Book.13の最近のブログ記事

garasunohanma.jpg★★★ 角川書店

貴志祐介はこれで何冊目かな。みんな面白いです。

今回は密室殺人もの。ビル最上階にある社長室で死体がみつかる。窓は完全防弾ガラス。直通エレベータは暗証番号を知らないと動かない。階段からフロアへのドアは鍵がかかっている。もちろん防犯ビデオは稼働しているし、社長室への通路脇には秘書が控えている。

怪しげな人物はいっぱいいるのに、肝心の凶器は発見できない。殺した方法もわからない。美人弁護士と怪しい防犯ショップ店長のコンビが推理を重ねては失敗し、失敗し、ついに・・・。

トリックはかなりよく考えられています。またこの作家の特徴ですが、細かい部分がなんとも具体的。細かすぎるくらいに詳細。「え? それは無理だろ」というところが非常に少ない。

探偵役の防犯コンサルタント榎本というキャラもいいですね。ちょっとした悪党。頭がキレて冷静で、美人にはちょっと弱い。住居侵入も辞さないし、機会があれば金品をちょろまかす

たぶん再読はしないでしょうが、通読、楽しめる本でした。

★★ 講談社

himiko.jpg帚木蓬生って、何か読んだことがあるかどうか。ないような気もする。

で、「日御子」。例の邪馬台国のヒミコです。ただいきなりヒミコが主人公になるのではなくて、はるか前から話がつながる。北九州の小さな国で代々通訳(使譯)をつとめる一族がストーリーテラーで、まずは奴国。丸木舟のような小舟の使節団に随行、漢へ渡って光武帝から金印をもらいます。

その孫(だったかな)の代になると舟のサイズも少し大きくなって三国時代の魏へ。帰路は魏の使節団も同行で、これが後の魏志倭人伝になる。そのまた孫(たぶん)もまた使節団とともに大陸へ・・・というようなお話。親から子へ、祖母から孫への語り伝えです。

その間に北九州もだんだん統合され、ヒミコの治世で邪馬台国が力をつけます。しかしヒミコが没するとその南の国が力を蓄え、彼らの目は海を渡った東へ向いて、いつかは西日本一帯の統合も示唆されます。

スケールも大きいし「使譯の一族」という舞台回しもなかなかいいんですが、基本的に登場人物がみんな誠実で善意の人ばっかり。その甘さがちょっとものたりません。雰囲気は違うものの、ローズマリー・サトクリフの歴史ものに近いような気もします。要するにジュブナイルの雰囲気。

peninsula_q.jpg★★ 朝日新聞社

分厚い一冊です。小泉総理の北朝鮮訪問から筆を起こし、ウラン濃縮計画やら核危機などなど、六カ国協議の進展やぶりや進展しなさぶりを克明に描いたものです。「描いた」というより、とにかく要人たちの膨大なコメント取材集ですね。

もちろん取材といっても対象になっているのは主に日中韓の外交官たちです。こうした連中とかなり親しいんでしょうね。よくまあという細かい部分を調べ上げている。

血湧き肉踊るドラマチックなストーリーを期待しちゃいけません。とにかく外交官や政府要人たちがどうたらこうたら、内部抗争したり足を引っ張ったり、会議では席の並び順でもめたり、声明文の一言一句に神経を尖らせたり、妥協したり。現実の「外交」って、たぶんこうしたことの連続なんでしょうね、きっと。

なるほどねぇ・・・という点では面白い本でした。ただしひたすら細部事実の羅列なので、読み通すとぐったり疲れます。

細かなエピソードですが、平壌訪問を決定するまで、小泉純一郎は徹底的に秘密ガードした。政府内でも外務官僚でも、事情を知っていたのはほんの一握り。米国に対してさえ、ギリギリまで知らせなかった。直前の調整で、だれか大物政治家を北朝鮮に派遣しましょうと提案された際にも拒否したそうです。「政治家を行かせると必ず妥協をはかろうとする(それが政治家の天性)。おまけに秘密を保てず必ず事前に誰かに話す。こんな仕事に政治家を使っちゃいかん」

そうそう。なんか当時から拉致問題の当事者だったみたいに自慢しているアベくんですが、実は訪朝発表の前日になってようやく知らせてもらった。さすがにアベに黙ってるわけにもいかないしなあ、前日ならなんとか顔も立つだろ・・という感じ。当時は官房副長官だったみたいですが。

つい笑ってしまいました。

sengoku_buki.jpg★★ 原書房

米国の(たぶん)若手の研究者による戦国武器変遷史です。時代的にはだいたい鎌倉末期から南北朝、室町、江戸初期まで。図解が非常に多く、ところどころオリジナルの武装イラストも挿入されていて、それなりに面白い本となっています。

こうして長いスパンで俯瞰した武器・防具・戦術史ってのは寡聞にして知りません。その意味では価値がありますね。ただしこの著者がどれだけ広く深く戦国時代を研究したのか、ちょっと「?」な感も残りました。あきらかな「?」は少ないんですが、どうも数少ない特定の資料だけにずいぶん拘ってしまった印象がある。

若い学者が一応は研究して、なるほど!と断定・発表。もちろん聞くべき部分もあるけど、なんか思い込み先走りの感じがめだつ。せっかくの豊富な図版も、本文記述とは無関係なものが多いです。たまたま手に入れた図版を(もったいないから)むやみに掲載したかのような雰囲気。

英語で書いた本を自身で翻訳したようですね。そのためか、こなれていない日本語です。できの悪い史学生が書いた卒論みたいな感じですね。

文句はともかく、通読してわかったこと。要するに鉄砲によって戦術が変わったというより、実は槍兵の集団戦法が誕生したことのほうが重大だった。それまでバラバラで勝手に戦っていたのが、規律ある槍部隊の誕生で一変した。馬に乗った武将の個の強さが通用しなくなった。

戦法が変化するということの背景には、統率する戦国大名の作った政治システムや収税システム、兵団編成などのソフトウェア革命があった。うん、なるほど。この点は十分に納得です。

ついでに、サムライの刀についてもクソミソにけなしています。「刀こそ武士の魂」なんてのは、平和な徳川期になってアイデンティティを失った武士階級が必死になって言い出したこと。刀が戦闘で役に立たなかったことは、いろんな軍忠状を調べてみるとわかる。将兵が負った傷のほとんどは矢傷でした。その後は槍傷。そして時代が下がると銃創。ま、そうでしょうね。

いろいろ不満は残るものの、けっこう楽しめる本でした。ところで「胴丸」と「腹巻」、どっちがどうだったっけ。著者によると、この両者は時代によった混同されたり取り違えられたりしてるんだそうです。読んだばっかりなのに、もう違いがわからない。

 ★★★ 文藝春秋

jinrui20mannen.jpgNHKでも放映されたBBC科学ドキュメンタリーを本にしたもののようです。

20万年前ほどにアフリカの大地溝帯(たぶん)で誕生した現世人類。6万年ほど前にアフリカを出て、そこから小さなバンドが世界中に拡散した。いわゆる「アフリカ単一起源説」ですが、いまのところこの説が主流のようです。

で、そこからどうやってどこへ拡散したのた。面白かったのはスエズ地峡ではなく紅海の南端あたりを通過した連中のほうが成功したという説。北方ルートは沙漠地帯が障壁になっていた可能性がある。しかし紅海南端ルートだとアラビア半島の海沿いの緑地伝いに動けたかもしれない。

へえー、すると当時はアラビア半島と繋がってたんでしょうか。原始的ながら舟を使ったという説もあるようですが、はたして足を濡らさずに渡れたのかどうか。

もうひとつ意外だったのは、アラスカから北米への南下ルート。従来の定説では中央部の巨大な氷河と氷河の間の回廊を伝って南下という感じで、すっかり信用してましたが、実は太平洋沿いという説もあるんだそうです。海沿いは氷河の撤退が早かったというんですね。ワカメや貝を採ったりアザラシ殺したりしながらブラブラと拡散した。

また、いまの主流はもちろん「アフリカ単一起源説」ですが、実は「多地域進化説」もまだまだ根強い。またアフリカを出たのが1回だったのか、それとも何回もチャンスがあったのか。そのへんもまだ決定的ではない。世界中にはいろんな学者がいます。

そうそう、もうひとつ。狩猟から農耕への変化は必ずしも従来説が正しいとは限らない。従来説とは、貧しい狩猟民族が農耕を発見してよろこんで定住し、発展して小社会ができたという考え方。

まったく反対に、狩猟文化にもある程度の社会(や信仰)があり、なにか必要性に迫られて農耕が発展したかもしれないというんですね。農耕ってのが、それほどたいしたもんじゃないということです。狩猟生活も悪くはなかった。

実際、農業が始まると栄養状態は悪くなり、病気は増え、いろいろ不便なことが多くなったそうです。でも一応安定してたんで人口は一気に増えた。で、仕方ないから農耕を続ける羽目になった。なんかジャレド・ダイアモンドも同じような趣旨のこと書いてなかったっけ。

アリス・ロバーツってのは、いわゆるサイエンス・コミュニケーターというんでしょうか。あまり専門的ではなく、かなりかみ砕いた展開の本でした。まったく関係ないけどけっこう若くて美人です。いかにもBBCが喜びそうな人選。

aonohonoo.jpg★★★ 角川書店

貴志祐介は3冊目。「新世界より」「悪の教典」のどちらも面白く読めたので、たぶんこれも大丈夫だろうと借り出し。

はい。大丈夫でした。「新世界より」がファンタジーSF、「悪の教典」がバイオレンス・サスペンスとすれば、「青の炎」は学園ミステリー・・・とも少し違うか。いわゆる完全犯罪もので、主人公はラスコリニコフ的高校生です。

この作者、そんなに若くはないようですが、けっこう高校生あたりを描くのがうまいですね。雰囲気がある。現実の高校生とは違うかもしれませんが「いかにも」という感じで描いてくれる。それっぽければ十分。

ちょっと悲しいストーリーです。ま、完全犯罪もののオキマリで、最後はナニになってしまいますが。

いきなり話は飛びますが、映画「太陽がいっぱい」ではアラン・ドロンがいい気分で太陽を浴びていると刑事が迫ります。でもパトリシア・ハイスミスの原作では逮捕なんかされません。それどころかその後のトム・リプリーを描いてシリーズものにまでなっています。才覚のあるワルはしっかり生き延びる。

映画版も実際には2通パターンで作成して、さんざん議論の末、ひんしゅくをかわない「悪は滅びる穏当パターン」が採用されたらしいです。


chugoku_shinnoelite.jpg★★★ 新潮社

著者は元サンケイ新聞記者。北京の大学で勉強したとかで、中国語は達者らしいです。

中国でサンケイ記者といったら蛇蝎のように嫌われそうですが、この人は典型的な現場主義というか、とにかく取材対象に食らいつく。軍や党の要人たちにうまく接近して、いろいろ情報を得ている。もちろん何十回となく飯を喰ったり酒を飲んだり。会うときは必ず贈り物を欠かさない。そんなタイプ、確かにいるだろうなあという記者です。

なんかスパイ小説みたいです。変装をする。携帯をいくつも使い分ける。クルマを乗り継ぐ。とにかく周囲は密告者や手先だらけと覚悟する。自宅のベッドにも盗聴器がしかけられているのは当然。ちょっと危ない現場では、官憲にカメラの画像を消される前に素早くSDカードをダミーと差し替える。連行されたり恫喝されるなんてのは日常茶飯。

中国にいる多くの日本人記者や企業人、外交官たちが、諜報分野ではいかに素人まるだしで騙されやすいか。中国は海千山千の鉄火場。そもそも日本人には騙しあいとか交渉とかのセンスが欠けているのかもしれません。他社のナイーブな記者に対しての苛立ちもけっこう書かれています。

要人と会う場合は、すぐに取材しようとはしません。とにかく自慢話を聞いてやったり日本の考えを説明してやったりカラオケやって仲良くなる。最初は他人行儀な「野口先生」だったのが、そのうち「オマエ」になる。こうなればチャンスです。もちろん要人だって、簡単にうかつなことは話しませんが、あいまいながらけっこう本音情報を吐露してくれる。

ということで、真の権力構造がわかりにくい中国の、本当の仕組みや人的な絡みをいろいろ知ることのできる面白い一冊でした。。

現代中国を理解する手引きとしては、スーザン・L・シャークの「中国 危うい超大国」が既読の中では一番と思いますが、それに次ぐかもしれません。そうそう、小説ではあるものの、ノーベル賞作家 莫言の一連の物語も非常にわかりやすいです。

この三つ、要するに概観として評論家的に解説するか、そのパーツである官僚や軍人たちについての体験事実を書くか、あるいはもっと下層の農民・村レベルの感覚で著述するか。その違いでしかないですね。

たぶん有能かつ臭そうなこの記者(おそらくブンヤ仲間では異端者)、その後はサンケイを辞職して政治家を目指してるみたいです。維新だったかな。

中国13億人、腐敗や理不尽は多いものの、これはある程度歴史的な「文化」です。不合理だからといってトップにいる官僚や軍人が単なるアホなわけはありません。超有能。日本についても深く調べ、合法不合法に関係なくあらゆる手段で情報を得、真剣に将来の戦略を練っている。けっして軽んじちゃいけないですね。

★★ 作品社

kurodakanbei.jpg新しい本のようです。来年の大河ドラマを意識した出版なのかな。

中身は官兵衛を扱った中編・短編を集めたもの。作者は菊池寛、鷲尾雨工、坂口安吾、海音寺潮五郎、武者小路実篤、池波正太郎。他にもいたかもしれません。

鷲尾雨工は知りませんでしたが、戦後すぐまで活躍した人で直木賞作家みたいです。この人の黒田官兵衛がいちばんボリュームあって、ただし要するに講談本。昔は講談本ってのがあったんです。猿飛佐助とか後藤又兵衛とか、人気ありそうな英雄豪傑を扱った俗本。半分落語ですね。子供にも読みやすいので、小学生のころはせっせと貸本屋から借り出して読んでました。

海音寺潮五郎のは官兵衛(如水)が国内の反抗勢力である城井鎮房を謀殺した事件。ただし、内容は史実とは別でかなり面白おかしく書かれている。だいたい海音寺さんってのは、かなり嘘八百を平気で書いた。もっともらしいけど、あの人の小説を史実と思ってはいけないらしいです。

中では坂口安吾の「二流の人」がやはりいちばん楽しかったですね。官兵衛をしょせんは二流の英雄と断じるもので、半分評論みたいな感じです。とにかく好き勝手に評価して、縦横無尽に書いている。その断定する文章に勢いがある。不思議な魅力です。

keimanoryoatari.jpg★★ NHK出版
 
先崎学はもちろん将棋の棋士。ただしこれはNHK囲碁講座のテキストに連載されたものらしいです。

昔はけっこう強い人だったんだけどなあ。才気がキラキラしていた。羽生のライバルといってもいいくらいでしたが、才気にエネルギー使い果たしてすっかり差がついてしまった。

昔のエッセイ本でしたか、羽生と自分の写真が掲載されて「左は天才、右は天才」とキャプションつけられて、さすがに凹んだ。実力の世界だけに、気持ちは察せられます。その夜は泣いたんだったかな。

ただし文才ではたぶん将棋界No.1です。河口俊彦さんも文章が達者でしたが、やはり先崎には一歩譲ります。で、これは将棋の先崎が碁について書き綴ったエッセイ。他業界のことなので力が抜けていて、すんなり読めます。

文中でボヤいてますが、「碁の棋譜は追っかけにくい」という意見には大賛成。ゴチャゴチャした広い盤面で「67」とか「98」とかいう石を探すのは大変なんです。棋力のある人なら、次は当然このあたりだろうという予測がつくんでしょうが、素人が番号を探してると目がチラチラしてくる。もっと探しやすい記載方法はないもんですかね。
 
tabihe.jpg★★★ 文春文庫

廉価購入本、その2。初読です。

いいですね。大学を出たけど、何かを求め続けて、でも得られない青年。自由にあこがれて放浪している。いろいろやったあげく日本を脱出しようと決めて、せっせと金を稼ぐ。稼いだ金を持って(もちろん定番のソ連経由で)旅立つ。念願の自由を得る。でもだからといって完全に幸福になれるわけではありません

少し時代は違いますが、わかります。とにかく日本を出たかった。でも旅費がない。貧乏ニッポンの青年にとって渡航費用は高額だったんです。親に言えば出してもらえるような時代じゃありません。フルブライトに受かれば米国に行ける。サンケイスカラシップなんてのもあった。でも、どっちも成績が超優良でないと無理。勉強してない学生には不可能な話です。友達とグジグジ言いながら、ひたすら喫茶店で時間をつぶしていました。懐かしい青春時代なんていうもんじゃありません。無意味で自堕落で恥ずかしいような日々です。

現実の野田知佑青年は新聞販売店でアルバイトをし、実入りのいい英字新聞の勧誘で稼ぐ。精神的には辛いけど、勧誘はいいお金になった。そうやって現実的な一歩を踏み出した。

フィンランド、ギリシャ、マケドニア、フランス・・このへんの放浪談は楽しいです。精神的にはかなり辛そうだけど、でも逞しい。沢木耕太郎ほどスカシてないで、けっこうウジウジ悩んでいます。で、結局は日本に舞い戻る。舞い戻って、実家の近くに帰って一応は真面目に英語教師なんかもする。東京に戻ってカメラ雑誌の社員になる。つい、結婚もしてしまう。でもネクタイ締めたサラリーマン生活が堪えられない。大酒を飲むようになる。カヌーで遊ぶ楽しさを発見する。そして、フリーライター。

こうして、野田知佑という人間ができあがった。

読後感は非常に良し。また読みたいと思える一冊でした。

★★★ 文春文庫

アマゾンにときどき見受ける「¥ 1」という価格。いったいこれは何だ?と思っていたのですが、氷解。

要するに大手の出品業者はショバ代である出品料金がかなり優遇されるんですね。そして一定の送料分をアマゾンから還付してもらえる仕組みらしい。

たとえば価格1円なんて場合は出品料が取れない。計算上は0円になってしまうんだそうです。すると出品料金が不要になり、なおかつ送料250円という設定だけど実際にはメール便で送れば、その差額が業者にはいる。たぶん100円か150円くらいの利益になるんでしょうか。わずかな利益ですが、ブックオフかなんかで安く仕入れて、大量に売れればなんとかなる。

不思議な仕組みです。hokkyokukaihe.jpg

ということで今回低価格なのを3冊買いました。みんな1円ではなかったので、計900円ほど。メール便で到着したのを見ると、思ったよりきれいです。表紙なんかはたぶん手入れしてるんでしょうけど、一応は美本といってもいいくらい。

で、まず読んだのがこの「北極海へ」です。

何年か前に読んだことがある本でした。野田さんが初めて北極圏へいった時のものかな。下ったのはマッケンジー川です。カナダを北へ向かって流れている。

読んで楽しいかと問われれば、同じような本でも「ユーコン漂流」のほうがいいですね。同じように殺風景で、クマはウロウロしていて、何万匹のでかい蚊が押し寄せる。水は濁った茶色で釣りは不可能だし(サカナは餌が見えない)岸はひたすら殺風景。でもユーコンにはサケマスがいるけど、マッケンジーにはいないらしい。これが大きな違い。

ユーコン川へ流れ込む大小の川、たいていはサケマスで溢れています。これをヒョイと釣って、筋子をとって醤油に漬ける。あの一升飯がなんともうまそうでした。マッケンジーの時点ではまだカヌー犬もいないし。ちょっと寂しい。

あまり強調していませんが、川下りを終えて肉体も精神もかなりまいった雰囲気です。陰惨。そりゃそうだろうなあ。何カ月もかけてよくまあ。

★★ 小学館

sengokunokaturyoku.jpgけっこう分厚い本。読み物ではなく、参考書、資料本とでもいうべきですね。

内容は応仁の乱から豊臣滅亡まで。英雄豪傑も地方の小領主もほぼ等価値に扱っています。あくまで「当時の世相や生活を知る」ことが重点なのかな。したがって決して面白い本ではありません。

ただ、ひたすら(ダラダラ書かれたのを)ダラダラ読み進んでいると、戦国が本当に下克上の世であることがわかる。誰が誰と戦争し、和睦し、また戦争し、勢力を蓄え、あるいは没落し。守護代が大名になり、それがまた家来に殺され、将軍は京から逃げ出してはまた雌伏して再起をはかる。これの連続。

大軍が衝突したり派手な城攻めなんてめったにないです。それぞれの領主たちは百姓対策に智恵を絞ったり、文句をいう家来たちをなだめたり、成敗したり、逆に暗殺されたり。百姓も百姓で税金逃れに奔走したり、仲間を裏切ったり、土地を手放したり。要するに、みんなそれぞれの「日常」があった。けっこう退屈な日々。

厚いのを読み終えて、なるほどね・・・というのが感想です。読まないよりは読んだほうがいい・・という一冊。

nihonshiwakonna.jpg★★★ 文藝春秋

半藤じいさんが各分野の碩学たち(ばっかりでもないけど)と対談。例によって講談調です。

とりあげた内容は聖徳太子から始まって最後は丸谷才一との阿部定事件だったかな。真面目な話もあるけど、ほとんどは酒の席での無駄話みたいなもんです。だから面白いともいえる。

へぇーという事実(たぶん)もいろいろあって、たとえば満州事変の石原莞爾がキリッとしたいい男だったとか。ただし後年になって取材しようとすると取り巻き連中のガードがえらく堅くて、それへの挨拶が大変だったとか。神様に祭り上げられてたんでしょうか。

天皇=軍人説なんかもけっこう面白かったです。そりゃ子供の頃から厳しく軍人として教育され続けたらずっーと「善良な学者」でばっかりはいられない。また何よりも(国民よりも)皇統を強く意識していたんじゃないかという説にも納得。母親(貞明皇太后)との微妙な関係についても初耳。

玉音放送に関しては、雑音まじりはともかく、話している内容や言葉は非常にわかりやすかった。難しい単語は使ってるけど要するに常套句・定型文です。あれを「難解でわからなかった」説が流布しているのはかなり変。発音が聞き取りにくかったとしても、アナウンサーが直後に非常にクリアに読んでいるし。確かに。

何事によらずエピソードってのは、耳に馴染みやすい説がいつのまにか定説になる傾向はありますね。みーんな確かめたりせず孫引き、孫々引きで書くから圧倒的に増えて、ゆるぎない常識になってしまう。あとになって「あれは違う」という人のほうが少数派になる。関係ないけど戦時中の英語教育なんかもそうですね。ストライクを「よし!」と言っていたという説のほうが面白い。

阿部定事件は新聞マスコミにやけに大きく取り上げられた。なんか想像以上の大事件だったみたいです。時代の閉塞感がきつくて、それで逆に破天荒の大騒ぎになったんじゃないかとか。一いわばガス抜き。

読みやすい内容ですが、けっこう考えさせられる部分も多い一冊でした。

bushitachinosaho.jpg★ 光文社

中村彰彦という作家、たしか保科正之かなんかの本を読んだ記憶あり。けっして駄作ではないけれど、ちょっと鼻につくというか、飽きる感じ。またぜひ読みたい・・という著者ではありません。

