャの神々を信仰し、ギャシャ語を話す人々」なんだそうで、どうして住む地域も違うドーリア人とかイオニア人とかが同じ文化を共有したのか、そのへんからして疑問です。単に「東北人」「九州人」程度の違いだったんだろうか。

そんな昔のことはナシにして、まずスパルタの話から始まります。少数のドーリア人が多数の先住民を押さえつけなければならなかったため、社会制度を思い切って厳格にした。リュクルゴスという人がみーんな決めてルールを作ってしまった。そのルールが非常に厳格かつ硬直な形で守られてきたのがスパルタ。ほとんどマゾで重装歩兵である市民といえどもべらぼうに貧しかった。連中が日常的に食べていた肉と野菜のスープがいかに酷い味であったか。ほんと、不味そうです。

そうそう。戦争にでかける際、多くのポリスでは戦士1人に対して従者も1人というのが一般的だったそうです。しかしスパルタだけは従者(および奴隷) が7人もいた。戦士(市民)がいかにエリートだったか。いまのオリンピック選手みたいですね。べらぼうに強かったけど、その代わり数は少なかった。

しかし、このへんのスパルタのことはスティーヴン・ブレスフィールド「炎の門」 を読んだほうがわかりやすいです。ストーリーはどうでもいいですが、スパルタ人の思考回路とか生活ぶりを知るのには最適。いかにしてスパルタ人は戦士になるのか。

で、対照的なアテナイは前6世紀初頭のソロンから話が始まります。ややこしかったですが、簡単にいうと貴族階級と平民階級の間の垣根をとっぱらい、対立を緩和した。かなり強引な政策ですが、巧妙にガラガラポン改革を進め、それぞれの資産に応じて、ある程度公平な参政権を保障したようです。結果的に「市民」「中産階級」が増えたんでしょうか。

で、ペルシャのダレイオス一世(が派遣した将軍)が攻めてくるわけですが、アテナイが中心になってマラトンでこれをくい止める。スパルタはどうしたんだと思いますが、例によってゴタゴタして、戦場に遅刻した

スパルタってのは伝統的に「戦うぞ」と決まると電光石火、しかしその前段階、とにかく物事を決めるのに時間がかかることで有名だったそうです。おまけにポリスを出て外で戦うことにはあまり関心がなかった。スパルタ・モンロー主義ですね。急に「全ギリシャのために戦え」と言われたって、あまりピンとこない。

だからなんでしょうね、次回のペルシャ戦役、例のテルモピュライでも300の戦士しか派遣しなかった。「炎の門」なんかの解釈では、この300人が全滅することも予測していたようです。だから既婚者でかつ後継者のいる男しか選ばれなかった。それなのになんで300人を派遣したかというと、たぶんメンツの問題でしょう。またスパルタがサボった、と言われないように、あえて少数に死んでもらった。

塩野さんはスパルタの政治体制にえらくお怒りのようです。王が二人いるんですが、これは特殊な家系出身でエリート教育をほどこされている。軍事行動の際に指揮するのが仕事で、通常はなにも権威を持っていません。では誰が国政を握っているかというと、市民(つまり軍人)から選ばれた5人会議。子供の頃から戦士として集団生活している連中なんで、政治的な観点なんか持てるはずがない。みんなコチコチのリュクルゴス信徒。超保守派。いってみれば「政治素人」です。これがスパルタの問題点だった。

で、アテナイですが、ソロンが平民層・中産階級を保護したあと、クレイステネスが民主制の基盤をつくりあげ、ついでに陶片追放なんてものも考え出した。そしてその後に登場したのがテミストクレス。非常に有能。そして専制をふるった。愚民の意見なんか無視する。有力な政敵は陰謀をめぐらして陶片追放させる。もちろん自分は上手にたちまわって追放にあわないように策動する(それでも最終的には追放された)。

本人としてはアホの言うことなんかに耳を傾けていたらペルシャに征服されてしまう。なにがなんでも強権ふるって自分の思うようにするんだ、ということでしょう。海軍を強化したり、海港を作ったり。要するにテミストクレスってのは、実質的に独裁者です。アテナイは民主的だったから戦争に勝てたわけではなく、民主的な基盤でポリスを豊かにし、それを有能な独裁者が指揮することでペルシャを退けた

そうそう。サラミス海戦の後の陸上決戦でペルシャ軍を撃破したスパルタの王も、自己顕示の傾向があるというので(スパルタの伝統に反する)保守的な5人内閣に嫌われて逃げる。この騒ぎに巻き込まれたテミストクレスもついにギリシャを捨ててペルシャへ亡命。厚遇されたようです。けっして愛国一点張りの人間ではなく、かなりしっかりもの。

ま、そういうことのようです。巻IIはペリクレスのようです。


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