2013年6月アーカイブ

★★★ 早川書房

all_clear1.jpgようやく読了。

ブラックアウト」でさんざん釣り糸を投げ散らかしたんで、続編の「オール・クリア」でそろそろ謎解きが始まるかと思ったら、いや、なんのなんの。いっそう不確定の網を拡げます。もう訳がわからん。おまけに分冊になってるし。

そうしたイライラを一気に収束させるのが最後の「オール・クリア 2」です。うーん、分冊にする理由はなかったですね。「オール・クリア 1」だけ読んで挫折した読者はまるでアホじゃないか。

翻訳の都合だということはわかりますが、でもたった2カ月のことなら訳了まで我慢すりゃいいじゃないか。そもそも「ブラックアウト」の発売は去年の8月。十分すぎるほど間隔は空いてるんだし。

ご注意
「オール・クリア 1」と「オール・クリア 2」は同時に購入しましょう。強くお薦め。


ブツクサとはもかく。最終巻は一気怒濤の展開でモヤモヤ解消です。なるほどメアリ・ケントやダグラスはやっぱりそうだった。アーネストもまあだいたい想像通り。でもセントポール駅から出てきた男はまさかまさか・・・・。

all_clear2.jpg大英帝国最強の秘密兵器ともいうべき悪たれホドビン姉弟、やはり最後まで大活躍で、相変わらず好きにはなれませんが、少しウルっとします。ただし、ほんの少しだけ です。前はうるさかったコリンに対しても少し同情の気持ちが生まれます。コリンだって「ドゥームズデイ・ブック」に登場の頃は同じようなイラつかせガキンチョ少年でした。

読了はしましたが、複雑怪奇な時系列の錯綜、完全には理解できていません。再読する際にはイベント時系列図でも作成しながらにしようと思います。誰がいつどこへ出発して、どこに着いたのか。そして誰に会ったのか。整理が必要ですね。

結局薬局郵便局で、このシリーズ、3巻をぜんぶ買う羽目になってしまった。ま、いいけど。
★★★ 平凡社

honyuhiden.jpg近くの図書館ではなく離れた分館に置いてあることは知っていましたが、だからといって分館まで行くのも面倒だし。それでしばらく放棄。

そのうち前にネット利用登録したことを思い出しました。うん、たしかネットでも予約ができたような気がする。ただし大昔のことなのでパスワードなんか覚えてもいない。

某日、思い立ってカウンターでパスワード再申請。もらった仮PWを本PWに変更して、さっそく予約してみると、もう翌日には「届いてますよ」と連絡がありました。メール連絡にしておくと便利ですね。

「豊乳肥臀」は盧溝橋での衝突から始まります。おなじみ山東省高密県の村では抗日団が(いいかげんに)結成され、血気さかんな若い衆が立ち上がります。本格的に日中の戦争。しばらく英雄的、あるいは不細工なドンパチがあって、なんやかんやでそのうち日本は降伏。しかしその後は国共の内戦です。そして共産中国が誕生し、これもなんだかんだゴタゴタ愚行と悲惨があって、ようやく鄧小平による大変更。そして現在。

村の鍛冶屋の若嫁には7人の娘と末の双子(待望の男児+余計な女児)がいます。娘たちの名前がすごい。上から来弟、招弟、領弟、想弟・・・と延々と続く。いかに男児の誕生が待たれていたか。

ただし子供たちはみーんな夫の種ではない。はい、亭主は種なしなんです。でも鬼の姑は跡継ぎを産め!とひたすら嫁を苛めるもんで、仕方なくあちこちの男衆から種をもらう。ま、半分は復讐の気持ちもありますが。

で、育った姉妹は年頃になるとそれぞれ男をつかまえる。長姉は匪賊の頭目と、次姉は対日戦線の現地指導者と、つぎは共産軍の現地リーダー・・・。見事にバラバラ。

という具合に時代は流れ、次から次へと戦火と暴力で家は焼かれ、村人は死に、母親は子供たちのために必死で生きのびる。頼りになるべき末の男児はあいにく乳房フェチの変態で、長じるまで母乳以外の食物を拒否するという困ったやつ。

最後の3分の1くらいは正直、読むのがけっこう辛いです。姉妹の中には救いようのない不幸せな子もいます。努力と誠意は報われない。ロシア人に貰われた子、みんなのために芸者に身売りした子、迷惑かけないようにひっそり川に身を沈める盲目の子。

