2012年12月アーカイブ

けっこういろいろあった年でした。

PC関連では、新ゲームSkyrimを遊ぼうと思ったばっかりに、予定外のPCシステム大幅整備となってしまいました。煩雑なので、この部分は別エントリーにしました。

・・・という前置きで実はテレビや新聞、政治のことやら書き始めましたが、書いているうちにだんだん虚しくなってきた。やめます。方向修正。

身辺雑記。

今年は春先から集合住宅の大規模修繕がありました。どんどこ足場を組んでいって、あっというまに最上階まで立ち上がる。足場を組むと網で周囲を囲んで、たちまち室内が薄暗くなります。薄暗いまま夏まで過ごすはめになりました。

Hatiue.jpg覚悟はしていましたが、面倒かつ鬱陶しいものですね。ベランダに置いてあった植木の鉢もみーんな退避しなくてはいけない。退避場所、最初のうちはたまに見回りしましたが、すぐ忘れてしまう。夏がすぎて回収にいった頃には、箱入り娘のようだった鉢植えが日焼けして荒々しく繁っていて、まるで野生化したような感じ。ノラになっていた。

ま、そんなことはともかく。この修繕工事、いちばん気になったのは「塗装のいいかげんさ」でした。面積の大きな壁の塗装なんかはあんまり目立ちませんが、ベランダ内部とか共用廊下なんかの細部の塗りは非常に目につきます。ペンキ、丁寧にやるなら古い塗装をいったん剥がして塗り直すんですが、もちろん安い(たぶん)見積もりの工事でそんな悠長なことはやっていられない。高圧水で表面を吹き飛ばした後、ペタペタと上塗りします。

hoshuu.jpg手順を省いての上塗りはまあ許容範囲。ただ塗り方がひどいなあ。ゴミを塗り込めるんでデコボコしてる。色違いのペンキとかウレタン塗装とか、その異種の合わせ目の部分もかなり凸凹になって、これじゃオヤヂの日曜大工のほうが綺麗なくらいです。

養生というんですか、塗りたくない部分の境目にテープを貼って、その上からザーッとローラーで塗り、あとでテープを剥がす。上手に剥がせばキリッと一直線になるはずです。なのに一直線にならない。養生テープの剥がし方が乱暴なんでしょうか。

観察していると、手順が決まってるようです。
(1)まず素人衆、下請けアルバイトみたいなのが、適当にザッと塗りたくる
(2)その後を修繕会社の社員(下請けではない)がチェックして回り、色テープを貼っていく
(3)色テープで指示された部分を、いちおう塗り専門ふうの衆が適当に補修してあるく
(4)その後、不都合な部分があったら指摘してくれ、という文書がポストに入る
(5)指摘して返すと、人がやってきて詳細を聞き、その場所に色テープを貼る
(6)その部分をまた塗り専門ふうの職人が補修し、確認印を押させる

最初に荒っぽく塗ってしまうと、その後でいくら補修しても汚さは解決しません。どっちかというと、更に醜悪になる。最初からある程度ていねいに塗れば、もっと早そうなのになあ・・と感じます。でもこうした分業(流れ作業)のほうが経済効率いいんでしょうね、

大昔、中国へ行ったとき、いっけん豪華そうな建物なのに細部が汚かったり塗り残しがあったり。ずさんだなあと思ったもんですが、いまでは日本も同じ。「ていねいにやる」という文化が消えてしまったようです。ま、プロがいなくなったんでしょう。あるいは「プロ意識」なんてのは時代後れで流行らない。


shirakami.jpg時折、まだ家族で旅行もしています。今年は6月に甲府へ、また9月には東北へ。五能線のナントカという町の民家の庭先で、なんとなく買った梅干しといぶりガッコ、意外に美味しかった。もっと買っておけばよかった。梅干しは小ぶりで貧相で、非常に塩っぱいです。本物の梅干し。

さて、今年も新潟加島屋の荒巻を注文。少し大きめの1本は塩を効かせ目にしてもらい(たいてい後で塩加減の確認の電話が入る。昔は社長らしき人から直に電話。最近はスタッフの女性が担当になっています)、小振りの1本は切り身にしてもらう。届いたら奥さんが慣れた手つきで出刃でササッとさばく。むしろ冷凍庫に収納スペースを作るのが大変らしい。

kashimaya.jpgそのうち村上の「塩引き」も買ってみたいです。以前新潟県の宿屋で朝食に出て、しっかりいい味だなあと確認済。でもいざ買おうとすると面倒なんですよね。けっこう高価だし。

さてさて。年賀状の印刷も終了。プリンタを使うようになってから非常に簡単になりました。書き終わったら外出してソバを食べてから映画を見に行こうと母子が言うております。レ・ミゼラブルらしい。

今年はいろいろ買い換えた年でした。

Skyrim (1月)

SKYRIM.jpgそもそもは The Elder Scrollsシリーズ5「Skyrim」を知ったことです。10年ほど前にシリーズ3の「Morrowind」を遊んだことがあり、かなり気に入っていました。それっきり忘れていたのですが、たまたま新作が出ていることがわかり、しかも出来が非常にいいらしい。こりゃ買わなくっちゃと決心。ゲームを買うなんてほんと久しぶりです。

で、調べてみるとまったく浦島状態で、世の中は激変しています。まずビデオカード。仕事に使ってるぶんには特に不自由なかったオンボードのAMD 785Gですが、これでSkyrimを遊ぶなんてとんでもないことがわかった。このSkyrim、ゲームってのはだいたいそうなんですが、要求スペックが非常に高いんです。このままインストールしようとしても、たぶん拒否される。

Radeon HD 6850 / Cougar GX 600 (2月)

tukumo05.jpgでビデオカード事情を調べてみると、そこそこの価格でなんとかスペックを満たすのがRadeon HD 6850あたり。少し高いけどSAPPHIREにしました。もっと安いメーカもありますが、安物を買うとかならず後で後悔するんで。(あっ、さして根拠ないですが黒メガネ製品は好かんです)

このHD 6850、6pinの補助電源は1本だけで十分(要するに電力消費が少ない)という手軽な代物ではあるんですが、しかしこれまでの電源(Seasonic 430W)では役立たずと判明。12V出力が完全に足りないし、補助電源プラグもない。仕方ないですね。いろいろ物色した末に選んだのが巨大なCougarの600W電源(GX 600)です。一応80PLUS GOLD認証でファンは14cm。かなり静かです。

