Book.12の最近のブログ記事

★★ 平凡社

chuugokunorekishi2.jpgひどいなあ。図書館の本なのに口絵の十数ページ分が千切られている。表紙にも「口絵なし」と注意ラベルが貼ってありました。こんな本を借り出したんだから(たぶん)年配者だろうけど、マナーが悪いとかいうレベルじゃないですね。信じられない。

さて。

明代になっても、北のモンゴル系は興亡を繰り返しながら何回も何回も国境を侵します。ただし連中の言い分はだいたい「朝貢を認めろ」というもの。草原で育てた大量の馬を貢ぎ物にして、もちろん何倍ものお返しを期待する。明としては、朝貢は負担なんで、あんまり拡大したくない。すると「拡大しろ!」といって攻め込んでくる。実力交渉。乱暴な。

で、南方では例の倭寇です。倭寇って海岸っぺりだけかと思ったら、長江なんかをけっこう遡って荒らしまわってたんですね。だから被害が甚大だった。国家までは作らないけど、ちょっとしたバイキング来襲みたいです。で、たまに中央から有能な軍司令官が派遣されて効果をあげそうになると、すぐライバルから嫉妬されて讒言、罷免ですわな。こういう国家がよくまあ300年近くも続いた。

そうそう。明末のころは日本の公式使節団(朝貢団)も、交渉がうまくいかないと居直って荒し回ったこともあるらしい。足利室町のころの西国大名が派遣したような使節団ですが、ま、かなり怪しげな連中ではあります。要するにニッポンもおとなしい連中ばっかりではなかった。

でも明に限らないんですが、中国史をずーっと眺めていると、日本とは根本的に違うなあと感じます。欲望の深さが違う。規模が違う。思想と行動が直截に結びついていて、それがものすごく過激に突出する。それを許容する文化がある。

清盛の福原遷都とか重衡の南都焼き討ちとか、信長が叡山をどうしたとか、なんぼのもんじゃ、ヘッ、という印象。小さいです。たまにこういう果敢な行動をする人が日本史にも登場しますが、すぐ消されてしまう。足利将軍が豪華(!)な別荘つくったといってもあの程度です。国土が貧しかったこともありますが、すべてが矮小です。出る杭を神経質に叩き、なんとなくモヤモヤと穏やかに、平衡に持っていくのが日本の文化の本質みたいな気がします。

そうそう。明治の頃だったかな、ベルサイユ宮殿を見物した日本人が「この柱一本でも日本に持っていったら百万円はするだろうな。革命が起きるわけだ」と語ったという挿話を何かで読みました。要するに収奪の規模が違うということ。収奪する側もされる側も徹底している。日本にはずーっと絶対政権が誕生しなかったし、一揆による革命=政権交代が発生しなかったのも当然という話。

たとえば明治の高官貴顕。伊藤博文でしたっけか「高楼を作った。ぜいたく!」とさんざん新聞で批判されましたが、その高楼ってのが要するに単なる二階建てだったらしい。伊藤なんて、収賄もしただろうし女癖も悪くて贅沢もあったでしょうけど、たかが総二階の建築で批判される。その点では、ほんと悲しいほどのものです。

皇帝に重用されて権力を握った宦官が、ほんの数年で国家予算を超えるような財宝を溜め込んでしまう。そしてすぐ失脚して一族もろとも殺される。皇帝は気まぐれで一気に数万人を死刑にする。

あるいは宦官連中が権力を握るために、わざわざ皇太子を殺して遺書を書き換える。まともな皇太子には恩を売れません。「まさかという皇子」だからこそ恩をきせることができる。それもなるべく無能で気の弱い皇子がいい。こんなパターンが何代も続く。

擁立された幼帝も情況は知ってるんで、そのうち成人すると恩人である偉そうな高官を殺す。逆に高官は、殺されそうな気配を察して、また皇帝の首をすげかえる。命をかけた権力ゲームです。

庶民だってボーッとしていられない。いきなり労役に駆り出されたり、残された女房子供が飢え死にしたり、富豪でさえも払いきれない重税を課せられたり。流民、略奪、反乱、当然ですね。

そんな底のしれない白髪三千丈的な大陸文化と、島国のつましい文化をそもそも比較しようと考えるのが間違いなんでしょうね。

11巻から先は清朝・現代史になるのでいったんオシマイ。また漢あたりに戻ってみたいと思っています。

明末、万暦年代だったかな、民窯が盛んになってどんどこ輸出し始めたが良質の土が払底。日本では「万暦赤絵」は非常に人気があるけど、要するにデザインを簡略化した量産品ともいえるわけで、中国ではあまり評価されていないとか。・・・という陳さんの指摘は面白かったです。

★★ 平凡社

第9巻は「草原からの疾風」 第10巻は「復興と明暗」

副題から想像できるように8巻は金の滅亡と元、南宋の消滅。第9巻は元末期から明の初期にかけてです。
chuugokunorekishi.jpg
ちょっと面白かったのは、チンギスハン系統には「酒色に溺れる」「兄弟の仲が悪い」というDNAが強かったのではないかという指摘でした。たしかに子供も孫も何かというとケンカばっかりしていたような印象だし、チンギンスハンはひたすら征服した王女や王妃をオルドに入れるのを楽しみにしていたような印象がある。

というより、敵を征服したらそうしないと収まりがつかない感じ。殺して奪うのが家業みたいなもんですから。たしか有名な言葉がありましたね。「敵を殺しつくし、財宝を奪いつくし、泣いている美女を褥に入れる。これに勝る喜びがあるだろうか」というような趣旨だったか。

ただ帝国後継者争いが常にモメたのは仕方ない部分があります。そもそも、彼らにはまともな後継ルールがなかった。

なんとなく「末子相続」というのが暗黙の了解ですが、これは長子から順に家畜をもらって独立していくというスタイル。最後に残った末子は父親の家畜を相続してオシマイ。でも小さな部族ならともかく、広大すぎる大モンゴル帝国の後継者決定にもこのルールを適用するのは無理があった。だから現実にはそれぞれが勝手にクリルタイを開いては自分を後継者に決める。あっちでも、こっちでも擁立しているから、モメ続ける。

元末、明軍が北上して攻めてきている間も元の上層部では内輪もめが収束しませんでした。ケンカしてちゃまずいと知ってはいるんだけど、そうはいっても政敵を放置するわけにはいかない。グチャグチャけんかしてる間に明が迫ってくる。ただし最終的には北京城を死守なんかしないで、あっさり全員騎乗して逃げたらしい。さすが騎馬民族。形勢が悪ければ一夜にして逃げる。非常にスッキリした態度です。

それでなんとなく北京から長駆モンゴルまで逃げたように思い込んでましたが、完全撤回でもなかったようで、北部でまた再編成。北元です。以後それなりに勢力を維持してたみたいです。

で、明の創始者である朱元璋(洪武帝)ってのも面白いというか気味悪い人物です。貧民から身を起こしたという点で漢の劉邦と似てるんですが、なんか意識的に劉邦をなぞった形跡がある。だいたい劉邦と同じようなことをします。でも、もともとの性格が違うんで、かなり陰惨な形になってしまった。

徹底的な農本主義とでもいいますか。農民や貧民には基本的にやさしい姿勢。その代わり文人や商人は大嫌い。理屈じゃなくて、根っから嫌いだったんでしょうね。若いころにさんざん苛められたとか。

ついでに、徹底的に心配性で猜疑心の固まりだったから、いやー殺した殺した。ちょっとでも気に食わない官僚、文人、その親族。何万人も殺し続けた。才能のありそうなやつ、目立つやつ、将来問題を起こすかもしれないと思ったやつ、可愛い子供の邪魔になりそうなやつ、みーんな殺した。ポルポト的ですね。殺しすぎて、人材が皆無になったような気配もあります。

殺される側からすると、保身のためおとなしく民間に引っ込もうと思っても、ちょっと才能が目立つと出仕を求められる。断ったらもちろん「死」です。仕方なく出仕しても、たいてい難癖つけられて「死」です。有能なら「死」。無能ならもちろん「死」。逃げ場がない。これなら南の漢人が下層民として完全無視されてた元の頃がまだマシだった。

とかなんとか。完全に皇帝親政・独裁の王朝だったんで、明はまともな皇帝がいる間はなんとか政治がまわるけど、無能な皇帝の治世になるとメチャクチャになる。補佐すべき有能な宰相も閣僚もまったくいないんですから。また代替わりするたびに国家の大方針がコロコロ変わる。例の鄭和の大航海なんかがそうですね。

要するに、明はなんとなく暗い雰囲気の王朝だったみたいです。ただし庶民にはとっては、それほど悪い時代ではなかった。いまのニッポンみたいですか。政治はメチャメチャだし景気は悪い。外交はゴタゴタしている。でもま、税金は高いけど餓死するやつ滅多にいないし、けっこう平和じゃないの?というレベル。

鄭和の大航海
国内重視方針の皇帝が死んでまた海外拡張派が勢いを伸ばしそうになった折り、再度の「船団編成」を恐れた官僚が、大航海の膨大な記録資料をぜんぶ焼いてしまったんだそうです。参考記録がなーんもなくなったんで、結果的に船団再編成は取りやめ。「官僚は必ず記録を残す」のが習性と思ってましたが、そんな果敢な(というか無責任な)官僚もいるんですね。

ニッポンでも時々ありますね。「記録を間違って破棄しました」とか。これ、ぜったいに残っていると思います。お役人意識からすると、プライドからいっても保身の面からも、必ず記録は残しておきたい。最悪のケースでも、自宅の押し入れにこっそりコピーを残していると思います。

chuugokunorekishi.jpg★★ 平凡社

唐末から五代十国の混乱。宋の誕生と金の侵攻、南宋。

昔から中国通史を読むといつも感じることなんですが、毎回々々皇帝、皇后一派、宰相、武将、官吏と宦官・・・それぞれが疑りあい、讒言があり、で、すぐ殺す。殺し続けているうちに弱体化して、北方から攻められる。亡国の混乱があって、蜂起があって、つぶし合いのうちに誰かがリーダーシップをとる。

ひたすらこの繰り返しですね。頭の芯が痛くなってきます。人間、こうも同じことを繰り返すのか。

唐の滅びの原因は節度使が力を持ちすぎたことのようです。ほとんど独立政権のような性格をもった強大な「軍閥」ですね。もちろん朝廷はいろいろ対策をこうじたんですが、軍事力を握った連中に言うことをきかせようとしても難しい。あんまり強いことを言うと反撃してくる。

この反省から宋ではシビリアンコントロールを基盤にすえる。科挙に受かった秀才たち、貴族階級ではなく、多くはアッパーミドル階級の師弟だと思いますが、これが政治も軍事も仕切る。国の経済力は向上します。唐の長安は夜になると木戸が閉まって真っ暗でしたが、宋の都は夜でも灯がともっていた。たぶん庶民が酒くらって騒いでいたんでしょう。そういうことができる時代になった。

経済力がついて文化が栄えてたいへんけっこうな話のようですが、頭でっかちの官僚が増えすぎるし、反面として軍事力の弱体化ですね。戦えばたいてい負けるんで、興隆してきた北方の新国家・遼に対しては多量の貢ぎ物を約束して頭を下げるしかない。

で、質実剛健の遊牧民国家に大量のマネーが流れこむとどうなるのか。貧しかった遼もぜいたくにすぐ慣れてしまいます。何もしないで金が入るんなら、戦争するより効率がいいじゃないか・・・と弛緩をまねいて結果的には衰退。ですから、見方によっては決して悪い外交ではないんですが、かなりみっともないことは事実です。

遼の後に台頭してきた東北の金に対してもまったく同じです。低姿勢に徹してなんとか許してもらうのが基本外交。ただし宋朝廷にも「軟弱外交反対!」という国粋派がいる。「胸を張れる国家にしましょう」という声が大きくなると、ついその気になって軍事行動。もちろんすぐ叩かれる。

新法・旧法の抗争なんてのも同じパターンです。国家が貧乏になったんで現実的になって農民に比較的低金利の金を貸し出して、中間層(みたいなもんでしょう)を作り出そうという政策と、貧乏人相手に国家が金貸しをするなんて恥辱だという政策。現実論と理想論。対農民政策だけでなくいろいろあり、どっちも一応の理屈はあるんですが、抗争が激しくなると泥仕合になる。泥仕合やってるうちに低レベルの戦いになり、皇帝が代替わりをして片方が権力を握ると徹底的に政敵を追放する。また振り子が揺れるとオセロゲームのようにひっくり返る。その繰り返し。

ま、困ったもんです。そんなこんなでガタガタ大騒ぎしてるうちに「正義は勝つ!」という主戦派主導になって、金に敵対しようとチョッカイ出してもちろん失敗。怒った金が本気になって南下。朝廷はあたふた遁走です。こうして亡命政権・南宋の誕生。漢文化の南方拡散。

かなり大雑把ですが、こんな感じでしょうか。

ただし、北半分を占有した金も、文化に対して免疫がなかったんであっというまに漢化してしまい、ようするに軟弱国家になったらしい。国内には漢人のほうが多かったはずだし、そういう意味では「金」も立派な中原の国家といっていいんでしょうね。ただ漢民族至上の観点からは、あくまで正統は南宋。金はあくまで一時的な「占領国家」という扱いのほうが抵抗がないようですが。

そもそもを言いだすと、漢民族って何だ?という大きなテーマにもぶちあたります。おそらく大昔の殷とか周のあたりの連中が「漢民族」の核なんでしょう。それが周辺に広がり、あるいは周辺が求心して、三国志のあたりになると範囲がかなり広くなる。唐代には更に拡大する。

結局「中国語」を話すのが漢民族ってことでいいんでしょうか。でも北京語と広東語じゃほとんど別言語ともいいます。そうすると「漢字」の通じるのが漢民族か。でも金には女真文字があったはずなので、はて・・・。誰かの言葉に「とっさに自分は漢民族だと思うのが漢民族」という趣旨がありました。このへんが落とし所かな。


※ 宋の方針として特筆すべきものに創始者の「遺訓」があります。その内容は「言論を理由として臣を殺すな」 (石刻遺訓:不得殺士大夫及上書言事人)というものだったとか。すごいです。自由に発言できる。首を切られない。ただ、これがあったんで宋の士大夫たちは安心して勝手なことを言いまくったきらいもある。その結果が政治の混乱。難しいもんですね。

★★ 平凡社

chuugokunorekishi.jpgこのシリーズを手にとるのは初めてです。他の版は知りませんが、平凡社版は口絵がついていて、建築物やら仏像やらの写真がたくさんあります。あまり綺麗な写真ではないですが、でも親切な構成ですね。

