「回天の門」 藤沢周平 

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文藝春秋 藤沢周平全集巻7 ★★


kaitennomon.jpg「雲奔る」と「回天の門」を収録した巻7。雲井龍雄には関心なかったので、回天の門だけ読了。

要するに清河八郎のお話です。策士とかほら吹きとか熱血の志士とか、毀誉褒貶激しい人ですが、ではいったい何をしたかというと新選組に絡んだ挿話でしょうね。幕閣をたばかって浪士を集め、京都までつれていって勤皇攘夷(本当は倒幕)のために働かせようとした。で、芹沢や近藤一派がここから分離して新選組誕生。

で、江戸に戻って横浜焼き討ちを謀り、いよいよというとき幕府の刺客の手で抹殺。通常は、以上お終いです。

前から疑問がありました。幕閣は何故清河を捕縛しないで、わざわざ暗殺したのか。たかが庄内藩の家来(実質は造り酒屋の長男。たぶん郷士という扱い)です。いかようにも料理できたはずなのに・・。

結局のところ、幕府の権威がとことん低落していたということのようです。清河というのは才能もあったんでしょうが天性のデマゴーグです。「薩摩が兵を率いて上坂するからみんな集まれ!」と全国に檄をとばして、実際、京に多数の浮浪志士を集合させてしまった実績がある。もちろん目論見は外れて天下の策士ということになってしまった。嘘かホントか知りませんが、おそれ多くも勅まで貰ったと称していたらしい。(※)

こういう人物を堂々と捕縛する度胸が当時の幕閣にはなかった。で、手っとり早いのは暗殺。なんかケチ臭い、嫌な処理の仕方ですね。

清河の女房という人も、その前の倒幕策謀露顕のさいにあおりを食らって逮捕されています。で、入牢はさせたけど決して取り調べはしない。だんだん牢内で体が弱ってくると死ぬのを恐れて(でしょう、多分)出牢させ、庄内藩の預かりにする。そして庄内藩預かりになった日、ボックリ死んでしまう。かなりの確率で庄内藩による毒殺です。阿吽の呼吸。おおやけには何もしていない。あくまで本人が病気で衰弱して死んだ形をとる。

幕府とか藩とか、幕末のこうした大きな組織の行動というのはひたすら陰湿で暗いです。

ついでに言えば、志士たちの行動もひどく粗野です。集まっちゃ大酒をくらって大騒ぎする。倒幕だ! 攘夷だ!と大声で喚きたてる。清河が組織した倒幕組織が密偵に露顕したキッカケは、志士の一人が興奮して庭の大きな木に切りつけ「大樹を斬ったぞ!」と喜んだから,という話を読んだ記憶もあります。それでいて誰にもバレていないと思い込んでいる。そして、気分の高揚の果てにすぐに死にます。壮絶に死にます。

大騒ぎするための資金は親元から送らせたり、豪商から強要したり、大藩から供与してもらったものです。まともな用途にも使ったでしょうが、かなりの部分が遊廓や酒席で消えたようです。不思議な時代だったんですね。良くも悪しくも膨大なエネルギーがあふれていた。清河という摩訶不思議な人物、こうした不思議な不思議な時代の申し子だったということなんでしょうか。

※ 勅
一応本人が代表して貰ったと思い込んでいたけど、これって浪士組が貰った内勅のことだったかな・・。ちょっと記憶があいまいです。なんせ、いい加減に読んでるから。