「海賊女王」 皆川博子

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★★★ 光文社

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ずーっと前に「とびきり哀しいスコットランド史」というのを読んだことがあります。血が熱くて勇敢で大局が見えなくて規律にしたがうのが嫌い。イングランドにジワジワ苛められては蜂起し、かならず仲間割れして壊滅する。

まとまって協力すれば対抗する力は十分あるのに、決して協力しない。「妥協はしないぞ!」と偉そうに見栄はって、そして殺される。シーザー時代のゲルマン人、そのまんまです。哀しい歴史。

スコットランドだけでなく、もちろんアイルランドもそうでした。(たぶんウェールズもそうなんでしょうね。関係ないけどウェールズ気質については「ウェールズの山」という本が秀逸でした。笑えて感動もある)

でまあアイルランド。島の東側のアイリッシュ海側はけっこう平地もあって、そこそこ農作もできたみたいですが、大西洋側は岩だらけ。なーんもない。あるのはコンブだけ。ちょっと内陸に入るとひたすら湿地と泥炭で、べらぼうに不毛。貧しい土地に小さな氏族が角突き合って暮らしている。

そんな島の西側の小さな氏族(クラン)。代々の海賊衆で、その娘が超オテンバ。海賊家業に才能があって、だんだん周囲の信頼を集めて力を蓄えた。海賊ったって、つねにドンパチやってたら割にあいません。基本は平和裡な「通行税」の徴収。もちろん素直に税金払わないときは躊躇なく海賊に変身するけど。ぶんどり品が溜まればリスボンあたりまで遠洋航海して交易もします。

そのオンナ海賊、グラニュエール・オマリあるいはグレイス・オマリー。イングランド側から見たら指名手配No.1の海賊女酋長ですが、アイルランドでは唄にもうたわれる大ヒロイン。で、晩年になってからイングランド勢に攻め込まれて困ったことになり、しかたなくエリザベス女王に請願した。実際にロンドンまで行って謁見を得たというのも史実らしいです。

ただしエリザベス女王とどんな話をしたのかは不明。たぶん頭を下げたと思うんですが、なんか上手に話をまとめて、アイルランドに帰ってからも、まったく反省なしに海賊業を継続。したたかです。

グラニュエールだけでなく、エリザベスだってやはり海賊の女王として知られています。ドレイク船長なんかに免許状を与えてせっせと稼がせた。うまくカリブ交易のスペイン船あたりを拿捕すると収益はべらぼうに大きかったみたいです。そしてべらぼうに大きな収益の大半はエリザベスの懐に入った。元手を使わず儲けられる!と大喜びだったんでしょうね。それもあってスペインが怒り狂った。

そもそもイングランドによるアイルランド支配がなかなか進まなかったのは、進駐軍が乱暴だったこともある。イングランド政府ってのは貧乏です。したがって兵士の給与も基本はゼロ。給与ぶんは現地で収奪確保するしかない。で、兵隊は荒し回ったり殺したり盗んだり奴隷にしたり。エリザベス女王もケチで有名ですから、その状況は変わりません。

はい。うまく反イングランドで全土が纏まればそれなりの戦いになったんでしょうが、なんせ哀しいアイルランド。たまに大規模反乱してもタイミングが合わないし、お互いに反目しあって消耗する。そこをイングランドにつけこまれて大量殺戮。ズルズル現在の形になってしまった。

・・・というのが主なストーリーです。語り手はスコットランドから出稼ぎにきた若い傭兵で、女海賊の忠実な従者になってしまった。そしてイングランド側の語り手はロバート・セシル。エリザベスを支えたウィリアム・セシルの次男で、ジェームス1世の時代まで活躍しますね。足が短くて身長は5フィートしかなかったそうです。

そして主要な語り手ではないですが、ロバート・セシルのライバルは美男子でエリザベス寵愛のエセックス伯。アイルランド総督として赴任し(もともと思慮のない人間なので)大失敗します。洋の東西を問わず、美男子でかつ賢明という例、非常に少ないですね。

そうそう。本筋に関係ないですが、大砲は鉄製よりも青銅製のほうが珍重されたとか。鉄製といっても鋳鉄だからでしょうね。青銅製の大砲を低い甲板に何門も装備した船は(製造費もたいへんだけど)非常に強力だった。ちなみに上甲板に大砲を置けば簡単だけど、重心が上がってしまうので得策じゃない。片舷斉射なんかしたら(そもそも斉射は無理だけど)ひっくりかえってしまいます。

上下二冊。派手な表紙とタイトルを裏切って、思いがけず楽しい本でした。皆川博子、また何か探して読んでみようかな。