2019年7月アーカイブ

ここ数日、夜が寝苦しい。暑い! 大の字に体を晒していると冷えるのに、ちょっと毛布をのっけると暑い。首筋に汗がにじんでくる。髪が濡れて気持ち悪い。

というわけで、ふと髪を短くしようかと思い立ちました。20代の頃からさして気にもとめず、だいたい同じような髪形で通してきた。しかしこのところ頭頂部が急速に薄くなっていて、それを気にした床屋のオヤジが気をきかせて、頭頂部分だけ長めに残している気配がある。脳天だけ長くするのは未練がましくてあんまり気に入りません。

うん、思い切って切ろう。これから暑くなることだし。ほんとは「頭を短く」と書きたかったんですが、なんか刃物で寸を縮めるような印象もある。やっぱ「髪を短く」なんでしょうね。

自分自身としては髪形なんて、正直どうでもかまいません。サッパリ丸坊主でもいいし、スポーツ刈りでもいい。うん、これも本当は「大工刈り」と言いたいんですが、最近このての表現は誤解を招くしなあ。言葉づかいは難しい。で、髪なんて自分のものながら、鏡でも見ない限り気にならない。しかし奥さんや子供は(否応なく目に入るから)案外気にするかもしれない。礼儀としていちおう相談してみました。思い切って短くしてみてもいいかな。

すると帰って来た反応は「丸刈りふうに均一に(五分刈りとかかな)短くするのはダメ。美容院の人に相談してみたらどうだろ」。要するにあんまりイメージが沸かないのね、たぶん。ちなみにオヤジは美容院じゃなく、理容院に行きます。床屋。

今度いったときに相談してみるか。あんまり若者ふうではない、落ちついたショートカット。仮に失敗したってたいしたことじゃないし。


結果
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床屋のオヤジの度胸がなかったのか、想像力不足か。できあがったのは従来型をぜんたいに短くした髪形だった。たしかに短くはなったが、せっかくの覚悟少しから回り気味で、残念。

徳間書店 ★★★
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小難しい小説ではなく、一気呵成に読めてしまう本、「ひたすら面白い本」を書こうと決めたらしい。ま、そうやって書かれたのがこの小説で「これで直木賞を取ろうと思った」とか表紙のJ惹句にありました。ちなみに著者は他の作品で直木賞をもらっています。

徳間書店の本はめったに手にとらないけど、これはかなり良質な部類の面白本でしょうね。リストラされかかってはいるものの、とくに大きな不自由もなく堅実に暮らしている福岡のサラリーマン。せっせと仕出し弁当のパートをしている妻。鹿児島で歯科大へ通っている長男。長崎で看護学校に通っている長女。

ところがインフルエンザで寝込んでいるある日、東京の弁護士から電話がかかる。奥さんから「預かっているもの」をこれからどうするか。「もの」の中身はなんと46億円

とういことで、テーマは「お金と人生」「意外性」。「妻も子供も、表面とは違う顔を持っているのかもしれない」「常に真実が話されているとは限らない」「みかけとは違う動機や理由で人は行動している」。

シンプルなメルヘンふうのストーリーかと安心していると、次々に真実があらわれます。誰も信じられない。逆に、信じられないはずのものが善の顔を持っていたりもする。最後の結末は人によって好き嫌いがありそうですが、ま、なかなか楽しい小説でした。


淹れたコーヒーの保温用にずーっと使っていたカメヤマのティーライトティン キャンドル。先日つい使いきりました。買ったのは100コ入りで、たぶん1200~1300円程度だったような。ちみに「ティン」は「tin」「錫」です。

ブランド品のカメヤマなので、けっこういい品質です。連続使用なら、たぶん問題ない。しかし消してはつけ、つけては消しという使用だと、どうしても芯が炭化してしまう。カップの底にまだ20%くらいワックスが残っているのに、火が消える。あるいは鉛筆の先ほどの炎になる。いろいろ工夫してみましたが、これはどうにもなりませんでした。
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ということで、次は割高で「日本製」「植物性」をうたった「キャンドルアルミカップ30個入り」を開封。おそらくパームワックス100%というのが売りみたいです。ただし価格はほぼ3倍。