で、今回はエピソード集とでもいいますか。少し期待しましたが、やはり底が浅い。わりあい陳腐な知識が多くて水増しも多々。へーっ!という部分は全体の1割もありませんでした。0.5割かな。ちょっと残念。

eikokuonospeech.jpg岩波書店

オーストラリアの言語療法士が吃音に悩むジョージ6世をサポートしたお話。映画はけっこう面白そうで、見に行こうかと思ったくらいです。結局、行きませんでしたが。

で、この本。映画とどっちが古いのかは知りませんが、要するに世によくある「伝記」でした。事実だけは羅列してあるけど、感動がなにもない。きれいごとがひたすら並べてある。共著に「マーク・ローグ」という名前があるんで、たぶんライオネル・ローグの息子でしょうね。それじゃ面白い話が出てくるわけがない。

失敗でした。★なし。

hyakunennokodoku.jpg★★ 新潮社

前々から気にかかっていた本ですが、意外に入手しにくい。文庫もないようです。で、ついに図書館の本棚で発見しました。

内容はなんというか、非常に説明しにくい。南米のとある開拓村というか集落のリーダーである一家一族の歴史。歴史というのも変ですね。年代記。とにかく同じような名前の男たち、女たちが次から次へと生まれては生きて死に、また生まれる

熱帯の風土と一族の破天荒な生き方が一体となっています。ちょっと気を抜くとアリやらシロアリやらサソリやらが進入してくる。家がボロボロに風化します。奇妙な病気が蔓延したり、幽霊が彷徨したり、美女が昇天したり、だらしのない革命が起きたり、飲んだり恨んだり愛欲にまみれたり。ファンタジーともいえるし、土俗小説ともいえる。

で、傑作か?と問われると少し困ります。ページがどんどん進んだかと問われても困る。けっこう飽きるし、うんざりもする。でも一回くらいは読んでおいて決して損はないような印象。

このところ読んでいるノーベル賞の莫言(もう胃炎 モウイエン)と確かに似てます。同じようなテーストの作家なんですが、莫言には東アジアふう、白髪三千丈的悪ふざけと寒さがあるのに対し、マルシア=ガルケスは底抜け暴力的かつ蒸し暑い。ジャングルの猛威。(なんか意味ない言葉の羅列ですね) 
うーん、莫言の暴力シーンは非常に痛そうです。マルシア=ガルケスの暴力シーンはひたすら笑えて、共感の余地がない。

マルシア=ガルケスの他の本も読むかと言われると、ちょと躊躇しそうです。莫言のほうが合ってるみたい。

★★★ 集英社

gakumonogatari.jpg以前から本棚にあるのは知っていましたが、ついに手にとって読みました。

うーん。成長する少年、父、ついでに妻。けっこういい味のお話なんですが、全面的に「感動した!」とは言いたくない気分がある。岳はいかにも能天気な小学生で、可愛いいとも言えるけど、傍から見たら非常に困った悪ガキでもある。父親にしても、いい父親なのか、それとも自分勝手な押しつけ男なのか判断に迷う部分もある。

理由は何なんでしょうかね。なんか特定の価値観をやんわり押しつけられたような・・・。


話は逸れますが、この小説(私小説?)に登場するカヌー乗りの野田知佑は非常に気に入っている書き手です。乾いた感じのスッキリした叙情。ハードボイルドですね。あんまり書くのが好きではないような気配もありますが、とりわけ「ユーコン漂流」はよかった。

自分勝手で、エゴイストで、もちろんそれは百も承知。とにかく好きなことだけやって生きていきたい。カヌーに乗り、魚を採り、一升飯を食らい、酒をあおり、時には怒り狂うグリズリーを銃で追っ払い、雨が降ればテントの中で本を読む。運が悪ければのたれ死にも覚悟。

椎名誠の本の中に登場する野田知佑、長いカヌーから帰ってくるとげっそり痩せこけていることが多いようです。そりゃそうでしょう。3カ月も川を漂っていたら、連日の重労働と単調な生活で痩せもする。でも「ユーコン漂流」の中ではほとんど弱音を吐いていません。好きなことやってるんだから、文句いっちゃ罰が当たる・・ということなんでしょうか。

今は四国あたりで川の子供教室を主催してると聞いてましたが、 ネットの噂ではアルコール依存症になったとかならないとか(こういう不確認情報はいけないですね。削除)。若い頃からずいぶん飲んでるふうだったし、ま、仮にそうでも仕方ないですか。カッコいい人の老後は難しいです。

suushikinihikare.jpg★★ 日経BP社

第一次大戦の頃、インドから英国に渡った数学者、ラマヌジャンという人のお話です。独学で素数論とか整数論とかゼータ関数とか(受け売りです。知らん)、とにかく天才的な公式を泉のように考え出した。

独学というのは、このインド人、正式な勉強をしたことがない。貧しいバラモンの家に生まれて秀才として学問をおさめるはずだったのが、たまたま受験用みたいな分厚い公式本に出会ってしまって、すっかりはまった。たぶんパズル感覚だったんでしょう。面白くなって自分でも次から次へと公式を作り出す。ただし、証明はゼロ。そもそも「証明」という概念をもっていなかった。だって正しいんだから問題ないだろ?

そんなことばっかりやったんで、他の勉強にまったく興味を持てず、あっと言うまに落第、落第。数学の縁で港湾事務所の経理員として拾ってもらい、乏しい給料で暮らしながら、あちこちに公式を発表していた。発表というより、見せびらかしですかね。

でもさすがに詰まらなくなって(だって本当に理解してくれる人が誰もいない)英国ケンブリッジ、トリニティカレッジの有名な若手数学者G.H.ハーディに手紙を出します(友人に代筆してもらった)。通常なら破り捨てられそうな手紙(ほとんど意味不明な公式の羅列。証明ゼロ。読む気になるか!)ですが、ハーディはなんかひっかかりを覚えて、再検討。その天才に気がつきます。

ということで、ハーディたちの懸命な努力の末にケンブリッジへ呼び寄せられたんですが、あいにくパッピーエンドにはなりません。まず第一に、暑いインドから寒さと湿気の英国の移住だったこと。おまけにラマヌジャンは熱心なヒンズー教徒で、完全菜食主義者。ただでさえ大変なのに、ちょうど世界大戦が始まって英国も物資不足になったこと。

インドからカレーの材料を取り寄せるのは至難だし、戦時下の英国で新鮮な野菜をを探すだけでも苦労です。そして天才=自尊心の固まり、かつ繊細なので、人に相談したり助けを求めるのが嫌い。トリニティの寮に帰るとすぐ故国の衣装に着替えて、狭い台所で大量の豆をコトコト煮て食べる。悲惨な単身生活。体を蝕まれ、数年で死んでしまいます。

(この本では大量の豆を煮続けた鍋の鉛が、香辛料との反応で溶けだして中毒になったのではと示唆しています)

ハーディはラマヌジャンに公式の証明を書かせることを諦めたようです。ラマヌジャンのほうが自分より天才なんだから、ラマヌジャンが公式を書く(寝ているとヒンズーの女神が舌に数字を告げてくれるらしい)、自分はコツコツとその証明式を作ってやろう。そして共同で学会に発表する。

というようなストーリーが一応は一本道なんでが、ボリュームとしてはケンブリッジにおけるハーディの生活や心理描写が圧倒的に多いです。天才(彼も十分天才です)ハーディ、実は同性愛者で独身。なんかトリニティには同じ性向の学者が山ほど存在しているようで、そうした愛の衝動に悩んだり、たまに愛が成就したり、同僚の妻と(いんぎんに)いがみあったり。

ただし同性愛者といっても、そこはエリート学究ですからはしたないことはしない。かなり節度を守っています。ほのかに恋し、夜でも昼でも好きな時に研究し、自由に暮らし、愛する猫と生きる。それ以上は求めない。時折、昔の恋人の亡霊が話しかけてくれたりもしてくれます。

このケンブリッジでの暮らし方、(同性嗜好は別にして)なかなか良いですね。周囲はすべて当代一流の学者で知的エリート。エリートといったっていろんな奴がいるけど、なるべく他人の領分を荒らさず、荒らさせず、自分なりの節度をもって生きる。そうした生き方が尊重される。

ただし、戦争が始まるまでは、です。戦争が始まると雰囲気がガラリと変化して、信じられないことに反戦派が自由と良識の府であるカレッジを追放される。あるいは(バートランド・ラッセルのように)騒ぎたててわざと自分を追放にしむけるフェローもいる。

ラッセルの目的は自分を訴えさせ、公開の場で相手を論破してやろうということだったんですが、あいにくラッセルの超高度な(一部の隙もない)論理展開を、意外や意外、普通の民間人は理解してくれない。カレッジでの学究同士の論争と同じつもりで想定していたらしい。相手が悪かった。誤算。ま、それでもラッセルは金持ちですから、たいして不自由はしなかったみたいですが。


ま、結局は薬局で(この地口も古いなあ)、英国に馴染めず死病を得たインド人は国に帰ります。帰ってから病状は悪化して死んだそうです。ただ体調のいいときにヒンズーの女神が彼に告げた公式は山のようにあり、それを記したノートが残った。解析(というか証明)するのにそれから何十年もかかったらしい。

数学者ラマヌジャンに興味を持ってこの本を読んでも失望するでしょう。しかし1900年台初頭のケンブリッジの知的エリートたちの考え方や生活、信仰や戦争に対する姿勢などを知るには非常に面白い本でした。英国の上流社会って、パブリックスクールの寮生活の影響という説もありますが、ほんとホモが多いんですね。

nichirosensoushi.jpg★★★ 平凡社

半藤一利の講談本ですね。上下巻。内容はもちろん真面目に書いてますが、ひんぱんに脱線する。調子に乗ると扇子をバンバン叩いて、余計な話もする。

司馬遼太郎の「坂の上の雲」とあわせて読むと面白いのかもしれません。ちょうど補完するような内容です。「坂の上の雲」のちょっと感動的すぎるようなエピソードとか史観とかに、ちょくちょく水を差す。

たとえば司馬本ではちょっと出来すぎの感のあった児玉源太郎も、実際には間違いもたくさん犯したし、いつもいつも対局を見ていたわけではない。あるいは山縣有朋桂太郎にしても、 100%いいかげなん男でもなければ困ったオヤジでもなかった。彼らなりの責任感。

いちばんびっくりしたのは、旅順攻略でのエピソードでした。203高地を重点攻略目標に転換するはるか前に占領した海鼠山。ここからは旅順湾が実はけっこうよく見えた。で、ここを観測地点にして試しに砲撃してみたというんです。その結果として、停泊していたロシア軍艦がかなりのダメージを受けていた。爆発が怖くて艦砲を陸揚げした艦艇もあった。要するに実質的には湾内の艦船が役に立たなくなっていた。

ただ惜しむらく、砲撃は継続しません。そんなに効果があったとは誰も知らなかったし、念のために調べてみようとも思わなかった。れいの28サンチ榴弾砲にそんな威力があったとも思わなかった。そもそも陸軍の目的である「旅順攻撃」の本筋とはあんまり関係ない(と第三軍は思った)。

「この被害の影響でロシア水兵の捕虜が増えていたはず。だれか真剣に尋問してみれば砲撃効果が確認できたのに」と半藤さんは言います。結果論ですが、わざわざ203高地を焦って攻めなくてもよかったのかもしれない。もちろん203高地の占領で観測砲撃が完全となったのは間違いないでしょうけど。

ま、そんなことより大衆と新聞ですね。新聞が煽りたて、アホな評論家や識者が乗っかり、民衆が調子に乗って騒ぐ。三拍子の揃い踏み。少しは反戦派新聞もあったらしいけど、そんな新聞は売れ行き激減でみんな最後は節を曲げた。筆は1本箸は2本、かなうわけがない。理想を言ってたら喰えなくなる。

民草愚民のみなさんは、勝ったといって提灯行列。負けたといってブーブー騒ぐ。出没するウラジオ艦隊を上村艦隊がいつも取り逃がしてるってんで、上村彦之丞の家に石を投げる。旅順が落ちないといって乃木将軍の自宅を取り囲む。子供を戦死させたばっかりの乃木夫人は泣いてる暇もなく雨戸を閉めて身を縮めていたそうです。

もちろん政治家や軍首脳連中も同じようなもんで、何かというと仲間割れしちゃそのたびに大騒ぎしている。ま、それでも太平洋戦争の頃に比べれば雲泥の差。かなりマトモと評価すべきレベルだったらしい。昭和の軍人はよっぽど酷かったんでしょうね。この日露戦役で少尉とか中尉クラスだった連中が参戦でハクをつけて出世、後の太平洋戦争では中枢部になっていた。半藤さん主張の根幹は「日露勝利でいい気になった。論理的分析を放棄して、精神論だけが一人歩きをして太平洋戦争になった」ということらしい。根拠のない成功体験にしがみついて、理性的に考えることがなくなった。

話は違いますが、ここ数十年、天下の大新聞がよく「二度と過ちはおかしません」とかきれいごとを言ってます。あの頃はつい乗っかって戦争協力してしまったけど、猛省したから次は大丈夫ですとか。

たしかに、そうあらまほしきものですが、でも大衆受けしそうな方へついつい舵を切ってしまうのはマスコミや政治家の天性宿命。眉にたっぷりツバつけて、なおかつ決して信用しないがいいでしょう。もちろん自分を含めて、国民大衆も同じことで、みんなニッポンは絶対正義だと思っているし(当然そう思いたいですわな) 断固たる景気のいい話が大好き(自分も好きです)。辛抱して仲良く地道になんて論調は好かれません(だって面白くないもん)。

人間、あんまり信用できるもんじゃないようです。ま、日本に限った話でもないでしょうけど。

shissounikki2.jpg★★★ イースト・プレス

もう8年前になるんですか、吾妻ひでおの「失踪日記」がベストセラーになりました。その続編というか、ちょっと違う視点での書き下ろしです。分厚いです。

子供が帰宅した際にこれを持参してきて、ザザッと読みふけってから置いていきました。置いてあったのを夕食前にこっちもザザザッと読破。

内容はタイトルのまま、アル中病棟での3カ月を詳細に描いたものです。登場人物も「失踪日記」の常連が出てくるし、それとは別の患者もいる。登場の看護師や医師も増えました。

作風というか、ほんの少し雰囲気が変化していますね。うーん、キャラクタが少し人間っぽくなった。縮尺を計ってはいませんが、2等身の幼児だったのが3等身になったとでもいうか。ところどころの俯瞰の1ページ絵がしみじみしています。叙情というか感慨というか、退院してからの生き方の大変さ、過酷さを感じさせる。ギャグも減っています。生身の吾妻ひでおの苛立ちや感情も随所に描かれます。

商売と考えたらこんなに厚くて書込の多いマンガは無理でしょうね。あくまで本人が書きたいから書いた。損得ヌキ。8年かかったと言っています。

絵の中に出てくる建物や景色、実はけっこう知っている場所が多いです。患者が散歩する野川沿いの道も知っているし、座り込んでしゃべっている水車小屋もわかる。そうか、こんな所を歩いてたんだ。

そうそう。この本の表紙、なんかヘンテコリンなピンクです。趣味が悪い。なんでだろ?と思ってから気がつきました。不安定なんです。安心できる基礎のない浮遊の色。きっと作者の底の抜けたような妄想心象なんだろうな・・と思ったら納得できました。


kantei100.jpg★★★ 岩波書店

内容は「プロメテウスの罠」をほぼなぞっています。著者は朝日新聞記者で「プロメテウスの罠」取材執筆陣の一人だから当然ですか。それにしても「プロメテウスの罠」は学研からの出版だったし、本書は岩波です。朝日も逃げてるなあ。違う事情があるのかもしれませんか、どうしたってそう映る。

ただプロメテウスではさしてページを割けなかった官邸内部の動きと背景を、思い切ってページを使って詳説したのが本書。最初の100時間、つまり4日間だけに絞ったので、かなり読みごたえがあります。またこの本では「主張」や「判断」がほとんどありません。もちろん執筆者は言いたいことが山ほどあるはずですが、精一杯抑えているのがわかる。ひたすら取材によって得た「事実」だけを客観的に書きのべています。

取材対象は可能な限り実名。実名を書けなかったケースでは、なぜ匿名としたのか理由をそのたびに記述しています。かなり煩雑かつ膨大ですが、精度と信頼性を高めるためには必要なことだったんでしょうね。

内容そのものは、だいたい想定内でした。こんなときに「想定内」なんて言葉を使うのは悲しいですが、でも想像どおり。やはりそうだっだのか。ただし「事実」としての各人の発言記録はかなりあからさまで、飾りがない。臨場感。新聞記事なんかでは絶対に出てこない肉声の実感があります。そういう点では興味深く読めました。

そうそう。海水注入問題で当時の安倍元総理が菅直人を批判したらしいとは知っていましたが、実際の批判コメントを読んだのは今回が初めて。なるほど、こんなことを言ったのか。なんとも露骨ですね。あざとい。品がない。これに例の大手新聞が尻馬に乗って騒いだ。

今年の夏の菅直人のブログでは、「菅総理の海水注入指示はでっち上げ」のメールマガジンの件で安倍総理を訴えるとかなんとか書いてありましたが、その後はどうなったんだろ。その後の経緯を新聞でも読んだ記憶がありません。

言葉は適切じゃないですが、「面白い」本でした。気分は超悪いですが、どんどん読める。面白がってちゃ、いけないなあ。


蛇足ですが、登場人物の中ではやはり使い走り、下っぱ政治家の言行がいいですね。たとえば寺田(総理大臣補佐官)とか。重鎮クラスになると、やっぱり言葉を選ぶのか、あんまり人間味がない。少なくとも取材者に対しては口が重くなるんでしょう。

本質とは関係ないものの玄葉光一郎が目を泣きはらしていたとか。当時は特命担当大臣だったと思いますが、大臣ではなく福島選出議員としての感情が露出してしまった感じ。それも当然だろうなと思います。非難する気にはなれません。


yurerutaikoku.jpg★ NHK出版

先日読んだ「シベリアの旅」でロシアの現状に興味を持ち、これを借り出し。今のロシアについてはプーチンがおっかなそう・・という以外、ほとんど何も知らないし。

本棚にはいろいろ本が並んでましたが、結果的にいちばん読みやすそうなNHK本になりました。うーん、結果としてはちょっと失敗だったかな。悪くはないんだけど、どうしても掘り下げが浅い。

個人レベル、庶民レベルの立ち位置から取材・・というコンセプトで。そのためか取材対象が少なすぎて、物足りない。取材も難しかっただろうし、NHKの看板を背負ってるんで、あんまり突っ込むこともできない。

ちなみにこの本の章タイトルは「プーチンのリスト」「失われし人々の祈り」「グルジアの苦悩」「プーチンの子どもたち」。プーチンの国家資本主義攻勢下で苦悩する起業家、政府の後押しを受けたロシア正教の大復活、ロシアとNATOの間で苦悶する元ソ連邦の小国家、プーチンが力を入れている青少年向けの軍人養成校がテーマですね。

読まないよりはよかった。少し知識も増えた。でも「いい本を読んだ」「そうだったのか!」という驚きや満足感はなかったです。

siberiaheno.jpg★★ 共同通信社

ソ連時代にも旅したことのある英国の旅行作家が、あらためてウラルから太平洋までシベリア鉄道で放浪します。放浪という表現もなんですが、何カ月もの時間をかけてうろうろしてるんですから、ま、放浪ですわな。ほとんど経済壊滅状態だったエリツィン時代のようです。

読後感はひたすら悲しいです。悲惨。シベリアはいつだって過酷で悲惨な印象ですが、かろうじて保っていた共産主義大国の誇りと希望さえ失ってしまったシベリアには、もう何も残っていないようです。

工場は放置され盗まれて破壊、河川は汚染、農業は壊滅。システムが機能しない。真面目に仕事をしたって給料は払われません。食べるものがない。希望がない。ハイパーインフレで貯金は無意味になり、生活設計が崩壊する。貧困の中でキリスト教分離派や固有のラマ教が少し復活するものの、たいした力はない。なぜかまがい物のバプティスト教会が誕生したもします。途絶したはずのシャーマンが活動したりもしていますが、伝統がなくなっているのでかなり内容は怪しい。

国境地帯では中国の商人や出稼ぎ農民が精力的に進出してきています。ここで描かれる中国人は目ざとく活動的です。土地と資源とルーブルを求めて蟻かイナゴのように働く。対するロシア人たちは無力感にさいなまれ、何もしないでひたすらウォッカを飲んでいるだけ。

男性の平均寿命が50歳代だったかな。みんな酒をくらって早死にする。寒くて仕事がなくて希望がないと、人間はすぐ死んでしまうんですね

プーチンになって油田好調で、少しは改善されたんでしょうか。一部は豊かになったかもしれませんが、むしろ格差が広がったという報道も多いです。あんまり変化していないような気もする。

シベリアという信じられないような広大な土地。可能性だけはめいっぱいあるんですが、ロシア帝国もソ連も、今のロシア共和国もそれを上手に活用することができないでいる。無尽蔵に見えるタイガの針葉樹も、次から次へと採されてけっこう目減りしているようです。伐採したまま放置の材木がべらぼうに多いと何かで読んだ記憶もあります。(伐採の樹木、多く輸出されるのは日本です)

シベリア、なんか巨大な砂糖菓子のようなもんでしょうか。巨大すぎるんで、ここ数百年、いちばん外側の砂糖だけなめて過ごしてきた。外側の砂糖をなめるのも実は大変だったんですが、幸いなことに無尽蔵の囚人がいたので、それが可能だった。囚人というか、要するに奴隷ですね。労働力が足りなくなったら適当に逮捕すればいいんで、実に単価が安くすむし供給も簡単。そうした安易システムに安住してきたから、きちんとした開発の仕組みができていない。

無意味なんですが、つい想像してしまう。沿海州でもいいし南東シベリアでもいい、あるいはサハリン。適当な広さを日本に貸して国際特区にできたら素晴らしい。そこに日本から大量の資本と人員を持って行って、ようするに植民ですか。これって、戦前の満州構想そのものですが、もし双方が妥協できるようなきちんとした条約を締結できたら面白いですね。

日本に足りないのは土地と資源。シベリアに足りないのは資本とシステムと労働力。もちろん無理な話です。ロシアにもメンツがあるし選挙もある。いざ交渉となるとイザコザするのは当然。そもそも北方四島返還ですら難しいのが実情です。あっ、北方領土の場合は日本にも言い分というかメンツがあるんで更に難しいわけですけどね。「言い分」なんて言い方したら叱られるかな。

でも戦争はそもそも理不尽なんです。というか理不尽なことを暴力によって実現させてしまうのが戦争という手段。横車を通して占領してしまった領土を「理屈に合わないから返せ」と正義を主張しても、そもそも噛み合わない。平和時の交渉というのは、ま、利益供与でしょうか。「こんなに得な話だよ」と説得するしかない。形の上のWin Win。

味気ないですけどね。本音をいうと、1945年の8月、北海道が占領されなくてよかった・・・と思っています。恥ずかしながら浅田次郎の本を読んで初めて千島北端、占守島戦闘について知りました。ほんと、下手すると北海道の東半分はソ連領となった可能性があった。日本が分断統治とならなくて不幸中の幸いでした。

