旅の始まり  Day1

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船が着いた。

促され、デッキに上がると、そこは陰気な船着き場だった。ここはどこなのか。私は何を求められているのか。それより、いったい自分は何者なのか、それすらも実は知らない。私は記憶を失っていたのだろうか。あるいは、何か重い病気だったのだろうか。すべてが霧の中のように曖昧だ。頭の芯が痛む。

名前? 水夫に聞かれたとき私は Miyagna と答えた。それが本当に私の名前なのか。尋ねられた瞬間、ふと記憶の表層に浮かび上がってきた文字列。実際には人の名前なのか、地名なのか、あるいは意味もない文字の塊なのか。M I Y A G N A。ミヤーニャ? ミャーナ? それともマイヤナ?  なんとはなく、なじみ深い響きのようにも感じられる。いいさ。なんでもいい。私はたぶん Miyagna。年齢も、生まれもわからない。思い出せない。でも私は私。なんとか生きていかなければならない。

Bretonだな、と管理事務所の老人は言ったようだ。多分、そうなのだろう。私はBretonの女、Miyagna。Bretonにしては多少筋力もある。器用なほうでもあるらしい。それがこの世界でどういう意味を持つのかは不明だが、ここで詮索しても仕方ないだろう。だいたい彼らの話す言葉が私には半分も理解できていないのだ。不明な部分をなんとか類推して理解しているだけ。老いた係官は最後に書類を手渡した。皇帝の解放指令書。私が唯一手にした公文書。おそらくこの世界では、こうした書類だけが私を保証してくれるのだろう。

事務室の奥のだれもいない部屋に銀器が並んでいる。試しているのか? いいさ、試すなら試せ。心を決め、ありったけの銀器や皿をさらいこみ、テーブルに刺さっていた短剣を抜き、とめてあった意味不明の手紙も仕舞い込み、中庭を通って次の部屋に入る。待ち構えていた不機嫌そうな兵士が封印された書類を手渡した。Balmoraへ行き、Caius Cosadesに会え。書類は開封するな。理解しないまま、わたしはうなづく。

ドアを開ける。一瞬、目がくらむ。明るさに慣れると、そこはさびれかけた矮小な港町だった。Seyda Neen。これから私の旅が始まる。