2013年10月アーカイブ

nichirosensoushi.jpg★★★ 平凡社

半藤一利の講談本ですね。上下巻。内容はもちろん真面目に書いてますが、ひんぱんに脱線する。調子に乗ると扇子をバンバン叩いて、余計な話もする。

司馬遼太郎の「坂の上の雲」とあわせて読むと面白いのかもしれません。ちょうど補完するような内容です。「坂の上の雲」のちょっと感動的すぎるようなエピソードとか史観とかに、ちょくちょく水を差す。

たとえば司馬本ではちょっと出来すぎの感のあった児玉源太郎も、実際には間違いもたくさん犯したし、いつもいつも対局を見ていたわけではない。あるいは山縣有朋桂太郎にしても、 100%いいかげなん男でもなければ困ったオヤジでもなかった。彼らなりの責任感。

いちばんびっくりしたのは、旅順攻略でのエピソードでした。203高地を重点攻略目標に転換するはるか前に占領した海鼠山。ここからは旅順湾が実はけっこうよく見えた。で、ここを観測地点にして試しに砲撃してみたというんです。その結果として、停泊していたロシア軍艦がかなりのダメージを受けていた。爆発が怖くて艦砲を陸揚げした艦艇もあった。要するに実質的には湾内の艦船が役に立たなくなっていた。

ただ惜しむらく、砲撃は継続しません。そんなに効果があったとは誰も知らなかったし、念のために調べてみようとも思わなかった。れいの28サンチ榴弾砲にそんな威力があったとも思わなかった。そもそも陸軍の目的である「旅順攻撃」の本筋とはあんまり関係ない(と第三軍は思った)。

「この被害の影響でロシア水兵の捕虜が増えていたはず。だれか真剣に尋問してみれば砲撃効果が確認できたのに」と半藤さんは言います。結果論ですが、わざわざ203高地を焦って攻めなくてもよかったのかもしれない。もちろん203高地の占領で観測砲撃が完全となったのは間違いないでしょうけど。

ま、そんなことより大衆と新聞ですね。新聞が煽りたて、アホな評論家や識者が乗っかり、民衆が調子に乗って騒ぐ。三拍子の揃い踏み。少しは反戦派新聞もあったらしいけど、そんな新聞は売れ行き激減でみんな最後は節を曲げた。筆は1本箸は2本、かなうわけがない。理想を言ってたら喰えなくなる。

民草愚民のみなさんは、勝ったといって提灯行列。負けたといってブーブー騒ぐ。出没するウラジオ艦隊を上村艦隊がいつも取り逃がしてるってんで、上村彦之丞の家に石を投げる。旅順が落ちないといって乃木将軍の自宅を取り囲む。子供を戦死させたばっかりの乃木夫人は泣いてる暇もなく雨戸を閉めて身を縮めていたそうです。

もちろん政治家や軍首脳連中も同じようなもんで、何かというと仲間割れしちゃそのたびに大騒ぎしている。ま、それでも太平洋戦争の頃に比べれば雲泥の差。かなりマトモと評価すべきレベルだったらしい。昭和の軍人はよっぽど酷かったんでしょうね。この日露戦役で少尉とか中尉クラスだった連中が参戦でハクをつけて出世、後の太平洋戦争では中枢部になっていた。半藤さん主張の根幹は「日露勝利でいい気になった。論理的分析を放棄して、精神論だけが一人歩きをして太平洋戦争になった」ということらしい。根拠のない成功体験にしがみついて、理性的に考えることがなくなった。

話は違いますが、ここ数十年、天下の大新聞がよく「二度と過ちはおかしません」とかきれいごとを言ってます。あの頃はつい乗っかって戦争協力してしまったけど、猛省したから次は大丈夫ですとか。

たしかに、そうあらまほしきものですが、でも大衆受けしそうな方へついつい舵を切ってしまうのはマスコミや政治家の天性宿命。眉にたっぷりツバつけて、なおかつ決して信用しないがいいでしょう。もちろん自分を含めて、国民大衆も同じことで、みんなニッポンは絶対正義だと思っているし(当然そう思いたいですわな) 断固たる景気のいい話が大好き(自分も好きです)。辛抱して仲良く地道になんて論調は好かれません(だって面白くないもん)。

