「ギリシア人の物語 II 民主政の成熟と崩壊」塩野七生

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新潮社★★★
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読み残していた第2巻です。サラミス海戦でペルシャに大勝利し、アテネ黄金時代をきづいたテミストクレスは陶片追放され(ペルシャに逃げて厚遇された)、その後はペリクレスが主導しました。そしてペリクレスの歿後は混乱のデマゴーグ時代です。中心人物はアルキビアデス。長くいじいじ続いたデロス同盟のアテネと、ペロポネソス同盟スパルタの対立は、最終的にスパルタの勝利。アネテの時代はこれで終焉です。

ま、これだけのことなんですけどね。たぶん塩野さんが書きたかったテーマは「アテネの民主政治」だと思います。そもそも民主政治衆愚政治はどこが違うのか。これは難しいところで、どちらも主権は市民。あまり違いはない。だいたい本当に民衆の意向にばかり従っていたら、まっとうな政治運営なんてできるわけがない。

はい、「民衆」はいいかげんで、先を考えず、気持ちのいい言葉だけを好む。たとえば今の日本で消費税アップが本当に必要かどうか微妙ですが、過去の例からすると税金アップを強行した政府はたいてい潰れます。だから怖がって中途半端な軽減税率やらカード割引やら教育無償化やらを考える。

米国のコラムニストのボブ・グリーンだったかな。彼の父親は市の舗装整備かなんかを主張して市長にみごと当選。しかし実際に、市民に負担のかかる舗装工事を実行したらたちまちリコールされた。最初に賛同してくれた同じ市民が反対にまわった。舗装は欲しい。でも市民に負担をかけるような政策は困る。総論賛成各論反対。そういうもんなんでしょう。

アテネ民主制の黄金時代をきづいたペリクレスは、けっして「民主的」な人物ではありませんでした。出身からしてエリートです。そして汗くさい貧乏人は大嫌い。政治家ではあるけど、みんなと酒飲んだりご機嫌とったりするのも嫌い。自分勝手なことをいう市民たちを騙し騙し・・というか実に上手に誘導して、自分の思うような結論に導く。そうした軽業のような巧緻な話術を持っていた。だから形は民主制。実質は専制政治。これがうまくいった。

そしてペリクレスが死ぬと、その後はリーダーなき衆愚政です。次から次へとデマゴーグが煽動する。ポピュリズム。みんな口はたっしゃだけど、中身はない。アテネは混乱期にはいります。

そしてアルキビアデスが登場する。育ちがよくて大金持ちで、ものすごい美男子。すべてが魅力的。おまけに頭が切れて口がうまくて、戦争指揮も上手で、みんなに愛される派手な男。塩野さんもアルキビアデスに惚れてる気配がある。でもたぶん、何か足りないものがあったんでしょうね。節義とか、謙虚、たぶんそんな種類の特性。

優秀なリーダーさえいれば民主制アテネは機能します。失政続きで落ち込んでいたアテネ市民をたきつけ、シチリア遠征してシラクサ戦争をはじめる。戦争はうまくいきそうだったんだけど、いきなり(反対派の策動か)本国召還命令が届く。帰還すればたぶん死刑。大人しく従うようなタマじゃないので、するりと脱走した。当然ながらリーダーを欠いたシラクサ戦争はアテネの壊滅的な大敗北となりました。捕虜はほとんどが惨殺あるいはなぶり殺しにあった。

ちなみにアルキビアデスの亡命先はスパルタです。石頭の素朴なスパルタ人を味方につけるなんて朝飯前だったんでしょう。すぐに軍師みたいな位置について、やがてエーゲ海東海岸で大活躍。そのうちまた巧みな手品をつかって今度はアテネに輝かしい帰還・・・・したはずだったに、最後で失敗した。

で、以後のアテネは悲惨です。やることなすこと大失敗。戦に敗れ、スパルタに制圧され、アテネというポリスは実質的に消滅してしまった。

そうそう。本文中で塩野さんが面白いことを書いています。大雑把な主旨ですが「人々は決して戦争が嫌いなわけではない。ただ長引いて、しかも敗色濃いような戦争が嫌いなだけだ。だから一度の会戦で大勝利するような戦争なら大歓迎するし大好き」。簡単に勝つ戦争は好き。長引いて負ける戦争は嫌い。まったくその通りでしょうね。だから古今東西、乾坤一擲の短気決戦・大会戦の勝利者は英雄になれる。