つまりビデオカードと電源を新調して、ようやくゲームのインストールだけはできた。ハードルが高いです。やれやれ。

Core i5 2500K / P8Z68-M PRO / CORSAIR DDR3-1600 (4月)

p8z68-2500k.jpgしかし快適に遊ぶにはもちろんCPU性能も必要です。これもいろいろ眺めてみると、もうAMDはオシマイの雰囲気。ずーっと「安くて性能もそこそこ」だったのが「安くて性能も低い」という印象になってしまった。APUとかいう選択肢はあるけどゲーム用としては魅力がないし、ここでまたAMDを選んでもあまり展望がないような・・・。しかたない、方針変更してIntelにするか。

で、Sandy BridgeのCore i5 2500Kを選択。Core i7のほうがよさそうだったけど、なんせ高価です。4コア4スレッドもあればたいてい問題ないだろ、と妥協の産物です。

もちろんCPUをとっかえれば、マザーボードも変更しなくてはいけない。これは今までどおりASUSのマザーから選んで、Z68チップで適当な価格のP8Z68-M PRO (LG1155)。ASUSの読み方、エイスースに決まったらしいですね。勝手に「アザス」と読んでますが。

メモリも必要です。たいした根拠はないけど比較的よさそうなCORSAIRのDDR3-1600、4Gを2枚で計8G。Windows7の場合、8Gもあればまず不自由することはないでしょう。これ以上多くしても電力消費が増えるだけだし。

やれやれ。一段落。

Enermax ETD-T60-TB (6月)

etd-t60.jpgで、落ち着いたんだけど、温度を計ってみるとけっこう熱いです。うーん、夏を乗り切るにはCPUクーラーも必要かなあ。このへんも浦島状態でした。調べてみるととにかくクーラーが巨大化してる。おまけにサイドウインド式なんてのが人気なんですね。でも持っている古いPCケースには、大きな横流れ式クーラーは入らない(フタにぶつかってしまう。悲しい)。

とかなんとか、さんざん調べて迷ったあげくEnermax ETD-T60-TB (12cmトップフロー) に決定。そこそこ高価なクーラーです。ついでに時代物の12cmフロントファンも交換しました。

PLEXTOR PX-128M5S (10月)

plex.jpgそしてトドメがSSDか。よく使っているアプリの立ち上がりがひたすら鈍重に感じられてきて、かなりストレスがある。えーい、やっちまえ・・とシステムをSSD化です。買ったのは評判の良さそうなPLEXTOR PX-128M5S。ちょっと心配はしましたが、けっこう快適で今のところ問題はないし、結果的に容量も128Gで十分だったようです。2~3年も使ったら、たぶんまた買い換える予定です。場合によったら古いSSDをキャッシュ専用にするってのもいいですね。

などなど。けっこうお金を使いました。ざっと7万円。でもこれで一応はオシマイ。とりあえずやることがなくなって、はっきりいって、つまんないです。祭り終わって心寂し。

★★ 平凡社

chuugokunorekishi2.jpgひどいなあ。図書館の本なのに口絵の十数ページ分が千切られている。表紙にも「口絵なし」と注意ラベルが貼ってありました。こんな本を借り出したんだから(たぶん)年配者だろうけど、マナーが悪いとかいうレベルじゃないですね。信じられない。

さて。

明代になっても、北のモンゴル系は興亡を繰り返しながら何回も何回も国境を侵します。ただし連中の言い分はだいたい「朝貢を認めろ」というもの。草原で育てた大量の馬を貢ぎ物にして、もちろん何倍ものお返しを期待する。明としては、朝貢は負担なんで、あんまり拡大したくない。すると「拡大しろ!」といって攻め込んでくる。実力交渉。乱暴な。

で、南方では例の倭寇です。倭寇って海岸っぺりだけかと思ったら、長江なんかをけっこう遡って荒らしまわってたんですね。だから被害が甚大だった。国家までは作らないけど、ちょっとしたバイキング来襲みたいです。で、たまに中央から有能な軍司令官が派遣されて効果をあげそうになると、すぐライバルから嫉妬されて讒言、罷免ですわな。こういう国家がよくまあ300年近くも続いた。

そうそう。明末のころは日本の公式使節団(朝貢団)も、交渉がうまくいかないと居直って荒し回ったこともあるらしい。足利室町のころの西国大名が派遣したような使節団ですが、ま、かなり怪しげな連中ではあります。要するにニッポンもおとなしい連中ばっかりではなかった。

でも明に限らないんですが、中国史をずーっと眺めていると、日本とは根本的に違うなあと感じます。欲望の深さが違う。規模が違う。思想と行動が直截に結びついていて、それがものすごく過激に突出する。それを許容する文化がある。

清盛の福原遷都とか重衡の南都焼き討ちとか、信長が叡山をどうしたとか、なんぼのもんじゃ、ヘッ、という印象。小さいです。たまにこういう果敢な行動をする人が日本史にも登場しますが、すぐ消されてしまう。足利将軍が豪華(!)な別荘つくったといってもあの程度です。国土が貧しかったこともありますが、すべてが矮小です。出る杭を神経質に叩き、なんとなくモヤモヤと穏やかに、平衡に持っていくのが日本の文化の本質みたいな気がします。

そうそう。明治の頃だったかな、ベルサイユ宮殿を見物した日本人が「この柱一本でも日本に持っていったら百万円はするだろうな。革命が起きるわけだ」と語ったという挿話を何かで読みました。要するに収奪の規模が違うということ。収奪する側もされる側も徹底している。日本にはずーっと絶対政権が誕生しなかったし、一揆による革命=政権交代が発生しなかったのも当然という話。

たとえば明治の高官貴顕。伊藤博文でしたっけか「高楼を作った。ぜいたく!」とさんざん新聞で批判されましたが、その高楼ってのが要するに単なる二階建てだったらしい。伊藤なんて、収賄もしただろうし女癖も悪くて贅沢もあったでしょうけど、たかが総二階の建築で批判される。その点では、ほんと悲しいほどのものです。

皇帝に重用されて権力を握った宦官が、ほんの数年で国家予算を超えるような財宝を溜め込んでしまう。そしてすぐ失脚して一族もろとも殺される。皇帝は気まぐれで一気に数万人を死刑にする。