人間、あんまり信用できるもんじゃないようです。ま、日本に限った話でもないでしょうけど。

吾妻ひでおの「失踪日記2 アル中病棟」を読んで思ったこと。

shissounikki2S.jpg読んでるあいだ何かをぼんやり感じてたんですが、それが何だったのか。なんせトシなんではっきりしなかった。だいぶ時間がたってからようやく気がつきました。そうだったのか。

「集団生活」です。子供時代なら林間学校とか合宿とか。サラリーマンなら泊まり掛けの研修とか。あるいは長期の入院生活とか。あまり知らない人間同士がせまい空間で気を使いながらの生活。

年齢を重ねるにつれて、こういう集団生活の場は少なくなる。けっこうなことです。人間がどんどん狭量わがままになってるんで、たとえばこれから軍隊にでも入れられたら辛いだろうなあ。飯の不味いのは比較的我慢できるし、時間を決められた行動もなんとかこなせる。その空間でのルールをなるべく早く習得して、可能な限り快適に過ごすノウハウもたぶん持っている。でもアホ軍曹に理不尽ないいがかりでビンタ張られて我慢するのは悔しいだろうなあ。そもそも体力が限界まで減退してるし。

どっちにしても長期は無理。せいぜい1週間とか2週間が限度でしょうね。猛烈にストレスがたまる。

先日、定期検診で病院に行きました。待合室で座っていると、受付あたりでやけに大きな声で看護師としゃべっている男がいる。べつに変な人ではなく、単に声が明瞭かつ大きいんです。語尾も非常にはっきりしている。けっこう離れていても、話の内容がビンビン聞こえてくる。たとえば消防士とか建設現場とか、はっきり大きな声を出す習慣のある人なんでしょ、きっと。有能な営業マンなのかもしれない。

shissounikki2S.jpgとくに悪い人ではないし、男らしいタイプなんでしょうが、でもこんな人がいつも傍にいたらけっこう疲れるだろうなあ・・とぼんやり思いました。

集団生活では、いろんなタイプの人間と折り合いをつけながら暮らさなければならない。今でもある程度はできそうな気がするけど、それが長くなったら辛い。

「失踪日記2 アル中病棟」の吾妻さんも、他の患者やスタッフたちとけっこう丸く付き合っていたようです。病院だって経営利益が大切だし、看護師もいろいろ。馬鹿馬鹿しいことや理不尽なことは山ほどあるけど、だいたい人生なんてそんなものです。おまけにアル中病棟の入院生活は壊れかかった患者や自暴自棄の患者ばっかり。一見まともそうに見えても、ほんとうにまともな人なんてまずいないでしょう。みんな激しいストレスと底無しの恐怖をかかえているからアル中になるわけで、退院してからも80%はまた戻ってくるんだそうです。何回も入退院を繰り返しているうちにのたれ死にする。つまり生還率はわずか20%

そんなの爆弾かかえた患者同士の共同生活はかなり酷いです。詐欺師まがいもいるし、人格破綻者もいる、暴れるのもいる。おまけに週替わりの役員に選出されたり、当番などの雑事もある。反省会のような集会にも出席しないといけない。てきとうに嘘も言わないといけない。集団生活では偽善も重要です。

吾妻ひでおセンセもけっこう円満に折り合いをつけてたようなんですが、でもだんだん苛立ちがつのってきて、最後の方では何回かブチキレになってます。マンガなんで軽く描いてるけど、かなりあったんだろうな、きっと。こういうブチギレ、いきなり理不尽に噴出してるんですね。理屈で怒ってるんじゃなくて感情の爆発。だからたぶん周囲から見たら訳がわからない。

shissounikki2S.jpgマンガの最終ページでは、そうしたアル中病棟をなんとか退院して、通常の喧騒の街に戻ってくる。社会復帰。枯れ葉が舞い、バスが走り、女子高生がぺちゃくちゃ話ながら通りすぎ、酔っぱらいが騒いでいる。そんな都会の街を、ちょっと下向いて吾妻ひでおが歩いていく。もちろん現実の吾妻日出夫はかなり大柄で(たぶん)根暗そうに見える、分別臭そうなオヤジです、たぶん。


話は違いますが今回の定期検診。人の声が聞こえにくくなったような気がします。明瞭に話してくれるぶんには問題ないんですが、たとえば視力検査機の小さなスピーカーが単調な音声で「上にあるレバーに右手をあてて画面のマルのなんとか・・」とか、ボソボソ説明してるのを聞き漏らす。聴力が落ちたんではなく、集中力が欠けてきたんでしょうね。看護師が「あそこの椅子に腰掛けて説明を・・」とか早口で言うのがよく聞き取れなかったりもする。

