Book.20の最近のブログ記事

検索をかけてみたら、今年は★★★★が1冊。ハズレ年です。

teiogodaigo.jpgその希少価値の一冊も村松剛の「帝王後醍醐」ですからね。香港貧困ぶりは推して知るべし。

このころで面白いのは「神皇正統記」の北畠親房(近藤正臣似)という公家さん。ま、例の(ゴクミ似の)北畠顕家の父親ですが、なんせ東国転戦中、ほとんど記憶だけで書いたらしいプロパガンダ本()。それを後になって水戸光圀あたりが掘り返して皇国史観。迷惑な話でもあり、訳のわからない話でもある。

なにしろこれは基本的に南朝擁護のストーリーです。で、光圀の時代はとうぜん北朝の系譜であり、北朝史観に幕府も立っている。その幕府に楯突くような言説を「副将軍」がなした。

おまけに幕末は頭に血ののぼった志士たちが、現天皇の正当性に文句つけた南朝史観の英雄をたてまつる。児島高徳だとか楠木正成だとか。なんか奇妙な話なんです。で、明治昭和の御世になってもそれが続く。(戦後生まれの自分でさえ、メンコ絵の定番は新田義貞とか源義経だった記憶あり)

不思議だなあ。ほんと、訳わかめ

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あとは★★★で「日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか」(矢部宏治)でしょうか。要するに戦後日本が不可思議な外交というか対米服従を継続して、現在に至る。

やはりこのあたりの元凶はアベの祖父ですかね。戦時内閣の商工大臣が不死鳥のように復権して、総理にまでのぼりつめる。おまけに日本の進路を決定する。それだけでも凄いのに、その負傷の 不詳の 不肖の孫が更にその路線を押し進める。不思議な国です。

これも★★★。荒俣宏の「日本まんが 第壱巻 第弐巻」も読んでよかったです。なんとなく綺麗なエピソードばっかりのトキワ荘とか、苦労人のはずの水木しげる、繊細なイメージもある松本零士。思い込みがみーんなひっくり返される。

あははは、と笑ってしまいました。

言い過ぎですね。「プロパガンダ本」ではないというとらえ方もあるらしい。いずれにしても摩訶不思議な一冊。
集英社★★★
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図書館の棚に6冊並んでいたので、そのうち4冊を借り出し。一 火眼 二 鳴動 三 虹暈 四 遠雷。全部にしなかったのは、さすがに重いし、飽きるかもと用心したためです。

えーと、北方謙三ってのは今まで「破軍の星しか読んでないかな。破軍の‥は16歳で陸奥守になって東北へいった北畠顕家です。いま再放送やってる30年前の「太平記」では後藤久美子が顕家をやって評判をとった。あっ、評判です。「名演だった」という意味では必ずしもありませんが、でもよくやった。可愛いかった。関係ないですが近藤正臣はこの頃から渋い演技をしてたんですね。

でまあ「チンギス紀」ですが、チンギスカンの出世物語を一本銚子調子で描いたものではないようです。一本調子でも文句はないんですが、やたら枝葉を伸ばしていろいろ書き込む。ジャンダラン(ジャダランのほうが一般的?)族のジャムカとか、トオリル・カンとか。メルキトのトクトアなんて孤独癖の族長も登場して、かなり魅力的に描かれています。

そうやっていろいろ書き込んで、それで膨大なページ数になるんでしょうね。この「チンギス紀」もたぶん「九」くらいは刊行してるようですが、はてどこまで進行しているのか。下手するとまだモンゴル統一もできないなかったりして。(

面白かったけど4巻読んだので、もうこのへんでオシマイにします。少し飽きた。ちなみに、まだテムジンは数千の兵を擁しているだけです。モンゴル族はまだバラバラ

「巻九」はどうもナイマン攻撃らしい。自信ないけどジャムカがまだ生きている。
顕家の奥州十七万騎についてはこちらでも書いてました。
チンギスカンについてワタシが知ってることはすべて井上靖の「蒼き狼がモトですね。名著と思います。


文芸社★★
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最後の瞽女については何冊かの本があるようです。たぶん、そのうちの一冊。

1900年の生まれと書かれていました。明治33年。きつい時代ですね。障害者への差別は半端じゃない。豊かな家なら離れとか土蔵で育てられたり。貧しければ、言うにはおよばず。外に出ればののしられる。石を投げられる。とくに田舎の子供は残酷です。

この小林ハルさんは豊かな農家の生まれらしく、目を悪くしてからは生母がきつく躾けた。理不尽に感じられるくらい厳しかったらしい。ただ、そのおかげで一人で生きる術を身につけた。自分を主張しない、口答えしない。ひたすら耐える。

瞽女になってからも周囲の大人、養女、係累、ひどい連中がいっぱいいた。その代わり、親切にしてくれる人もいた。唄をうたって三味線ひいて門付けして歩けば、盲目の女でもなんとか飢えをしのげた。たぶん、多少の貯えもつくれた。

ま、そうやって生きてきた。年取って廃業してから入った養老院でも、最初は必ずしも安穏ではなかったようです。意地悪な人間はどこにでもいる。でもそのうち周囲がだんだん暖かくなってくる。そしてふとしたことから「最後の瞽女」なんて呼ばれ、本を出版させられたりレコーディングされたり表彰されたり。最後は人間国宝

そういう人がいたんですね。晩年は105歳まで生きた。芸に感動して後継者も出現した。瞽女ではないけど瞽女唄をうたい継ぐ。

悲惨な内容でもあります。頻出する新潟弁もあって、決して読みやすい本ではなかったです。


実業之日本社 ★★
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うーん、先日の「将軍家康の女影武者」と同様、読み通すのがかなりつらい。最近の傾向なのかな。とりあげるべき武将がいなくなったとか。

主人公は鍋島直茂。龍造寺の重臣であり忠実な知恵袋。でも主人の隆信が戦死すると実質的なトップになってしまう。力もあったし要領もよく、秀吉、家康に気に入られ、結果として乗っ取った。ま、そういう人です。肥前佐賀藩の実質的な開祖。

ひたすら小さな戦闘の描写が続きます。なんせ気の荒い連中が多い九州です。やたら戦う。やたら裏切る。やたら殺す。戦闘がずーーーーっと続いて、最後のほうで急に惣無事令になって、朝鮮出兵があって、関ヶ原。

なんかなあ。あんまり傑作とはいえません。基本的には「慶長・元和大津波奥州相馬戦記」と同じような内容なんだけど、味が薄れた。コクがない。ようするに単調


岩波書店★★★
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前に読んだ「選集 1 2」の続きです。どうしてもというほどではないけれど、ま、読んで損するような本ではないし。

内容はわりあい最近分のエッセーですね。最近といっても、どれくらい前になるのか。再婚して、子供が生まれたせいか、家事とか育児に関してが多いです。

記憶に残ったのが下の子の夜泣きの話。恨みがあるかのように、泣く。わが子とはいえ、殺意が沸く。うんうん。そうだよな。時折問題になっている幼児相手の首ガクガクゆさぶり、もちろんしないけど、やりたい気になるのは理解できる。