あるいは宦官連中が権力を握るために、わざわざ皇太子を殺して遺書を書き換える。まともな皇太子には恩を売れません。「まさかという皇子」だからこそ恩をきせることができる。それもなるべく無能で気の弱い皇子がいい。こんなパターンが何代も続く。

擁立された幼帝も情況は知ってるんで、そのうち成人すると恩人である偉そうな高官を殺す。逆に高官は、殺されそうな気配を察して、また皇帝の首をすげかえる。命をかけた権力ゲームです。

庶民だってボーッとしていられない。いきなり労役に駆り出されたり、残された女房子供が飢え死にしたり、富豪でさえも払いきれない重税を課せられたり。流民、略奪、反乱、当然ですね。

そんな底のしれない白髪三千丈的な大陸文化と、島国のつましい文化をそもそも比較しようと考えるのが間違いなんでしょうね。

11巻から先は清朝・現代史になるのでいったんオシマイ。また漢あたりに戻ってみたいと思っています。

明末、万暦年代だったかな、民窯が盛んになってどんどこ輸出し始めたが良質の土が払底。日本では「万暦赤絵」は非常に人気があるけど、要するにデザインを簡略化した量産品ともいえるわけで、中国ではあまり評価されていないとか。・・・という陳さんの指摘は面白かったです。

★★ 平凡社

第9巻は「草原からの疾風」 第10巻は「復興と明暗」

副題から想像できるように8巻は金の滅亡と元、南宋の消滅。第9巻は元末期から明の初期にかけてです。
chuugokunorekishi.jpg
ちょっと面白かったのは、チンギスハン系統には「酒色に溺れる」「兄弟の仲が悪い」というDNAが強かったのではないかという指摘でした。たしかに子供も孫も何かというとケンカばっかりしていたような印象だし、チンギンスハンはひたすら征服した王女や王妃をオルドに入れるのを楽しみにしていたような印象がある。

というより、敵を征服したらそうしないと収まりがつかない感じ。殺して奪うのが家業みたいなもんですから。たしか有名な言葉がありましたね。「敵を殺しつくし、財宝を奪いつくし、泣いている美女を褥に入れる。これに勝る喜びがあるだろうか」というような趣旨だったか。

ただ帝国後継者争いが常にモメたのは仕方ない部分があります。そもそも、彼らにはまともな後継ルールがなかった。

なんとなく「末子相続」というのが暗黙の了解ですが、これは長子から順に家畜をもらって独立していくというスタイル。最後に残った末子は父親の家畜を相続してオシマイ。でも小さな部族ならともかく、広大すぎる大モンゴル帝国の後継者決定にもこのルールを適用するのは無理があった。だから現実にはそれぞれが勝手にクリルタイを開いては自分を後継者に決める。あっちでも、こっちでも擁立しているから、モメ続ける。

元末、明軍が北上して攻めてきている間も元の上層部では内輪もめが収束しませんでした。ケンカしてちゃまずいと知ってはいるんだけど、そうはいっても政敵を放置するわけにはいかない。グチャグチャけんかしてる間に明が迫ってくる。ただし最終的には北京城を死守なんかしないで、あっさり全員騎乗して逃げたらしい。さすが騎馬民族。形勢が悪ければ一夜にして逃げる。非常にスッキリした態度です。

それでなんとなく北京から長駆モンゴルまで逃げたように思い込んでましたが、完全撤回でもなかったようで、北部でまた再編成。北元です。以後それなりに勢力を維持してたみたいです。

で、明の創始者である朱元璋(洪武帝)ってのも面白いというか気味悪い人物です。貧民から身を起こしたという点で漢の劉邦と似てるんですが、なんか意識的に劉邦をなぞった形跡がある。だいたい劉邦と同じようなことをします。でも、もともとの性格が違うんで、かなり陰惨な形になってしまった。

徹底的な農本主義とでもいいますか。農民や貧民には基本的にやさしい姿勢。その代わり文人や商人は大嫌い。理屈じゃなくて、根っから嫌いだったんでしょうね。若いころにさんざん苛められたとか。

ついでに、徹底的に心配性で猜疑心の固まりだったから、いやー殺した殺した。ちょっとでも気に食わない官僚、文人、その親族。何万人も殺し続けた。才能のありそうなやつ、目立つやつ、将来問題を起こすかもしれないと思ったやつ、可愛い子供の邪魔になりそうなやつ、みーんな殺した。ポルポト的ですね。殺しすぎて、人材が皆無になったような気配もあります。

殺される側からすると、保身のためおとなしく民間に引っ込もうと思っても、ちょっと才能が目立つと出仕を求められる。断ったらもちろん「死」です。仕方なく出仕しても、たいてい難癖つけられて「死」です。有能なら「死」。無能ならもちろん「死」。逃げ場がない。これなら南の漢人が下層民として完全無視されてた元の頃がまだマシだった。

とかなんとか。完全に皇帝親政・独裁の王朝だったんで、明はまともな皇帝がいる間はなんとか政治がまわるけど、無能な皇帝の治世になるとメチャクチャになる。補佐すべき有能な宰相も閣僚もまったくいないんですから。また代替わりするたびに国家の大方針がコロコロ変わる。例の鄭和の大航海なんかがそうですね。

要するに、明はなんとなく暗い雰囲気の王朝だったみたいです。ただし庶民にはとっては、それほど悪い時代ではなかった。いまのニッポンみたいですか。政治はメチャメチャだし景気は悪い。外交はゴタゴタしている。でもま、税金は高いけど餓死するやつ滅多にいないし、けっこう平和じゃないの?というレベル。

鄭和の大航海
国内重視方針の皇帝が死んでまた海外拡張派が勢いを伸ばしそうになった折り、再度の「船団編成」を恐れた官僚が、大航海の膨大な記録資料をぜんぶ焼いてしまったんだそうです。参考記録がなーんもなくなったんで、結果的に船団再編成は取りやめ。「官僚は必ず記録を残す」のが習性と思ってましたが、そんな果敢な(というか無責任な)官僚もいるんですね。

ニッポンでも時々ありますね。「記録を間違って破棄しました」とか。これ、ぜったいに残っていると思います。お役人意識からすると、プライドからいっても保身の面からも、必ず記録は残しておきたい。最悪のケースでも、自宅の押し入れにこっそりコピーを残していると思います。