★★ 講談社

waruhimesama.jpgフランス王室を彩った女たち」が副題。内容もそのままです。

時代的にはだいたいシャルル6世からルイ14世あたりまで。シャルル6世というのはブルゴーニュ派とアルマニャック派が抗争した時代ですね。ナントカ派というと単なる派閥みたいですが、ようするに領主同士の対立でしょう。小国家同士の対立といってもいい。

つまりは家康派と三成派とか。フランス各地、独立した大小の領主(国)がグループを組んで、そこに英国も絡んで大騒ぎした。フランスだけでなくベルギーあたりも含めていいのかな。ブルゴーニュ公ってのは、あのあたりも領地にしていたはずです。ブルゴーニュの中心地ディジョンへ旅行したことがあって知りました。ディジョンはマスタードで有名です。辛くなくて美味しいマスタードです。日本で買うとけっこう高価だけど最近はキユーピーからも出てるみたいです。

で、シャルル6世の王妃がイザボー・ド・パヴィエールという女だったらしい。もちろん知りません。このイザボーが生んだ頼りない(ということになっている)皇太子をジャンヌ・ダルクが懸命にバックアップして戴冠させ、シャルル7世になる。どうして頼りないかというと、シャルルは自分は母親が浮気して生んだ子供じゃないかと疑っていた。たぶん、正しい。でも、根拠もないけどジャンヌは励ましたわけですね。余計なことをした。

ということで、悪女の歴史はイザボー・ド・パヴィエールに始まり、ルイ14世の最後の愛妾マントノン侯爵夫人まで。ルイ14世というと、その少年時代がちょうどダルタニアンの銃士隊副隊長ぐらいだったかな。ちなみに関係ないけどダルタニアン物語は最初がルイ13世とリシュリューの時代でした。それからマザランとフロンドの内乱。最後がルイ14世親政、財務長官フーケの頃だったと思います。

つまりジャンヌ・ダルクからダルタニアンの時代。どんな王妃、愛妾が歴史を彩ったか。それを面白おかしく描いた一冊です。

ちょっと面白くしすぎたキライもありますね。やたら出てくる「ウッフン」とか「モモレンジャー」とかのカタカナ単語。鹿島さんってのは、どうもサービス精神がありすぎて、ちょっと品を落としてしまう。

鹿島茂なら、ユゴーの代表的傑作の背景を詳説したレ・ミゼラブル 百六景」が、お薦めの良書だったと思います。豊富に添えられた挿絵も良かったしね。

★★★ 早川書房

bringup.jpg原題は Bring up the Bodies。「引っ張ってこい」というような意味合いなんでしょうか。Bodiesには死体というふうな雰囲気もあるようです。よくわかりません。

もちろん「ウルフ・ホール」の続編です。前作はアン・ブーリンが念願かなってヘンリー8世の王妃となり女児誕生あたりで終わっていましたが、この本は新顔ジェーン・シーモアとアン・ブーリンの斬首まで。

ストーリーはすべてトマス・クロムウェルの視点で描かれています。鉄騎隊をひきいて戦い護国卿となったオリバー・クロムウェルの先祖ですね。名もない鍛冶屋の息子から身を起こしたクロムウェルはワイルドかつタフ、計算にたけて冷静かつ奸智の人物として描かれていて、非常に魅力的です。ちょっとスーパーマン過ぎるかな。

ただそのスーパーマン・クロムウェルも、権力の源はあくまでヘンリーだけにある。気まぐれで怒りっぽく、おまけに気弱。あまり頼りにならない、危うい源泉です。そんな君主のご機嫌をとりながら、なんとかうまく操縦し、政策を進めていかなければならない。読者はみんな、この本の数年後にクロムウェルがとつぜん失脚することを知っています。その緊張感が醍醐味でしょうね。

文体は気が利いていて、素晴らしいですね。好きです。ただし状況がコロコロ変化するので、ぼーっと読んでいると筋がわからなくなります。ていねいに読まないといけません。乾いているというか、センチメンタルな描写はほとんどない。

たとえば同じ時代を描いたフィリッパ・グレゴリーの「ブーリン家の姉妹」はメアリ・ブーリンを主人公にして、かなり売れたらしい小説ですが、そこでのメアリは悩める誠実な美女です。一族によって政略的にヘンリーに差し出された形ではあるものの、ヘンリーを愛している。これもこれなりに読める本ではありました。

もちろんヒラリー・マンテルの本では悲劇のヒロインなんていません。たしか前作でチョロっと顔を出したメアリ・ブーリンはそこそこ魅力的でコケティッシュな女でした。宮廷のカーテンの陰でクロムウェルにちょっかいかけていましたね。なんなら結婚してもいいのよ? 細かくは描かれてなかったけど、クロムウェルも少し動揺してたみたい。

ま、要するに信念の人もいない。感動の所信表明もない。みーんな弱点をかかえた人間で、ヘンリーが惚れているジェーン・シーモアだってたいして魅力的ではなく、気の利かない地味な娘。侍女たちもけっこう意地悪だし、廷臣たちもアホで傲慢で女にだらしなくてお金に困っている。ドラマチックな描き方もされていません。ロンドン塔に入れられたアン・ブーリンにしても、何を考えていたのかあやふや。なんかボーッとしているうちに首を斬られた。そもそも有罪だったのか無実だったのかも判然としない。

という具合で、なかなか面白かったです。そうそう、余計な話ですが、ブーリンの叔父にあたる大貴族ノーフォーク公、面白いキャラでしたね。アンの雲行きが危なくなると、サッと変わり身。アンの近親相姦裁判では喜んで裁判長をつとめます。

折りがあったら再読しようかなと思っています。新刊本でまっさらなのを図書館から借り出すことができたので、なんか得をしたような気分です。

otonosama.jpg★★★ 新潮社

前からあやふやで、なんか食道楽の話かなんか書いてる偉そうな人・・・と勘違いしてましたが、そっちは山本益博。ついでに大昔の金魂巻(マルキンvsマルビの傑作評論図解)を書いた人とも混同。これは渡辺和博でした。

で、本書は歴史学者による読みやすいけど真面目な本です。江戸時代の「老中」がどんな地位で、どんな権限を持ち、どんな連中が老中になったのかも全一覧。

なるほど、老中、ようするに5万石とか7万石あたりの譜代大名にとっての出世コースだったんですね。うまくすると旗本あたりで将軍世子に仕えて、以後は少しずつ加増、結果的に10万石大名になることもある。身分のほぼ固定されていた江戸時代では貴重な道筋です。

ただし老中はあくまで徳川家の「使用人」なので、あんまり偉い(石高の多い)大名は任命されない。家康の戦闘隊長格だった井伊とか本多とかは基本的に除外。このクラスの大名は全国適当な領地に置かれて城を守り、いざという場合の戦力として期待されたらしい。

実際には本多とか酒井とか同じ姓の老中がいっぱい出てきますが、けっこう系列が違っていて、たいては傍流です。老中になって役目を終えると石高を増やしてもらって、それでアガリ。あるいは10万石クラスでも、養子が入った場合はちょっと貫祿が低くなるんでしょうね、老中にしてもらえることもある。

というわけで、ようやく「井伊直弼はなぜいきなり大老か」がわかりました。江戸城では彦根藩主として溜間詰上席だったらしいですが、ま、存在感があったんでしょう。しかしだからといって老中にはなれません。幕政に完全参入するとすれば、いきなり「大老」しか方法がない。そういう家格だったわけです。

そう考えると、もっと後になって一門の松平春嶽とか、外様の薩摩、土佐なんかが幕政のリーダーシップをとることの異様さがわかる。もうメチャクチャだったわけですね。

nobunaganohitsugi.jpg★★★ 日本経済新聞社

ずーっと敬遠してましたが、意外によかったです。

主人公は太田牛一。信長公記を書いた人です。で、この人が語り手、探偵となって本能寺の秘密を探る。なぜ信長の遺体が発見できなかったのか。ついでに桶狭間でなぜ信長は勝利したのか・・・。

後半になると少しダレますが、ま、それくらいは仕方ない。最後の最後も「あれ?」ですが、ま、よしとしましょう。

読んで損するような本ではなかったです。

sendagayaichiba.jpg★ 毎日コミュニケーションズ

達者に読ませることで知られる棋士・先崎の本。ただし今回は棋譜がけっこう多くて、棋譜を真剣に読み進む棋力のないオヤヂには少し辛かったです。かといって地の分だけではそう面白くもないし。

サッと読み流しただけ。一応「読んだ」というだけです。

清水一代のエピソードだけ、ちょっと良かった。けっこう好きなんで。


geisharon.jpg★★ 文春文庫

家にあった本です。最近テレビで顔を見るようになったオネエふう物書き。たぶんまっとうな作家なんだろうと思っていましたが、ま、いちおうはそうだったみたいです。

内容は江戸・東京の芸者史。盛衰史。主として新橋芸者が中心になっていますが、それなりには面白かったです。ただし奈良平安の遊び女や白拍子なんかと関係づけて、ややこしい話にしたのが少しうっとうしかったですね。

前に三島由紀夫の女関係をテーマにした「ヒタメン」もそうでしたが、変な美文調というか、こってりしすぎた文体はヘキエキします。
nihonbunkano.jpg★★★ 小学館

「日本の歴史 近世庶民文化史」の別巻。全集は未読ですが、とりあえず別巻だけ借り出してみました。

面白い本でした。研究書という感じではなく読みやすいです。

要するに今の日本の文化、江戸時代にできあがったものらしいですね。それも元禄・天明の頃かな。戦国の世が落ち着いて、農民は武器を取り上げられ、自分の職の枠の中で向上を目指すしかなくなる。百姓も商人も、せめて人間らしい暮らしをし、より豊かになろうと必死になる。

そうやって、衣食住がガラリと変化します。衣では麻から木綿への移行。食では醤油と清酒による質の向上と多彩化。住まいもシンプルな掘立式から手のかかる礎石式へと変わっていきます。

読み書きの必要性も強まってきますね。基礎の読み書き算盤くらいできなくては上手な商売ができない。まったく無知では農民も損してしまう。管理者である武士と村役人の連絡には文書でのやりとりが必須になる。こうして寺子屋が増え、必要に応じて紙や筆、硯も生産される。ただしみんな勉強は嫌いなので、最低限覚えたらやめる連中が多かった。

江戸時代、なんか閉鎖的で面白みのない時代の印象が強いですが、なんといっても長期間の平和が保たれた。各地の藩は必死に殖産興業を図ったし、膨大な消費圏である江戸の誕生によって商業都市大阪が栄え、しだいに関東の近郊も力を付けてきた。

初期の頃を伝える資料に「おあむ物語」というのがあるらしいです。戦国の世を経験して(落城経験。敵の首化粧も経験)江戸初期まで生きた女性の説教話の記録。

13歳で作ってもらったたった一枚の着物(手作のはなぞめの帷子)を17歳まで着たとか(さすがにスネが出て恥ずかしかった)。一応は大垣の三百石取りの武将の娘らしいんですが。食事も質素で基本は雑炊、日に2食。ただし兄がたまに山へ鉄鉋撃ちに行く日だけは特例で菜飯を作ってもらったそうです。ご馳走だったんでしょうね。だから「にいさま、狩に行かないの?」と催促ばっかりしてた。

こういう話、実感があって楽しいですね。

chugennoniji.jpg★★★ 講談社

「蒼穹の昴」「珍妃の井戸」「中原の虹」「マンチュリアン・リポート」と続くシリーズの3作目(「珍妃の井戸」は未読)。

『中原の虹』の主人公は張作霖ですね。満州の馬賊・軍閥で、たぶん関東軍に謀殺された。その程度しか知識はなかったです。なんか拳銃もった髭面の荒っぽい男の雰囲気。

4巻の長大な本です。小説としては正直ちょっと「?」な部分も多いです。例によって神秘の龍玉をめぐる争いとか、占い婆さんとか、やけに壮大に描こう読ませよう泣かせようという意図が垣間見えるのが傷です。ま、浅田次郎の小説、みんなそうですね。ただし書き方は実に巧いんで、つい読んでしまうし、特に読んで後悔はしない。

ただフラッシュバックとかクロスカッティングという手法でしょうか、張作霖の行動と、清の草創期、女真の南攻(長城越え)を交互に描いてるのは、少し煩雑な感じがしました。

そうしたこととは別に、歴史の勉強にはなりましたね。袁世凱がどうやって皇帝になろうとしたか、どうして挫折したか。当時の孫文の位置づけ。関東軍。ちょっと綺麗ごとすぎるけど張作霖という男の雰囲気。

どうでもいいことですが、天子の印の龍玉を手に入れた張作霖はなぜ死んだんでしょうかね。あるいは龍玉を受け継いだ息子の張学良もなぜうまくいかなかったのか。このへんは説明がなかったようです。ツジツマが合わなくなったか。

これも蛇足ですが、後に張学良が蒋介石を捕まえた西安事件。これは結果的に危機的状態だった紅軍の延命に繋がったと何かで読みました。そうか、当時の共産軍がそんなに追い詰められていたとは知らなかった・・。要するに現在の共産中国にとって張学良は大恩人ですね。(高校時代の社会科教師は「長征によって民衆の支持を得て毛沢東はナントカカントカ・・・」と力説。なんか話がおかしいなあとは感じていたものですが)

ちなみに張学良は事件の後、蒋介石(腹たててただろうな)に逮捕され、内戦敗退後は台湾まで拉致、軟禁。死刑にはならず100歳まで長生きしたそうです。最後はハワイで没。

beginners.jpg★★★ 中央公論新社

村上春樹を読んでいるとやたら出てくる作家です。気になって、初めて借り出し。

なるほど。いい味の作家ですね。短編集なので寝室に置いて、寝る前に一編ずつ読みましたが、どうもそういう読み方をすべき本じゃなかったようです。重い。

結局、期限内には半分ほどしか読めませんでしたが、要するに人間が「壊れていく」お話。救いようがない。神経がむきだしの痛々しさ。非常に余韻が残ります。残りすぎます。

また機会があったら何か読むつもりです。

★★ 講談社

manzhouli.jpg適当に借り出しました。ま、浅田次郎ならけっこう楽しめるでしょう。

最初の4分の1くらいはよかったです。若い中尉(だったかな)が反軍行為をしたってんで独房にぶちこまれる。ひっそり抹殺されるかも・・・と覚悟しているところに予想外の呼び出しがあり、なななんと勅命がくだる!

で、あとの3分の1は、張作霖が爆殺される1日のお話。中尉の視点ともうひとつアイアン・デュークなる特別列車の視点。こういうふうに視点を破天荒に変えるパターン、浅田次郎にはよくありますよね。あんまり好きではないんですが、この「マンチュリアン・リポート」でも、はて・・・という感じでした。

この「マンチュリアン・リポート」はやはり張作霖を主人公にした「中原の虹」の続編だそうです。大昔に読んだ「蒼穹の昴」は西太后でしたが、どうも「蒼穹の昴」「珍妃の井戸」「中原の虹」「マンチュリアン・リポート」という順番になるらしい。

「中原の虹」なら図書館でよく見かけます。でもなぜかいつも2巻3巻4巻しかない。第1巻がないんです。いつも、ない。1巻がないんじゃ借りても仕方ないなあと手を出しかねていました。

で、ふと思いつき、ネットで図書館の貸し出し状況を検索。するとこの市の図書館には「中原の虹」がぜんぶで4セットがあり(人気あるなあ)、そのうち3セットはあちこちの分館に置いてあるらしい。で、肝心の本館はというと、1巻だけがない。2.3.4巻はあって「貸し出し可能」という状態になってる。ようするに本館の第1巻は誰かが借りたっきり返却しないで行方不明。あるいは状況不明で紛失した。

なるほど。そんなら予約を入れればいいわけです。1巻から4巻まで「貸してね」と予約しておけば、1巻をどこかの分館から都合してくれるんでしょう、きっと。1巻だけ消えた分館も困るだろうけど、ま、それは図書館の調達係が判断して、追加で買うなり買わないなりするんだと思います。

★★ 文藝春秋

hyozannominami.jpg少年が密航して氷山曳航プロジェクトに参加するお話。

南極の氷山をなぜ曳航するかというと、オーストラリア南岸まで運んで灌漑用水にするため。土地はたっぷりあるのに肝心の水がないのがオーストラリアの悩みですからね。もし成功すれば、けっこう面白いことになる。

氷山の大きさは1億トン程度と書いてありました。えーと、タテヨコタカサが500メートルなら、ざっと1.25億立米。実際にはそんなに厚くないから、仮に800m×200m×80mでもいいでしょう。それを特殊なカバーで覆って、ゆっくりひっぱる。小説の中では大型タグボートを使って時速1ノットということになっていました。

池澤夏樹のこのての小説、基本的に悪人は登場しないし、みんな善人で気持ちのいい連中です。それがなんやかんや小さな事件を介して会話しながらすすんで読者は勉強させられる。

で、今回もアイヌの血をひく少年、アボリジニの少年、アラブの実業家、推進する学者、計画に反対する氷教徒、なぜか少年に関心を持つアジア系の女性などなど、盛りだくさん。ま、それなりに読める本です。

一種の教養童話のような雰囲気ですね。

★ 講談社

前作「神の左手」で閉口したはずなのに、また続編を借りてしまいました。

akumanomigite.jpgうーん、やはりダメです。ところどころにダイヤ・・というか甘いアズキが散らばっている味なし豆腐みたいな感じで、いい部分もあるんだけど、総じては駄作でしょうね、たぶん。

えーと、前作でわけのわからない感じになった少年ケイルがそのまま主人公です。次の法王を狙っている例のボスといっしょに行動するんですが、なんせ根が殺人鬼。あんまり共感部分が生まれないです。裏切った女への復讐だけにこだわっている。

ときおり発生する小規模な戦闘とか大量殺戮の描写だけはやけに力がこもっています。でもわかりにくい。そうそう、今回新登場で唯一面白かったのは山間の泥棒種族。部族あげて泥棒で生計を立てています。敵と真面目に戦うという文化をもっていない。勇気とか勇敢という言葉を知らない。つねに尻に帆をかけて逃げる。ちょっと笑えました。

まだ続編があるらしいですが、さすがにもう借りないと思います。


★★★★ 中央公論新社

kyokuhoku.jpg村上春樹訳。春樹は旅行作家ポール・セローと親交があるらしいですが(「ゴースト・トレインは東の星へ」の東京編には春樹が登場。面白い本です)、そのポール・セローの息子がマーセル・セロー。「あいつ、やっていけるんだろうか」という親爺の心配をよそに、息子は傑作を世に出しました。

はい。秀作と思います。

内容はあんまり書けません。ま、SFということになるんでしょうかね。てっきり北極探検の話かと思ったら違いました。近未来、荒涼としたシベリア北東部で孤独かつタフに生きていく話です。

ストーリーはいろいろドンデン返しの連続ですが、そうした表面の話とは別に、大きな流れとして「文明の利便のない社会で人間はどう生きていけるか。また孤独で生きていけるか」というようなテーマがあるんだと思います。極北の激しい気候、飢え、暴力、血、裏切り、ちょっとした希望

主人公の述懐スタイルで進んでいくので、すべて読者がすぐ理解できるように書かれているとは限りません。省略もけっこうあります。読み進んでいってから「ああ、そういうことだったのか」と知る事実もあります。

結局、救いがあるような、ないような。でも読後には何か爽やかなものが残ります。

★★ 文藝春秋

tengukozou.jpg神隠しの子供が平田篤胤の拾われたが、実は異能の持ち主。天狗小僧です。その能力というのは時代を下って旅することができるというもので、ときどき幽霊みたいに未来をさまよってきては篤胤にご報告する。

要するに江戸後期の知識と感覚で20世紀、21世紀を見たらどうなるか・・ということのようです。

薄い本の前半はなかなか面白かったです。後半はなんか思い入れが加わってきて興ざめな部分もあり。そうそう。カタカナをいっさい使わずに現代社会を描写するのがどんなに大変かという点は面白かったです。たとえばソーラーハウスを何と表現したらいいか。自動車をどう描くか。そのへんは面白かったです。




「鬼に喰われた女 今昔千年物語」坂東真砂子
★★ 集英社

oninikuwareta.jpgこれも薄い本。平安の怪奇妖怪を描いた短編集ですね。

ま、悪くはなかったですが傑作かと言われるとはて。

★★ 中央公論新社

41pou.jpg日時の制約もあって以前に一度挫折した本です。読み直し。

「四十一炮」とは、41の砲撃でもあり、41の大ボラでもあるとか。いまは僧侶志望となった肉フェチのクソガキがひたすらホラというか誇大妄想というか、事実と虚構の境目のあいまいな41の告白を繰り返します。

この告白されるストーリーの筋とは別に、クソガキの周囲ではこれもまた事実か幻影かさだかではない食欲と肉欲のお芝居が展開され、正直、事実なんてどうでもいいわ。ストーリーは無意味ですね。

ちなみに41発の砲撃は、旧日本軍の捨て去った迫撃砲を使ったものです。迫撃砲とは、おそろしく仰角の高い小型砲ですね。子供の頃のニュース映画で見た朝鮮動乱の人民解放軍はこれをポンポン楽しそうに撃っていました。いまは「朝鮮戦争」というのかな。時代とともに名称が変化するんで自信ありませんが。

舞台となる村は、村をあげて「水注入肉」で繁栄しています。誰ももう農作なんて儲からないことはしない。ひたすら牛 馬 犬 ロバ ダチョウ ラクダなどなど屠殺精肉で商売している。ただし注入も水だけでは腐りやすいので賢い奴はホルマリンも入れるし、色素もたっぷり使って誤魔化す。

肉だけじゃありません。村の廃品回収の貧乏オバはんまで破れダンボールに水をぶっかけては重量を水増し(言葉の通り)して稼いでる。ほんま、何もかも水増し。小説のどこかに「水を注入できないのは水だけ」というセリフもありました。ま、そういう村です。ただしこれが本の主題の一部なのかどうか、そのへんは判然としません。

とかなんとか。★★か★★★か迷うところですが、莫言にしてはあんまり楽しめなかったかな・・・という本でした。

★★ 平凡社

kamshiyomu2.jpg第2巻は南北朝時代の謝霊運から始まって盛唐へ。李白と杜甫も登場します。(第1巻は未読)

なんせ「漢詩」の本なので、たくさんの詩が紹介されます。ほとんどが未知。名前を知ってる詩人はほとんどいない。なんでこんな本を借り出したんだろ。

結論。

こうやってまとめて読んでもたいして感動はないもんですね。たとえばちょっと古いですが曹操だったら有名な歩出夏門行とか、なんかの拍子に一編だけ読んだほうが実は味がある。詩とか歌とか、一時にたくさん読むのはあんまりよくないようです。

もう一つ。本題とは外れますが、この頃の詩人は当然ながら知識階級です。天下国家の経営に野心を持っている。勉強一筋で試験を受けて、うまくいけば高官宰相。みんなお金持ちの育ちです。

