2018年11月アーカイブ

昔から政治家は嘘つきに決まっていたけど、多少の恥ずかしさを殺してやっていた気がする。曰く、国家国民のため。曰く百年の大計。そのためには手段を選ばないけど、でもできることなら堂々とやりたいものだ。

大昔。岸信介の頃の外務大臣で、たしか絹のハンカチとかいわれた白髪の人、えーと藤山愛一郎か。安保適用の範囲に沿海州が入るかどうかの質疑だった気がするけど、野党のしつこい追求に対して恥ずかしそうに、でもしっかりシラをきり通していた。大変なんだな、と子供心に思った記憶がある。

最近は変わった気配ですね。みんな堂々と嘘をいっている。恥ずかしさを感じないどころか、むしろ得意になっているのかもしれない。甘く見て恫喝して忖度して嘘ついて徹底的に逃げる。鉄面皮を通せば嵐は過ぎるぞ。それをネット動画で(なんせテレビは国会中継してくれないから)見ていると、こっちのほうが恥ずかしくなります。終わりだな、という気がしてくる。

草思社 ★★★
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副題は「写真で読み解く晩年の慶喜」。ちなみに慶喜の名誉回復は明治中期からのようです。明治30年に静岡から東京に居を移し、31年には天皇に拝謁(ただし内々)。35年に公爵に叙せられ、これで公式に復権。それから没するまで(大正2年)の間の写真が多く掲載されています。

感じたこと。

昔の生活は大変なんですよね。家と家の付き合いは面倒で、家族の中でも序列があり、そうした秩序をきちっと守っていかないと暮らしていけない。生活できない。

たとえば何かでお祝いしてもらったら、その返礼訪問だけでも1日がつぶれる。馬車で数十軒とか。仮に玄関先で挨拶だけして、名刺を置いてすぐ次に回るだけでも大変。考えただけでも面倒です。

35年の名誉回復のあとはもう遠慮することなく、徳川一門や一族、家臣なんかが集まってはお祝いをしました。公式のものもあるし、もっと私的なものもある。宴のあとは庭に集まって集合写真。この写真がなんというか、味があるんですね。親戚たち、息子たち、娘たち、またそれぞれの正室とか女中とか側妾とか。みんな自分の地位と立場を考えて適当な場所に並んでいる。一人々々の顔を眺めてみるだけでも、いろいろ関係が読み取れます。実に面白い。

そうそう。重要なことではありませんが、慶喜ってのはあまり背が高くなかった。均整はとれているけど、どちらかというと小柄。よく見る抑制的な表情の写真だけではなく、ごく稀には微笑んでいるスナップ写真もある。ま、それがこの本のタイトルになっているんですが。

写真が貴重なだけでなく、当時の人間関係や動き、よく調べられている本です。


新しいガスレンジの悪口、書いたかな。書いたような気もするんだけど。

ま、要するに1年ほど前、新しいガスコンロに交換しました。ブランドは東京ガス。

出張スタッフがきて、設置を終えてから使い方を説明。いろんなことができるらしい。賢すぎるくらい。ほとんど使いきれないだろうな。ズラズラ話した中で「OOOしないと電池が消耗するので用心してくださいね」とか言う。ん、電池? 電池の消耗なんてどうでもいいですよね。細かいことを言うなあ。電池なんて、着火が不自由になったらチェックすればいいだけの話で。

そこが落とし穴でした。最新式のコンロでは電池が非常に重要なんです。使用マニュアル読んでみても、なぜか電池の消耗についてけっこう書かれている。なんとなく「カチカチという着火音がしなくなったら電池を交換」程度でいいと思うんですが、違うんです。

このコンロ、使用しているとすぐ火が消える。フライパンなんか使っていて、あれ?・・・と思ったら消えている。ひどいときになると、あわてて着火しても、またすぐ消える。熱いものは乗っていないんだから問題ないはずなのに、消える。家内がかなりいらだっていました。確かに。センサーがなんか敏感すぎるんです。これじゃ使い物にならないぞ。

そんなふうにブツクサの日々が続いたんですが、ある日、とつぜん解決。念のために電池を新しいのに交換してみたんだそうで、スイッチ押すと景気よくバチバチバチ!と火花が散って、バッと火がつく。前とはちょっと雰囲気が違うようになりました。そしてなぜか立ち消え問題も解決したような雰囲気。(注記

なるほど、こうした最新式のコンロの動作はすべて小さなマイコン回路で制御しているようです。電池は単に着火のために内蔵しているわけではない。もっと重要な役目を果たしている。何も考えず購入時の電池をそのまま使い続けたのがいけなかったんでしょうね。バッテリーがかなり消耗していて、だから回路がすぐ誤動作。火が消える。