「放置」なんて書きましたが、実際には意地になってあちこち調べまくるのがトシヨリの性癖です。

右側のウィジェット部分(というのかな)をIEでよく見ると、英文だけは小さく表示、日本語だけは大きく表示になっている。このへんにカギがありそう。ようするにCSSの指定が英文にしか適用されていない。理由は知りません。

でネットを探し回ったら、font-familyでは日本語フォントを先に記述する・・とかなんとかという説明がありました。アホなIEに「これは日本語なんだぞ」と真っ先に教えてやる意味があるんだろうか。

で、たぶんここだろうとアタリをついた「テーマ名.CSS」。どこに書くのかよく分からないけど、ま、適当にやったれ。ざーっと見ていったら

■ Default の Global の body に発見した「font:」
■ Global の body に発見した「font-family:」
という場所がありました。
ie-font2.jpg
ここに記述されてるフォント列の先頭にそれぞれ「メイリオ」「MS Pゴシック」を追加してみました。









あははは。うまくいった。
二カ所に書く必要があったかどうかは知らんけど、結果的にFirefox、Chrome、IE みんなほぼ同じサイズになった。

メイリオって、マックな人には使えないかな。どういう具合になるのか知らないけど、でもま、いいや。自分自身が見て不快じゃなくなったんだから、これでヨシとしましょう。

かなり気分いいです。

ブログ本文の行間を設定して、Firefoxで確認。うん、いい雰囲気だけど、右サイドの「最近のブログ記事」とか「最近のコメント」は行間が開きすぎた。で、追加でこの部分だけ行間を130%にしてみました。よしよし。

ie-font.jpgしかしです。FirefoxやChromeならきれいな設定になるのに、IE8で見ると右サイドのフォントサイズだけがやけにでかい。不思議です。本文も大きいならともかく、右側だけ。

IEってのはなんか特殊なブラウザで、きちんとHTML書いたはずでも狂うことがよくありますね。特にテーブル関係になるとハチャメチャになる。

テーブルはともかく、CSSでフォントサイズを指定しているのにIEだけなぜ従わないのか。ローカルの「表示」の文字サイズとも関係ないみたいです。絶対サイズで大きくなっている。不思議だなあ・・といろいろチェックしてみましたが、理由がわかりません。これは来年の課題かな。

ふんとに。

なるほど。ちょっとあちこち調べてまわったけど、かなりややこしい。やはり「じっくり・ゆっくり」で行くしかないようです。あるいは「面倒だから放置」か。「放置」のほうが魅力的だなあ

賃仕事もようやく一段落の気配。たいしたことしてませんが、それでも年末になると急にバタバタし始めるんですね。やれやれ。

で、少し時間ができたので昔のブログを少し読み返したりして気がついたこと。最近書いてるのはほとんどがPC自作絡みと本読んだ感想だけじゃないか。

Wizardryはさすがにやってないし、実は大騒ぎしたSkyrimも進んでいない。で、ひたすら本読んでどう思ったとか、PCがどうしたという話ばっかりで、いわゆる日常雑記も減ってきてますね。だから悪いってこともないですが、なんかブログのカテゴリー分けが有名無実になりつつある。うーん、現実に則した新カテゴリーを作ってもいいけど、どうしようかなあ。過去分も整理するとなるとけっこう手間がかかりそうだし。

とかなんとか考えているうち、どうもこのブログはフォントが小さいよなあ・・と気がついた。うん、老眼の身には字が小さすぎて読みにくいです。自分のブログなのにね。我慢してるのはアホみたい。

mt/mt-static/support/themes/テーマ名/テーマ名.css
が該当のCSSファイルでした。ヘッダ画像が格納されてるのと同じ場所ですね。中身を見たらbodyのフォントが13pxだったので、ためしに14pxに変更してFTP。すると見やすくはなるけど少し間が抜けます。で、元の13pxに戻して、その変わり「line-height:150%;」を追加。

よしよし。成功。かなり見るのが楽になったみたいです。当分はこれでいくか。

chuugokunorekishi.jpg★★ 平凡社

唐末から五代十国の混乱。宋の誕生と金の侵攻、南宋。

昔から中国通史を読むといつも感じることなんですが、毎回々々皇帝、皇后一派、宰相、武将、官吏と宦官・・・それぞれが疑りあい、讒言があり、で、すぐ殺す。殺し続けているうちに弱体化して、北方から攻められる。亡国の混乱があって、蜂起があって、つぶし合いのうちに誰かがリーダーシップをとる。

ひたすらこの繰り返しですね。頭の芯が痛くなってきます。人間、こうも同じことを繰り返すのか。

唐の滅びの原因は節度使が力を持ちすぎたことのようです。ほとんど独立政権のような性格をもった強大な「軍閥」ですね。もちろん朝廷はいろいろ対策をこうじたんですが、軍事力を握った連中に言うことをきかせようとしても難しい。あんまり強いことを言うと反撃してくる。

この反省から宋ではシビリアンコントロールを基盤にすえる。科挙に受かった秀才たち、貴族階級ではなく、多くはアッパーミドル階級の師弟だと思いますが、これが政治も軍事も仕切る。国の経済力は向上します。唐の長安は夜になると木戸が閉まって真っ暗でしたが、宋の都は夜でも灯がともっていた。たぶん庶民が酒くらって騒いでいたんでしょう。そういうことができる時代になった。

経済力がついて文化が栄えてたいへんけっこうな話のようですが、頭でっかちの官僚が増えすぎるし、反面として軍事力の弱体化ですね。戦えばたいてい負けるんで、興隆してきた北方の新国家・遼に対しては多量の貢ぎ物を約束して頭を下げるしかない。

で、質実剛健の遊牧民国家に大量のマネーが流れこむとどうなるのか。貧しかった遼もぜいたくにすぐ慣れてしまいます。何もしないで金が入るんなら、戦争するより効率がいいじゃないか・・・と弛緩をまねいて結果的には衰退。ですから、見方によっては決して悪い外交ではないんですが、かなりみっともないことは事実です。

遼の後に台頭してきた東北の金に対してもまったく同じです。低姿勢に徹してなんとか許してもらうのが基本外交。ただし宋朝廷にも「軟弱外交反対!」という国粋派がいる。「胸を張れる国家にしましょう」という声が大きくなると、ついその気になって軍事行動。もちろんすぐ叩かれる。

