「オリンピックの身代金」 奥田英朗

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

★★★ 角川グループパブリッシング

olympic.jpg

牛の涎の長大平家でさすがに疲労したので、口直し。奥田英朗のものは安心して読めます。

内容は昭和39年、オリンピック開催に沸き返るニッポン。学生やらBG(いまのOLですね)、タレント志望のホステス、セクト、やくざなどなど、まだ若い(はず)の奥田センセが、よく調べ抜いて当時の空気を描いています。同時代を生きた人間からすると、ほんのちょっと違和感を感じる部分もあるけど、ま、無理いっちゃいけません。

蕎麦ときしめんの清水義範も、この頃を背景になんか青春ものみたいなのを書いてましたね。ビートルズがどうとかこうとか。なんという本だったか忘れました。そうそう、「リプレイ」という本もありました。ケン・グリムウッド。これも面白い本でした。しがない中年男が理由もなく、記憶も保ったまま、パラレルワールドの青春時代にタイムワープする。

で、本書。ストーリーは比較的単純で、出稼ぎ労働者の兄の死をきっかけに、貧しい地方出身のとある東大生がオリンピック建設の肉体労働者を経験し、たくましくなり、オリンピックを破壊しようと考える。国家権力、捜査一課と公安は必死になって隠密裏にテロを防ごうとする・・・。こんな事件が世間にバレてしまったら、国際的に信用を失ってしまいます。だからこっそり行動。

なかなか面白かったです。生っちろい学生が肉体労働をする。もちろん辛いものですが、この当時はそんなに不思議なことじゃなかった。なんといってもお金になるし、手っとり早い。わたしも多少はやりました。たしか夏場の北洋漁業のアルバイトもあって、これは通常の4~5倍の賃金がもらえる。かなり魅力でしたが、さすがに命が惜しくて乗らなかった。素人が北の海で舟から落ちたら、ま、絶対に死にますわな。

でも「肉体労働のほうがスッキリ単純で、気をつかわなくていいよな」なんて考える奴がいたら大間違いです。間違っちゃいけないよ。いやーな世界です。サラリーマンだって人間関係はややこしいし、無理難題を言う上司はいる。でも単純労働の世界、もっと酷いです。理屈にならない理屈、おまけにいきなり暴力が出てくる。嫌な奴の嫌な度合いもはるかに酷い。劣悪な連中がいっぱいいる。

てな具合で、この東大生、結果的にヤクザまがいの男に脅かされて、殺してしまいます。生殺しに生かしておくと、あとがやっかいなんです。でもたいして罪悪感もない。要するに底辺生活を経験して、すごーく逞しくなってしまったんですね。ヒロポンやったり、車両専門の老スリ(箱師)と仲良くなったり。

まだ悲惨だった地方と繁栄を目指す東京。いまの中国の奥地と海岸地域の対比みたいなもんでしょう。ついでに底辺社会とエリート社会の対比。それに異議申し立てをするために、象徴であるオリンピックをぶっこわす。

当時のニッポン、オリンピック成功にむけて一丸となって邁進してましたね。アジアで初めての開催。三流国がようやく世界に認めてもらえる。高速道路が伸び、新幹線、モノレール、豪華ホテル、巨大な競技場。三波春夫。これに反対する国民なんていなかった。もしいたら非国民。

小説の中でも、左翼セクトの連中が「いまオリンピックを妨害したら、国民の指示を失ってしまう」と言います。暴力団でさえも「オリンピック成功のためだ。しばらくは組員みんな東京を離れる」という方針を打ち出します。国家総動員。

そうやってニッポンは高度成長の道へ踏み出したんですね。中国を笑っちゃいけません。

(注) 嫌な奴の嫌な度合い
このへんは、吾妻ひでおの「失踪日記」なんかが詳しいです。ガス会社の下請け作業。壊れたような作業員がいっぱい登場する。