その夜泣き、夫婦で話しあった結果、コミュニケーション不足が原因ではないかと推測。次男ということでつい話しかけをサボってしまっていた。

要するに嬰児は何か要求があるから泣くわけです。意思を伝えるのに、泣く以外の方法があることはこの子はまだ知らない。だからひたすら泣く。もっと親が話かける時間を増やしてみようか。 世の中にはコトバというものがあるんだよ。

そこで就寝前の1時間、たっぷり話しかける時間をとってみたそうです。その結果は・・・大成功。夜泣きがガクンと減った。ただ反比例して、独占から外された上の子の目つきが嫉妬で・・・というのがオチ。

ちなみに伊丹さんは非常に熱心に教育にあたった。何によらず熱中する人なんですね。たとえば家にあったプーさんの本、漢字にすべてルビをふったとか。すごい。

余計なことですが、自然食もこころがけた。前述の夜泣き嬰児にも豆乳をせっせと飲ませた。成人したその子の話では、ハンバークは納豆製だったし米は玄米だった。学校いくようになっても、弁当ご飯は茶色なのが当然と思っていた。玄米弁当は同級生に「腐ってる!」とからかわれた。ぐうぜん友達の家で食べた白いご飯はとても美味しかった。

そのうち伊丹が歯を悪くして、硬い玄米が噛めなくなった。やむなく白米専用の炊飯器も購入。子供はもちろん白いのを食べたし(おいしい)、抵抗してた「宮本さん」も、そのうち降参して白米ご飯になったそうです。

よかったよかった。


中央公論新社 ★★★
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図書館の本棚、習慣的に新作をチェックする奥田英朗のすぐ隣に、この奥泉光の著作が並んでいて、間違わないよう気をつけているうちに名前を覚えてしまった。

で、いつだったか、新聞にその奥泉光のエッセー掲載。パン作りの話だったかな。けっこうセンスが良かった気がして、それで再認識して借り出しました。なるべく厚めの本を選んだわけです。

えーと、最初のうちはなかなか良かったです。戦前の伯爵かなんかの娘。一般的な美人じゃないけど、ま、変わった魅力がある。怪しいというべきかな。しかも理系で、碁とか数学とか。そんなふうがわりな華族のお嬢様が、実はしたたかというか、怖いというか。おもしろいキャラクターでした。

で、小説の中身は、ま、人死にもあり謎だらけでもあり推理小説でしょうか。そういう仕立てです。ただほんとうに推理ものかというと違って、半村良みたいなドロドロ伝奇小説の匂いもある。少し無理している感じもあるけど、ドイツでの優良人種論争とか、天皇機関説排斥問題とか、二・二六にむかって騒然とした(あるいは意気軒昂たる)当時の雰囲気はよくわかる。

そういう「雰囲気」を味わうのなら、けっこうお薦めです。場合によっては、簡便な昭和世相史としても読めるかな。


岩波書店 ★★★
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伊丹十三の著作というと、ちょっと鼻にかけた偉そうなエッセーという記憶。スパゲッティの食べ方とかサラダの作りかた云々。日本がまだ三流国だったころ、西欧の洒落たアレコレ作法をスマートに紹介してくれた。面白いことは面白いけど、あんまり好かん。あいつのせいで日本中、えせ通人、半可通ばかりはびこってしまった()。

今回、選集があったので借り出しました。ザッと読んでみると、思い込みとはかなり印象が違います。スパゲッティの茹で方、料理の仕方なんて、実にまっとうでした。水たっぷりの鍋で茹でて、熱々のうちにとかしたバターにからませる。パルメザンをたっぷり放り込む。すぐ食べる。うんうん。嘘も誇張もない。

そりゃ確かに日本中の喫茶店はケチャップ絡みの柔らかいナポリタンばっかり作ってました。前の日にしっかり茹でて、ゴシゴシ水であらって(表面の柔らか部分を落とす)、冷蔵庫で寝かせると美味くなると喫茶店のマスターは言うておった()。でも伊丹が「アルデンテ」なんて言いだしてから、こんどは逆にかっこぶった店で、硬くて芯のある不味いスパゲッティがはびこった。戦犯です。

一頃の硬くて硬くて食べきれないような「本格讃岐うどんチェーン」と同じですね。実際にイタリアで食べるパスタは適度に柔らかいし、というか硬さなんか感じない。高松で食べるうどんだって硬くなんかないです。なぜあんなヘンテコリンなまがい物が通用したんだろ。

ま、そうはいっても、やはり伊丹の伊丹たるゆえん、偉そうではあります。そりゃ三つ星レストランの流儀はそうだろーよ。ワインの飲み方もそうだろうよ。グッチ壊して下駄の爪皮かい。ふん。

新発見は1巻前半の「天皇」とか「古代史」「戦争」などの収録部分でした。伊丹、けっこう長くドキュメンタリー番組のプロデューサやってたのね。で、つくった映像とは別にその聞き語りというか取材録を書き残した。これが独特のローカルな文体で、とぼけていて実にいい。面白いです。語りが上質な小説みたいな感じになっていて、ちょっと方向は違うけど宮本常一みたい。

映画を別にして、こんな部門にも才能を発揮していたのか。挿入された鉛筆画の挿絵もすごいです。

伊丹じゃなく大藪春彦と思うけど、当時はクルマの紹介なんかもすごかった。まだ覚えてます。「身をかがめた猛獣のようなフォルクスワーゲン・ビートル」とか。空冷ナントカ馬力の咆哮を聞け!とか。タフガイが乗っていた。時代です。

testevin.jpg このスパゲッティ洗い。当時の喫茶店講習スクールがそう教えてたんじゃないだろうか。

ワインの飲み方のページで、フランスなんかの有名レストランで酒番が胸元に平ったい金属の皿みたいなのをぶらさげている、という記述がありました。
あっ、知ってる知ってる。ワインの試飲カップ。調べてみたら、なるほどなるほど「testevin」という名前なのか。安っぽいペラペラのブリキみたいな皿ですが、これがけっこう錆びない。形状がなんとなく愛嬌あります。昔はそれを酒番、つまりソムリエがブラブラさせていたのか。


白水社★★★
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閻連科(エンレンカ /イエン リエンコー )は中国では(たぶんノーベル賞の莫言の次くらいに)著名な作家です。莫言と同じように、地にはいつくばって生きる農民を描いた作家です。政府にはかなり睨まれているけど、魯迅賞やらカフカ賞やら、いいろ受賞しています。

