「伊丹十三選集 1. 2」伊丹十三

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岩波書店 ★★★
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伊丹十三の著作というと、ちょっと鼻にかけた偉そうなエッセーという記憶。スパゲッティの食べ方とかサラダの作りかた云々。日本がまだ三流国だったころ、西欧の洒落たアレコレ作法をスマートに紹介してくれた。面白いことは面白いけど、あんまり好かん。あいつのせいで日本中、えせ通人、半可通ばかりはびこってしまった()。

今回、選集があったので借り出しました。ザッと読んでみると、思い込みとはかなり印象が違います。スパゲッティの茹で方、料理の仕方なんて、実にまっとうでした。水たっぷりの鍋で茹でて、熱々のうちにとかしたバターにからませる。パルメザンをたっぷり放り込む。すぐ食べる。うんうん。嘘も誇張もない。

そりゃ確かに日本中の喫茶店はケチャップ絡みの柔らかいナポリタンばっかり作ってました。前の日にしっかり茹でて、ゴシゴシ水であらって(表面の柔らか部分を落とす)、冷蔵庫で寝かせると美味くなると喫茶店のマスターは言うておった()。でも伊丹が「アルデンテ」なんて言いだしてから、こんどは逆にかっこぶった店で、硬くて芯のある不味いスパゲッティがはびこった。戦犯です。

一頃の硬くて硬くて食べきれないような「本格讃岐うどんチェーン」と同じですね。実際にイタリアで食べるパスタは適度に柔らかいし、というか硬さなんか感じない。高松で食べるうどんだって硬くなんかないです。なぜあんなヘンテコリンなまがい物が通用したんだろ。

ま、そうはいっても、やはり伊丹の伊丹たるゆえん、偉そうではあります。そりゃ三つ星レストランの流儀はそうだろーよ。ワインの飲み方もそうだろうよ。グッチ壊して下駄の爪皮かい。ふん。

新発見は1巻前半の「天皇」とか「古代史」「戦争」などの収録部分でした。伊丹、けっこう長くドキュメンタリー番組のプロデューサやってたのね。で、つくった映像とは別にその聞き語りというか取材録を書き残した。これが独特のローカルな文体で、とぼけていて実にいい。面白いです。語りが上質な小説みたいな感じになっていて、ちょっと方向は違うけど宮本常一みたい。

映画を別にして、こんな部門にも才能を発揮していたのか。挿入された鉛筆画の挿絵もすごいです。

伊丹じゃなく大藪春彦と思うけど、当時はクルマの紹介なんかもすごかった。まだ覚えてます。「身をかがめた猛獣のようなフォルクスワーゲン・ビートル」とか。空冷ナントカ馬力の咆哮を聞け!とか。タフガイが乗っていた。時代です。

testevin.jpg このスパゲッティ洗い。当時の喫茶店講習スクールがそう教えてたんじゃないだろうか。

ワインの飲み方のページで、フランスなんかの有名レストランで酒番が胸元に平ったい金属の皿みたいなのをぶらさげている、という記述がありました。
あっ、知ってる知ってる。ワインの試飲カップ。調べてみたら、なるほどなるほど「testevin」という名前なのか。安っぽいペラペラのブリキみたいな皿ですが、これがけっこう錆びない。形状がなんとなく愛嬌あります。昔はそれを酒番、つまりソムリエがブラブラさせていたのか。