したがって世をすねて旅してる詩人とか、実は派手な大名旅行であることも珍しくない。豊かな人なら、たぶん50人100人のお供を連れての遊山です。そういう権力者崩れが木々を愛でたり魚を釣ったりして、夜は芸妓をよんで大騒ぎしながら詩作を紹介する。そんなケースが多々らしい。

なるほどね。もちろん貧乏な詩人もいたでしょうけど、そもそも貧乏な知識階級という存在が希少価値。ふうつは豊かです。ただ、思ったようには出世できない・・という失望感だけは抱いている。その失望感が詩作の原動力になる。食うや喰わずじゃ詩は作れません。

★★★ 文藝春秋

edowamoete.jpg「幕末気分」の野口武彦さんの本。なんで「さん」なのか判然としないが、なんとなく付けたくなる作家っているものです。

わりあい真面目に書かれています。真面目という表現も変かな。力を入れて書いてるというべきかも。

とりあげた人物は7人。清河八郎、伴林光平、孝明天皇、山内容堂、相楽総三、小栗上野介、勝海舟。だいたい何をした人かわかるんですが、伴林光平は初見。

伴林光平。天誅組に加わった国学者・歌人らしいです。いい歳こいてから吉野へ駆け参じて、なんせ根が詩人なもんで人がよくて動き方が不器用で、つい逃げ遅れて処刑された。

このときさっさと上手に逃げた連中の中には明治の世で出世した奴もいます。世の中、要領ですね

あと相楽総三。三田薩摩藩邸の浪士連中が暴れたときの首領株で、そのあとは赤報隊。いわば官軍東征の先鋒です。中山道を下っているうちに偽軍ということで処刑された。真相は不明ですが、年貢半減とか免除とか、(上層部の指令ではあったんですが)あんまり宣伝しすぎたんで、怖くなった新政府に責任とらされて殺された。その程度しか知らなかったので、なかなか面白かったです。

誰だったかな、海音寺潮五郎じゃなくてもっと古い作家、えーと確か江戸っ子で、お祖父さんかなんかが彰義隊だった人。当然、江戸びいきです。その作家の短編の中で、清水次郎長の敵役として有名な黒駒勝蔵(たぶん)のエピソードがあったと思います。

問題おこして暫く姿をくらましてたと思ったら、いつの間にか要領よく官軍に潜り込んで、それが赤報隊。沿道から威風堂々と行進してくるのを見上げたら、あれ、あの偉そうなのは黒駒のじゃねえか、なんであいつが・・と驚愕したという話。実際、この赤報隊、やくざもんがたくさん加わってたらしいです。それが官軍の威を借りてけっこう悪いこともした。それも相楽総三処刑の理由のひとつ。

海音寺潮五郎じゃなし、池波正太郎も違う、小島政二郎も雰囲気が異なるし、村上元三でもないような気が・・・・・・・うーん、そうか、子母澤寛だった、ようやく思い出した。

別件ですが、こうした侠客の評判の善し悪しはかなり恣意的ですよね。天保水滸伝では笹川繁蔵が良いもんで、平手造酒は悲劇の人。比してライバルの飯岡助五郎は大悪人です。でも助五郎の地元である千葉県の飯岡町へあたりでは、地元の発展につくした英雄でした。観光案内にもしっかり明記されてます。もちろん笹川繁蔵の評判はクソミソ。ははは。

★★★ 早川書房

all_clear1.jpgようやく読了。

ブラックアウト」でさんざん釣り糸を投げ散らかしたんで、続編の「オール・クリア」でそろそろ謎解きが始まるかと思ったら、いや、なんのなんの。いっそう不確定の網を拡げます。もう訳がわからん。おまけに分冊になってるし。

そうしたイライラを一気に収束させるのが最後の「オール・クリア 2」です。うーん、分冊にする理由はなかったですね。「オール・クリア 1」だけ読んで挫折した読者はまるでアホじゃないか。

翻訳の都合だということはわかりますが、でもたった2カ月のことなら訳了まで我慢すりゃいいじゃないか。そもそも「ブラックアウト」の発売は去年の8月。十分すぎるほど間隔は空いてるんだし。

ご注意
「オール・クリア 1」と「オール・クリア 2」は同時に購入しましょう。強くお薦め。


ブツクサとはもかく。最終巻は一気怒濤の展開でモヤモヤ解消です。なるほどメアリ・ケントやダグラスはやっぱりそうだった。アーネストもまあだいたい想像通り。でもセントポール駅から出てきた男はまさかまさか・・・・。

all_clear2.jpg大英帝国最強の秘密兵器ともいうべき悪たれホドビン姉弟、やはり最後まで大活躍で、相変わらず好きにはなれませんが、少しウルっとします。ただし、ほんの少しだけ です。前はうるさかったコリンに対しても少し同情の気持ちが生まれます。コリンだって「ドゥームズデイ・ブック」に登場の頃は同じようなイラつかせガキンチョ少年でした。

読了はしましたが、複雑怪奇な時系列の錯綜、完全には理解できていません。再読する際にはイベント時系列図でも作成しながらにしようと思います。誰がいつどこへ出発して、どこに着いたのか。そして誰に会ったのか。整理が必要ですね。

結局薬局郵便局で、このシリーズ、3巻をぜんぶ買う羽目になってしまった。ま、いいけど。
★★★ 平凡社

honyuhiden.jpg近くの図書館ではなく離れた分館に置いてあることは知っていましたが、だからといって分館まで行くのも面倒だし。それでしばらく放棄。

そのうち前にネット利用登録したことを思い出しました。うん、たしかネットでも予約ができたような気がする。ただし大昔のことなのでパスワードなんか覚えてもいない。

某日、思い立ってカウンターでパスワード再申請。もらった仮PWを本PWに変更して、さっそく予約してみると、もう翌日には「届いてますよ」と連絡がありました。メール連絡にしておくと便利ですね。

「豊乳肥臀」は盧溝橋での衝突から始まります。おなじみ山東省高密県の村では抗日団が(いいかげんに)結成され、血気さかんな若い衆が立ち上がります。本格的に日中の戦争。しばらく英雄的、あるいは不細工なドンパチがあって、なんやかんやでそのうち日本は降伏。しかしその後は国共の内戦です。そして共産中国が誕生し、これもなんだかんだゴタゴタ愚行と悲惨があって、ようやく鄧小平による大変更。そして現在。

村の鍛冶屋の若嫁には7人の娘と末の双子(待望の男児+余計な女児)がいます。娘たちの名前がすごい。上から来弟、招弟、領弟、想弟・・・と延々と続く。いかに男児の誕生が待たれていたか。

ただし子供たちはみーんな夫の種ではない。はい、亭主は種なしなんです。でも鬼の姑は跡継ぎを産め!とひたすら嫁を苛めるもんで、仕方なくあちこちの男衆から種をもらう。ま、半分は復讐の気持ちもありますが。

で、育った姉妹は年頃になるとそれぞれ男をつかまえる。長姉は匪賊の頭目と、次姉は対日戦線の現地指導者と、つぎは共産軍の現地リーダー・・・。見事にバラバラ。

という具合に時代は流れ、次から次へと戦火と暴力で家は焼かれ、村人は死に、母親は子供たちのために必死で生きのびる。頼りになるべき末の男児はあいにく乳房フェチの変態で、長じるまで母乳以外の食物を拒否するという困ったやつ。

最後の3分の1くらいは正直、読むのがけっこう辛いです。姉妹の中には救いようのない不幸せな子もいます。努力と誠意は報われない。ロシア人に貰われた子、みんなのために芸者に身売りした子、迷惑かけないようにひっそり川に身を沈める盲目の子。

全体としてかなり歴史に沿ったリアルな内容です。発刊と同時に禁書になったのもよくわかりますね。よく著者が無事にいられた。莫言も一時はちょっと逮捕の覚悟をしたらしいですが。

経済解放で豊かになったはずなのに、実は誰もたいして幸せにはなっていない。あちこちで娘たちが産みっぱなしにした孫連中もたくさんいて、ブツクサ文句言いながら老いた母親(孫から見たら祖母)が苦労して育てたんですが、その孫連中、豊かになった新生中国でハッピーかというと、もちろん違う。誰も幸せにはなりません。カタルシスはほぼ皆無。


莫言、このところけっこう読みましたが、自分としては転生夢現がいちばん後味がよかったですね。その次は白檀の刑かな。

「転生夢現」は入れ代わり立ち代わりの動物主役エピソードでかなり笑えたし、「白檀の刑」はやはり能天気な民間歌謡劇の猫腔が効果的で犬肉屋の若女房が明るくていい。もちろん単純に明るい小説なんて、莫言が書くわけないですけど。残酷で笑えてホロリとさせる。良質の浪花節、名人上手の語る人情噺です。

★★★ 講談社

bakumatsukibun.jpg西郷とか慶喜とかみんなが知ってるキーマンたちの行動ではなく、名もない庶民の視線から幕末の空気を見てみようということで、非常に成功してますね。

いわば上巻にあたる「幕末気分」の冒頭は「幕末の遊兵隊」。遊撃隊じゃないです。「遊兵隊」。

遊兵って何だ?というと、文字通りブラブラ遊んでる兵隊連中のこと。そもそもは武具御用のお役目をつとめている御家人たちが、青天の霹靂で14代将軍にしたがってぞろぞろと大阪へ出陣する羽目になった。

たしか200年以上も前の島原の乱以来、ずーっと天下太平で、まともな戦争なんてなかったですよね。急に「出陣じゃ!」と言われてさぞや驚いたでしょう。そうか、オレたちってサムライ、戦争専門職だったんだ。

しかし当人たちに「戦争専門職」という意識はまったくありません。公費で大阪出張させてもらえるのか・・程度の小役人感覚。だったら出張を存分に楽しませてもらいましょ。弥次さん、喜多八などなどニックネームで呼び合っている仲のいい数人(自称 業平組。なりひらぐみ です)、毎日のように連れ立って芝居を見たり、業者の接待を受けたり、喰ったり飲んだり。ちょっと可愛い娘でもいればちょっかい出したり転んだり立ったり。楽しい日々です。

いかにも江戸っ子ですね。物事を真剣に受け止めたり頑張ったりするのは野暮、田舎者。すべて軽く洒落のめして生きるのが粋というもの。楽しく気楽にすごそうじゃないか。

ただし楽しい日々にはだんだん暗雲がたちこめてきます。まず居心地のいい民間宿舎だったのが(さすがに経費がかかりすぎた)、「いろはに・・」の番号を振られて急造の兵営に引っ越しをさせられる。組織改革もやたら多くって、今まではろくに仕事もない武具奉行配下の同心だったのが、なんかよく分からない部署へ配属になる。

おまけに弓矢火縄銃じゃだめだということが判明して、軟弱な弥次さん、喜多さん連中まで重い銃を持たされて訓練を強要される。そんな生真面目なこと、やってらんねえやい。

「幕末気分」ではここで終わるんですが、この弥次喜多の後日談は「幕末伝説」(「幕末不戦派軍記」)に続きます。なんのかんのと要領よく立ち回っていたこの弥次喜多連中も、最後は鳥羽伏見の戦争に直面。もちろん真剣に戦ったりはしません。とにかく逃げる、泣く、わめく。そして最後はどうなったのか・・・たぶんツテを利用して江戸帰還の舟になんとか潜り込んだ可能性が高いですね。真面目に東海道を歩いて帰ったとは思えない。

ま、御家人でもそうなんですから、まして関東近在の百姓を急募して作った幕府「歩兵隊」の質がどうだったか、想像するまでもないです。そもそも、質のいい百姓は兵隊に応募しません。無理やり割り当てられたら、ふつうは村のやっかい者を提出しますわな。あるいは流れ者、やくざもの。腐ったリンゴ、固いリンゴ、美味しいリンゴ、ゴチャ混ぜにして銃を与えて即席訓練してできあがったのが歩兵隊。

だから歩兵連中が花の吉原へ突撃する(「吉原歩兵騒乱記」)という破天荒な騒ぎもおきる。たぶんなんか吉原で無理無体をしたんでしょう、歩兵が数人、用心棒に殺された。こうなると歩兵も仲間意識は強いです。憤激して、堂々と隊伍を組んで吉原の大門を破り、縦横無尽に暴れ回った。「建物はどんどん壊せ。ただしなるべく人は殺すな」という指令が幹部から出ていたそうです。たちの悪いのが武器を持ってるんだから始末におえない。

世も末・・と言いたくなりますが、実際、世も末だったんでしょうね。

その他、妖怪・鳥居耀蔵のその後が紹介されていたり(明治になってもまだ生きていた)、江戸を荒し回った根拠地・薩摩三田屋敷の詳しい解説があったり、へえーということが多かったです。

そうそう。備前藩兵士が領事館(の旗)に発砲した神戸事件、出来立ての新政府にとっては真っ青になる大事件だったわけですが、実はこれが開国政策への方針転換のいい口実(言い訳)になったという著者の解釈。ちょっと目からウロコが落ちました。前々から、攘夷々々と言ってた新政府が、どういうカラクリで大方針転換を周囲に納得させたんだろうと疑問だったので。


注記
知ってる人にとっては余計なお世話ですが、「御家人」というのは幕府の直参、いちおうは広義の旗本に含まれます。つまり将軍に拝謁する資格のない下級旗本ですね。
ただし「旗本」も狭義では御目見得資格のある直参のことを指し、呼称は「殿様」です。もう大名とあまり差がない。「大名」と「旗本」の差はもらっている祿高。1万石以上が大名ということになっています。

★★★ 早川書房

ooinarunemuri.jpg村上春樹訳です。

登場の私立探偵フィリップ・マーロウはまだ若いです。まだ体力もたっぷりあって行動力も抜群。後年ほどは人生に疲れていません。

例によって(というか、宿命ですね)ストーリーはわけわからん。誰が誰を何の理由で殺したのか、やたら出てくる拳銃のうちどれが何発発射されて、誰が死んだのか。ま、そんなことはどうでもいい。

で、例によって女どもには妙に好かれる。美人姉妹+αがそろって好意を示す。手練手管だけでなく、思い切って直接的に迫ってくる女もいます。マーロウも我慢するのはかなり大変だった模様です。


大昔に一回くらいは読了しているはずですが、もちろん何も覚えていない。ま、今回も、楽しく読みました。

★★ 光文社

sangokushigekisen.jpg三国志ものをいろいろ書いてる三好徹ですが、これは「余りもの」の人物列伝といった感じです。
ここだけは強調しておきたいなあ・・といった余祿。

まず呂布から始まり、ずーっときて最後は孫権あたり。したがって、引用の原典なんかもかなりダブっています。下手すると同じような記述が何カ所も出てくる。

こうした群雄英雄たちの死で三国鼎立の実質は終わります。実際には劉備が死んでから諸葛亮の没まで11年あるし、完全に蜀漢が滅びるのはそこからさらに30年くらい後です。

魏も存続したのは45年間。呉はなんだかんだで60年近い。英雄たちが死んだあともズルズルダラダラ継続してわけです。でも後世、そんなことにはだーれも関心も持たない。

そうそう。面白かったのは曹操の詩「歩出夏門行」の有名な部分。

 老驥伏櫪  (老驥は櫪に伏すも)
 志在千里  (志 千里に在り)
 烈士暮年  (烈士 暮年)
 壮心不已  (壮心 已まず)

これが中国の(なんか忘れたが)なんかの底本では「老驥」ではなく」「驥老」だというお話。「老驥」と「驥老」では、同じようなもんですが、ちょっとニュアンスが変わる。

したがって「老驥 櫪に伏すも」ではなく「驥 老いて櫪に伏すも」という読み下しになるのかな、たぶん。「老いた駿馬が馬小屋に伏しても」ではなく「駿馬が老いて馬小屋に伏しても」という解釈。

「時間の流れ」という要素が加わるというんですね。もしこれが本当なら面白い。三好さんの言い分では、どこかでアホが手を加えて「老驥」にしてしまった。

そうそう。呂布。日本ではそこそこ人気があると思うんですが、本場中国では基本的に不人気なんだそうですね。やっぱ節操なく裏切りばっかりしてたからでしょうか。そもそもを言うなら、なんで劉備は人気あるのかも不思議でしょうがないんですけど。

★★★ 講談社

shinsekaiyori.jpg貴志祐介は2冊め。今回はファンタジーSFです。

最初はルグインのオールウェイズ・カミングホームを連想されるような小さな町で始まります。うーん、ルグインというより坂東真砂子の高知みたいな雰囲気もある。ようするに仏教・神道の臭い、土俗感覚、いかにもニッポン人の生活

で、すぐにこれは未来の日本、あるいはパラレルワールドなんだなと分かります。子供たちが冒険をする。奇妙な妖怪が出没する。共同体の仲間になるためには選抜が課せられる。

それなり読める小説でした。ボノボの性愛親睦行動を取り入れているのが意外といえば意外。また何という理論か知りませんが、凶暴な攻撃力を備えた動物には「仲間を殺すな」という強い抑制がある。ライオンやワニが本気で攻撃しあったら、あっというまに種が絶滅してしまいますわな。だから「ごめんね」と服従行動をとった同種の相手をけっして攻撃しない。鋭い牙を持つ犬っころがお腹を見せて転がるやつです。

で、人間はどうなのか。なんせとりわけ弱っちいサル(たぶん)ですから、あんまり攻撃抑制が働かない。本来は弱いサルなのに、後天的に強力な武器を手にしてしまったから大殺戮が発生する。このへんが小説の芯になっています。

細部はかなり問題いろいろ。納得いかない部分も多々。でも大筋の設定が秀逸なんで、グイグイと読めます。楽しい本でした。

★★★ 朝日新聞出版

hashimoto-tachidomari.jpgふと見かけて借り出し。なんか月に1回の連載エッセーをまとめたものみたいです。2009年の民主党政権誕生あたりから大震災の後あたりまで。

例によってハシモト流の粘着文体・論理展開ですから、かんたんには読めません。ただ流れは非常に論理的なので、真面目に読めば理解できます。しかも面白い。なるほどなあ。

気がついたこと。
・大震災についてはわりにアッサリ書いています。怒ったり喚いたりはしない。「ハシモトはどんな具合にこれを書くのかな」と気になっていたので、非常に納得。そう書くしかないわな。

・病気入院をしていたらしいです。けっこうややこしい病気。しかもわざわざ6人部屋に入った。しかしナースステーションが近くて眠れない。看護師はやたら元気一杯で女子校体育系そのものだし、同室の患者たちもギャーギャーわめく。しかもジイサンバアサン、偉そうに文句いう患者が多い。「みんな死んでしまえばいいのに」と内心思ってしまう。ははは。確かに。大部屋に入院していると、そういう感覚になります。

・ずーっとニッポンは表にあらわれない「権威」によって運営されてきた。平安の昔からそうです。上皇しかり、明治の重臣しかり。いまはその権威がいない。権威不在で自民党は力を失った。民主党はもちろんです。

これを出版の衰退と絡めて推論してきるのがすごい。なるほど。よくある「これは売れなかったけど良書だ」というパターンの論評はどこから生まれるのか。だれが勝手に「これは良書だ」と認定しているのか。つまりはぼんやりした「権威」ですわな。

昔から疑問に思ってきました。たとえば大会社の社長人事、あるいは省庁の事務次官人事。戦前だったら元帥位。その組織でいちばん偉いポストのはずなのに、だれがそれを決めるんでしょう。下の連中が合議で推すのか、それとも引退した老人たちが密室で推薦するのか。


読み通すとかなり暗い気分になります。でも昔からニッポンはそうだった。非常に暗いけど、でも歩き続けるしかない。「展望がないからイヤだよー」なんてガキみたいに甘いこと言ってちゃいけません。

そうそう。島崎藤村「夜明け前」を褒めていました。意外や意外の拾い物だったらしい。かったるい「落ち目の旧家のドロドロ話」と思っていましたが、違うってんですね。
つい気になって図書館で見てみましたが(さすがに買う勇気はない)、字が大きかったり分冊の文庫だったり、あんがい適当なのがないです。図書館データベースで検索かけてみたら筑摩の現代日本文学大系で1冊になっている模様。気力がでたら借り出し請求してみようかとも思います。
はい。とりかかるにはかなりの元気が必要です。

★★★ 明石書店

change-bkg.jpg「変」はChageの意。今年になっての刊行ですね。受賞効果でいろいろ本がでるのが嬉しいです。

小説ではなく、一種の自伝。汚いガキの頃から今に至るまの半生です。書かれたことを事実そのままと受け止める必要はないでしょうが、かなり近いんじゃないか。少なくともその時々の心情は忠実のような気がします。薄くて大きな活字の本なので、ゆっくりじっくり読みました。

山東省の田舎の小学校時代、卓球の上手なちょっと可愛い女の子がいました。シズカちゃんです。ひそかにシズカちゃんに憧れているのがジャイアンです。ジャイアンは貧民の家庭で出自もいいし、勇気(蛮勇)もある。思い切りがいい。

それを見ている莫言は中農の出自という最悪のみっともない子。貧乏なスネオですね。先生に嫌われて学校を追い出されます。でも教室にこっそり舞い戻る。殴られても蹴られても教室にもぐりこむ。一方、乱暴なジャイアンはふとしたことで教室から出奔します。出奔する際には教科書を破り捨てる。勇気があるなあ・・とスネオは驚嘆します。

で、学歴のないスネオ莫言はあの手この手を使って、なんとか這い上がろうとする。ツテをたどって解放軍に入れてもらいます。暗い将来にデスペレートになりかかりながらも、結果的に小説を書いて名声とお金を得る。

ジャイアンはスネオ莫言から10元を脅し取って、その金を懐にして内モンゴルへ一旗あげに行きました。荒っぽいこともやり、先を読む小知恵と大胆で金をもうけます。

ジャイアンはお金持ちになりました。でももう奥さんがいたので子供時代の憧れの人、シズカちゃんとは結婚できません。「愛人になるか」と聞いたら、さすがにシズカちゃんに拒否されました。

スネオに対しても昔の友情を謝していろいろ奢ってやりました。でもスネオはあんまり感動してはいないようです。

シズカちゃんも最初の結婚で酷い目にあい、再婚でなんとか平凡な家庭をつくります。そしてある日、中年になった三段腹のシズカちゃんはあまり好きではないスネオ莫言のもとへお願いに来ます。なにしろ仕方ない、コネ社会。可愛い子供の将来のためです。そして世話になったお礼に1万元を出します

その1万元を・・・どうしたかは内緒。このへんがいかにも莫言です。

★★★ 文藝春秋

akunokyouten.jpg図書館の棚にこの本が上下3冊ずつ並んでいたので借り出し。よほど人気の作家なんでしょうね。

なるほど。面白く読みました。ま、内容は悪の教師が生徒を惨殺しまくるというもので、かなり上出来のマンガです。主人公のハスミン、いいキャラを創作したもんです。悪い奴なんだけど、諧謔がある。立派なエンターティナーですね。