全体としてかなり歴史に沿ったリアルな内容です。発刊と同時に禁書になったのもよくわかりますね。よく著者が無事にいられた。莫言も一時はちょっと逮捕の覚悟をしたらしいですが。

経済解放で豊かになったはずなのに、実は誰もたいして幸せにはなっていない。あちこちで娘たちが産みっぱなしにした孫連中もたくさんいて、ブツクサ文句言いながら老いた母親(孫から見たら祖母)が苦労して育てたんですが、その孫連中、豊かになった新生中国でハッピーかというと、もちろん違う。誰も幸せにはなりません。カタルシスはほぼ皆無。


莫言、このところけっこう読みましたが、自分としては転生夢現がいちばん後味がよかったですね。その次は白檀の刑かな。

「転生夢現」は入れ代わり立ち代わりの動物主役エピソードでかなり笑えたし、「白檀の刑」はやはり能天気な民間歌謡劇の猫腔が効果的で犬肉屋の若女房が明るくていい。もちろん単純に明るい小説なんて、莫言が書くわけないですけど。残酷で笑えてホロリとさせる。良質の浪花節、名人上手の語る人情噺です。

ちょっと時間があると、PCで碁を打っています。少し前に買った廉価版の「最強の囲碁 新・高速版」。

5段階ある強さのうち真ん中の「普通」モードで、しかも3子置いて(置かせて、ではない)、それでコロコロ負け続ける。この「普通」はどこかのサイトに「2級くらいかな」と書いてありました。たぶんそんなものだと思います。はるか昔の化石時代、会社の昼休みに誘われて打っていた先輩が自称2~3級。ほぼ同じような強さです。

igo0417.jpg負けるんですよね。ほとんどの場合は数十目の差をつけられる。もちろんたまには勝ちます。でも連勝はできない。たいていの場合、いい調子に打っていると思うと、いつの間にか大石が死んでいる。あれっ?と気づいて、そこで終了。

かといってひたすら慎重・弱気に打つとやっぱり負ける。ただそれでも何回も何回も同じような碁を打っていると、だんだん定石のようなものがわかってくる。定石じゃなく、手筋というのかな。こんなパターンではこう打つのが普通らしい・・というやつ。少しずつ覚えてはいるので、ほんの少しずつは強くなりつつあるのかもしれない。

igo0615.jpg
まだ先が長いです。あんまり根を詰めて打つと、夜中に夢の中で黒白の石が動き出したりする。そこまでやっちゃ行き過ぎでしょうね。意地にならず、気長にやっています。

それにしてもヘタだなあ・・・。



★★★ 講談社

bakumatsukibun.jpg西郷とか慶喜とかみんなが知ってるキーマンたちの行動ではなく、名もない庶民の視線から幕末の空気を見てみようということで、非常に成功してますね。

いわば上巻にあたる「幕末気分」の冒頭は「幕末の遊兵隊」。遊撃隊じゃないです。「遊兵隊」。

遊兵って何だ?というと、文字通りブラブラ遊んでる兵隊連中のこと。そもそもは武具御用のお役目をつとめている御家人たちが、青天の霹靂で14代将軍にしたがってぞろぞろと大阪へ出陣する羽目になった。

たしか200年以上も前の島原の乱以来、ずーっと天下太平で、まともな戦争なんてなかったですよね。急に「出陣じゃ!」と言われてさぞや驚いたでしょう。そうか、オレたちってサムライ、戦争専門職だったんだ。

しかし当人たちに「戦争専門職」という意識はまったくありません。公費で大阪出張させてもらえるのか・・程度の小役人感覚。だったら出張を存分に楽しませてもらいましょ。弥次さん、喜多八などなどニックネームで呼び合っている仲のいい数人(自称 業平組。なりひらぐみ です)、毎日のように連れ立って芝居を見たり、業者の接待を受けたり、喰ったり飲んだり。ちょっと可愛い娘でもいればちょっかい出したり転んだり立ったり。楽しい日々です。