内容はもちろん中国史の初心者でも読めるし、かなりのめり込んだ人でも楽しめるカッチリした内容の通史です。上質な歴史教科書とでもいうべきでしょうか。

15巻くらいはあるので、とりあえず最近興味のある隋あたりから始めました。考えてみると隋とか唐とか、なーんにも知らんです。

・隋には煬帝というのがいたはず。たしか運河を造った。短い王朝だった気がする。

・隋を滅ぼして成立したのが唐。たしか貞観の治とかいう言葉もあった。若い頃の玄宗の治世だったか。

・楊貴妃のあたりはいろいろ小説にもなってるんで、多少は知ってる。でも安禄山の最後のあたりはモヤモヤして詳細不明。

・唐代は強国で、西域なんかに大幅出兵して版図を広げたはず。

この程度ですかね。なんとも貧しい知識だ。

えーと、まず貞観の治は玄宗じゃないです。玄宗の前半は「開元の治」。貞観は唐の二代目である李世民の世でした。李世民ってのが親父の代を次いで唐の基盤を造ったらしい。

ただし李世民、優秀かつ冷徹な人間だったらしく、しっかり皇太子である兄貴を殺したんですね。で、死にかけの親父に無理強いして皇位をついだ。後の歴史書はもちろん全面的に李世民ヨイショですが、陳さんによると兄貴ってのも実はけっこう能力はあったんじゃないか。でもま、殺されてしまったらオシマイです。

そうそう。ついつい無視されがちだけど、長い混乱の世を統一した隋。もっと歴史的に評価されてもいい。いわば現在の統一中国の大本を造ったのが隋ですから。混乱をまとめて、大きな構想を描いた段階でつぶれたのが隋。その基盤の上にカッチリした帝国を築いたのが唐。

でまた唐に戻りますが、特筆すべきは武則天。二代目太宗(李世民)の後宮にいた女性ですが、芽が出なかったのが結果的に三代目に好かれて皇后。漢代の美女はみんな触れなば壊れんみたいな繊細な女性ですが、唐代の美女はみんなグラマー。ただし武則天はキリッとした、江角マキコみたいな女だったようで、二代目太宗の好みじゃなかったらしい。女の好みばっかりはどうしようもないですね。

武則天、後世からは徹底的に悪女ということになってます。でも本当にそうだろうか。都合の悪い肉親や逆らった子供、孫などあっさり殺したのは事実みたいだけど、国家ぜんたいとしては意外に平穏かつ隆盛。しかも身分にかかわらず新しい人材をどんどん使いこなして政治をリフレッシュした。

宮廷の上層部では超評判が悪かったけど、もし庶民に聞いたら「え? 立派な女皇帝じゃないか。不満はないよ」ということです。稀代の悪女かもしれないけど、非常に政治的な感覚のある積極的な女性。アホな男どもにまかしておけるもんですか。いまだに評価には賛否両論あるようです。

で、この武則天に見いだされて、そうそうたる人材が育ちます。武則天、自分に逆らう子や孫は簡単に殺しますが、あえて諫言する有能な部下には案外甘いところもあったらしい。こうした人材が結果的に玄宗(武則天の孫)の時代を盛り上げた。玄宗が偉いというより、お婆様の残した財産を使い果たしたのが玄宗だったともいえる。

ふーん、ですね。

こういう新しい観点、非常に面白いです。次は巻8「宋とその周辺」にとりかかる予定。


★★★ 中公文庫 上中下3巻。

nisshin_chen.jpgなんとなく本棚から引っ張りだして読みました。

買ったときに読んでるはずですが、何も記憶にない。で、読み出したら、いいですねえ。一応「小説」と銘打ってはいるものの、フィクションの要素はほぼ皆無。ひたすら詳細かつ精密に調べ抜いた日清戦争史です。

従来の日本視点の日清戦争と違うのは、中国や朝鮮の内情・事情が細かいことでしょうか。印象としては中国5、朝鮮3、日本2といった比率です。したがって登場人物も李鴻章、袁世凱、陸奥宗光なんかが主要。朝鮮では宮廷クーデタに失敗して日本に亡命した金玉均あたりの描写が多いです。(金玉均は頼りにした日本政府に余計者扱いされ、結果的に上海で暗殺されます)

読み終わって思うのは、李鴻章ってのはすごい人物だったんだなということ。清濁併せ呑んで、能天気な西太后のご機嫌とりながら政敵と戦い、北洋軍閥を組織して経営し、もちろん保身感覚にもたけ、最後までしたたかに政治生命を保った。保ったというのは言い過ぎにしても、とにかく殺されずにすんだ。

司馬さんの本の印象では180cmくらいある巨人の雰囲気でしたが、どこかに「170cm以上」ということぐらいが事実だったと書いてありました。それでも当時としては大男ではあります。ネズミ公使の小村寿太郎が公称「五尺一寸」だったそうですから、ま、それに比べれば堂々たるかっぷくですね。

日清戦争前夜の朝鮮でのゴタゴタ(大院王、閔氏一族、親日派、親清派)。ごく簡単にいえば気弱な国王の「父親」と「女房の実家」が対立し続け、そこにメンツを気にする親分気取りの「清国」と生意気盛りの乱暴な「日本」が絡む。
おまけに国家にはお金がないし、旧弊な国民はブーブー文句をいう。気鋭の連中もグチャグチャ言う。周囲には小姑みたいなイギリスやらロシアやらドイツやらがいてなにかと口をはさむ。気が狂いそうです。このあたりの事情を詳しく書いた本はあまりないので、非常に面白かったです。

あっ、戦争シーンはごくごくわずかです。こっちを期待して読むと失望すると思います。

そうそう。北洋艦隊自慢の「定遠」「鎮遠」ですが、開戦前夜に保有していた砲弾数が「3発」と書いてありました。3発ずつではなく、両方あわせて3発。要するに北洋艦隊に予算がなくて、補充できなかった。ほんと?という話ですが。

艦隊予算は西太后が別荘造りに流用していたというのは常識ですが、もちろん単に西太后のワガママ・認識不足だけではなく、この際「漢人である李鴻章の力をひきずり落とそう」という宮廷派(満族)の思惑もあったらしい。たとえ国防に問題が生じてもいい、李鴻章の力の源泉である北洋艦隊を弱めておくのが上策・・・。政治は難しいです。

このところ挫折が多いなあ。

読めそうで読めなかった本。

EdgarSawtelle-s.jpg「エドガー・ソーテル物語」 デイヴィッド・ロブレスキー(NHK出版)

米中西部の田舎。広い敷地で犬のブリーダーをやっている家があり、生まれた子供は声を発することができない。しかしその家には賢い犬がいて、友ともなり、保護者ともなり・・・。

そしてある日、父親の弟が帰ってきて同居を始める。監獄帰りかな。少しずつ空気が乱れ始め、いかにも何か起きそうな予感。・・・・というあたりで挫折。

いい雰囲気の本なんですけどね。生々しくなくて、なんというか追憶調というか、影絵のような淡さというか。機会があったらまた挑戦します。


「冬の薔薇」「夏至の森」 パトリシア・A・マキリップ (創元推理文庫)

huyunobara-s.jpgマキリップは大昔「妖女サイベルの呼び声」で知った作家です。「サイベル」は山の中の古城で暮らす、怖いほど美しい魔女のお話。この美女魔女、各地に隠れている伝説の生き物たちに呼びかけて強制召還する趣味がある。深夜、心を統一し、ム・・・・・・・ンと遠隔テレパシーを投げかけるんです。

伝説の野獣ってのは、たしか謎々好きのイノシシ、なんかとかライオン、かんとか鷹、あと何がいたかな。忘れました。この生き物たち、ほんとうは独立独歩、一人で好き勝手に暮らしていたいんですが、強力な召還呪文にひっぱられて、しかたなくサイベルに従っている。

で、もうひとつ、召還したいのがライラレンとかいう大白鳥。ところがこの白鳥がなかなか召還呪文にひっかかってこない。実はその理由は・・・・てな話でした。ファンタジーとしての設定や雰囲気は実に魅力的なんですが、そこに子供や恋がからんでくると、どうも没入しにくくなる部分もある。でも、ま、代表作でしょうね。

というのがマキリップ。興味をもって借り出したんですが、うーん、「冬の薔薇」の半分ほどで力尽きました。こっちは中世の田舎の野生少女が、不思議な男と知り合う。妖精? この男、なんか怪しげに森の泉の中から出現して・・・・。

そこそこ面白いんですが、ちょっとメルヘンチックすぎて、だんだんエネルギーダウン。オヂサンはメルヘンに抗体ができてるんですかね。したがって続編ふうの「夏至の森」も同時挫折です。

登場の獣たち。竜ギルド、黒猫モライア、隼ター、 猪サイリン、獅子ギュールス。非常に魅力ある魔獣たちです。このほかに黒鳥もいたような気がする。そして謎の白鳥がライラレン。

★ 早川書房

micro.jpgまだクライトンの遺作があったとは。

ただしハードディスクの片隅に残っていたのは4分の1程度で、あとはリチャード・プレストンという人が追加したもののようです。

うーん。そこそこ上手に補填してるんですが、やっぱ、クライトンとは違う。細部がないんですよね。ストーリーを追うのに必死で大雑把すぎる

ま、内容は「7人の院生がだまされて2センチサイズに縮小される。小人たちは濃密な生命にみちあふれ生存競争激しいハワイの森で生き延びる・・・ことができるか」というもの。

ミクロの決死圏の密林版。想像どおり、周囲には恐ろしい兵隊アリやらムカデやら、狩人蜂、コウモリ。怖いですね。そんな環境にポイっと放り込まれたらどうなんだろうという興味はあるていど満たしてくれます。でもまあ、それだけという感じ。

クライトンにこだわりのある読者は読まなくていいと思います。

★★★ 新潮社

kaminodairinin.jpg比較的早い時期に書かれた本のようです。ルネッサンス期の4人の法王のお話。

時代後れの十字軍再編を夢見て王や諸公にそっぽを向かれたピオ二世(ピウスII)。サヴォナローラを追い詰めて抹殺したアレッサンドロ六世(アレクサンデルVI)。自ら軍を率いて戦い続けたジュリオ二世(ユリウスII)。そして陽気でお祭り好きで法王庁の予算を使い果たしたレオーネ十世(レオX)。

歴代の法王と対するのはフランス王であり、スペイン王であり、神聖ローマ皇帝であり、あるいは塩野さん大好きのヴェネッツイアであり。

面白かったのはフランス王ですね。常にローマ法王を圧迫し、時々イタリアに攻め込んでくるんですが、フランス文化なのか最後の最後の詰めがいつも甘い。どうも「法王=神聖」という固定観念から逃れられないみたい。それがしたたかなイタリア人連中から見ると不思議でしょうがない。法王だって子供もつくりクソもするただの(あるいはとりわけ欲深な)人間なのに。

フランソワ1世だったかな。法王を追い詰めたはずの和平会談でコロっと懐柔されてしまう。法王が連れてきた(接待役)レオナルド・ダ・ヴィンチに会えて、もう感動々々。たしかダ・ヴィンチはその後で招かれてフランスに行くんですよね。招かれてというより、食い詰めてというのが正しいかも。

何年か前にいったロワール川沿いのアンボワーズ城だったか、広い庭の隅にダ・ヴィンチの小さな礼拝室がありました。寂しい雰囲気でしたね。ガラーンとしていて空虚な雰囲気。

あんまり関係ないですが、ビル・ゲイツがダ・ヴィンチの鏡文字のメモを落札してホクホクしていたことを思い出しました。価値を認める人にとってダ・ヴィンチはもう「神様」なんだろうなあ。でも法王は「たかが職人」としか思っていなかった。たぶん。

★★ たちばな出版

tochosaibo.jpg歴史エッセイとでもいうべきなんでしょうね。アジアを中心として古今の歴史を概観。きちんと首尾の整ったものではなく、わりあいランダムに思いついたこと、気がついたことの断片、覚書といった趣です。深く考えずサーッと読むのにふさわしい。ベッドサイドに置いて拾い読みしました。

当たり前の話ですが、よく読み深く知っている人です。陳舜臣のような作家をわざわざ褒めるほうがヘンか。

面白かったのは中国各王朝の性格付け。たとえば殷は厳しい強圧政権であり、その後の周は庶民にとって暮らしやすかったはず。唐は強大な版図を誇ったけれども内実は貧しく、むしろ戦争に負け続けの宋のほうが経済は豊かだったとか。もし過去に戻って暮らすのなら絶対に宋がおすすめ。

こうしたあたりの指摘は目からウロコの欠片が落ちる感じです。経済の観点から中国王朝を見たことはなかったもんなあ。

blackout.jpg★★★ 早川書房

オックスフォード歴研シリーズ3作目。主人公は史学生のメロピー、ポリー、マイクルのようです。今回は1940年から1945年にかけて、戦時下のロンドンが主な舞台です。ただし人名や場所、時代が錯綜しているので、ちょっと整理しておかないといけない。続編(というより、ぶった切った後半部)は来年4月まで出ないそうです。絶対に忘れてしまう。

メロピーアイリーンという時代名で中部イングランドのお屋敷の女中になり、手のかかる疎開児童の世話をしている。例によってイライラ・ゴタゴタ・バタバタがあって現代へ戻ることができず、結局ロンドンまでたどり着く。

ポリーはロンドンでデパートの店員。これも空襲やら何やらで疲労困憊。おまけにデパートの制服規定は清く正しく「白ブラウスと黒スカート」なのに中世史科装備係の怠慢で濃紺スカートしか持ってこなかったので主任に睨まれてるし、おまけに現代に戻る「回収地点」に問題が生じていて帰還できない。

マイクルは米国人記者マイクになってダンケルク撤退を(安全な)ドーバー側から見物するはずが、なぜか撤退作戦まっただなかにまきこまれ、意に反して英雄になってしまう。ひょっとしたら過去を書き換えてしまったんじゃないか・・と不安だらけ。

で、結局3人が3人とも自分の「回収地点」を失ってしまい、それぞれ「回収地点を使わせてもらおう」という意図でロンドンに集合。1940年、ロンドン大空襲のまっただなかです。

主要人物は3人だけのはずなんですが、なぜか不明の人物も出てくる。1944年時点、東南部のケント州でゴム戦車をふくらませているアーネスト。ノルマンディ進攻作戦を隠匿するために偽装をしているんだろうと思います。

同じく1944年時点、応急看護部隊で仕事を始めたメアリ・ケント。まだ誰かは不明のまま。

そして1945年の終戦日(VEデー)、ロンドンにいたダグラス。これはたぶんポリーだと思うんだけど、なんか問題があったような雰囲気。VEデーってのはVictory in Europe Dayだそうです。
(ただアイリーンもVEデーを予定していた。このへんがあとで問題になるかな。)

もっとわからないのが1940年、他の3人がゴタゴタしている時代のセントポール駅に出現した謎の男。最初はちょっと勉強不足ふうなので、みんなに嫌われているフィップスかと思ったけど、たぶん違いますね。可能性としてはポリーを救出しようと密航してきたコリン。

そうなんです。ドゥームズデイ・ブックのガキんちょコリンが17歳の高校生になっている。おまけに年上のポリーに恋している気配。そのポリーがロンドン置き去りとなれば、英雄コリンが救いに行かないわけがない。