うん、非常に良い製品でした。蝋が減ってきても火が消えない。もうダメかな?と覚悟して再点火しても、きちんと安定した炎がともる。

ワックスの質がいいのか、それとも容器(少しデザインが違う)がいいのかは不明。3倍の価値があるかどうかも断言はできませんが、気分の良さをプラスするなら、こっちのキャンドルのほうが優れています。

植物生まれのキャンドルアルミカップ 30個入り(ティーライトティン) 、イチオシでした。使用開始からもう1週間くらいたってますが、まだ火がつきます。



冷えますね。今年の梅雨は異常で、もう冷えたりしないんじゃないかと思ってましたが、やはり寒くなった。ビールが飲めません。

ある程度以上寒くなれば、毛布こっぽりで寝れるので悪くもないんですが、微妙なところで蒸したりしてあついと夜中に裸足を出したくなる。肩や腕を出したくなる。はい。露出すると冷えて気持ちいいです。若い頃からのクセ。

ただし、冷えるといろいろなことが起きる。まず思わず鼻水が出たりする。縮こまって固まるせいか肩が痛んだりもする。下手すると足が吊る。夜中にトイレに起きたくなる。トイレも一回くらいならもう許容の年齢ですが、たまに二回という夜がある。これはかなり不便です。ただ、どうしようかな・・迷いながら寝ているくらいなら思い切って起きたほうがまだいい。

なんという爺むさい・・とお思いでしょうが、なんの、年取るとそうなるんです。

昨日は思い切って駅前のカメラ屋まで遠征。USBメモリを持参で、写真を50枚ほど印刷してきました。これを仕分けして、兄弟に発送しないといけない。はい、年の離れた兄が先日なくなって(享年87)、その葬儀の模様をスナップした。この模様をみなさんに封書で送る予定。

試しに重量を計ってみたら25グラムには納まらないようで、ありあわせの82円切手では間に合わない。そうすると切手が120円になる。明日にでも晴れ間をみて封筒と切手を買ってきますか。こうしたちょっとした用が、それぞれ決心しないと果たせなくなったのもトシです。用件は1日にひとつ。なんかの拍子で二つになると、かなり気が重くてエネルギーが必要です。

景気の悪い話をだらだら書いてしまいました。日韓の問題、トランプ節、各国の右傾化、意外な支持率の高さ、品のない演説とニタニタ笑い、若者の政治離れ、またしても繰り返す警察のドジ。あんまり気の晴れるような話はないです。トシとってから不機嫌になりました。


講談社★★
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とちくるって借出し。井上ひさしの本はめったに借りません。

えーと、簡単にいうと東京四谷あたり。孤児院の子供たちが工夫して商品先物相場。何百億も稼ぐ。なぜ稼ぐかというと、自分たちの城、理想郷をつくるため。

ということで、独特のひさし節を我慢すればそこそこ読めるんですが、残念ながら未完でした。書かれたたのは1988年から89年にかけて。バブル時代ですね。小説中でもページを割いて先物相場の仕組みなんかを詳しく書いている。顔をしかめながら書いたんでしょうか。

中断して20年ほどで作者は亡くなり、もう続きを書くことはなくなった。その翌年あたりに講談社が刊行。

いちおう、最後まで読みましたが、やはりけっこう辛いです。単調というか大味というか。この感想、代表作(?)の吉里吉里人でも感じました。空虚な明るさとでもいうか。国語もの系なんかは割合好きなんですが、子供系とか地方方言ものなど、どうも苦手なものも多い。

ま、そういうことですが、読了はしたので一応メモを残す次第。


文藝春秋★★★★
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伊藤比呂美という人、詩人ですか。なんとなく名前は知っていましたが、読むのは初めて。