いかにも江戸っ子ですね。物事を真剣に受け止めたり頑張ったりするのは野暮、田舎者。すべて軽く洒落のめして生きるのが粋というもの。楽しく気楽にすごそうじゃないか。

ただし楽しい日々にはだんだん暗雲がたちこめてきます。まず居心地のいい民間宿舎だったのが(さすがに経費がかかりすぎた)、「いろはに・・」の番号を振られて急造の兵営に引っ越しをさせられる。組織改革もやたら多くって、今まではろくに仕事もない武具奉行配下の同心だったのが、なんかよく分からない部署へ配属になる。

おまけに弓矢火縄銃じゃだめだということが判明して、軟弱な弥次さん、喜多さん連中まで重い銃を持たされて訓練を強要される。そんな生真面目なこと、やってらんねえやい。

「幕末気分」ではここで終わるんですが、この弥次喜多の後日談は「幕末伝説」(「幕末不戦派軍記」)に続きます。なんのかんのと要領よく立ち回っていたこの弥次喜多連中も、最後は鳥羽伏見の戦争に直面。もちろん真剣に戦ったりはしません。とにかく逃げる、泣く、わめく。そして最後はどうなったのか・・・たぶんツテを利用して江戸帰還の舟になんとか潜り込んだ可能性が高いですね。真面目に東海道を歩いて帰ったとは思えない。

ま、御家人でもそうなんですから、まして関東近在の百姓を急募して作った幕府「歩兵隊」の質がどうだったか、想像するまでもないです。そもそも、質のいい百姓は兵隊に応募しません。無理やり割り当てられたら、ふつうは村のやっかい者を提出しますわな。あるいは流れ者、やくざもの。腐ったリンゴ、固いリンゴ、美味しいリンゴ、ゴチャ混ぜにして銃を与えて即席訓練してできあがったのが歩兵隊。

だから歩兵連中が花の吉原へ突撃する(「吉原歩兵騒乱記」)という破天荒な騒ぎもおきる。たぶんなんか吉原で無理無体をしたんでしょう、歩兵が数人、用心棒に殺された。こうなると歩兵も仲間意識は強いです。憤激して、堂々と隊伍を組んで吉原の大門を破り、縦横無尽に暴れ回った。「建物はどんどん壊せ。ただしなるべく人は殺すな」という指令が幹部から出ていたそうです。たちの悪いのが武器を持ってるんだから始末におえない。

世も末・・と言いたくなりますが、実際、世も末だったんでしょうね。

その他、妖怪・鳥居耀蔵のその後が紹介されていたり(明治になってもまだ生きていた)、江戸を荒し回った根拠地・薩摩三田屋敷の詳しい解説があったり、へえーということが多かったです。

そうそう。備前藩兵士が領事館(の旗)に発砲した神戸事件、出来立ての新政府にとっては真っ青になる大事件だったわけですが、実はこれが開国政策への方針転換のいい口実(言い訳)になったという著者の解釈。ちょっと目からウロコが落ちました。前々から、攘夷々々と言ってた新政府が、どういうカラクリで大方針転換を周囲に納得させたんだろうと疑問だったので。


注記
知ってる人にとっては余計なお世話ですが、「御家人」というのは幕府の直参、いちおうは広義の旗本に含まれます。つまり将軍に拝謁する資格のない下級旗本ですね。
ただし「旗本」も狭義では御目見得資格のある直参のことを指し、呼称は「殿様」です。もう大名とあまり差がない。「大名」と「旗本」の差はもらっている祿高。1万石以上が大名ということになっています。

★★★ 早川書房

ooinarunemuri.jpg村上春樹訳です。

登場の私立探偵フィリップ・マーロウはまだ若いです。まだ体力もたっぷりあって行動力も抜群。後年ほどは人生に疲れていません。

例によって(というか、宿命ですね)ストーリーはわけわからん。誰が誰を何の理由で殺したのか、やたら出てくる拳銃のうちどれが何発発射されて、誰が死んだのか。ま、そんなことはどうでもいい。

で、例によって女どもには妙に好かれる。美人姉妹+αがそろって好意を示す。手練手管だけでなく、思い切って直接的に迫ってくる女もいます。マーロウも我慢するのはかなり大変だった模様です。


大昔に一回くらいは読了しているはずですが、もちろん何も覚えていない。ま、今回も、楽しく読みました。

「Firefoxで新しいウィンドウが裏に隠れる」というトラブルは、結局のところFirefoxの最新バージョン(たしか前回は20.01)が原因なのか、あるいはFlash Playerの最新バージョン(11.7)が理由なのか、判然としません。ま、両方の兼ね合いなんでしょうね。

