エンジンの音

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晴れ

飛行機で思い出した。

子供の頃、田舎町に新しい医院ができ、若いお医者さんがきた。

子供の目にはキリッとした好男子でした。天気が悪い冬などは、診察室の片隅に洗濯紐が巡らされ、生乾きの洗濯物がかかっていたりしました。たしか小学校の女先生と結婚したのだと思います。

その先生は休日になると町外れの中学校の広いグラウンドで、本格的なガソリンエンジンの模型飛行機を飛ばしました。長いスチールケーブルで周回リモートコントロール(?)する式の飛行機です。翼長は1メートル近くあったんじゃないでしょうか。ものすごく本格的なものです。燃焼音と臭いがクラクラするほど神々しく、子供たちはただ黙って遠くから見ているだけでした。そのころから診療室には大小の模型がたくさん陳列されるようになっていました。

中学生の頃かなー、何かで寝ついたとき往診してもらったのですが、スクーターの停まる音を聞いてあわてて読みかけの本を布団の下に隠したのを発見されたこともあります。たしかスタンダールの赤と黒。それとも恋愛論かな。先生はホーッとタイトルを見てすぐ返してくれましたが、後で父親に何かいわれたような記憶もあります。スタンダールなんて子供の読む本ではない、と思われたような時代です。

後年、帰省すると町の上空を爆音がとどろき、軽飛行機が通過していくことが時々ありました。またセンセが飛んでる、と母が言います。先生は特攻隊上がりだったんだそうです。たぶん途中で敗戦となり、飛行機への夢は消え、どういう形が知りませんが医師になった。でも飛びたかったんでしょうね。

経済的な事情なのか、それとも私的な飛行も許可されるような時代になったのか、とにか中年過ぎからの先生は休日になると県の飛行場へ通い、操縦免許をとってしまったらしい。そしてようやく、念願の飛行開始。いい気分で自分の医院のある田舎町の上空までやってきて、飛び回っている。

だからどう、というような話ではありません。これだけのことですが、ふと思い出してしまいました。あの模型エンジンの低い轟音、いまでも耳に響きます。