Book.19の最近のブログ記事

文藝春秋★★★
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著者はオルドス生まれの文化人類学者。なぜか日本で勉強して、やがて帰化。オルドスってのは黄河が中流あたりで北に大きく湾曲しますが、その湾曲の内側あたり。今の区分からすると内モンゴルでしょうね。ちなみに長城の外側です。

この本のテーマはただひとつ。「中国史は王朝の連続ではない」「中国四千年の歴史なんて虚構」ということです。黄河流域に古い文明があったことは事実ですが、最近の研究ではこの他にもいくつかの文明が存在している。つまり黄河文明はワン・オブ・ゼムであって唯一絶対ではない。

だいたい中国という言葉もそんなに古いものじゃないようです。たぶん辛亥革命の以降。それまでは清とか明とかはあっても、中国なんてものは存在しなかった。外からするとシナとかチャイナとかいわれた場所。黄河中下流域のいわゆる中原にあった国家を、なんとなく(特に漢民族がこだわって)そう呼んでいる。

しかし漢民族の王朝が連綿として続いたと考えるのは無理です。虚構。そもそも漢民族なんてものは存在せず、強いていえば「漢字を使う人々」でしょうか。書き文字である漢字は共通ですが、たとえば広東と北京と、話し言葉はまったく違う。人種もたぶん異なる。でも漢字という共通項でまとめれば「漢民族」。とすると日本人なんかも、10%くらいは漢民族なのかもしれないです。

大昔の漢帝国を構成した漢人は、たぶん後漢末期、黄巾の乱あたりでほぼ絶滅したのかもしれません。少なくとも危機的に減少して、その後は他の人種に吸収されてしまった可能性もある。

中原あたりにあった王朝や国家は、南に逃げたり滅びたり、北の遊牧民国家にのっとられたり、また違う遊牧民が攻め込んだり。入れ代わり立ち代わりです。こうした動きを、中原地域だけに区切って眺めるから難しい。もっと視点を広くし「ユーラシア史」という観点から眺めるとまったく相貌がかわります。

もちろん中原にも国家はあった。しかしもっと大きな固まりが遊牧民国家です。スキタイとか匈奴とか、こっちはユーラシア大陸の各地に興亡し、移動し、拡大し、栄え、滅び、時折は中原をも支配した。こうしたユーラシア民族を文化的に低いとみるのは偏見です。農民と遊牧民では文化の尺度そのものが違う。

たとえば唐滅亡の後。漢民族である宋が統一したというのは中国式タテマエです。しかしちょっと全体を眺めると、実際の姿はキタイの遼、タングートの西夏、そして漢民族の宋。鼎立ですね。これを無理やり「宋が統一」ということにするのが中華史観で、中央以外はみーんな夷狄で考慮する必要はない。現実を直視したくなくて、必死に脳内武装したのが朱子学。このへんから動脈硬化が始まった。

著者によると漢人国家と遊牧民国家はまったく違う文化です。たとえば典型的な例が明でしょうか。せっかく可能性がありながら大艦隊を焼き捨て、内側に閉じこもってしまった。周囲の遊牧民国家を根拠なく蔑視し、自分だけ高く誇る。長城を築いて安心するのが漢人国家です。内向きの中央集権であり、専制国家。いまの中国もその延長上です。

対して遊牧民国家は外に開けています。常に移動する。宗教にも他民族にも寛容で、良いものはどんどん受け入れる。典型的なのは元ですね。ま、元を中国の国家といっていいかどうか、実際には大モンゴルの一部なんですけど。ちなみに遊牧民のトップは決して専制君主ではありません。一種の合議制。意外なことにあんがい平等で分権的なんです。

随、唐は完全に遊牧民国家でした。だから唐はあんなに拡大した。国境の概念があんまりなかったのかもしれない。また元は論外としても、清も巨大な版図です。清の皇帝は同時に、あんまり宣伝しなかったけど実はハーン(汗)でもあった。満州もモンゴルも西域もその先も、なんとなくのテリトリーだった。

したがって日本の学生が必死になって王朝変遷を丸暗記するのは滑稽。そう著者は言います。ラグビー場での攻防の様子を、たとえば固定した望遠鏡で眺めているようなものでしょうか。次から次へと望遠鏡の視野の中は入れ代わりますが、でもそれになんの意味があるのか。ずっーと五郎丸がいて、五郎丸が消えると次は外人選手で、それがリーチマイケルになった。でも望遠鏡から目を外してながめれば、何十人もの選手がただウロウロしているだけのことです。それが、中国視点からユーラシア視点への転換ということ。

ちなみにオルドス生まれの著者は、こうした中華思想、漢人中心の考え方がかなり嫌いなようです。ま、無理はないけど。


関係あるような、ないような。

以前読んだ中国の小説(というか体験記)。文革での下放で内モンゴルに行った青年とオオカミの本なんだけど、ここで大きなテーマのひとつになっているのが内モンゴル住民と開拓農民の確執でした。もちろん開拓民は権力がバックにあるから「正義」だし、内モンゴルの荒野を豊かな農地にしようと意欲をもって頑張っている。

で、現地の住民はそもそもが遊牧の民だから、何より大事なのは羊や馬。羊や馬は牧草を食べる。その牧草をせっせと食べるのが、ナントカいう名前のウサギとかモルモットの類。これは内モンゴル人の敵です。で、こうしたウサギなんかを好むのがオオカミ。

結果的にいうと、適切な数のオオカミは、現地牧畜民にとって味方なんですね。だからオオカミをあんまり敵対視しない。食べ物があればオオカミは悪さしません。

ところが中国から大挙してやってきた農民たちは、牧草地(彼らから見るとすごい無駄)をせっせと畑にしようと努力する。でもこのへんの表土は非常に薄くて、クワをいれるとすぐ乾燥してしまう。たちまち荒地になり、なかなか回復できない。おまけに農民はオオカミをみるとすぐ殺そうとする。人民軍も協力して、オオカミを退治する。巣穴の親子オオカミまで殺しつくす。

豊かだった草地が滅びていく。オオカミがいないのでウサギが繁栄する。草地はいっそう荒れる。場合によっては増えすぎて食料が足りなくなって、ウサギやモルモットが死滅する。飢えたオオカミは羊や馬を襲う。農民や人民軍が機関銃でオオカミを殲滅する。

こうして、内モンゴルの草原は中途半端な畑の廃墟と化します。食料を得られない農民たちはひたすら飢え、村を捨てます。牧草を失った現地人たちもまた飢える。中国の遠大な開発計画はこうして挫折するが、中央政府は決して失敗を認めない。

たぶん、いまでもこれが続いているんだと思います。


日本経済新聞出版社★★★
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夏の暑さのせいか、トシと老眼のせいか、とにかく本が読めない。今回も3週間かけてようやく最後のページまでたどりついた次第。他にも2冊借りてはいたけど、まったく手つかず。ダメですね。

さて、定番のトランプ本です。

少し前に読んだ「炎と怒り」が、善悪はともかく強烈なリダーシップのバノン(首席戦略官)の失脚あたりで終わっていたのに対し、こちらはもう少しあとのモラー特別検察官登場あたりまで。トランプ側の弁護士がモラーに探りをいろいろ入れたり、国務長官がこのところ意見の食い違いが目立っていたティラーソンからポンペオにかわったり。

書き手はボブ・ウッドワードなので、さすがに読みやすいです。きちんと頭に入る。(ちなみに「炎と怒り」のマイケル・ウォルフはまるでトップ屋ふうの文章でした。品がない。とっちらかっている)

で、内容は、そうですね。想像通り。トランプという男がいかにどうしようもないかということがわかる。幹部・側近の仕事の大部分は、大統領が軽率にバカをしないように気をくばり続けることです。政治や外交での失敗は、単に損するだけではすまない。それを大統領は理解していない。大変だ。

朝、執務室のテーブルに米韓自由貿易協定を破棄の大統領令が置いてある。こんなのにサインされたら大変々々と、側近はそーっと書類を盗みだします。通常なら大問題なのですが、トランプは書類がないことに気がつかない。完全に忘れる。で、数カ月たつとふと思い出して、大統領令を出すぞ!書類を用意しろ!とまたわめく。また誰かがその危険書類を捨てる。トランプは忘れる。

貿易赤字に対する固定観念はもう病気みたいです。赤字はいかん。赤字を避けるには関税を高くすればいい。非常にシンプル。閣僚や補佐官が、関税障壁はむしろ有害で国内企業が傷つくとどんなに説明しても理解できない。、

在韓米軍駐留がなぜ必要なのかも、ほんとうにわからない。韓国との関係とか地域安定がどう役に立つのかなんて考えない。とにかく金がかかるから引き上げろ!と言い出す。

金正恩とロケットマンうんぬんで口げんかのころには、駐留米軍の家族に退避を指示しようとした。正式命令ではなく、ツイッターでです。もし本当に家族引き上げ指示ツイッターが発信されたら、かなりの確率で金正恩は「次は直接攻撃か」と怯えたはずです。けっこうな確率で、やけっぱちの先制攻撃もありえた。

誰だったかな。幹部の一人のナントカ補佐官がガマンしきれず辞任を申し出る。わかった、仕方ない。で、後任は誰がいいと思う? うん、そうだなトムか。私もいいと思う。「この発表は金曜にと思うのですがいかがでしょう」 うん、そうだな。金曜に発表しよう。

