2016年10月アーカイブ

★★★ 早川書房
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シリーズらしい文庫3冊が本棚に積まれていたので、とりあえず刊行の古いものから手にとりました。なるほど。こんな作家がいたんだ。

この本を説明するのは難しいです。たぶんハンガリーの田舎らしい場所が舞台。時代は第二次大戦の真っ最中です。そこへ母親に連れられて双子の男の子がやってくる。都会ではもう食料が手に入らない。田舎ならまだなんとか食べられる。アルプスの少女ハイジの少年版とも言えるし、あるいは佐賀へひきとられたB&Bの島田洋七。ただし二人組で、洋七が二人いる

ハイジの祖父は村でも嫌われ者の孤独な依怙地だったし、ガバイ婆さんは貧しいながらも楽天的な節約合理主義者でした。で、「悪童日記」の婆さんは超絶的に強欲で暴力的で、まるで魔女です。実際、亭主を殺したという黒い噂もある。ただし働くことは厭わない。「働からざるもの食うべからず」を唱えながら孫たちを過酷にこき使う。

双子はくじけません。お互いにサポートしあいながら食い物を奪い、自立し、厳しい自主トレに励み、盗み見をし、万引きをし、好色な司祭を脅し、しかし憐憫の施しものは受けない。二人だけに通じる誇りを持って生きている。そして、この二人の(どちらが書いたかはわからない)日記の形式でお話は進みます。

文体がなかなかいいですね。子供の文章のようにシンプルで、乾いている。感情を記述しない。事実だけを書く。暴力があり、血が流れ、飢え、ちょっとした善意とそれを大きく越える悪意。

面白い本に出会った気がします。★4つにマケてもいいような気もします。続編も読む予定。



「ふたりの証拠」アゴタ・クリストフ
★★ 早川書房
「第三の嘘」アゴタ・クリストフ
★★ 早川書房

futarinoshoko.jpg続編です。

ま、要するに双子の二人が書き綴ったノートはいったい何だったのか。それは真実の記録だったのか、それとも・・・・というお話。

「ふたりの証拠」は双子の片割れが国境を越えて何年後かのストーリー。そしてさらに何十年か経過したのが「第三の嘘」。ちょっと雰囲気は違いますが、芥川の「藪の中」ですね。どう解釈するか、どう受け止めるかはたぶん自由。なかなか面白い小説でした。

「第三の嘘」後にもまた刊行された本があるらしいです。ただし続編とも言い切れない模様。しかし舞台や時代は同じなのかな。




★★★ 文藝春秋
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なぜか本棚にあったので一読。なるほど、「色彩を持たない」というのは、そういうことだったのか。一応は納得。

それなりに楽しく読みましたが、うーん、感想は難しい。とくに傑作というわけでもないし、かといって駄作と切り捨てるのもナンだし。そろそろ老境にさしかかりつつある作家が、ま、好き勝手に書いた。書きたいことを書いた。いろんな要素がやたら詰め込まれていますが、ま、詰め込んだだけという気もします。

そうそう。今回はマラソンの代わりに遠泳です。同じようなもんなんでしょうね。主人公は例によって几帳面に歯を磨き、アイロンをかけ、サラダを食べる。双子ではないですが二人の少女が登場します。

ま、そういいう小説です。


「悪と仮面のルール」中村文則
★★ 講談社
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中村文則は「掏摸」というのがありました。孤独で冷静で有能。ハードボイルドふうのタッチでした。

今回も、ま、同じようなもんでしょうか。「悪」とか「人間を殺す」というふうな重いテーマです。テーマが重いので、ついつい説明が多くなる。登場人物がえらく長広舌です。

そこそこ面白かったですが、あんまり傑作という気もしません。もちろん読んで損したという駄作でもないですが。



★★★ 早川書房
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超有名だけど実像がよくわからないクレオパトラ7世。その生涯を詳細に描いた本です。小説ではなく、勝手な想像を抑えた筆致。著者はノンフィクション作家らしい。

