大奥贈答品日記

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ふだんは見ないのですが、ふと気になってNHK BSの「英雄たちの選択SP」を録画しました。タイトルは「大奥贈答品日記」。やたら有名な大奥御年寄である瀧山をとりあげるらしい。

よく知らないんですけどね、この前のNHK篤姫ではたしか稲森いずみが演じていた。年齢はまったく合わないけど(篤姫輿入れの頃の瀧山はたぶん50歳越していたんじゃないかな)、雰囲気がいかにもで、特に長煙管の吹かしかたが良かった。稲森さんって(あんまり見かけないけど) いい味の出せる女優さんと思います。

takiyamanishhi.jpgそれはともかく。昼食のあと時間をつくって、延々2時間近くを見てみました。瀧山が没したのは武蔵川口で、錫杖寺というところに墓がある。で、ないと思われていた直筆の日記がみつかった。ただし一般受けする感想日記ではなく、あちこちからの頂き物、贈り物のメモ帳。淡々と事実だけをまめに書き記しています。

こういう日記、すごい価値があるんですよね。京都の公家さんなんかが風聞を書き記したようなものは、けっこう主観が入ったり嘘がまじっていたりする。完全に信用しきるのが困難だったりするんですが、なんせ贈答メモです。ウソも誇張もないはず。(ほんの少しだけど可愛く自慢なんかも書き込んでいる。書きたかったんでしょうね)

瀧山が大奥に奉公にあがったのは文政元年(1818年)、家は小祿の鉄砲百人組だったかな。上がってからはあっというまに出世して、最終的には将軍付御年寄。家定、家茂の時代に権勢をふるい好かん慶喜が将軍になってからは(たぶんイヤになって)引退。江戸城引き渡しのあとに辞めたというのは事実誤認だったようです。(慶喜が妻子を大奥に移さなかったのは瀧山を恐れたからいう説もあり。二人は犬猿の仲だった)

日記の一部が紹介されましたが、いやー、すごいもんです。次から次へと贈り物が届く。天璋院から届いたり和宮から来たり、各地の大名連中からもひっきりなしに届きます。「通路」という表現が番組で紹介されましたが、特に用がなくても日頃から付け届けをしておくことで関係をつくれる。この関係がいざというときの強い武器になってくれる。だから「通路」。

takiyamanishhi2.jpgもちろん瀧山のほうからも細やかなお返しをする。要所々々はもちろん、御殿下がりの女中とか、火事にあった出入り業者、頼みごとのお礼。贈るのは金子のこともあるし、場合によっては手ずから火鉢で焼いたセンベイ3まいとか。

大塩の乱の原因ともいわれる大坂東町奉行の跡部良弼。これが責任とらされて逼塞しているのを助けたのも瀧山です。

13代家定の生母である本寿院が、実は跡部家の出で、ま、実家のことを頼まれて、尽力したということでしょうね。効験あらたか。跡部良弼はそれから二度にわたって留守居になったとかで、これはかなり異例の出世らしい。当然、本寿院からのお礼(の品)も届いています。

その他にも田安家のだれそれが甲州の領地替えを嫌って頼み込んできたり(もちろん叶えてあげた)、幕閣の方針を無理に変更させる力もあった。幕閣を批判するとかいうわけではなく、要するにたとえば田安の誰それ、瀧山にとっては子供の頃から知っている「ナントカちゃん」であるわけです。跡部を助けたのもそうで、本寿院さまの縁筋ですからね、かばうのが当然。

川口に引っ込んだ際には供衆が200人だったかな、豪勢だった。そのとき乗ってきた籠が錫杖寺に飾ってありました。思い切って豪華というものでもなく、ちょっと控えめに作った品のいい籠だそうです。

そうそう。子供がいなかったので可愛がっていた女中の家から夫婦養子をとって瀧山家を創設。後を託したようですが、その初代の養子が道楽者で「もってきた道具を売って生涯を暮らした」とのことです。だから現在はさほど多く残っていないんですが、ま、それくらいのすごい道具を持ってきた。きっと現代の価値なら数十億だったんでしょうね。

面白い番組でした。ただしズラーッと雁首そろえたお笑いゲスト連中はほんとに(心の底から)邪魔っけ。こういう番組、真面目につくっちゃダメなのかなあ。必要ないのにお笑いとかタレントを入れる。そもそもその「お笑い」がちっとも笑えないのがいけないんですけど。

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