そういえば、あの浮浪児みたいな疎開の悪ガキ姉弟。ロンドンの地下鉄でかっぱらいやってるのも同じ姉弟でしょうね、きっと。出番が多いので、あとで何か重要な役割をになうのかしらん。ウィリスの描く悪ガキたち、ほんと心の底から神経逆撫ででイラつきます。

ところでこの新☆ハヤカワ・SF・シリーズという代物。ひどいです。見かけは安っぽいペーパーバックで似合わない天金装丁。ただし手に持つとずっしり重いです。上下2段組ですが紙質がいいのでなんとか読める範囲。うーん、なんかコニー・ウィリス本のイメージとは違うなあ。あえてこんなシリーズに入れる必要があったんだろうか。

おまけに超長いのをわざわざ半分でぶった切ってしまった。米国でも分冊で、おまけに発行日を別にしてたってんですが(ウィリスは怒ってる雰囲気)、なんで日本でもそんな悪例に倣ったのか。翻訳の都合やらなんやらあったのかもしれませんが、困ったもんだ。

いい本だけに読者の欲求不満がたまる。これがせめて1カ月後の発行ならともかく、予定は来年の4月だとか。前半部と後半部が10カ月の中断。もしジラシ作戦としたら大間違いと思います。

最近のハヤカワの傾向ですが、なんか読者想定を読み違えているような気がしますね。あの「氷と炎の歌シリーズ」(単行本)の表紙が変なコミックタッチのファンタジーだったり()、文庫版「ドゥームズデイ・ブック」が夢見る少女マンガ調だったり、本屋のカウンターに置くのが恥ずかしいレベル。本の内容と表紙カバーがあまりにも乖離しています。

ま、太宰の人間失格とか、古い本の装丁を作り直したら急に売れたとかいう話もありました。それと同じ商法なんでしょうかね。表紙に釣られて手にとる若い読者は増えるかもしれませんが、逆に見ただけで敬遠する読者もいる。「そんなトシヨリ読者は見放してます」ということなら仕方ないけど悲しい。

「氷と炎の歌シリーズ」=「A Song of Ice and Fire」では、想を得た世界の意欲的なイラストレーターによる作品がネットに上がっています。すばらしい絵がたくさんありますね。人気のあるものは画集になって販売までされているようです。カレンダーもアマゾンでは売られています。

「氷と炎の歌シリーズ」でもちょっと落ち着いたタッチの文庫版の方はまだ我慢可能。せめてこの程度のイラストならギャーギャー文句いいません。(単行本のイラストレータは多少は本の内容を知ってて書いてるんですかね。たぶん編集者の責任です)

ふんと、トシヨリはなにかと狭量でうるさいことじゃ。買った本でもないのに文句たれて(たぶん買わないけどね)。蒙御免

追記
単行本「氷の炎の歌シリーズ」は買わないで図書館、大騒ぎの末の改訳新版はもちろん読んでません。「A Song of Ice and Fire」は買った。単行本「ドゥームズデイ・ブック」は図書館。文庫版「ドゥームズデイ・ブック」は買った。

honda_alabia.jpg★★★ 朝日新聞社

外出に持っていく本がなくて、ふと本棚から「アラビア遊牧民」を抜き出し。久しぶりの再読です。思っていたよりボリュームがなかったですね。そのまま流れで「ニューギニア高地人」「カナダ=エスキモー」と続きました。連載順のちょうど逆です。

大昔に感動したほどではなかったですが、それでもやはり名著でしょう。なんといってもあの当時、こうした未開の僻地に飛び込んでいって、しかも可能な限り衣食住を共にする勇気(あるいは蛮勇)はすごい。新聞連載の頃から、たとえばカリブー(トナカイ)の腸をすするとか、腐りかけたような小鳥を口にするとか、すげーことをする人間がいるもんだと感心したものです。

この 本多勝一という人、その後もいろいろ活躍したり物議をかもしたりしたみたいですが、あいにくまったく読んでいません。そうそう他には「日本語の作文技術」があった。これも名著です。

いろんな小説家なんかが腐るほど「文章作法」みたいなものを出していますが、みんな無意味な代物ですね。読むべき本は一冊もない。役にたつのはこの「日本語の作文技術」だけです。もう詳細は覚えていませんが「主語と述語は近づける」「修飾語と被修飾語」を離すな等々、非常にまっとうな技術的解説が面白かったです。情緒や感性ではなくて、あくまで「技術」。

ようするに「悪文を書かない秘訣」ですか。日本国民、全員がこの本を読んでほしいくらい。ただ10年以上前、なんかの拍子で人に貸したらそれっきり戻ってきません。ま、本を貸すときはそうしたリスクは覚悟の上なんで、とくに催促した記憶がないです。惜しい本は決して貸しちゃいけない。貸すときはあげたと思え。

というわけで、現物なし。でもエッセンスは記憶してるから(たぶん)、たいした損失でもないでしょう。

強調しておこうかな。
「日本語の作文技術」。日本国民、全員がこの本を読んでほしい。国語教科書で「詩の心を理解しよう」なんてアホな単元を作るくらいなら、こうした作文技術だけ半年くらい勉強したほうがはるかに有益。

★ 小学館 萩尾望都作品集

po01.jpg「百億の昼と千億の夜(萩尾望都)」「日出処の天子(山岸凉子)」に続いて、なんと「ポーの一族」にもとりかかったのだ。

うーん。うーん・・・。悪くはないけど、なんとも典型的な少女マンガだなあ。少年と少女と、バラの花。淡いタッチの(しかし残酷な)ストーリーが続く。

はい。オヂサンは挫折しました。やはりこのマンガは無理です。こういうものに挑戦しようとしたのが傲慢だった。ま、悔し紛れに言えば、どういうマンガなのか知っただけでも収穫です。そう思って、2巻の途中で諦めました。
★★ 秋田文庫

senoku_comic.jpg子供の本棚にあるのは大昔から知ってましたが、ふと思いついて手にとりました。

光瀬龍の小説はずいぶん大昔に読んでいます。当時はかなりSFに耽溺していた。小説「百億の昼と千億の夜」は序盤の雰囲気最高なんですが、ナザレのイエスが登場したあたりからはだんだん通俗活劇ふうになってしまって、ようするに内容はワケわかめ。

で、マンガ。うーん、けっこういいんですね。でも文字による描写と絵の違いでしょうか、妙に具体的になって、わかりやすい分だけ理解不能の魅力が減衰した感じ。ま、面白かったけど評価としては★★でしょう。

あっ、内容ですか。説明は難しいですが、プラトンとシッタルダとアシュラ(ついでにイエス)が宇宙と人類の歴史の謎を追って時空を走り回る。ま、そんな超壮大かつ深遠、グチャグチャな哲学的スペースオペラです。


「日出処の天子」全7巻 山岸凉子
★★★ 白泉社文庫

hiizurutokoro.jpgついでにこれも読んでみました。これもなかなか面白かったです。途中でなんか「陰陽師」に似ているなと思いましたが、もちろん作者は別人。あっちは岡野玲子ですか。ワトソン役の源博雅蘇我毛人が最初のうちはなんか同じようなウジウジキャラで、それで勘違いしてしまった。

いい歳こいたオヤヂとしては、なかなか完全没入はできませんが、でも舞台とキャラの設定は非常にしっかりしている。続けて7巻、読み通しました。ここ数十年、煌めく才能は小説ではなく完全にマンガやアニメの世界に移行してしまったんだな。あらためてそんな気もしてきます。

主人公は厩戸皇子(うまやどのおうじ うまやどのみこ) 。つまり後の聖徳太子。スーパー天才といわれる人ですが、実際は超能力者、エスパーだった。ついでにいうと蘇我エミシもちょっぴり超能力の片鱗を持っていた(親戚ですから)。ただし本人は無自覚。エミシは有名な蘇我 海豚 入鹿の父親です。

この二人を軸にして、当時の政治情勢が複雑怪奇にからんでくる。おまけに女性マンガ家が大好きなBLも加わってくる。BLって何のこと?という人、グーグルで調べてみればわかります。へんなもんが最近はのしてきてるんです。オジサンにはわからん。

それはともかく、そこそこ楽しんで読みました。ただし少女マンガ特有の10頭身、12頭身ヒーロー(細すぎる。きゃしゃすぎる)と、同じ顔パターン(服装と髪形で見分けるしかない)、動きの感じられない、重心の定まらない動作デッサンだけはどうも好きになれません。

★★★ 新潮社

jujigun3.jpg第3次遠征から、テンプル騎士団の滅亡まで。

塩野さん、そうだろうとは思いましたがリチャード(獅子心王)に惚れてしまったんですね。ま、確かに惚れる要素は多大でしょうが、ここまで手放しで称賛されると、読む方が恥ずかしくなる。でも一応は公平であろうとしてか、最後のあたりでナントカいう歴史家の評も載せています。「子として最悪・夫として最悪・王として最悪・兵士としては優秀」だったかな。そんなふうな趣旨の言葉でした。

実際、リチャードとしては「オレ、ほんとは王なんかじゃなくて騎士の子供で生まれたかったんだ」かと思っていそう。単なる騎士じゃ制約やら不自由がいろいろあったはずですが、そこまでは深く考えないタイプ。とにかく好き勝手やって、とにかく男らしく戦うのが大好きで、みんなに愛されて、大迷惑かけてコロッと死ぬ。母ちゃんのエレアノール(ダキテーヌ)、がっかりしたでしょうね。

確かに魅力はありますわな。困りもののガキんちょ坊主。ロビンフッドの友達。

塩野さんには好かれなかったようですが、むしろフランス王のフィリップ(オーギュスト)が面白かったです。得にもならない十字軍なんてまっぴら。アホな連中をけしかけて聖地に行ってもらい、その隙にせっせっと領地拡大。非常に現実的です。戦争は下手でも、知恵は実にまわる。結局、この人がいまのフランスの版図を確定した。「オーギュスト」の称号を得たのももっともです。

塩野さん、シチリア生まれの神聖ローマ皇帝フリードリッヒIIも好きみたいです。たしかに時代から抜け出した合理性の帝王。教皇の破門なんててんで気にしないで、やりたいことをやり通した。教皇とは最後までケンカを続けたんですね。死んだときは教皇庁が大喜びしたらしい。

で、もう一人、ルイ聖王ですか。内政面でも非常に優秀だったようですが、戦争はおそろしく下手。わけのわからない大がかりな十字軍を2回もやって、2回とも大失敗してアフリカで死ぬ。かなり堅物でコチンコチンの信仰者。これは塩野さん好みとは対極の人物です。でも見方によってはかなり魅力的な王様ですね。

というふうな連中が勝手な思惑で遠征して、中近東をひっかきまわして大量の血を流した。なんとも壮大な愚挙、無駄遣いですね。結果としてイタリア海洋都市の興隆、マムルーク朝エジプト誕生、法王庁の衰退、西欧の中央集権化。そうそう、小さいですがチュートン騎士団の帰国なんてのもあります。その後は強大なドイツ東進の先兵となってくれた。さんざん中世ポーランドを苛めたのも、この騎士団の子孫でしょう、たぶん。

★★★ 集英社

hagunnohoshi.jpg北方謙三は「道誉なり」に続いてこれが2冊め。ようやく文体の雰囲気がつかめてきました。
感情を抑えたハードボイルドタッチといえば、確かにそうですね。

そもそもは北畠顕家というスター武将、一瞬の輝きで散った青年(ゴトウクミコ似)のプロファイルを知りたいという動機だったんですが、そういう意味では無意味でした。生きた資料がないんでしょうね。顕家に限らず、南北朝のあたりを描いた小説はみーんな苦労しているような気がします。

で、北畠顕家。16歳のお公家さんが陸奥守に任ぜられて東北へ下る。ふつうに考えたらお飾りですよね。でも本物のお飾りはもう一人いて、えーと、義良親王ですか。阿野廉子が生んだ子供。あとで南朝2代目の後村上天皇になる人です。だしか村松剛が「帝王後醍醐」で「阿野廉子の生んだ親王たちはみんな父に忠実だった」とか書いていた記憶があります。()

そんな16歳のお公家さんがどうやってごちゃごちゃの東北を数年でまとめあげ、おまけに記録に残る疾風怒濤の西上をしたのか。わかりません。この「破軍の星」では例によって山の民みたいなのが強力にアシストしてくれる設定になっています。

で、陸奥から京への歴史に残るスーパー強行軍。強行軍というより、戦いながらの連日フルマラソンですわな。馬に乗ってる連中はまだしも、大部分の兵士は自分の足しかないです。食うものもなく、真冬の雪と北風の中をひたすら走り抜けたんでしょう。すごいです。これも詳細は不明で「犠牲は多大だったが、とにかくやったんだ」というスタイル。

で、足利尊氏をコテンパンにやっつける。やれやれ陸奥に帰って、ようやく落ち着いて奥州鎮撫を再開しよう思っていると、すぐさま不死身の尊氏が勢いを取り戻して都に戻ってしまう。あわてて吉野に逃げていた後醍醐は「チョウテイ アブナイ スグカエレ」と矢の催促。催促してればいいんですから、ま、気は楽です。

かなり迷惑な話なんですが、そこは忠臣。仕事もそこそこにまた京へ進軍。こんどは足利方の大軍がしっかり待ち構えてるんでかなり苦戦です。でも天才だから鎌倉はあっというまに破って都のすぐそばまでなんとか迫って、しかしここでついにストップ。ストップすると、勢いは急に止まります。

朝廷連中の身勝手と堕落にあんまり腹が立って、で有名な「諫奏状」を後醍醐に出したりもしたようです。もちろん楠木正成の「尊氏和睦 京都撤退」の進言と同様、歯牙にもかけてもらえなかったでしょうけど。で、いろいろあった末、最後は高師直の大軍に絶望的な突進をして散華。享年21歳。たぶん満年齢なら実質は20歳か19歳。

どんな人物だったのか。なぜ強かったのか。この若さでなぜ政治手腕があったのか。こういう詳細部分はなーんもわかりません。書いてないんだもの。北方謙三の描く顕家は10代にして老成・沈着、果敢にして感受性豊か、合戦の駆け引きは大ベテランで武芸も達者なカリスマ、おまけに胸に矢を3本受けてもすぐ復活する驚異の肉体。完全に突然変異出現、悲劇のスーパーヒーロー。

面白く読みましたが、そういう意味でもの足りませんでした。

勘違い。阿野廉子じゃなくて「二条為子の生んだ親王たち」でした。部屋住の後醍醐が初めてねんごろになった女性らしい。歌人だと書いてありました。

★★★ 新潮社

jujugunmonogatari.jpg「絵で見る十字軍物語」とあわせて4巻もののようです。その1と2。内容は第1次十字軍、第2次十字軍 イスラムの反攻(サラディン)

十字軍、あんまり知識を持っていません。ぼんやり名前を知っていたのは第1次十字軍のボードワン、ゴドフロワ、タンクレード(タンクレディ)くらいかな。サラセンではサラディン。あとは第何次になるのか知りませんが、獅子心王リチャードくらい。リチャード獅子心王は子供の頃にウォルター・スコットの「アイヴァンホー」を読んだので知っています。