で、そのナントカ補佐官が家に帰るころ、トランプがもうツイートしている。ジョンは辞任した。すばらしい男だった。次はトムになる。こっちはすごい奴だ。いい仕事ができるだろう。

ただしトランプには裏切ったという意識は皆無。金曜うんぬんなんて覚えていない。新任のトムにまだ話を通していないことも忘れている。トムも驚きますね。とにかく「自分が最初に発表」なんです。非常にいい気分。そういう人のようです。

そういう男が大統領の地位にいる。移民と関税障壁なしの貿易が大嫌い。会議とか枠組みも大嫌い。そして何回かゴルフをしてその「友人」と自称しているお人好しもいる。ん? お人好しではなく、百も承知なのかな。今回も売れ残りのトーモロコシ買って帰りましたが。


朝日出版社 ★★★★

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副題は「歴史を決めた交渉と日本の失敗」。「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」の続編ですかね。「それでも・・」は栄光学園の高校生相手の講義だったけど、今度は首都圏で高校生を一般募集。ジュンク堂の会議室かなんかに集まってもらった。少ないけど中学生もいるし高校教師もいる。ま、関心をもった人が参加したわけです。(一般高校といっても、実際にはほとんどが有名私立の精鋭です)

しかも単なる歴史講義ではなく、聴講生には資料を読み込むことも要求。なかなか大変な夏休みだったんでしょう。

テーマはおおきく三つ。リットン調査団、日独伊三国同盟、日米交渉

通説では
・リットンは厳しい調査結果を出した。それで松岡外相が席をたって、国連から脱退した。
・ドイツが連戦連勝。バスに乗り遅れるな・・・と焦って同盟をむすんだ。
・ABCDラインで包囲されたニッポン。しかも交渉の甲斐なくつきつけられたハルノート。もう開戦しかない。

で、加藤センセイの講義というか、最近の歴史学者の研究の結果としては

・リットン卿はいかにも英国人ふうの、かなり寛容な(かつ膨大で読むのが大変)リポートを出した。つまり、日本が面子を保ったまま満州・中国に一定の利権を確保する道を残してあった。しかし政府がゴタゴタして(あるいは目がくらんで)それを利用できなかった。

ついでに言えば、一時は蒋介石と妥協の道すらあった。(重慶の蒋介石も苦しかったわけです)。しかし日本はなぜか(蒋介石の敵である)汪兆銘の南京政府と手をむすんでしまった。最悪のタイミング。これで好機は猿。去る。

・三国同盟の意味は、バスに乗り遅れるな!ではなかった。そうではなく、戦争が終わったあと(当然、英国の敗北を予想)英国やオランダ、フランスなどの植民地・保護領を日本がスムーズに占有するためのものだった。つまり戦後の分け前を確保するための同盟。同盟を結んでいないと、戦後にドイツと獲得争いになる可能性がある。

したがって、この三国同盟の結果として対米戦争になる可能性なんて、まったく予想していなかった。事実、米国は戦争を徹底的に嫌っていた(ルーズベルトの公約)。

・ハルノート。国務長官コーデル・ハルはルーズベルトと同じで対日戦争を回避したいと考えていた。したがって日本につきつけたいわゆる「ハルノート」も、一見すると厳しい内容のようだが、いたるところに巧妙な逃げ道があった。つまり国内向けのパフォーマンスの意味が強かったんでしょうね。

だから日本にたいして全面禁輸なんてする気は皆無だったような模様。そんなルーズベルトとハルがチャーチルとの会談なんかで忙しくしている間に、強硬派(米国にももちろんいた)が淡々と事務手続ふうに禁輸措置。商務省だったかな、そのへんの連中です。大統領にとってもまさか・・・という事態だったようです。どうしようか・・と考えているうちに、独ソ戦。風向きが少しかわってきた。

同じく「全面禁輸」になるとは夢にも思っていなかった日本側は、簡単にいうと「全面禁輸にでもならない限り戦争はしないつもり」とかねて方針を決めてあった。その「方針」が身を縛る。けっして軍部もバカではなかったんですが、つまらない前提を入れてしまったのが運の尽き。

米国の強硬派からすると、これくらい圧力をかければ日本も頭を下げてくるだろう。そう思っていた。立場をかえると今の対韓国にも似ています。しかし、まさか絶望的になって戦いを始める連中がいるとは考えもしなかったらしい。頭を下げるくらいなら死のう!なんてそんなバカな。相手を理解していなかった。

こうした結果がパールパーバーです。そうそう。例の「米軍は暗号を解読していた」というストーリーですが、実は日本だって米側の暗号を70%だか80%だか読み取っていた。日本軍だって完全なアホではなかったんです。

ついでに。宣戦布告の遅れですが、これも「大使館の連中が寝坊したんで遅れた」という通説はウソ。絶対に間に合わないようなタイミングで大使館へ暗号文書を送っていた。あんまりアホ扱いしてはいけませんね。反対に米国から天皇宛の緊急文書は配達を遅らされて参謀本部のどこかで眠らされていた。どこかで 課長とか部長クラスが何かを考えてサボタージュする。そうした隠微で些細な手続き遅延が大きな結果にもなる。

とにかく、一般論として「耳に快い通説」はみーんなウソですね。ひたすら日本がいじめられたわけでもないし、英米がいじわるだったわけでもない。日本軍はずいぶん勝手をやったけれど、軍部だけが悪で政府が善というのとも違うし、国民はフェイクニュースにあおられて騒いだけれど、かれらが調子にのって騒いだから軍も背中を押された面がある。新聞もみんながほしがるニュースばっかり書いては煽っていた。

誰か、何かだけが特に悪かったわけではない。流れに抵抗した連中はたくさんいたけれども、なぜか流れの本流にすべてが向かってしまった。情報もたくさんあったけれども、その流れもあちこちで滞った。土壌風土そのものがいけないんでしょうね。あのときあれが・・・というチャンスはたくさんあったのに、でもダメだった。

いい本でした。

徳間書店 ★★★
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小難しい小説ではなく、一気呵成に読めてしまう本、「ひたすら面白い本」を書こうと決めたらしい。ま、そうやって書かれたのがこの小説で「これで直木賞を取ろうと思った」とか表紙のJ惹句にありました。ちなみに著者は他の作品で直木賞をもらっています。

徳間書店の本はめったに手にとらないけど、これはかなり良質な部類の面白本でしょうね。リストラされかかってはいるものの、とくに大きな不自由もなく堅実に暮らしている福岡のサラリーマン。せっせと仕出し弁当のパートをしている妻。鹿児島で歯科大へ通っている長男。長崎で看護学校に通っている長女。

ところがインフルエンザで寝込んでいるある日、東京の弁護士から電話がかかる。奥さんから「預かっているもの」をこれからどうするか。「もの」の中身はなんと46億円

とういことで、テーマは「お金と人生」「意外性」。「妻も子供も、表面とは違う顔を持っているのかもしれない」「常に真実が話されているとは限らない」「みかけとは違う動機や理由で人は行動している」。

シンプルなメルヘンふうのストーリーかと安心していると、次々に真実があらわれます。誰も信じられない。逆に、信じられないはずのものが善の顔を持っていたりもする。最後の結末は人によって好き嫌いがありそうですが、ま、なかなか楽しい小説でした。


講談社★★
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とちくるって借出し。井上ひさしの本はめったに借りません。

えーと、簡単にいうと東京四谷あたり。孤児院の子供たちが工夫して商品先物相場。何百億も稼ぐ。なぜ稼ぐかというと、自分たちの城、理想郷をつくるため。

ということで、独特のひさし節を我慢すればそこそこ読めるんですが、残念ながら未完でした。書かれたたのは1988年から89年にかけて。バブル時代ですね。小説中でもページを割いて先物相場の仕組みなんかを詳しく書いている。顔をしかめながら書いたんでしょうか。

中断して20年ほどで作者は亡くなり、もう続きを書くことはなくなった。その翌年あたりに講談社が刊行。

いちおう、最後まで読みましたが、やはりけっこう辛いです。単調というか大味というか。この感想、代表作(?)の吉里吉里人でも感じました。空虚な明るさとでもいうか。国語もの系なんかは割合好きなんですが、子供系とか地方方言ものなど、どうも苦手なものも多い。

ま、そういうことですが、読了はしたので一応メモを残す次第。


文藝春秋★★★★
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伊藤比呂美という人、詩人ですか。なんとなく名前は知っていましたが、読むのは初めて。

非常に元気なというか、エネルギッシュな本です。ん、少し違うか。少なくとも、読んで記憶に残る文章です。本人も「書いてるのは詩だ」と言っている。一文ごとに改行するのだけが詩ではない。といって、いわゆる「散文詩」でもないです。キラキラ光ってもいないし意味ありげに感動させるわけでもない。でもこの一冊は確かに「詩」ですね。きっと。

えーと、タイトル通り、切腹をいちおうのテーマとして書かれています。あとは鴎外への愛かな。非常に好きみたいで、鴎外の翻訳(青空文庫)をコピーして縦書きに直してペースト。ルビやなんかがメチャになるので、それを修正していく。当然ながら旧字やら異字がてんこもり。いちいちコードを探しては直す。大変な作業だわな。気が遠くなる。