この人、ま、たいていは破天荒なヤブレカブレ小説で「愉楽」「炸裂志」などなど。そこにちょっと哀愁が加わった短編集が「黒い豚の毛、白い豚の毛」など。

そしていっそう静謐の度合いが増したのが、私小説ふうの「父を想う」。で、今回の「年月日」はこの延長線でしょうね。農民+飛躍のバイオレンス+過酷な静かさ。

太陽が数珠つなぎにのぼる千年に一度の日照り。村民はみんな避難。しかし村には一人残った老人と盲いた犬がいた。乾ききった大地にはオオカミが群をなし、無数の飢えたネズミが走り、とうもろこしの緑の小さな苗がある。

シンプルで短い小説です。


新潮社 ★
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近衛龍春はいちばん最初に「上杉三郎景虎」を読んでびっくり。こんな作家がいたんだ。

たしか次は「毛利は残った」、そして「南部は沈まず」だったかな。意外や意外という地味な部分を調べていて、面白い書き手だなあと記憶に残りました。ちなみに片方は関ケ原でボーッ傍観してしまった毛利輝元のその後。もうひとつは中央のことなど知ったことか・・と北の果てで周辺と争い続けた南部信直という田舎大名です。

あっ、そうそう「慶長・元和大津波奥州相馬戦記」も非常に良かった。伊達のノドに刺さったトゲみたいな存在であり続けた小領主・相馬のお話。大局を見る目はゼロだったけど、なぜか不思議に戦国を生き延びた。(ちなみに「大津波」はまったく本筋と無関係。売らんかな出版社の下手な宣伝戦略ですね)

という作家なんですが、この本はいけない。ま、影武者もつとめたという家康の側妾の一生なんですが、なんせほとんど家康年代記そのものをなぞっている。何も新しいものがない。よんで損した印象。だいだい著作リストをみると、やたら本を書きまくっているような気も。


東海大学出版部 ★★★
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戦後のブームを支えたマンガ家たちを、年代別にインタビュー。第壱巻は「先駆者たちの挑戦」。やなせたかし、ちばてつや、水野英子、水木しげる などなど。第弐巻は「男が燃えた!泣いた!笑った! 」で、さいとうたかお、松本零士などなど。

まさにマンガ史一覧です。面白かったし、知らないエピソードが非常に多かったんですが、それよりインタビューを受けたマンガ家たちがみーんなトシヨリになってること。

トシヨリというのは、たんにトシをとってるだけでなく、グチが多くなったり、我を張ったり、自慢コキになったりということです。それが面白い。

たとえばトキワ荘の女性1号として知られる水野英子なんかは、自分のマンガを本にしてくれる版元がなくなって苦労している。書きためているのに発表できない。ブツブツ。()

水木しげるなんてのも、ひたすらお金のことしか考えてないみたいな雰囲気。当然でしょうね。貸本時代はひたすら苦しかった。連載始まってからは苦労がなくなった。オレはうまく転換できた。うまくいった。ほんと、喜んでいる。夫婦そろって喜んでいる

松本零士はイメージと違って、スーパー野蛮人()。関門海峡を泳いで横断しようとしたり、ライフル持ってライオン追っかけたり、やりたい放題。
ライオン、本当は撃っちゃいけないけど、さすがに危険を感じた緊急事態なら発射できるルール。それを逆手にとってライオンを徴発、迫った。危険な雰囲気感じて賢いライオンは逃げた

そうそう。荒俣宏がマンガ家になろうとしていたとは知らなかった。ちなみに第参巻は里中満智子なんかの少女マンガらしいです。

水野って、予想外にマンガ開拓の功労者だったんですね。意外。彼女が敷いた道を、以後の女流がするすると通過していった感がある。
ちばてつやと正反対。ちばは描くのが遅くてほんと苦労したらしい。売れたけど、大変だった。苦労だった。野球を知らないから自由に魔球を創作できた。


朝日新聞出版★★★
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今年刊行したばかりの本。表紙がきれいで新しいのを借り出すと気分がいいですね。

アメリカは州ごとに見ると細かすぎてアヤフヤになるけど、それを大胆に10地域に分割してみる。そしてそれぞれの地域の地形、気候、人々、歴史、産業などなどを解説。面白い本でした。

たとえば東北部分。メイフラワー地域ですね。こまかく小さな州ばっかりだけど、存在価値はかなりあるらしい。WASP。そもそも後発で到着した(1620年頃?)ピルグリム・ファーザーズの末裔がなんであんなに威張っているのか。実はかなり不思議でした。

その答えは、どうやら連中が教育と出版を重視したかららしい。みんな聖書を読まないといけない。つまり文字を読めないといけない。牧師も育てないといけない。ようするに他の地域にくらべて「発信力=声が大きかった」ということでしょうか。先行した他の州の連中は儲けることに必死で、宣伝とか高邁な教育には関心なかった。

というわけでニューヨークとは別あつかいです。ニューヨークは商業・貿易の中心地。北の州とは性格が違う。とくにエリー湖とハドソン川をつなぐ運河ができて大発展した。

あとは何だったっけ。わりあい常識で理解できる分け方ですが、ロサンゼルスはサンフランシスコとは別扱いで、南の州の仲間になっている。このへんは意外でした。また、ハワイもけっして楽園ではなく、いろいろ大変らしい。

印象として、どこの州もあんまり芳しくないです。みーんな問題をかかえている。それでも総体としては、世界でいちばん豊か。

北米大陸に初めて上陸したのがメイフラワー号のピルグリム・ファーザーズ。日本ではそう信じている人、かなり多いと思います。


東京図書出版 ★
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ふと興味をもって借り出し。

うーん・・・難儀な本でした。事実がズラズラズラ・・・と書き出してある。まるで年表です。ヤマがないので、楽しくない。

たとえば山田長政のあたり。今のタイであるシャムで活躍した武将という知識はあり()、どんな人物、経緯だったのかと興味はありましたが、どうも詳細はわからなかった。当時のどこそこに日本人町があり、何年後には消えたとかは細かく書いてあるけど、はてはて。ま、そういう本のようです。勘違いした自分がアホだった。

だいたい、ビルマとかベトナムとかアユタヤとか、多くはカタカナで表記。せいぜい漢字も「交趾支那」ぐらいなのに、なぜか一国だけ「暹羅」のまま続く。著者の好みか。たぶん「シャム」だろうな、とは察しがついたけど、浅学にして「暹羅」という国名に自信はなかった。そのうち記述はいつのまにか「シャム」に変化していたけど。

ま、失敗でしたね。

山田長政
   けっこうな規模のサムライ傭兵隊の隊長。子供のころは「王になりそうだった」と読んだ記憶もあり。たしか毒殺されたんじゃなかったっけ。

新潮社 ★★★
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著者の「ろ」は王偏に各。「革命いまだ成らず」では勝手に「譚路美」と表記してしまいました。ごめんなさい。

で、表題の本。「愛した日本」というのは少し違うかな。でも魯迅も蒋介石も日本で学び、なにかにつけて何度も何度も本土と日本を往復しています。日本はすぐ近くにある先進国。遠い欧米へいくより日本の方が手軽で文化も近い。一時は数千人が留学していたらしい。そりゃ日清戦争で負けたのは悔しかったでしょうが、でも負けたのは「清」だともいえます。中国は負けていないぞ。

