「血と砂」 ローズマリ・サトクリフ

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:
★★ 原書房

chitosuna.jpgサトクリフののもは時々読んでいます。たぶんジュブナイルという位置づけなんでしょうが、ちょっと収まり切れない作家です。

えーと、何でしたっけ、熊のアルトスとかいう英雄が主人公だった本。「落日の剣」か。他にもアーサー王絡みや滅びゆくケルトものはいろいろ読みました。けっこう情緒があるんですよね。

で、今回は舞台がアラビアです。副題は「愛と死のアラビア」。ひょっとしたら面白いかな・・と多少は期待したのですが、正直???でした。どうも「史実」に引っ張られてしまったような気配がある。

この小説のヒーローは実在した人のようです。アラビアのロレンスのほぼ100年前、スコットランド人の兵士がエジプト遠征軍に従軍して捕虜になる。で、理由は不明だけど命を助けられて、厚遇される。で、イスラムに帰依してめきめき才覚を発揮します。

この主人公トマス・キース、夜中に襲ってきた10人の暗殺団を単身撃退したというエピソードを持っているらしいです。猛烈に強いスコットランド野郎だったみたい。

ででで、この有能なスコットランド兵士はエジプトの総督だかパシャだか何だか、ま、要するにオスマンの指令下にはあるけど独立も画策している地方総督の若い息子と仲良くなる。「熱い友情」。どうして仲良くなったかは知りません。サトクリフもそのへんは詳しく書かない。詳しく書いてくれないので、なんか消化不良気味。

この時代の中近東は難しいですね。エジプトは例のマムルーク王朝の最後のあたりで(たぶん)、ナポレオンのエジプト・シリア遠征の時期です。エジプト軍の主体はアルバニア兵で、ベドウィン兵もたっぷり加わっている。で、エジプトのムハンマド・アリ総督はアラビア半島に侵攻してメッカ、メディナを占領しようとする。対抗するのはワッハーブ派のサウド。サウジアラビアの勢力ですね。もちろんオスマンの意図やら英仏のちょっかいもあって、実にややこしい。

それはともかく。こんな状況の中で豪遊夢想 豪勇無双の主人公は大活躍。みんなに好かれ、信頼されてあっというまにメディナの総督にまでなってしまいます。そして次なる戦いで壮絶に戦死。

ただ、少し色気がなくて寂しいですよね。サトクリフはきちんと女性も登場させます。「ここだけは創作」とサトクリフも言ってますが、途中、危ういところを救ってあげた良家の娘がいて、もちろん結婚。めでたく子を宿したんですが・・・・というふうなストーリーです。

ちなみにムハンマド・アリ総督(仲良くなった若者のオヤジです)ってのは、その後も活躍してエジプト近代化の父とも評価さているそうです。オスマンの支配下から脱出し、まがりなりにも近代エジプトの基礎を作った。そういう意味ではサウド王朝なんてのもこの当時から元気だったんだ。

知らないことが多いなあ・・と、こうした本を読むと思います。

サウド王国はこんな時点でもう成立していたのか・・と少し驚いたのですが、調べてみるとやはりこのあと興亡いろいろあったようです。現代のサウド王朝は第一次大戦前あたり、イブン・サウド(巨人です)が少人数の部下をつれて砂漠を突っ切ったリヤド侵攻で成立したみたいですね。