そうやった結果、鴎外の文章を顕微鏡でながめるように眺めて、違和感が生じた。なんで「・・・だ」「・・・だ」と続いてその次の行だけ「・・・である」なのかとか。要するにあえて必要もなさそうなのに言葉のリズムがときどき変わる

これは漢詩のリズムだそうです。五言絶句なんかの押韻らしい。A-B-C-BとかA-A-B-Aとか。意識してそう訳したのか、それとも鴎外が自然に訳文を考えるとそうなってしまったのか。なんせ漢文、漢詩が幼い頃から体にしみついていた人だった。なるほど。我々ならつい五七五にしてしまうのと同じ。非常に面白かったです。

あとはまあ鴎外と女の話とか。チャラチャラして金髪のエリス(だったっけ)が主役とはとうてい思えないので、ほかに女がいたはずだ。もっとしっかりした意志のあるドイツ女。

で、本の後半は米国でツレアイを看取る話とか(すごい迫力)、阿部一族の話。そうそう、阿部一族で殉死の許しを得たナントカいう若い武士、腹を切る前に好きな酒を飲んで昼寝する。昼寝の時間が長くなり、老母と若い嫁がそろそろ起こそうというところ。鴎外の「阿部一族」では、けっこう泣ける場面なんですが、原典らしい「阿部茶事談」ではニュアンスが違って、老母も嫁もかなり冷たい。

長々と昼寝していると世間の目もある。どうせ腹切ると決まったからには早く切ってもらったほうがよかろう。ほんにそうですね。では起こしますか・・という感じ。この相違は面白いですね。こっちのほうが、いかにも「事実」という感じです。それを鴎外はオブラートに粉飾した。伊藤比呂美も「中傷とか噂とか、みんな傷ついて死ぬ。いやな本だ」という趣旨を書いています。確かに。


講談社 ★★
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この作家で読んだのは確か「天地明察」「光圀伝」、他にもあったでしょうか。みんな魅力があってそこそこは面白いんですが、傑作とまでは言い切れない。最初に読んだ「天地明察」はキャラクターがいい意味で軽くて、落語の世界みたいだった。ただしストーリーはかなり無理がある。「光圀伝」も猛獣伝説ふうでこれも味がありましたが、どうも最後まで「大義」「大義」「大義」と暑くるしく喚きっぱなしで疲れた。

今回の「戦の国」では「大義」の代りに「道をつくる」とか「自分の生を選択する」「戦の恍惚」とか、ま、そんなことがテーマなんでしょうね。道を整えても恍惚してもいいんですが、最初から最後までこれが出てくる。無理やり通した一本の棒なんでしょうか。荒いというか、設定が苦しい

そうそう。登場人物は戦国の6人です。織田信長、上杉謙信、明智光秀、大谷吉継、小早川秀秋、豊臣秀頼。それぞれ自分視点で話が展開する。みーんな「道」とか「燃焼」とか「戦い」とかにチョーこだわって、勝手に自分で納得して自滅。たとえば小早川秀秋は意外なことに冷静・賢明な青年武将だし、豊臣秀頼も人望があり状況をしっかり判断している。それなのにあえて死を選ぶ。なぜだ?と問いたいですね。そういう意味で、かなり頭でっかちの小説ばっかりです。

わけわからん感想ですね。はい。ヘンテコリンな本でした。


祥伝社★★★
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家康は東京湾に流れ込んでいた利根川を曲げて、銚子の北あたりへ持っていかせた。これによって湿地だらけの関東南部が乾き、田んぼも作れるし人も住めるようになった。ついでにどんどん丘を崩して浅瀬を埋立てて、江戸の拡張。

という経緯はいちおう知っていましたが、これって想像するだに難事業です。たしか伊奈ナニガシという人が奉行になったと何かの本で読んだ記憶がありますが、関ケ原の後のトラブルで福島正則に横車おされて詰め腹切らされたのもたしか伊奈ナニガシ。同じ人だったのかどうか()。

ということで゛この利根川東遷のあたりを書いた小説があると知って購入(珍しい)。門井慶喜という作家は初めてです。直木賞受賞者らしい。

「家康、江戸を建てる」は短編連作です。江戸開府のころの重要事件として「流れを変える」「金貨を延べる」「飲み水を引く」「石垣を積む」「天守を起こす」の5テーマ。タイトルで見当つきますが、利根川東遷、慶長小判の鋳造、神田上水、江戸城の石垣切り出し、千代田城白壁の天守。みんな江戸初期の超重要案件です。

利根川に次いでは神田上水もけっこう面白かったです。江戸はまともな井戸が掘れないので、はるか井の頭の池から水をひき、途中で堰をつくってそこから分配。そして水道橋のあたりで堀をわたる・・・というか、堀の上を渡したから水道橋ですね。途中から暗渠になり、四方八方毛細血管のように水を配給。

そもそもが高低差を利用して水を流している(しかもあまり高低差がない地形)ので、いったん下げてしまうとあとが続かなくなる道理なんですが、ちゃんと工夫がしてあった。いったん下がったあたりで中継地点の桝をおき、この深い桝に水を流し込んで水位をあげる。あがったところからまた水を流す。ローマの市内に噴水があって、水が吹き上がっていますが、あの原理ですね。逆サイホン。賢いです。ただし、そのためには導管がきっちり密閉されていないといけない。当時の日本にはそういう技術があった。

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そうそう。問題の利根川東遷はどうやったかというと、ひたすら気長な努力で、伊奈親子三代が家業としてこれを続けた。利根川を途中でとめて東の渡良瀬川に流し、それをさらに塞いで東の常陸川(鬼怒川の支流になるのかな)とあわせる。かなりいいかげんな表現ですが、ま、だいたいそんな感じ。実際には少しずつ少しずつ進めていく。気の遠くなるような大事業です。

ただし成功したからといってたいした報酬もなく、伊奈家は幕末期でたしか七千石級の旗本として遇されていたみたいです。平和時の技術官僚はあんまり評価されない。といってあんまり成功しすぎると大久保長安みたいな目にあうから、難しいです。

巻末の解説で本郷和人(テレビなんかにもよく顔を出す)は「そもそも頼朝はなぜ関東(源氏の基盤)にちかい伊豆に流されたのか。家康はなぜ関八州への転地を強いられたのか」というテーマをあげていました。それらの答えとして「当時の関東ってのは、とんでもない僻地・荒地だったから」と主張。関東が豊かな土地になるなんて、誰も予想しなかった。だから軽視して関東へ流した。というところから筆をおこしている。

家康の場合は合ってる気もするんですが、頼朝の伊豆はどうなんだろ。そりゃ伊豆は田舎だろうけど、近隣にはそこそこ豪族もいた気がするし、たとえば上総とか安房とか、それなりの力があったんじゃないだろうか。清盛をはじめとする平氏のトップ連中は坂東を実力以下に軽視していたのかもしれないです。

関ヶ原は伊奈昭綱という人でした。 通称は伊奈図書。有能な官吏だったようであちこちに名前が出ていて、上杉景勝への問罪使なんかもやってます。これを殺すことになったから正則は恨まれた。後で祟る。利根川東遷のほうの担当は伊奈忠次。その没後は忠治、忠克と続く。徳川家臣団には伊奈一族という有能なテクノクラート系譜があったような印象ですね。

大久保長安って人も、実像にかなり興味があるんですが、資料がないんだろうなあ。冤罪、陰謀の匂いがぷんぷんします。大久保一族に対する陰謀説とか岡本大八事件とか、非常に怪しい。

そうそう。肝心なことを書き忘れた。最近の流行か、非常に読みやすい文体とストーリー展開です。本屋大賞の系譜ですね。 あっというまに読了。本代が少しもったいない。


新潮社★★★
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読み残していた第2巻です。サラミス海戦でペルシャに大勝利し、アテネ黄金時代をきづいたテミストクレスは陶片追放され(ペルシャに逃げて厚遇された)、その後はペリクレスが主導しました。そしてペリクレスの歿後は混乱のデマゴーグ時代です。中心人物はアルキビアデス。長くいじいじ続いたデロス同盟のアテネと、ペロポネソス同盟スパルタの対立は、最終的にスパルタの勝利。アネテの時代はこれで終焉です。

ま、これだけのことなんですけどね。たぶん塩野さんが書きたかったテーマは「アテネの民主政治」だと思います。そもそも民主政治衆愚政治はどこが違うのか。これは難しいところで、どちらも主権は市民。あまり違いはない。だいたい本当に民衆の意向にばかり従っていたら、まっとうな政治運営なんてできるわけがない。

はい、「民衆」はいいかげんで、先を考えず、気持ちのいい言葉だけを好む。たとえば今の日本で消費税アップが本当に必要かどうか微妙ですが、過去の例からすると税金アップを強行した政府はたいてい潰れます。だから怖がって中途半端な軽減税率やらカード割引やら教育無償化やらを考える。

米国のコラムニストのボブ・グリーンだったかな。彼の父親は市の舗装整備かなんかを主張して市長にみごと当選。しかし実際に、市民に負担のかかる舗装工事を実行したらたちまちリコールされた。最初に賛同してくれた同じ市民が反対にまわった。舗装は欲しい。でも市民に負担をかけるような政策は困る。総論賛成各論反対。そういうもんなんでしょう。