非常に元気なというか、エネルギッシュな本です。ん、少し違うか。少なくとも、読んで記憶に残る文章です。本人も「書いてるのは詩だ」と言っている。一文ごとに改行するのだけが詩ではない。といって、いわゆる「散文詩」でもないです。キラキラ光ってもいないし意味ありげに感動させるわけでもない。でもこの一冊は確かに「詩」ですね。きっと。

えーと、タイトル通り、切腹をいちおうのテーマとして書かれています。あとは鴎外への愛かな。非常に好きみたいで、鴎外の翻訳(青空文庫)をコピーして縦書きに直してペースト。ルビやなんかがメチャになるので、それを修正していく。当然ながら旧字やら異字がてんこもり。いちいちコードを探しては直す。大変な作業だわな。気が遠くなる。

そうやった結果、鴎外の文章を顕微鏡でながめるように眺めて、違和感が生じた。なんで「・・・だ」「・・・だ」と続いてその次の行だけ「・・・である」なのかとか。要するにあえて必要もなさそうなのに言葉のリズムがときどき変わる

これは漢詩のリズムだそうです。五言絶句なんかの押韻らしい。A-B-C-BとかA-A-B-Aとか。意識してそう訳したのか、それとも鴎外が自然に訳文を考えるとそうなってしまったのか。なんせ漢文、漢詩が幼い頃から体にしみついていた人だった。なるほど。我々ならつい五七五にしてしまうのと同じ。非常に面白かったです。

あとはまあ鴎外と女の話とか。チャラチャラして金髪のエリス(だったっけ)が主役とはとうてい思えないので、ほかに女がいたはずだ。もっとしっかりした意志のあるドイツ女。

で、本の後半は米国でツレアイを看取る話とか(すごい迫力)、阿部一族の話。そうそう、阿部一族で殉死の許しを得たナントカいう若い武士、腹を切る前に好きな酒を飲んで昼寝する。昼寝の時間が長くなり、老母と若い嫁がそろそろ起こそうというところ。鴎外の「阿部一族」では、けっこう泣ける場面なんですが、原典らしい「阿部茶事談」ではニュアンスが違って、老母も嫁もかなり冷たい。

長々と昼寝していると世間の目もある。どうせ腹切ると決まったからには早く切ってもらったほうがよかろう。ほんにそうですね。では起こしますか・・という感じ。この相違は面白いですね。こっちのほうが、いかにも「事実」という感じです。それを鴎外はオブラートに粉飾した。伊藤比呂美も「中傷とか噂とか、みんな傷ついて死ぬ。いやな本だ」という趣旨を書いています。確かに。


大昔、家族で浅草からぶらぶら歩いて並木藪蕎麦に入ったことがあります。大通りに面した、こじんまりした店でした。頼んだのはたしかザルだったと思いますが、いくらだったかな。たぶん1200円くらい。ま、高いけれども仕方ないか。(注)

量は非常に少ないです。上品な量というレベルではなく、上品の更に半分程度。2枚食べてようやく「軽く食べた」という感じになる。で、あらかじめ「大盛り」を頼んだら拒否された。2枚盛りもダメ。いったん食べ終えてから再度注文してくれ。

これは理不尽でしたね。ここのツユは非常に濃厚で、べらぼうに味がいい。ツユが命です。それがまだたっぷり入っている。サラっと蕎麦一枚食べたってまだたっぷり残っている状態。もって帰りたいくらい。だから新規に再注文じゃなく、蕎麦だけお代わりできればもう十分です。ツユを新しく換えるなんてもったいない。かなり心外だった記憶があります。

漱石の「猫」で迷亭が昼時に訪ねてきて、いや昼食の心配はしてくれるな、途中の蕎麦屋で頼んできたから。そういうシーンがある。迷亭、たしか3枚くらい注文してきたような記憶があるけどうーんと調べ直したらたったの「蒸籠二つ」だった。意外に少ない。ここで迷亭が蕎麦講釈をたれるんですよね。

