2016年11月アーカイブ

★★★ 早川書房
ss-gb.jpg
レン・デイトン、もちろん名前は知っているし読んだこともあるはず。しかし何を読んだか・・というと確かには思い出せない。要するに、すごく感動したことがないのかな。

この「SS-GB」は、歴史IFものの警察小説です。ドイツ占領下のロンドン、ヤードのアーチャーと呼ばれる警視が殺人事件の解決に活躍。実際、もしヒトラーがソ連にちょっかいかけず、真面目に英国攻撃を続けていたら早期に勝利していたかもしれない。ま、けっこう可能性はあったでしょうね。

で、その場合、ドイツは英国に駐留し、国防軍や親衛隊が統治。ソ連とは独ソ条約の友好関係を保ち、米国とは緊張感をもちながらも敵対はしない。英国王はロンドン塔に幽閉されている。娘のエリザベスなんかは海外に亡命している。

読み始めの最初の頃は英国駐在のSS(親衛隊)幹部とスコットランドヤードの関係がよくわかりませんでしたが、そうか、要するに日本だったら警視庁の警視と進駐軍の関係なんだ。表面上は協力しあっているようでも、もちろん実権は進駐軍にあり、絶対に反抗は許されない。周囲からは進駐軍におべっか使っている・・と非難されながら、それでも警察は警察。公務員としての仕事を果たさなければならない。

そして進駐軍の士官たちは貴重な陶磁器や家具、美術品を買いあさり、ブローカーや闇商人が暗躍する。どんどんベルリンへ運び出す。成り金も登場します。町並みはまだ空襲に破壊されたまま。市民はそうした景色や収容所へ連行される人たちの悲惨を見ないようにして暮らしている。つまり「目を半分つむって」生活している。

で、この小説を理解するカギになるのはドイツ国防軍と親衛隊の敵対関係ですね。お互い蛇蝎のように嫌いあっている。幽閉された国王の身柄は親衛隊が管轄しているんだけど、国防軍としてはそれが非常に面白くない。戦争とは国家と国家の衝突。衝突の主力はそれぞれの国軍である。勝ったほうの国軍が敗戦国の元首を管理管轄するのは当然だろうという感覚。それなのに何で怪しげなSSがのさばっているんだ。SSなんて、要するにヒトラーの私兵じゃないか。メンツがつぶれる。

そうそう、小説に登場する主要なSS幹部は二人。一人は連隊指揮官、もう一人は師団指揮官。これが正式名称らしいですが、一般的にいうと大佐と将軍に相当するようです。将軍は少将か中将か、ちょっとわかりませんでした。

ちなみに関係ないけど、沙漠の狐ロンメルは国防軍の将軍です。だから今でも人気がある。


長引いたけど、ようやく風邪が抜けた気配。なんだ神田でやはり2週間くらいはかかった。

昨日あたりから冷え込んで11月には珍しい雪でしたが、風邪にはさして影響なし。湿気が多くてかえっていいくらいで、夜中に目覚めて咳をすることがなくなった。風邪ってのは要するにノドの奥に細菌が住み着くんですね。それが実感できた2週間でした。

やれやれ。

★★★ 早川書房
sekainotanjobi.jpg
ル・グィンは大好きな作家の一人です。大昔に読んだ短編集「風の十二方位」は良かったなあ。もちろん長編もいいです。西海岸あたりの未来を舞台にした「オールウェイズ・カミングホーム」以外は()みんな好きです。ゲド戦記ものもいいし、ハイニッシュとかいう一連のシリーズもいい。男になるか女になるか未定の両性人の「闇の左手」とか。

で、「世界の誕生日」は短編集です。収められたほとんどがハイニッシュもの。かつて栄えた人類が宇宙に散らばって、そこで独自の文明を築き上げる。成功した世界もあるし、原始的な段階に止まった惑星もある。

表題の「世界の誕生日」は、インカとか古代エジプトあたりをモデルにした神権政治の国のお話で、ちょっと長めの中編。皇帝(神)の娘と息子が結婚して次の神になる。そこへやはりエクーメンふうの使節が宇宙船で来るんですが、しかしこの連中は何もできない。そういう意味ではハイニッシュシリーズとは違うのかな。何もしないけど、宇宙船の来訪をきっかけに神の帝国は崩壊してしまう。

「世界の誕生日」というのは、皇帝(つまり神)が毎年決まった日に踊ることで、太陽の運行が定まる。つまり世界を毎年々々誕生させる。そういう意味。どうもかなり暑い世界のようです。宇宙船で来た連中はみんな皮膚ガンになってしまう。

