「莫言」と一致するもの

「変」莫言

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★★★ 明石書店

change-bkg.jpg「変」はChageの意。今年になっての刊行ですね。受賞効果でいろいろ本がでるのが嬉しいです。

小説ではなく、一種の自伝。汚いガキの頃から今に至るまの半生です。書かれたことを事実そのままと受け止める必要はないでしょうが、かなり近いんじゃないか。少なくともその時々の心情は忠実のような気がします。薄くて大きな活字の本なので、ゆっくりじっくり読みました。

山東省の田舎の小学校時代、卓球の上手なちょっと可愛い女の子がいました。シズカちゃんです。ひそかにシズカちゃんに憧れているのがジャイアンです。ジャイアンは貧民の家庭で出自もいいし、勇気(蛮勇)もある。思い切りがいい。

それを見ている莫言は中農の出自という最悪のみっともない子。貧乏なスネオですね。先生に嫌われて学校を追い出されます。でも教室にこっそり舞い戻る。殴られても蹴られても教室にもぐりこむ。一方、乱暴なジャイアンはふとしたことで教室から出奔します。出奔する際には教科書を破り捨てる。勇気があるなあ・・とスネオは驚嘆します。

で、学歴のないスネオ莫言はあの手この手を使って、なんとか這い上がろうとする。ツテをたどって解放軍に入れてもらいます。暗い将来にデスペレートになりかかりながらも、結果的に小説を書いて名声とお金を得る。

ジャイアンはスネオ莫言から10元を脅し取って、その金を懐にして内モンゴルへ一旗あげに行きました。荒っぽいこともやり、先を読む小知恵と大胆で金をもうけます。

ジャイアンはお金持ちになりました。でももう奥さんがいたので子供時代の憧れの人、シズカちゃんとは結婚できません。「愛人になるか」と聞いたら、さすがにシズカちゃんに拒否されました。

スネオに対しても昔の友情を謝していろいろ奢ってやりました。でもスネオはあんまり感動してはいないようです。

シズカちゃんも最初の結婚で酷い目にあい、再婚でなんとか平凡な家庭をつくります。そしてある日、中年になった三段腹のシズカちゃんはあまり好きではないスネオ莫言のもとへお願いに来ます。なにしろ仕方ない、コネ社会。可愛い子供の将来のためです。そして世話になったお礼に1万元を出します

その1万元を・・・どうしたかは内緒。このへんがいかにも莫言です。

「天堂狂想歌」莫言

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★★★ 中央公論新社

tendow.jpg莫言の最新刊です、たぶん。ノーベル賞受賞で、あわてて刊行でしょうか。ただし執筆はかなり初期で、「赤い高粱」なんかの後にあたるらしい。

テーマは山東省のニンニク芽農民の暴動。鄧小平による改革のすこし後の出来事らしく、高値傾向のニンニク芽の生産を奨励した県が、いざ出荷の段階で買い入れを渋った。上手にやれば大問題にならなかったんでしょうが、役人連中も旧態依然で慣れていないし、当然のことながら私利私欲に走る。結果的に膨大なニンニク芽の売れ残りを抱えた農民たちが「買い入れろ!」と自然発生的に県庁を襲った。当時の中国にとってはショッキングな事件だったようです。

莫言にしては非常にストレートに描かれています。もちろん莫言らしく濃密な自然とか原初的な暴力とか愛とか、あっけなく訪れる無残な死が描かれますが、ちょっと遊びの要素が少ない。現実をなぞったため諧謔の出番が減ったということでしょうか。

「白檀の刑」の猫腔に似た歌うたいはいますが、こっちは盲目の民謡師で、当局に抵抗しつづけて抹殺されます。農村の因習的な暴力親爺、その妻、妊娠した娘、それを嫁にもらおうと必死の勇敢な若者、みーんな極度に貧しくて、みーんな死にます。

ちょっと悲しい小説ですね。腐ったニンニクの芽の悪臭が読後も漂います。胃の弱い人は読まない方がいいかもしれません。

別件ですがニンニクの芽、小さな中国料理店で食べたことがあります。汚い店でしたが店主が中国人で、初めて食べたのが「ニンニクの芽」の炒めもの、非常に美味しかったです。ただし食べたあとの臭いがすごい。会社に戻ったら同僚達が「どこかでガス漏れしてるぞ」と本気で騒ぎだしたくらい。

ラッシュアワーの電車の中ではひたすら口を閉じて、下を向いて帰りました。周囲の乗客の顔を見る勇気がなかった。

「透明な人参」 莫言

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★★★朝日出版社

bakugen2013.jpg「おっ、新刊か!」と借り出しましたが、もちろん違います。初期の頃の短編を集めたものらしく、副題に「莫言珠玉集」と謳っています。

表題にも使われている「透明な人参」。短編というより、中編に近いでしょうか。若いころのもの、たぶんデビュー作らしく、ストーリーとしては特に何もありませんが、キラキラと感性が光っています。ほとんど最初から最後までキラキラばっかり。黒ん子と呼ばれる自閉的な少年、田舎娘と石工の健康的な若いカップル、嫉妬に狂う片目の鍛冶屋らが織りなす一種のファンタジーです。