そういえば上部内視鏡の麻酔も今回はやけに効いた。検査室で横になって、点滴管を差して、口に突っ込んできたな、ウェ!・・と思ったら、その1秒後には休憩室で寝ていた。あれ、部屋が違うぞとかなりびっくりしました。ストレッチで運ばれたんではないと思います。たぶん検査が終わってからは自分で立ち上がって、看護師に支えられながら歩いて移動したんでしょう。ただし、その記憶が完全にゼロ。

ゼロってのは、かなり気味が悪いですね。ボンヤリでも覚えていればいいんですが、なにもない。空白。麻酔薬の1滴か2滴で人間の記憶なんてどうにでもできる。よくあるSFの設定ですが、ほんとうにそうなんだなあ。これも唐突ですが、ハンニバルのレクター博士といっしょに暮らしている(ブエノスアイレスだったっけ)クラリスも、なにか強力な薬を処方されてましたよね。人肉嗜好の殺人鬼と暮らす酒と快楽の日々をクラリスは記憶しているんだろうか。

そんなとりとめもないことを連想。意味ないですが、いちおうメモしときます。ダブル台風が接近とかで、今日も雨。

shissounikki2.jpg★★★ イースト・プレス

もう8年前になるんですか、吾妻ひでおの「失踪日記」がベストセラーになりました。その続編というか、ちょっと違う視点での書き下ろしです。分厚いです。

子供が帰宅した際にこれを持参してきて、ザザッと読みふけってから置いていきました。置いてあったのを夕食前にこっちもザザザッと読破。

内容はタイトルのまま、アル中病棟での3カ月を詳細に描いたものです。登場人物も「失踪日記」の常連が出てくるし、それとは別の患者もいる。登場の看護師や医師も増えました。

作風というか、ほんの少し雰囲気が変化していますね。うーん、キャラクタが少し人間っぽくなった。縮尺を計ってはいませんが、2等身の幼児だったのが3等身になったとでもいうか。ところどころの俯瞰の1ページ絵がしみじみしています。叙情というか感慨というか、退院してからの生き方の大変さ、過酷さを感じさせる。ギャグも減っています。生身の吾妻ひでおの苛立ちや感情も随所に描かれます。

商売と考えたらこんなに厚くて書込の多いマンガは無理でしょうね。あくまで本人が書きたいから書いた。損得ヌキ。8年かかったと言っています。

絵の中に出てくる建物や景色、実はけっこう知っている場所が多いです。患者が散歩する野川沿いの道も知っているし、座り込んでしゃべっている水車小屋もわかる。そうか、こんな所を歩いてたんだ。

そうそう。この本の表紙、なんかヘンテコリンなピンクです。趣味が悪い。なんでだろ?と思ってから気がつきました。不安定なんです。安心できる基礎のない浮遊の色。きっと作者の底の抜けたような妄想心象なんだろうな・・と思ったら納得できました。


kantei100.jpg★★★ 岩波書店

内容は「プロメテウスの罠」をほぼなぞっています。著者は朝日新聞記者で「プロメテウスの罠」取材執筆陣の一人だから当然ですか。それにしても「プロメテウスの罠」は学研からの出版だったし、本書は岩波です。朝日も逃げてるなあ。違う事情があるのかもしれませんか、どうしたってそう映る。

ただプロメテウスではさしてページを割けなかった官邸内部の動きと背景を、思い切ってページを使って詳説したのが本書。最初の100時間、つまり4日間だけに絞ったので、かなり読みごたえがあります。またこの本では「主張」や「判断」がほとんどありません。もちろん執筆者は言いたいことが山ほどあるはずですが、精一杯抑えているのがわかる。ひたすら取材によって得た「事実」だけを客観的に書きのべています。

取材対象は可能な限り実名。実名を書けなかったケースでは、なぜ匿名としたのか理由をそのたびに記述しています。かなり煩雑かつ膨大ですが、精度と信頼性を高めるためには必要なことだったんでしょうね。

内容そのものは、だいたい想定内でした。こんなときに「想定内」なんて言葉を使うのは悲しいですが、でも想像どおり。やはりそうだっだのか。ただし「事実」としての各人の発言記録はかなりあからさまで、飾りがない。臨場感。新聞記事なんかでは絶対に出てこない肉声の実感があります。そういう点では興味深く読めました。