ただし二連装の猟銃でナニしまくるのは大変だろうなあ。アレをしたりコレを準備したり、まるでスーパーマンのような八面六臂の大活躍です。いや、スーパーマン顔負け。

ちなみに使用の猟銃、型番がどこかに記載してあったかどうか、読後にパラパラとめくってみたけど発見できず。通常、散弾の重さは20~30グラムくらいのはすでなので、もし50発を携行するとなるとそれだけで1Kgから1.5Kg。けっこう重いですね。さらにブラックジャックとか他にも武器を持ってるはずだし、防弾チョッキも着用となるとすごい。やっぱ、かなりのスーパーマンタイプです。

面白かったけど、たぶん再読はしません。

★★ 柏書房

meimonryouriten.jpg「リストラされた彼女の決断」などとやけに仰々しい副題がついてますが、あまり気にする必要はない。ま、要するに元キャリアウーマンがコルドンブルーのパリ本校へ通うお話です。

コルドンブルーってのは、料理学校ですね。いまでは全世界に数十のスクールを展開し、日本にもいくつかあったと思います。

かなり期待して借り出しました。結果としては、そう悪くもなかったけど、非常に面白いとまでは言い切れない。料理実習の詳細いろいろはいいんですが、自分の恋愛話を交差させてるんで、そこの部分が日光の手前、イマイチ。できすぎみたいな彼と仲良く助け合ってウンヌン・・という展開は、ま、どうでもいいです。

著者はライターやっていたアメリカ女性なんですが、フランス語はあまり得意じゃないんですね。3コースある実習のうち最初の2つは通訳がつくものの、最後の本格コースはフランス語だけ。ネイティブ講師シェフがペラペラしゃべるのをちゃんと聞けないとなかなか辛い。

はい。塩がどうたら・・と文句言ってるのはわかる。けど、これって塩が多すぎたのか少なすぎたのか。そこが判然としないんで困る。

ま、各国から集まってきた生徒たちがワイワイガヤガヤ、意地悪したりカバーしあったりしながら料理を勉強して試験を受ける。かわいい日本人学生がフランス語も英語も苦手とか、芸術品みたいな飾りつけをするとか、韓国人学生が失敗時の保険として既定以上の材料割り当てを確保してしまう(結果的に全員に行き渡らない)とか、ガツガツ成績ばっかり上げたがるアメリカ人生徒とか。

知らない世界をのぞけたという意味では読んでよかったです。各章の最後にはレシピがついています。興味のある人にとってはすごく楽しいかもしれません。

★★★ 中央公論新社

tendow.jpg莫言の最新刊です、たぶん。ノーベル賞受賞で、あわてて刊行でしょうか。ただし執筆はかなり初期で、「赤い高粱」なんかの後にあたるらしい。

テーマは山東省のニンニク芽農民の暴動。鄧小平による改革のすこし後の出来事らしく、高値傾向のニンニク芽の生産を奨励した県が、いざ出荷の段階で買い入れを渋った。上手にやれば大問題にならなかったんでしょうが、役人連中も旧態依然で慣れていないし、当然のことながら私利私欲に走る。結果的に膨大なニンニク芽の売れ残りを抱えた農民たちが「買い入れろ!」と自然発生的に県庁を襲った。当時の中国にとってはショッキングな事件だったようです。

莫言にしては非常にストレートに描かれています。もちろん莫言らしく濃密な自然とか原初的な暴力とか愛とか、あっけなく訪れる無残な死が描かれますが、ちょっと遊びの要素が少ない。現実をなぞったため諧謔の出番が減ったということでしょうか。

「白檀の刑」の猫腔に似た歌うたいはいますが、こっちは盲目の民謡師で、当局に抵抗しつづけて抹殺されます。農村の因習的な暴力親爺、その妻、妊娠した娘、それを嫁にもらおうと必死の勇敢な若者、みーんな極度に貧しくて、みーんな死にます。

ちょっと悲しい小説ですね。腐ったニンニクの芽の悪臭が読後も漂います。胃の弱い人は読まない方がいいかもしれません。

別件ですがニンニクの芽、小さな中国料理店で食べたことがあります。汚い店でしたが店主が中国人で、初めて食べたのが「ニンニクの芽」の炒めもの、非常に美味しかったです。ただし食べたあとの臭いがすごい。会社に戻ったら同僚達が「どこかでガス漏れしてるぞ」と本気で騒ぎだしたくらい。

ラッシュアワーの電車の中ではひたすら口を閉じて、下を向いて帰りました。周囲の乗客の顔を見る勇気がなかった。

worldsend.jpg★★ 中央公論新社

村上春樹訳の短編集。

セローの「小説」としては初読。なるほど、こういうスタイルで書くのか。

ちょっと気が利いていて、たいてい「で?」というところで切る。あとは自分で想像してみてね、という書き方です。

悪くはなかったですが、感動するほどでもない。やはりセローは旅もの、「鉄道大バザール」ゴースト・トレインは東の星へ」のほうが本領という気がします。

★★★ 文藝春秋

grotesq.jpg東電OL事件を下敷きにしているようですが、さして重要なテーマではない気がします。

スイス人の父(ケチな圧政者)と日本人の母(無意思で従順)をもった姉妹。姉は賢いが不細工で悪意の固まり。妹は人形のような完璧美人で中身はカラッポ。二人だけでなく登場するのはすべてバランスの狂った人間ばっかりです。父しかり、母しかり。学友しかり。

閉ざされた環境から脱出するために進学したのは小学校から大学まで一環の超有名私立。ここもバランスの狂ったゆがみの社会です。出会った学友、イジメから抜け出すために勉強する秀才と、ひたすら「努力は報われる」と信じむ偏狭な女子高生。どっちも危ない。

てな具合でなかなか面白かったのですが、だんだん劣化してくる雰囲気で、そうですね、長い小説の前半までは★★★★。語り手の根性悪女がよかったです。

そうそう。語り手は何人がいますが、みーんな嘘つきです。

残りはだんだん詰まらなくなってきて★★。最後のあたりは★。いちばん最後は「マイナス☆」。この結末はないだろう!

★★★ 講談社

kyoushu.jpg上下巻。気になって借り出したのですが、タイトルはなんとなく知っているし、前に読んでないことはないはず・・。ただ抜き出して斜めに目を通しても、なんか記憶がない。

やはり既読でした。ただほとんど覚えてないので、ま、損はないですね。

明治初期の土佐の民権運動。下級武士の家に生まれた秀才の兄と能天気な弟が巻き込まれたり、巻き込まれることを拒否したりして成長していく。ん、特に成長もしていないかな。ま、悩んだり悩まなかったりして生きていきます。

なんだかんだ、最後は加波山事件で終わります。民権過激派が爆裂弾をつくって茨城県加波山に集結した事件ですが、かなり悲惨かつ矮小。筑波山の天狗党を連想させるものの、もっと規模は小さくて、もっと阿呆らしく終結します。

梟首の島、なんとなく「きゅうしゅ」と読んでいました。でもフリガナは「きょうしゅ」となっています。なるほど。梟雄を「きゅうゆう」とは読まないですね。ずーっと誤読していた。

土佐の元気な兄ちゃんが民権運動に血を沸かせて走り回るのはなかなか面白かったですが、日本とロンドンを交互に舞台とする小説の展開はかなり意味不明。テーマらしい「梟首の島」ということの意味もよくわかりませんでした。ニッポンはずーっとそういう島国だということなんでしょうか。

でもま、坂東眞砂子ですからそれなりにいい本でした。

★★★ 筑摩書房

rakujitsunofu.jpg明治期の碁打ち・雁金準一のお話です。よくは知らない棋士です。人柄も良かったようですが、当時の本因坊家の跡目をめぐって確執があり、結果的に本因坊秀哉にはじき出される形で、日の目を見ることなく後世を送った。不遇の人生でしょうね。

でも強さは知られていたんで、小新聞だった読売の正力松太郎が因縁の二人の対決(大正の大争碁)を計画し、これが大当たり。棋譜の掲載で新聞売り上げが一気に三倍に増えたってんですから、やっぱ正力という人は商売のセンスがあったんですね。

で、なぜか本因坊秀哉という名前にはなんか覚えがある。どこで知ったか・・と考えると、たぶん子供の頃に読んだ村松梢風の「近世名勝負物語」、あそこに登場したんじゃないだろうか。調べてみたら「近世名勝負物語」の中に「本因坊物語」というのもあるらしい。これでしょうね、きっと。

村松梢風の本は父親の本棚にありました。こっそり抜き出して読んだりしてたんです。

秀哉という人、明治から昭和にかけて本因坊名人だった実力者ですが、結果的にこの人が名跡を譲渡する形で現在の実力制本因坊位になった。そういう功績ある棋士です。ただ人間的にはいろいろ悪口いわれるタイプだったようです。本因坊秀哉、雁金準一。どちらも名手、ちょっとこすっからい男とちょっと世渡りの下手な男、因縁のストーリーです。

あいにく未完で、肝心の因縁対局の場面まで到達していませんが、それでも明治期の碁の歴史として面白い本でした。それにしても棋界の連中、しょっちゅうケンカしているなあ。分裂したり謀叛があったり策謀があったり。ま、どこの団体だって同じようなものかもしれません。

そうそう。団鬼六をまともに読むのはこれが初めて。こういう文体で(も)書く人だったんだ。

★★ 徳間書店

ineu.jpg副題は「何が起き、何が起きなかったのか」。著者はオランダのジャーナリストみたいです。

内容はここ100年のヨーロッパ。つまり第一次大戦以降の欧州史ですね。歴史といっても事実の羅列ではなく、いわばインタビュードキュメンタリー。著者があちこちの都市(ウィーン、ベルリン、レニングラード、パリ、ロンドン・・・)を訪れて、老人たちに当時の話を聞く。庶民、兵卒もいれば元閣僚もいます。もちろん軍人、将軍もいます。

そうした「語り」に著者が総括的な補足説明をする形で、長大な上下巻がくりひろげられます。

たとえばファシスト政権下のユダヤ人の扱い(イタリア人は迫害に意欲がなかった)とか、知らないことが多くて面白い本でしたが、基調はひたすら陰鬱です。この100年、ヨーロッパはひたすら殺しあい、迫害しあい、奪いあってきた。たった一人の悪人がいたわけではありません。ヒトラーだけが殺人鬼だったわけではなく、チャーチルやルーズベルトが善意の英雄だったわけでもない。フランス人がみんなレジスタンスに立ち上がったわけでもないし、ヴィシー政権が無力な飾り物だったわけでもない。

ドイツでもロシアでもパリでも、普通の市民たちが彼らなりの欲望と偏見と日和見と思い込みで悪行に加担してきた。もちろん今はみーんな口をぬぐっている。そういう利己と愚行と残忍の積み重ねが歴史というものなんでしょうね。

数字がやたら出てきます。ここで3000人が埋められた。ここで3万人が死んだ。ここで300万人がいなくなった。3000万人が消えた。読み進んでいくと気分が滅入ります。一時期、シベリアのどこかの地方では若い男が壊滅状態になったため、村の女たちは少数の男から順番に子種をもらうしかなかったというエピソードもありました。まるで「逆転大奥」ですね。

どこかの章で戦時下を生き残った女が「男は弱い性だ」と語る部分がありました。男たちは勇ましく立ち上がり、すぐ殺される。あるいは打ちのめされてもう立ち上がれない。女は必死に堪え、なんとか生き残れた女たちは日々のパンを捏ねて子供を産む。

今、少なくともヨーロッパの大部分はまがりなりに平和です。でも完全ではない。あちこちで相変わらず殴り合い、殺し合っている。この平穏、本物といえるんだろうか。もちろん、日本だって同様です。

かろうじて読み終えましたが、疲労はなはだし。

★★★朝日出版社

bakugen2013.jpg「おっ、新刊か!」と借り出しましたが、もちろん違います。初期の頃の短編を集めたものらしく、副題に「莫言珠玉集」と謳っています。

表題にも使われている「透明な人参」。短編というより、中編に近いでしょうか。若いころのもの、たぶんデビュー作らしく、ストーリーとしては特に何もありませんが、キラキラと感性が光っています。ほとんど最初から最後までキラキラばっかり。黒ん子と呼ばれる自閉的な少年、田舎娘と石工の健康的な若いカップル、嫉妬に狂う片目の鍛冶屋らが織りなす一種のファンタジーです。

こういう文章はじっくり読むといいんだろうなあ・・と思いつつ、実際にはベッドサイドに置きっぱなしで就寝前に少しずつ読みました。頭がボケーっとしている状態で読むようなものではなかったですね。けっこうページをめくるのが大変だった。

小編ですが「お下げ髪」も、けっこう楽しめました。何といって不足のないはずの夫婦の生活が何故かうまくいかない。奥さんが不満をつのらせる。うるさい妻を黙らせようして、つい台所にあった茄子を奥さんの口につっこんでしまう。そしたら・・・ま、笑ってしまいます。


ちみなみにストックホルムでのノーベル賞受賞講演記録も掲載されています。これはよかった。莫言の創作の秘密がほとんどすべて語られています。

★★★ 文藝春秋

politicon.jpg桐野夏生って何か読んだことがあるかなとブログを検索してみたら「メタボラ」がありました。なるほど。あれにも沖縄の怪しげなコミューンが出てきました。うさんくさいカリスマ男が青年たちを安く使って集団生活をしていたり。この「ポリティコン」と共通部分が多いです。

「ポリティコン」の舞台は山形の小さな集落、いわゆるユートピア的共同体です。こうした集団生活は武者小路の「新しき村」が有名だし、詳しく知りませんが戦後にも同じようなものが誕生しています。

で、この理想郷の発起人である有名文筆家と彫刻家はとうの昔に亡くなり、好き勝手にやっている二代目の困った理事長も年老い、いまでは若い世代がほとんどいない。理想郷の実際運営はどう考えても大変です。比較的若い連中がほとんど奴隷状態で必死に働くしかない。

そんな村へ居場所のなくなった疑似家族が逃げ込んできます。北朝鮮から脱出してきた雰囲気の女、正体不明の男、小学生と孤独な女子高生。女は二人とも美人だったんで老理事長に気に入られ、うまく村にもぐりこんでとりあえず安住の地を見いだした格好ですが、それでも生活は苦しい。

ストーリーはこの少女と、二代目理事長の息子(三代目理事長)を視点者として進みます。少女はお洒落したい盛りですが、とんでもない貧乏生活。なんとか大学へ行って抜け出したいけど、お金の目処がつかない。絶望です。

理事長の息子も朝から晩まで鶏を相手の作業。毎日飽き飽きするような食事をとり、夜は焼酎を飲み、たまに女を求めて近くの町へクルマを走らせるだけの生活。とにかく金がない。悲惨です。

この理事長の息子、野心と嫉妬心の固まりのような男です。女という女はすべて自分のものにしたい。ひたすら強欲で利己的。完全に嫌われるタイプですが、あまりに露骨なので、むしろ可愛げが感じられるほど。本人としてはその都度、自分に誠実に行動しているということなんでしょう。

もちろんこんな設定なら、ユートピアが破綻するのは当然ですわな。ディストスピア。若いのも年寄りも醜く争い、ハチャメチャになる。あらためて、人間同士が理想を持って集団で暮らすコミューン、実際には難しいよなあというのが感想です。

ただ、いちばん最後の決着のつけ方は、あんまり納得できなかったです。たぶん、この理事長の息子というキャラクター、作者の意図したほどの共感を読者から得ることには失敗した。

★★ 朝日新聞出版

akunin.jpgたしか映画になってましたね。見てはいませんが、えーと妻夫木と深津絵里でしたっけ。

どこかの映画解説に「純愛劇」とかありましたが、そりゃちょっと違うような。出口の見つからない地方の閉塞感。未来を探せない若者たちの無力感。といって昔のニッポンや発展途国のように食べるだけで精一杯というわけでもない。だから中途半端なんですよね。

みんな平等な機会があり、努力次第で幸せのステップを登ることができる・・・というタテマエ幻想はいちおう存在する。でもそんなの本当に信じてる奴は誰もいない。じゃ何があるの。実は何もない。でもそれじゃ悲しすぎるんで、意味不明ながら「愛」とかいうカオナシのヌエが顔を出す。

「愛」という幻想にすがろうとして坂道を転げ落ちてしまった困った男女のお話です。うん、オレたちって愛し合ってるんだよな? 

クルマにだけ熱中している無愛想で無思慮なニイチャン。私だってシンデレラになれるはず・・と頑張る生保のうるさいネエチャン。愛する人が欲しいのよ・・とブスブス燻っている地味な女店員。あの子に限って・・とオロオロする親。貧乏人のブスなんか嫌いだよとケタケタ笑っているアホ学生。

出口のない、なかなか悲しいお話です。あっ、最後の最後のエピソードはちょっと作為が過ぎるんじゃないかな。アホで乱暴なニイチャンが「実はとても優しい子だった」とでも作者は言いたいんでしょうけど、そりゃ無理々々。突き放したほうがよかったような。

悪い本ではなかったけど、最後の締め部分で★ひとつ減点。

★★★ 朝日新聞出版

shishigashira.jpgシシアタマではなく「シーズトォ」だそうです。ついでに作者は「ヤンイー」。

中国東北、大連の近くで生まれた貧しい子供がすくすく育ち、最初は雑技団で修行するんですが、大怪我してしてしまってから恐怖で演技ができなくなる。しかたなくコックの修行を始めます。で、得意料理が「獅子頭」。大きな肉団子というか、ハンバーグみたいな感じでしょうかね。

料理店の娘と結婚して子供も生まれ、順風満帆・・・だったのに、偶然のことから日本のレストランへ行って獅子頭を作ることになる。このへんはマンガチックです。中日友好の架け橋だあ!てんで、いきなり党員に推薦されたり、国家の期待をになって意気揚々と東京へ。

でも日本のレストラン側からしたらたいしたことじゃないんですね。変わった料理のできるコックを中国から呼んだだけの話で、汚い寮に住まわせて、せっせと獅子頭をつくらせる。

主人公の二順は、シンプルな人間です。深く考える習慣がない。手足と胴体はあるけど、頭のない人間みたいなもんで、ひたすら周囲に翻弄される。どういうわけかフロア係の女に誘惑されて、いきなり妊娠を告げられる。

日中友好を裏切ってしまったんで、これで帰国したら国家反逆の罪で投獄されるかもしれない、困った困った。ちょっと出産の日数が変だなあ・・とは思うんですが、ま、責任取って仕方なく結婚してしまう。とうぜん郷里の妻子とは離婚です。

悪い人間は登場しません。みんなそれなり。新しい「頭」となる奥さんも特にひどい女ではなく、ボーッとしている亭主の腕をあてに小さな食堂を始め、せっせと尻を叩いて働かせます。二順も深くは考えず、ひたすら仕事をしてますが、ふと足りない頭なりに「これって資本主義の搾取じゃないか・・」とか考えたりもする。

二順は日本語をほとんど覚えません。考え方も中国にいたときから進歩はしない。ずーっと同じ人間であり続けてるんですが、あれれ、その故国がいつのまにか激変している。鄧小平から江沢民に時代も移り、人民はどんどこ豊かになってきている。

しかし二順はあいかわらず何も考えず、分かれた前の奥さんとヨリを戻せないかなあなどとグダグダ考えているだけ。困ったもんです。

そんなふうな、大きなドラマも起伏もない平凡な1冊です。けっこう後味のいい本でした。

ちなみに表紙のイラストは、人民服を着た二順がブーメランを投げている姿だと思います。この程度のことは雑技団の基礎があるんで簡単々々。


hananosakura.jpg★★ 集英社

郊外のさびれた商店街。ほとんどシャッター通りになりかかりで、ちいさな団子屋ビルの二階に移転してきたのは小さな広告制作会社。この会社も都落ちするくらいだから景気は悪くてスタッフもたった4人。

商店街がさびれていくのは大手資本の進出とか、住民の高齢化とか、いろいろ理由はあるけれども、ま、基本的にはみんな守りの姿勢になっていて、覇気がなくなっていて、なるべく将来から目をそむけて、深刻に考えないようにして日々を送っている・・・こともひとつの原因。

で、同じ地域であっても、旧態依然の古い商店街と、新興ショップも少しは進出している新商店街ではまた考え方が少し違う。新旧世代の対立という構図も多少はある。だから商店街組合がもめる。

お寺の跡取り息子は大学を出たので髪を切り、もうすぐ辛い3年の修行に出かけなければならないし、教会の真面目娘は大学に入ったばっかりでルンルンしている。その姉ちゃんはケーキ屋を開いたけど、なかなか利益を出すのが大変。団子屋の息子は新しい菓子を工夫しようとしては、考えの古い親爺に文句を言われている。美容院のやり手マダムはなぜか商店街の男衆に君臨している。

どこにでもあるようなこうした商店街のドタバタ復興物語です。ん? まだ復興までは届かないか。なんとか手がかりをつかめそうになるまでのお話という程度。

それなりに楽しい本でした。それぞれ登場人物たちのキャラクターは、マンガチックだけどしっかり描かれています。荻原浩は安心して読めますね。

ubukata02.jpg★ 早川書房

冲方 丁は「天地明察」で知って、わりあい気に入った作家。その後の「光圀伝」はどこかで数ページの試し読みしましたが、たぶん興味なし。で、この「マルドゥック・スクランブル」を発見して借り出してみました。

なるほど。冲方丁ってそもそもこういう本を書いてた人なのか。

未来都市で少女娼婦が邪悪な男に殺されかかって、それを救ったのがネズミ型ロボットというか、スーパー捜査官・・・みたいなもの。激しいドンパチ。説明するのは難しいです。なんでもありのハチャメチャ・スペースオペラ。SFというジャンルに合致するかどうか難しいけど、なんかひと頃のサイバーパンクふうでもあるし、このへん、よく分かりません。

話の3分の1くらいはカジノでのブラックジャック対決、残りの3分の1はヒロインと地獄の使者の狂気のバトルです。それなりには面白かったですが、ま、オヂサンの読むようなものじゃないわな、というのが結論。

★★★ 早川書房

farewelllovely.jpgこれも村上春樹訳。

大昔に読んだことがあった気がしますが、もちろんストーリーは完全に忘却。だいたいチャンドラーはストーリーを追うべき小説じゃないですよね、たぶん。脱線描写と漂う気分を楽しむのが本筋のような気がします。

マーロウはまだ若いのかな。けっこう危険な状況に飛び込んでいって、ボロボロにやられます。殴られたり脅されたり注射打たれたり、散々ですが、もちろん最後はどんでん返しの解決。

ただし細かい部分は「?」が多いですね。主要人物かと思ったら違ったり、脇役かと思ったら実はとんでもなかったり。誰が誰かわからなくなったり。いかにも怪しい雰囲気で出てきた若い娘がなんにも怪しくなかったり。だいだいチャンドラーの描く女性はあんまり魅力がありません。下手。

主な男連中はいい味です。出獄してきた大男。やる気のない警官。ゴリラみたいな臭いインディアン。単細胞の悪徳警官。うまく立ち回っている警察署のボス。珍しく清潔な刑事。

楽しめる一冊でした。前の訳がどうだったか記憶していないので、それに関してはナシ。刑事も探偵も、相手に対しては何故かいつも「キミ」と言うんですね。「おまえ」とか「あんた」などと品のない言い方はしない。