だいたい色白だったのか、浅黒かったのか。黒髪かブラウンか、美人だったかどうかも不明。いろんな歴史家やら評論家たちが勝手に書きまくってますが、そのほとんどがクレオパトラの死後何十年もたってからのもので、信憑性に乏しい。プルタルコスが英雄伝を書くのは百年ぐらい後です。

おまけにこの連中はみんなローマ人(ローマ文化圏人)なんで、かなりバイアスがかかっている(カエサルとアントニウスを誘惑した毒婦!)。キケロは同時代ですが、この人は動きが政治的すぎて、情勢によって言うことがコロコロ変わっている。まったく信用できない

で、ステイシー・シフの描いたクレオパトラ7世は、当時最高の教育を受けた才女。世界一の富を誇ったカリスマ女王。弁舌はたくみで何カ国語を流暢に話し、場合によっては冷酷にもふるまえる。生きながらの女神です。イシス神の化身。

面白いことにプトレマイオスのエジプトでは、女性の権利がかなり強かった。財産権があり、表舞台での発言も許されていた。おまけにプトレマイオス朝では親子兄弟の殺し合いが日常茶飯。伴侶は王族から求めるのが伝統で、王女と王子が結婚して共同統治することも珍しくない。そうなるとケンカもするし、陰謀も渦巻くし、ま、大変です。タフでないと生き残れない。

で、意外だったのは、当時のエジプトは世界一豊かな国だったこと。確かに「シチリアの小麦」とか「エジプトの富」とか、そういう表現がよくありますね。農地といってもナイル川の周辺だけと思うのですが、その豊穣がすごかった。金とか宝石とか、たぶん上流のスーダンやエチオピアあたりから運ばれただろうし、近隣とも交易が盛んだったんでしょう。

それに反してローマは大軍事国家だったけど、内乱続きで金がなかった。金がないと戦争もできない。ということでクレオパトラはカエサルにもアントニウスにも大盤振る舞いでプレゼントする。数百隻の軍船とか、数個軍団とか。膨大な費用がかかったと思うけど、当時のクレオパトラにとっては屁でもなかった。この程度の金で安全保障がキープできるんなら安いもんだわ。エジプト、軍事的には弱かったんでしょうね。たぶん兵士も漕ぎ手もみんな金でやとった外国人でしょう。

クレオパトラがカエサルやアントニウスに惚れていたかどうか、判断の難しいところです。ギブ&テイクの関係だったとしても不思議ではない。しかしアントニウスは政治的判断を誤って、生まれた子供を認知したり、オクタヴィアヌスの姉を離婚したり、領土をクレオパトラにプレゼントしたり、ローマ人の反感を買うようなことばかりした

賢いオクタヴィアヌスはアントニウスに宣戦布告するのではなく、みんなが納得する「悪女」クレオパトラを標的にします。攻め込まれではたまらないので、クレオパトラはアントニウスにしがみつく。

ちなみに有名なアグリッパとのアクティウムの海戦、たいした戦いでもなかったとステイシー・シフは推察しています。実際には、対決を避けて(軍団を置き去りにして)クレオパトラとアントニウスが逃げた。アントニウスは、どうも腑抜けというか、まともな判断ができなくなった感じがある。ヤキがまわった。あるいは、最初から優柔不断、たいして才能のないマッチョ将軍だったのかもしれない。

で、結局は冷静なオクタヴィアヌスの勝利。敗残の女王を捕虜にして凱旋式のさらし者にするのも魅力的なプランだったけど、下手するとローマ市民が同情する可能性もある。ちょっと危険な賭。うーんと迷うところです。自殺してくれてホッとしたんじゃないか。

ちなみに毒蛇に乳房を咬ませて死んだという説はかなり怪しいそうです。おそらくはかねて用意の毒薬での死。こうしてプトレマイオス朝は滅んだ。ついでですが負けがこんでくるとアントニウスの友人や側近、クレオパトラの重臣、みーんな裏切ります。クレオパトラが自殺したとき近くにいたのは忠実な侍女が2人だけ。この2人もたぶん同じ毒で死にます。


