「トルコ狂乱」トゥルグット・オザクマン

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★★ 三一書房

副題は「オスマン帝国崩壊とアタテュルクの戦争」。非常に分厚い本です。製本の限度いっぱい。かなり注意して扱わないと背割れしそうで怖い。

turk.jpg内容は第一次大戦の後、ギリシャのトルコ侵攻とトルコ防衛戦争。サカリヤ川の戦いからケマル・パシャのイズミル奪還までとでもいいましょうか。イズミルは別名がスミルナです。なんか聞いたことがあるような。

ごくごく簡単に言ってしまうと、第一次大戦の結果、トルコはズタズタに蚕食されてしまいます。決められたのがセーヴル条約というやつで、大国がよってたかって食い物にしようとした構図で、トルコはアナトリア半島の半分くらいの領土しかなくなってしまう。実質的にはもっと少なくなりかねない。

自信を失ったオスマン帝国はこれに従おうとします。国がみすぼらしくなるのは辛いですが、それでも存続は存続だから、ま、いいや。イスタンブルのカリフ・スルタンとか、支える政府官僚とか、ま、生き残ることはできますわな。

ところがこのアナトリア半島分断に従おうとしないのがアンカラ一派。もちろん親分はあのケマル・パシャですね。帝国からすると困った連中です。首都の皇帝が「負けたんだから従え」というのに、地方のたとえば仙台とか福岡あたりの跳ね上がり連中が「いやだ。おら従わないぞ」という。イスタンブル政府の面目まるつぶれ。

で、まあ当時のトルコはしっちゃかめっちゃかで、政治的には明治維新前夜みたいなもんです。勤皇に佐幕、開国に鎖国、条約反対、いやいや文明開花だ。そこに世間知らずの天皇の思惑もあって、いやはや。もっと悪いことに英国やフランスなどの外国勢もちょっかい出してくる。ま、そんな雰囲気なんでしょう。トルコの場合は英国、フランス、イタリア、ソビエト、ギリシャなんかが絡んでたみたいです。ついでにアルメニアやクルドやアラブ、もうグチャグチャですね。ちょっと前にはアラビアのロレンスまでラクダに乗って走り回ってた。

で、立役者ロイド・ジョージにそそのかされ、ビザンチン帝国再興(ヘレニズムの栄光かな?)の野望に燃えたギリシャがけっこうな大軍を擁してアンカラめがけて攻めてくる。よく知りませんがアナトリアの内陸部ってのは荒涼とした場所が多いみたいですね。補給線が伸びきって、やっとの思いでたどりついたのがアンカラを間近にしたサカリヤ川です。

立場の苦しいケマル・パシャはアンカラ議会に「3カ月の期間限定独裁」を求め、議会の政敵たちも「3カ月ならいいだろう」ってんでこれを承認。3か月たって改善されないなら辞任してもらおうぜ、ということです。フリーハンドを得たケマル・パシャは、いわば国家総動員法を発令します。かなり強引な法令です。そしてトルコ軍はサカリア川の防衛戦を凌ぎきる。ケマル・パシャってのは政治的にも軍事的にもやはり天才なんでしょう。

サカリア川防衛でアンカラ政権はホッと一息。するとにわかに周囲の雰囲気が変わってフランスなんかも色目を使ってくる。ソビエトもいろいろ支援してきます。亡命していた汎トルコ主義の政敵もガッカリして諦めムードになる。

で、ついに念願のトルコ軍の反撃開始。「エーゲ海まで進軍!」の掛け声とともにギリシャ軍陣地を撃破して商都イズミルへ進軍です。ま、こんなふうなのが希土戦争のいきさつなんでしょう。


やれやれ。ようやくたどり着いたか。「トルコ狂乱」です。以上のようないきさつやエピソードはいろいろ書き込まれていて、ま、それが理由で手にとった本なんですが、小説としては(一応は小説です)三流です。人物がみーんな超うすっぺらで、まるで天地人の登場人物たちみたい。

ケマル・パシャは血の通わない聖人君子か優等生みたいで、まるで新選組!の局長状態。神格化されすぎたヒーローってのは、まったく魅力がありません。人民も軍人もワンパターン演技の大根揃い。英国のロイド・ジョージは悪魔のように狡猾で(トルコ人にはよほど嫌われてるんだなあ)、帝国派はみんな臆病でいやな連中で裏切り者。登場してくる若い男女は五流のライターが書いた脚本のような恋愛ゲームを演じます。

小説としての面白さを期待しちゃいけませんね。要するに多くのトルコ人たちがこの戦争をどう見ているか、指導者のケマル・アタチュルクをどんなふうに英雄視していたか。英国人やギリシャ人をどれほど嫌っていたか。あくまでトルコ人によるトルコ人のためのお話と考えるべきでしょう。こんな大部な本なのに、トルコでは空前のベストセラーだそうです。

通読すると、いまでもトルコ軍がギリシャへの警戒と憎悪を忘れない(たぶん)理由がわかります。ギリシャ人がトルコを恐れ嫌いな理由もわかります。ついでに、EUがトルコの加盟に消極的なのももっともだなあと理解できます。なんせ異質なアジアだからなあ。

このトルコの例、清国の例などを考えると、日本の近代化・明治維新というのは実にラッキーというか希有なケースだったんでしょうね。歴史的に絶妙なタイミングと地理的な遠さ、そして膨大な数の戦士階級(武士)の存在、エキゾチックである程度尊敬さるべき工芸のクォリティ、しかし手を出したくなるような産物・資源の完全な欠如。

トルコ、大変だったんだなあ。いまでも大変そうだけど。

本音としては、大酒のんでチェーンスモーカーで強引で果断で冷血でイライラしている天才ケマル・アタチュルクを描いてほしかった。無理か。