「オールウェイズ・カミングホーム」はフェミニズムというか、要するに女臭さが強すぎたんでしょうね。アーシュラおばさん、女同士の関係を描くとベッタリ濃密すぎてどうも辟易します。
 

soremoikkyoku.jpg★★ 水曜社

副題は「弟子たちが語る「木谷道場」のおしえ」。

有名な囲碁木谷道場のお話です。列伝ふうに十数人の棋士たちをとりあげ、そうした弟子たちの証言で構成した本。プロ棋士だけでなくアマチュアとか出入りの床屋さんなんかの証言もあります。

悪くはないし、それなりに面白いのですが、うーん、ちょっと新鮮味がない。というか、雰囲気、情緒がなんか物足りない。期待をもちすぎだったかな。


ところで木谷道場と加藤正夫のことを書いた本、精霊の宿とかなんとかいうものだったと思うんだけど、正しい書名が思い出せない。なかなか読ませる好著だったんだけどなあ。うーん、歯がゆい。

・・・「精魂の譜」だった。 かなり違ってた。副題が「棋士加藤正夫と同時代の人々」。いい本でした。


あいにくここ数日が風邪気味で、鼻が出る、咳が出る。按配わるいなあ。こんなんで胃カメラ入れたら悲惨かもしれない。前から予約を入れてあるんで仕方ない。

病院が混んでいて、着替えてから30分以上も声がかからない。最初は身長体重あたりが多いはずなんですが、いきなり心電図でした。ま、いろいろ事情があるんでしょう。

で、いろいろやって最後が上部内視鏡。いわゆる胃カメラです。一昨年は麻酔(正確には鎮静剤かな)が効きすぎて、なんかの数値が低下してアラームが鳴ったらしい。それで去年は減らしてもらったはずだけど、やはりずっしり効く。どっちも完全に意識はありませんでした。気がついたら簡易ベッドで寝ていた。たぶん抱えられて歩いたと思うんですが、記憶ゼロ。

だから麻酔の量のことは事前に念を押しておこうと思っていましたが、説明スタッフから先に「去年はイビキをかいたんですよ」と言われてしまった。「どうします? 今回はナシでいきますか」

数十年前、はじめて胃カメラ呑んだときは大学病院の教授が引退して開いたという小さなクリニックでした。爺ちゃん先生、ふだんはヨボヨボしてるんですが、大きな内視鏡を握ったときから腰がシャンとして、なんか表情もいきいきしている。久しぶりに槍をもった老将みたいで、噂によると内視鏡治療の黎明期からかかわっていた人らしい。この頃は内視鏡の径もけっこう太かったです。思いっきりゲーゲー悶えました。「あんた、けっこう反射がきついね」とか平然とのたまう。あはは。

ま、ともかく。ということで今回は喉頭麻酔だけで突っ込まれた。入るときはやはりゲーッと反射しますね。全身に力が入るのをなんとか我慢して、早く終わらないかなあと願うだけ。看護婦さんがけっこう甲斐甲斐しく背中をさすってくれたりする。顔は見ませんでしたが、イメージの中では優しそうな美人看護婦になってました。あ、いまは「看護師」か。どうも馴染めない。いまだに「看護婦」「スッチー」、看護師とかアテンダントとか言われてもねぇー

途中で、昔の潰瘍の痕が増えているようなので生検をとりますと医師が言う。はい。麻酔を使わないと会話もできる。画面を見てると胃壁をプチッとやって、赤い血がチッと散ります。自分の胃を見るのはこれで生涯2回目。

ダメと言われてたけど、夜は少し晩酌しました。数ミリの小さなキズなんて、すぐふさがってるさ。やれやれ。結果の出るのは2~3週間後の予定。来月はそれ持参してかかりつけの医院へ行かなければいけない。数値をながめながらまたグチグチ言われるんだろうな。嫌なら行かなければいいんだけど。

さて、今日は体調も万全。たまには晩酌を過ごすか。

賢くなったという記事を目にしました。

ふーん、本当かな。と試してみました。なるほど。確かに前よりは良くなったようです。なんというか、一応は日本語の文章ふうになっている感じ。それだけでも画期的ですね。

少なくとも今まで使っていたYahooの翻訳(ひどかった)よりは使いやすそうなのでこれを消して新しくGoogle翻訳をブックマークに登録。機械学習のようなシステムを使ってるらしいです。うまくするとどんどん賢くなるかな。けっこう期待。