魯迅の場合は「藤野先生」という短編があるので、日本に留学したことは知っていました。また孫文と日本との関係もあるていどは知識がありました。でも蒋介石については、ほとんど皆無。

なるほど。蒋介石は長岡外史の下で二等兵として勤務していたことがある。もちろん近代的な軍事行動、軍運営について学ぶためです。しかし途中で故国から「革命成功!」の知らせを受けて(もう少し待てといわれていたのに)焦って脱走、帰国してしまった。せっかち

その当時の蒋介石、かなり平凡な男だったらしいです。勉強は嫌いだし、さして熱心でもない。とくに勇敢でも切れ者でもない。後年「あの男がねえ・・・」とみんなが意外に思ったらしい。孫文に仕えてからもとにかく功を焦っていた雰囲気がある。おまけに怒りっぽい。

というように、いろいろ面白いエピソードがいっぱいなんですが、個人的に興味をもったのは蒋介石の結婚遍歴。少なくとも3回、あるいはそれ以上。で、最後の宋美齢、なんとなく孫文との縁で再婚かと思っていたらこれが大間違い。(宋三姉妹。次女の慶齢は孫文夫人。三女の美齢は蒋介石と結婚)

譚ろ美に言わせると、宋美齢はそろそろ行き遅れの年齢にさしかかり、父親が焦っていた。おけにあんまり美人でもなかったし(たぶん気は強かった)。おまけに蒋介石には惚れて結婚した(何回目かの)妻がいたんだけど「別れてうちの美齢を妻にしてくれればたっぷり資金援助するぞ」と申し出があった。うーんと迷ったあげく、ついに決断したわけです。

で、無理やり離縁された古女房、後日、涙で腫れ上がった目で新聞を読むと「実はあれは妻ではなかったのです・・・」と蒋介石が談話を発表していた記事があったらしい。悪い男です。でもそのお蔭でお金がたっぷり入った。革命は成功。蒋介石は大出世。

本筋と関係ないですが、魯迅も女と肉親絡みではいろいろ苦労したみたいです。ちなみに弟の奥さんは日本人だった。いずれにせよ、男が勝手気ままにふるまっていた古い時代です。


集英社インターナショナル ★★★
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日本はなぜ基地と原発を止められないのか」の矢部宏治の本です。内容は、表題そのまま。

ま、想像した通りですが、要するに日本政府は(伝統的かつ致命的に)外交が下手というか、できないのね。島国だからでしょうか。

そもそもを考えれば天智の白村江の戦いからしてそうです。元寇もそう。問答無用で元の使者を切るってのは、外交でもなんでもない。頼山陽は「相模太郎、胆カメの如し」なんてオベンチャラいってますが。もっ後になると秀吉の能天気な朝鮮遠征ですか。

時間が足りなくて、実は最後まで読み通していません。したがって勝手な推測も入っていますが、理想憲法を作らせたものの朝鮮戦争で事情がガラリと変わり、マッカーサーはたぶん焦った。困ったことをしちゃった・・・と後悔。そこで登場したのがやり手のダレスで、日米安全保障条約の「生みの親」とか言われてるみたいですが海千山千。日本政府はみごとに騙された。いや、騙されたふりをしたのかな。

結果として、米国は日本を(いざとなれば)好きなようにできることになった。基地権の密約、指揮権の密約。指揮権ってのは、いざ戦争になると日本軍は米軍の指揮下に入るという意味です。で、日米お互いバレては困る都合のわるい部分は秘密会として覆ってしまい、まずまずお互い満足の形で終了した。そして与党自民党であっても、ほとんどの政治家はこのへんの深い事情を知らない。(だから鳩山の「知らなかった・・」という奇妙なコメントがでてくる)

ま、そういうことのようですね。そして問題は、以後数十年、政府も外務省も、誰もこの取り決めを根本解決しようとはしていないことでしょう。いや、岸の孫のアベがもっともっと悪い方向に動かしたのかな。ほんとになに考えてんだか。実に気分の悪い本でした。



文藝春秋 ★★★

12ninnoshinitai.jpgタイトルからはあまり期待していなかったのですが、予想外に面白かった。冲方丁という作家、ときどき外して悲惨なのもあるけど、おおむね読ませますね。

えーと、要するに事情をかかえた12人の子供(年齢も家庭環境もいろいろ)がとあるビルに集まって、みんなで自殺しようと計画する。一人じゃ寂しいし、なかなか決心がつかないわけです。みんなでやるんなら、いいか。

ところが予想外の事件がおきたり、意見の不一致がおきたり、なかなかスムーズに運ばない。ま、そういうお話です。

笑える部分も多く、そんなに深刻な内容でもないし、推理小説のような味もあり()、ま、良作なんでしょうね。そこそこ楽しめました。

読了後、めずらしくザーッと再読。ぱらぱらと詳細部分を確認したり。推理小説でもこんなことするのは珍しい。

文藝春秋 ★★
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江戸時代の歴史に埋もれた3つのパターンのストーリー。東北の街道筋の商人たちが、寂れた町を存続させるために密かに計画をたて、爪に火をともして銭を貯める。義民、義士ですね。

あるいは世俗を離れ、ひたすら無欲・純粋、学問と詩作に生きた男。すばらしい詩人でもあったらしいけど、書いたものを捨ててしまったんで、詳細不明。

そして幕末の京に生きた風変わり、規格外の尼僧。美人だっただけでなく文武百般、なんでもできた。ゆいいつ下手だった焼物も苦心しているうちに味が出てそれが人気となった。

「無欲」という言い方でいいのかどうか。ちょっと違うような気もします。無私、無欲、奉仕。衣食住、立身出世など個人的な欲望の否定。そんなところでしょうかね。江戸時代あたり、そうした生き方の理想象がたぶんあった。

ま、面白い本でした。あまり資料のない人たちだったらしく、発掘は大変だったようです。

追記
話のついいでに荻生徂徠「せこい男」であったことが紹介されています。非常に納得。落語の世界では長屋住まいをして豆腐屋をただ食いで泣かせたこと。また赤穂浪士の切腹処分を具申したんでも有名だったかな。それ以外はよく知らない学者です。


雑誌「Number」が将棋特集号「藤井聡太と将棋の天才。」を発売。中国なんかでは「碁はスポーツ」「棋士はアスリート」という感覚で、だから少し前のアジア競技大会では碁の部門も設けられた。とうぜん棋士たち対象のドーピング検査もあったそうです。というわけで、碁がスポーツなら将棋もスポーツ。「Number」が特集組んでも不思議じゃないですね。

で、発売当日にもう増刷を決めたらしい。それでも足りなくて、翌日にも増刷を決定。トータルで8万部をプラス。思ったより読者の関心があった。計算違い。

number1010.jpgそんな記事を読んで、すぐ本屋を見に行ったけど、もちろん在庫なし。他の本屋でも同様だったので、仕方なくアマゾンに頼みました。できれば実店舗で買いたかったんだけどな。