そうそう。海水注入問題で当時の安倍元総理が菅直人を批判したらしいとは知っていましたが、実際の批判コメントを読んだのは今回が初めて。なるほど、こんなことを言ったのか。なんとも露骨ですね。あざとい。品がない。これに例の大手新聞が尻馬に乗って騒いだ。

今年の夏の菅直人のブログでは、「菅総理の海水注入指示はでっち上げ」のメールマガジンの件で安倍総理を訴えるとかなんとか書いてありましたが、その後はどうなったんだろ。その後の経緯を新聞でも読んだ記憶がありません。

言葉は適切じゃないですが、「面白い」本でした。気分は超悪いですが、どんどん読める。面白がってちゃ、いけないなあ。


蛇足ですが、登場人物の中ではやはり使い走り、下っぱ政治家の言行がいいですね。たとえば寺田(総理大臣補佐官)とか。重鎮クラスになると、やっぱり言葉を選ぶのか、あんまり人間味がない。少なくとも取材者に対しては口が重くなるんでしょう。

本質とは関係ないものの玄葉光一郎が目を泣きはらしていたとか。当時は特命担当大臣だったと思いますが、大臣ではなく福島選出議員としての感情が露出してしまった感じ。それも当然だろうなと思います。非難する気にはなれません。


yurerutaikoku.jpg★ NHK出版

先日読んだ「シベリアの旅」でロシアの現状に興味を持ち、これを借り出し。今のロシアについてはプーチンがおっかなそう・・という以外、ほとんど何も知らないし。

本棚にはいろいろ本が並んでましたが、結果的にいちばん読みやすそうなNHK本になりました。うーん、結果としてはちょっと失敗だったかな。悪くはないんだけど、どうしても掘り下げが浅い。

個人レベル、庶民レベルの立ち位置から取材・・というコンセプトで。そのためか取材対象が少なすぎて、物足りない。取材も難しかっただろうし、NHKの看板を背負ってるんで、あんまり突っ込むこともできない。

ちなみにこの本の章タイトルは「プーチンのリスト」「失われし人々の祈り」「グルジアの苦悩」「プーチンの子どもたち」。プーチンの国家資本主義攻勢下で苦悩する起業家、政府の後押しを受けたロシア正教の大復活、ロシアとNATOの間で苦悶する元ソ連邦の小国家、プーチンが力を入れている青少年向けの軍人養成校がテーマですね。

読まないよりはよかった。少し知識も増えた。でも「いい本を読んだ」「そうだったのか!」という驚きや満足感はなかったです。

先日読んだ「罪人を召し出せ」。英国16世紀のトマス・クロムウェルのお話ですが、アン・ブーリン裁判に絡んで「彼は貴族だから拷問はできない」という記述がありました。どうしても拷問したい場合は王の許可状が必要なんだそうです。

したがって、たとえば宮廷楽士のマーク・スミートンの尋問。こちらは単なる庶民なので、やろうとすれば簡単に拷問可能です。だからスミートンはいろいろ自白しましたが「どうせ拷問されて苦し紛れに吐いたんだろう」とみんな思ったわけです。

bringup.jpgしかしたとえばアンの兄(弟)、ジョージはロッチフォード子爵です。父親はアンのおかげとはいえ一応は伯爵になっている。とうぜん、彼を拷問することはできない。なんとなく納得はできるものの、でも、何故なんでしょう。

考えてみましたが、やっぱ、貴族連中はみんな仲間だったからでしょうかね。日本なら戦国大名かな。たまたま家康が天下をとったからといって、他の大名諸侯も格としては同列です。世が世なら彼が天下を制覇したかもしれない。徳川ン百万石も田舎の数万石領主も、たまたまの運不運の結果でしかなく、可能性としては同列同僚。そうした気分が「拷問すべきではない」という暗黙ルールになった。

ま、建前としては「貴族やジェントルマンは嘘をつかないはず」という考え方もあったかもしれません。要するに、魂を持ったまっとうな人間。庶民なんて嘘つきで高貴な魂なんてなかったんでしょね、きっと。

そういえば、幕末の土佐勤皇党、武市半平太の処分。まっさきに岡田以蔵がつかまって拷問にあって打ち首獄門となった。以蔵、もとは郷士という話もありますが、その後に足軽身分になったという記述もある。では足軽は武士なのかどうか。同じ下っぱでも中間小者はたんなる使用人ですが、足軽はいちおう武士です。