アテネ民主制の黄金時代をきづいたペリクレスは、けっして「民主的」な人物ではありませんでした。出身からしてエリートです。そして汗くさい貧乏人は大嫌い。政治家ではあるけど、みんなと酒飲んだりご機嫌とったりするのも嫌い。自分勝手なことをいう市民たちを騙し騙し・・というか実に上手に誘導して、自分の思うような結論に導く。そうした軽業のような巧緻な話術を持っていた。だから形は民主制。実質は専制政治。これがうまくいった。

そしてペリクレスが死ぬと、その後はリーダーなき衆愚政です。次から次へとデマゴーグが煽動する。ポピュリズム。みんな口はたっしゃだけど、中身はない。アテネは混乱期にはいります。

そしてアルキビアデスが登場する。育ちがよくて大金持ちで、ものすごい美男子。すべてが魅力的。おまけに頭が切れて口がうまくて、戦争指揮も上手で、みんなに愛される派手な男。塩野さんもアルキビアデスに惚れてる気配がある。でもたぶん、何か足りないものがあったんでしょうね。節義とか、謙虚、たぶんそんな種類の特性。

優秀なリーダーさえいれば民主制アテネは機能します。失政続きで落ち込んでいたアテネ市民をたきつけ、シチリア遠征してシラクサ戦争をはじめる。戦争はうまくいきそうだったんだけど、いきなり(反対派の策動か)本国召還命令が届く。帰還すればたぶん死刑。大人しく従うようなタマじゃないので、するりと脱走した。当然ながらリーダーを欠いたシラクサ戦争はアテネの壊滅的な大敗北となりました。捕虜はほとんどが惨殺あるいはなぶり殺しにあった。

ちなみにアルキビアデスの亡命先はスパルタです。石頭の素朴なスパルタ人を味方につけるなんて朝飯前だったんでしょう。すぐに軍師みたいな位置について、やがてエーゲ海東海岸で大活躍。そのうちまた巧みな手品をつかって今度はアテネに輝かしい帰還・・・・したはずだったに、最後で失敗した。

で、以後のアテネは悲惨です。やることなすこと大失敗。戦に敗れ、スパルタに制圧され、アテネというポリスは実質的に消滅してしまった。

そうそう。本文中で塩野さんが面白いことを書いています。大雑把な主旨ですが「人々は決して戦争が嫌いなわけではない。ただ長引いて、しかも敗色濃いような戦争が嫌いなだけだ。だから一度の会戦で大勝利するような戦争なら大歓迎するし大好き」。簡単に勝つ戦争は好き。長引いて負ける戦争は嫌い。まったくその通りでしょうね。だから古今東西、乾坤一擲の短気決戦・大会戦の勝利者は英雄になれる。


集英社★★★
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泣かせの浅田次郎が筆をふるった短編集。というか、連続ものですね。暮れもおしせまった頃に収監の謎の白髪老囚人。六尺四方にしか聞こえないという「闇がたり」で、自分の半生を語る。この囚人、天切り松といわれた有名な泥棒で、ま、ネズミ小僧の現代版です。ちなみに「天切り」とは、大屋根の瓦を外して穴をあけ、座敷の奥深くから金品を盗み出すという超人技です。

明治の大親分、仕立屋銀次の子分だった目細の安(だったかな)のそのまた子分。大正昭和の頃の東京を舞台に痛快無比の大活躍。義賊が走る。ま、そんな趣向です。

とりあえず2冊を読んでみましたが、ただなんというか、少し若書きとでもいうか。浅田次郎だから面白いことは面白いんですけどね。ちょっと泣かせが弱い。義賊たちが少し自慢しいで鼻について、でしゃばり。よせばいいのにミエをきる。第二巻も三巻もすぐに読んでやろう・・というほどではないです。


朝日新聞出版 ★★
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副題は「習近平はいかに権力掌握を進めたか」。昨年の刊行です。

うーん、そうですね。読み終えた感想は「ま、予想通り」といった感じでしょうか。不満をいうと「意外性」「新事実」がほとんどなかった。共青同や上海閥がどうたらして、汚職撲滅運動の本質がどうで、ライバルだった誰がどうなって、忠臣のはずの誰それが見捨てられたとか・・・。

要するに太子党(革命功臣の二代目連中)とはいえ党の下積みから叩き上げた習近平は、省とか県の書記時代に知り合った連中を身近に引き上げてきた。それも「有能だから使う」というシンプルなものではなく、どれだけ自分に忠実で、しかも役にたつかという観点。

誰が出世して誰が出世しないか。ほんと運と才覚ですね。運でも才覚だけでも生きていけない。適当に習近平にゴマを擦る程度じゃだめで、やるなら徹底的に尽くさないといけない。滅私奉公。競争に失敗すれば左遷です。あるいは容疑きせられて(といっても事実やってるけど)逮捕。さすがに昔みたいに理不尽に追放=抹殺にはならない。

このままいくと、どうやら毛沢東・鄧小平に続く第三の独裁者になりそうな気配です。実質的には習近平王朝への道。ただし完全に成功するかどうかは、まだ不確定要素あり(個人的には、李克強首相がいつまで持つか。ひそかな興味をもっています。このまま第二の周恩来になるのか、なりはてるのか、それとも・・・)


PHP研究所 ★★
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これも書名通りの内容です。ま、ローマの歴史をザーッと概観したもの。こうした概観だと、かえってよく見える部分もありますね

たとえば軍人皇帝乱立でディオクレティアヌスが登場するまでのあたりは著者も「細かいことはどうでもいいです」と書いているくらい。さんざんゴタゴタしたあげくにディオクレティアヌスという皇帝が登場して、東西分裂につながる。

あまり深く考えず、ざーっと読んでそこそこ楽しめました。


毎日新聞出版 ★★★★
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なんとなく知ることの少ない戦争、第一次世界大戦の概説。良書です。

著者は歴史家ではなく、金融とか経済の専門家のようで、それあってか視点が斬新。非常にシンプルかつ坦々と広い視野から説明してくれます。たんなる戦史と勘違いしないように。

読了していろいろ目からウロコが落ちましたが、戦争の本質を「トルコ帝国のアジア側を西欧列強が再分割しようとしたもの」という意見の紹介は驚きでした。なるほど。

力を失った大帝国であるトルコの版図は、列強が押し合い引き合いする際の「分銅」として使われていた。ライオンと虎がケンカすると、劣勢な側は「じゃ、バルカン半島の東側をやるから許して」と差し出す。自分のものでもないんですけどね。そうやって勝負の景品のように使われてきたのがトルコ。

しかしヨーロッパ側(バルカンなど)の処理はとりあえず終了したので、いわば「余裕」や「遊び」がなくなった。で、列強は仕方なくナマの形で衝突せざるをえなくなり、それが第一次世界大戦。関心はアジア側に寄せられていて、このアジア・トルコの分捕り合戦を「中東問題」と称した。結果がサイクスピコとかバルフォア宣言とか。トルコにとってはえらい迷惑です。

要するにハプスブルグとサラエボがなんとかとか、ましてや皇太子を暗殺云々は単なるキッカケで瑣末なことらしい。当時、これが戦争になると思った人はほとんどいなかった。ましてやあんな長期の大戦争、総動員戦争になるとは、まったく予想外。なにしろ戦争勃発のニュースにもニューヨークの株式取引はほとんど反応しなかったらしい。みんなすぐ終わると思って、たかをくくっていたんですね。

感じたこと。

まずドイツ国民の多くは「負けた!」という実感に意外に乏しかった。膨大な数の兵士を失い、困窮もきわまっていたけど、少なくとも敵兵の侵攻をゆるさず、国土に攻め込まれていなかったし、軍部の宣伝も上手だった。その意外感、シコリが次の大戦につながる。絶対に払えない巨額の賠償を言い張ったフランスの責任もある(戦後、なんとか払える賠償金額をケインズが計算したけど、フランスの主張はその10倍以上だった)。

実際の所、ドイツがフランスを押し切って勝利を得る可能性も多少はあったらしい。ただドイツが思いこんでいたほどフランスは腰抜けではなかったということ。土壇場の土俵際でフランスは意外に頑張った

米国は最後の最後まで迷っていた。迷っていた米国の尻を叩いたのは(Uボートによるルシタニア号撃沈は当然ながら)実は日本の欲深行動も一因だったらしい。日本の中国進出やシベリア出兵がいかにも露骨で、米国の警戒感をあおった。しり馬に乗って美味しい思いをしようとする日本の行動はいかにも素人ふうで、とくに中国を刺激して深い恨みを買ってしまったことが後々まで響く。いわば周回遅れの帝国主義。日本は昔から外交オンチなんです。アベだけの責任ではない。

老獪な英仏、自信過剰のドイツ、途中で勝手に抜けた無責任なロシア。徹底的に迷惑こうむったトルコ。よせばいいのに地球の反対側で若者の血を流したオーストラリアとニュージーランド。なーんも深い事情を理解していない困ったちゃん米国。勘違いして儲けに走った日本。ま、そんな構図でしょうか。