なるほど。非常に納得です。電池の交換を思いついた家内はエライ。それにしても電池ケースの横にある、バッテリー消耗を知らせるはずの「赤ランプ」はなぜ点灯しなかったんだろ。電圧が低すぎて点灯しなかったりして。

追記) と思ったら、まだ解決ではなかったらしい。あいかわらず火がよく消える。奥さんが怒っています。

使っているバッグ(手提げ兼ショルダー)。ファスナーの耳が壊れてしまって開け閉めが不便。替わりがほしいなあと思っていました。

どうせなら背負い式がいいかな。リュックサック、ナップザック、バックパック、デイパック・・と呼称はいろいろですが、ま、要するにあまり大きくない背嚢形式。最近はやたら街で見かけます。そういえば昔は大型の「キスリング」なんてのもありました。高校の頃までは登山の定番でした。横幅があって、帆布みたいな生地で、ずっしり重い。場合によると30キロとか40キロの荷物を収納する。ん? もっと入れたかな。

ま、小型のデイパックがあると、便利そうです。ちょっと街へ出るとか、散歩するとか、必須なのは眼鏡ケースと本。ほかに携帯の傘、ハンカチ、ティッシュ。場合によってはカメラもあると嬉しいです。なんやかんや、けっこうな重さになる。

といことで大型スポーツ店にいってみました。うーん、品数が多すぎる。こっちの売り場、あっちの売り場、たぶん数量にして200品から300品くらいは陳列されている感じです。登山用とか旅行用とかビジネス用とか、いろいろなんでしょうね。こんなところから一つ選ぶのは絶対に無理です。

仕方なく、同僚と雑談している店員つかまえて、希望をザッと説明して「これなんかどうでしょ」と提示されたのを即買いました。はい、いろいろ使いやすそうで、特に文句なし。

northface.jpgノースフェイスという有名メーカーで22リットル。あとでアマゾン見たら同じものが1000円以上も安かったけど、ま、相談料コミですからね。いいでしょう。

さっそく背負って行ってみました。駅前に新しくオープンした無印良品まで。シンプルなノートと上品な付箋紙を購入。うん、悪くない。なんといっても両手があくのが嬉しい。これから愛用しますか。もちろん一生ものですね。(メモ 11000)

街でこうしたバックを背負っても変ではない。くるぶしまでの短いソックスをはいてもいい。シャツの裾を外に出してもいい。最近のこうした自由は、正直、非常に嬉しいです。大歓迎。

オーバーシャツはもうオヤジファッションになったのかな。たぶん、そうだろうけど、知るか。

東京都からハガキがきて、どうやら「パーソナルトリップ調査」の対象者になったらしい。抽選結果だそうです。「パーソナルトリップ」ってなんだ? 大昔、麻薬かなんかでトリップという言葉をつかっていたような気がする。関係あるんか。

ま、ようするに特定のある日、どこへ移動したか、どんな交通手段をとったかという調査らしいです。東京都都市整備局が主体。どうしてカタカナ使うんですかね。

ま、善良な市民としては協力するにやぶさかさっさなんですが、読んでみるとネットで回答してほしい。それが無理な人には後日用紙を送るとある。なるほど、都としてはなるべく手間を省きたいんだろうな。理解できます。ネットで回答してもらえれば、あっというまにデータが整理できる。

ということでアクセスして、ハガキに記載のIDやらPWやらをいれて、さて開始してみたらなんだこりゃ・・・・。なんと細かいんだ。異常。

たとえばある日、電車にのって都心へ行き、喫茶店で人にあって、帰路は途中駅でスポーツ店によってバッグを買ってかえるという平凡な一日。はい、たまたま小さめのリュック(デイパック)を買ったんです。長年使用のショルダーバッグは、ファスナー部分のツマミがとれてしまって、開け閉めが不便になった。

上記、簡単に書きましたが、東京都の記入仕様ではこれがえらく大変です。都心に出るということだけとっても「徒歩で」→「何時」に「どこの駅から」→「電車で」→「何時に」「どこの駅」で降りる→「徒歩で」→「喫茶店」「何のために」「その住所を記載せよ」

お茶を飲んだ「あの店」の住所なんて知るか。そりゃ調べればわかりますが、えらく消耗。たとえば千代田区一番町1丁目-1番。マンション名や号棟までは記載しなくてもいいそうです。

帰路もそうてす。「徒歩」で「何時に」「どこの駅」から「電車で」移動し、「どこの駅」に「何時に」到着して「徒歩で」「どこの店に」「なんのために」行ったのか。もちろん店を出て家に帰るときも同じ要領。