さすがに藤井聡太だけではもたないと踏んだのか「天才たち」の記事写真もふんだんに取り込んでありました。渡辺明や羽生善治は当然として、谷川浩司とか中村太地とか、珍しいことに里見香奈の記事もある。練馬の白瀧呉服店にも取材している。

記事を書いている将棋記者とかライターとか、ふだんとは筆致が少し違う。Tシャツだったのが急にワイシャツを着た感じ。中には季節外れのスーツを着込んでしまったライターもいて、笑ってしまう。はい。妙に格調高くって、空回りしている。有名誌で緊張したのかな。

そこそこ面白く、数時間は楽しめました。さすがに写真は綺麗です。


文藝春秋★★★
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この人の本なら間違いなく楽しめます。保証つき。

えーと、今回はハリウッドふうの仕立てです。心に小さな陰りをもつ売れないフリーライターが、本土から船便で1日はかかる南の島へ旅立つ。森の中で遭遇したのは想像を絶する巨大生物・・・。ね、ハリウッド活劇でしょ。

悪くないです。巨大生物もそれなりに理屈が通っている。こうした危機の可能性、現実にもゼロとはいいきれないでしょう。ただし小説のヒロインは若い娘ではなく、真っ黒に日焼けした(たぶん小柄な)中年女性。研究センターの準教授らしい。教授ではなく「準」であるのが心配り。

ちなみに、楽しめる小説ではありますが、虫の嫌いな人は読まないほうがいいかもしれない。かなり・・・・・・です。


イースト・プレス ★★★
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わけのわからない戦いなんですよね。時代は応仁の乱とほぼ同じ。応仁の乱もゴタゴタして経緯不明ですが、薔薇戦争も尻めつれつ。いや、支離滅裂。

ごく簡単にいえば王位継承をめぐってヨーク派とランカスター派、さらにはそれぞれの兄弟親戚同士が約30年にわたって、イングランド全土で戦った。ヨークもランカスターも、どっちもまあ王家の血筋です。すぐ決着がつきそうだったんですが、意外や意外で長引く。各地の有力貴族たちが次から次へと蜂起したり、裏切ったり、仲間についたり。結婚したり離婚したり。

面白かったのは、それまでの貴族や王家の戦い、大勢が決着すると「ごめん」と片方があやまる。片方が「もうやるなよ」といって、ちょっと罰金とったり領地を削ったりして終了。ま、そういうふうだった。伊達政宗とか織田信長が出てくる前の日本の戦国ですね。

とこがこの薔薇戦争、談合が通じなくなった。まけると本当に殺される。敗退後は即席裁判なんかで領地没収。なあなあじゃなくなったわけです。徹底戦。だから恨みが残る。それで消耗戦の末、薔薇戦争の後は各地の有力貴族が没落し、力が失われた。かくして絶対王政の誕生です。そのいちばん美味しい果実を得たのがヘンリー・テューダー。即位してヘンリー7世です。

このへんを舞台にしてジョセフィン・テイに「時の娘」という本があります。あれ、書評は書いてないか。この「貴族を拷問できないのは何故だろう」で少し触れていますが、非常に面白い推理小説だった。テーマはリチャード3世の無実証明。しかし数年前にリチャード3世の遺体が教会の駐車場かなんかで発掘されて、背骨の湾曲はデマじゃなくて事実とわかった。邪悪なリチャード3世説の一部が証明され、いっそう真実は藪の中です。

ちなみにリチャード3世の死骸はメチャクチャ粗末、侮辱的に扱われていたらしい。元イングランド王ではなく、犬豚も同然、憎まれた無頼漢の扱いですね。そういう時代になっていた。

蛇足ですが、リチャード3世というのは悪辣で醜い体型で邪悪の権化。シェークスピアが戯曲でそう決めてしまった。以後は世界の定番、常識。
もっと蛇足ですが、シェークスピアはエリザベス女王の御世の人です。ヘンリー7世の子が、王妃を殺しまくったヘンリー8世、その娘がエリザベス。リチャード3世は、いわば王室の敵だった男ですね。徳川時代の浄瑠璃作家が、光秀や秀吉を良く書くわけがない。

講談社★★★
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「政治の起源」(上巻 下巻)の続きです。面白いけど難解で、まともに読み続けるのが大変だった。今回もずいぶん時間がかかりました。

というわけで、内容をザッと要約するなんて不可能。西欧、アメリカ、中南米、アフリカ、東アジア・・・みーんな国家の姿と民主制の形が違う。歴史が違う、地理が違う、意識が違う、人が違う。

ケニアとタンザニア。我々にとっては同じような国家です。ではなぜ大きな相違が生じてしまったのか(そもそも相違があったのか?)。

そうそう。頭に残ったことですが、中南米が遅れてしまったのは宗主国(スペイン、ポルトガル)の絶対王政制がそのまま押しつけられたからです。この絶対王政、実はかなり危うくてもろいもので、ちっとも「絶対」ではなかった。王様の権威=税収システムは非常に弱かった。イージーに表現すれば、偉そうだけど見かけ倒し。

そういうわけで、本土から遠く離れた中南米では現地の白人やムラート連中が勝手に貴族化・豪族化してしまった。国家をささえる中間層がいないんですね。肌の白い(あるいは中間色の)エリート層と、せっせっと収奪される有色労働者層だけ。

一方でアフリカの場合は、宗主国がかかわりあいになる意欲がなく、手抜きをしてしまった。真面目に押しつけてこなかったらしい。あんまり関与すると面倒だから、現地の酋長やビッグマンに権威を委譲してどんどん勝手にやらせる。美味しいとこだけを本土が吸い取る。(この正反対のケースが英国のインドです。インドではしっかり関与し続けたもんで、最後まで面倒をみる羽目におちいった)

そういうわけで、サハラ以南のアフリカでは、ちいさな地域のビッグマンたちが権威を与えられてタケノコみたいに力を伸ばした。言語もバラバラ、意識もバラバラ。そんなところに国境線をひいて「国家を作れ」といったって無理です。「国家」という意識がそもそもない。ビッグマンたちにとっては「利益エリア」があるだけです。

つまりはヤクザの「シマ」です。ナントカ組から大統領が出ると、ナントカ組の連中がウハウハ喜ぶ。次に大統領が変わってカントカ組になると、前のナントカの連中はみーんなつぶされて消える。消えたくないから闘争がおきる。反乱がおきる。当然です。

というあたりが、なんなとなく頭の片隅に残りました。面白い話はいっぱいあったような気がするんだけど、いざ書こうとするとスルリと消える。ザッと通読しただけでは無理ですね。

まったく別の話ですが、こういう本を読んだあとにはポール・セローの「ダーク・スター・サファリ」 なんかを読み直したくなります。いい本でした。アフリカの現状が肌でわかる。