★★★ 講談社
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岩井三四二は「光秀曜変」「あるじはXX」シリーズ、「三成の不思議なる条々」などを読みましたが、この「異国合戦」がいちばん生き生きと馴染んでいる印象です。

舞台は九州肥後と博多、鎌倉、高麗の開京(だったかな)、そして元の大都。九州の主人公は例によって「蒙古襲来絵詞」の竹崎季長です。季長しかいないのかという感じもありますが、ま、他の武将に比べて材料が多いんだから仕方ない。少なくともこの本では季長を英雄扱いしていないだけマシですか。いかにも当時の田舎御家人らしく、ひたすら土地がほしい、金がほしい。そのためには武功がほしいと野心に燃えている。そうした人物です。

で、鎌倉編は評定衆・御恩奉行の安達泰盛。季長が直訴した相手です。時宗を支えてそれなりに頑張っていましたが、この元寇の後の霜月騒動ではライバル平頼綱に滅ぼされる運命にあります。鎌倉時代って、ほんと陰謀と乱と粛清が多いですね。かなり陰惨。

ま、季長のような貧乏御家人からすると異国来襲は絶好のチャンスです。敵の大将首をとる。可能なら捕虜にする。それも無理なら先陣一番駆け。とにかく目立たなくてはいけない。焦り狂って戦います。で、恐かったけどなんとか必死に先陣駆けして、怪我をして、でもきちんと大将に申告して書類に記してもらったはずなのに、鎌倉に通達してもらえない。怒り狂います。

高麗を舞台としたパートの主役は高官・将軍である金方慶という人。元にいじめられ、有能とはいえない王を補佐しながら、なんとか高麗の社稷を保とうと苦労する。フビライが命を発するたびに膨大な数の軍船を作らされ、壮丁を軍役に徴発しなければならない。国はほろびる寸前。倭人ども、変に抵抗しないであっさり降伏すればいいのに、迷惑な・・。

この当時、高麗は忠列王という人だったようですが、苦し紛れに「私を征討軍の責任者に任命してほしい」と直訴したりもしています。要するに主導権をとりたい。そうしないと、フビライ側近とか親元派閥の言いなりになってしまう危険がある。ま、さすがに直訴は効かなかったようです。

昔の定説とは違って、鎌倉の指示のもと、日本防衛軍はかなり善戦したようです。すぐに一騎討ちを捨てて、騎馬による集団戦法もとった。被害は甚大だったけど、部分的には優勢にも立ったらしい。ただし文永の役はたぶん元からすると小手調べ。あんがい抵抗が強いので、いったん撤退しようとして、帰路で大風に吹かれた。神風というほどの風ではななかったようですが船が壊れて多数が死んだ。。

弘安の役では規模を拡大し、高麗を主力とした東路軍、旧南宋を主力とした江南軍の二手に別れて来襲。しかし日本側もしっかり準備していたので、簡単には進めない。ぐずぐずしているうちに、本物の台風で、かなりの数が沈んだ。シーズンもシーズンです。ずーっと海に浮かんでいたら確率としてそのうち大風にも吹かれます。南宋軍、長江で水戦に慣れているつもりだったけど、九州の台風は予想外だったらしい。

ちなみにフビライは諦めず何回も再侵攻を計画したようです。しかしその度にベトナム遠征とかなんとかハプニングがあり、どうしても実現しない。で、そのうちフビライが没して、日本征服の夢もついえた。よかったよかった。


「太閤の巨いなる遺命」岩井三四二
taikonoooinaru.jpg★★ 講談社

同じ作者で、これは大阪の陣の前後。舞台はシャムです。当時、シャムにもけっこう日本商人たちが住んでいたんですね。で、その界隈で関ヶ原浪人たちが集まって何やら画策しているらしい。いったい何事か、と、これまた侍あがりの商人が探索する。

で、探索の結果は・・・・それほど仰天でもないです。ま、打倒家康ということで何かを作っている。で、その何かが何してどうなって何になる。さして感動もなし、傑作ではないような気がします。


★★★★ 中央公論新社
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賈平凹という人、中国では莫言とならぶ有名作家らしいです。ただしまったく読んだことがなかった。