★★★ ソフトバンク文庫

 kyojinrakujitsy.jpg2011年の刊行。新しい本です。文庫で3巻。

時代は第一次大戦。英国ウェールズの貧しい労働者の姉弟(姉はお屋敷でメイド奉公、弟は炭鉱夫)。そのお屋敷の当主である伯爵と、その妹。伯爵の友人であるドイツ人の若い貴族。ロシアの工場で働く労働者とその弟。ついでにアメリカ人の青年。これはウイルソン大統領の側近です。

ウェールズの姉娘は賢くてたくましい。美人でしっかり者です。
ウェールズの弟も賢くて勇敢です。けっこう口も達者です。
伯爵は美男子でお金持ちで傲慢です。限界はあるけど自分なりに誠実。
ドイツ人の貴族は美男子で誠実で賢くて一本気。
その妹は美人で気が強くてモダンな女権論者です
ロシアの兄貴は無骨で真面目で、もちろん逞しい。
ロシアの弟はイケメンで調子がよくて無責任ですぐ女に手を出す。
アメリカ人は不器用で賢くて理想主義者。

みーんな賢いですな。あはは。

例のパターンで、こうした群像たちが時代に翻弄されながら戦っていきます。もちろんケン・フォレットなので、男女の熱烈恋愛がけっこうな比重を占めます。

そうした男女関係はちょっと類型的だし浅い感じで物足りないんですが、その代わりややこしい第一次大戦前後の国家関係やら政府首脳の考え方などは詳細かつ分かりやすく描かれます。なるほど、だからサラエボの単なる暗殺事件がこんな大騒ぎになってしまった。

なんやかんや、悲惨な戦争が続きます。機関銃時代だというのに、当初はナポレオン戦争当時のように横隊をつくって攻撃したりしたんですね。もちろんバッタバッタ死んだ。203高地の白襷隊さながら、さんざん部下の兵隊を殺して、ようやく将官たちは少し学ぶことができた。軍人ってのは、たいてい頭が固いもんです。

結果的に攻めるには難く守るに易い状況が生まれて、西部戦線の塹壕は万里の長城のように延々と続いた。もちろん両軍のクリスマス交歓の挿話もあります。

誰も積極的に戦争なんてしたくなかった。でも戦争になった。戦争になったら最後までやるしかない。米国に多大な借款を負った連合国としては、ドイツから賠償金をとらないことには逃げ道がない。ある意味、最後の方は賠償金目当てというところもあったらしい。

ま、いろいろです。国際連盟は実質的に破綻したし、ロシア革命は独裁と粛清へ突き進んだし、ハイパーインフレのドイツのビアホールではヒトラーが一揆をおこす。ここには書かれていませんが、中東はアラビアのロレンスたちの活躍と陰謀で将来の火種がうんとこさ蒔かれた。

文庫本3冊、これだけでも凄いボリュームですが、なおかつ三部作の第一部だそうです。フォレットが長生きすれば、ものすごい大作が完成する予定。

littltsister.jpg★★★ 早川書房

村上春樹訳です。たしか昔は「かわいい女」とかいうタイトルだったかな。

ただ、本当に前に読んだかどうか、どうも記憶が確かではありません。だいたいチャンドラーはストーリーがややこしいし逆転が多いので、読んでいても筋を忘れてしまう。この本だって読み終えてから、はて誰がどこで誰をどんな手段で殺したんだっけ・・と考えるとぼんやりしてきます。

後書きを読んだら訳者の春樹でさえ明確に把握できていないようなことを書いていました。やっぱりね。とくに今回は筋書きが雑というかちょっと問題ありで、何がなんだか・・という感じ。著者本人にも気に入られていなかった本らしい。

ただ登場の女連中がけっこう魅力ありますね。ただし魅力はあるんだけど、何を考えてるのかはハッキリしない。当初は生真面目そうな依頼人オーファメイ、フェロモン満点で登場するドロレス、ツンケンしたハリウッド美女のメイヴィス(この女の性格がいちばん不明)。

でもさすが定番マーロウもの。まったく飽きないし、読後感はいいです。ストーリーなんてどうでもいい。楽しかったです。また何か見つけて読もうかな。

★★ 徳間書店

kyomukairou.jpg未完だそうです。

アイディアはさすがに小松左京。壮大。直径だけでも1光年だか2光年の超巨大円筒がとつぜん出現する。地球から探査船で調べに行くだけでも数十年はかかる位置です。なんかアーサー・C・クラークのラーマに似てますが、真似っこと言われないように、大きさをべらぼうに大きくしてます。

位置が遠すぎるんで、もちろん生身の人間じゃ探査は無理。AEを派遣します。AI(人工知能)と違うのは、要するに意思をもったロボットというかシステム。AEとは「人工実存」なんだそうです。

その巨大円筒、いわば宇宙の誘蛾灯みたいで、あちこちの知的生物(あるいは派遣ロボットシステム)が探査のために集まってきている。

・・・というあたり、設定はけっこう面白いんですが、AEと異星人(あるいはロボット)とのやりとりが何というか、非常に人間的です。簡単に意思の疎通ができてしまう。そのへんが限界というか、スペースオペラみたいな感じで物足りないです。

で、十数種の異星人(あるいはロボット、システム)が集まって、会議ですね。研究学会です。この円筒はそもそも何なのかと発表会が始まって・・・・。

というところで小説は中断。宇宙論だかなんだか、わけのわからない能書きを延々とたれて説明しようとしてますが、ひょっとして小松左京、続きを書けなくなったんじゃないだろうか。大風呂敷を拡げすぎて収拾がつかなくなった。

ちょっと惜しい気もします。

★★★ 新潮社

shinchogumi.jpg清河八郎が幕閣をだまくらかし、浪士をひきいて京に上り、大演説ぶってからまた江戸にぞろぞろ戻ったのは有名な話ですが、たいていの本では次に清河の暗殺でおしまいになります。残された連中、つまり新徴組がどうなったかまで述べた小説はほとんどない。

ま、たいしたことはやってないんだろう。すぐ解散になったのかな。

その後、庄内藩が面倒みたとは知りませんでした。実質的に藩の徒士扱いだったようです。おまけに例の薩摩藩邸焼き討ちにも庄内藩兵と一緒に新徴組が加わっている。また、隊伍を組んで江戸巡邏していた庄内藩士と新徴組が「お巡りさん」の語源だったとは。知らないことって多いです。

幕府瓦解の後、新徴組は江戸を引き上げて鶴岡へ同行します。そこで官軍と交戦。貧乏なはずの庄内藩ですが、例の豪商本間様から莫大な軍用金の献納があったので、スネルからスナイドル銃などガボガボ買えたそうです。

ふだんは経済感覚もなくて貧乏質素な庄内藩だけど、いざという時には本間家からの金をあてにできる。いってみれば本間銀行に貯金をしておいたような感覚。そのためにふだんから国内の流通経済はぜーんぶ本間家に丸投げでまかせていた。ほんとかどうか知れませんが、妙に説得力のある話でした。

で、最新装備の庄内軍は強かった。本拠地を守ろうなどとせず秋田(副総督の沢為量がいた)まで遠征して攻め込みます。かなり成功したんだけど、冬になる前に肝心の会津が落城。もちろんその前に列藩同盟はガタガタになってたんですが。最後の頼りの会津までが降伏したんじゃ万事休す。どうしようもありません。まだ南部あたりは細々残ってたみたいですが、実質的には庄内藩だけの単独抵抗の形になって、こりゃもうアカン。

というわけで庄内藩もついに降伏。思いの外、寛大に扱ってもらったようです。

歴史トリビアとしては面白かったんですが、なんせ書き手が佐藤賢一です。常にいい題材で書く作家と思いますが、ちょっと文体やキャラクタ設定のくどさが難ですね。何を書いても同じ雰囲気で「サトケン臭」になってしまう。

 ★★ 講談社

kogurehshashin.jpg平凡な高校生。才能だけでなく服装もキラキラ眩しい同級生。焦げパンのような元気な女子高生。脅しをかける怖い上級生のお姉様。
狡猾そうで案外やさしい不動産屋。陰険でたよりない女子事務員。奇抜な行動をしているのにそうは思っていない親たち。

よく知りませんが宮部ワールドなんでしょうか。

とある家族がさびれた商店街のボロ写真屋を居抜きで買ってしまって住み始める。古い建物なんで、とうぜん幽霊がでます。手にした写真の中には心霊現象が起きています。素人探偵の活動開始。幼いガキんちょがオシッコたれます。

とかなんとか。高校生たちの交流や感性が細かく描かれてはいるんですが、最後まで絵空事みたいな印象が残って、それが惜しい。小説なんだから、絵空事ではあるんですが。

けっこう面白くは読みましたが、正直、あんまり合いませんでした。残念。

★★★ 日本経済新聞出版社

nanbuwashizumazu.jpg近衛龍春で最初に読んだのは「上杉三郎景虎」。知らない作家だなあ・・と手にとってみたら、意外や意外でよく調べぬいた構成で読後感も悪くない。これで名前を覚えました。

で、その後では「毛利は残った」ですか。。毛利輝元の生涯を扱ったもので、ちょっとコミックタッチでしたが、これも楽しい本でした。

今回は「南部は沈まず」。南部というとあんまり知識はないですね。とにかく津軽と仲が悪かったという程度。どっかの段階で津軽のナニガシが南部に背いて独立した。それが尾を引いてか、いまだに南部と津軽はあんまり関係がよくない。

ま、そんな程度です。

で、ようやくその辺の空白が埋まった感じです。戦国末期、青森県東部から岩手県の北半分、ついでに秋田県の東端あたりに勢力を持っていたのが南部一族。面積だけは広いです。非常に広いです。

ただし当時の辺境のことなので、ようするに小領主連中がたくさん割拠していて、それぞれが小さな城をもって戦いを繰り広げていた。この本に登場する南部一族の領主たちも一戸、二戸・・・九戸などなどあって、はっきりいって誰が誰の兄弟で縁戚なのか、まったく覚えられません。

ともかく結果的に実力と才覚で総領家におさまったのが南部信直という人。信直がようやく三戸の総領家におさまろうとしているころに、弘前のあたりで反乱を起こして独立したのが大浦為信。なんやかんやで青森県の西半分くらいをぶんどってしまった。

信直にとって大浦為信は不倶戴天の敵なんですが、為信さんはわりあい世渡りが上手だったらしく、秀吉に顔をつないで「独立津軽領」を認めさせてしまった。ちなみに南部が領土安堵を得たのは諸侯の中でいちばんビリっけつだったそうです。田舎もんですから。

この「田舎もん」がこの本のキーワードですね。領地はやけに広いけど検地なんてやったことがないんで、いったい何万石あるのかは誰もしらない。もちろん兵農は分離していないから戦いは農閑期にしかできない。

「領主と家来」という近代的システムに慣れてないから、豪族たちはみんな独立独歩。なかなか殿様の指示に従わない。戦をしても、みんな親戚みたいなもんなんで、あんまり過酷なことはできない。なあなあで終わる。だれも領主をたいして尊敬していないからすぐ謀叛をおこす。

しかも僻地。京大阪で何かあっても、遠い南部にまでニュースが伝わるには1カ月はかかる。上京するだけでもえらい経費がかかるんで往生する。おまけに米はとれない。地震や津波も多い。雪は深い。人口も少ないから工事もはかどらない。

ゆいいつ、馬の生産だけはすこし誇れる。山が多いから、鷹もいる。中央への献上物はたいてい駿馬か鷹です。そうそう。金が少し出るんで頑張りたいんですが、あんまり掘ると中央にバレて接収れさるのが怖くて控えめにしている。控えめにしてたはずなのに、でも中央にはバレバレ。情報管理がなってないんでしょうね。

たいへんです。

どっかのサイトに「津軽は俊敏。南部はおっとり」というようなことが書いてありました。たしかにそんな雰囲気です。南部信直、利直の親子、本人たちは知恵をこらして巧みに動いていたつもりでも秀吉や家康から見ると「のんき」に見えたんでしょうね。作者は家康の言葉を借りて「南部は何を考えているのかわからない」と語らせています。わからないけど、どうせたいした企みじゃないみたいだから、ま、許してやるか。そう権力者に思われて南部藩は生き延びた。

bakumatushi.jpg★★★ 新潮文庫

少人数を相手の講演録をもとにした幕末・明治初期の通史です。そのためか、非常に読みやすい。難しい言い回しも少ないし、表現が直截です。

書き手が半藤さんなので、当然のことながら薩長史観とは違った立場にいます。といって幕府サイドというわけでもない。どっちもどっち。幕府の全員が超無能だったわけではないけど、でも制度的には疲弊しきってどうしようもなくなっていた。

薩長の動きは基本的に反政府クーデタです。そもそもは別物だった攘夷思想と反幕思想がだんだん繋がっていって、それを弾圧されたため反発エネルギーが生まれる。そこに「大言壮語で飯を食う」評論家や思想家たちも増えるし、なん百年ぶりに発言権を得た貧乏公家連中がワイワイ騒ぐ。そしてテロリズム暴発です。

当初の開国・攘夷の対立に一橋vs紀州の継子問題がからんでややこしくなります。構図が単純ではなく、入り組んでいる。錯綜しているうちに単なる流行思想だった「勤皇」が具体的な「倒幕」に変貌。この時代、とにかく混乱していて、おまけに変化もして非常にややこしいです。

キーマンとなったのはやはり水戸のご老公でしょうか。最初のうちはとにかくこの人がすべての原因。そして孝明天皇の異人嫌い。後半はいろいろいますが、やはり岩倉の暗躍ですかね。切れ者の貧乏公家がのしあがっていく。

半藤さんは島津久光をある程度評価しているようです。少なくとも単純なアホではなかった。また勝海舟をかなり評価しています。人間的にはいろいろ言われてますが、苦労しながらよくやったよな。もちろん徳川慶喜はあまり好かん。

想像はしていましたが当時の「尊皇」というキーワードにはたいして深い意味はない。反幕・倒幕に都合のいい合い言葉であったけど、ただそれだけ。本気で「天皇のため」「王政復古」なんて考えていた維新の志士はいなかった。

幕府を倒せ!と戦ってきて、ひょうたんから駒で成功してしまうと、なんとか体制を作らないといけない。そこで出てきたのが「天皇親政」という枠組みですね。ま、それぐらいしか権威が残っていなかったこともありますが。

この本で初めて知ったのは岩倉・大久保たちが世界一周している間に西郷が何をしていたのかということでした。西郷は朝鮮出兵のことだけ考えていて、あとは遊んでいたような印象がありますがとんでもない。「留守中は何もしない」という視察団との約束なんて完全無視で、学制改革、徴兵令、地租改正などなど一気に断行したらしい。かなり乱暴に実行してしまった。

また明治10年までの間、政権中枢がコロコロ入れ代わったのは、要するに幹部連中の権力闘争そのものだったんですね。さんざんゴタゴタしたあげく最終的に大久保独裁体制ができあがり、それが西南戦争でようやく強固なものになった。

西郷という人、もし中枢にい続ければ毛沢東になったかもしれない。情の詩人にしてカリスマの軍人。幸いというか不幸というか、権力にしがみつく欲のない人だったから、鹿児島に隠遁して、タイミングよく強力鹿児島武士団といっしょに消えてくれた。

ただし権力把握に成功したと思ったら大久保もすぐ暗殺。要するに明治10年から11年にかけてバタバタっと木戸、西郷、大久保、維新の重鎮がいなくなった。動乱期の終了。ひと区切り。

あとに残ったのが伊藤博文と山縣有朋ですか。もうこの二人でもなんとかできる体制ができあがっていたんだなという印象です。ちなみに山縣は西南戦争の指揮系統の混乱経験から参謀本部制を作り上げた。つまり強固な統帥権の確立。それが後年の敗戦にまで繋がっていく。

またいそがしい西南戦争の真っ只中に台湾出兵もしています。ちょっと前まで征韓論なんてとんでもない!と言い張っていた連中が、実に簡単に台湾出兵、占領。要するに征韓論争そのものも、たいして深い理屈があったわけじゃないらしい。この台湾出兵、列強に想定外の文句つけられたんで政府はあわてて中止しようとしたみたいですが、現場の西郷従道はぜーんぶ無視してつッ走った。

この点でも後年の満州事変とまったく同じ構造。軍部独走。明治10年前後において新ニッポンの体質はもう決定づけられていた。


★★★ 新潮社

kakusareta.jpgまだ刊行されて日の浅い本のようです。つまりホヤホヤの新刊。坂東眞砂子テリトリーである南洋の小さな島でのお話です。

場所的にはニューカレドニア付近かな。その小さな島には「砂絵」の伝統があります。砂に描かれた一筆書きの絵が島人の言葉でもあり、伝承でもあり、心を伝える手紙でもある。

ちなみに「隠された刻」つまりHidden Timesとは、表向きは「キリスト教伝来以前の時代」。つまり島人たちがまだ人を食う習慣をもっていた時代のことです。ようするに大昔。ほんとうにそれだけの意味なのかどうか。それは最後まで読まないとわからない。

小さな島にはいろんな連中が流れてきます。気を張ってる時だけはバリバリ営業マンに見えないこともない旅行社の支店長。少し疲れ気味の女性社員。肥満解消に成功した青年海外協力隊の教師、酔うと軟体動物化して抱きつく看護師、テレビ番組のロケハンに訪れた冴えないプロデューサー。宝探しのマッチョなフィリピン男。

時代を遡れば、もっといろんな連中もこの島に流れてきています。明治期なら出稼ぎから脱走してきた坑夫。坑夫といっしょに里帰りした島育ちの売春婦。昭和は帝国陸軍少佐。特攻から引き返した操縦士。3つの時代の訪問者たち、つまり粒子・量子たちはなぜか不確定性原理の嵐の中を吹き流されて、ついでに火を噴く活火山。なんか訳のわからない終末へ

ほんと、訳がわからない結末です。でも後味は悪くない。楽しい一冊でした。

ochiai_if.jpg★ 小学館

てっきり歴史の「IF」ものと思って借りましたが、ちょっと違いました。身もフタもない言い方をすると、著者のお気に入りの人物を登場させて、その人物についてウンチク紹介、その上で著者の言いたいことを展開する。ま、そんなスタイルです。

お気に入りの人物とはロックフェラー、ハワード・ヒューズ、ケネディ、レーガン、ハンニバル、織田信長、シーザー、ソクラテス、コルチャック、ニーチェの10人。

ヤヌシュ・コルチャックという人、知りませんでしたが、孤児たちを見捨てることを拒否して、いっしょにナチスのガス室で殺された。現在の「子供の権利条約」はこのコルチャックたちの運動によって芽が作られたような具合らしいです。

それはともかく。「落合信彦の言い分、持論」はよくわかりましたが、同じ論調の繰り返しも多く、少しヘキエキしました。楽しめる本ではなかったです。といって、深く考えさせられる本というわけでもなかったし。

kuchinui.jpg★★★ 集英社

新しい本です。大震災とか原発事故の記述もありますが、もちろん単なる仕掛けの材料のひとつ。坂東眞砂子のテーマはいつだって「田舎」と「因習」と「伝奇」ですわな。

定年退職した夫婦が東京から高知の山奥の更に山奥へ移転してきます。亭主は焼物をしたり、奥さんはブログを書いたりハーブを育てたり。ありそうなスタイル。

で、亭主のつくった焼き窯をキッカケにして、いろいろ始まります。大昔からの公道というか、村の道。それが現在の土地区画とはまったく一致していないのが問題なんですが、とにかく人の敷地だろうがなんだろうがまっすぐ通っている。昔の区画図で赤く塗った線なんで通称が「赤線」。おまけにここの赤線は怪しげな神社へと通じる赤線。

で、都会もんは何も知らないので、その赤線の上に窯を作ってしまった。大変じゃあ・・・。

ということで、どろどろと開始。ミステリーみたいなものなので、詳しくは書けません。

★★ 共同通信

gendaishi2013.jpgなにしろページ数が多いです。なので今回は分厚い上下の下巻のみ。第二次対戦の終わり頃から1990年付近までを扱っています。

ポール・ジョンソンってのは、やけに大声でしゃべりまくる剣呑なオヤヂみたいな人ですね。ただし理路整然、ガンコ一徹、すべからく明確かつ断定的。好悪はともかく一応話の筋は通ってるんで、好きになるか嫌いになるかは人それぞれ。

いわゆるタカ派ということになるんでしょうか。全体主義は大嫌いです。社会主義、共産主義も天敵。だからといって資本主義体制を全面的に是認しているわけでもない。スターリン、毛沢東、ルーズベルト、ガンジー、ネルー、みーんな好かん。第三世界の指導者はのきなみクソミソ扱いです。

そもそも「政治家」が嫌いなようです。とくに「プロ」の政治家が世界を悪くしていると信じている。好きなのは断固として行動するリアリスト。わりあい好意的に描かれているのはトルーマン、チャーチル、レーガン、サッチャーなどなど。

要するに「どうせ政治家なんだからロクなことはしない」「でもやる時は断固としてやれ」「始めたことは徹底しろ」「そのほうが被害も最小限になる」というような視点かな。中途半端な温情が破滅的な結果をもたらす。

なかなか面白かったったです。歴史書というより長い長い講演会みたいな感じ。訳が別宮貞徳さんということもあるんでしょうけど、読みやすい。ま、それでも飛ばし読みでしたが。こんな長い本、一字一句精読するなんて不可能です、ほんと。

★★★ 木楽舎

dotekiheiko.jpg超売れたらしい「生物と無生物のあいだ」を、少し平易にしたような本です。文体はあいかわらず論理的かつ詩的です。

一貫しているのは、生命は流れのなかの「よどみ」のようなもいのであるという「動的平衡」の視点。読んでいて楽しい本でしたね。

面白かったのは、コラーゲンを摂取してもコラーゲンは体内に取り入れられないというお話。もちろん皮膚に塗っても意味ないです。せいぜいで保湿作用くらい。当然なんですが、それをヤケにはっきり書いている。こんなこと書かれると困る会社が多いでしょうね。

栄養関連にしても「何かを食べよう」とするなということ。むしろ「食べないこと」のほうが体には有益かもしれない。プラスすることよりマイナスすることのほうが実際的である。

少し意外だったのは「遺伝子組み換え」の食品に対する危惧。ようするに「結果のわからない新しい技術を信用するな」ということでしょうか。これも十分に納得しました。


★★★ 講談社文庫

いやー、てっきり黄砂と思ってました。

図書館から「下巻がありましたよ」と連絡があって、受け取りにいった帰り、北の空がどんより黄色いことに気がつきました。くっきり色が違っていて、それがどんどん迫ってくる。あれれ、こりゃ黄砂だ。中国かモンゴルかは知らないけど、早く帰らないといけない。

家の近くへたどり着いた頃には風もビュービュー吹き荒れてくる。もう全天の半分くらいが変色している。あらら。PM2.5まみれになってしまったかな。

テレビつけたら「煙霧」だそうです。なんだ、それは。気象庁がまた新語を開発したのか。


tetsudodaiba.jpgで、鉄道大バザールです。下巻の旅はラングーンから始まってタイ、マレーシア、シンガポール。戦時下のベトナムを通って日本。そしてナホトカにわたってシベリア鉄道。