だいたいタンクレードがイタリアのノルマン系とは知らなかった。なんとなくフランスの田舎から立身出世を願って出征した機転の利く小貴族かと思っていました。

それをいうなら、イスラムの英雄サラディンだってそうですね。てっきり生まれのいいサラセン貴族で、たまたま軍事的才能があったんでスルタンの片腕かなんかになったという印象。実際は(塩野さんによるとクルド族の出身だとか)いろいろ画策してエジプト占領で一気に台頭した人間とは知らなかった。もちろん教養ある紳士で、なんか記憶ではリチャードと刀自慢対決をしたような(たぶんアイヴァンホーのエピソード)。

はい。エピソードってのは、リチャードが重い剣で兜かなんかを叩き切って豪腕自慢。そしたらサラディンが「その大剣で羽毛のクッションを切れるか?」とやりかえしたという話です。破壊の斧と鋭利なカミソリの対比みたいなもんでしょうね。

十字軍のそもそもの発端というのが意外でした。ナントカ教皇が聖地奪還を呼びかけたってのはもちろん常識ですが、遠因は歴史で勉強する「カノッサの屈辱」だった。時の教皇に逆らった神聖ローマ皇帝が破門されて、しかたなく屈伏。雪の中で土下座(かな)して許しを乞うた。教皇の力の大きさを象徴する大事件・・・というのが世界史です。

ところが実際の世の中はそう簡単にはいかない。屈辱を受けた若い皇帝、この恨み晴らさでおくものか・・と深く根に持つ。復権してからは折りにつけてはイジイジと教皇をいじめ続けた。なんせ神聖ローマ皇帝が心の底から復讐に燃えている。教皇の立場はだんだん悪化していったわけです。人間、あんまり苛めすぎちゃいけません。で、ローマにもいられなくて、各地放浪の教皇になった。

そこで、同じクリュニー派である次の教皇です。なんとか劣勢を回復しようとして考えついたのが華々しい「聖地奪還」のスローガン。これが大成功した。もちろんただ宣言しただけでなく、事前にはいろいろ根回しもしています。

できれば王侯たちに打ち揃って出征してほしかったんですが、実際にはちょっとレベルダウン。おまけに出発予定日時よりはるか前、アジテータの坊さんに煽動されて気分高揚した庶民貧乏人たちが「死んでも天国にいけるらしいぞ!」ってんで、勝手に行進を開始した。なーんも考えず、武器も金も食料計画もなしに(神様がなんとかしてくれるさ)ヨーロッパ横断の進軍ですから、この先触れ十字軍は悲惨な結果に終わります。でもそんなこと、誰が気にする。

テンプル(聖堂)騎士団とヨハネ(ホスピタル)騎士団についても、なーんにも知りませんでした。ま、ヨハネ騎士団がその後にロードスやマルタに移住したとか、金持ちだったテンプル騎士団がフランス王の陰謀で滅亡させられたとか、その程度。面白いってんで「テンプル騎士団の財宝」はよく小説のテーマになってますね。

塩野さんによると、テンプル騎士団はフランスの下層騎士、浪人騎士が大部分だったんだそうです。よく言えば純粋、悪くいうと単純。ひたすら「異教徒は殺せ!」がモットー。で、あちこちから寄贈のものは売り払って金に換え、それで金融業(ようするに金貸し)をやった。金融ですから当然イスラム商人にも金を貸す。商売やってるんじゃ「ひたすら殺せ!」の実行も無理なんですが、ま、そのへんは本音と建前ですわな。

それに対してホスピタル騎士団は各国の貴族の次男三男、部屋住の連中です。比較的、教養があった。で、寄進の物件はすぐ売り払ったりしないで、不動産経営にいそしんだ。農地や土地の経営ですから、しぜんと地元のイスラム人とも関係ができる。わりあい地域密着系。イスラム人は皆殺しという方針ではない。とはいっても、いざ戦闘になるともちろん果敢です。みーんな誓いをたてた修道騎士ですから。

そうそう。またまたアイヴァンホーですが、ここにもテンプル騎士団の騎士が出てきますね。ユダヤの美女に懸想して、信仰と欲望の狭間で苦しむ。典型的な敵役なのに、なぜか信仰の面ではけっこう悩んだりするんです。で、美女レベッカに「オレと一緒になってくれ。一緒にパレスティナ(だったかな?)に逃げよう」とか。いまだったら「いっしょにアメリカに行こう」とか「ブラジルでコーヒー農園をやろう」ということなのかな。

なんか、どんどん脱線してくる。早いとこ第3巻を読まなくっちゃ。

jujigun02.jpgひとつ疑問。なぜこんなに計画性がなくて仲違いばっかりして欲の皮のつっぱった十字軍騎士たちは強かったんだろう。

塩野さん説によると、重装備が効果的だったとのことです。イスラムの弓矢による雨あられの落下攻撃があまり効かなかった。数の多いイスラム軍も、大きな馬と重い装備の騎士が突撃すると耐えられなかった。もっと大きな要因は、イスラムの領主たちがみーんな仲が悪くて決して団結しない。自分のことしか考えてないからすぐ裏切るし、すぐ逃げる。だからイスラムの総反撃は、サラディンのジハード宣言まで待つ必要があった。

というんですが、フランク騎士は数が少ないです。核になった常備軍のホスピタル騎士団とかテンプル騎士団とか、それぞれ多くても200人から300人程度。もちろん従卒や歩兵はたくさんいますが、これっぱっちの騎士で何十年も支えきれたってのが不思議です。故郷からの物資補給、人的補給も少なかったといいます。騎士の数は減るばっかりで、慢性的に足りない。。

あちこちに城郭、城砦をつくって、ここに籠もった専守防衛も効果があったといいます。でも城砦の数が多すぎる。騎士数300を30の城砦に割り振ったら、ひとつあたり10人ですわな。ちょっと少なすぎはしないか。

おまけにパレスティナやシリアの夏は暑い。冬はともかく、酷暑の夏にフルプレート装備は無理でしょうね。巻2の表紙絵を見ても、顔はともかく腕はむきだしにしているようです。いくら大きな楯をもっていたにしても、けっこう大変そう。サラディンが大勝利した戦いも、酷暑の沙漠(かな) を考えなし、水補給なし行軍をやられた。たしかに水の用意がなくて沙漠を30キロ歩くのはきつい。

ま、塩野さんですから、もう一つ、イタリア商人の活躍も重要な要素として付け加えています。ただジェノバもヴェネツイアも、聖地維持のためなんてまったく考えていない。信仰ではなく、あくまで金儲け。だから西欧の学者たちは(理屈ではなく) なんとなくイタリア商人(海軍)の功績を認めたくない。その気持ちはわかりますね。「考えは足りなかったけど、彼らは信仰に燃えて進軍した。もちろん欲張りもいたけど、少なくとも根本には信仰があった」というふうに思いたい。ま、当然ですね。

総じて1巻、2巻、読んだ感想は「めちゃくちゃやなあ」でした。攻めたほうも無茶。迎えたほうも苦茶。中世は人間の欲望とかエゴとかがむき出しになって絡み合う (それで悪いか!) 感がありますが、それにしてもこんなアホな攻撃と支配で、聖地占領が100年ちかくも続いたというのが不思議です。(エレサレム王国は形式的には200年ちかく継続)

thecoup.jpg河出書房新社

池澤夏樹編世界文学全集の1冊です。訳は池澤、著者はアップダイク。とうぜん面白く読めるはずだったのですが、どうしても続けられなかった。放棄です。

そういえば池澤夏樹の小説でまともに読めたのは「マシアス・ギリの失脚」だけ。ほかになんか短編もあったかな、風力発電の話とか()。あとは全滅です。「静かな大地」は2回借り出して2回とも投げ出した。

楽しい終末とか「ハワイイ紀行」などエッセイふうのものはかなり好きなのですが、どうも小説だけは合わないようです。なぜ?と問われても困ります。飽きてくる。辛くなる。結果的に返却期限がくる。

実はアップダイクもそうで、けっこう好感はもってるんですが何故か読めない。たしか代表作のウサギシリーズなんかも挫折しています。

仕方ないですね。アフリカのとある貧乏国の大統領(マシアス・ギリ、あるいはカダフィにも似ている)がクーデタで倒れるというような話らしいので、期待してたんですがダメだった。

ちょっと残念。そういうこともあるさ。

※「すばらしい新世界」という本かな。短編じゃなかったようですね。

新ハヤカワSFシリーズなんてのが始まってるんですね。(正規のシリーズ名は☆やらなんやら入った装飾的なものです) もうハヤカワは死んだと思ってました。

今のハヤカワがいまさら何をしようとほとんど関係ない(興味ない)んですが、コニー・ウィリスの新刊が入っているらしい。あらら。「ブラックアウト」。例によって大空襲下のロンドンにオックスフォードの学生連中3人が時空旅行する。きっと三馬鹿トリオが灯火管制の街でマゴマゴと大騒ぎするんでしょうね。こりゃ読まないといけない。

ところがこのシリーズ、一応はポケット版みたいです。アマゾンを見たら「768ページ」だそうで。ひぇー。小型本の768ページは想像するだにひどい。しっかり詰まったまっとうな装丁の単行本にしてほしかった。

しかも、しかもです。この「ブラックアウト」では完結しない。というか、上下2巻という表現が正しい。レビューを読むと、いいところでプッツリ終わっていて、そしてその「下巻」の「オール・クリア」は来年の4月に刊行予定だって。

困ったことをしてくれるなあ。これじゃ買えない。試しに図書館で検索かけたら3冊も在庫があって、もちろんみーんな貸し出し中でした。

読んだ本は独断と偏見(それに決まってる) で評価をつけています。
ふと、自分はどんな本が好きなのかあ・・と思い、ブログを検索してみました。文化の日だしね。
以下はここ10年ほどで★★★★の評価をつけた本です。


inseino2.jpg「双調平家物語ノート2 院政の日本人」 橋本 治
「天地明察」 冲方 丁
「生物と無生物のあいだ」 福岡伸一
「平将門」 海音寺潮五郎
「悪夢のバカンス」 シャーリー・コンラン
「白檀の刑」 莫 言
「転生夢現」 莫 言
「西郷隆盛」 海音寺潮五郎
「文人暴食」 嵐山光三郎
「レイテ戦記」 大岡昇平
masakado_kaionji.jpg「羊をめぐる冒険」他 村上春樹
「A Feast for Crows 」 George R. R. Martin
「失踪日記」 吾妻ひでお
「A Game of Thrones」 George R.R.Martin
「A Storm of Swords Part 2」 George R.R. Martin
「文人暴食」 嵐山光三郎
「A Storm of Swords Part 1」 George R.R. Martin
「七王国の玉座」 ジョージ R.R.マーティン
「戦中派闇市日記」 山田風太郎
byakudan.jpg「ラ・ロシュフーコ侯爵伝説」 堀田善衛
「サル学の現在(上)」 立花 隆
「七王国の玉座 上下」 ジョージ R.R.マーティン
「定本 北の国から」 倉本 聡
「文人悪食」 嵐山光三郎
「我が心はICにあらず」 小田島隆



なぜか「文人暴食」と「七王国の玉座」が2回ランク入りしてる。時間をおいて読んだんでしょうね、たぶん。

「双調平家物語ノート」は巻2より巻1のほうが面白いと言ってるのに、なぜか★★★評価になってる。なぜなのか、理由は不明。

意味のあるような、ないようなリストでした。要するに、これが自分の脳内世界なのか。

akamidori.jpg★★★ 集英社

「あかみどりのみささぎ」と読みます。

非常にフリガナの多い文章です。たとえば「太上天皇」は「おおきすめらみこと」。音読みの固有名詞はほとんどありません。みんなヤマトコトバで読みます。だから最初のうちは読みにくくて往生します。

もちろん意図的に書いてるわけで、結果として成功したんじゃないでしょうか。なんだか知らないけどアヤフヤで、霧の中のような雰囲気。舌をかむように柔らかいというか、あいまいというか。音読みの合理性や歯切れの良さがありません。

内容は持統天皇(うののささら)の生き方というか、女の業。持統は天武天皇(大海人皇子)の妻ですね。ただし「持統」とか「うののささら」という名前はなかなか出てこなくて、暫くの間は「太上天皇」(おおきすめらみこと)として登場します。つまり現天皇の上に立つ天皇。後代の上皇のような印象ですか。これって誰のことだろう?と疑問に思いながら読者は読み進む。

そうそう。持統が作った藤原京もこの本では「新益京」(あらましのみやこ)という名称です。そんな都は知らんぞ?と疑問を抱きつつ読むしかありません。なぜ藤原京になったかの謎解きもありますが、本の最後の最後のあたりです。

で、常陸から呼び出された「夢解き」の才のある女(白妙)が、なぜか過去の「ささらのみこ」の心に入り込む(あるいは呼び込まれる)ことによって、登場人物の名前や事件が少しずつ解明されていきます。解明されるといっても、この時代の知識がある程度ないと厳しいですね。そもそも「白妙」という名前も、なんか怪しい。

草壁皇子、大津皇子、高市皇子がどういう立場で、何をしたんだったか。たしか大津皇子は殺されるんだったな・・程度の知識がないとなかなか霧が晴れない。私は例の「家にあれば笥に盛る飯を草枕」の有間皇子がこの中にいないので、変だなあなどと思ったくらいで、このへんの知識はかなりあやうい。珂瑠なんて皇子も出てきます。「軽皇子」のことでした。

ちなみに有間皇子は中大兄皇子に殺されたんでした。この本の時代よりちょっと前でした。

ま、なんやかんや。「夢解き」のスーパーヒロイン白妙だからといって持統といっしょに大活躍なんて爽快なストーリーにはなりません。しょせんは身分の低い地方の女です。なーんもできない。怯えながら命じられた夢解きをします。そして最後は・・・それは秘密。

なかか面白い本でした。ただし、すぐに再読する意欲はおきません。かなり疲れました。

doyonari.jpg★★★ 中央公論社

北方謙三はたぶん初読です。

主人公は例の佐々木道誉。バサラで有名な人物ですね。バサラは有名だけど、具体的に何をした人なのか。真田昌幸のように「表裏比興の者」という描かれ方が多いようで、実際かなりドライに変節を繰り返した。と同時に新感覚のファッションリーダー、新文化のスポンサーでもあったようです。

うーん、やはりよく分からない。ひたすらキンキン叫ぶ陣内孝則のイメージが強いし。

てなことで借り出した本ですが、「道誉なり」はちょっとカッコ良すぎます。時代が読めて、意志が強くて、世渡り上手で戦も強い。足利尊氏と嫌いあいながら認めあい、実はけっこう好きだった。ま、そんなふうな描き方ですか。これじゃなーんも分からないですね。すみません。

南北朝のあたりに興味のある人にとっては、けっこう面白い本だと思います。尊氏、道誉という二人の巨人の周囲を吹き抜けていく時代の風と人物たち。人物はひたすら淡白に、あっさり描かれます。次から次へと通りすぎていく感じ。

