「アラブ500年史 下」 ユージン・ローガン

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★★ 白水社
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たぶん下巻は読まないだろうと思っていましたが、借り出してしまった。

下巻は大戦後の中東戦争から2010年 11年のアラブの春までです。さすがにISISの動きはまだ書かれていません。

なんせずーっと混乱の歴史なので、読み終えてしまうとどこで何が起きたのやら判然としません。とにかくゴタゴタし続けている。ぞそれでも記憶に残っている事を思い出してみると・・・。

まずエジプト、ナセルの台頭。演説の名人だったらしい。そして全アラブへの影響力は抜群。その陰にラジオがあったというのは初めて知りました。ラジオの時代だったんですね。遠く離れた国の民衆もラジオを通じてナセルの演説を聞くことができた。アラブってのはアラビア語を話す人たちのエリアだから、言ってることが理解できるわけです。心をかきたてられる。

ちょっと前だったらルーズベルトがラジオを駆使して(炉辺談話)国民に直接語りかけました。もっと後ならケネディがテレビを活用して当選を決めた。メディアと政治は思ったより深くつながっている。

アラブ諸国はとにかくゴタゴタしていた。言語も文化も同じなんだし、アラブ統一国家をつくろうという動きはもちろんあったわけですが、常につぶされた。それぞれの国にも事情やらエゴがあったわけです。また欧米諸国にとっても強力なアラブ統一国家の成立は非常に都合が悪いんで、常に邪魔をしてくる。

宗派が違う。シーア派とスンニー派だけでなくキリスト教徒の部族もいる。それぞれに首長が権益の根を張っている。首長といっても土着の有力者とは限りません。他の土地の首長なんかを英国とかフランスとかが自分の都合で応援して、落下傘式に大統領や国王にしてしまったりする。石油が出るかどうかで財政も違う。戦後になっても欧米やソ連、中国など大国がちょっかいを出す。更にパレスチナ問題やクルド人問題が絡んで、いっそうややこしくなる。

非常にザックリ言うと、要するに各国の政府が無能で強欲で自分勝手で、隣国同士が仲良くなんかできない。大統領は常に息子に世襲させようとするし、たまに実行される選挙は嘘だらけ。一時期のアラブ諸国は表面的には世俗的、準民主国家になりかけ、たとえば女性はスカートはいて闊歩していたけど、なんせ政治の根本が腐敗しているので民衆は納得できない。アラブ人は何百年も間ずーっと絞りとられ続け、プライドを傷つけられてきた。

こうしてなんとか世俗的に運営していこうとする政府に対して、絶望した過激派が抵抗する。その抵抗を徹底的に弾圧されると火がついていっそう過激になる。完全に絶望してしまったあげくの方策がテロ。統一スローガンとして共感を得るのはイスラム原理、イスラム回帰ですね。極端な方向性のほうが理解しやすいし支持を集めやすい。こうして肌を露出していた女性はまた髪をおおって歩くようになった。

常習的な自爆テロなんてのは、最後も最後の悲惨な反抗手段です。ただそのテロ組織も分裂していて、お互いが敵。アラブの春のうねりで強権政府を倒しても、その後にすわった政府はやはり腐敗している。軍がクーデタを起こす。トップにすわった将軍はもちろん永久政権をめざす。

どうにもなりません。でもアラブの場合はまだしもニュース価値があって、世界に報道されている。アフリカなんかはどうなんでしょう。たぶんもっと酷い状況のような気がする。酷いけれども、世界的なニュース価値はない。みんなあまり関心を持たないし、どこかの国でウン十万人が殺されたと聞いてもさほど驚かない。偉そうに書いていますが、私だって実はたいして関心はありません。

なんとか読み終えましたが、しみじみ暗い気持ちになる本です。著者は最後でなんか明るい見通しのような雰囲気でしめくくっていますが、現実にはその後にも混乱のシリア内戦が続き、ISISという新顔が登場しています。ガザ地区の紛争もまったく解決しそうにありません。「平和を」と唱えている欧米各国は武器をひそかに売りさばいて利益をあげている。

楽しい本ではありませんでしたが、読まないよりは読んでよかった。知ってどうなるのかと問われれば、なんにも役立ちません。でも読んでよかった。