★★★ 文藝春秋
chiisanaouchi.jpg
戦前の東京郊外の中産階級が暮らす赤い屋根の小さな洋館。戦争のことなんて気にもせず日々の生活にいそしんでいます。奥様と女中はたまに銀座に出かけては洋菓子を食べ、洒落たお土産を買って帰る。懐かしき日々。

先に映画を(もちろんテレビで再放送)見てしまったので、なんというか、人物がみんな松たか子やら黒木華になってしまう。あ、青年デザイナーの役だけは吉岡秀隆じゃなくて、誰か別のイメージ。あのドラマ、吉岡クンだけは場違いだった。

映画もよかったけれど、小説はもっと良かったです。奥様の浮気の部分はさして比重が多くない印象。あくまでテーマは自分と美しい奥様が過ごした甘美な月日ですね、たぶん。戦前の中産階級の、ちょっと背伸びした暮しぶり。そして女中のもつ「ある種の賢さ」と葛藤と小さな嘘のお話。

年取った主人公のもとに出入りする甥っ子の次男。彼の「暗い足音のせまる戦前」論はちょっと練れていない生硬なセリフまわしで、どうかなとも感じますが、ま、瑕瑾。作者はこれで直木賞をとったらしい。

あらら、決まってしまったか。常に最悪が選ばれるマーフィの法則。どんな政府も外交も、いつか変化しないということはない。

振り返って「20世紀の終わり頃から21世紀にかけてはいい時代だったね」などと言い合うんでしょうか。

★★★ 青土社
comanchi.jpg
副題は「最後の英雄クアナ・パーカーの生涯」。

西部劇時代、強かったインディアンはアパッチとかスーとかシャイアンとか、ま、そういうイメージです。駅馬車や列車を襲うのはたいてい羽根飾りをつけて弓をもった集団です。馬に乗った百人くらいのインディアンが奇声をあげていっせいに襲いかかる。

ジョン・フォードの「駅馬車」はたしかアパッチ。リトルビッグホーンの戦いはスー族かな。あんまり自信はないですが線路が開通していたり、駅馬車の行き来する街道があったりしたのは、たぶん中西部も北のほうじゃないだろうか。

しかしこの本の著者(ジャーナリズム畑の人らしい)によると、最大最悪のインディアンはコマンチだった。何かの本(たぶん「センテニアル」)で「馬泥棒のコマンチ」という表現があったような。馬=コマンチ。早い時期から馬の飼育に習熟し、機会があれば何百頭、何千頭の馬を盗み出す。そもそもは北のほうにいた部族で、インディアンの中でもかなり原始的な暮しをしていたマイナー部族だったけど、南下して馬を手に入れてから一変して、あっというまに大部族になった

ただしコマンチが全盛期に活躍したのはテキサス周辺でした。例のアラモ砦うんぬんの後の戦争でテキサスはしばらくの間、準独立国家で、要するに合衆国に入れてもらえず、継子あつかい。だからテキサスのことなんて、他のアメリカ人にとってあまり関心がなかった。テキサスそのものに関心がないんだから、テキサスで暴れているコマンチにもあまり興味はない。ま、そういう事情のようです。

この本、白人とインディアン(先住民族)の描き方、わりあい公平と思います。フロンティアの白人たち、ほとんどは困った連中です。文字も読めず、インディアンをシラミあつかいし、条約を作っては欲にかられて裏切り。土地がほしい。西進をやめるつもりなんかゼロ。ま、だいたい想像通りです。

しかしコマンチも決して「高貴な戦士たち」なんかではない」。条約を提示されれば「プレゼントがもらえる」と喜び、ただし遵守するつもりは毛頭ない。そもそも条約の意味が理解できないんです。一人の戦闘隊長がなんか誓ったからといって、なんでオレたちまで拘束されるんだ。意味わからん。そもそもいえば、インディアン部族に「首長」がいると思った白人が勉強不足。インディアンは基本的に全員平等で、西欧的な意味での「統率者・代表者」はいなかった。

で、機会さえあれば馬を盗み、集落を襲っては男女かまわず皆殺し。ただ殺すだけではなく楽しんでなぶり殺す。役にたたない赤ん坊ももちろん殺す。ただし5歳とか8歳くらいの子供だけは連れさって部族の仲間に加える。人口拡充策です。馬に乗った生活のせいかコマンチは出生率も低くて子供が少なかった。