こういう文章はじっくり読むといいんだろうなあ・・と思いつつ、実際にはベッドサイドに置きっぱなしで就寝前に少しずつ読みました。頭がボケーっとしている状態で読むようなものではなかったですね。けっこうページをめくるのが大変だった。

小編ですが「お下げ髪」も、けっこう楽しめました。何といって不足のないはずの夫婦の生活が何故かうまくいかない。奥さんが不満をつのらせる。うるさい妻を黙らせようして、つい台所にあった茄子を奥さんの口につっこんでしまう。そしたら・・・ま、笑ってしまいます。


ちみなみにストックホルムでのノーベル賞受賞講演記録も掲載されています。これはよかった。莫言の創作の秘密がほとんどすべて語られています。

莫言 、もう言えん

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ノーベル文学賞の莫言ですが、英語圏では「Mo Yan」の表記なんですね。そのまま読むと「モ・ヤン」。Wikiでは「モー イェン」となっていました。

あはは。もう言えんですか。あんまりピッタリなんでちょっと笑ってしまいました。

莫言のノーベル賞

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莫言がノーベル文学賞をとりましたね。何年も前から候補と言われていたらしいことは知ってましたが、まさか本当に受賞するとは。少し意外でした。

bakugenlist.jpg何冊読んだかなあ・・と検索かけてみたら転生夢現」「白檀の刑」「赤い高粱」「蛙鳴」。「四十一炮」も途中まで読みました。図書館には「豊乳肥臀」もあったはずですが、ずーっと借り出し中らしく、このところ見かけたことがないです。

ノーベル賞に値するかどうかは人それぞれの評価があるでしょうけど、あらためて世界中に知られるようになったことは良かったですね。

ぎりぎり中国政府の政策の枠内ではありますが、でもけっこう批判すべきところは批判している。一人っ子政策批判なんかは、これ、大丈夫なのかな?と心配になるほど。ただし、それ以上は発言しない。つまり『これ以上は言う莫れ』ですか。

農民文学ともいえるし、土俗ユーモア小説ともいえる。幻想小説の要素も非常に濃いですね。そして前衛小説。登場する若いヒロインはみんな前向きで色っぽくてたくましいです。そうそう、欠かせない登場人物である犬もロバも牛も魅力的です。ヘンコテリンでおかしい本が嫌いでないなら、一読をお薦めします。

「蛙鳴」 莫 言

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★★★ 中央公論新社

amei.jpg比較的新しい本です。舞台はもちろん高密県東北郷。語り手は「オタマジャクシ」という劇作家希望の男ですが、ストーリーは新生中国の女医である伯母さん(万心)を中心に繰り広げられます。

「伯母」は共産国家に忠実な、芯まで赤い地方医です。賢く、行動力があり、そして悩みながらも冷酷である。情熱に燃えて1万人ちかくの嬰児を無事出産させ、そして一人っ子政策が開始されると数千人の胎児を情け容赦なく中絶させます。もちろん嫌がる男たちを問答無用で次々とパイプカット。

男の子を生みたい女、跡継ぎを欲しがる家族。それを取り締まる政府と医師たち。当然のことながら大騒ぎが始まり、血が流れ、悲劇が生まれます

莫言という人、こんなに正面きって一人っ子政策という問題と向き合ったんですね。もちろん莫言ふうにシッチャカメッチャカな展開ですが、でも中身はかなり真面目です。

でも「伯母さん」がかなり魅力ある人間に描かれているので、スイスイ読めます。

ところで本筋とは関係なく、個人的に意外だったのは文革中のエピソード。前から紅衛兵の吊るし上げで、蹴ったり殴ったり(その結果として死亡したり、自殺したり)は日常茶飯だったようですが、なぜか直接的に銃や刃物が使われたという記述を目にしたことがないし、強姦についても読んだことがない。

「結果的に死ぬのはしかたないが、積極的に殺してはいけない」というような雰囲気があったんでしょうか。殴るのはいいが、強姦はいけないとか。

ところがこの小説の中では、ドサクサに紛れて吊るし上げ相手を強姦する男の話が出てきます。やはりね、と納得。ただしその男(王脚だったかな)も、相手を妊娠させちゃいろいろマズイらしい。さいわい「伯母さん」の手でパイプカットされてたんで、安心して悪いことができた。

ここまではやってもいいが、ここから先はいけない。ナントカにも三分の理。

中国でこんな本が出版できるようになったんだ。

「赤い高粱」 莫言

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★★ 徳間書店

koryuan.jpg莫言の出世作である「赤い高粱一族」全5章です。収録されているのは徳間書店の古い全集(現代中国文学選集)で、その6巻に1章と2章、12巻に3.4.5章がおさめられています。なんか、ややこしい。つまり全5章とはいっても、完全な続き物という感覚ではないらしい。独立して、勝手に読んでもいいですよ、ということですかね。