新法・旧法の抗争なんてのも同じパターンです。国家が貧乏になったんで現実的になって農民に比較的低金利の金を貸し出して、中間層(みたいなもんでしょう)を作り出そうという政策と、貧乏人相手に国家が金貸しをするなんて恥辱だという政策。現実論と理想論。対農民政策だけでなくいろいろあり、どっちも一応の理屈はあるんですが、抗争が激しくなると泥仕合になる。泥仕合やってるうちに低レベルの戦いになり、皇帝が代替わりをして片方が権力を握ると徹底的に政敵を追放する。また振り子が揺れるとオセロゲームのようにひっくり返る。その繰り返し。

ま、困ったもんです。そんなこんなでガタガタ大騒ぎしてるうちに「正義は勝つ!」という主戦派主導になって、金に敵対しようとチョッカイ出してもちろん失敗。怒った金が本気になって南下。朝廷はあたふた遁走です。こうして亡命政権・南宋の誕生。漢文化の南方拡散。

かなり大雑把ですが、こんな感じでしょうか。

ただし、北半分を占有した金も、文化に対して免疫がなかったんであっというまに漢化してしまい、ようするに軟弱国家になったらしい。国内には漢人のほうが多かったはずだし、そういう意味では「金」も立派な中原の国家といっていいんでしょうね。ただ漢民族至上の観点からは、あくまで正統は南宋。金はあくまで一時的な「占領国家」という扱いのほうが抵抗がないようですが。

そもそもを言いだすと、漢民族って何だ?という大きなテーマにもぶちあたります。おそらく大昔の殷とか周のあたりの連中が「漢民族」の核なんでしょう。それが周辺に広がり、あるいは周辺が求心して、三国志のあたりになると範囲がかなり広くなる。唐代には更に拡大する。

結局「中国語」を話すのが漢民族ってことでいいんでしょうか。でも北京語と広東語じゃほとんど別言語ともいいます。そうすると「漢字」の通じるのが漢民族か。でも金には女真文字があったはずなので、はて・・・。誰かの言葉に「とっさに自分は漢民族だと思うのが漢民族」という趣旨がありました。このへんが落とし所かな。


※ 宋の方針として特筆すべきものに創始者の「遺訓」があります。その内容は「言論を理由として臣を殺すな」 (石刻遺訓:不得殺士大夫及上書言事人)というものだったとか。すごいです。自由に発言できる。首を切られない。ただ、これがあったんで宋の士大夫たちは安心して勝手なことを言いまくったきらいもある。その結果が政治の混乱。難しいもんですね。

★★ 平凡社

chuugokunorekishi.jpgこのシリーズを手にとるのは初めてです。他の版は知りませんが、平凡社版は口絵がついていて、建築物やら仏像やらの写真がたくさんあります。あまり綺麗な写真ではないですが、でも親切な構成ですね。

内容はもちろん中国史の初心者でも読めるし、かなりのめり込んだ人でも楽しめるカッチリした内容の通史です。上質な歴史教科書とでもいうべきでしょうか。

15巻くらいはあるので、とりあえず最近興味のある隋あたりから始めました。考えてみると隋とか唐とか、なーんにも知らんです。

・隋には煬帝というのがいたはず。たしか運河を造った。短い王朝だった気がする。

・隋を滅ぼして成立したのが唐。たしか貞観の治とかいう言葉もあった。若い頃の玄宗の治世だったか。

・楊貴妃のあたりはいろいろ小説にもなってるんで、多少は知ってる。でも安禄山の最後のあたりはモヤモヤして詳細不明。

・唐代は強国で、西域なんかに大幅出兵して版図を広げたはず。

この程度ですかね。なんとも貧しい知識だ。

えーと、まず貞観の治は玄宗じゃないです。玄宗の前半は「開元の治」。貞観は唐の二代目である李世民の世でした。李世民ってのが親父の代を次いで唐の基盤を造ったらしい。

ただし李世民、優秀かつ冷徹な人間だったらしく、しっかり皇太子である兄貴を殺したんですね。で、死にかけの親父に無理強いして皇位をついだ。後の歴史書はもちろん全面的に李世民ヨイショですが、陳さんによると兄貴ってのも実はけっこう能力はあったんじゃないか。でもま、殺されてしまったらオシマイです。

そうそう。ついつい無視されがちだけど、長い混乱の世を統一した隋。もっと歴史的に評価されてもいい。いわば現在の統一中国の大本を造ったのが隋ですから。混乱をまとめて、大きな構想を描いた段階でつぶれたのが隋。その基盤の上にカッチリした帝国を築いたのが唐。

でまた唐に戻りますが、特筆すべきは武則天。二代目太宗(李世民)の後宮にいた女性ですが、芽が出なかったのが結果的に三代目に好かれて皇后。漢代の美女はみんな触れなば壊れんみたいな繊細な女性ですが、唐代の美女はみんなグラマー。ただし武則天はキリッとした、江角マキコみたいな女だったようで、二代目太宗の好みじゃなかったらしい。女の好みばっかりはどうしようもないですね。

武則天、後世からは徹底的に悪女ということになってます。でも本当にそうだろうか。都合の悪い肉親や逆らった子供、孫などあっさり殺したのは事実みたいだけど、国家ぜんたいとしては意外に平穏かつ隆盛。しかも身分にかかわらず新しい人材をどんどん使いこなして政治をリフレッシュした。

宮廷の上層部では超評判が悪かったけど、もし庶民に聞いたら「え? 立派な女皇帝じゃないか。不満はないよ」ということです。稀代の悪女かもしれないけど、非常に政治的な感覚のある積極的な女性。アホな男どもにまかしておけるもんですか。いまだに評価には賛否両論あるようです。

で、この武則天に見いだされて、そうそうたる人材が育ちます。武則天、自分に逆らう子や孫は簡単に殺しますが、あえて諫言する有能な部下には案外甘いところもあったらしい。こうした人材が結果的に玄宗(武則天の孫)の時代を盛り上げた。玄宗が偉いというより、お婆様の残した財産を使い果たしたのが玄宗だったともいえる。

ふーん、ですね。

こういう新しい観点、非常に面白いです。次は巻8「宋とその周辺」にとりかかる予定。


★★★ 中公文庫 上中下3巻。

nisshin_chen.jpgなんとなく本棚から引っ張りだして読みました。

買ったときに読んでるはずですが、何も記憶にない。で、読み出したら、いいですねえ。一応「小説」と銘打ってはいるものの、フィクションの要素はほぼ皆無。ひたすら詳細かつ精密に調べ抜いた日清戦争史です。

