「日本人のための第一次世界大戦史」板谷敏彦

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毎日新聞出版 ★★★★
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なんとなく知ることの少ない戦争、第一次世界大戦の概説。良書です。

著者は歴史家ではなく、金融とか経済の専門家のようで、それあってか視点が斬新。非常にシンプルかつ坦々と広い視野から説明してくれます。たんなる戦史と勘違いしないように。

読了していろいろ目からウロコが落ちましたが、戦争の本質を「トルコ帝国のアジア側を西欧列強が再分割しようとしたもの」という意見の紹介は驚きでした。なるほど。

力を失った大帝国であるトルコの版図は、列強が押し合い引き合いする際の「分銅」として使われていた。ライオンと虎がケンカすると、劣勢な側は「じゃ、バルカン半島の東側をやるから許して」と差し出す。自分のものでもないんですけどね。そうやって勝負の景品のように使われてきたのがトルコ。

しかしヨーロッパ側(バルカンなど)の処理はとりあえず終了したので、いわば「余裕」や「遊び」がなくなった。で、列強は仕方なくナマの形で衝突せざるをえなくなり、それが第一次世界大戦。関心はアジア側に寄せられていて、このアジア・トルコの分捕り合戦を「中東問題」と称した。結果がサイクスピコとかバルフォア宣言とか。トルコにとってはえらい迷惑です。

要するにハプスブルグとサラエボがなんとかとか、ましてや皇太子を暗殺云々は単なるキッカケで瑣末なことらしい。当時、これが戦争になると思った人はほとんどいなかった。ましてやあんな長期の大戦争、総動員戦争になるとは、まったく予想外。なにしろ戦争勃発のニュースにもニューヨークの株式取引はほとんど反応しなかったらしい。みんなすぐ終わると思って、たかをくくっていたんですね。

感じたこと。

まずドイツ国民の多くは「負けた!」という実感に意外に乏しかった。膨大な数の兵士を失い、困窮もきわまっていたけど、少なくとも敵兵の侵攻をゆるさず、国土に攻め込まれていなかったし、軍部の宣伝も上手だった。その意外感、シコリが次の大戦につながる。絶対に払えない巨額の賠償を言い張ったフランスの責任もある(戦後、なんとか払える賠償金額をケインズが計算したけど、フランスの主張はその10倍以上だった)。

実際の所、ドイツがフランスを押し切って勝利を得る可能性も多少はあったらしい。ただドイツが思いこんでいたほどフランスは腰抜けではなかったということ。土壇場の土俵際でフランスは意外に頑張った

米国は最後の最後まで迷っていた。迷っていた米国の尻を叩いたのは(Uボートによるルシタニア号撃沈は当然ながら)実は日本の欲深行動も一因だったらしい。日本の中国進出やシベリア出兵がいかにも露骨で、米国の警戒感をあおった。しり馬に乗って美味しい思いをしようとする日本の行動はいかにも素人ふうで、とくに中国を刺激して深い恨みを買ってしまったことが後々まで響く。いわば周回遅れの帝国主義。日本は昔から外交オンチなんです。アベだけの責任ではない。

老獪な英仏、自信過剰のドイツ、途中で勝手に抜けた無責任なロシア。徹底的に迷惑こうむったトルコ。よせばいいのに地球の反対側で若者の血を流したオーストラリアとニュージーランド。なーんも深い事情を理解していない困ったちゃん米国。勘違いして儲けに走った日本。ま、そんな構図でしょうか。

また、大戦の直接の死亡者数より、スペイン風邪による死者のほうが圧倒的に多い。スペイン風邪(そもそもは米国発)は大量の米国兵士の渡欧とともに大流行し、軍から市民へ、市民から軍へ感染して世界中を吹き荒れた。流行は3回あって、その第2波でウィルスが一気に狂暴化したようです。大きい見積もりでは死者1億とも。