ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」 ナイジェル・クリフ

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★★★  白水社

GamaHolywar.jpg副題は「宗教対立の潮目を変えた大航海」。期待を越えて面白い本でした。

はるか昔、学生時代に佐藤輝夫さんの講義を聞いたことがあります。たしか早稲田に在職だったと思いますが、他の大学へ「出張特別講義」もしてくれたわけです。この講義に出席すると簡単に単位がもらえるというので、(もちろん高名な先生でもあるからですが)学生がぎっしり詰めかけた。

講義内容は「ローランの歌」だったと思います。何世紀のことか判然としませんが、要するにシャルルマーニュの親類だったかの勇猛な武将ローランがサラセンの大軍と戦って死んだ。死んだけどなんとか侵攻を防いだのかな。

長い講義なので、途中で休憩。佐藤さんが学生に「ここ、タバコ吸ってもいいの? 駄目? そうか・・・」と聞いていたのを覚えています。教室でタバコを吸うこともあったような時代です。隔世の感。

で、この叙事詩と似通った事件はたくさんあったようで、何回もサラセン(これはイスラムの蔑称だったみたいですね)がピレネーを越えてフランスへ侵攻していた。キリスト教圏とイスラム圏の境は混沌としていたわけです。

しかしその後、キリスト教国家群が対イスラム十字軍に狂乱する。なんとなくエルサレム奪還運動だけが十字軍と思いがちですが、西の外れのイベリアの小国群は半島からイスラムを追い出す方向で動いていた。レコンキスタ。けっこう長い期間にわたったムーブメントのようで、その最後の締めくくりが15世紀末のグラナダ陥落です。

とかなんとか。で、独立国家となっていたポルトガルは、ジブラルタル対岸のアフリカに攻め込むことを思いつく。かなりいいかげんな計画だったみたいで、ゴタゴタしたあげく結局は失敗。

でも代々のポルトガル王はあきらめません。サラセンが強いのなら、例のプレスター・ジョンと協力して挟み打ちにすればいい。プレスター・ジョン神話って、本気で信じられていたようです。エチオピアかアジアかインドか、とにかくどこかに強大なキリスト教国家があり、その信仰篤き王がプレスター・ジョン。会うことができて同盟を申し入れれば断るはずがない。とにかくプレスター・ジョンの居場所をつきとめろ。

ポルトガルがインドへの喜望峰航路を開拓しようとしたのは、通説になっているインドの香料を求めただけではない。むしろインド(たぶん)のキリスト教国家と接触し、それによって中東のイスラム勢力を挟み打ち。息の根を止めてしまおうという壮大な十字軍計画だった・・・というのがナイジェル・クリフの説らしいです。


面白かったこと。

まず情熱に燃える禁欲的な航海王子エンリケ。実像は通説とかなり違っていたらしい。本人は船に乗ったことはなかったし、それほど大規模な施設をつくったわけでもない。ただし非常に政治的な判断力を持っていた。迫害されていたテンプル騎士団のポルトガル支部をうまく乗っ取るような措置をとり、その財力を活用することに成功。本人が騎士団長になったんだったかな。

ヴァスコ・ダ・ガマ航海の数年前にコロンブスが「インド」を発見していました。ただ、コロンブスの航海は歴史上の大偉業ということになっているけど、実際にはヴァスコ・ダ・ガマのインド到着のほうがはるかに影響が大きかったんじゃないか。

ヴァスコ・ダ・ガマはさんざん苦労して喜望峰をまわり、インド西海岸のカリカットに着きます。でも現地に勢力をふるっていたのはイスラムの首長たち。ろくな土産物も持たずに能天気な交渉をしようとしたガマは完全に貧乏人扱いされて馬鹿にされます。ま、そうだろうなあ。

金はない。知識もない。お土産もない。ヒンズー寺院を見て「キリスト教会だ!」と勘違いするような(ムスリムが偶像を嫌うという知識はもっていたから)困った連中です。ただ、ポルトガル人には武器があった。長い間イベリアで戦争してましたからね。ずーっと臨戦態勢だったんで武器だけは発達していたらしい。とくに石の砲弾を発射する大砲の威力がすごかった。

困ったことにポルトガル人には「インドの常識」が通用しません。なにかというと民間船を拿捕して強奪する。すぐ人質をとって、拷問して、情け容赦なく殺す。町を焼き払う。これも「十字軍」と考えれば納得がいきます。すべての行為は神の祝福を得ているんだから、堂々と殺戮して堂々と盗む。しかも戦果はべらぼうに大きくて、金銀香料などなどが山ほどある。

というわけで、数年のうちにポルトガルは大艦隊を派遣するようになり、インドに橋頭堡を築き、居留地を建設し、インド沿岸を征服する。インドネシアにも進出して香料を確保する。大成功。

惜しむらくの問題点はポルトガルが小国で、たいした人口がなかったこと。こんな大展開するにはちょっと無理があったんでしょうね。本国の食い詰め連中がインドに行って王族のように贅沢をする。堕落もするし、仲間割れもする。結局、そのうち自然崩壊。その後を襲うのは、しっかりもののオランダや英国です。

英国船がなんかの拍子にお宝満載のポルトガル船を拿捕してみたら、船倉の宝物が半端じゃなかったんで、貧乏性でケチなエリザベスが驚愕してしまった。海賊は信じられないほど儲かる。交易の利益は莫大である。うーん・・てんで、これが東インド会社につながり、中国のアヘン貿易にもつながっていく。

そうそう。このポルトガル宝船の中身、英国の港に入ったとき、象牙や香料などのお宝はたっぷり積んであったけど、女王命令で物品リストを作ってみたら、なぜかあったはずの宝石箱だけが紛失していたとか。智恵のまわるやつが途中で抜き取ったんでしょう。いつの世にもはしっこい奴がいる。