「東欧革命1989」 ヴィクター・セベスチェン

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★★★ 白水社

touou.jpg東欧革命とは、もちろん鉄のカーテンの東側、ワルシャワ機構の衛星6カ国が崩壊したパプニングのことです。当時の感覚としては、仮に解体がおきるとしても、まだ数十年先の話だろうという感じでした。なんとなくゴルバチョフとという一人の人物が勝手に騒いで突っ走った結果のように思い込んでいました。

分厚い本です。何センチあるのか厚みを測ってみたくなる。でもその割には、まあまあ読むのも苦になりません。著者はハンガリーのジャーナリストのようですね。したがって「研究書」ではなく「ドキュメンタリ」です。

意外だったこと。

・まずゴルバチョフは決してソ連帝国解体とか、共産主義否定論者ではなかったらしいこと。むしろ本人としては「正統派のレーニン主義者」だったようです。ソ連は本来のあるべき共産国家に立ち戻るべきだ。そのために改革、情報公開

・当時のソ連首脳部はみんなガチガチの保守保旧だったけど、年寄りになりすぎていた。それで、次の書記長を選ぼうという場になって、適当な人物がいない。たぶん消去法で、若くて頭の切れるゴルビーがトップに選ばれてしまった。やる気まんまん新勢力の台頭です。

・ゴルビー、もちろん賢いけどどうもたかをくくっていた気配がある。衛星国のことよりソ連が大事。なんせ国家にカネがない。ソ連の抜本建て直しだぁ。衛星国はいままでみたいに面倒をみなくても、彼らは彼らなりに考えて、ま、従来通りソ連にくっついてくるだろう。それほどバカでもないはず。

・当時の東欧諸国、例外なく経済的に末期状態だった。官僚主義、コチコチの計画経済のどんづまりですね。で、破綻しちゃ困るからに西側から膨大な借金をした。つまり、借金して国民に食料を供給したり、賃上げしたり。その場しのぎで国民の文句を封じ込めてたんでしょう。

・ただし経済の展望はまったくない。このままじゃどうにもならないことは承知していたけど、そこが閉鎖的・無責任態勢の官僚国家、なーんも決められなかった。どっかの国に似ています。優等生と思われていた東ドイツでさえ、内情は破産寸前の悲惨な状況だった。

・そんな貧乏国になぜ西側の金融筋が金を出したかといえば、もちろんソ連の存在です。いざとなればあいつらの親分が保証してくれるだろ、きっと。ソ連なら金はあるさ。

・しかしいちばん大きな問題点は、親分のソ連も同じような悲惨な状態だったことですね。そもそもが膨大な軍事予算に苦しんでいたし、特にアフガニスタン侵攻の失敗が響いていた。原油価格なんかも下がっていたんじゃないかな。(今のプーチンが原油価格高騰でウハウハなのと正反対)

・要するに、盟主であるソ連が貧乏な衛星国の面倒を見てあげられなくなっていた。資金源をなくした派閥の領袖。人のことなんかかまってる余裕はないぞ、ということ。もう知らんから、みんな責任もって好き勝手にしなさい。ソ連式モンロー主義。「マイ・ウェイ」のシナトラ・ドクトリンです。

・一昔前なら、チェコやハンガリーで反乱がおきれば、堂々たるソ連の戦車群が突入しました。あるいは、各国の秘密警察とか軍はソ連の後ろ楯を信じて、安心してデモを排除できました。しかしみーんな西側から借金しているような情勢では、どの国もあんまり無神経に乱暴するのがはばかられる。だんだん世間の「評判」というものを気にするようになったわけです。

・困難な情勢ですね。文句言う国民をあまり露骨に殺すわけにもいかない。強攻策をとりたいけど頼みの綱の親分のソ連があてにならない。「助けてくれ」とゴルビーに要請しても「出兵はしない。口も出さない。みんな大人でしょ。自分で考えてね」という返事。で、仕方なく各国、それぞれに考えて対策をとった。でもついぞ慣れない「ほんとうに自主的な決定」なので、ほころびと計算外の続出。

・ガラリと方針変更し、閉じこもったソ連。情勢の劇的な変化を信じられなくて、従来パターンの対応しかできなかった衛星国の首脳。なんか風向きが・・とおそるおそる動き出した国民。そうした細い々々流れが、なんかの拍子であっというまに(ほんの数日で)奔流になる。

・細かいことは覚えていませんが、東ドイツから続々と人々がハンガリー経由でオーストリアに脱出するシーンが当時のテレビで流れました。どういう理由でハンガリー・オーストリア国境に穴があいていたのか、そのへんはこの「東欧革命1989」を読んでも明確ではありません。乱暴に言うと、たまたまの偶然、成り行きというのが正解かもしれないです。

・偶然というのなら、ベルリンの壁の崩壊も、なんか偶然の要素が大きかったらしい。政府高官の言い間違いとか、意志の疎通がなかったとか。なんやかんや。最終的には警察や軍がやる気を失って、制圧に動かなくなったのが流れを決めた。

あらためて全体を追うと、なかなか面白かったです。終わったことではなく、これから近くのあの国でも起きうるシナリオかもしれない。