分列行進曲と抜刀隊

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:
ふとしたことでトルコの例の音楽、軍楽隊の耳につく旋律を聞いてしまった。最初は向田邦子の連続テレビ「阿修羅の如く」で聞いたのかな。メフテルというものらしいです。演奏しているのはCeddin Dedenという楽曲で、これも定番らしい。

最近にエルトゥールル号事件の何周年かがあったらしく、ネットには日土友好イベント絡みのメフテルがたくさん乗っています。演奏しているのはほとんどがジェッディン・デデンですね。他に曲はないのかというくらい。

でまあ、そんな演奏を見て面白がっていたら、成り行きで日本の自衛隊の軍楽隊(軍でいいのか?)になって、こっちは陸軍分列行進曲。やはり非常によく聞く曲です。コメント欄に「これは抜刀隊の歌だ」と書いてあって。え? 抜刀隊・・・。

分列行進曲と抜刀隊に関係があるとは知らんかった。

困ったときのWiki。ちょいとサラッてみると、要するに西南の役で予想外の白兵戦要員が必要になり、仕方なく抜刀隊を組織した。田原坂のあたりです。で、その後、明治15年になって東京帝大の外山正一が新体詩として抜刀隊の詩を発表した。そこにお雇いフランス人が曲をつけた。

そのへんは特に不思議でもないんですが歌詞が面白いですね。

 我は官軍 我敵は 天地容れざる朝敵ぞ
 敵の大将たる者は 古今無双の英雄で
 これに従う兵は 共に慄悍決死の士
 鬼神に恥じぬ勇あるも 天の許さぬ叛逆を
 起こしし者は昔より  栄えしためし有らざるぞ

なるほど。西郷は敵といえども古今無双の英雄なんです。賊軍兵士も慄悍(ひょうかん)で決死の士。おまけに鬼神に恥じない勇者。作詩の外山センセの個人的な考えかもしれませんが、そのまま通用したってことは社会全般、敵といえどもあっぱれ・・・という感覚だったんでしょうか。

でまあ、この抜刀隊を芯にして、ちょっと付け加えたのが陸軍分列行進曲。

まったく正反対の軍歌もあったよなあと調べてみたら、ありました。敵は幾万、ですね。
 敵は幾万ありとても
 すべて烏合の勢なるぞ

こっちはてんで反省がない。傲慢に決めつけている。わずかの間に時代が変化して、人間が不遜になった。敵に対する意識の推移。面白い検証になりそうです。

ということで調べてみましたが、ちょっと思惑と違った。「敵は幾万」は山田美妙の新体詩で明治19年に発表。うーん明治19年か。抜刀隊とたった4年の差しかない。さすがにそれでは時代の変化と言い切るには無理がありそうですね。単に外山正一が西郷を貶めたくなかっただけみたいです。ちょっと世間の雰囲気を読んで、忖度して、ヨイショしたのか。それとも西郷を好きだったとか。