「蒼き狼」井上靖

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★★★文芸春秋
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姜戎という作家の「神なるオオカミ」をボチボチ読んでいます。悪くはないけど読み出したらやめられない・・という本ではないので、なかなか進まない。ジュブナイルふうの翻訳があまり好かん。期限までに読了できるかどうか怪しい。

この本、文革でモンゴルに下放された知識青年が遊牧民の暮しにだんだん馴染み、やがてオオカミの子を飼う話です。そして都会育ちの下放青年はやたら「かつてのモンゴル兵の戦い方は賢いオオカミの戦術そのものだ」とか感動します。そうかな・・・と読み進むうちに「蒼き狼」を読みたくなった。井上靖です。

はい、ありました。本棚に埃をかぶっている。抜き出すとしっかりカバーがかかっていて、これを剥がすのも面倒なので写真は箱だけにしますか。えーと、昭和55年の第19刷、1100円

最初のほうはテムジン少年がいろいろ苦労する部分ですが、そこは省略して80ページあたりから読みました。敵対するメルキト部に新婚の女房をさらわれて、でもジーッと我慢。ついに30人ほどの手勢をまとめて殴り込みかけようと決心したところからでした。兵士も少ないしろくな武器もない。しかたなく付き合いのあったケレイト部のトオリルカン親分のところへ武器を借りにいく。すると意外や意外、兵1万を動かしてやろうと言われる。

もちろんトオリルカンにとっては渡りに舟、他部族を攻める絶好の口実をもらったわけです。「正義の味方」を標榜するため、さらに有力武将であるジャムカにも声をかける。1万+1万+30人が、メルキトの1万(程度だったかな)を攻め滅ぼして略奪する。ほんと、弱肉強食。

そして戦いが終わって略奪品や女を山分けしても、両軍は牽制しあってなかなか立ち去らない。若いテムジンは当初理解できなかったんですが、ようするに両軍とも相手をまったく信用していないわけです。退却するところを後ろから襲われたら危ない。だから動くに動けない。

なるほどね・・・とテムジンも賢くなる。そういう世界なんだ。礼儀は正しく、でも絶対に他人を信用しない。信用して殺されるのはバカだ。

それからテムジンのボルジギン氏族は急速に成長していく。たぶん苦労はあったんでしょうが、なんとかジャムカ親分を滅ぼし、トオリルカン親分もやっつけ、他のもろもろもぜーんぶ潰してモンゴル高原を制圧。西のナイマンを征服してからだったか、ついにクリルタイで「ジンギス汗(チンギスハン)」に推挙される。40代だったか50代だったか実際には不明ですが、けっこう歳はとってたようです

その後のことは、ま、周知の事実ですが、小説では長子ジュチへの愛憎、愛妾忽蘭(クラン)との緊迫感のある関係が面白いところです。もうひとつ、「矢のように突き進め」と指令された弟や将軍たちが、ほんとうに矢のように突き進む。なんせ、どこで止まれという命令がないわけです。アナトリアだろうがロシアだろうがブルガリアだろうがポーランドだろうが、やたらめったら突き進む。

いまさら「集合!」と命令かけても、戻ってくる武将もいれば戻らない連中もいる。ま、実際問題、戻れないんだろうな。老いたチンギスハンはいつになっても「自分の故郷はモンゴル」と思っているけど、他の連中からするとモンゴル高原ははるかに遠い。それぞれの派遣先では実質的に広大な王国を支配しているようなものだし、その土地々々の様式の邸に住み、華やかな服を着て珍しい食べ物に馴染んでいる。モンゴルでもチンギスハンの糟糠の妻は肥え太って歩くことさえままならない。

チンギスハンだけはあいかわらずモンゴル式のゲルに住み、モンゴル式の服を着て(たぶん)羊肉と馬乳酒を飲んでいたんでしょうね。自問自答します。若いころ、自分は貧しいモンゴルの女たちに豪奢な暮しをさせ、輝く宝石をつけさせると誓った。そのためもあって蒼き狼となって戦い続けた。いまの狼の子供たちの豊かな暮しを非難すべきではない。不本意ではある。しかし口には出さない・・・。

ちょっと哀しいお話でもありますが。井上靖の小説、みんなストイシズムの香気があるんですよね。

別件ですが、この単行本は文芸春秋刊。しかし文庫は新潮社です(そもそもの連載は文藝春秋だったらしい)。発行年度を考えると文藝春秋→新潮社→文芸春秋、かな。こういう不思議なこと、けっこうありますね。不思議。