それはともかく。その後に何かで「そもそも蕎麦ってのは軽くお腹をみたすものであって、これで満腹しようなんてのは江戸っ子じゃない」とかいう主旨の一文を読みました。ふーん、そうなの。なんでですかね。

というのが前置きで、実は先日、テレビ東京の「和風総本家」の蕎麦特集を見ました。これ、かなりお薦めの番組ですよ。テーマによって外れもありますが、だいたいは面白い。時間つなぎに柴犬の幼犬が何故か風呂敷背負って走り回ってる番組です。この柴犬、数カ月ごとに代替わりしていて、たぶんもう20代くらいは繋がっているんじゃないかな。

で、ようするにこの蕎麦特集で真実があきらかになった。なぜ蕎麦は盛りが少ないのか。実は粋とか通とかの問題ではなく、単純に「儲け確保」のためだった。そもそも最初から二八の蕎麦というんで有名になって、当然のことながらニハチ十六で十六文。「お代はいくらだい」「野暮なこと聞きますね。二八は十六文にきまってます」と言いたいばっかりにお代十六文を据え置いた。でもそのうち諸色高騰。だからといって十八文にできるか。二十二文なんて死んでも言えるか。仕方ないから盛りの量を減らせ。

ま、そういうわけで蕎麦は上品な盛りが常識になった。上品であればあるほど、いい材料を使って精をこめてつくった証となる。非常に納得です。

そうそう。並木藪蕎麦は改築か代替わりでもあったんでしょうか。念のために調べてみたら「ざるそば750円」でした。なんか記憶と違う。やす過ぎる。おまけに「そばつゆがガラリと変わった」なんて書き込みもある。方針が変わったのかな。もし変更になっていたらごめんなさい。

関係ないけど松山中学に赴任した坊ちゃんは「天麩羅を四杯」平らげています。大食いではあったんでしょうが、けっして食べられない量ではなかった。

重大な追記
家人のメモによると、たぶん2002年頃。並木で2600円という記録があった。端数を考えると4人前(私がおそらく2枚)なんでしょうね。すると一人前が650円ですか。決して高くはない。

うーん、不思議だ。記憶のゴマカシ。どこで「高い!」ということになったんだろう。量の少なさ=高い!という錯覚だろうか。2人前1300円を一人前と記憶した? いずれにしても並木藪蕎麦さん、ごめんなさい。


講談社 ★★
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この作家で読んだのは確か「天地明察」「光圀伝」、他にもあったでしょうか。みんな魅力があってそこそこは面白いんですが、傑作とまでは言い切れない。最初に読んだ「天地明察」はキャラクターがいい意味で軽くて、落語の世界みたいだった。ただしストーリーはかなり無理がある。「光圀伝」も猛獣伝説ふうでこれも味がありましたが、どうも最後まで「大義」「大義」「大義」と暑くるしく喚きっぱなしで疲れた。

今回の「戦の国」では「大義」の代りに「道をつくる」とか「自分の生を選択する」「戦の恍惚」とか、ま、そんなことがテーマなんでしょうね。道を整えても恍惚してもいいんですが、最初から最後までこれが出てくる。無理やり通した一本の棒なんでしょうか。荒いというか、設定が苦しい

そうそう。登場人物は戦国の6人です。織田信長、上杉謙信、明智光秀、大谷吉継、小早川秀秋、豊臣秀頼。それぞれ自分視点で話が展開する。みーんな「道」とか「燃焼」とか「戦い」とかにチョーこだわって、勝手に自分で納得して自滅。たとえば小早川秀秋は意外なことに冷静・賢明な青年武将だし、豊臣秀頼も人望があり状況をしっかり判断している。それなのにあえて死を選ぶ。なぜだ?と問いたいですね。そういう意味で、かなり頭でっかちの小説ばっかりです。

わけわからん感想ですね。はい。ヘンテコリンな本でした。


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