うーん、やっぱりどんな本なのか意味不明ですね。すみません。読後感としても、良本なのか、見かけ倒しだったのか、よく分からないです。

tsuiloku.jpg★★ 論創社

連載された追悼文を集めたものです。上下巻

うーん、なんといいますか、もろちん上手なんです。巧者。それぞれの内容もいい。笑えたり、しんみりしたり。三島由紀夫が鮨やで最初から最後までトロ(まぐろかな)しか注文しない野暮男だったとか、向田邦子の直木賞受賞は著者が「あの人も若くない。もう51歳だ」という発言がきっかけだったりとか。(あとで向田に「私は50歳よ」と文句言われた)

そうしたのぞき見的な意味でそれぞれエピソードは非常に面白いんですが、でもなんか後味がよくない

なんでですかねぇ。こういう人とは付き合いたくないなあ・・という感じ。ずいぶん偉そうな部分もあり、ずいぶん控えめな部分もあり、非常に気をつかって神経質な小うるさい人のようでもあり、自己顕示の固まりみたいでもあり、よく涙する。こんな人が周囲にいたら嫌だろうなあ。

正直、だんだん読むのが辛くなってきました。読後に清涼感がないです。そうはいっても、
上下巻のほぼ9割は目を通しました。

★★ 河出書房新社

rome24.jpgキャッチは「よみがえる帝都ローマの民衆生活」。版図最大トラヤヌス帝の頃のローマ市民生活の紹介です。

なんか著者は映像関係の人らしいですね。したがって本の構成も、まるでテレビカメラが町中をさまよっているようなスタイル。ビビッドでもあるけど、ま、テレビふうに浅薄でもある。そういう意味で読みやすくもあり、厭きもします。

よくいいますね。「生まれかわれるのならローマ時代に生きたかった・・」という人、みんなローマの皇帝や貴族として暮らすことだけを考えている。まさか普通の市民や下層民として生きる羽目になるかもしれないとは決して考えない。確率としては奴隷かもしれない。ん、これはアイザック・アシモフのエッセイだったかな。

内容は、ま、だいたい想像通りです。ちょっと意外だったのは、多くの市民はみんな高層住宅に住んでいたということ。3階建てとかじゃなくて、6階とか7階とか。考えてみればローマは丘と湿地の地形で快適な平坦部分はそう多くない。そんなところに100万とかいう数なんですから、高層住宅にしないと間にあいません。

で、そういう高層アパート、高くすればするほど家賃収入が期待できるから、建築基準無視でどんどん高くなる。それもいい加減な工事の建て増しです。しょっちゅう崩壊しますわな。道路も狭かったからもちろん火事も起きる

1階は家主の住居。中産階級あるいは中の上クラスです。2階に中の下クラス。そこから上へ行くに従ってどんどん下層階級になる。いちばん上なんて、貧民です。

みーんな狭いスペースに折り重なって暮らしてるんで、ゆとりがない。風呂もない。トイレなんて論外。上のほうに住んでると尿壺の持ち運びもそりゃたいへなんで、こっそり下に投げ捨てる。そういうわけで、日が昇るとみんな部屋の外にうろうろ出てくる。ローマの市街が混雑する理由です。家は居住スペースではなくて、いわば「キャンプ用のテント」なんだそうです。最低限、寝るところ。

そういえばこの前見たテレビで、イタリアの町の職人は家の前の道路を仕事場にして、堂々と家具修理をしていました。そういう感覚、あまり変化していないのかもしれません。

そうそう。奴隷=家電製品 という説を紹介していました。なるほど、洗濯奴隷のかわりに洗濯機、灯火奴隷のかわりに蛍光灯。輿担ぎ奴隷の代わりに自動車。家電が壊れても、だれも同情したりはしませんわな。壊れたらポイッと捨てて新しいのを買うだけです。

★★ 日本経済新聞出版社

tokyosaiban.jpg出版社は違うものの、先月読んだ「占領下日本」と同じようなメンバーですね。

信じられないくらい膨大な東京裁判の資料のごくごく一部を紹介し、その後で三人が座談の形でしゃべる。そういう構成です。

裁判資料、正直言って読みにくいです。ぐだぐだだらだら文章なので、これを真面目に読める人は偉い。かなり飛ばし飛ばしにしか目を通せませんでした。

A級(Aカテゴリーと訳すのが正しい)の被告たち、誰がどうというより、みーんな酷い。アホと無能と能天気と責任逃れとその場凌ぎと(ついでに仲間割れ。ご機嫌取りと保身)。こういう指導者しか日本にはいなかったのか。それとも指導者なんて、たいていそんなものなのか。

被告だけではなく証人たちも弁護団も、もちろん検察団もなんかなー・・という印象ですね。壮大な茶番。

もう内容を忘れかけてますが、意外だったのは
・裁判長のウェッブ、強硬派で判決をリードという印象を持っていましたが、判決段階では少数派だったらしい。裁判長が少数派という不思議。

・ソ連は終始一貫、死刑を支持しなかった。ソ連には「死刑」という制度がないからです。いきなり逮捕してシベリアへひっぱって行って結果的に死ぬのはまた話が違う。

・インドのパール判事。別に日本が好きだったわけではなく、本人なりの裁判理念・信念でいろいろ文句をつけていた。日本にとってはありがたい人だったけど、だからといっても日本で「パール様々」と持ち上げるのはかなり勘違い。

・日本の弁護方針、分裂していた。弁護方針の混迷。役にたったのは米国人弁護士。

・敗戦時、軍や政府が膨大な量の書類を焼き捨てたのが痛かった。検察側にとっても困るけど、弁護するための証拠もなーんにもなくて、主観的部分も多い要人の日記に頼るしかなくなった。ようするに「事実」が不明になった。

パールハーバーの騙し討ちの件は立証が難しくて(ほじくると米国側の問題が浮き彫りになる)立ち消えになった。

・誰が死刑になり、誰が助かったか。数あわせ、各国のメンツ。各戦線の一人くらいは責任とらせないと格好がつかない。ついでに「文官」も一人くらいは死刑にしないとニュルンベルグと整合性がなくなる。

・A級の追求はまだまだ続くはずだったが、最初のメンバーだけであまりに時間がかかったので、検察側もやる気を失った。それで助かった戦犯候補も多い。(もちろん国際情勢の変化も影響)

・明確な「釈放」ではなく、巣鴨からこっそり出所させていたのに、自宅でマスコミ相手におおっぴらな怪気炎をあげるアホもいた。関係者が困惑。

などなど。なんとか読み終えましたが、どんどん暗い気持になる本です。

いまのA級合祀問題も、是にしろ非にしろ、要するに敗戦をきちんと総括していないところに根っこがあるんだと思います。なんにしろ「きちんと総括」って、日本人にとっていちばん苦手なことなのかもしれない。

莫言がノーベル文学賞をとりましたね。何年も前から候補と言われていたらしいことは知ってましたが、まさか本当に受賞するとは。少し意外でした。

bakugenlist.jpg何冊読んだかなあ・・と検索かけてみたら転生夢現」「白檀の刑」「赤い高粱」「蛙鳴」。「四十一炮」も途中まで読みました。図書館には「豊乳肥臀」もあったはずですが、ずーっと借り出し中らしく、このところ見かけたことがないです。

ノーベル賞に値するかどうかは人それぞれの評価があるでしょうけど、あらためて世界中に知られるようになったことは良かったですね。

ぎりぎり中国政府の政策の枠内ではありますが、でもけっこう批判すべきところは批判している。一人っ子政策批判なんかは、これ、大丈夫なのかな?と心配になるほど。ただし、それ以上は発言しない。つまり『これ以上は言う莫れ』ですか。

農民文学ともいえるし、土俗ユーモア小説ともいえる。幻想小説の要素も非常に濃いですね。そして前衛小説。登場する若いヒロインはみんな前向きで色っぽくてたくましいです。そうそう、欠かせない登場人物である犬もロバも牛も魅力的です。ヘンコテリンでおかしい本が嫌いでないなら、一読をお薦めします。

shinkashoumei.jpg★★ 早川書房

ドーキンスならある程度楽しく読めるだろうと借り出し。

うーん。この本の内容は「なぜ創造論者はこんなに頑迷なんだ」「米国でアンケートとると40%以上が創造論支持者」「英国だってえらく多いぞ」「進化は疑いようのない『事実』なのに・・。ほら、この通り証拠はいくらでもあるぞ・・」というようなものです。

創造論者ってのは、ま、「聖書に書かれていることは真実だ!」という人たち。米国の場合は南部に多いらしいです。現在の生物はノアの洪水の生き残り。人間はせいぜい1万年ほど前に、もちろん神様が作ったもの、という考え方です。

信仰ですからね。何を信じたってかまわない理屈ですが、たとえば学校で進化論的な授業をしようとするとボイコットをくらう。場合によっては授業を禁止される。これは困るというわけなんでしょう。

というわけでドーキンスが次から次へと生物進化の成り行きと証拠の数々を披瀝。「生物は進化してきた」と主張するだけのために、なんと600ページ超えの分厚い本です。

世界的に見ると、進化論が常識化している日本のほうがレアケースなんですかね。

tennouhaisen.jpg★ 毎日新聞社

占領下日本」がけっこう良かったので、名前の出ていた保阪正康の関連本。

これは失敗でした。他にまともな本も書いてるんでしょうが、少なくとも本書は完全ハズレ。天皇とマッカーサー、秩父宮、高松宮など皇族たちのエピソードが多いんですが、ほとんど中身(事実)がなくてひたすら「そこに立つと私は歴史のヒダのようなものを感じるのである。そのヒダとは・・ ・・であろうと思うのだ」とかなんとか。ひたすら主観的な感想の羅列と、あまり根拠の示されない「推測」のオンパレード。

ひどい本でした。
★ 東洋書林

hakujinno.jpg人種とは何か?という厚い一冊です。こう書くと当然のことながら「白人×黒人」という想像がされますが、著者の主張はそうじゃない。

そもそも米国人が問題にしてきた「人種」とは、たとえばアングロサクソン×アイリッシュであったり、ドイツ系であったり。あるいはロンドン市民×下町コックニー、北欧人×スラブ人、中欧人、南欧人、ユダヤ人であった。

黒人系とかアジア系はそもそも論議の外。論議すべき「人間」でもなかったんでしょうね。

あるいはニューイングランド人×南部人、ゲンタッキーの山男たち、深南部の貧困白人。こういう「人種」が上流エリート層にとって大問題の「劣悪人種」だった。そもそも歴史的にいっても「奴隷」は肌色の白いのが多かった。もちろん黒い奴隷もいたでしょうけど、肌色は根本的な問題ではなかった。

てなことを延々と書きつらねてあります。正直いって、読み通すのはなかなか大変でした。次から次へと同じような「論客」が躍り出て、彼らなりには誠心誠意「純血白人の優越」を実証しようとした、そんな歴史です。

ま、そういう本でした。
★★★ 筑摩書房

senryouka.jpg識者4人の座談会形式。堅い雰囲気ではなく、占領下のもろもろを気楽にしゃべっている感じ。GHQと天皇の関係とか、パンパン、額縁ショー、憲法、漢字制限などなど。子供の頃にかすかに見聞きしたけど忘れかけていたようなテーマも多い。

はい。ラジオでは舞鶴帰還者情報をなんとなく聞いてきました。李承晩ラインで日本漁船がまた拿捕されたとか。新聞の見出しには連日「マ元帥、ナントカを指示」とかいう大見出しが踊っていました。

座談の出席者は4人とも、昭和天皇が実はけっこう『政治家』で、ひょっするとマッカーサーを(こっそり)手玉にとったんじゃないか・・・というような推測もあり。不器用なだけの人ではなかった。ふーん。なるほどねぇ。

そうそう、特に恨みはなんいですが当時の白洲二郎の暗躍とか、やっぱりというエピソードもありましたね。最近、この人、妙にヒーロー扱いされてるのがちょっと眉唾だったので。

ま、なかなか興味深くもあり、面白く読みました。

regulator.jpg★ 新潮社

「デスペレーション」の並行(あわせ鏡)ストーリーだそうです。ところが肝心のデスペレーションを、ほとんど覚えていない。なんか凶悪なモンスター警官がいた程度の記憶で、そこから何がどうなったんだったか。はて。

レギュレーターズはスチーヴン・キングではなく、リチャード・バックマン名義です。バックマンというと、面白かったのは「死のロングウォーク」くらいでしょうか。あと何があったのやら。ちょっとB級感覚なんでしょうかね。で、案の定、このレギュレーターズもすんなり読み進めることができたのは前半だけ、だんだんチープな感じになって、終末も「なんかなあ」という雰囲気でした。

いきなり「あの子のせいよ」と言われたったねぇ。でもみんな簡単に信じてしまう。トイレが必殺技だとか、廃坑の呪いとか。途中で出てきた恐竜はどこへ行ったんだ?