あるいは、幕吏に逮捕されたとき以蔵を土佐藩が「そんな家来はいない」とシラをきった経緯があったらしいですが、それで無宿者あつかいとなり、故に(なんか矛盾してますが)土佐藩が拷問することもも可能だったのか。論理がややこしい。

この見方を反対から眺めると、貴族や武士は有罪であろうとなかろうと「有罪である!」と言われたらもう最後。おとなしく従うしかない。日本なら切腹。英国なら斬首。従うのがいやなら抗命して戦うしかないですわな。ま、反逆して死ぬのは大罪ではあるものの、名誉は傷つかないみたいですから。

渡辺崋山だったか、たぶん鳥居耀蔵あたりの取り調べを受けて「恐れ入ったか!」と尋ねられる記述がなんかの本にありました。杉浦明平だったかな。

ようするに「はい。恐れ入りました」と返事をすると、罪を受け入れたことになるんですね。罪を受け入れたのなら、取り調べの奉行も「殊勝である。そんならコレコレの罪に処す」と命令できる。ところが被告人が「恐れ入らない!」と抵抗すると、非常に困る。

イヤだと抵抗する人間を制圧するには拷問しかないんだけど、他藩の上級武士である崋山を石責めするわけにはいかないんです。だからあくまで論理的、あるいは精神的に責めるしかない。あるいは、渡辺崋山の場合だったら所属の田原藩を脅かすしかない。脅された藩の老職たちが、本人を「これ以上抵抗すると藩の迷惑になる」と説得するしかない。

ま、たいていの場合はこれで解決するんですよね。周囲に迷惑をかけ続けてもいい!と意地を通して頑張り続ける人はあまりいない。

「罪人を召し出せ」でも、みんな家族のことを考えて最後は諦めてます。「自分は無実だ」「証拠はない」「でも無実を主張しても通らない」「抵抗して死ぬと妻子が路頭に迷う」「自分が犠牲になるかわりに所領は子供に継がせてほしい」・・・。だいたいこんな道筋。

ただしアン・ブーリンがなぜ罪を受け入れたか、それは不明。首を斬られるまえに無実を訴える感動的な演説をしたとされる説もありますが、「罪人を召し出せ」作者のヒラリー・マンテルは否定的なようです。だいたいアン・ブーリンに関しては分からないことが多すぎる。残った文書のほとんどは矛盾していたり飛躍があったりで、たいてい信用できない。

定説が信用できないという意味では、極めつけの悪人とされるリチャード3世の無実を証明した小説、ジョセフィン・テイの「時の娘」が有名ですね。そのリチャード3世をボズワースの戦いで殺したのがヘンリー・テューダー。つまり後のヘンリー7世で、今回のヘンリー8世の父親。ただし「時の娘」ではリチャーリチャード3世の醜い体型についても疑問を提していたような気がしますが、去年教会跡地で発掘されたリチャード3世の背骨は湾曲していたという報道がありました。誇張はあったもののシェークスピアの描写はあながち嘘ではなかった。

siberiaheno.jpg★★ 共同通信社

ソ連時代にも旅したことのある英国の旅行作家が、あらためてウラルから太平洋までシベリア鉄道で放浪します。放浪という表現もなんですが、何カ月もの時間をかけてうろうろしてるんですから、ま、放浪ですわな。ほとんど経済壊滅状態だったエリツィン時代のようです。

読後感はひたすら悲しいです。悲惨。シベリアはいつだって過酷で悲惨な印象ですが、かろうじて保っていた共産主義大国の誇りと希望さえ失ってしまったシベリアには、もう何も残っていないようです。

工場は放置され盗まれて破壊、河川は汚染、農業は壊滅。システムが機能しない。真面目に仕事をしたって給料は払われません。食べるものがない。希望がない。ハイパーインフレで貯金は無意味になり、生活設計が崩壊する。貧困の中でキリスト教分離派や固有のラマ教が少し復活するものの、たいした力はない。なぜかまがい物のバプティスト教会が誕生したもします。途絶したはずのシャーマンが活動したりもしていますが、伝統がなくなっているのでかなり内容は怪しい。

国境地帯では中国の商人や出稼ぎ農民が精力的に進出してきています。ここで描かれる中国人は目ざとく活動的です。土地と資源とルーブルを求めて蟻かイナゴのように働く。対するロシア人たちは無力感にさいなまれ、何もしないでひたすらウォッカを飲んでいるだけ。