前回はFirefoxを19にダウングレードして解決。ところがまた発生したので、今度はFlash Playerを10.3にダウングレードして解決。ははは。

要するにイタチごっこみたいなもんで、片方が最新版になるとトラブる。困ったもんです。

それにしても今回、Adobe Flash Player11.7を11.4に落とした(これでも解決するはず)のに、「これはShock Wave Flash 11.4だ」とFirefoxは言い張ります。プラグイン一覧を見ると、ここだけ警告色に染まっている。

Shock WaveもAdobeも同じようなものと思うのですが(たしか買収したんですよね)、いまだに古い名前が登場する。おまけにFirefoxはこの「Shock Wave Flash 11.4」を古いバージョンだから危険だとうるさい。

こうやって書いていても頭が混乱します。ほんと、わけわからん。

そもそもを言うなら、同じ最新版なのにFlash Player11.7がダメで、同じように脆弱性解消バージョンのFlash Player10.3がOKという理由も不明。(Firefoxのプラグイン名ではあいかわらず「Shock Wave Flash 10.3」になっています)

shockwave.jpg正直いうと、「なんかAdobeが絡むといつも話がややこしくなるなあ・・」という印象です。

最近、Firefoxで新しいウィンドウを開くと(ちなみにタブ機能は使ってません)、なぜか裏側に隠れて開きます。前はこんなことなかったんですけどね。新しいページを見ようとおもってクリックしてるのにそのページが登場しない。あれれと探すと裏側に隠れている。

flash_version.jpgてっきりFirefoxの問題かと思っていましたが、いろいろ探すと実はFlash Playerに原因があったらしい。

前にFlash Player 11.3が原因でFirefoxの異常終了がありうるというので、最新版にアップデートしました。確か11.4だったかな。その後は気にしないで放置していたんですが、確かめてみたらいつのまにか 11.7に上がっている。

で、調べたらこのFlash PlayerのバージョンとFirefoxバージョンによって「アクティブウィンドウが隠れる」という症状が起きると解説してある。面倒だなぁ。そのサイトでは「Flash Player 11.2」に戻すと治る。また「Flash Player 11.4」でも治ったと書いてあります。

えーと、ここです。「Firefox で Flash Player が原因で「ウィンドウが非アクティブ」になる」というページ。

Flashの保護モードを解くというのもナンなので、仕方なくFlash Player v11.4に戻しました。「アーカイブ版 Flash Player の提供について」のページから、
  (10/8/2012 公開) Flash Player 11.4.402.287
をダウンロード。

解凍するといろいろ入ってて迷います。とりあえず前のバージョン(11.7)をアンインストールしてから、よくわかりませんが11.4の「win.exe」というのを実行。うんうん、成功。スムーズに運んで、いまのところアクティブウィンドウの問題は解決したみたいです。

Adobeさん、いろいろ便利なものを出してくれるのは嬉しいんですが、バージョンアップの頻度がやたら多いと時折トラブルが発生する。なんか数カ月おきにあちこちで新しい摩擦が起きている印象です。
flash_version3.jpg
さきほど念のためにAdobeでFlashのバージョン確認してみたら「これは古いから危険だ!」と叱られました。わかってるけどさ。

それでも「有効にする」をクリックしたらバージョンを教えてくれました。やれやれ。

追記
うーん・・・まだ完璧ではない雰囲気。「Shockwave Flashは安全ではありません」とか、なんとか言ってくる。要検討。

結論
よくわからんけど、思い切ってFlash Player10.3にダウングレード。バージョン10では最新版みたいです。とりあえず文句メッセージも出ません。

これでしばらくやってみます。難しいなあ。

★★ 光文社

sangokushigekisen.jpg三国志ものをいろいろ書いてる三好徹ですが、これは「余りもの」の人物列伝といった感じです。
ここだけは強調しておきたいなあ・・といった余祿。

まず呂布から始まり、ずーっときて最後は孫権あたり。したがって、引用の原典なんかもかなりダブっています。下手すると同じような記述が何カ所も出てくる。

こうした群雄英雄たちの死で三国鼎立の実質は終わります。実際には劉備が死んでから諸葛亮の没まで11年あるし、完全に蜀漢が滅びるのはそこからさらに30年くらい後です。