とかなんとか。はっきり言って駄作の部類ですね。残念。

sunamookoku.jpg★★★ 講談社

上下巻。ホームレスに転落した証券マンが、不思議なオーラをもつ巨体の男や、やさぐれ占い師に出会って、そこから教団をつくりあげるお話。

大昔、新興宗教はぜったいに儲かるなあと考えたこともありました。ただし、特殊な魅力のある教祖役の人間が絶対に必要。あとはうまく切り盛りして、上手に仕掛けをつくっていく裏方が必須。この二つがうまくかみ合えば、大儲けできるかもしれません。しかも欲張りすぎてもいけないし、欲がなくてもいけない。オカルトに走りすぎてもいけない。下手な会社経営より難しい。

教義そのものは何でもいいんです。「朝起きたら挨拶する」「太陽に柏手を打つ」「人には優しく、親切に」などなど。

運営がなかなか難しいから、現実には成功例が少ないんでしょうね。

ということで、ある有能な事務方が信仰宗教を組織する。けっこううまく行くんですが、でも大規模になってくるとお決まりの内輪もめが始まって、いろいろあって、あれれれれ?というパターン。

荻原浩という人、デティールをしっかり書いてくれるので、ストーリーに溶け込めます。この本も半分くらいは悲惨なホームレスの日々の詳細な描写。とても楽しい本でした。

ienorireki02.jpg★★★ キネマ旬報社

「文化人・芸術家篇」がそこそこ面白かったので、他の2冊も借り出し。

ま、とくに書くこともないですが、それぞれ良かったです。通常のインタビューではなかなか引き出せないようなネタ話がたくさんある。興味本位として、楽しめました。

「事実」としてびっくりしたのは丹波哲郎。あのえらそうな雰囲気は半分芝居と思ってましたが、ひょっとしたら地金だったかもしれない。育った祖父の家は敷地3万坪(しかも東京どまんなか)だったとか。代々の薬師で明治の頃は勅使を迎えるような家だったらしい。その後に父と暮らした(新宿の)家も数千坪。あは。

kenryokuno.jpg★★★ 講談社

読了。

非常に面白い本でした。本編の「双調平家物語」よりいいです。本編はいちおう物語(小説?)なので、ぐだぐただらだら、ひたすら書き綴っている。その点、ノートは橋本が読者に対して説明し、解説するという姿勢。一応はスッキリ論理的な叙述でもあり、理屈は頭にはいりやすいです。

といったって、橋本本です。やはりグダグダ ネチネチはしてますけどね。

なぜ清盛は「悪」なのか。という疑問から入り、どんどん遡って、結局は天武天皇の妻であるうののさらら(持統天皇)へ行き着きます。ここから日本の「強い女」「天皇ではない実権者」の存在が始まった。しかし持統天皇が権力を握ったのは、権力を握ろうと思ったからではなく、可愛い息子の草壁皇子が死んでしまったんで今度は可愛い孫の軽皇子(文武天皇)に権力を継がせようとしたから。

権力を握って何かをしよう・・と思ったわけじゃない。このへんの説明が橋本流で、わかったようなわからないような。

ま、いずれにしても「院政の始まりは持統天皇」。そういうことらしいです。

この 双調平家物語ノート、そのうちまた再読したいです。やたら掲載の年表も読み残しが多いし。うーん、いっそ買ってしまう気もあるんですが、在庫切れの雰囲気。いい出物があったら考えてみます。

ienorireki.jpg★★★ キネマ旬報社

人の歴史とは、住んでいた家の歴史でもある。そういう意味でこの「どんな家に住んでいたか」を語ってもらう企画は大成功でしょうね。

週刊誌に連載していたもののようです。著者の斎藤明美という人、高峰秀子にべったりして「ママ」とか「お母さん」とか言ってた人で、そのうち養女にもなったらしい。なんか気味悪い、臭い女だなあという印象を持っていました。

ま、そういう悪印象とは別に、この本は面白かったです。文章うんぬんより、素材が圧倒的に面白い。通常のインタビューではなかなか出てこない本音というか、その芸能人の芯の部分が素で出てくる。昔住んでいたたとえば四畳半のアパート、間取りを説明し、トイレや台所の話をしているうちに、そのころの生の感情が噴出してくるんでしょうね。

だからでしょう。語り手が泣き始める光景がけっこう出てくる。

いい本でした。おしむらく読み返す時間がなかった。

inseino2.jpg★★★★ 講談社

書棚で発見してすぐ借り出したのですが、巻1ではなく巻2だった。ま、だから問題になるというような本でもないと思います。

なるほど。本編より、こっちのほうが読みやすいですね。一種の創作ノートなので、核心部分をストレートに書いてくれている。ストレートっていったって、なにしろ双調平家なんで、それなりに晦渋ではありますが。

例によって系図やら年表やらがたくさんあり、なるほどという部分が多いです。いろいろ「なるほど」がありましたが、いちばん印象に残ったのは時系列。時系列というより、事件と事件の間に流れていた月日とか、それが起きた順番ですね。

平家物語(もちろん通俗もの)を読むと、なんとなく首尾が一貫して、トントントンと因果関係の連続だったような錯覚があります。でも、なんか違和感が残る。ここで何故キヨモリは太政大臣になったんだろう、とか、この事件とこっちの事件、同じ時期だったんだろうか、前後があったんだろうかとか。

たとえば以仁王の令旨、新宮十郎行家のどさ回り、頼朝の旗揚げ、義仲の活躍、平家逃亡、屋島・・・実はそれぞれがけっこうタイムラグがある。頼朝決起から壇の浦までだって、印象としてはせいぜい1年とか2年程度なんですが実際はぜーんぜん違う。べらぼうにノンビリしてたみたいです。

バッサリ言うと「みんなヤル気がなかった」ということらしい。頼朝は日本平定などどいう野望はさらさらなかったし、それどころか平氏ときっちり戦争する気もあったのやらどうやら。

みーんないい加減で適当。そういう時代だったんでしょうね。

面白かったんで、「ノート1」も借り出します。

★ マイナビ

ashitataikyoku.jpgたぶん、いま一番強いかもしれない将棋の渡辺竜王の最新著。一番強いなんていうと羽生ファンからクレームが来るかもしれないけど。

大昔、渡辺くんがまだ20歳前のころに続けていたブログ(若手棋士の日記)が出色だった。同年配の若手連中との飾らない交流とか、実に赤裸々ですばらしかったんですが、あいにく掲載のさるさる日記がサービス終了。いまではすべて消えてしまってる。これはかなり惜しい。

で、この「若手棋士の日記」をもとに作ったというふれこみが最新作の「明日対局。」それでけっこう期待して買いました。

うーん。期待外れでしたね。過去ブログから抜粋というものじゃなく、かなりありきたりの棋譜中心。書かれている話もかなり陳腐です。棋譜中心ということなら前に出版した「永世竜王への軌跡」が非常にすばらしかったので、なんかボケた内容でした。

前回の「永世竜王への軌跡」が優秀すぎたのかな。出版社の姿勢の違い(あれは毎日コミュニケーションズだった)かもしれないし、ゴーストの違いかもしれない。たしかあの本は友人でもある将棋ライターのゴトゲン(元奨励会)がかなり力を入れて編集執筆したみたいで、それぞれの対局の振り返りも当時の対局心理も面白かった。

ま、今回も熱心な渡辺ファンなら買うべき本でしょうが、正直、たいくつしました。イラストは奥さんである伊奈めぐみさん。いい感性の絵をかく人なんですが、依頼された商業本のカット付けはまた少し違う。素人芸とけなすほどではないものの、突っ込みも毒気もなくて正直それほど・・・でもありませんでした。

soujou.jpg★★★ 中央公論社

大河ドラマに物足りなくて、またぞろ「双調平家物語」に手を出してしまいました。

いえ、大河平家、(少なくとも最近は)わりあいまともになったとは思います。主人公がようやく政治的な動きを開始して、前みたいに「オレは誰なんだあ」とぎゃーぎゃーわめかない。コーンスターチまみれで喚いてた頃は酷かったですけどね。青春の彷徨はせいぜい1カ月でいいです。はた迷惑。はやく大人になれよ!と言いたい。

でまあ、最近は比較的見やすくなったんですが、それでもなあ。なんで保元でも平治でも大将同士が端武者みたい一騎討ちするんだろ。いえ、一騎討ちでもなく、いい歳こいた棟梁が大鎧を着て徒立ちでチャンバラする。NHK、どうしてもこれをやらないと気が済まないんでしょうかね。だいたい清盛、そんなに個人技があったとは知らんかった。

おまけに平治の乱のあとですか、顔芸たっしゃな貴族が二人、六波羅で雁首そろえてペコペコ清盛に頭を下げて叱られてる。誰だろ?と思ったら惟方と経宗らしい。ずいぶん腰が低い。当時の清盛、武力はあったけどまだまだ新参格下だったはず。でもま、ドラマですからね。話をおもいっきりシンプルにした。

重要人物としてはたしか重盛と仲のいい成親もいたなあと登場人物一覧で探したら、なるほどあの人か。前から時々登場していた暗い顔の人がそうでした。

惟方、経宗がそろって六波羅へ行くとしたら、やっぱり牛車に乗ってゆったりと行ったんだろうか。参議とか大納言クラスのはずです。隠密行といっても目立っただろうなあ。よくツカジに裏切りがばれなかった。

ま、いいですけど、なんとなく欲求不満なんで、橋本平家を再読してみようと思いました。

ただし第1巻からはさすがに辛い。派手な動きのある7巻(璋子の入内あたりから)からとりついて、12巻(鹿ケ谷)まで。今回は比較的ゆっくり、スッ飛ばさないで読んだつもりです。

2回目はまた印象が違います。かなり楽しめました。前回は長いのでへきえきした源平の武者揃え紹介なんかも、それなりによかった。で、やはりいいのが平治の乱での院や主上の脱出ドタバタ劇あたり。三種の神器救出のあたりもかなり笑えます。

鹿ケ谷まで読み進んで、さて続きをどうするか。

いった休憩にして、今度は双調平家物語ノートを借りました。これは時間がかかりそうな本です。


doda.jpg★ 朝日新聞社

ようするに「ドーダ!」という自己愛・威張り動機で人間は行動。歴史もこれで動いている、という理論のようです。もっともな話なんですが、「え? 当然でしょ。何をいまさら」という感じもする。

ま、強いていえば「陽ドーダ」「陰ドーダ」「外ドーダ」「内ドーダ」と4分類したのが鹿島流なんでしょうけど、これも平凡ですわな。

中身はなんとも非論理的な「水戸学」の中身とか(こんな怪しい理論に幕末の青年たちは大感動した。ものごとは非論理的なほうが感動を呼ぶ)、訳のわからない西郷隆盛の行動規範とか、なぜか中江兆民の正体とか。

会沢正志斎なんかの水戸学のいいかげんさを徹底的にくさしているのは面白かったし、中江兆民が感動したというルソーの主張のこれまたいいかげんさとか。それなりに光る部分もあったんですが、それと「ドーダ」がどう絡んでくるのか。全体にちょっと無理スジ展開だった気がします。

★★★ 集英社

yumekumano2.jpg何年か前に読んで面白かった記憶あり。閉架から借り出して再読。

話は飛びますが前に出雲へ行った折り、どこかの神社に(忘れた)八百比丘尼がなんとかしたという松がありました。案内板読んで「へー、はっぴゃく比丘尼が・・」と思わず言ったら案内してくれてたタクシーの運ちゃんが「はい、やお比丘尼」とにこやかに訂正。あれ、『はっぴゃく』じゃなかったのか、でもなんとなくそう覚えてたんですけどね。ま、正しくは「やお」であっても不思議はない。教養のなさに赤面しました。

その後、あらためて調べてみたら、ほんとうは両方の読みがあって、地方によって違うらしい。恥ずかしがる必要はなかった。たぶん手塚治虫の火の鳥かなんかで「はっぴゃく」と覚えたんだろうな、きっと。

でまあ、その八百比丘尼みたいな女が熊野にいた。なんせ熊野ですから、魑魅魍魎、なにが棲息していたって不思議はない。で、その女、神武天皇東征の頃にさかのぼるニシキトベとかいう人やら地神やらの系譜で、おまけに源為義が熊野の別当の娘に生ませた子供。為義いうたら小日向文世ですわな。テレビとは違って盛んで全国あちこち現地妻がいて、子供もたくさんいた。

で、その熊野妻も八百比丘尼で、その八百比丘尼と為義の間に生まれたのがヒロインの鶴姫。たずひめと読みます。為義の娘ですから義朝の妹、八郎為朝の姉、頼朝義経の叔母。おまけに美人で活動的でニシキトベの末裔で強力な巫女の血筋。熊野の湛増やらなんやらとも友達で、海賊の親分とも子供の頃から仲良し。おまけに熊野別当の妻で、いつまでも若いんで、後でまた別の熊野別当とも結婚している。

人間だけでなく鬼にも好かれます。神隠しにあって、子供まで孕まされてしまう。ほんと、すべてがこの鶴姫を中心にまわってるみたいで、清盛も重盛も振り回されます。

こんなふうに粗筋だけ書くとアホ臭くなりますが、文章・叙述は非常にきっちりして、ちょっとジェンダー差別みたいですが、女の人が書いた小説とは思えません。乾いていて、ベッタリしていないんですね。

そうそう。分厚い小説ですが、悪人は登場しません。人界を超えた「悪」は存在しますが、人間には悪人も善人もいない。熊野三山を舞台としたいわば政治小説、歴史小説。保元平治の中央激動の時代を熊野が必死になって生き延びようとする物語です。

作者の名前、なんと読むのか知りませんでした。紀 和鏡(きい わきょう)と思い込んでましたが実は 「気は狂」だそうです。名付けたのは亭主の中上健次。「気は狂」の女流伝奇作家が書いた、大昔の熊野のお話。鶴姫(丹鶴姫)伝説、じっさいにあるようですね。平安装束で出てきて子供をさらうこわーい女。なんでも後では世話した頼朝から土地をもらって女地頭にもなったとか。

sayonarab.jpg★★ 集英社

バースディはボノボ。いわゆるピグミーチンパンジーの名前です。とある研究所でい飼われているバースディ、実は天才猿。キーボードを叩いて意思疎通が可能で、すごいすごい。なんかアイちゃんとか、同じようなチンパンジーがいましたね、昔。

研究を実質的に担っているのはしがいな助手で、きまりものの偉そうな教授とか、マスコミに人気の学者とか、ちょいと美人の研究生とか。助手は研究生が好きになり、ある日結婚を申し込もうと計画。しかしその夜、とんでもない悲劇が・・・。

ま、佳作とでもいうんでしょうか。悪くはないですが傑作ではないようです。


「押入れのちよ」 ★★

oshiire.jpgこれも同じ作者です。短編集。全編明確に意図があり、なんといいますか、叙述のトリックを試しているような感じですね。本人かと思うと別人。生きているかと思うと死んでいる。この部屋が憑かれているかとおもうと実は違う・・・。

表題になっている「押入れのちよ」、座敷童の話かと想像していたら違いました。昔のオカッパ少女の死霊です。今だったら婆さんみたいな古い口調でしゃべります。でもちょっと可愛い。

押入れから夜中に出てきてビーフジャーキとカルピスの好きな童女の霊で、けっこう後味のいい短編でした。

★★★ 新潮文庫

fuji.jpgこれも本棚から引っ張りだして再読。読みきれなかったので、バッグの底にいれ家族で甲府へ遊びにいきました。

甲府では何といってすることもないのでサントリーのワイナリーへ。グラス1杯100円とか200円払って試飲をしたり、畑ツアーのバスに乗り展望台で案内嬢のイチ、ニイのサントリー! という合図で写真を撮ってもらいました。定番チーズ!の代わりにサントリー!を流行させようと企んでいる模様です。

天気予報が外れて意外な好天。それでも霧だか雲だかで富士山はボケてました。裏富士ですね。

で、「桃色浄土」。土佐の足摺岬あたりの漁村が舞台で、時代は明治の終わりか大正あたり。もう採りつくしたはずの希少な桃色珊瑚が出てきたというので平和な(はずの)村がザワザワし始める。欲にからんで若衆たちが殺気だつ。

momoiro.jpg沖にはぽっかり白い異国船が浮かんでいます。高知の高等学校から戻ってきた坊ちゃんはイライラしています。村でたったひとりの海女は今日も魚のように潜っています。普陀落渡海 を計画している生臭坊主は日々危険な鍛練に励んだり、お供えの芋を食ったり、たまには色気の残った婆さん相手に堕落したりもしています。

りんという海女の娘がいいですね。真っ黒に日焼けした独立独歩の原始の少女。グジュグジュしていない。意志が強くて海だけを愛している。

ついでに生臭坊主もなかなかいいです。乞食坊主だけど普陀落渡海の計画はまったく嘘というわけではない。真剣に考えている。いい汐がきたら舟をしたてて南海へわたって観音様に会える・・・と少しは信じている。

どういうエンディングだったかなあと記憶をたどりながら読みましたが、そうか、そういうクライマックスにしたのか。けっこう怪異というか、人間界と自然、冥界の混交したような海辺のおどろおどろしさ。