男性の平均寿命が50歳代だったかな。みんな酒をくらって早死にする。寒くて仕事がなくて希望がないと、人間はすぐ死んでしまうんですね

プーチンになって油田好調で、少しは改善されたんでしょうか。一部は豊かになったかもしれませんが、むしろ格差が広がったという報道も多いです。あんまり変化していないような気もする。

シベリアという信じられないような広大な土地。可能性だけはめいっぱいあるんですが、ロシア帝国もソ連も、今のロシア共和国もそれを上手に活用することができないでいる。無尽蔵に見えるタイガの針葉樹も、次から次へと採されてけっこう目減りしているようです。伐採したまま放置の材木がべらぼうに多いと何かで読んだ記憶もあります。(伐採の樹木、多く輸出されるのは日本です)

シベリア、なんか巨大な砂糖菓子のようなもんでしょうか。巨大すぎるんで、ここ数百年、いちばん外側の砂糖だけなめて過ごしてきた。外側の砂糖をなめるのも実は大変だったんですが、幸いなことに無尽蔵の囚人がいたので、それが可能だった。囚人というか、要するに奴隷ですね。労働力が足りなくなったら適当に逮捕すればいいんで、実に単価が安くすむし供給も簡単。そうした安易システムに安住してきたから、きちんとした開発の仕組みができていない。

無意味なんですが、つい想像してしまう。沿海州でもいいし南東シベリアでもいい、あるいはサハリン。適当な広さを日本に貸して国際特区にできたら素晴らしい。そこに日本から大量の資本と人員を持って行って、ようするに植民ですか。これって、戦前の満州構想そのものですが、もし双方が妥協できるようなきちんとした条約を締結できたら面白いですね。

日本に足りないのは土地と資源。シベリアに足りないのは資本とシステムと労働力。もちろん無理な話です。ロシアにもメンツがあるし選挙もある。いざ交渉となるとイザコザするのは当然。そもそも北方四島返還ですら難しいのが実情です。あっ、北方領土の場合は日本にも言い分というかメンツがあるんで更に難しいわけですけどね。「言い分」なんて言い方したら叱られるかな。

でも戦争はそもそも理不尽なんです。というか理不尽なことを暴力によって実現させてしまうのが戦争という手段。横車を通して占領してしまった領土を「理屈に合わないから返せ」と正義を主張しても、そもそも噛み合わない。平和時の交渉というのは、ま、利益供与でしょうか。「こんなに得な話だよ」と説得するしかない。形の上のWin Win。

味気ないですけどね。本音をいうと、1945年の8月、北海道が占領されなくてよかった・・・と思っています。恥ずかしながら浅田次郎の本を読んで初めて千島北端、占守島戦闘について知りました。ほんと、下手すると北海道の東半分はソ連領となった可能性があった。日本が分断統治とならなくて不幸中の幸いでした。

★★ 講談社

waruhimesama.jpgフランス王室を彩った女たち」が副題。内容もそのままです。

時代的にはだいたいシャルル6世からルイ14世あたりまで。シャルル6世というのはブルゴーニュ派とアルマニャック派が抗争した時代ですね。ナントカ派というと単なる派閥みたいですが、ようするに領主同士の対立でしょう。小国家同士の対立といってもいい。

つまりは家康派と三成派とか。フランス各地、独立した大小の領主(国)がグループを組んで、そこに英国も絡んで大騒ぎした。フランスだけでなくベルギーあたりも含めていいのかな。ブルゴーニュ公ってのは、あのあたりも領地にしていたはずです。ブルゴーニュの中心地ディジョンへ旅行したことがあって知りました。ディジョンはマスタードで有名です。辛くなくて美味しいマスタードです。日本で買うとけっこう高価だけど最近はキユーピーからも出てるみたいです。

で、シャルル6世の王妃がイザボー・ド・パヴィエールという女だったらしい。もちろん知りません。このイザボーが生んだ頼りない(ということになっている)皇太子をジャンヌ・ダルクが懸命にバックアップして戴冠させ、シャルル7世になる。どうして頼りないかというと、シャルルは自分は母親が浮気して生んだ子供じゃないかと疑っていた。たぶん、正しい。でも、根拠もないけどジャンヌは励ましたわけですね。余計なことをした。