教育評論社 ★★
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労作なんでしょうけど、かなり読みにくい本。「資料」として考えればいいんでしょうね。

えーと。要するに漱石はけっこう高額所得者だった。高級官吏やそこそこ偉いさんの会社員なみです。おまけに株なんかもやってて、稼いでいた。しかし本人はそう思われるのが嫌いで、ずーっと金持ち嫌いで通していた。矛盾しているけど本心ではあるんでしょう。

時代としては作家なんてまったく食えないころです。読書人口がすくなかった。小説家の多くは買い取り(作家側が希望)。でも漱石は別格で、印税もずいぶん高く払ってもらえていた。高いところは30%。ただあくまで「猫」「坊ちゃん」なんか路線の、楽しく読める通俗小説家としてです。陰気でシリアスなのは、実は好かれなかった。

稼いでいたけど、もちろん使ってもいたわけです。で、死後は全集が売れて、家族はなかなか派手に投資したり使ったり、岩波との関係とか、ま、いろいろあったらしい。奥さんと弟子連中の確執は当然ですわな。お互いに悪口をいいあう。

というような内容でした。なるほどね・・・という次第。


中央公論社 ★★★★
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この前読んだのはいつだったか。同じ著者の「醒めた炎」(木戸孝允)なんかは何回も読んでいるんだけど、さすがに「後醍醐」は手ごわい。なかなか手が出ません。

コロナ隠棲で、イジイジと時間をかけて通読しました。うーん、この建武の新政(中興)って、どういう意味があったんだろ。ひたすら混乱が続き、民を痛めつけ、京を焼き払い、北も南も必死に戦い続ける。ほとんど何のために戦っているかも不明(たぶん)で戦い続ける。

おまけに北畠親房が「神皇正統記」なんていう宣伝本を(東国転戦中なので資料なし。ほとんど記憶だけ頼りに)書いて、それを後から余計なことに水戸光圀が掘り返して皇国史観なんてものができあがった。それが明治、昭和と多大な影響を与えています。はい、かなり悪いほうの影響。そもそも強引なプロパガンダですからね。 なにがなんでも神国ニッポン。南朝。軍神正成、児島高徳。

そもそもの原因を探すと、鎌倉幕府が腐りに腐って、もうどうにもならなくなっていた。鎌倉幕府って最初から仕組みがヘンテコリンだったんですね。このへん、いま再放送中の大河「太平記」をみるとよくわかります。鶴太郎似の高時が役にたたず、内管領の長崎円喜(フランキー堺)一族が勝手に仕切った。ほかの連署(児玉清とか)も力がなかった。大きくはその前、蒙古来襲の後にみんなに恩賞が払えなかったのが遠因。防御はしたけど、余分な土地が手にはいったわけじゃないですからね。日本国中、怨嗟の声だらけ。幕府は滅びるべくして滅びた。

将軍頼朝からしてそうですがみーんな妻の実家が強くて、常にゴタゴタして殺し合いがあって、血筋は三代で終わり。内訌が続き、あとは政子の実家やら、得宗やら内管領やら、実権を握る層がどんどん変化する。

それで「チャンス!」と謀叛したのが後醍醐。天皇にすれば「権力の回復」です。ま、こんな行動的な天皇は他にいませんね。育ちが悪くて(誰も注目しない位置。まるで井伊直弼だ)野心まんまん、やたら女には(父親の愛人だろうが叔母だろうが姪だろうが)手を出すし、ワガママで強引で、粘り強くておまけに薄情で高貴。みーんな振り回された。ついでですが天皇だけでなく、周囲の公家衆もみーんな勝手で情勢が読めなくて気位が高い。戦った武士たちはみんな苦労した。

後漢の光武帝がおこした「建武」は続きました。しかし後醍醐が強引にクーデターした「建武」はすぐグズグズになった。自分の代だけでなく子供の代、そのまた子の代・・・と60年間、迷惑をかけつづけた

ま、それにしても当時の公家さんたちが、実際に武器をとって戦ったというのがすごい。大塔宮護良親王なんて、実際はどんな人だったのやら。少なくともナヨナヨした色白じゃないですね。筋肉もりもりのマッチョ親王だったりして。ちなみにいまだに「モリナガ」なのか「モリヨシ」なのか、判然としません。

 書き出しがいきなり「大日本者神国也」 つまり神の国であると文句なしに規定している。これじゃ異論のだしようがない。
そういえば西尾幹二の「国民の歴史」。意外に論理的でもあり、面白い本だったんですが、やはり冒頭のあたりで「・・・だから選ばれた国である」という種の飛躍があったような。他がきっちりしていただけに惜しいなあと感じた記憶があります。
徳間書店★★★
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たぶん楽しく読めるだろうと思って、本棚から抜き出し。

三重県と奈良県の境目あたりにある、ま、たとえば神去村ですか。杉と檜の村です。麓あたりはスマホ電波も飛ばない。山頂まで上がるとなんとか通じる。

横浜あたりの無気力ぐーたら青年がそんな僻地に(騙されて)行くはめになる。就職する気も進学する気もないんで、親が無理やり林業研修みたいな形で仕事につかせた訳です。

20歳以下の若いものなんて一人もいない。ん、村の小学校の先生だけはまだ若いかな(おまけに美人だし)。子供も一人いる。あとは皆無。爺さん婆さんたちが「なあなあ」「なあなあ」とやっている。そんな山村で慣れない修行のいろいろ。指導役の兄貴分は山のエキスパート。短髪・金髪のゴリラみたいな男だし、神隠しはあるし山の神様はウロウロしているし、命知らずの危険祭りもあるし。ま、尋常じゃないです。そんな僻村の一年。いわば林業歳時記ですね。しをん版新日本風土記

いかにも・・という臭さはありますが、面白く読めました。林業入門、山暮らし入門類ですね。


新潮社 ★★★
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副題は「天才たちのカオスな日常」。

著者の奥さんが芸大の美術(美校)にいるので、いろいろ話を聞ける。面白いと思って何気なく編集者と雑談していたら、パクッとくいつかれた。それ、本にしよう。ま、そういう経緯でいろんな学生にインタビューさせてもらったらしい。

全員、ちょっと変わっている。オタクであったり、変質的であったり、奇妙に楽天的であったり。環境に恵まれていて、しかもみんな凄い才能のかたまりです。天才集団。年に数人は行方不明になる。いなくなっちゃうわけです。生きているのか死んでいるのか。何しているのか。誰も不思議には思わない。「天才」の部分だけ除外すれば、50年前の学生なんて、たいていそうだった気もするけど。

まったく浮世離れしているようでもあり、反対にピアノとかバイオリンなんかだと逆に自分をいかに売り出すかが非常に重要で、ものすごく世俗的。美校の教授と学生は友達みたいであり、音校はひたすら先生の教えに従う。邦楽なんかだとほとんど「師匠」と「弟子」です。

