「ギリシア人の物語 III 新しき力」塩野七生

| コメント(0) | トラックバック(0)
新潮社★★★
girishajin03.jpg
結果的に2巻をスキップして3巻に行ってしまった。はい、1巻はギリシャ民主政のはじまり。2巻はペリクレスのアテネとペロポネソス戦争かな。てっきり読んだような気がしてたんですが・・。

で、3巻は当然のことながらアレクサンドロスです。

スパルタってのはアテネに勝ったものの基本的に外交が素人感覚(毎年クジで5人の首脳を決めて合議)。ぐずぐずやってるうちに力をつけてきたテーベが巧妙な戦術でスパルタを破り、でも基礎体力不足(とくに人口)の小規模ポリスのためギリシャをまとめきる力がない。そしてはるか北の僻地から勃興したのがマケドニア。べらぼうに長い長槍をかかげた新陣形で勝ちまくる。ファランクスってのはマケドニアの言い方だったんですね。他のポリスでは「ホプリーテス」と称していた。

ファランクスの槍はあまりに長すぎて、そのままの形では持ち運びが無理。ふだんは2本に分けて運び、使用の際は中央をジョイントでつないだ。当然ながら重量もすごいので片腕では持てない。楯に通した左腕と自由な右手の2本で支えたらしい。へぇ・・・という新知識です。

そしてマケドニアは若い国王フィリッポスの指導の下、南下してギリシャのポリス連合軍を撃破するんんですが、その初陣から大活躍したのが息子のアレクサンドロス。18歳で最左翼の騎兵(予備)をまかされて「勝手に動くな」と厳命されていたのに、勝手に動いた。しかも勝手に動いて大成功してしまった。このアレクサンドロス、いつも勝手に動くんです。大人の言うことをきかない。叱ると気心しれた仲間をつれてプイッと家出してしまう。何回も。

やがてフィリッポスは暗殺される。この暗殺に息子のアレクサンドロスは関与していなかったようで、たぶん無実。しかし没後に膨大な借金が判明したりして、あとをついだアレクサンドロスも内情はなかなか大変だったらしい。

ま、それやこれや、父フィリッポスの方針を引き継いで対ペルシャ戦争開始。天才だったんでしょうね。騎兵を実に上手に運用した。おまけに運もべらぼうに良くて、大きな会戦を次々と大勝利。勝因の半分くらいはペルシャ王ダリウス(ダレイオス3世)がだらしなさすぎた気配もある。ダレイオス、まだ完全に負けたわけでもないのにすぐ逃げる癖があったらしい。王様が逃げると他の兵士も将軍もいっせいに逃げる。逃げると追い打ちくらうし、踏みつぶしやら将棋倒しやら。

大学の運動部のノリ」という趣旨のことを塩野さんも書いています。若いアレクサンドロスとその仲間たち。いけいけドンドン、常識外れのスピード重視で戦って連覇。しかしインダス川のほとりでついに部下たちが「もう帰ろう」と言い出す。このへんが限度だった。

アレクサンドロスが病に倒れてからは、なんとなく主立った将軍たちがそれぞれ独立したと思っていましたが、そうでもなかったようですね。後継者戦争(ディアドコイ戦争)は実に40年ほど続いた。最終的に残ったのがエジプト(プトレマイオス朝)とシリア(セレウコス朝)かな。塩野さんによるとこれはアレクサンドロス王国の「分裂」ではなく「分割」だそうで、それに共通するギリシャ・アジア混合文化が「ヘレニズム」。後の世に大きな影響を及ぼした。

ようするにアレクサンドロスって、あんまり資料がないようです。塩野さんはアレクサンドロスを愛しているようだし、これが最後の歴史長編として力もいれたようですが、その割りには与える感動が薄い印象。アレクサンドロスにあまり人間の匂いがしない。はい。これまでアレクサンドロスをテーマにした本、いろいろ読んできましたが、正直「これは良かった」というものにあったことがない。難しいんだろうな。

あとさきになってしまいましたが、次は巻2を探さないといけない。民主制の仮面をかぶった独裁によって大成功したアテネの話です。けっこう面白そう。


トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.min6.com/mt/mt-tb.cgi/1950

コメントする

アーカイブ