最近テレビでやたら耳にする「さわやかな自然」ではなく、人間と対立する要素をふんだんにもった「恐怖の自然」でしょうか。海って、夜なんかはけっこう怖いものです。波打ち際の向こうに何かがいそう・・という雰囲気。面白く読めました。
★★★ 文春文庫

redoct.jpg気まぐれで本棚からひっぱりだして再読。ん、再々読くらいかな。

トム・クランシーものって、けっこう面白いんですが、でも掛け値なしの傑作ではない。ちょっと粗さが目立ちます。あるいは「面白くしてやろう」という作為というか。読者にはそれを楽しむ姿勢が求められる。

ストーリーはもちろんご存じでしょうが、ソ連の新型ミサイル原潜が行方不明。隠密攻撃をたくらんでいるのか、それとも亡命か。そこでCIAのライアン博士が超人的な推理と行動力で大活躍。大統領も提督もCIA長官も艦長たちも絵に描いたように協力して動き、そこに完璧なトリックが張りめぐらされ・・・。

人物の描き方とか行動はかなり陳腐だし、薄っぺらいところがあります。完全にB級ハリウッド映画ふう。でも潜水艦の動きとか海中での作戦行動なんかは非常に面白い。この詳細なオタク・テクノロジー部分がトム・クランシーの真骨頂ですね。

いま気がついたのですが、先に沈没するソ連潜水艦から生き残るのは料理人。あとになって行動するのも料理人。不思議に料理人が活躍(?)します。何故なんですかね。

chiyoto.jpg★★ 講談社

千世は前田利家の娘、与一郎は細川忠興の長男 、つまりガラシャの子供であり幽斎の孫。似合いの若夫婦だったはずなんですが、あいにく前田利家が死に、手のひらかえして家康の前田いじめが始まります。利家の跡をついだ利長はいちおうは大老です。家康にとってはかなり目障りな存在なんで、こいつをなんとか口実つけて屈伏させたい。

家康は「前田との縁を切れ」と忠興に要求します。賢い忠興は、はいはいと承諾。ま、当時の政治情勢からしたら当然の処世術ですわな。とくに忠興は家康サイドに立とうとしていたようですから、どんな無理難題でも承諾する。

しかし、です。忠興の総領与一郎は政治感覚に乏しい人間だった。というか、ごく普通の人間。忠興みたいに政界を上手に立ち回る才覚なんてないです。可愛い女房を実家に返せと言われたって困る。グズグズいってそのまま千世を家においておきます。

で、関ケ原。みんなが上杉征伐で留守してる間に三成が立ち上がって、まっさきに在阪の女子供を人質に取り込もうと計画。で、意地っ張りのガラシャが自害。そこまではいいんですが、では細川家の若い嫁である千世はどうしたらいいのか。好きでもない(たぶん)姑といっしょに死ぬ覚悟も義理もないわ・・ってんで、隣家の姉ちゃん(宇喜多に嫁いだ豪)のところに逃げ出します。評判ガタ落ち。

おそらくですが亭主の与一郎も千世に「万一のときは死んでくれ」とは言い残していなかったらしい。そもそも、そんな事態になるとは予想もしていなかったんでしょうね。あるいは予想はあっても、女房に「死ね」なんて残酷なことは言えなかった。

で、結局 薬局 郵便局、バカ息子めが!ってんで、与一郎は廃嫡。千世はやさしい亭主に感謝感激かというと、そうでもなかったようで、そのうち(たぶん)肩身の狭い貧乏暮らしがいやになって離縁。金沢に帰ってからは重臣と再婚もしたようです。与一郎は茶の湯なんかの素質はあったらしく(なんせ幽斎の孫です)、ま、たっぷり捨て扶持もらって悠々文化人としての余生をおくります。

そんなようなお話です。戦国の世、英雄豪傑ばっかりじゃなくて(むしろ希少)、ごく平凡な人間がどう決断して、あるいは決断できなくて、どう生きたか 。佐藤雅美ですから、とびきり上手ではないですが、そこそこは読める本でした。そうそう。あんまり「千世と与一郎」中心っていう感じでもなかったですね。あくまで「関ケ原」の解説に「細川の若夫婦」のエピも追加という構成です。

★ 講談社

kaminohidari.jpg霧深い荒れ地にそびえる巨大な修道院。窓もない迷路のような建物の中にはおびただしい数の少年たちが日々、過酷な戦いのトレーニングに励んでいる。戦う相手はもちろん異端軍です。

てなところからストーリーが始まり、なんかの拍子に3人の少年と一人の少女(ちょっと太め)が脱走します。なんで男ばっかりの修道院に女の子がいたのかはまだ秘密。少年たちの一人はすごい殺しの才能を持っていて、なんやかんやで近くの城壁都市(ここは悪徳の栄え)に逃げ込みます。

ま、ファンタジーとしては60点か70点程度。そう出来のいいお話でもないです。類型的すぎるし、かなりご都合主義な展開だし。途中でやめるほどでもないですが、ページを繰るのが惜しいという傑作でもない。一応、読み終えました。続編もあるらしいです。

★★★ 文藝春秋

himawari.jpg
いろんなテーマで書いてくれる荻原浩ですが、今回の主題は老人。ついでにその対局になる子供。町の有料老人ホームと保育園。経営者が同じで敷地が隣接していて、ある日その隔ての壁がとっぱらわれる。そもそも老人と子供は相性がいいはず・・という勝手な思い込みですね。誰がそんなこと言った? 実際には老人にとっても子供にとっても非常に迷惑な話です。

登場する老人たちが生き生きしています。もちろん体はガタがきているし頭はボケている。でも一人一人の老人はみんな個性があるし(当然です)、それぞれ違う欲望や思惑、過去をかかえている。ただ年をとるとそれをあまり表面に出さないだけ。若い人から見ると同じような外見にうつるだけ。

で、子供だってそうです。ひとくくりにすれば「アホなガキ」ですが、実はそれぞれ小さな悩みを抱えているし、ガキなりに個性もある。彼らの場合はそれをうまく自己表現する能力がないだけ。

ストーリーは非常にシンプルで、年寄りからムシリ取ろうと、あの手この手を画策している老人ホームの理事長とその一族。ことなかれ主義で運営している保育園。腹を立ててはいるけど面倒なんで長いものに巻かれろの入居老人たち。空威張りの老人会々長。ちょっと色っぽいボケ婆さん。アホな保育園児たち。そこへ正義感あふれる一人の老人(経歴不詳)が立ち上がって反旗をひるがえす。

英雄的な行動の結果、結果的にはスッキリ勧善懲悪・・・とはいきません。そこは大人の世界ですから、ごく穏便なありきたりパターンに落ち着くんですが、それでも前よりは少し改善されたかという程度です。そんなもんでしょう、きっと。

かなり笑えます。さんざんドタバタ騒ぎで、でもだんだんワクワクしてきて、最後は少しシンミリする。上質なエンターティンメントと思います。荻原浩、子供を描くのは上手な人だと思っていましたが、老人を描くのもうまかった。

★★ 新潮社

tsukigami.jpg
たしか映画化もされたはずです。頃は幕末。そこそこ能力もある御徒組(だったかな)の次男坊が、拝んではいけない裏のボロ社(やしろ)にうっかり手を合わせてしまう。これが実は貧乏神・疫病神・死神の出店だったからややこしいことになります。

久しぶりに声がかかったってんで、喜んで登場する貧乏神が裕福な商人姿、疫病神が貫祿十分の力士、死神がいたいけな幼女・・という設定は笑ってしまいましたね。見事に通例を裏切っている。

貧乏神・疫病神・死神の3ボスにとりつかれたら、主人公はいったいどうなるのか。想像するだに怖い。

でも、この世界にはその世界なりに融通というものがあり、祟りの宿変えも可能。つまり矛先をいやな奴に振り向けてしまうこともできるらしい。カミ様たちにすれば員数さえ合えばいいんだから、本当は誰が相手でもたいした問題じゃない。もちろん宿変えされた人は大迷惑ですが。

なんやかんや、ドタバタ騒ぎの末に主人公はなぜか将軍様の鎧を着込んで影武者に変身、上の寛永寺へ乗り付けます。コメディだったはずが最後は妙にシリアスな展開になってきて・・・。というようなストーリーです。面白かったですが、ま、★は2つで十分でしょう。

tenchi.jpg
★★★★ 角川文庫

この本の評判は知っていました。そのうち機会があったら読みたいと思ってはいました。たまたま新聞広告を見たら文庫化されたらしい。さっそく購入。

面白いです。主人公の渋川春海、私にとっては安井算哲という名前のほうが馴染みがあります。江戸初期の碁打ちで、天才・本因坊道策と同時代の人。で、その春海が算術にのめりこみ、なぜか暦の改訂という大仕事をまかせられる。

独自に微積や行列の概念も持っていたといわれる和算の大天才・関孝和も同年代なんですね。で、若い春海は算額(絵馬に書かれた数学問題と解法)で関の天才ぶりを知ってしまう。感動もしただろうし、嫉妬や劣等感もあったでしょう。おまけにお決まりの若い娘も登場して、これもいろいろ絡んでくる。この娘のキャラ設定もなかなか味があります。

ま、当時の幕府中枢、酒井忠清(雅楽頭)とか保科正之、はたまた水戸光国、みんなに期待されて800年前に作られた古い暦の改訂事業の責任者になってしまいます。古い暦、けっこうズレが生じていたらしい。それに太陰暦ですから、暦を作るといってもいろいろ難しいんでしょうね。それに暦は天の理をあらわすものなんで、そもそも天皇の管轄。代々担当の公家さんだって利権侵害されちゃ困るから新しい暦なんて大反対だし。

などなど、非常に楽しく読めました。時代小説には珍しく悪党も殺傷も切腹もない。ただし囲碁のシーンなんか、ちょっと( ?)という部分もありました。城中で後輩の道策が春海に碁の勝負をいどむんですが、その道策、勝手に白石を持ってしまう。???です。非常に無礼な態度だし、こういう態度を先輩同業者の春海が許すわけがない。(たぶん、著者は囲碁をやった経験ないと思います)

許したらなんといいますか、公式にある種のランク付けを許容したことになってしまうはずです。個人の問題ではなく、家の格式の問題。まるで大河のアホ盛が「タマコ様の首を締めたのはオレだということにしてくれ!」と堀川に頼むようなもんです。個人的にはかまいませんが、もしそうなったら平氏一門ぜんたいの大問題、大責任。個の問題と家の問題を安易に混同しちゃいけません。

などなど。細かく書かれた前半部分に比して、小説後半が妙に駆け足になった感はありますが、仕方なかったのかな。いちおう主人公の行動は文献など資料に沿って設定してあるようだし、そのへんは材料不足だったのかもしれません。

別件ですが、角川の文庫ってのはどうも感心しません。余裕で1冊にできるボリュームなのにわざわざ薄い分冊にして、行間はたっぷり空いている。おまけに表紙カバーの紙質が悪いから、すぐ反り返ってしまう。かなり哀しい状態です。

うーん。深読みすると、分冊とか行間とかは、本を読み慣れない若い読者向けなのかもしれません。厚くて重いのなんか買うかよ!ということ。でも軽くてスカスカで高くて粗悪表紙のほうが歓迎されるんでしょうかね。不審。

★★ 明石書店

rus_his.jpg
古代から19世紀前半までのロシアの歴史 。ただし歴史本ではなくて、中学高校あたりで使用の教科書です。

したがって記述はあくまでロシア史観だし、単元の終わりには「なぜ大帝は貴族と対抗したのか。考えてみよう」なんていう設問もあります。教科書だからね。

ザーッと目を通しただけですが、いやー、ロシアの歴史って、ひたすら騒乱と戦争と膨張なんですね。スラブ族の小さなルーシー国家が強大なタタール(モンゴル帝国の一部)に制圧され、抑圧されながら少しずつ力を養う。そのうち大国スウェーデンと戦い、勝ったり負けたりしながらバルト海に進出。大国トルコとこれも勝ったり負けたりしたあげく黒海へ進出。コサックと戦い、農奴の反乱を押さえ込み、東シベリア、西シベリアへ進出。

そうやって版図を拡大し、貴族勢力と皇帝も融和したり戦ったり。だんだん力をつけ、やがて準西欧と認められるような大国になった。

こういう教科書を読んで育ったら、国家の成長・拡大は当然の方向性という感覚になるでしょうね。日本みたいに国家の版図が早い時期にほぼ確定してしまった島国とは少し違う。読みやすい本ではありませんでしたが、読んで良かったという一冊でした。だぶん下巻には手を出しません。

★★ 東京創元社

sunnyside.jpg
この人の本は、つい先日「オイアウエ漂流記」を読みました。その前にもなんか読んでるなあ。えーと「四度目の氷河期か。けっこう気がきいていて、読後感は悪くない。

で、今回はこの本です。「ハードボイルド・エッグ」の続編みたいな形らしいですね。

ハードボイルド探偵を気取った主人公は、もちろんそれほどタフでもないし、強くもない。依頼もほとんどなくて、たまにくるのは猫や犬の捜索だけ。で、あらわれた美人からの依頼で高級猫の捜索を始める。ロシアンブルーというんですか、そんな品種の猫がいるらしい。助手はハチャメチャで無鉄砲で怖くてボインの若い娘。というか、ガキ娘。

いろいろガタガタしたあげく、ま、一応は決着がつきます。パッピーエンドではないけど、それなりの終わり方。100点は無理ですが、70点か80点。けっこう楽しめました。

★★ 新風舎

hi-Chuushingura.jpg
えー、タイトル通り「忠臣蔵・ではない」という内容ですね。著者も版元も初見。

えー、あんまりネタばらしするのもナンですが、要するにアホな浅野内匠頭が罪もない吉良上野介に切りつけてしまって・・・という展開です。でも悪いのは内匠頭ではなくて、御用人柳沢吉保。もっといけないのは将軍綱吉。もっとももっと悪いのは・・・どんどん深くなります。

著者はどっかの高校の教師だそうです。もう専業になっているかも知れません。考証もけっこうしっかりしているし、筆致はかなり達者です。そのへんに転がってる下手な作家よりはるかに巧緻ですね。ただ惜しむらく、ストーリーというか根本の設定がちょっと底が浅い感じで、そこがもったいない。

手垢のついた忠臣蔵ネタなんかじゃなく、もっと魅力的なテーマで書いてくれたら少し嬉しいです。そんな本を本棚に発見したら、たぶん読みます。
★ 新潮文庫

本棚で見慣れない本を発見。なんか読んだ記憶がない。クラークのものなら読まずに「積ん読」は考えられないのだが。

例によってクラークが原案を出し、若手(か?)が小説化という展開のようです。クラークの晩年はこれが多くて、たいてい(というよりすべて)が駄作です。

で、危惧しながら読み始めて・・・・うーん。ダメでした。なんか書いた作家は映画化でも想定していたような雰囲気で、無意味にドラマチックでラブロマンス入りで、サスペンスふうで、設定の国際情勢も陳腐で・・・・。挫折。クラークの良さがなーんもなかったです。損した。