また、大戦の直接の死亡者数より、スペイン風邪による死者のほうが圧倒的に多い。スペイン風邪(そもそもは米国発)は大量の米国兵士の渡欧とともに大流行し、軍から市民へ、市民から軍へ感染して世界中を吹き荒れた。流行は3回あって、その第2波でウィルスが一気に狂暴化したようです。大きい見積もりでは死者1億とも。


河出書房新社★★★
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河出の「大岡昇平」にて。短い「俘虜記」なんかを先に読んでしまって、そもそもの目的である「武蔵野夫人」はじっくりとりかかりました。正直、途中で止めようかと思ったけどようやく読了。

なるほど。そういう小説でしたか。なんといいますか、よろめき小説・姦通小説ともいえるし、心理小説でもある。作家が神の立場で、二組の夫婦と若い復員兵の心の動きをことこまかに説明するスタイル。いちおう悲劇的な結末ではあるんですが、あんまり深刻感はないです。

なんといっても大岡昇平ですから、武蔵野の「はけ」の地形描写が細かい。こっちが中心みたいな印象ですね。中央線の武蔵小金井から国分寺のあたり、線路の南側に野川という細かな流れがあって、その北と南ではガクンと標高がかわる。崖の連続です。いわゆる国分寺崖線。斜面からは所々で清冽な水が湧き出る。こういうところに広い敷地の家があり、主人公たちが住んでいる。

なかなか面白い小説でした。でもこういう本が当時のベストセラーになったというのは「はてな?」ですね。姦通ものではあるけど、まったく生々しくはない。抑制されていて品がある。ただし現代の感覚からすると、かなり七面倒くさい小説です。

そうそう。後半に二人が村山貯水池へ行き、台風にあってホテルに泊まるシーンがある。たぶん下の写真のことだと思うのですが、丸い屋根の取水塔の話があります。嬉しくなったので掲載します。

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河出書房新社★★★
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池澤夏樹個人編集の全集の一冊。

そもそも「武蔵野夫人」を読むために借りたんですが、比較的長いそっちはまだ時間がかかりそうなので、とりあえず手軽な後半部分だけ。後半は「俘虜記」「一寸法師後日譚」「黒髪」などです。

「俘虜記」というのは、いわば合本で「捉まるまで」「サンホセ野戦病院」「労働」などなど一連の短編の総称らしいです。知らんかった。フィリピン・ミンドロ島で俘虜になり、レイテ島に運ばれて収容所で暮らす。たしか「野火」というのもあって、こっちは昔に読んだような記憶あり。

で、その「俘虜記」。やはりいいですね。マラリアで死にかけている落後兵の前に、ひょこっとあらわれた若い米兵。撃つかどうか。右手は無意識に撃鉄を上げて()いたけど、だからといって殺す強い意志もない。撃ってもいいし、撃たなくてもいいし。ただしこの短編も大昔に読んだような気がする。何十年前ですか。完全に忘れています。

野戦病院とか収容所の記録もなかなかいいですね。ただしこれらをつい「実記」と思いたくなりますが、そうとは限りません。いかにも記録ふうの小説なのかもしれない。大岡昇平というのは、かなりクセの強い人の印象で、一筋縄ではいかない。ただしレイテ戦記」だけはさすがに小説とはいえないだろうなあ。

一寸法師後日譚」はそこそここ気の利いたおとぎ話。太宰の「御伽草子」にも似ていますね。「黒髪」は流れ流れる女の半生記。花柳小説とかいう分類らしいですが、それには少し違和感。坦々と書かれているようなのに余韻のある小編です。

(注) 撃鉄だったか遊底だったか、上げたか引いたか、このへんの記述は記憶が不正確。どうだったっけ。銃のことはよく知らない。

確認。「銃の安全装置をはずす」という表記でした。



新潮社★★★
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結果的に2巻をスキップして3巻に行ってしまった。はい、1巻はギリシャ民主政のはじまり。2巻はペリクレスのアテネとペロポネソス戦争かな。てっきり読んだような気がしてたんですが・・。

で、3巻は当然のことながらアレクサンドロスです。

スパルタってのはアテネに勝ったものの基本的に外交が素人感覚(毎年クジで5人の首脳を決めて合議)。ぐずぐずやってるうちに力をつけてきたテーベが巧妙な戦術でスパルタを破り、でも基礎体力不足(とくに人口)の小規模ポリスのためギリシャをまとめきる力がない。そしてはるか北の僻地から勃興したのがマケドニア。べらぼうに長い長槍をかかげた新陣形で勝ちまくる。ファランクスってのはマケドニアの言い方だったんですね。他のポリスでは「ホプリーテス」と称していた。

ファランクスの槍はあまりに長すぎて、そのままの形では持ち運びが無理。ふだんは2本に分けて運び、使用の際は中央をジョイントでつないだ。当然ながら重量もすごいので片腕では持てない。楯に通した左腕と自由な右手の2本で支えたらしい。へぇ・・・という新知識です。

そしてマケドニアは若い国王フィリッポスの指導の下、南下してギリシャのポリス連合軍を撃破するんんですが、その初陣から大活躍したのが息子のアレクサンドロス。18歳で最左翼の騎兵(予備)をまかされて「勝手に動くな」と厳命されていたのに、勝手に動いた。しかも勝手に動いて大成功してしまった。このアレクサンドロス、いつも勝手に動くんです。大人の言うことをきかない。叱ると気心しれた仲間をつれてプイッと家出してしまう。何回も。

やがてフィリッポスは暗殺される。この暗殺に息子のアレクサンドロスは関与していなかったようで、たぶん無実。しかし没後に膨大な借金が判明したりして、あとをついだアレクサンドロスも内情はなかなか大変だったらしい。

ま、それやこれや、父フィリッポスの方針を引き継いで対ペルシャ戦争開始。天才だったんでしょうね。騎兵を実に上手に運用した。おまけに運もべらぼうに良くて、大きな会戦を次々と大勝利。勝因の半分くらいはペルシャ王ダリウス(ダレイオス3世)がだらしなさすぎた気配もある。ダレイオス、まだ完全に負けたわけでもないのにすぐ逃げる癖があったらしい。王様が逃げると他の兵士も将軍もいっせいに逃げる。逃げると追い打ちくらうし、踏みつぶしやら将棋倒しやら。

大学の運動部のノリ」という趣旨のことを塩野さんも書いています。若いアレクサンドロスとその仲間たち。いけいけドンドン、常識外れのスピード重視で戦って連覇。しかしインダス川のほとりでついに部下たちが「もう帰ろう」と言い出す。このへんが限度だった。

アレクサンドロスが病に倒れてからは、なんとなく主立った将軍たちがそれぞれ独立したと思っていましたが、そうでもなかったようですね。後継者戦争(ディアドコイ戦争)は実に40年ほど続いた。最終的に残ったのがエジプト(プトレマイオス朝)とシリア(セレウコス朝)かな。塩野さんによるとこれはアレクサンドロス王国の「分裂」ではなく「分割」だそうで、それに共通するギリシャ・アジア混合文化が「ヘレニズム」。後の世に大きな影響を及ぼした。

ようするにアレクサンドロスって、あんまり資料がないようです。塩野さんはアレクサンドロスを愛しているようだし、これが最後の歴史長編として力もいれたようですが、その割りには与える感動が薄い印象。アレクサンドロスにあまり人間の匂いがしない。はい。これまでアレクサンドロスをテーマにした本、いろいろ読んできましたが、正直「これは良かった」というものにあったことがない。難しいんだろうな。

あとさきになってしまいましたが、次は巻2を探さないといけない。民主制の仮面をかぶった独裁によって大成功したアテネの話です。けっこう面白そう。


光文社★★★
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荻原浩にしては珍しく主人公は破壊力抜群の暴力団員。組がどんどん合理化・会社化・スマート化していくなかで、本人は旧タイプの粗暴派でおまけに酒浸り。衝動を抑えきれず、ついつい暴力をふるってしまう(しかも常にやりすぎ)。

読むにつれ時代背景もあきらかになってきます。どうやら二度目の原発事故があったらしい。テロリストに乗っ取られた航空機が原発に激突。日本はダメになりかかっている。よせばいいのに海外派遣の自衛隊はまた「武力衝突」してしまったらしい。暗い。

で若頭の指令で病院へ通う。タテマエはアルコール依存症治療なんだけど、はて、謎がある。実際には・・・・というのがストーリーです。

医師の診断では、主人公はどうやら「反社会性パーソナリティ障害」というものらしい。他人の気持ちがわからない。罪悪感がない。とりわけ「恐怖」という感覚がない。だから徹底的な暴力を躊躇なくふるえる。何をやっても怖くない。

病院で妙に明るい幼い少女とも知り合います。こっちはウィリアムズ症候群。主人公のちょうど正反対なのかな。楽観的すぎる。相手を信頼しすぎる。ようするにすごく「いい子」なんでしょうね。ただし心だけでなく肉体的にもいろいろ障害が出てくる。

こうして主人公は(治療のすえ)だんだん症状が緩和。人間らしくなってくる。相手の気持ちがわかってくる。そして生まれた幼い少女との新しい関係。そして・・・。

最終的にあきらかになる「巨大な陰謀」とかは、あまり面白くないですが、話がすすむにつれて、困ったタイプの暴力団員なのにだんだん共感が生まれてくる。このへんが不思議ですね。