ということで、悪女の歴史はイザボー・ド・パヴィエールに始まり、ルイ14世の最後の愛妾マントノン侯爵夫人まで。ルイ14世というと、その少年時代がちょうどダルタニアンの銃士隊副隊長ぐらいだったかな。ちなみに関係ないけどダルタニアン物語は最初がルイ13世とリシュリューの時代でした。それからマザランとフロンドの内乱。最後がルイ14世親政、財務長官フーケの頃だったと思います。

つまりジャンヌ・ダルクからダルタニアンの時代。どんな王妃、愛妾が歴史を彩ったか。それを面白おかしく描いた一冊です。

ちょっと面白くしすぎたキライもありますね。やたら出てくる「ウッフン」とか「モモレンジャー」とかのカタカナ単語。鹿島さんってのは、どうもサービス精神がありすぎて、ちょっと品を落としてしまう。

鹿島茂なら、ユゴーの代表的傑作の背景を詳説したレ・ミゼラブル 百六景」が、お薦めの良書だったと思います。豊富に添えられた挿絵も良かったしね。

★★★ 早川書房

bringup.jpg原題は Bring up the Bodies。「引っ張ってこい」というような意味合いなんでしょうか。Bodiesには死体というふうな雰囲気もあるようです。よくわかりません。

もちろん「ウルフ・ホール」の続編です。前作はアン・ブーリンが念願かなってヘンリー8世の王妃となり女児誕生あたりで終わっていましたが、この本は新顔ジェーン・シーモアとアン・ブーリンの斬首まで。

ストーリーはすべてトマス・クロムウェルの視点で描かれています。鉄騎隊をひきいて戦い護国卿となったオリバー・クロムウェルの先祖ですね。名もない鍛冶屋の息子から身を起こしたクロムウェルはワイルドかつタフ、計算にたけて冷静かつ奸智の人物として描かれていて、非常に魅力的です。ちょっとスーパーマン過ぎるかな。

ただそのスーパーマン・クロムウェルも、権力の源はあくまでヘンリーだけにある。気まぐれで怒りっぽく、おまけに気弱。あまり頼りにならない、危うい源泉です。そんな君主のご機嫌をとりながら、なんとかうまく操縦し、政策を進めていかなければならない。読者はみんな、この本の数年後にクロムウェルがとつぜん失脚することを知っています。その緊張感が醍醐味でしょうね。

文体は気が利いていて、素晴らしいですね。好きです。ただし状況がコロコロ変化するので、ぼーっと読んでいると筋がわからなくなります。ていねいに読まないといけません。乾いているというか、センチメンタルな描写はほとんどない。

たとえば同じ時代を描いたフィリッパ・グレゴリーの「ブーリン家の姉妹」はメアリ・ブーリンを主人公にして、かなり売れたらしい小説ですが、そこでのメアリは悩める誠実な美女です。一族によって政略的にヘンリーに差し出された形ではあるものの、ヘンリーを愛している。これもこれなりに読める本ではありました。

もちろんヒラリー・マンテルの本では悲劇のヒロインなんていません。たしか前作でチョロっと顔を出したメアリ・ブーリンはそこそこ魅力的でコケティッシュな女でした。宮廷のカーテンの陰でクロムウェルにちょっかいかけていましたね。なんなら結婚してもいいのよ? 細かくは描かれてなかったけど、クロムウェルも少し動揺してたみたい。

ま、要するに信念の人もいない。感動の所信表明もない。みーんな弱点をかかえた人間で、ヘンリーが惚れているジェーン・シーモアだってたいして魅力的ではなく、気の利かない地味な娘。侍女たちもけっこう意地悪だし、廷臣たちもアホで傲慢で女にだらしなくてお金に困っている。ドラマチックな描き方もされていません。ロンドン塔に入れられたアン・ブーリンにしても、何を考えていたのかあやふや。なんかボーッとしているうちに首を斬られた。そもそも有罪だったのか無実だったのかも判然としない。

という具合で、なかなか面白かったです。そうそう、余計な話ですが、ブーリンの叔父にあたる大貴族ノーフォーク公、面白いキャラでしたね。アンの雲行きが危なくなると、サッと変わり身。アンの近親相姦裁判では喜んで裁判長をつとめます。