それが悪いとか残酷といわれても困ります。そういう文化だった。まともなコマンチなら生まれたときから戦いを学び、馬を見たら盗み、敵に会ったら襲う。失敗すれば自分が殺される。ただ死ぬんじゃなくて、これもなぶり殺しです。お互いさま。

というわけでコマンチがテキサス中を蹂躙した。テキサスだけでなく数千マイルを縦横に移動し、たまにはメキシコ湾ちかくの大きな町まで侵攻したこともある。ただし略奪した大量の財宝(食料、布、家具、etc・・)をえんやこら持ち帰ろうとしたんですぐ追跡された。インディアン、欲張り。

コルトの連発銃が普及するまでは、むしろコマンチのほうが強かったんですね。単発銃で1回撃つあいだにコマンチは5~6本も矢を射てくる。コマンチを討伐するはずの民兵もなかなか「馬に乗って攻撃する」という発想を持てなかったんで、いつも負けていたらしい。有名なテキサスレンジャーが登場してようやく潮目が変わるものの、その連中も当初はほとんど食いはぐれた浮浪集団みたいなものだった。

そうしたコマンチでひときわ強力なバンドの統率者がクアナ・パーカーという残酷な若い戦闘隊長。子供のころにさらわれてインディアンとして育てられた白人娘の息子(この母親のストーリーも有名らしい)。要するに母は白人、父は酋長。これが強くて勇気があって、賢かった。最後の最後まで抵抗し、そして最終的には降伏。降伏してからは政治力と交渉力を発揮してなぜか「インディアンの代弁者」になってしまった。やがて数千ドルを費やした豪邸をたて、東部の有名人やテディ・ルーズベルトまでその家でもてなした。

知らないこと、多いです。


★★ たちばな出版
nessatomaboroshi.jpg
西域ものです。登場するのは4世紀の僧 法顕、6世紀の宋雲、前漢の張騫、そしてヘディン、19世紀のヤクブ・ベクという地方反乱の首謀者。

このうちなんとなく知識があったのは張騫とヘディンくらいですね。法顕は名前に聞き覚えがある程度。宋雲はよう知らん。ヤクブ・ベク? なんじゃそれは。

知っているといってもヘディンは例のさまよえる湖ロプノールだけです。誰の本だったか。井上靖かな。豪腕の探検家という印象でしたが、実際には探検している時間より中国の官憲と折衝したり金を集めたりしている時間のほうが長かった。ま、そういうものでしょう。張騫も匈奴の捕虜になってダラダラ暮らしている時間のほうが長かったようだし、みんな信じられないくらい辛抱強い。

西域といえば求法の僧たちですが、それにしてもなぜ彼らはいつも西回りで何年もかけて行ったんでしょう。これは少年時代からの疑問でした。南回りとか、船に乗ればもっと近いんじゃないだろうか。

たとえば西遊記の一行、苦労して魔物たちと戦いながらついに天竺へ到達したわけですが、いざ到達してしまうとあとがイージーすぎる。えーと、孫悟空たちはたしか膨大な教典をプレゼントしてもらって、観音様の雲にのってヒューッと帰国。しかしこの本によると法顕は南回りの船で帰っている(ちなみに玄奘三蔵はまた陸路で帰国したようです)。

もうひとつ。求法僧たちは道中たいてい酷い目にあって、必死の思いでインドに入ります。どう考えても多量の金銀を持っていたとは思えない。それなのにインドに入ってから苦労したという話を聞かない。たいてい歓迎されて、多量の教典得てスムーズに帰国している。不思議だなあ。ヨレヨレになった汚い外国人一行がインド北部あたりの村にたどりついて、そこから簡単に有名寺院に迎え入れられたり王に会えたというのがわからない。

不思議です。


★★★ 早川書房
kaseinohito.jpg
半年ほど前に映画「オデッセイ」を見て、いろいろ疑問が生じました。ただし原作の「火星の人」ではしっかり書かれているらしいとの情報があり、そんなら読んでみるか。

図書館には在庫が2冊。ただし予約20人待ちだったかな。多すぎるんで、諦めました。しかしそれから何カ月かたって、念のため予約待ちの人数を確認したら2人に減っている。うん、それなら予約を入れておくか。

という経緯で、ようやく借出し。

なるほど。完全にハードSFですね。理系はまったくダメ・・・という読者は辛いかもしれません。少なくとも水素二つと酸素一つで水ができるとか、その程度の知識は必要。小説の中でも電圧の話とか速度の話とか、計算もけっこう出てくる。