そうそう。海馬はもちろん「かいば」と読みます。脳の奥深く、タツノオトシゴみたいな部分ですね。


中央公論新社★★
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新井素子という人は、昔から名前を知っていました。たしか高校時からSFを書いていたはずで、練馬在住で進学が立教だったかな、意識的なカマトト文体(主語は「あたし」)で、この点はあんまり好かん感じでしたが。

その後は「ぬいぐるみ」の話題とか、吾妻ひでおとの交換日記エッセイとか、ま、それなりに読んだ記憶もあります。

で、結婚してから夫婦で碁をやっていたらしい。例の「ヒカルの碁」に触発されて始めた。そういう人、多いですね。で、面白いというので日本棋院から頼まれて「週刊碁」にエッセー連載。以来ずーっと棋院の教室に通っている。現在は1級だそうです。

完全な初心者目線の読み物で、けっこう楽しく読めました。そうだよなあ。著者も強調しているけど、「初心者用!」と題した入門本、ちっとも易しくないのがほとんどです。プロや高段者になると、ド下手の気持ちがわからなくなる。というより、プロクラスの人って、そういう初心者段階をほとんど経験していない人が多いんですよね。ハッと気がついたらもう上達している。

sarusuberi.jpg別件ですが、タイトルの「サルスベリ」、意味がわかりませんでした。そうか、裾空きの形で対峙したときに、下からスルスルっと侵入してくる。あれがサルスベリ。なるほど。確かに初心者にとっては、対応が難しいです。うかつに咎めようとすると大幅に荒らされる。


早川書房★★★
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例のFIRE AND FURYの訳本です。訳書刊行が2018年2月。

なんとか最後までたどりつきましたが、読みにくい本ですね。訳文のせいも多少はあるでしょうが、内容はかなり品がないです。言葉が汚い。なにしろ暴露本です。おまけに登場する多数の人物群、富豪とかジャーナリストなんかでしょうが、日本人には馴染みのない名前がズラズラ出てきて閉口します。あくまで本来「米国人が米国人のために書いた本」です。

著者はフリーのジャーナリストらしく、ワイワイやっている選挙運動のさなかに雇われた。ホワイトハウス西棟に入ってからも、なんせプロ不在の素人集団なので、きちんとした取材ルールがない。何を取材してもいいとか、何は口外するなとか、決めようとする人もいなかった。

だれも注意しないので著者はこれ幸い、ホワイトハウスを自由に歩き回ってはいろいろ面白い話を聞く。当然、自由放任はせいぜい数カ月と思っていたら、いつまでたっても制止がかからない。誰も気がつかなかったんでしょうね。それでずーっとホワイトハウスをほっつきまわることができた。とくに不満をためていた中心人物のバノンは悪口、中傷、たっぷりしゃべってくれたらしい。

ザックリ言うと、トランプは尻めつれつの困ったオヤジです。確固たる自分の考えなんてゼロ。強烈な好き嫌いはあるけど知恵はない。活字は読まない。人の話も聞かない。すべて自分で決めたがる。女に関しては自制できない。特技は「忘却」で、自分の言ったことをすぐ忘れることができる。

フラフラ目移りするトランプをなだめたりすかしたりして引っ張っているのが、この集団で唯一戦略をもっている雄弁のバノンです。しかしそのバノンの天敵がイヴァンカとクシュナー。知りませんでしたが、基本的にイヴァンカ&クシュナー=ジャーヴァンカはリベラルなんだそうです。だから右翼バリバリのバノンと一緒に行動なんて無理なんですが、父親のトランプが大統領になった以上、そうも言っていられない。なんとかトランプの軌道を修正し、結果的にトランプファミリーに益をもたらす必要がある。はい。リベラルも大事ですが、いちばん大切なのは「ファミリーの利害」です。

というわけで、プロ不在の大混乱集団なのに権力だけはたっぷりある。ハイエナやキツネの群が利権を狙ってすりよってくる。混沌の中で主導権争いをしているのはバノンとジャーヴァンカ。どっちも汚い手を使うことに躊躇がなく、メディアに情報リークしたり中傷しまくったり。肝心のトランプ(影響されやすい)はそのたびに右をむいたり左をむいたり。

で、苦労しっぱなしなのが広報担当です。何か事件がおきる(というかトランプがまき起こす)たびに責任を問われて(あいつのせいだ。無能だ! FIRE!)首になる。したがって歴代の広報担当を列挙するとすごい数になるはずです。

この暴露本はモラー捜査官の任命、バノン失脚あたりで終わりになっています。しかし現実はこの後がもっとすごくて、更にどんどん首を切られたり辞任したり。外交面でもなにがなんだやら、右往左往。後書きにもありましたが、こんな暴露本を出版されても、トランプを支える岩盤支持層は微動だにしないでしょう。なにしろ彼らは本を読まない。反トランプのテレビニュースもみない。世の中、さして変化はないようです。


朝日新聞出版 ★★★
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安心印の荻原浩です。面白いにきまっている。この本、当然読んでいるはずと思っていましたが、意外なことに未読だった。

えーと、急に田舎暮らしをする家族の話です。転勤(左遷)で地方に飛ばされた中間管理職の父。ひよわ(と思い込んでいる)息子の健康を心配している母。仲間外れになりかかっている雰囲気の中学生の女の子。サッカーが下手なふつうの小学生の男の子。認知がかかった祖母。なぜか田舎暮らしにロマンチックな夢をもってしまった父は、よりによって築100年超の古民家を契約してしまう。

で、その古くて大きな家には、どうやら「座敷わらし」が居ついているらしい。座敷わらし、特に怪異というほどでもないし、けっこう不器用で可愛げのある存在です。

ま、そういうことです。それぞれの視点から座敷わらしを発見したり接触したり、遊んだり。最後まで座敷わらしの姿を見ることのできない人もいます。望んだらいつでも出没するわけでもないし、いつも見えるとは限らない。

そして男の子には男の子の、女の子には女の子の世界があり、悩みがあったり辛いことがあったり。もちろん夫にも妻にもいろいろ抱えている事情はあります。そうやって田舎の短い夏がすぎていく。

楽しく読みました。


山と溪谷社★★
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血迷って借出し。

大昔、まだ高校生のころにたまたま串田孫一の講演をきいた。面白いオジサンでした。でも単に面白いだけの人ではないだろうな・・とは、さすがに田舎のアホ高校生でも思った。

で、いまだによくわかりません。山を愛した人。感性の人。いいエッセイを書く人。水彩スケッチ。なんだか知らないけど、品のいい人。みんなに好かれた。

「アルプ」という山の文学誌みたいな本、ずーっと刊行し続けたみたいですね。で、没後、そのアルプ誌が特集号というか追悼号を出した。それを図書館で見つけて借り出して、なんとなくパラパラと読みました。

表現が非常に難しいですが、詩人の魂をもった知識人で山男で、欲がなく人品があり、行動的でもあり出すぎず、しっかり器用でおおきな手をもっていた。うーん、できすぎみたいな人です。

パラパラつまみ読みしかできませんでしたが、後味の良い本でした。


角川書店 ★★★
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貴志祐介はけっこうアタリの作家です。いろんなジャンルに手を出していて、ちょっと叙情性のある少年ものの「青の炎」、ブラックユーモア系の学園バイオレンス「悪の教典」、FSでは長大な「新世界より」とか。ただしアタリではない小説もときどきあって、今回の「ミステリークロック」もその類かな。

「ミステリークロック」には「ゆるやかな殺人」「鏡の国の殺人」「ミステリークロック」「コロッサスの鉤爪」の4編が収録。失敗作とは思いませんが、どれも密室殺人のカラクリが複雑すぎて、すんなり理解は難しい。真面目に追っていくと疲れます。

そうそう。最後に収録の「コロッサスの鉤爪」だけは割合とっつきやすかったかな。「ゆるやかな殺人」も要点が少なくて比較的スッキリした短編でした。

ちなみにミステリークロックとは、たとえば透明な円盤に針だけが浮かんで動くような、不思議な作りの時計のことです。内部構造が見当もつかない。傑作と称されるようなミステリークロックは非常に価値があって、ほとんど美術品。そういうもののようです。


文藝春秋 ★★★
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先月、半分読んだところで返却してしまいましたが、やはり気になったので再借出し。えーと、第二次大戦あたりからです。

戦後のニュルンベルクの軍事裁判、非常に画期的なものだったんですね。戦争に負けた国家の指導者に対して、個人的な責任を問う。これは当時として常識外れの概念でした。

たとえばあれだけ欧州を騒がせたナポレオンだって、戦争責任を問われてはいません。国家の責任を個人にかぶせるという考え方がそもそもなかった。だからナポレオンも有罪ではなかった。あくまで形式的にですが、エルバ島とかセントヘレナ島に「逗留していただく」という形だった。

だからゲーリングにしてもヨードルにしても、自分が裁判で有罪になるとは思っていなかった。ま、責任とって自殺するとか、殺される覚悟はあったでしょう。しかし英米から道義的に責められての絞首刑とは考えもしなかった。そんな権利があいつらにあるのか。

