「生麦事件」 吉村昭

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新潮社 ★★★


namamugi.jpg吉村昭調で坦々と事実が述べられていく薩英戦争。広範な幕末だけどテーマが絞られているので、けっこう面白い。たとえば坂本龍馬なんてのは、あくまで添え物。中岡慎太郎を手伝って薩長の仲立ちをした、というようなマイナーな雰囲気で出て来るだけで、それはそれで、いい。

そういえば大仏さんの「天皇の世紀」でも、龍馬は添え物、判じ物で、「土佐の浪人・坂本良馬やらが大兵を従えて襲って来るらしい」という江戸側の視点からのみ叙述されていて新鮮だった。

それはともかく。吉村昭の歴史ものも少し飽きてきた。事実の羅列という方法論は説得力があっていいんだけど、すぐ「○○はそれを知って一層感激した」とか 「努力を惜しむまいと誓った」とか、綺麗すぎるきらいがある。二心ある人物とか、イヤな男とかは表面に出て来ない。ま、誰が二心男であったかなんて、通俗歴史小説でしか知りようがないんだけど。

表現が難しいなー。登場人物がみんなスッキリしている。単純。それがいいともいえるし、薄く感じるともいえるし。

今回始めて知ったのは、自船を英軍に乗っ取られた五代友厚と松木弘安が責任を恐れて、敵の英軍にかくまってもらったということ。ようするに遁走したのね。その後も関東であちこち逃げ回っていたらしい。薩摩藩は責任を追求する雰囲気じゃないよと知らされても信用せず、けっこう長期にわたって逃げていた。もちろん著者は事実だけを書くだけで、二人の人格を批評したりは一切していない。