日本を好意的に書くわけはないなと予想してましたが、案の定でけっこうクソミソ。かなり誇張してるけど、ま、まんざら嘘でもないです。ロボットみたいに動き回る連中+訳のわからない好色文化。それでも京都に関してはわりあい気に入ったみたいですね。これは少し意外でした。

ズルして流用。本当の下巻は青基調です

上巻説明で「中年の作家」と書いたけど、実はまだかなり若かったようです。阿川弘之が「シニカルな青年」と書いている。調べてみたら1941年生まれだそうで、するとこの本の出た1975年にはまだ34歳ですか。

鉄道オタクの阿川先生、どうしても黙っていられなかったらしく、日本の旅の部分では注釈を入れてます。45秒停車ではなく1分停車だとか、トイレ使用中のランプ点灯の色が違うとか、この特急は野辺地には止まらないとか。実はセロー青年、そのへんをかなりいいかげんに書いてるもんで。

続編にあたる「ゴースト・トレインは東の星へ」でこの当時は奥さんとの関係が破綻しかかっていたとか書いてましたが、たしかにシベリア鉄道のあたりは雰囲気がみじめに暗いです。最後のほう、ロシア人に会うたび「けだもの!」と喚き続けてるあたり、ちょっとジンときます。もちろんニコニコしながら英語で罵ってるんで、ロシア人にはわかりません。正直にロシア語で罵ったら殴られますわな。

tetsudodaiba.jpg★★★ 講談社文庫

前から読もうと思っていたものです。ただ、図書館のデータベース上では両方あるはずなのに、現実の書棚にはなぜか上巻しか発見できない。消息不明です。

仕方なく主義に反して上巻だけ借りました。こういうこと、よほど厚い分冊でない限り、やらないんですが・・。

上巻はロンドンを発ってからオリエント急行でトルコ、イラン、アフガニスタン、パキスタン、インド、そしてセイロンまで。こよなく列車の旅を愛するシニカルな中年男が、ひたすら飲み、読み、話し、うんざりし続ける旅の記録。叙述はかなりオーバー目であり、しっかり偏見に満ち、汚い連中は大嫌いだけれど、しかしそんな貪欲で貧しい人々を(ほんの少しだけ)愛する気分も持っている。

いったいいつ頃書いた本なんだろう。えーと、調べてみると「The Great Railway Bazaar」は1975年刊行と発見できしまた。38年も前なのか。日本では昭和50年。まだソ連がしっかり大国だった時代ですね。イランもホメイニの革命が起きる前で、パーレビ王健在です。

今もたぶんそうですが、この当時列車が通りすぎるユーラシアはものすごく貧しいです。そもそも名にし負うオリエント急行だって、中身はボロボロ。食堂車がついていない路線もあるし、寝台車の切符を持っているからといって本当に寝台が確保できているとも限らない。車掌に数ドルのワイロを使えばすべて円満解決なんですが、でも悔しいから(できるだけ)ワイロを使わずに乗り切ろうと画策します。

聖人君子ではないので「イギリス人のオンナ、いるよ」と聞くとつい心を動かされたりもするし、危ない場所へいって怯えたりもする。ひたすら酒を飲んで寝て、たまに腹が立つといいかげんな車掌相手に口論もします。そうした人間臭さがこの旅行記の魅力でしょうね。訳者は阿川弘之。柔らかい、これなれたテイストの訳文になっています。

楽しめる本でした。続きの下巻、いつ読めるかは不明。下巻ではベトナムあたりから日本を通ってシベリア鉄道の模様。日本もしっかりこきおろされるんだろうな。


inoueyasushi.jpg★★★ 「井上靖集」筑摩現代文学大系70

うん。だいだい記憶どおりでした。

少しおぼろだったんですが、この小説の茶々はまず京極高次、次に蒲生氏郷に心を動かされてるんですね。ま、若い娘としては当然です。

信長の姪といったって、大河ドラマみたいにチヤホヤしてくれる人なんかいないし、便利にあらわれる背後霊もいない。高貴ではあるが少し邪魔っけな姫さまとして、どこかの城の片隅でひっそり暮らしている。ときどき顔を出す若いイケメンとか安心感のあるオジサマに心惹かれるのも不思議はない。

姉妹の性格付けもいいです。妹のはわりあい普通の女の子で、ひそかに従兄弟の京極高次を好いている。でも岳宏一郎の「群雲、関ヶ原へ」の初のほうが実はリアル感があって面白いかな。姉は秀吉の愛妾、妹は二代目将軍の正妻、でも自分はたかが大津の城主の妻。なんかさえないわー!という感じで、せっせと亭主の尻を叩く。もっと出世しないさよ。

張り切った亭主はいろいろ策動するものの、いつも裏目に出る。東西決戦でも数万の西軍に居城を囲まれ、さんざん頑張った末についに開城、でもちょうどその当日に関ケ原の戦いが終わってたなんて・・・せめてもう1日防戦できていれば数十万石は間違いなかったのに。

「淀どの日記」で末の妹、は、性格のはっきりしない娘です。姉たちほどの美貌ではない。よくいえば腹が据わっている。動じない。少し鈍感にも見える。で、地味ななりにせっかく結婚したと思うと生木を割かれて、子供は引き離され、もう世の中に期待なんか持たないから・・と冷えきっている。

そんな末の妹が若い婿さん相手にポコポコ子供を産んで、結果的には(本音は知りませんが)幸せな後半生を送る。不思議な巡り合わせです。

井上靖の女性時代物の特徴と思いますが、彼女たちの世界と男どもの世界は切り離されています。男連中が権力闘争したり戦を計画したり、殺したり、そうした生臭い動きは女性たちの耳には直接入ってこない。みんな後になって、侍女たちが聞き込んできた噂として伝わってくる。不確実です。

すべて間接的というか、臨場感はない。外界はおぼろな影絵のような世界です。現実感がないなあ・・と思っていると、ある日とつぜん敵兵が城を囲んだり、いきなり使者が訪れて一気にリアルな世界に突入。わけもわからず駕籠に乗せられて、どこかへ連れ去れる。情報なし。どこへ行くのか、聞いたって誰も返事をしない。流れに従うしかないんですね。

もちろん亭主が刺繍しながら、家族に戦いの相談をするなんてことは金輪際ありません。赤ん坊の産声を聞いて城兵がなぜか静まるなんてこともないです。

警戒厳重な安土の城内を子供がウロウロするなんてもっての他だし、戦乱の伊賀越えした女の子がいきなり明智光秀と面会して、光秀が弁解めいた施政方針演説するなんてこともないです。


なかなか面白い本でした。このままもう少し井上靖を読み続けようかな。

yokihiden.jpg★★★ 講談社文庫

井上靖は好きでした。子供の頃から、たぶん刊行されたもののほとんどは読んでいると思います。とくに自伝的要素の強い洪作もの、「夏草冬涛」「北の海」なんかは繰り返し読んでいます。比べると頻度は落ちますが西域ものもいいですね。

ところで勝手に断言してしまうと、井上さんの現代小説に登場する女性はだいたい2種類しかないと思っています。ひとつは「上等な」女性。たぶん井上さんはこのタイプにコンプレックスを持っている。品があって強くて、すこし意地悪。もうひとつは「女鹿のような少女」で、純粋清冽かつ一途。

楊貴妃はもちろん「上等」な部類の女性です。皇帝に召されて夫から引き離され、もちろん素直に従うけれども強い自我を持ち、わがままです。嫌なものは嫌。ならぬものはならぬ。死を命じるんなら命じろ!

この女性像、「淀どの日記」「額田女王」なんかとも共通しています。男どもの政治、権力争いから身を引こうとはしているが、でも巻き込まれてしまう。立場と時代ですね。仕方ない。

読むたびに印象に残る部分は異なってきますが、今回は楊家の3人姉たち。三国夫人です。みんな美人で賢くて口が上手で、度を越して派手に遊んだみたいですが、そうした贅沢も権力もしょせんは義理の(名目上の)妹である楊貴妃しだい。

貴妃が失脚すれば、もちろん楊一族が連座させられるのは決定事項です。いわば薄氷の上での権力。それを彼女たちはしっかり自覚していて、でもうたかたの享楽であっても貪りつくそうとしている。太く短くでもいいじゃないの、楽しみましょう。ある意味、けなげです。

ということで、「淀どの日記」も読み直してみました。

kowareyasui.jpg★★ 角川書店

ニール・ゲイマンは「アメリカン・ゴッズ」「グッド・オーメンズ」などなど、ファンタジーというかコミックタッチというか、ちょっと形容の難しいものを書いている人です。人によっては「詩人だ」というかもしれません。

あまりストーリーが上手とは思いませんが、一つ一つのシーンは非常に鮮烈、綺麗で印象的。だから、詩人。

そのゲイマンの小品、短文(詩のつもりかな)のコレクション。よく言えば繊細で、たしかに「壊れやすい」短編集です。けっこう「?」な短編もありますが、一応は意味ありげで、好きな人にとっては素晴らしい一冊なんだと思います。
★★★ 技術評論社

mootojirai.jpg小田嶋隆の比較的新しいエッセイ集です。日経ビジネスオンラインに連載したものらしい。

毎週連載してるんなら見てみるか、と日経オンラインに行ってみました。なるほど。それぞれ最初の1ページだけはフリー。2ページ以降は会員にならないとダメみたいです。

小田嶋隆のものは好きなので、この際無料会員になってもいいかな・・・と登録画面に進むと、住所・氏名などしっかり書きこまないといけない。住所ですか。住所を記入したら、当然のことながらまた日経関連のカタログが届き始める。読まずに捨てればいいんでしょうが、うーん、けっこう負担です。ゴミも増える。諦めました。

で、本の内容は、ま、いつものオダジマ節で、原発問題やらハシモトやらAKB総選挙やら、森羅万象をいじくってます。若い頃にくらべるとかなり常識的(軟化)になってるけど、それでもまだ切れ味は健在だし、かなり頑張っている。

オンラインとはいえ日経に連載持てて、本も多少は売れてるようなんで、よかったよかった。ずーっと、なんとなく応援している人です。版元が日経ではなく、技術評論社というのが、ちょっと悲しいですが。

早川書房

yogen2013.jpgギリシャとイランのテロリスト集団がアメリカ攻撃をたくらむというストーリー(たぶん)。

しばらく読んで、挫折しました。心を病んでいる米国人女性が陰謀のカギとなる暗号(預言)を記憶しているらしいのですが、登場人物たちの動機や行動がどうも納得できない。没入することができず諦めました。小説それ自体がいけないのか、翻訳が悪いのかは不明。

考えてみるとダニエル・キイス、最初の「アルジャーノンに花束を」以外、貫徹した本がないような気がします。「○○人のビリー・ミリガン」というのがありましたね。あれも途中挫折したような。相性が悪いみたいです。残念。
★★★ 集英社文庫  

boleyn3.jpg「ブーリン家の姉妹」シリーズの3です。でもなぜ「ブーリン家の姉妹」なんですかね。そのほうが売りやすいと思ったんだろうか。

エリザベスの即位から数年間。視点人物は野心に燃える色男ロバート・ダドリー、その妻であるエイミー・ロブサート、国務長官(かな)のウィリアム・セシルの3人です。

ロバートてのは、ノーサンバーランド公爵ジョン・ダドリーの5男です。ジョン・ダドリーはヘンリー8世の子供であるエドワード6世が死ぬと(殺したという説もある)、自分の息子と結婚しているジェーン・グレイ()を引っ張りだして、次の女王にしてしまった人。でも、あっというまに失敗。謀叛人として首を切られてしまいます。ダドリー家ってのは代々、謀反人を輩出する家系みたいですね。

とうぜんロバート・ダドリーもロンドン塔にぶちこまれたんですが、、ま、運良く釈放してもらって、エリザベスの時代がくると一気にのし上がります。爵位とか領地はほとんど失ってましたが、でも女王の寵愛をうけるようになってからは、勢力を回復。でも単なる愛人じゃ不満です。なんとかして正式にエリザベスと結婚しようとたくらんだようです。

当然のことながらウィリアム・セシルは女王をスペインやらオーストラリアやらスコットランドやらの有力な王族と結婚させようとします。女王の結婚というのは、国家にとって完全な政治マターですよね。どこの国と結びつくかでイングランドの未来が決まってしまう。

でもエリザベスはダドリーのほうが可愛い。でも表立って結婚話を拒否もできないので、あっちに媚びたりこっちに愛想ふりまいたり、でもやっぱりダドリーがいいわと思ったり。セシルはイライラします。なんせダドリー、女や遊びごとや馬は得意だけど、自分が思うほど賢くはない。政治センスもないし、軍事的な能力もない。でも油断しているとこっちの足元も危なくなる。

そして田舎にひっこんでいる妻のエイミー・ロブサート。ダドリーとは価値観がまったく違う女性。自分が邪魔者あつかいされてることが気がついて、惨めになる。嫉妬に狂う。狂うもんだからダドリーはいっそう離れていく。おまけにエイミーはカトリックが捨てられません。

ということで、3人の希望や思惑が衝突して最終章。エイミーが殺され、ダドリーは野望を阻止され、エリザベスは結婚をあきらめて国家を選択、「バージンクィーン」として生きることを選択する。ま、そんなような内容です。けっこう面白かったです。

たしか夏目漱石の「倫敦塔」に、このジェーンの亡霊が出てきたような。亡霊というより「幻影」か。
★★★ 学研パブリッシング

prometheus.jpg読んだら煮えくり返るだろうな、ムカムカするだろうなと予想しながら買いました。はい。予想通り、あらためて腹が煮えます。

何を書いたらいいのか。何を書いても虚しくなる。官邸、官僚、県、保安院、東電、それぞれ登場の人物たちの行動は、すべて「だろうな」と理解可能です。みんなそれぞれ守るべきものがあり、完全な嘘はつきたくないが、だからといって責任をとるのは困る。上司に逆らうのは危険だし、面とむかって住民から非難されるのも避けたい。そうやって少しずつ「不作為」をしたり、ちょっと「誤魔化し」や「保身行動」をする。そうした個々の行動の総集が、今までの大きな流れでしょう。

そうそう。一つだけ。

事故後の官邸の対応は、かなり場当たり的でした。パニックを恐れて、細かく嘘をつき続けた。爆発後の枝野官房長官、例によって口は滑らかでしたが、よく見るとフルマラソンしたみたいに汗をだらだら流していた。「あ、嘘をついてる。わりあい正直な人なんだ」と思った記憶があります。

ただその後、反原発の姿勢を明確にしてからでしょうか、いきなり「すべては菅が悪い!」の大合唱になってしまった。そもそもあんまり人徳を感じさせる人ではないし、特に福島の避難場所で住民に糾問されたときのオロオロ対応は、非常に失望。あの場面で開き直るような資質をもっていない人だった。自民党代議士のような図太さがない。良くも悪しくも半分アマチュアふう感覚の政治家なんだなあ。

でもそれとは別に、突然に沸き起こった菅下ろしは不自然でした。「すべて菅が悪い」「民主党が悪い」と決めつければ筋道が非常に単純になって、そりゃ気分はスッキリします。でも、そういう問題なの?

後世に残る菅直人の功績は、東電に乗り込んで撤退を拒否したことだと思います。総理が民間企業に乗り込んで大声あげれば、そりゃ問題多々。あちこちから非難されるのは当然かもしれません。でも「調整的、常識的」に判断して撤退を許していたらどうなっていたか。

そして潮目に逆らう愚行だったのかもしれませんが、浜岡原発の停止。すぐひっくり返される可能性はあるものの、一つの「事実」として残りました。

少なくとも、あの時の首相が菅直人でよかった。ニッポンにとって望外な幸せだったのかもしれない。そう思っています。


それにしても、なぜ朝日新聞出版ではなく学研からの刊行なんでしょうね。「教師や生徒には学研が馴染みがあって・・」とかなんとか、どこかに弁解してありましたが、どうも信じられません。

★★★ 集英社文庫

boleyn.jpg上下巻。まったく期待しないで読みました。ところが意外や意外、かなりの良著・・・・でした。てっきりトム・マグレガーの「エリザベス」みたいなハーレクインもんだろうと予想していたんですけどね。

視点はブーリン姉妹の妹、メアリです。ブーリン家ってのはたいした家柄でもない新興貴族ですが、母親が名にし負うハワード家。したがって叔父さんがトマス・ハワード、つまりノーフォーク公爵になる。大貴族です。

当時のノーフォーク公爵というのがどの程度の勢力をもっていたのか、実はそのへんがよくわかりません。Wikiによるとトマス・ハワードの祖父は薔薇戦争の最終戦・ボズワースの戦いでリチャード三世と共に討ち死にした。プランタジネット側だったんですね。なるほど。

しかし息子はこのボズワースの戦いの勝者・チューダーのヘンリー七世に仕えて、うまいこと王の義妹と結婚。死別のあとはバッキンガム公の娘と再婚してトマスをもうける。

横道ですが、さらにバッキンガム公ってのは何だ?と調べると、ま、これも当時の大貴族。ただし三銃士に出てくるバッキンガムとは関係ない血筋みたいです。ややこしい。

ようするに当時の大貴族の姪だったわけですね。大貴族連中は機会があったら実権を握ろうとみんな画策してたようで、ブーリン家の二人の娘が美人なのを幸い、なんとかヘンリー八世に近づけようとする。で、最初は妹のメアリが寝室にはべります。前に読んだ「ウルフ・ホール」に出てくるメアリも蠱惑的な美人に描かれていました。もちろんフランス宮廷仕込みのコケティシュな女です。

このメアリとアン、どっちもどっちのよく似た女なんですが、妹は気が利かない。よくいえばちょっと地味でおとなしい。姉は才気煥発で打算に長けている。二人は愛し合っているけど憎み合っている。生まれたときからライバル同士。難しい関係です。

この難しい関係がなかなか面白かったですね。妹のほうは怖い叔父さんやら父母に命じられて、ちょっとした地位やら所領やらを稼げれば十分という感覚ですが、姉はなんとか女王になろうと画策している。野望に身を焼き、それを実現させ、そして破滅していくアン。見捨てたいけど見捨てることもできず、いらつき、でも最後は地味な亭主と子供、静かな生活を選択するメアリ。

かなり史実に忠実な描き方のようです。地味な郷士と結婚したメアリですが、その子供たちはその後の歴史にけっこう重要な役目を果たすようになる。Wikiによるとウィンストン・チャーチルとかダイアナ妃、チャールズ・ダーウィンなどなど、すべてメアリの系譜だそうです。


「愛憎の王冠」 上下巻。aizono.jpg
★ 集英社文庫

続編です。時代はブラッディ・メアリの治世、エリザベス一世の若い時代。

ユダヤ人の女道化師の視点で展開という趣向ですが、あんまり成功した感じはしません。もっとストレートに描いてほしかった。ここに登場する若きエリザベスはかなり狡猾で魅力的です。色男ロバード・ダドリー(レスター伯)が、けっこう格好よく活躍します。

そうそう。エリザベスものなら「エリザベス 華麗なる孤独」という本もありました。こっちのエリザベスも煮え切らない狡猾な女性です。煮え切らなくて男の趣味も悪いけど、なぜか英国は大国への筋道をつけていく。

★★★ ハヤカワ文庫
theterror.jpg
ダン・シモンズの北極探検ものなので、楽しめるかなと借り出し。探検とはヴィクトリア朝初期のフランクリン探検隊です。大西洋側からカナダ北部を抜けて太平洋へ達する最短距離の「北西航路」を探すべく出発。氷の多島海で全員が消息不明になってしまった。

この北西航路通過を達成したのは南極探検でも有名なアムンゼン。フランクリン探検隊の半世紀以上後です。しかもアムンゼンの探検隊は乗員6人で船も50トン弱だったらしい。吃水もあさくて小回りがきくし、エスキモー式の防寒具も採用。このときに現地人から学んだ犬ぞりが後の南極探検にも生きたようです(悲劇のスコット探検隊は犬ではなく馬を主力に使った) 。

それにくらべると北西航路のフランクリン探検隊は59歳のロートル隊長をいただき、130人余りの乗組員が準備万端ととのえた2隻の堂々たる軍艦に搭乗。当時としては最新装備で豪華な缶詰やらレモンジュースやら満載してたんですが、役に立たなかった。

後日の検証では、持っていった膨大な量の缶詰(お役所感覚の海軍省が欲かいて、超安い業者から購入した)が実は粗悪品で腐っていたり、納入時期の制限もあって缶の封入がいいかげんで鉛中毒になったり、あるいは石炭の積載量計算が甘かったり。防寒具も重いばかりで実際的ではなかったようです。

というわけで、フランクリン探検隊は誰も生き残っていません。誰も生き残っていないんですから、ダン・シモンズが何を書いてもいいわけですわな。どんなことを書いても「嘘だあ」と非難される心配はない。

小説は上下巻、ひたすら極寒の中のお話です。いまみたいな寒い時期に読むと、北極圏の冬の厳しい冷たさと暗さがきわだって伝わってきます。で、船はあっさり氷にとじこめられてしまいます。マストにも船体にもどんどん雪がつもり、氷がかさなる。船員は着膨れてモゴモゴ動きながら作業し、腐りかけたビスケットと缶詰を食べ、凍傷になる。

しかもここにエスキモー神話が絡み、何やら超自然的なモノが襲ってくる。怖~いです。ひたすら怖くて寒くて、バッタバッタと人が死ぬお話でした。



★★★ 新潮文庫

rat.jpgベッドサイドの本棚にあったので、なんとなく読んでみました。たぶん3回目くらいの再読。上巻を探しましたが発見できず、仕方なくいきなり下巻からです。

内容はスターリングラードの攻防戦におけるドイツとソ連のスナイパー同士の決闘です。決闘といっても何百メートルも離れているので、なんといいますか、非常に地味ですね。はるか遠くの塹壕から出ているヘルメットの先端かなんかを発見する。狙う。引き金を引く。敵陣からはギャッともヒェーとも声は聞こえてきません。

もしチラッと見えていたヘルメットが吹っ飛べば、たぶん相手は死んだはず。あるいは「あれは当たっている!」と狙撃手が自信を持てれば、たぶん成功。戦果帳を出してメモを付ける。

地味ですね。

で、上巻ではいろいろあった記憶がありますが、要するにウラルあたりの田舎猟師(当然ながら平べったいアジア系)が、狙撃手として頭角をあらわす。あんまり銘酒名手なので、現場の狙撃兵速成スクールの教官になる。教官になっても、あいかわらず現場で戦っています。

通常、狙撃手というのは地味な存在です。ひっそり行動するのが普通で、顔が売れるなんてことはない。でもこのスナイパー=ザイツェフ(兎)の場合は、政治将校がプロパガンダのために新聞に掲載してしまって、育ちや考え方、狙撃パターンなどなど大公開。これが敵に知られるってのはかなり危険なことです。

そこで有名狙撃手ザイツェフを殺すために派遣されたのがドイツの誇る狙撃手学校校長、親衛隊大佐ハインツ・トルヴァルト。いい気になってるソ連軍の有名スナイパーを殺して意気消沈させようという魂胆ですね。