実際には、なかなか大変だったようで、米国にしても英国にしても、彼らを裁判にかけることが可能かどうか、あまり自信はなかった。しかしなんやかんや、いろいろ論議を重ねてようやく理論武装。できあがったのが「平和に対する罪」とかいう概念です。しかも事後、遡及的に断罪できることになった。というか、そうした。法の不遡及という大原則のひっくりかえし。

思い起こすと、1928年のパリ不戦条約を境目としてルールが変化したんですね。現在、国家は戦争する権利をもちません。また武力によって他国を獲得したりはできない。これが国際連合のルールです。だからもう戦争によって国土を拡張することは不可能。国境が確定してしまったんです。

国家と国家は戦争できない。それはけっこうなことなんですが、しかし現実には「国家といえないような国家」もある。こうした未成熟な国家は、対外的に戦争はしない代りに、国内でドンパチやる。内戦。宗教戦争。あるいは民族浄化。こうした「うちわの戦争」をなんとか制止させたいんですが、そのためには武力が必要になる。戦争をやめさせるために戦争をする。すごい矛盾です。

あるいは、平和の警察官であるはずの大国が、みずから率先して侵略したりもする。中国が南シナ海に飛行基地を作ったり、ロシアがウクライナからクリミアをかっさらったり。これ、どうすればいいのか。拒否権をもつ国家をどう処罰したらいいのか。おまけに世界の警察官だったはずの米国までもが、自分勝手なことをし始める。

混迷です。決して楽観はできない。しかしどんなに不十分であっても、この「新世界秩序」によって戦争や侵略が激減したのも事実で、強国が力にまかせていい思いをする「旧世界秩序」はもう戻ってきません。完全ではないにしろ、なんとかこの新ルールで工夫してやっていくしかない。

ま、そういう内容だったような気がします。面白い本でしたが地味でもあり、しっかり読むのは大変でした。ただし、くどいですが「逆転の大戦争史」というタイトルはひどすぎます

別件
文中のエピソードです。エジプトのナセル。暗殺者の銃弾8発をよけもせず、平然とかわした(運がよかった)。ついでに「オレを殺しても第二、第三のガマル・ナセルは出てくるぞ」とか大見栄をきったとか。これが男らしくて人気ふっとう。不動の地位をきずいた。

ついでですが、ムスリム同胞団の理論的リーダー、サイイブ・クトゥブという男をつかまえて無理やり絞首刑にしたのもナセル。これで過激派を押さえ込んだと思ったんでしょうが、結果的にクトゥブを殉教者にしてしまい、原理主義組織であるムスリム同胞団は支持層を拡大した。その影響下にビンラディンも誕生。またISも同じ系譜にあるらしい。


東京創元社 ★★
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本棚に転がっていたのを引っ張りだし。思ったより面白くて読み続けました。自分で買った記憶ありません。2000年の刊行だし、子供かな。

タイムトラベルもののSFだけど、設定が古いわりにはあんがい味がある。東京創元社の本って、そういうのが多いですよね。やけに(とくに昔は)誤植が多くてひどい訳が目立つけど、内容としてはけっこう良質だったり。

今回は、田舎の一軒家が実は時間旅行の中継点だったという設定。これってシマックあたりに同じのがなかったかな。ま、シマックがどんなストーリーだったかもう覚えていませんが、なんとなく同じような匂いがします。


文藝春秋★★★
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それにしてもひどいタイトルだなあ。表紙デザインも不可思議。文春の担当は何を考えてたのか。かなり責められていいです。こんな外見の本、想定読者のほとんどは手にとろうとも思わないでしょう。大損している。おまけに解説してもらった船橋洋一の名前に比重をかけていたり。なんかセンスが違う。

中身はかなりまっとうな「法的観点からみた戦争論」です。要するに「なぜ戦争では人を殺しても罰せられないのか」「なぜ宣戦布告が必要なのか」「なぜ国連は武力を行使できるのか」・・・といったような内容ですね。したがって著者二人も法律が専門の人らしい。

そもそもは17世紀初頭のグロティウスです。天才的なオランダの法学者ですが、実はこの人、オランダ東インド会社の弁護士でもあった。で、そのころマラッカ海峡あたりでオランダ商船が(真の動機はともかく)ポルトガルの商船を拿捕。膨大な財宝を確保した。オランダにとっても船長にとっても嬉しい出来事だったんですが、でもその行為が「正義である」と対外的に証明する必要にせまられた。なんせオランダはスペインとゴタゴタやってはいたけど、ポルトガルと正式に戦争していたわけでもないし。下手すると海賊行為です。

でまあいろいろあった末、結果的にグロティウスは「戦争中に敵国の船を沈めても殺しても、奪っても罪にはならない」という大論文を作成した。かなり無理筋ですが、オランダ船はそのとき「戦争」をしていたのだという理屈です。

しかしこれが論理的に「戦争に殺人罪や強盗罪は適用されない」というコンセンサスのバックボーンになった。ついでですが、当時の認識として、戦争中なら兵士以外の非戦闘員を殺すことも問題なし。強奪強姦も問題なし。領土を奪うのも当然です。戦争という言葉さえあればなんでもOKだったんですね。それをグロティウスが堂々と立証した。

面白いのは、なんでもありの「戦争」なんですが、たとえば経済封鎖とか、非戦闘の意地悪や仲間外れは違法。やっちゃいけない。堂々と物理的に戦争しろ! いまと逆です。

これが「旧世界秩序」です。当事国は両方とも「自分が正義」と主張する。正義の戦いなら、何をしてもいい。また下っぱ兵士は自分が正義の側かどうか判断する方法がないので、ま、とりあえず正義という立場で戦う。そうした兵士を罰するのはおかしいから、やはり兵士は何をしても無罪。で、勝ったほうは賠償金をとる。領土をもらう。当然です。戦後になってから「あの土地、返して!」はない。負けたのが悪い。

ペリーに脅されて、この「旧世界秩序」の仲間入りした日本です。勉強して、先輩の真似してせっせと頑張る。日清日露。しかし日本(ドイツ、イタリア) がせっせと頑張っているとき、世界の主流は変化していた。つまり悲惨な欧州大戦の反省として生まれた1928年のパリ不戦条約です。

180度の大変化。ルールがかわっていた。戦争は犯罪だ。物理力の行使はいけない。そのかわり経済封鎖するとか、みんなで仲間外れにするとかならOK。完全に逆ですね。ちなみに新規の侵略はいけないけど、過去の侵略は大目にみる。大国の植民地なんかはもちろんそのまま。ずるいけど獲ったもの勝ち。

そんなバカな・・・とタカをくくって従来路線をゴリゴリ突っ走ったのが満州事変とか国連脱退なんですが、予想外に世間の空気は冷たくて、ま、いろいろあって日本は孤立する。(ほんとは世界列強も日本の処置に困っていた。「新世界秩序」も一枚岩ではないし、さほど自信もなかったらしい)

・・・と、このあたりまで読んだところで返却期限がきた。うーん、読むのが遅くなったなあ。なかなか面白い本でしたが半分くらいしか読めなかった。また機会があったら借り出します。

面白い実例。第7騎兵隊がスー族を殺しまくったウンデット・ニー虐殺の直後、仲介におもむいた士官がスー族の若者に後ろから射殺された事件。殺人罪として裁判になったが「当時は戦争中だった」との認識から無罪になった。平和時なら殺人だが、戦争中なら単なる戦闘とみなされる。もしこれが「殺人」ということになると、直前のウンデット・ニー虐殺の指揮官もまた殺人の罪に問われなければならない。というわけで公式には「虐殺」ではなく「ウンデット・ニー戦争」の呼称。


原書房 ★★★
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同じ原書房から「王妃たちの最期の日々」とか「独裁者たちの最期の日々」という本があったらしく、ただし著者はそれぞれ別らしい。ま、いかにも食いつきそうなタイトルです。

この本で最初に出てくるのはシャルルマーニュ(カール大帝)。そこからズラズラと列挙して、最後はナポレオン3世。みんなフランスの王たちです。馴染みのあるのはやっぱしフランスの王で、英国ならまだしもですが、ジグムントとかヤン(ポーランドか)とか並べられてもイメージがわかない。

ということで通読。なるほど。ほとんど知らないことばっかりでした。シャルルマーニュの名前は多少知っていても、最後にどんな状況で死んだのかなんて、まったく知らない。槍試合で死んだアンリ2世のことは知っていても、槍先が刺さってからどんなふうに経過したのかは読んだ記憶がない。

あっ、関係ないけどアンリ2世ってのはカトリーヌ・ド・メディシスの亭主です。ついでにその愛妾が有名な魔美女ディアーヌ・ド・ポワチエ。シュノンソーの城主です。ずいぶん前に家内とロワール渓谷をふらふらしたとき、この城も見物しましたが、白くてきれいな城でしたね。たしか亭主が死んだあとディアーヌはカトリーヌに城を追されたんだったかな。

総じて言えるのは、王様の最後はたいてい惨めな雰囲気になる。死んだらすぐに解剖されてバラバラとか、心臓や骨が奪い合いになるとか。そして愛する者のために必死に書いた遺言書は、たいてい紛失してしまう。現代の某国政府に限らず、宮廷や役所の大事な書類はなぜか行方不明になるんです。