魏も存続したのは45年間。呉はなんだかんだで60年近い。英雄たちが死んだあともズルズルダラダラ継続してわけです。でも後世、そんなことにはだーれも関心も持たない。

そうそう。面白かったのは曹操の詩「歩出夏門行」の有名な部分。

 老驥伏櫪  (老驥は櫪に伏すも)
 志在千里  (志 千里に在り)
 烈士暮年  (烈士 暮年)
 壮心不已  (壮心 已まず)

これが中国の(なんか忘れたが)なんかの底本では「老驥」ではなく」「驥老」だというお話。「老驥」と「驥老」では、同じようなもんですが、ちょっとニュアンスが変わる。

したがって「老驥 櫪に伏すも」ではなく「驥 老いて櫪に伏すも」という読み下しになるのかな、たぶん。「老いた駿馬が馬小屋に伏しても」ではなく「駿馬が老いて馬小屋に伏しても」という解釈。

「時間の流れ」という要素が加わるというんですね。もしこれが本当なら面白い。三好さんの言い分では、どこかでアホが手を加えて「老驥」にしてしまった。

そうそう。呂布。日本ではそこそこ人気があると思うんですが、本場中国では基本的に不人気なんだそうですね。やっぱ節操なく裏切りばっかりしてたからでしょうか。そもそもを言うなら、なんで劉備は人気あるのかも不思議でしょうがないんですけど。

★★★ 講談社

shinsekaiyori.jpg貴志祐介は2冊め。今回はファンタジーSFです。

最初はルグインのオールウェイズ・カミングホームを連想されるような小さな町で始まります。うーん、ルグインというより坂東真砂子の高知みたいな雰囲気もある。ようするに仏教・神道の臭い、土俗感覚、いかにもニッポン人の生活

で、すぐにこれは未来の日本、あるいはパラレルワールドなんだなと分かります。子供たちが冒険をする。奇妙な妖怪が出没する。共同体の仲間になるためには選抜が課せられる。

それなり読める小説でした。ボノボの性愛親睦行動を取り入れているのが意外といえば意外。また何という理論か知りませんが、凶暴な攻撃力を備えた動物には「仲間を殺すな」という強い抑制がある。ライオンやワニが本気で攻撃しあったら、あっというまに種が絶滅してしまいますわな。だから「ごめんね」と服従行動をとった同種の相手をけっして攻撃しない。鋭い牙を持つ犬っころがお腹を見せて転がるやつです。

で、人間はどうなのか。なんせとりわけ弱っちいサル(たぶん)ですから、あんまり攻撃抑制が働かない。本来は弱いサルなのに、後天的に強力な武器を手にしてしまったから大殺戮が発生する。このへんが小説の芯になっています。

細部はかなり問題いろいろ。納得いかない部分も多々。でも大筋の設定が秀逸なんで、グイグイと読めます。楽しい本でした。

学生時代、「国文学概論」という人気講座がありました。たぶんその頃は助教授だったI氏の語りが軽妙で、ひたすら笑いながら聞いていました。もう少し真面目に出席しとけばよかったなあ。

で、島崎藤村の話になって、藤村が一念発起、家に閉じこもって「破戒」を書いた。貧乏に輪をかけた極貧です。でも自分は仕事をしなきゃいけないからご馳走を喰った。女房子供には梅干しを見せて、匂いだけかがせて飯を喰わせた。明治の男ってのはそうだったんです。

ま、鴎外みたいな例外もいましたけどね。鴎外は飯にあんこを乗せてくっていた。漬け物だろうが刺身だろうが、ぜーんぶ熱湯で殺菌してたそうです。ドイツ留学、コッホの細菌学に傾倒した人ですから。だから陸海軍カッケ論争では頑固になった。それはともかく。