映画で変だなと感じたこと、けっこう解決しました。まず戸外で回収した糞便ですが、もちろん匂いません。マット・デイモンが臭そうにしたのは映画版のサービスです。また戸外放置の糞便ではバクテリアは死んでいます。しかしいろんな有機物がたくさん残っているので、バテクリア繁殖のエサにはなる。そして種になるバテクリアは地球から持参の少量の土の中にいます。適当な水分さえあれば土壌細菌はどんどん増殖する。

マット・デイモンが火をつけるのに使った木の十字架。これは最初に着火させるために使用しただけであって、あとは勝手に燃えてくれるらしい。燃料は少しずつ滴り落ちるようにされていたようです。

そうそう。この作業で水素を作り、それを少しずつ燃やしたわけですが、いくら水素が危険であっても、たっぷりの酸素さえなければけっして爆発しない。ところがマット・デイモンは呼吸をしているんで、呼気の中に酸素が混じっている。ここを見逃したために酸素量が多くなり思わぬ水素爆発が起きた。

また原作では、ローバーの天井に穴をあける作業中にもトラブルが起きています。ただしこのトラブルの理由(電流・配線)はちょっと複雑と思われたのかな、たしか映画にはなかったと思います。またローバー横転事故とか、ソーラーパネルの発電量を危険域まで落とす砂嵐襲来の挿話もなかったような。

一方で母船の速度を落とすための空気吹き出し、まさかと思ったら原作にもありました。こんなに減速してしまってその後の火星スイングバイがうまくいくのか。かなり疑問ですが、ま、理論的に一応は可能なのかもしれません。

その代わり、映画では面倒そうな爆弾作り、実際は単純なものでした。丈夫なガラス容器に砂糖を入れ純酸素を満たす。周囲はゼロG。重力がないので砂糖は細かな粉末となり、非常に燃えやすい。そして中に通じた導線をショートさせる(電源スイッチを入れる)だけで大爆発。なるほどねえ。

そうそう、宇宙服に穴をあけてのアイアンマン飛翔はさすがにありませんでした。これはいくらなんでも難度が高すぎて荒唐無稽になってしまう。


恒例、秋の兄弟昼食会。さいわい雨も降らず、まずまずの天気でした。駅を下りての道すがら、なんか人だかりしている。面白いので覗いてみるとライオンズクラブかなんか主催の薬物乱用防止パレードだったようです。学校やら警視庁やらマーチングバンドやら、けっこうな人数が整列していました。

クルマの上に乗って待機している制服制帽姿の女性がタレントっぽい。肩幅が広くて肉の薄い小さな顔で特にきれいには見えなかったんですが、遠目をこらすとどうも菊川怜。一日署長とかなんかでしょう。別のクルマにはえーと真矢ミキか、こっちは普通の容姿ですぐ判別できました。

で、そのパレードがどんがらどんがら出立するのを見てから会場のホテルへ。

レストランの窓からの景色。日生劇場の奥、日比谷公園を見下ろす場所に大きなビルが建築中でした。あとで調べてみたら新日比谷プロジェクトとか称する地上35階の大型施設らしい。高さは191メートル。こっちもタワーの最上階なんだけど、まるで問題にならない高層です。東京はどんどん変わるなあ。

今年は出席も少なくて8人。みなさん元気。ワイン1本+カラフ一杯。来年もまた再開を約して解散。解散したけど1階のパン屋でまた3組の夫婦が揃ってしまって、それぞれパンを買う。暗黙の了解、みんな特に挨拶もしないで黙って別れました。

★★★ 新潮社
93saino.jpg
近衛龍春はなかかに読めるので、目につくと借りることにしています。何を読んだかな。奥州相馬島津南部毛利。たしか上杉で三郎景虎もあった。比較的マイナーな武将をとりあげ、よく調べて書き上げています。へぇーと感嘆すること多し。

で、今回は大島光義という武将。マイナーすぎて名前も知りませんでしたが、信長、秀吉、家康に仕えて97歳まで現役だった。弓一筋、名手として知られ、なんせ93歳で関ヶ原に参戦したというんですから凄い。

鉄砲全盛の時代に逆らって弓にこだわった人のようです。頑固だけど、結果的には小さな大名になり、大往生した後は子供たちが所領を分割してそれぞれ旗本となった。

自主的に分割したのか、あるいは幕閣の方針で分割させられたのかは不明。幕府としては大名の数を減らしたかったのも事実のようです。


アーカイブ

最近のコメント

このアーカイブについて

このページには、2016年11月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2016年10月です。

次のアーカイブは2016年12月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

OpenID対応しています OpenIDについて