面白い本でした。秋にあるという学園祭(藝祭)、見てみたくなります。


新潮文庫★★★
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ときどき見ているブログの人が感想を書いていた。へぇー。これ、未読だなあ。

たまたま駅前で時間が余っていた折りに思い出して、本屋さんへ。吉村というとやはり文春ですかね。棚には5~6冊あったけど発見できず、隣の棚の講談社でもなく・・・はい、新潮文庫でした。なるほど。

江戸時代の難破ものですから、スラスラ読めます。とくに吉村昭は感情を出さない淡白な書き方なので、あまり抵抗がない。スーッと読み進める。

沖乗り船ではない小さな土佐の和船が、急な嵐にあって漂流。大きな木製のカジが壊れてしまうと和船はどうにもなりません。風で倒れそうになるので゛次は帆柱を切る。ここまでやったら船は丸坊主です。流されるだけ。自由はいっさいきかない。

こうしてたどりついたのが小笠原の鳥島。火山島、孤島です。水がない。緑もない。ただアホウドリが大量住み着いています。連中、食べ物は魚なんで、羽根をやすめる陸地があればそれで十分。葉っぱを食べるわけでもないし。

で、遭難者たちはアホなアホウドリを毎日殴り殺して食べる。雨水をタマゴの殻にためて飲む。洞窟をさがして住む。仲間が次々に死んで孤独になったころ、また違う難破船が漂着する。生活のノウハウを教えてあげる。逆に違う智恵を得る。そうやって、たしか13年経過した。

すごいですね。アホウドリの肉だけ(それも最初の数年は火をおこせず、生肉)。ときどき海草とか貝とか。それだけで生きていく。鳥の羽根を綴ってマントにする。

だんだん体が鳥臭くなる。アホなアホウドリも、少しずつ警戒して逃げたりしはじめる。アホウドリが北に渡ってしまった数カ月は、保存用の乾燥肉だけでしのぐ。辛いなあ。

ま、最終的には本国に帰るんですが(だから資料が残って、本を書けた)、こうした過酷な話を坦々と書くのは吉村昭の特徴でしょうね。最終的に郷里の土佐へ戻った主人公は「無人島」と呼ばれたそうです。墓にも「無人島野村長平」と彫られた。

井伏鱒二も同じ題材で小説を書いているようですが、10ページ程度で終わったらしい。たぶん、力尽きた。資料が少なすぎたのかな。


文春文庫★★★
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ふと本棚から抜き出し。いつ買った本なのか。副題は「織田水軍の将・九鬼嘉隆」。いわゆる九鬼水軍の棟梁ですね。海賊のおやぶん。信長が石山本願寺を包囲したとき、毛利の水軍がせっせと物資を寺に入れた。その輸送の流れを止めようと九鬼嘉隆が考案したといわれるのが、鉄甲船。

朝鮮水軍の亀甲船と同じであまり確かな資料は残っていないようですが、ま、そういう船を大阪湾の木津川口の戦いで使用したのは事実らしいです。で、村上水軍の小舟はこれに太刀打ちできなかった。得意の焼き討ち作戦が通じなかった。

いかにも海賊衆のお話らしく、テンポがよくて面白い本です。陸の論理・倫理とは違ったところで動いている海の武将の出世ストーリー。

論理・倫理ですが、たとえば難破して浜に打ち寄せた荷物。当時は沿岸の衆の分捕り品です。誰にはばかることはない拾い物。ま、その程度の知識はありましたが、実はそれどころではなかった。嵐の夜はみんなが松明もって浜近くの高所で振り回す。その火につられて(港があると勘違いして)船が近寄る。うまく岩礁にぶつかって難破すればすごいラッキー。大儲け。溺れた連中はかわいそうだが、流れついた荷は手にはいるし、壊れた舟板も利用できる。もっと沈め、どんどん難破しろ

ま、そういう世界観です。そういう小さな海賊溜りの親分が、近所の海賊連中と戦争する。周囲はみんなボーッと生きてるのに、この九鬼の連中だけはこすっからい。激しい。異物ですね。だから嫌われて、最終的に追い出される。

追い出されてから九鬼嘉隆は躍進中の信長に仕える。波長が合ったのかうまくいってとんとん出世。結果的に志摩一国をもらう。小さいですが国持大名です。

なかなか魅力的な人物なんですが、あわせて岳宏一郎の「群雲、関ヶ原へ」を読むともっと楽しいです。「群雲・・」で描かれた九鬼嘉隆も非常に面白いキャラで、色白で唇が赤くて、その唇の甘皮をむしるクセがある。目が猛禽類のように鋭い。気味の悪いタイプだろうなあ。工夫や細工が好きで、自己流の軍用飯盒を考案したりもする。で、やはり秀吉や家康とは波長が合わない。陸の農民の感覚ではなく、海の漁師の論理で生きているからですね。で、天下分け目の合戦。嘉隆は徳川方についた息子と戦う。そして最後は自刎

追記
ボーッと生きているという点では、近衛龍春の「慶長・元和大津波奥州相馬戦記」がぴったりの本です。小さい領主たちがいがみあって農閑期に戦争をしかける。適当に勝ったり負けたりするうちに誰かが仲裁にはいって決着。そろそろ農繁期だし、引き上げるか

こうした戦い方に革新をもたらしたのが伊達政宗。なあなあの論理が通じない。困った奴だったんでしょうね。志摩の九鬼というのも同じように、ちょっと尖っていた。で、それに輪をかけたのが信長ですか。こうした容赦ない異人種・異文化が戦国を終わらせた。

PHP研究所★★★
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「東大流」というのはコレコレの方式であると説明があった気がしますが、忘れた。たいして意味はないとと思います、たぶん。

ま、戦国・江戸時代のなんやかんやを易しく説明した本です。戦国時代はいつから始まったんですか、とか、武士はなぜ切腹するんですか、とか。もろもろ。

さほど目からウロコはなかったものの、大石内蔵助が改易になった浅野藩の資産を整理、最終的に残った数百両を管理していたとは初耳だった。使途をけっこう詳しく記録していた。なるほど。これで当時の物価がかなり詳細にわかるそうです。

半分ほどは主君の未亡人に渡したり、御家再興の運動費に使ったり。結果的にスッカラカンになった。たとえば一味の誰かをどこかへ連絡派遣するとなると、それだけで旅費がかかる。上方から江戸へ出るだけで、ざっと十両は必要だったそうです。

いよいよ覚悟を決めて、最終的にみんなで江戸へいく事にしたけど、うーん、数が多すぎて旅費が足りない。しかたなく、思い切って人数を絞るべく、無理やり辞退してもらった。絞ったその人数に江戸勤番の連中をいれてトータル四十七士。

江戸でも「槍がほしい」とか「着るものがない」とか、いろいろ頼まれる。内蔵助は自分の懐からもかなり出費したようで、やはりそうだったか・・と納得でした。祇園の一力で豪勇なんて、まず、無理。多少は遊んだかもしれませんが、たいして散財できたとは思えない。

