「黒書院の六兵衛」 浅田次郎

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★★★ 日本経済新聞出版社
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幕府瓦解、江戸城は総退去。ところが西の丸にたった一人、身じろぎもせず座り込んでいる旗本がいた。

そういう珍妙な設定です。

尾張徳川の上屋敷(市ヶ谷)につとめる御徒組頭が、たまたまの成り行きから江戸城に乗り込みます。官軍の「物見の先手」として行けという命令。代々の江戸定府で勝手もわかるだろうから適任だという。

尾張家はさっさと官軍に乗っています。したがって尾張家家臣として文句は言えないんですが、たかが陪臣、江戸城のことなんか知ってるわけもないし知人もいない。仕方ない、慣れないダンブクロにシャグマをかぶって、死ぬ覚悟で江戸城西の丸に乗り込みます。

西の丸、みんな退去してもうほとんど空き屋です。でもまだ大奥には天璋院様や静寛院宮様がいるし、茶坊主たちも健在。で、広い座敷を一つ一つ調べていくと、とある座敷に微動だにせず誰かが端座している。聞けば御書院番の旗本だという。理由は不明だけど、とにかく座り込んでいてまったく口をきかない。要するに幕府が健在であったときと同じよう勤めている。つまり座っている

寄ってたかって追い出せばいいはずなんですが、なぜか実質的総元締めの勝安房は「暴力をふるうな」と言う。ここで頑固な旗本が殺されたということになると、上野の山に籠もっている彰義隊の連中を刺激する。おまけに江戸城にはもうすぐ京都から天皇が遷座する予定なんで、ここで血を流すなんてとんでもない。

なんか理解不能な理由ですが、とにかくそういうシバリがあって、この旗本・的矢六兵衛が自主的に退去してくれるように手をつくすしかないわけです。

座り込みの旗本、なんとなく頑固一徹な爺さんみたいですが、意外や意外で六尺豊かな大男、キリッとしていて肝がすわっていて礼儀作法もきっちりしている。ヤットウも達者。何カ月もの間、ひたすら端座して微動だにしない。夜も横にならない。茶坊主が用意した握り飯と香の物だけは口にする。トイレはササッと近くの廁に行って用をたしているらしい。

おまけにこの御書院番士・的矢六兵衛、最初のうちは玄関近くの虎の間を占拠だったけど、そのうち大広間に移り、やがては帝鑑の間、その次は・・・とだんだん奥へ移動して最後は黒書院に座り込む。黒書院ってのは将軍が使う応接間ですね。最高格式。非常に困る。

これをどうするか。そもそも的矢六兵衛とはどういう人物なのか。なんやかんや、後半はだんだんファンタスティックになってきますが、ま、それも達者な浅田次郎なんで、楽しめます。かなり無理スジなストーリーをなんとなく納得できるように作り上げてしまう。なかなか楽しかったです。