従来の日本視点の日清戦争と違うのは、中国や朝鮮の内情・事情が細かいことでしょうか。印象としては中国5、朝鮮3、日本2といった比率です。したがって登場人物も李鴻章、袁世凱、陸奥宗光なんかが主要。朝鮮では宮廷クーデタに失敗して日本に亡命した金玉均あたりの描写が多いです。(金玉均は頼りにした日本政府に余計者扱いされ、結果的に上海で暗殺されます)

読み終わって思うのは、李鴻章ってのはすごい人物だったんだなということ。清濁併せ呑んで、能天気な西太后のご機嫌とりながら政敵と戦い、北洋軍閥を組織して経営し、もちろん保身感覚にもたけ、最後までしたたかに政治生命を保った。保ったというのは言い過ぎにしても、とにかく殺されずにすんだ。

司馬さんの本の印象では180cmくらいある巨人の雰囲気でしたが、どこかに「170cm以上」ということぐらいが事実だったと書いてありました。それでも当時としては大男ではあります。ネズミ公使の小村寿太郎が公称「五尺一寸」だったそうですから、ま、それに比べれば堂々たるかっぷくですね。

日清戦争前夜の朝鮮でのゴタゴタ(大院王、閔氏一族、親日派、親清派)。ごく簡単にいえば気弱な国王の「父親」と「女房の実家」が対立し続け、そこにメンツを気にする親分気取りの「清国」と生意気盛りの乱暴な「日本」が絡む。
おまけに国家にはお金がないし、旧弊な国民はブーブー文句をいう。気鋭の連中もグチャグチャ言う。周囲には小姑みたいなイギリスやらロシアやらドイツやらがいてなにかと口をはさむ。気が狂いそうです。このあたりの事情を詳しく書いた本はあまりないので、非常に面白かったです。

あっ、戦争シーンはごくごくわずかです。こっちを期待して読むと失望すると思います。

そうそう。北洋艦隊自慢の「定遠」「鎮遠」ですが、開戦前夜に保有していた砲弾数が「3発」と書いてありました。3発ずつではなく、両方あわせて3発。要するに北洋艦隊に予算がなくて、補充できなかった。ほんと?という話ですが。

艦隊予算は西太后が別荘造りに流用していたというのは常識ですが、もちろん単に西太后のワガママ・認識不足だけではなく、この際「漢人である李鴻章の力をひきずり落とそう」という宮廷派(満族)の思惑もあったらしい。たとえ国防に問題が生じてもいい、李鴻章の力の源泉である北洋艦隊を弱めておくのが上策・・・。政治は難しいです。

このところ挫折が多いなあ。

読めそうで読めなかった本。

EdgarSawtelle-s.jpg「エドガー・ソーテル物語」 デイヴィッド・ロブレスキー(NHK出版)

米中西部の田舎。広い敷地で犬のブリーダーをやっている家があり、生まれた子供は声を発することができない。しかしその家には賢い犬がいて、友ともなり、保護者ともなり・・・。

そしてある日、父親の弟が帰ってきて同居を始める。監獄帰りかな。少しずつ空気が乱れ始め、いかにも何か起きそうな予感。・・・・というあたりで挫折。

いい雰囲気の本なんですけどね。生々しくなくて、なんというか追憶調というか、影絵のような淡さというか。機会があったらまた挑戦します。


「冬の薔薇」「夏至の森」 パトリシア・A・マキリップ (創元推理文庫)

huyunobara-s.jpgマキリップは大昔「妖女サイベルの呼び声」で知った作家です。「サイベル」は山の中の古城で暮らす、怖いほど美しい魔女のお話。この美女魔女、各地に隠れている伝説の生き物たちに呼びかけて強制召還する趣味がある。深夜、心を統一し、ム・・・・・・・ンと遠隔テレパシーを投げかけるんです。

伝説の野獣ってのは、たしか謎々好きのイノシシ、なんかとかライオン、かんとか鷹、あと何がいたかな。忘れました。この生き物たち、ほんとうは独立独歩、一人で好き勝手に暮らしていたいんですが、強力な召還呪文にひっぱられて、しかたなくサイベルに従っている。

で、もうひとつ、召還したいのがライラレンとかいう大白鳥。ところがこの白鳥がなかなか召還呪文にひっかかってこない。実はその理由は・・・・てな話でした。ファンタジーとしての設定や雰囲気は実に魅力的なんですが、そこに子供や恋がからんでくると、どうも没入しにくくなる部分もある。でも、ま、代表作でしょうね。

というのがマキリップ。興味をもって借り出したんですが、うーん、「冬の薔薇」の半分ほどで力尽きました。こっちは中世の田舎の野生少女が、不思議な男と知り合う。妖精? この男、なんか怪しげに森の泉の中から出現して・・・・。

そこそこ面白いんですが、ちょっとメルヘンチックすぎて、だんだんエネルギーダウン。オヂサンはメルヘンに抗体ができてるんですかね。したがって続編ふうの「夏至の森」も同時挫折です。

登場の獣たち。竜ギルド、黒猫モライア、隼ター、 猪サイリン、獅子ギュールス。非常に魅力ある魔獣たちです。このほかに黒鳥もいたような気がする。そして謎の白鳥がライラレン。

先日の新聞に、米情報機関が4年ごとに発表しているという世界の将来像予測「グローバル・トレンド2030」の紹介記事がのっていました。

2030年、世界のパワーバランスはどうなっているか。ま、おおざっぱにいうと、パワーの分散化らしいです。
「数世紀ぶりに産業革命からの潮目が変わり、西欧の衰えとアジアの興隆」
「米国はまだ力を保ち続けるものの、どんどん影響力をなくしていく」
「中国はGNPで米国を抜くが、20年代から減速がはじまる」
「日本は相対的に経済力減退。ロシアやEUと同様にゆるやかな衰退の道をたどる」

非常に納得できる内容でした。その時々の細かな政策や事件によって多少の揺らぎはあるでしょうが、ま、大筋としてはこんな方向でしょう、きっと。この流れは変えられない。

日本が衰退に向かう主な理由は高齢化と人口減です。神代の昔からおおむね日本の人口は増えてきましたが、これからはどんどん減る。そもそも「永久に増え続ける」なんてのが無理だった。輸出産業がどうたらこうたらとか、所得や貯蓄がなんとか、結婚年齢がかんたらなど細部の話はあるでしょうが、ま、日本人口がやがて1億を割り、9000万になる。そういう国家が、広い国土と沸き立つ何億もの民衆をかかえる大国とずーっと張り合おうということに無理がある。