この手の話、お金を事情を加味すると、急に夢がなくなります。でも加味することが大切なんですよね。

槍の値段が4両とありました。安い。まだ戦国の名残か、在庫がたくさんあったんでしょうね。


文芸春秋★★
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これも途中で返却。それでも4分の3くらいは読んだかな。維新の瓦解に直面した深層の姫君たち、30人くらいを紹介しています。

へーぇ?と思ったのは、たとえば将軍家から前田へ嫁いで赤門つくらせた溶姫。あんまり幸せそうではありません。前田にとっては厄介なお方だし、本人は本人でいろいろ不満があるし。難しいですね。

そうそう。松平春嶽の庶子であるお姫様。なんやかんやの果てに芸者に身をおとし、お雇い外国人であったフランス軍人と結婚した。生まれたのが市村羽左衛門。ま、養子に出されたわけですけど。

たしか薄田泣菫の「茶話」かなんかで知った記憶もある大スターですが、この十五世の羽左衛門というのはべらぼうな美男だった。白塗りの立役。里見弴がなにかで「天才を超えた天品」と褒めてるらしい。ようするにあまり才が感じられなかった?

ま、そういう本でした。具体的な内容はあるんですが、あんまり読んで惹かれるという本ではなかったです。少しありきたり。慶喜と年上のなんとか姫、実は心を通わせて・・・とか。凡庸。


講談社 ★★
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ふと気が向いて読み始めたけど、途中で挫折。いえ、挫折するほど酷かったというわけではないです。悪くはない。ただ読み続けるだけの意欲が、それほど多くなかった・・ということでしょうか。エネルギー不足

やはり一茶というと、藤沢周平の一茶が強烈すぎた。読んで何十年たってもその暗さのようなものがまだ記憶に残っています。暗さ、怨念、執念、どう表現していいのか。その周平一茶とついつい比べてしまうんですかね。

ともあれ、挫折。返すのがちょっと惜しい気もしましたが。しかたない。


河出書房新社★★★
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少し前から「維新の志士というのは、実は単なるテロリストだったんじゃないか」「幕府は役立たずで先の見えない連中ばっかりだったというのは嘘だ」」というたぐいの疑問・説をみかけるようになりました。

ま、当然ですわな。龍馬が小説みたいに快男児で、カッコよく生きたというのは、どうしたってマユツバの感がある。ついでに西郷隆盛ってのも、なんか正体がわからん。ほんとに敬天愛人の偉人だったのか・・・。

こうしたもっともな疑問に答える書です。といっても、著者がなにかを力説しているわけではない。そうした「新しい波」「最新の研究」を紹介している本です。「本を紹介している本」ですね。

ということでこっちも詳しくは書きませんが、なるほど、幕末や維新に関係するいわゆる「常識史観」「薩長史観」、たぶん90%以上が嘘。でっちあげ。

だれがでっちあげたかというと、もちろん明治の元勲たちです。都合のいいストーリーを流布させた。都合の悪い話は消した。そうした騙しの数々が、「開明の明治維新!」という(なんとなく晴れがましい)神話によってバイアスがかかり、みーんな疑わず信じた。今でも山口出身の嘘つき政治家が、「松陰先生」がどうとか、高杉晋作の「晋」だとか、無内容にいろいろ喚いてますね。

はい。そもそも「尊皇攘夷」なんて言葉はなかった。当時としては、そんなのは常識で、あえて言うほどのもんじゃなかった。「空気」ですね。更には「藩」とか「幕府」という言い方も幕末期にはなかったそうです。明治の一時期、「廃藩置県」が論議になった数年だけ通じた言葉だった。みーんな、だれかが後になって大声で言いだした。

なるほどね。よくまあ・・という一一冊でした。

そういえば「本が好き、悪口言うのはもっと好き」の高島俊男さんも、嘘歴史の根源は大河ドラマ司馬遼太郎と、もうひとつは何だったっけ。そうそう、日本外史だった。この3つが虚構の歴史観をつくった。高島さんにはまだまだ元気でいてほしい。


朝日新聞出版★★★
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副題が「森友・加計学園問題」スクープの現場、です。ま、そういう本です。

なかなか面白かったんですが、残念ながら前半の「森友」だけで期限がきてしまい、返却。

この総理というか政権。どうしようもないんでしょうね。トランプのミニチュア版みたいなもんで、どんな屁理屈でも曲がった論理でも、それを結果的に通してしまう。通ってしまう。有効に咎める方法がない。

昼のテレビなんかでは、顔の売れたベテラン記者が堂々と「桜も大事だが、国会がいつまでも桜にこだわっていていいのか」なんて主張をする。コロナウィルス問題が大切だから、総理や大臣が国会にばかり時間をとられていては困るんだそうです。ひぇー

そんな世の中になってしまいましたか。


平凡社 ★★★
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達者でちょっと俗っぽい部分もあわせもつ二人が、酒でも呑みながら他愛なくしゃべくっている。ま、そんな雰囲気の一冊です。中身はようするに「三国志演技」についてのアレコレ。

だいたい誰でも考えるようなことが多いです。曹操は好きなんだけど演技ではずいぶん叩かれて損してるとか、張飛は当然として関羽だってけっこう難のある奴だよねとか、それでも冒頭の桃の花の下、義兄弟の契りは泣けるとか。

どこかの講評サイトで「知識が浅い!」とかお叱りの意見もみましたが、オヤジが二人、適当にだべってるだけのことです。目をつり上げるものでもない。そういえば美女貂蝉。四大美人ともいわれているそうですが、たかが董卓を殺すために身を犠牲にしてしまうのはは惜しい・・・・はい「惜しい」というのがオヤジの困った感覚です。じゃどうすればいいんだというと、それは誌面じゃ無理。

談義は別として安野光雅の絵はやはりいいですね。何点か巻頭で紹介されていました。


河出書房新社 ★★
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何がテーマなのか、焦点の定まらない感じの本。途中で挫折。

唯一「へーっ・・」と感心したのは、首切り処刑というものの成功率。かなり低かった模様です。だからパリのサンソンなんてのが(きっと名人だったんでしょう。ムッシュ・ド・パリ)有名人になれた。

例のスコットランドのメアリー女王なんてのも、一回では首を切ってもらえず、数回かかった。かなり酷かった雰囲気です。ただ、こうした細かい部分を書くと「メアリーは勇敢かつ気高く死んだ・・」というきれいな雰囲気が壊れる。だから、あんまり書いたものがない。

ちなみに処刑人、あんまり手際が悪いと怒った観衆に襲われて殺されることもあった。命懸けだったんですね。もうひとつ、ちなみに。死刑囚は最後まで気高く、予定調和で死ぬことが期待された。神に祈って、短い演説ぶって従容と、なんかが理想。たまに見苦しく騒ぐ囚人がいると、ものすごいブーイング。下手すると群衆からリンチにあう。

死ぬときくらいは自由に・・とはいかないみたいです。


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