もうかなりの年配らしく、後書きではちょっと歩くとすぐ息があがるとか書いています。やれやれと道端に腰を下ろして、妻子が文句いうのも気にせずタバコを吸う。で、紫煙を漂わせながら来し方を思う。そんな心境が「老生」というタイトルになっているのでしょう。

本の内容は国共内戦期、土地改革と人民公社、文化大革命、そして開放期を描いた4つのストーリーです。舞台は西北部の陝西省。かなりの僻地らしいです。その地域の小さな村々がどんな具合に翻弄されたか。村人がどんな具合に欲望に身をまかせ、罵りあい、足を引っ張りあい、泣き、殺し合ったか。

雰囲気はかなり莫言のそれに似ていますね。賈平凹は陝西省、莫言は山東省。ひたすら土俗的。暴力的。同じようにユーモラスでもありますが、もう少し毒っ気がある

語り部は百歳を超えたかもしれない放浪の弔い師。死者が出たとき弔いの唄をうたう慣習があるらしいです。そしてもう一つ、死に瀕した老弔い師の住む洞窟の外では、謹厳な教師が少年に山海経を教え込んでいる。山海経(せんがいきょう)、書名だけはぼんやり聞いた気もしますが、ひたすら中国というか世界の山々や海、産物と奇獣神獣について延々と解説した奇想天外な書物のようです。初めて知りました。

訳者は吉田富夫。現在刊行されている莫言の小説は、大部分がこの人の訳です。登場人物はみんな訛りのきつい田舎言葉でしゃべり、独特の雰囲気をかもしている。そうした雰囲気が原書の訳としてふさわしいのかどうかは不明で、半分くらいは作者と訳者の共著のような印象になっています。

なんか説明になっていないようですが、なかなか面白い本です。そんなに厚くないですが、読了するのにけっこう時間がかかる。機会があったら他も読んでみたい。

そういえば、莫言の「転生夢現」「白檀の刑」を読んだときも、つい★4つを付けてました。こういうスタイルの小説、好みなんだろうか。


そろそろ落ち着いた頃だろうと、金沢・北陸へ。だらだら歩く一家なので、例によって金沢では時間がなくなり、兼六園の入り口までは行ったものの中には入れませんでした。入り口のあたりの四高公園で、東京で買った弁当をようやく始末。

宿は山中温泉。よく山中山代片山津とまとめて言いますが、山代片山津のほうはバブル期に施設が大型化し、客の囲い込み作戦をとったため現在はなかなか苦しいとか。そんな話を数回聞きました。三温泉の共通駅が「加賀温泉」ですが、この駅近くにはやはりバブル期のものでしょう、巨大な金色の慈母観音がそびえ立つ。異様です。70mとかいうことでした。ただし、現状はほとんど廃業状態らしい。

山中温泉、大聖寺川に沿って思ったより洒落た温泉街でした。温泉宿は古いとこが多いですが、町並み作りに力を入れているんだそうです。

eiheiji2016.jpg翌日は永平寺。温泉からは往復バスがあってあんがい便利です。帰りのバス便が近いので大丈夫かなと心配しましたが、まったく杞憂。

永平寺の雰囲気も大昔とはまったく異なっていて、観光客はスリッパでひたすら効率よくペタペタ歩き回って一丁上がり。坊さんもスリッパやら専用サンダルで廊下をスタスタ歩いている。境内をウロウロなんてできない仕掛けになっていました。これじゃたいして時間をつぶせない。

若い坊さんが真面目に鐘を突いていました


翌日は東尋坊。まったく期待していませんでしたが、けっこう良いところです。ただし観光客が多すぎ。ということで、ザーッと一周。一周というほどのものでもないか。

2泊した宿の食事がおいしかったです。洗練された田舎料理ふう()。前になんかドイツ人の家族が来たけど食事があわなくて早々に退散したとか。スキヤキ、シャブシャブ系がゼロで、肉っけのないメニューに面食らったんでしょう。ゲルマン系の一家に純和風はちょっと辛かったらしい。

「加賀懐石ベースの創作」だそうです。失礼。

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