人口問題、もちろん解決不可能ではありません。どんどん産んで育てればいいだけの話。安心して産んで、安心して育てられる環境を整備すればいいんで、筋道そのものは非常に簡単です。ただし、それを実現するには政府と国民が「本気でやる」という覚悟が大前提です。

何が必要ですかね。出産、育児、教育、労働環境。産みやすい、育てやすい、育児しながら仕事をしやすい。要するに社会ぜんたいが出産・育児を歓迎するような形にもって行く。早期の結婚を推奨する。あるいは結婚にとらわれず、婚外子大歓迎。一人で産んでも安心して仕事が続けられるような環境。

ただし「本気でやる」ってことは、国民すべてが身銭を切って、痛みを伴って応援しなくちゃいけない。たとえば新規に10%くらいの「出産奨励税」が必要かもしれないし、企業も「子持ち女性社員比率30%雇用ルール」とかを強いられるかもしれない。それじゃ企業効率、競争力が・・なんて言ってたら実現は無理。高額の「独身税」なんてのも必要かな。

国家が成熟する、言葉を変えれば老化する。若さを失うと通常、出産率は減ります。人口は減少します。当然ですわな。

労働人口を減らすのはいやだ。でも本気で子供を増やす施策は大変そうだから無理。そんな場合、通常はよその国から移民を受け入れますね。ロンドンの白人人口が5割を切ったというニュースをテレビでやっていました。フィリピンでも中国でもベトナムでも、なーんでもいい。日本で働きたいという人々を受け入れる。日本へ行きたいという人間、(今のところなら)たくさんいます。

もちろん、まったく別のトラブルが生じます。待遇の問題。言語の問題。文化の衝突。差別の問題。みんながニッポン文化に馴染み、難しいニッポン語を覚え、「良きニッポン市民」になってくれるなら問題ありません。また「ガイジンには安い賃金で単純労働をさせればいいんだ」という考え方が大手を振って通用するうちは簡単です。でもずーっとそれを望むのは虫がよすぎる。

新宿を歩いている連中の半分は移民、あるいは海外からの出稼ぎ労働者という光景になっても不思議はないでしょうね。自動販売機はすぐ壊されるようになるかもしれないし、たぶん、凶悪犯罪も増える。役所の掲示も数カ国語表示になるし、街の雰囲気もガラリと変わるでしょう。しょっちゅう「雇用を奪うガイジンは帰れ!」なんてデモが起きる可能性もある。

少し前からインドネシア、フィリピンから募って、日本で勉強させて看護師国家試験を実施なんてことがありました。多少は改善したみたいですが、日本人受験者でも読めないような明治時代の医学用語でペーパーテストをして、それで合格率が超低いとなげいている。本当に外国人看護師を受け入れようとしているのかどうか、非常に疑問です。単に形だけ整えたんじゃないのかな。「受け入れてるんだよ。でも合格しないんだから仕方ない」

それがなぜ悪いか? 実質はともかくタテマエ上は純血主義を貫いてきたニッポンです。万世一系、豊葦原千五百秋瑞穂国(とよあしはらのちいおあきのみずほのくに)が、そんなゴッタマゼ国家になっていいのか、悪いのか。居心地のよい均質文化のニッポンであり続けることはいけないのか。真面目な論議をしたこと、ないですね。

何を言いたいのか。要するにこのまま真面目に辛い決断をしないのなら(たぶんしないでしょう)、日本は長い秋の日々を平穏にむかえることも難しいかもしれない。平穏な秋の日々を暮らす国家とは、たとえば、雰囲気としていまの北欧諸国のような国家でしょうか。血気の青春国家ではなく、成熟して、あるいは老成した大人の国。腕力もないし、お金も昔ほどはない。腰も痛い。でもまあ、多少の知恵はあるし、ある程度は周囲から尊重してもらえるような立場。

たぶん、そうならざるを得ない。いつまでも永遠の右肩上がりを叫んでいても仕方ないわけです。で、そうした筋道をたどる可能性が高いのなら、あらためてこの国はどんな政策をとるべきなのか。何が必要で、何が不要なのか。何を諦める必要があるのか

こんなふうな話をしてくれる政治家、思想家、いないですね。みーんな「こうあるべき」という、聞きやすい話しかしない。「そうするのが無理な場合はどんな選択肢があるのか」という耳に痛い話も聞きたいと思っています。「1位でなくちゃいけないんですか」という問いかけは正しい。

どうでもこうでも試合前には「金を狙います」と言わされるのがこの国の文化です。選手は言いたくないでしょうが、周囲の圧力で、表明しなかったら非国民。で、仕方なく言わされた「金しかないです」という言葉を、言わせたマスコミも半分くらいは信じてしまっている。

「優勝しかない!」とタテマエ論かかげて、そのうちスッ転んで大怪我してビリになるより、実力をわきまえて「なんとか入賞を狙う」という現実論があってもいいんじゃないでしょうか。たとえば、結果的に消費税が30%になって貧しくなってもいいです。でも「税収が足りないから」というその場凌ぎの理由ではなく「こうした国にしたいから」という積極的な理由であってほしい。

なんか論点をきっちりさせるのが難しいテーマですが、ぼんやりそんなことを考えています。いまのままでは2030年、どんな国になっているのか明確な想像ができません。「こんなはずじゃなかった」といい年こいてまだ焦り狂っているトシヨリ国家では悲しい。見苦しい。少ないながらも年金もらって「ま、こんなもんだろ」と孫と散歩できるようなトシヨリであってほしい。

そういう福祉国家、若い人にとっては息苦しいかもしれません。はい。どんどん出ていきましょう。その頃、どの国が面白くなっているかは知りませんが、英語でもスペイン語でもスワヒリ語でもいいです、波瀾万丈に生きてください。波瀾万丈に生きて、ふと疲れたら帰国。「物足りないけど、やっぱ、この国はいいなあ」と感じてもらえるようなニッポンだといいですね。