このトルヴァルト大佐。なかなかいい味出してるキャラです。まったくタフではなく軟弱色白、上品でフニャフニャの臆病者。もちろん育ちはよくて、スポーツハンティングで腕を磨いた人です。はるか遠くの絶対安全な場所から、ン百メートル向こうの敵を正確に殺す。オリンピックかなんかに出たらまずメダル確実という名手ですか。

で、エリート大佐と田舎猟師が、陰惨な「鼠たちの戦争」のスターリングラードで知恵と狡猾さと腕前を比べ合う・・というのがメインストーリー。最後は直接対決するんですが、その結末は、ま、お楽しみ。ただ読み直してみて意外だったのは「こんな経緯で結末がついたんだっけ?」というあっけなさです。

ザイツェフは実在の人物だそうです。しかしトルヴァルト大佐のほうはどうも怪しい。ソ連側が宣伝のためにでっちあげた「悪者ライバル」だったかもしれません。

ちなみにフィンランドには「白い死神」といわれた超人的な狙撃手がいたそうです。確認戦果だけで505名。ひぇー。おまけにこの兵士はスコープを使わないで照星と照門で狙撃をするのが常だった。やはり猟師だったそうです。ケワタガモ(どんなカモじゃ)を撃ってたらしい。知らんかった。


★★ 平凡社

chuugokunorekishi5.jpg第12巻と13巻です。かなり飽きてますが、ここでシリーズは読み止めの予定なので、いちおう忘備録。ん、ほんとうは「備忘録」かな。

清が誕生してしばらくは明の残党が各地で活動します。有名なのは鄭芝龍ですね。でも要するに鄭芝龍ってのは、海賊というか海閥というか、さんざん騒いだ後で時勢を見て清に降伏します。それに納得しないで台湾に割拠したのが息子の鄭成功。台湾からオランダ人を追い出して鄭氏政権を樹立。いまでも中華民国では評価されてる人のようです。

清朝成立の後もしばらくの間、中国南部には怪しげな明の亡命政権のようなものが乱立したらしいです。大同一致すればいいのに例のパターンでそれぞれが「オレのほうが正統だぁ!」とアホみたいに争っていたから、あまり長続きしないで、清軍に滅ぼされてしまう。

このあたり、上手にやれば北方系の政権(清)、漢系の南方政権(明あるいは南明)という区分けができたかもしれない。惜しかった。いまの中国って、ちょっと巨大版図すぎるような気がしてならないんです。まるで旧ソ連みたいな感じ。チベットからウィグルからモンゴルから、無理やり抱合しているから問題が生じている。そうですね、南北朝の境界は長江あたりがいいでしょうか。漢字圏という点では共通で、文化や言語は違う二つの大国。

ま、余計なお世話ですか。人ごとだから勝手なこと言ってますが、民族と国境、なにが適正で合理的なのかなんて簡単に決められるはずがない。

読みすすむと清末はほんとうにゴタゴタ続きです。満州八旗は江戸字末期の馬にも乗れない旗本みたいなもんで完全弱体化してるし、なんといっても支配層の満州人口が少ない。阿片戦争あたりからは、ひたすら腹の立つような事態ばっかり。ほんとうに悲惨です。完全にコケあついかいで、ただただ食い物にされている。こうしたニュースを漏れ聞いた幕末の若者たちが亡国の危機感を抱いたのも当然でしょうね。

で、危機感を抱いた少数の若者たちが中心となって明治維新をなしとげ、自信を失った大人たちは渋々それに協力した。そして列強のやり方を強引かつ不器用に模倣して、なんとか尻馬に乗る。一流国の仲間になろうとあがき続けた。

農民はあいかわらず(実際には前よりもっと)苛めら、絞りとられ、徴兵され、でも従った。不思議な現象です。時代の「空気」ですかね。明治初期、失業した武士階級の反乱とか農民一揆はありましたが、それが共感を得て大規模クーデタにまで発展することがなかったんですから。

水戸のご老公が可愛がった朱舜水という文化人がいますが、当時あった亡命政権の皇帝にも謁見を許されて、それを誇りにしていた。そして鄭成功に「明復興を助けてくれ」と日本へ派遣された経緯らしい。ま、鎖国政策とってた幕府が行動を起こす可能性はゼロなんで、交渉しているうちに明の南方政権も滅亡して帰るところがなくなった。そういう事情らしいです。

eikokushinshi.jpg★★★ 早川書房

プラチナ・ファンタジイとかいうシリーズの本らしいです。いかにもファンタジーふうの装丁ですが、あんまり内容とはマッチしてないような気がしますね。

さて、ヴィクトリア女王の御世、とある誠実な牧師が霊感を受けて「そうか、エデンの園は実はタスマニアにあったのだ!」と気がつきます。大発見。それを実証するためにスポンサーを探し、サクソン優生主義の医師やニートふう植物学者を隊員として集め、壮大な 後悔 航海を開始。ただしレンタルしてしまった船は、依怙地なマン島の船乗り連中が一儲けを狙った密輸船だった・・・。

紳士たちを乗せた船はゴタゴタしながらも大西洋の波濤をわたり、ホーン岬を通過し、はるばるオーストラリア大陸の南東、タスマニアへ。船長は、隠していたブツ(ブランデーとタバコ)をこっそり売り捌く機会がなくて焦りくるっています。ほんとうはイングランドで取引する予定だったのに、いつになっても捌けない。破産の危機。(このマン島の船乗り連中、いい味出してます。)

かなりブラックなユーモアというか、シリアスなんだけどドタバタ劇。ストーリーは何十人もの語り手の観点から綴られます。これがみーんな超主観的というか(当然です)、自分は正しい、自分は親切。相手は無知でアホで無信心で無礼。

時系列はちょっとズレますが、タスマニアでアザラシ漁をしていた一人のならず者が、なぐさみ用にそのへんの女(もちろんアボリジニ)をかっさらって鎖でつないで小屋に飼っておきます。ところがその現地女、頑固だし頭は切れるし力はあるし、隙をみつけて相棒の白人を叩き殺して脱走。脱走してからも彼女の生涯テーマは「復讐。あの白人、必ず殺す!」です。

で、復讐を誓ってはいたんですが、無念なことに子供が生まれてしまう。体は黒いのに髪だけは幽霊みたいに白っぽい子供。かんぜん仲間外れにされ、母にも愛されないで育ったこの少年も主要な語り手の一人になります。

少年が成長していく間、島では大々的なアボリジニ駆り出しとローラー抹殺作戦を展開。害獣駆除みたいなもんです。もちろんアボリジニも一応は槍をもって抵抗する。たまに味方になろうという白人も少数はいるんですが、あくまで白人観点の「善意」で、哀れな野良犬を保護するみたいな感覚なんでしょうね。かえって迷惑です。服を着ろ、屋内で寝ろ、ウォンバットの肉なんか食べるな、木の根なんて齧るんじゃない。礼拝にこい。神を讃えよ。祈祷を暗記せよ。

とかなんとか。殺されたり疫病にかかったり、小さな島に隔離されたり、短期間でタスマニアのアボリジニは絶滅してしまいます。

そして、そんな時、ついにさまざまな思惑と紳士たちを乗せた船がタスマニアの港に到着です。街には、生き残っていた混血少年(もう少年ではないけど)もいます。ここで二つのストーリーラインがついに合流。

探検隊が隊列をつくって奥地へ進み出してから、ストーリーは一気に動きます。バタバタバタッと動いて・・・どうなるかは書けませんが、いやはやいやはや。最後の最後は大笑いしてしまいます。
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ちなみに原題は English Passengers です。



ネットで見た原書のカバーはこんな雰囲気。
だいぶ印象が違います。


★★★★ 講談社

ghosttrain.jpgいい年こいた旅行作家が、ロンドンから東欧、トルコ、トルクメニスタン、ウズベキスタン、インド、スリランカ、東南アジア、日本、そしてシベリアを経由して戻る鉄道の旅の記録です。

セローは30年以上も前、まだ若かった頃にも一周旅行をして「鉄道大バザール」という本を書いたようです。若いころのその旅を再度なぞって回ってみた。一種のセンチメンタルジャーニーでもあるんでしょうか。

大部ですが、非常に面白かったです。

基本的にこの人は無機的な都会が好きではないらしい。田舎が好き。素朴な人々が好き。しかし、だからといって汚い二等車で旅するような元気はないので、可能なら一等車に乗りたい。鈍行はもちろん困る。危険はもちろん避けたい。

一周ルート、悲惨な国と地域を通っています。描写はかなり誇張されている気配がありますが、それにしても酷い地域です。悲惨な人々と可能な限り会話を交わし、同情し、あるいはうんざりし、都会に着くと快適なホテルで一息入れて酒を飲む。最高級のホテルには泊まりませんが、かといって汚いホテルも嫌いです。まずまず清潔でまずまず快適なホテルが好き。

東京はあまり好きではないようです。清潔かつ繁栄する無機質都市の片隅で、このへんくつ親爺はポルノショップやメイドカフェを探検します。異常進化したエロマンガとカワイイ文化にヘドを吐きそうな気配です。

東京では村上春樹に街を案内してもらっています。ここで描かれる春樹、意外な面を見せてくれてますね。春樹ファンにとっては新発見でしょう、たぶん。

北へ向かう列車に乗り、雪の北海道へ。そして北のてっぺん、何もない街・稚内へ。このへんまで行くと都会臭は完全に払拭され、セロー好みの素朴な住民に出会えます。雪に閉ざされた街の飲み屋で毎晩酒をご馳走になり、近くの温泉をめぐり、満足してまた日本海を南下する。

そして京都。奈良。また東京に戻って新潟。海を渡ってウラジオストク。長いシベリア鉄道の旅は想像どおり、単調かつ陰惨です。

いい本でした。文庫で刊行されているようなので「鉄道大バザール」も読んでみようと思います。調べてみたら訳者は阿川弘之でした。へぇー。

そうそう。アーサー.C.クラークのファンはスリランカ編を読まないほうがいいかもしれません。インタビューに応じて登場する大御所クラークは、うーん、かなり困った老いぼれ親爺ですね。筆致はかなり辛辣です。もっともこのポール・セロー、とにかく情け容赦なく書きまくるのであちこちで嫌われていような模様です。ま、当然ですが。

shiki2013.jpg★★ 平凡社

3人が司馬遷の「史記」についてあれこれ、勝手なことをしゃべるという構成です。安野、半藤はもちろん知っていますが中村愿(すなお)という人は寡聞にして知りませんでした。中国関係の書店を開いたり美術や歴史関係の本をいろいろ書いてる人物らしい。

しかしまあ、この3人、よく知ってらっしゃる。博覧強記という表現とは少し違う感じですが、でもなんやかんや、いろんなジャンルにも話が飛ぶ。誰の発言だったか「若いころに中島敦を読んで感動した。こういう文を書ける人はもう今の時代にはいない」という感想が面白かったです。中島敦の文体は「漢文」を取り込んだというレベルではなく、むしろ半分以上が漢文(読み下し文)じゃないだろうかと言うておりました。たしかに。

あと、まったく知らなかったのは「史記」の年表には「倒字」があるということ。ところどころで意図的に天地逆の文字列があるんだそうです。その部分、司馬遷は思うところがあって書き込んでいる。これを丹念に読んでいくと司馬遷の本当の気持ちがわかるんじゃないか・・。ほんと、知らないこと、多いです。

思い出した。中村愿ってのは「三國志逍遙」の人だった。曹操の詩文がたっぷり入った、思い入れのある本でした。ここに掲載の詩文読み下し文は、独特でなかなか面白いですよ。

★★ 平凡社


chuugokunorekishi4.jpg「中国の歴史 第3巻 大統一時代」

第3巻は戦国、秦の興隆、統一。始皇帝など。

戦国ってのは諸子縦横家があちこちでナニしたり、カニしたり。縦横無尽に売り込み合戦でゴタゴタしている時代です。で、ここも有名なところですが人質に出されていた秦の皇子が急に皇太子に、貰ったばかりの愛妾が誰の子か明瞭でない子供を産む。それが後の始皇帝。その奥さん(皇太后)は身持ちが悪くて、巨根の宦官との間に子供を二人つくった。これじゃ偽の宦官ですね。

始皇帝が父の後というか祖父の後を継いだ時点で、すでに大国秦の基盤は完成しています。そこに乗っかって、さらに伸ばしたのが始皇帝。ついに強力な中央集権、統一国家の誕生。

で、神のごとき始皇帝が没したとたん、それまでの無理と圧政が破綻して、あっというまに大戦乱。群雄蜂起から項羽と劉邦の対立ですね。割合ポピュラーな挿話が多い時代なので、特記すべき感想もありません。

そうそう。劉邦の漢は、秦が築いた統一国家のおいしい所を継承したともいえるらしい。これは「なるほど」という視点でした。隋の後の唐と似た感じです。初代が苦労して道を拓き、次の代が楽して果実を収穫する。そういうことのようです。


「中国の歴史 第4巻 漢王朝の光と影」

chuugokunorekishi4.jpgで、漢の成立です。

劉邦という人、非常にガラの悪い男で人望はなかった。なかったけれども可愛げがあるというか、わがままも言うけどすぐ反省して人の言うことも聞く。自分が偉くないことを自覚していた。そこが項羽や始皇帝と大きく違う点だった。

ですから初期の漢は、何といって独自政策を打ち出してはいません。秦の制度を基本的に踏襲して、ちょっと具合の悪い部分だけ軌道修正した。匈奴に対しても懐柔策が根本で、なるべく戦争はしないようにしていた。陳さんに言わせると劉邦は「運のいい人」だそうです。この時期の匈奴は内部がゴタゴタしていて、南進する元気がなかったらしい。

しかし「基本的にいい人」の劉邦ですが、奥さんが激しかった。中国史三悪女の一角である呂氏ですね。貧乏時代の劉邦と結婚した糟糠の妻ですが、ちょっとした地方の侠家の娘。実際には劉邦が呂家に婿入りしたような形だったんじゃないか。したがって奥さんはしょっちゅう亭主の尻を叩く。

ですから劉邦の戦友たちも、あんまり力をつけすぎると呂后ににらまれて (たぶん亭主を強圧して) 処分させる。韓信なんかもそのクチです。ずーっと尽くしてきた蕭何でさえ、最後は欲ボケしたふりをして、なんとか処分をまぬがれたらしい。ま、呂后としては、息子のデキが悪いのを知ってたんで、力のある老臣・巧臣を生かしておいては心配だったんでしょうね。もちろん有力な親戚連中も要警戒。世の中みーんな、ボクちゃんの敵ばっかりよ。こうして殺しすぎて、外姓だけでなく劉一族としてのトータル力も大幅ダウン。

ただし、呂后は一族や有力家臣を派手に処分したりライバル女性を残酷に殺したりはしたけれど、漢の一般庶民にとっては平穏な時代だったとか。「偉い人たちがなんか闘争してるなあ」というだけで、庶民を特にいじめたり大戦争をしたりはしなかった。

後世の唐の武則天なんかについても陳さんは同じことを言ってましたね。ライバルや身内を殺しまくるのと、悪政とはあまり関係がない。

ただし更に後世、清末の西太后になるとどうでしょう。西太后の場合は彼女の無思慮な行動がそのまま国家の滅亡と結びついてしまってます。

「なにもしない」ことが結果的に有効な施策にもなりうるのは、国家の興隆期だけかもしれません。そういえばイングランドのエリザベス一世も、なるべく決断しない政治方針だったようです。しかし国家の衰亡期になると話は逆で、何もしないことは致命傷になりうる。あるいは、過去なら問題でもなかったような「ちょっとした贅沢」で艦隊費用を流用、頤和園を造成というような行動が日清戦争の敗因にもなる。

ということで、先祖の何もしない休養期間に溜めた資力をぜーんぶ使い果たしたのが中興の祖・武帝。強かったし果敢だったし、カリスマだった。しかし隆盛を誇った武帝の時代から、漢は長い右肩下がりの時代に移ります。そして最後の最後、たいした能力もなかった外戚の王氏がゴタゴタに紛れて皇位を簒奪。新の誕生です。やれやれ。

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これで3巻(戦国末期)から11巻(明の滅亡)まで読了。長かったです。

中国史を概観して思ったのは、つまんない感想ですが、皇帝や王の下で宰相、大将軍であることは難儀だなあということ。失敗すればもちろん首チョンパだし、大成功しても妬まれて讒言されて頭と胴体が離れる。自分だけじゃなくて、親子兄弟、三族もろともです。下手すると数千人が連座。

おまけに共通パターンですが、謀叛する気はないのに「謀叛する気だろ?」と疑われて、切羽つまって仕方なく蜂起。静かにしていても殺されるし、立ち上がっても殺される。同じことなら謀叛せにゃ損々です。

おまけにいつの時代でしたっけ、出仕してもいいことないぜ!と悟って静かに暮らそうとしても、なまじ能力があると「都に来い!」と強制される。出仕すると、その結果は成功しても殺されるし、失敗すればもちろん死を賜わる。能ある鷹で、稀に上手にツメを隠すことに成功した人間だけが、なんとか長生きできる。

困ったもんです。もっとも皇帝だって安心していられなくて、大臣や宦官に殺される。皇太子も皇太子であるが故に殺される。三男、四男の皇子で安心していると、いきなり皇太子に祭り上げられて、その結果として殺される。どうやっても殺されます。

讒言を信じて殺してしまってから後悔して、死後の名誉回復もあったりするんですが、こんどは糾弾した側を粛清する。結果として両方の人材が払底してしまう。

とにかく、中国ン千年の悠々の歴史、みーんなすぐ殺すんですね。もちろん、農民はもっと死んだり殺されたりします。なんせ戦乱になると国の人口が一気に3分の1とか4分の1レベルになってしまうくらい。激しいなあ。

でもこうした危険と裏腹に、みんな権力を得るとアホみたいに贅沢してるようです。危険があるからせめてもと贅沢するのか。それとも常軌を逸した贅沢するから引きずり下ろされるのか。ニワトリとタマゴですか。

時代は少し違いますがわが国の平安時代、原則として貴族の死罪はなかったわけで、それだけでも激しい大陸性気候と、なまぬるい島国の気候は違う。もちろん室町後期とか、けっこう戦乱はあったわけですが、京都周辺をのぞいた地方はどうだったんだろう。中国ほど悲惨ではなかったような気がしてなりません。

chuugokunorekishi3.jpg★★ 平凡社

三国鼎立。魏の曹操。司馬炎の西晋。その後の晋。南北朝などなど。

三国志だけに焦点をしぼるとなかなか楽しいのですが、その後の成り行きまで含めるとかなり寂しいです。曹操のあの努力はなんだったんだ。ましてや劉備や諸葛孔明なんて何を残したというのか。

後漢滅亡から隋の再統一にいたるまでザッと360年。平和な場所や時代もあったんでしょうが、全体として見るとひたすら殺伐たる時代です。ぐたぐた&シリメツレツで読んでると頭が痛くなる。

★★ 新潮社

getewo.jpg安部龍太郎ってのは、他に何か読んだだろうか。うーんと考えたけど、あいにく記憶なし。

で、主人公は藤堂高虎です。通例、計算高くて阿諛追従の達人というイメージで描かれる藤堂高虎を、ずいぶん高く持ち上げています。実際の高虎、おそらく武人としても能力があっただろうし、政治の流れを読む力量もあったに違いない。築城の名人という評価もありますね。

なので安部龍太郎の描き方に基本的に文句はないのですが、ちょっと高虎の行動が綺麗すぎる。もう少し生き身の人間にしてくれたら読みやすかったという気がします。

たとえば豊臣恩顧の武将のくせに早くから家康に接近する理由も「この人こそ!」という感動があったからという解釈ですが、うーん。「感動・賛嘆」にプラスして、やっぱ「保身・欲・先読み」もないと戦国の人間らしくないですね。

また敵役の石田三成がずいぶん矮小に扱われている。これも少し物足りない。たぶんイヤな男だったんでしょうが、でもある程度持ち上げてくれないとストーリーに深みが出てきません。才能もあり、イヤな部分もある人間同士が戦う。それぞれに自分なりの「正義」と「欲」を持って行動する。

たとえば自民と民主、どっちが悪でどっちが善と決め込むのは無理があります。どっちもどっち。同じように「得をしたい」「権力を得たい」「手腕をふるいたい」「より良い国家を作りたい」と思ってる(たぶん)。ただ、それぞれの立場や手法は違うわけです。そして結果的に片方が勝ち、片方が負ける。

他の本を出すのはお門違いですが、岳宏一郎の「群雲、関ケ原へ」を何度読んでも飽きないのはそこです。岳宏一郎の群雄たちはみんな欲深く、わがままで嫉妬深く、金と権力に執着し、しかし世間の評価をやたら気にするし、ときたま理由不明の高潔な行動もとる。そういう不可解の固まりとして行動します。だから面白い。

「群雲、関ケ原へ」で描かれた藤堂高虎も味がありますね。有能にして勇猛、狡猾。流れを読むのが上手で、見え透いたおべんちゃらを恥じない。だから「役に立つ人間」と知ってはいるものの、家康はどうも高虎に心からは気を許せないし、なんとなく好きになれない。

そうそう。岳宏一郎の徳川家康って、けっこう可愛いですよ。ウナギみたいにクネクネした、世間体を気にするケチで狡っこい男。でも武将としてのプライドは人一倍もっているし、いざ戦いになると果敢で強い。

それにしても「群雲、大坂城へ」、まだ出ないのかな・・。

★★ 平凡社

chuugokunorekishi3.jpg王莽の簒奪、赤眉の乱、光武帝による後漢の誕生。

前漢末は大変な時代だったようです。おそらく人口が3分の1くらいまで減った。減ったということは、みーんな要するに死んでしまったということですね。さすが中国。悽愴というか壮絶というか、無茶というか。「すべて王莽の責任」らしい。

光武帝(劉秀)ってのはかなりバランスのとれた人だったようです。王朝を起こすような人間、たいていは個性が強くてアクのある性格が多いはずですが、この光武帝はかなり例外的。また前漢と後漢、実質的には別王朝です。でも同じ劉の一族だったんで、ま、漢を後継したともいえる。

後漢の基本方針は軍縮だった。また奴隷解放も実施し、土地台帳整備も少し進めた。みんなそれなりに理由があったわけだけど、結果としては、ま、弱体な国家。前漢の最盛期にくらべると人口も少なく、武力もなく、一言でいうとかなり地味な王朝だったということです。

権力を皇帝に集中させたので、賢帝の間は非常にスムーズな運営が可能だった。ただし例によって宦官やら皇后やら皇太后やら外戚やらがはびこりだすと結果的に幼帝が続く。そういう力学になるみたいです。周囲の連中にとって、「成人の賢い皇子」より「幼くてアホな皇子」のほうが好ましい。好き勝手できるから。こうして世は乱れる。とはいっても200年くらい続いたんだから上出来かな。

かくして黄巾の乱。そして三国志の時代になります。

中国史、世の乱れの原因は「女衆の権勢と好悪」「外戚」「欲張り」「汚職」「宦官」「アホな皇帝」「高官の殺し合い」「謀叛」・・。ほかにもまだあるかな。とにかくナマの形の欲望の衝突の繰り返しです。困ったもんです。

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