仕事なんかしている場合、一日に何カも移動します。すべてをこの調子で書くとしたら、はー、いやはや。30分かかるか1時間かかるか。お役人にとっては便利で整理しやすい書式なんでしょうが、もうすこし工夫できなかったのかなあ。

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現実の話、けっこうな数の人たちが「やってられっか!」とキレて、項目を自主的に省略しそうです。

本当は5か所の移動だったのに「この日は移動しませんでした」と返答する。これなら3分ですむ。こうして統計データは信用のおけないものになる。ありがち。

しばらく昼寝してるあいだに、メモリ関連が値下がり。とくにSSDは大幅に安くなっている。500GクラスのSSDが8000円台とか、1Tクラスでも2万弱とか。30パーセントくらい 50パーセントは下げてるんじゃないかな。

うーん、にわかに物欲に火がつく。困った・・・。


河出書房新社 ★★★★
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図書館に予約をいれたのが、たしか今年の2月頃。それから9カ月を経て、ようやく順番がきました。話題になって面白そうではあったけど買うのはちょっと躊躇・・・という本だったので。

ホモサピエンスってのは、ネアンデルタールなんかに比べると、とくに強くもないし賢くもない。雑多な「人類」仲間の中でも平凡な一派であったんだけど、ひとつだけ奇跡をおこしたんだそうです。たぶんDNAかなんかの突然変移でしょう、7万年前あたりに、いきなり「嘘」がいえるようになった。嘘というか、要するに「虚構」です。

つまり「結束」とか「計画」「将来」「展望」などなど、具体的な実態のないことについて話す能力。チンパンジーだって「ライオンが来たぞぉー」という程度の警報言語を持ってはいます。しかし「この前、ライオンがオレに話したことだけど・・・」と嘘をいう能力はない。

それが発展すると「オレたちみんなライオン一族だ。だから仲良くしなきゃいけないんだぜ」と誰かを説得したり、シンボルとしてライオンのトーテムを立てたりする。いわばライオン教団の誕生。結束した社会ができる。

これが「認知革命」です。非常に画期的。これによって、その日暮らしでバラバラな家族単位から、まとまりのある集団になることができた。複雑で難しい内容の会話をする能力が発達し、みんなで協力して、計画をたてて特定の何かをする。この点で、単純なネアンデルタールなんかとは決定的に違いができたんですね。肉体的にはひよわなホモサピエンスだけど、協力すれば頑丈なネアンデルタールにも勝てるし、凶暴な剣歯虎とも戦える。みんなで力をあわせてマンモスも狩れる。

で、その次にはたぶん「農業革命」ですか。最近の学説では常識ですが、農業を覚えたからといって狩猟採集生活より楽になったかというと違う。たぶん正反対。定住して、人口がやたら増えて、病気が蔓延して、大多数にとっては辛い生活になって、だから必死に仕事をする。悪循環。やがて富のへだだりが生まれる。食料の貯蓄が可能になって支配階級の誕生です。支配する者と支配される者の分離。

やがて「貨幣」も誕生。貨幣とか貴金属とか、もちろん完全な虚構ですね。たとえばゴールド。特に価値があるわけではなくて、単に黄色くてフニャフニャした金属でしかない。ゴールドに特別な価値があるのはあくまで「約束事」です。みんなが「金がいい」というから金に値打ちがうまれた。貨幣の次には手形とかカードとか、ま、延長です。

こんな具合にホモサピエンスは進化し・・・ん? 進化という言葉にもまやかしの価値観があります。正しくは「ホモサピエンスは変化した」でしょう。

ごく最近は大変革である「科学革命」とかもあって、なんか人類は急に幸せになったような錯覚がありますが、厳密にいえば別に幸せになったともいえない。厳寒の中世の冬に一本の薪を得た市民の喜びと、1Kのアパートから3LDKに引越しした喜び、どっちが幸福かと問われると返事は非常に難しい。

・・・という具合に、ホモサピエンスの歴史を容赦なく著者は解説していきます。筆致は非常にドライですね。スッキリしすぎて気分がいいくらい。遠慮とか躊躇がない

そうそう。枝葉ですが著者はブッダの教えにけっこう興味をもっているようです。ブッダが説いたのはシンプルに言うと「すべての欲望を捨てよう」ということだそうです。なるほど。欲望・渇望がある限り、貧乏人も金持ちも、貴族も乞食も、けっして完全に幸福にはなれない。だから欲を捨てよう。ちなみに幸せになろうという気持ちもやはり「欲」です。

比べると、キリスト教もイスラム教も、いろいろなにかすることで神様に気に入ってもらって、それで天国に行こうとしているような気がします。うん、この点でまったく違うわけですね、たぶん。

ま、いろいろ、面白い本でした。ベストセラーになったのも理解できた気がします。


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