折りがあったら再読しようかなと思っています。新刊本でまっさらなのを図書館から借り出すことができたので、なんか得をしたような気分です。

今回のフィレンツェ旅行で、カメラがもう一台あったほうがいいかなという話になりました。娘が一台、自分が一台。すると奥さんのカメラがない。そのたびに「カメラ貸して」と言うのもわずらわしい・・ということですね。

てな話があったんで、もちろんパクッと食いつきました。うん、花王じゃなくて、買おう。

当然の成り行きで、まず考えるのが一眼レフです。デジタル一眼、昔はべらぼうに高価だったのは知ってますが、最近はかなり安くなってるんじゃないかな。調べてみるとCanonとかNikonとか、エントリー機なら5万円台からありますね。時代が変わった。

ただしデジイチ(と略称するらしいです)はレンズが命です。最初からセットになっている標準レンズははっきりいってかなり安物の雰囲気。だからといって別途にレンズを買い込いこんだらえらく高くつく。おまけに本数が増えれば重くなる。難しいところです。
penta_k50.jpg
いろいろ見ているうちに、PENTAXのK-30とかK-50というのが小さめでよさげに見えてきます。ついでがあったんで吉祥寺のヨドバシで触ってきました。うーん、これがいいかな。

しかし、しかしです。そのうちふと気がついた。デジイチ買ったからってレンズを買い増しするとは思えない。そんなら最初からレンズ固定の機種でもいいんじゃないだろうか。つまり、いわゆるコンパクトデジカメ。

ということで調べてみたら、けっこう高級機種も揃ってきてるんですね。ただしファインダー付きの機種は非常に少ないのがわかりました。

自分の場合、ファインダーはぜひとも欲しいです。いまのコンデジ(コンパクトデジカメの略称だそうです)、みんな液晶画面を見ながらシャッター切る形なのがどうも好かんです。カメラってのは脇を締めてオデコの近くに寄せて、ファインダー覗きながら撮る。そういう固定観念。腕を伸ばして撮影するとどうしてもブレます。だいたいあの格好が好かん。

で、数は少ないもののCanonだったらPowerShotシリーズで最新はG16とか。トータルでも360グラム弱。軽いです。価格も5万円弱。光学5倍ズームです。何十倍ズームなんて高倍率に興味ないんで、5倍もあったら十分じゃないだろうか。よく知りませんがF値1.8-2.8で、たぶんかなり明るいんでしょう、きっと。fuji_x20s.jpg

これでいいかな?と思ったころに今度はFUJIFILM X20というのを発見。うーん、性能的にはCANON PowerShot G16と大差ありません。しかもこの形状がなんというか、レトロです。ズームも手動。クルクル回す方式ですね。昔のカメラそのままの雰囲気です。大昔によく触っていたペンタックス一眼にも似ている。仰々しい「機材!」という重さがない。

心はほぼこのFUJIFILM X20に決まりました。でも先立つものの関係もあるし大蔵大臣財務大臣との折衝もある。まだ買うわけにはいかない。もう少しイジイジしながら、タイミングを待ちたいと思っています。

てな具合に時間がたつと、また新しいモデルが出るんだよなあ・・・。


古いブログを参照しているうちに、以前読んだコニー・ウィリスの「オール・クリア」、ちゃんと感想を書いたっけか?と疑問になりました。最近、記憶力に自信がないからなあ。で、サイトを検索。あったあった。書かないわけないです。

とかなんとか調べていると、分冊化に関してハヤカワの悪口が書かれていました。ついでに文庫版ドゥームズデイ・ブックの表紙の悪口も書いてある。若いころからハヤカワのファンなんですが、うん、あれは酷かったもんなあ。完全に少女マンガ調だった。(それをいうなら「炎と氷の歌」シリーズの表紙もひどいけど)

そのドゥームズデイ・ブックのカバー、どれほど酷かったかと検索かけてみたけど、これはない。ブログを始める前に買ったんだったかな。気になって念のためアマゾンへ飛んでみたら、あらら、表紙が変わっています。読者からクレームが出たんでしょうか。この程度ならとくに文句言うほどではありません。

dooms_cover.jpg
ちなみにドゥームズデイ・ブック、以前はこんな絵でした。→

綺麗で洒落てはいるけど、ちょっと違う。

意外なことに炎と氷の歌シリーズについて「日本版の表紙がいい!」という記事も発見。ふーん。好き嫌いの感覚って、いろいろですね。人それぞれ。戦後すぐ生まれのトシヨリにはよくわかりません。ぐたぐた文句たれてると叱られるかもしれない。

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