おまけに名医を集めたはずの侍医団はたいてい役にたたない。医者だって責任もつのが怖いから、危険な手術とか薬は投与したくないんです。よせばいいのに余計な浣腸とか瀉血とかやりすぎて体力なくして、苦しんで死ぬ。なかなか大変です。

そうそう。どうでもいい話ですが、ルイ18世(ルイ16世の弟。プロヴァンス伯です)は牡蠣のルイといわれたそうです。えらい大食漢で、亡命してベルギーだったかに着いた日に牡蠣を100コ、ぺろりと食った。その後も体重はべらぼうに増えて、晩年は数人ががりで運ぶのも大変だったらしい。体重が倍になった逸ノ城みたいなものかなと想像しています。

すべからく、あんまりスマートに亡くなった人はいません。ん? いたのかもしれないけど、そういうケースは後世に伝わらない。だいたい真面目に国家に尽くした王様ほど、国民には評判がよくない。地味はダメです。だから英国でいちばん国民に好かれた王様はたしかヘンリー8世。奥さんの首を斬りまくったけど、なんせ押し出しが立派で派手だったから好かれた。不公平なものですね。


anokoro.jpg 中央公論新社 ★★★★

けっこう数多く書いてる印象だったけど、落ち穂拾いみたいなこの「収録エッセイ集」も100本くらいはあるだろうか。なかなか分厚い本です。

一人娘の武田花さん編。死後に本は出すなという約束を破っての出版らしい。いけないんだろうけど、読者としてはやはり有り難い。武田泰淳の死後、本人的には「未亡人になって」から亡くなるまでが約16年ほど。その間にあちこちから頼まれて書いた雑文を花さんが選んだんでしょう。

楽しみながら読んでいたら、あっというまに期限がきてしまった。最近はこればっかり。結局、500ページ余りのうち半分しか読めませんでした。もったいない。

知らなかったこと。武田泰淳は肝臓に転移しての死だったらしい。富士日記だけではそのへんがモヤヤしていて、なんか急に亭主が原因不明、霞みたいに軽くなって消えたような印象しか残っていない。

書かれたものはみんな面白かったけど、戦後できた「世代」という同人誌と、その編集長をつとめた遠藤麟一朗という秀才については初聞。エンリン、よほどダンディな人だったらしい。腐ったようなパンプス履いて(たぶん)ドタドタ歩いていた百合子(神保町ランボオの貧乏ウェイトレス)を見るに耐えかねて、高い靴を買ってくれた話。美意識的にガマンできなかったんじゃないか、と本人は分析している。自分の給料の二カ月分と書いてあった。

原民喜だったか誰だったか。純粋そうな人に、たまに会うと「あんたはダメになった・・」と小さな声で叱られる。叱られると、確かにね、と本人も納得している気配で、このあたりの空気がなんとも楽しい。吉行淳之介たちの悪グループに誘われて百合子が逃げる話もいい。「毒牙にかかりたくないから」といわれた吉行はどんな顔をしたんだろう。

花さんによると「とにかく派手な女」だったそうです。また機会がきたら借り出しますか。


岩波書店 ★★★
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奥付を見ると2018年9月刊行。上下2巻。図書館が購入してからまだ誰も手を触れていないような雰囲気で、中央あたりのヒモしおり(スピン)がきれいに畳まれている。すこしトクをしたような気分です。

この著者は初めてです。カナダの作家。3部作シリーズの2作目らしい。一応は近未来のSF仕立てというか、ま、ファンタジーですが、オーウェルの「1984年」に似ている。ディストピアですね。

小説の舞台、多くの自然動物や家畜たちはほぼ絶滅して、その代わりDNA操作による合成動物が徘徊している。たとえばライオンと小羊をゴチャまぜにしたやつとか、人間の髪の毛を生やしたモ・ヘアという便利動物とか(たぶん植毛用)。人間に匹敵する知能をもった犬(危険)とか、賢い豚(怖い)とか。社会ぜんたいを巨大な科学カンパニーが支配し、カンパニーに勤務するエリート以外の一般下層民は、みんな汚物にまみれた暴力スラムで暮らす。

で、そうした科学万能享楽主義に抵抗する疑似キリスト教ふうのカルト教団もあり、スラムのビルの屋上で畑をつくって暮らしている。すべからく生命は奪いません。虫も殺しません。肉も食べません。ビーガン。生活に必要な物資はゴミ廃棄物を再利用して作ったりしている。ただ、絶対に食べないわけじゃなくて、ま、原則としてですね。たまに鳩のタマゴをいただくとかはいいんじゃないかな。

この清貧のカルト教団に、殺されそうになったヨレヨレの女が逃げ込んできます。そこからストーリーが始まる。かなりゴチャゴチャした内容だし、けっこう宗教臭もあるので、数十ページを我慢できるかどうかがカギかな。最後まで読み終えても、はて、傑作なのか駄作なのか、どうもよくわかりません。アーシュラ・K. ルグウィンの「オールウェイズ・カミング・ホーム」みたいな感じですね。魅力はあるけど、けっこう辟易する。

最後まで読めたんだから、面白いということになるのかな。

そうそう。「洪水」は、水ではなく、厄災の洪水です。つまり正体不明の疫病の襲来。少数をのぞいて、人類が滅亡してしまう。残った連中がどうなるのかはまだ不明。


白水社 ★★★
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以前に一回借りて、期限がきて途中返却。ちょっと悔しかったので返却してから数十分後に棚をみたら戻っていたため、再度の借出し。ま、読んでみたかったわけです。

少し前の連続テレビドラマ、ダウントンアビーの舞台は1900年代前半、大戦間の英国でした。だんだん貴族が力を失っていった時代ですね。で、この「おだまりローズ」もほぼ同時代。貴族の栄光に陰りがみえ、庶民が少しずつ自信を持ちだした時代です。たぶん。

そんな時代にヨークシャー出身(なぜかいつもヨークシャー!)、賢くて鼻っ柱の強い娘がメイド勤めをする。比較的世間体もいいし、うまくすると各地を旅行もできるってんで、貴婦人付きの女中を目指す。甲斐あって、アスター子爵夫人のメイドに採用。当時かなり有名な人だったらしいです。初めての女性下院議員。

子爵夫人、アメリカ人だったんですね。そして亭主もやはり金持ちのアメリカ人。そういえばカズオ・イシグロの「日の名残り」でも、アメリカ人のご主人に仕えていた。この時代、金満家のアメリカ人が英国に戻ってきて、貴族になったりすることが多かったんですかね。

ま、そういうわけで有名女性のメイドになったわけですが、このご主人は頭もいいし優しいときもあるけど、べらぼうに気が強い。しかもあんまり品はよくない。すぐ気がかわる。気まぐれ。メイドにとっては地獄の悪魔のような人です。しかしメイドのローズは負けない、ゆずらない、謝らない。なにしろヨークシャー生まれだから。

で、最後は「おだまりローズ」の鶴の一声。言われたらメイドは身分をわきまえてひきさがります。これを何回も何回もやっていると、だんだん好敵手のような関係になる。腐れ縁ともいいます。

という具合でなかなか面白かったんですが、やはりダメだった。半分ほど読んだところで期限がきました。さすがに次はすぐには借りません。そのうち気がむくかもしれませんが。

追記
気がつかなかったんですが「日の名残り」でもレディ・アスターが登場していたらしい。覚えてなかった。

中央公論新社★★★
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著者は元北海道新聞の人だそうです。たしか根室支局にもいたことがある。

で、まあタイトル通り、延々と続いた北方領土交渉の経緯ですね。日露(日ソ)とも、ひたすら政治にひっかきまわされてきた。うまく行きそうになっては失敗する。いつも複雑怪奇な思惑と権力闘争が背景にあった。

要するに「日本国民、庶民も政治家もメディアも、総じて北方領土になんか関心は薄かった」というのが結論なんでしょうか。「そんなことはない!」と怒る人は多いだろうけど、ほんとうはさして関心なんてない。心から気にしているのは根室あたりの住民、漁民、元島民だけ。

そうそう。自分自身のことをいうと、大昔に「戦争に負けたんだから当然」という意見を聞いたときのショックがまだ残っている。少年はずーっと「日本は正義でソ連は悪」と思い込んでいた。そうした気持ちに冷や水ぶっかけたのが「理不尽なのが戦争」という事実。正義や理屈でどうにもならないことを無理やり解決するのが戦争ですわな。確かに。

それとは別ですが、日本も戦後しばらくは「せめて2島」というのが本音だったらしい。2島だけならなんとか世界に胸はって「正義はニッポン」と言える。おまけに根室から出港した漁師がすぐ拿捕されるし。目と鼻の先(水晶島との中間線あたり)でつかまる、撃たれる。切実です。

で、ソ連と交渉して、ようやく2島返還を約束。そしたら米国が文句つける。当時の米ソ関係ですね。米国の子分としては、逆らうわけにはいかない。ここから4島一括返還論が通るようになった。その後も交渉がまとまりそうになると、事情でつぶれる。ソ連、ロシアは経済援助がほしい。日本は返還という実績がほしい。メンツの問題あるし、政敵もいるし、どっちも政治絡みです。

それにしてもちょっと前までウキウキしていたシンゾー、どうしたんでしょう。北方領土に関しても拉致問題に関しても、最近は妙に静かです。


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