シリメツレツになってしまった。真面目に書くなんて慣れないことをしたのがいけない。でも、少し真面目に考えるてみることも必要なんでしょうね、きっと。

フジテレビの連続ドラマ「ゴーイングマイホーム」。めったに連ドラなんて見ないのですが、珍しく気に入って、以後は毎週楽しみにしています。視聴率は低いようです。毎週下がり続けて、昨日の第9話はついに5%を割ってしまったらしい。夜10時という時間帯で4%台ってのは辛いだろうなあ。

分かりやすい筋書きのないのが原因なんでしょうね。ワクワクドキドキもない。燃える恋も殺人もない。とりわけ爽快感もない。いい俳優たちが揃って、ていねいに演技しているだけ。悪人も善人もいません。ありふれた日常のちょっとした陰りを空気のように描いている。その空気が良質で美味しいんですが。


RU-DM114.jpg三菱の23インチ液晶ディスプレー、RDT232WXというモデル。使い始めてもう2年近く、けっこう気に入っているんですが、最近リモコンの効きが悪くなりました。もちろん電源スイッチも付いてますが、これがやけに小さくておまけに手のとどきにくい場所にある。手さぐりで操作するしかないです。通常はリモコンを使ってね、というコンセプトのようですね。

で、リモコンのボタンスイッチを交換しようかと思ったわけですが、これ、どっかの国で原価叩いて作らせたものらしく、かなり雑な作りです。電池ケース(というのかな)を抜き出そうとしても、いやー、固い固い。小さなツメを右に寄せながら下に引っ張り出せば抜けるはず(他に方法は考えられない)なのに、いっかな抜けない。

細かいんでドライバーの歯を使ってみましたが、動きません。何回もやってるとヤワなプラスチックが傷だらけになる。下手すると壊れそうです。

RU-DM114-2.jpgうーん。こんなところで製造予算をケチるなよ。ふんとに。そこで困ったときの某掲示板です。はい、ありました。困ってる人が多いんですね。参考になったのは「コインでこじれば抜ける」という一文でした。

左側の小さなツメの凹み(黄枠)にドライバーの歯を当てて右にグイッとスライドさせる(正しくは右下に押す)。そのままキープしておいて、大きなツメの凹み部分(図の赤表示)に100円玉をあてがって、えいっとひねって下に押し出す。テコを使うわけですね。テコの原理は偉大です。はい、成功しました。

やれやれ。これでまた2年や3年はもつでしょう。新品電池だし使用頻度の少ないものだから、ひょっとしたら5年や6年は大丈夫かな。

リモコンの効きも回復しました。スムーズです。

★ 早川書房

micro.jpgまだクライトンの遺作があったとは。

ただしハードディスクの片隅に残っていたのは4分の1程度で、あとはリチャード・プレストンという人が追加したもののようです。

うーん。そこそこ上手に補填してるんですが、やっぱ、クライトンとは違う。細部がないんですよね。ストーリーを追うのに必死で大雑把すぎる

ま、内容は「7人の院生がだまされて2センチサイズに縮小される。小人たちは濃密な生命にみちあふれ生存競争激しいハワイの森で生き延びる・・・ことができるか」というもの。

ミクロの決死圏の密林版。想像どおり、周囲には恐ろしい兵隊アリやらムカデやら、狩人蜂、コウモリ。怖いですね。そんな環境にポイっと放り込まれたらどうなんだろうという興味はあるていど満たしてくれます。でもまあ、それだけという感じ。

クライトンにこだわりのある読者は読まなくていいと思います。

★★★ 新潮社

kaminodairinin.jpg比較的早い時期に書かれた本のようです。ルネッサンス期の4人の法王のお話。

時代後れの十字軍再編を夢見て王や諸公にそっぽを向かれたピオ二世(ピウスII)。サヴォナローラを追い詰めて抹殺したアレッサンドロ六世(アレクサンデルVI)。自ら軍を率いて戦い続けたジュリオ二世(ユリウスII)。そして陽気でお祭り好きで法王庁の予算を使い果たしたレオーネ十世(レオX)。

歴代の法王と対するのはフランス王であり、スペイン王であり、神聖ローマ皇帝であり、あるいは塩野さん大好きのヴェネッツイアであり。

面白かったのはフランス王ですね。常にローマ法王を圧迫し、時々イタリアに攻め込んでくるんですが、フランス文化なのか最後の最後の詰めがいつも甘い。どうも「法王=神聖」という固定観念から逃れられないみたい。それがしたたかなイタリア人連中から見ると不思議でしょうがない。法王だって子供もつくりクソもするただの(あるいはとりわけ欲深な)人間なのに。

フランソワ1世だったかな。法王を追い詰めたはずの和平会談でコロっと懐柔されてしまう。法王が連れてきた(接待役)レオナルド・ダ・ヴィンチに会えて、もう感動々々。たしかダ・ヴィンチはその後で招かれてフランスに行くんですよね。招かれてというより、食い詰めてというのが正しいかも。

何年か前にいったロワール川沿いのアンボワーズ城だったか、広い庭の隅にダ・ヴィンチの小さな礼拝室がありました。寂しい雰囲気でしたね。ガラーンとしていて空虚な雰囲気。

あんまり関係ないですが、ビル・ゲイツがダ・ヴィンチの鏡文字のメモを落札してホクホクしていたことを思い出しました。価値を認める人にとってダ・ヴィンチはもう「神様」なんだろうなあ。でも法王は「たかが職人」としか思っていなかった。たぶん。

★★ たちばな出版

tochosaibo.jpg歴史エッセイとでもいうべきなんでしょうね。アジアを中心として古今の歴史を概観。きちんと首尾の整ったものではなく、わりあいランダムに思いついたこと、気がついたことの断片、覚書といった趣です。深く考えずサーッと読むのにふさわしい。ベッドサイドに置いて拾い読みしました。

当たり前の話ですが、よく読み深く知っている人です。陳舜臣のような作家をわざわざ褒めるほうがヘンか。

面白かったのは中国各王朝の性格付け。たとえば殷は厳しい強圧政権であり、その後の周は庶民にとって暮らしやすかったはず。唐は強大な版図を誇ったけれども内実は貧しく、むしろ戦争に負け続けの宋のほうが経済は豊かだったとか。もし過去に戻って暮らすのなら絶対に宋がおすすめ。

こうしたあたりの指摘は目からウロコの欠片が落ちる感じです。経済の観点から中国王朝を見たことはなかったもんなあ。

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