で何年かかったか知りませんが、ついに大部の「破戒」が完成。感慨ひとしおの藤村の前に細君が奥の襖を開けてふらふらと出てくる。「あなた、目が見えません・・」

栄養失調でトリ目になっててしまったんですね。この部分の語り、怖かったです。で゛細君はどうか知りませんが、娘を3人殺してしまったのは事実らしい。

藤村、初期の甘ったるい詩や歌は好きでしたが、小説は読んだことなし。破戒は面倒っぽいし、夜明け前もなんか悲惨だというし、敬遠。

考えてみると、読んだことのない大家って多いです。えーと・・・・。

尾崎紅葉は少し読んだ。二葉亭四迷も少し。泉鏡花もちょいと。幸田露伴はザッと。森鴎外は一応。樋口一葉は少し。夏目漱石は晩年のもの以外を網羅。国木田独歩はナシ。田山花袋はあかんかった。
徳田秋声はダメ。永井荷風もダメ。島崎藤村は全滅。谷崎潤一郎もほんの少し(でも細雪はがんばって読んだ)。志賀直哉はあかん。武者小路実篤は嫌いだ。里見弴は知らん。佐藤春夫も知らん。
芥川龍之介はぜんぶ読んだ。山本有三はほんの少し。横光利一は好かん。川端康成は一応。プロレタリア系はすべて放棄。

最近のものでも偏りが多いです。 一部の作家のものはかなり読んでるけど、ちょっと面倒なものはハナっから読もうともしない。

all_clear2.jpg資金があれば文学全集でも全巻揃えて、ちょぼちょぼ読む。うーん。かなり理想的に映るけど、無理ですね。二段組、三段組の細かい活字をいまさら読み通せるはずがない。体力、視力がなくなってしまった。資力も視力もない

そういえば「老後はディック・フランシスの競馬シリーズを読むか」という遠大な計画もあったなあ。面白いのはわかってるけど、当時は読むのが惜しかった。もちろんまったく実現できていません。

そういえば先日買ったコニー・ウィリスの「オールクリア1」、まだ手つかずの積ん読状態です。いちばん美味しいお菓子を最後に残してあるようなものかな。それどころか、6月に出る「オールクリア2」の予約をしてしまいました。

★★★ 朝日新聞出版

hashimoto-tachidomari.jpgふと見かけて借り出し。なんか月に1回の連載エッセーをまとめたものみたいです。2009年の民主党政権誕生あたりから大震災の後あたりまで。

例によってハシモト流の粘着文体・論理展開ですから、かんたんには読めません。ただ流れは非常に論理的なので、真面目に読めば理解できます。しかも面白い。なるほどなあ。

気がついたこと。
・大震災についてはわりにアッサリ書いています。怒ったり喚いたりはしない。「ハシモトはどんな具合にこれを書くのかな」と気になっていたので、非常に納得。そう書くしかないわな。

・病気入院をしていたらしいです。けっこうややこしい病気。しかもわざわざ6人部屋に入った。しかしナースステーションが近くて眠れない。看護師はやたら元気一杯で女子校体育系そのものだし、同室の患者たちもギャーギャーわめく。しかもジイサンバアサン、偉そうに文句いう患者が多い。「みんな死んでしまえばいいのに」と内心思ってしまう。ははは。確かに。大部屋に入院していると、そういう感覚になります。

・ずーっとニッポンは表にあらわれない「権威」によって運営されてきた。平安の昔からそうです。上皇しかり、明治の重臣しかり。いまはその権威がいない。権威不在で自民党は力を失った。民主党はもちろんです。

これを出版の衰退と絡めて推論してきるのがすごい。なるほど。よくある「これは売れなかったけど良書だ」というパターンの論評はどこから生まれるのか。だれが勝手に「これは良書だ」と認定しているのか。つまりはぼんやりした「権威」ですわな。

昔から疑問に思ってきました。たとえば大会社の社長人事、あるいは省庁の事務次官人事。戦前だったら元帥位。その組織でいちばん偉いポストのはずなのに、だれがそれを決めるんでしょう。下の連中が合議で推すのか、それとも引退した老人たちが密室で推薦するのか。


読み通すとかなり暗い気分になります。でも昔からニッポンはそうだった。非常に暗いけど、でも歩き続けるしかない。「展望がないからイヤだよー」なんてガキみたいに甘いこと言ってちゃいけません。

そうそう。島崎藤村「夜明け前」を褒めていました。意外や意外の拾い物だったらしい。かったるい「落ち目の旧家のドロドロ話」と思っていましたが、違うってんですね。
つい気になって図書館で見てみましたが(さすがに買う勇気はない)、字が大きかったり分冊の文庫だったり、あんがい適当なのがないです。図書館データベースで検索かけてみたら筑摩の現代日本文学大系で1冊になっている模様。気力がでたら借り出し請求してみようかとも思います。
はい。とりかかるにはかなりの元気が必要です。

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