初期の作品、まさか処女作ではないと思うけど、書き手がまだ若いので、ありとあらゆるシーンがてんこ盛りになっています。やり手の嫁、県庁のお役人、高粱の酒、残忍な処刑、外国兵(今回は日本、鬼子ですね)に対する反逆、動物軍団の攻撃と挫折などなど。

時代的には抗日戦線の頃、国民党系、八路系、たんなる盗賊系、日本系などなどがゴチャゴチャ入り混じって大騒ぎ、殺しあっているあたりですね。

みーんな後の作品でもっとしっかり練り上げられるようになるエピソードやテーマです。よく「処女作にはすべてが入っている」とかいいますが、まったくそのとおり。

悪くはなかったですが、やはり書き手がまだ円熟の域に達しておらず性急なせいか、けっこうゴツゴツして青い、荒いですね。かなり疲れました。

そうそう。この選集の訳者、巻末で莫言に苦言を呈している。業病に対する配慮がないとかなんとか。まったくその通りではありますが、巻末で作者に文句を言う訳者ってのも珍しいです。そもそもハチャメチャでグロ全開の莫言ですからね。「いやなら訳さなきゃいいじゃないか」と言いたくなります。

「白檀の刑」 莫言

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★★★★ 中央公論新社

byakudan.jpgすっかり気に入ってしまった莫言の(私にとって)2冊目。

いいですねぇ。清朝末の主任処刑人、出世コースに乗っていたはずの地方県知事、妖艶にして誠実な犬肉料理マダムである若妻。ついでに袁世凱(なぜか本性はスッポンだそうで、笑った)などなど。

舞台は当然のことながら山東省高密県。一種の自然発生民謡ともいうべき(京劇を連想しました)猫腔の哀切な調子に乗って劇は進行します。

ま、要するにこの猫腔の座長が村人を組織して、横暴きわまるドイツ人技師連中をぶっ殺した。で、袁世凱は怒り狂って、西太后の寵愛をもうけた名処刑人に命を下す。清国の名誉にかけて堂々たる処刑でなければいけませんわな。

その刑が「白檀の刑」です。白檀の杭を尻から突き通すんですが、名人がやると数日は死にません。さすが中国。処刑も芸術の域に達しています。

現実と虚構が渾然一体、楽しい上下2巻でした。章の冒頭に歌われる猫腔が雰囲気を盛り上げます。合いの手は「ニャオニャオ」。若妻・眉娘の料理する犬料理もすごく美味しそうです。役者、じゃなく訳者の吉田富夫という人も、いい翻訳をしています。また莫言の本を探さないといけません。

「転生夢現」 莫言

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★★★★ 中央公論新社

tensei.jpg偶然出会った本ですが、これは凄い。こんな作家をいままで知らなかったなんて。

著者の「莫言」はもちろん「言うなかれ」ですね。言う莫れという筆名で、猛然と書きなぐっている。あるいはのほうずに書きつらねている。

ストーリーは中国の山東省の田舎町、ある地主の死から始まります。国民党が追いやられてしまったんで、当然のことながら圧政の象徴である「地主」はぶっ殺されます。オレはなんも悪いことしとらんぞ!と恨み骨髄の地主は地獄の閻魔の裁定にも納得せず抵抗し続ける。

で、手を焼いた閻魔庁は反抗的な地主をロバに転生。生まれ変わったのはもちろん故郷の山東章高密県。で、かつての正妻やら二人の妾や子供たちが苦労したり、保身をはかったりするのをロバの目で見る羽目におちいる。

やがてロバが死ぬと次は牛、それから豚になり犬になり・・と転生が続きますわな。最後に猿になるころは中国ももう21世紀です。人民公社が促進され、毛沢東の大躍進が始まり、破綻し、紅衛兵が騒ぎまわり、そして個人農家の再開、発展。農民たちもナイキのスニーカーを買ったり、金持ちはロレックスを腕にはめたり。

という長い年月をとうとうたるホラ話でつづります。中国のガルシア・マルケスという評はもちろん当たっていますが、私はブルガーコフ(巨匠とマルガリータ)なんかもちょっと連想。なんというか、ひたすら土臭く、暴力的な大河小説なんですが、濃厚な詩情があるんですね。

豚は空を飛び、水にもぐる。怒った豚は尻をかじり取り、ロバは狼と戦う。可憐なお月さんは地上に近づいていっしょにダンスする。巨大なボス犬は1000匹の部下を統合して、深夜に酒盛りと乱交パーティを実施。

上下2巻、飽きずに読めました。莫言の本は他にもいろいろ出版されているようなので、次も期待です。(嘘か本当か知りませんが「アジアでノーベル文学賞にもっとも近い作家」なんだそうです)