追記
どこかの書評を読んだら、最後のほうが面白いそうです。なるほど。でも読み通す気力ないです。

★★★ 新潮社

oiaue.jpg
えーと、小さな会社の部長(カラ威張りパワハラ型)と課長(気弱なマッチョ型)、係長(凄味のある白粉女)、ヒラ(平凡)、取引先の副社長(能天気な二代目ボンボン)、成田離婚寸前の新婚カップル(オタクふう亭主と柳原可奈子ふうフェロモン女)、謎の外人(全身タトーでナイフ隠し持ち)、ジジイ(ガダルカナル生き残りの恍惚)と孫(ごく普通のガキ)、そして大型犬(飼い主の小錦パイロットはあえなく死亡)。

ま、こういう10人が飛行機事故で南洋の孤島 にたどりついた。それからどうなるか・・というお話。

だいたい想像通りです。うまい具合に椰子の木はあるし、キノコも生えている。大きな亀もいるし、肉の食えそうな大型コウモリも生息している。珊瑚礁にはサカナも泳いでいる。かろうじて生き延びることのできる環境ではあるんですが、はて。

けっこう楽しく読みました。ちょっとギャグが臭いし展開もありきたりですが、まずまず。ただし結末だけは「え?」でした。書く気力がなくなったのかな。

★★★ 文藝春秋

okotoba2.jpg
大好きというわけでもないですが、読めば面白いし、役にもたつ(たぶん)。

で、巻4と5を読みました。副題は「猿も休暇の巻」「キライなことば勢揃い」。いろいろ目からウロコの話が多いんですが、今回記憶に残ったのは、太平洋戦争中に野球用語に英語が使えなかった・・・という件。

どこの新聞でも本でも「戦争中は敵性用語は禁止になって、ストライク1本!などどアホなことを強制された」とか書いてあります。もう常識ですね。軍人の了見の狭さ、政府の見識のなさ。それに比べて米国ではむしろ日本語に熱を入れた。なんという大差か・・。

というこの話、実はまったくウソだったというのです。戦争中ももちろん英語の授業はあったし、プロ野球でも英語を使ってプレーしていた。英語の授業ではなく、授業そのものが激減したとか、野球そのものの機会が減った・・というのはまた別の話です。

そうそう。米国で日本語教育が熱心になったのは、そもそも日本語を話せる人材が非常に少なかったから。これじゃ困るってんで、あわてて通訳養成やら日本研究が始まった。日本の場合はそもそも英語教育が普及してたんで、いまさら英語に熱を入れる必要もなかった。なるほど。

こういうこと、多いらしいです。誰かが適当なことを言い出す。もっともらしくて面白い話だと、それは検証もされず、どんどん転用・流用・流布。そのうち国民の常識になってしまう。

ネットのレビューやQ&Aなんかもこのキライがありますね。数多くの回答例があるみたいですが、よく見ると一つか二つの回答例が使い回しされている。おまけにその回答が完全にウソだったり。

あっ、本の写真は他の巻のものです。どうせ同じような表紙なんで。

★★★ 日経BP社

sonoseigi.jpg
オダジマの本は久しぶりに読む。大昔、遊撃手とかバグニュース(だったかな)では楽しみにしていた人だった。いろいろあった末に(というか、版元がつぶれる)、なぜかアサヒパソコンに連載を始めて、こんなメジャーというか清く正しい出版社と合うはずがない・・と思ってたら案の定で、まったく毒気の抜けたつまらないエッセイだった。

いろいろあるけど、やはり名著は若い時代の「我が心はICにあらず」でしょうね。あれは壮絶だった。ほとんど捨て身のヤケっぱち。しかし文体、文章は凄かった。なんでしたっけ、カレーについて書いた章がありましたね。えーと、正しく引用しますね。

「貧困とは昼食にボンカレーを食べるような生活の事で、貧乏というのはボンカレーをうまいと思ってしまう感覚のことである。ついでに言えば、中流意識とは、ボンカレーを恥じて、ボンカレーゴールドを買おうとする意志のことだ」(ハッカーの金銭感覚より)

よく知りませんが、最近は日経に書いてるのかな。オダジマに書かせてみようと思う勇気ある(無謀ともいう)編集者がいるんですね。危ないのに使ってみたい。

で、借り出して通読。うんうん。まだ面白いです。ですが、歳くったのかなあ。毒気はまだ残っていますが、妙に論理的というか、1+1=2の公式にのっとってる。理が勝っている。あるいは扱っている題材が原発、保安院やら八百長問題、石原都知事・・ここ1年ほどですから、なんかまだ熟成しきっていない印象で。

でも、ま、元気で書いてるらしい。売れてるかどうかは知りませんが、イグアナ(たしか風呂場で飼っていた)の餌代に苦労するような生活ではなさそうです。その点は、ちょっと嬉しい。

★★★ 文藝春秋

ittosai.jpg
上下2巻。浅田次郎ですから、もちろんとんとん読めます。主人公は新撰組の斎藤一。たしか壬生義士伝でいい味だしてましたね。やはりこの人に関心あったのか。

ま、生き延びて警官になり、女学校の守衛(小使いだったか?)やったり。で、近衛士官で剣道に精出している若者にいろいろと訓戒たれる、あるいは言いたい放題を言う、あるいは酒をたかる・・・という内容です。完全に非情・鬼剣士として描かれているので、むしろスッキリして面白い。竜馬暗殺も斎藤が下手人ということになっています。たった一人で実行した。

函館から土方の刀を預かって多摩の佐藤家まで届けた例の少年に光をあてて、このへんでたっぷり涙腺を刺激してやろうという浅田節、あんまり成功した感じもないです。また西南の役は西郷と大久保のデキレースという解釈。ま、そういう考え方があってもいいですわな。楽しんで読めました。

あっ、新撰組か新選組か。私は好悪ないのですが、漢字変換が勝手に「新撰組」にしてしまう。こっちが本命という人が多いのかな。

★★文藝春秋

上下2巻。算盤篇、論語篇という副題がついてます。

shibusawa.jpg
鹿島茂という人、フランスものでは面白いものをたくさん書いてるんですが、こういう伝記・評伝みたいなものも手がけているとは知らなかった。

渋沢栄一というわけのわからない人物を読み解くカギはサン・シモン主義なんだそうです。よく知りませんが、ナポレオン3世の時代、フランスではこのサン・シモン主義者が我が世を得ていた。そもそもナポレオン3世がそうだったともいいます。

サン・シモン主義、空想的社会主義ということになってますが、かなり乱暴にいうと、自由に利益を追求させ、その活動や流通を可能な限りスムーズにしてあげれば、きっと素晴らしい社会が生まれる・・・というふうなものらしい。責任はもてませんが、きっとそういうことなんでしょう。そういう社会を実現するためには共和主義でもいいし、専制でもいい。頭に何がのっかっていても関係なし。

で、渋沢栄一はパリ万博の渡欧の際にこの思想というか実践社会に触れて大感動。以後はひたすら「政府の干渉を排除・商人の自由な活動を援助」という姿勢でつらぬいた。そのためには銀行も必要だしガス会社も必要、あれもこれも必要。ニッポン資本主義の神主みたいな人ですわな。

生涯につくった会社や組織が何百だか何千だか。正直、わけのわからんです。でも確かに明治の日本に大方向を与えた人ではあるらしい。

というような輪郭がぼんやりわかっただけでも、この本を通読した甲斐があった。ほとんど飛ばし読みでしたけどね。

★★★ 新潮社

彰義隊を中心に据えた本はほとんどありません。いろんな小説にちょい出はするんでぼんやり輪郭はわかっても、何人くらいいてどうやって壊滅したかなどなど、なーんも知らないです。

shougitai.jpg
「谷根千」の森まゆみさん、谷中・根津・千駄木といえば、ちょうど上野戦争の舞台です。興味をもっていろいろ聞き歩いたらしい。で、この本になった。

さして厚くもないので、ベッドサイドに置いて少しずつ読みました。パラパラ読むのにちょうどいい内容でした。

で、わかったこと。想像通り、彰義隊といっても玉石混淆、忠節の武士もいれば、なりゆきで加わったのもいる。逃げたのもいる。面白半分に参加したゴロツキ連中もいる。たいして切迫感もなく、だらだらしているうちに、急に戦争になってしまった。奮戦した局面もあったけど概ねは弱くて、地元の連中を総動員して築いた土嚢はなーんも役にたたないで、あっさり崩れた。

戦争が1日たらずで終わったので、スッキリ終了したらしいですね。時間がかかると「そうか、拙者も参加せねば・・」という武士たちが加わって、かなりもつれたかもしれない。そいう意味では西郷、大村の作戦勝ち。

意外だったのは当時の東叡山寛永寺の権威、力です。なんとなく現在のお寺のイメージがあるんで軽く見てしまいがちですが、当時は権威もあり、すごい資力もあった。

輪王寺宮(公現入道親王)ってのも、たかが坊主ではなかった。それこそ場合によっては次の天子にもなれる。司馬さんの小説にも出てきますが、風呂屋の主人が輪王寺宮を背負って逃げて、それを生涯の誉れにして家を傾けたという。ま、そういう人。なのにわざわざ「慶喜の助命、東征中止」を官軍に嘆願に行ったらケンもほろろに扱われて、それで周辺の坊主たちが一気に硬化。戦争の遠因になってとも書かれています。

ま、駿府にいた東征大総督(有栖川宮)としては、ここまで事態がきた段階で「東征中止を」と言われても困ったでしょうね。「空気の読めない親王さまには困るなあ」ということ。

とかなんとか。日中の短期戦で、おまけに大雨。だから火事もそれほど拡がらなかった(火を放ったのは彰義隊側らしい)。 あっというまに終わった戦争のあとは、住民は弁当もって見物に行ったり、火事場荒らしをしたり、場合によっては逃亡をかくまったり。だいたい想像通りです。

転がっていた官軍の死体は切り刻まれて酷い死にざまだったそうです。なんせ槍や刀で殺された。それに較べて彰義隊の死体は死因が銃なんできれい。ま、官軍連中、気がたってるんで、そのきれいな死体をさんざんナマスにしたケースも多かったとか。池に潜ってかくれていた彰義隊の生き残りなんかも、運悪く落ち武者狩りの官軍に見つかるとよってたかってなぶり殺しにあった。

結局、彰義隊が何人いたかは不明。わかるわけもない。そうそう。渋沢栄一のお兄さん 従兄弟、渋沢成一郎という人も彰義隊設立に動いた。設立してから副頭取の天野八郎と意見があわず、脱退。それからいろあって転戦して函館まで行って、負けて、その後は大蔵省、実業家。いろいろな人生があります。

そんなこんなで興味がわいて、渋沢栄一本(鹿島茂)を借りました。本って、こういう具合に芋づるたぐりになるんですね。

★★★ 連合出版

okotobadesuga.jpg
何巻もあるシリーズのようですが、借り出したのは別巻の1 2 3。

中国文学に造詣のふかいエッセイストというのが肩書のようです。週刊文春で連載したらしいですが、なぜかこの別巻は文春ではない。いろいろ事情があるんですかね。

読んでいくうちにわかります。これだけ周囲を斬りまくってたら、敵もうんとこさ作ってるだろうなあ。政治的な配慮なんかなしで、人だろうが出版社だろうが、ちょっと感心すると褒める。アホが!と思うと容赦なくけなす。けなされた人はかなりムカッとくる。

内容は非常にもっともなことばかり。テーマは漢字、漢文などが主で、たとえば別巻3では漢字検定をメチャクチャに馬鹿にしています。なんであんなアホらしい問題をつくってるんだ? よく漢字を知らないアルバイトが適当に問題作成してるんじゃないか?

ウィットにも富んでいるし、たいていは「ごもっとも」な指摘ばかりですが、ただ、なんせ本人も認めているように「重箱のスミを突っつくのが大好き」なので、内容によっては少し疲れます。

出版 Harper Voyager

dragon1-2.jpg
欲しいとなると待てない性格なのですが、さすがにトシですかね。たしか去年の夏に発売の「A Dance With Dragons」をようやく買いました。

ハードカバーは大きくて重すぎるし、かといって小型のペーパーバックは活字が小さいし、ということでちょっと大型(トレードペーパーバック?)の上下分冊が出るのを待っていた次第です。

買ったのは
 A Dance With Dragons: Part 1 Dreams and Dust
 A Dance With Dragons: Part 2 After the Feast

あわせて2224円。

買ったのはいいけど、読めるんだろうか。どんどん目が悪くなってるし、根気もなくなっている。比較的読みやすい英語ではあるんですが、ひょっとしたら数年がかりになるかも。

Martinセンセ、トシとって太りすきて、他に遊びたいことが多いようで、はたしてこの続編を書く気力があるのやらないやら。これが最後になるかもしれません。

diamond.jpg
★★★ 草思社文庫

ずいぶん前から評判の本ですね。副題は「一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎」。

そもそもは単行本を買おうと思って、でもあまりに高価なので原書を買った。アホやなあ。読めるかと思ったけど、すぐ挫折してしまいました。非常に難しいという英語ではないんですが、しかしかなり根気が必要。

図書館にも2冊置いてあるらしいけど、いつ見ても予約が数人、ひどいときは20人も待機。こりゃ無理だ・・と思っていたら、文庫発売を知りました。買わなきゃ首尾が一貫しないだろうなということで買った次第です。

文庫は上下2巻。いい本でしたが、おおまかな感想は「同じことを何回も何回も繰り返し述べてる」ということ。

ま、趣旨はシンプルで「民族人種による能力の差はない」「しかし大きな大陸ほど農耕・家畜・文字獲得の確率が高い」「海や砂漠など大きな障害のない大きな大陸ほど伝播の効率がいい」「東西に長い大陸ほど変動差のない同緯度を動けるので有利」「南北に長い大陸は気候差があって不利」

ま、こんな程度かな。で、先に発展した民族、集団は家畜といっしょに密集して暮らしているので、伝染病にもかかるし、生き残った連中は耐性もできる。競争が激しいので、武器の進化も早い。

中国帝国が停滞したのは「競争」の部分がネックといいます。完全な統一国家、ワンマン態勢を作ってしまったんで、内部の争いがエネルギーにならなくなった。例の明の鄭和の大艦隊なんか、せっかくの技術を皇帝の意志でぜーんぶ中止したって、だれも困らない。困らないから停止できたんですね。「しめた! この隙に・・・」という敵がいなかった。

そうやって「進んだ民族。力を蓄えた集団」が誕生すると、もう止められない。別に15世紀の発見ブームに限った話ではなく、大昔から強い民族はどんどん拡がっていって、弱いのを吸収する。アフリカ大陸の バンツー族もそうだし、東南アジアのナントカ人種もそう。みーんな力を得て周囲に拡がって、あっというまに「文字、知らんよ。農耕、やったことないよ。鉄、知らないよ。専門の戦士? いないよ」という連中を消してしまう。

消すとか吸収ってのは、きれいな言葉で、実質的には相手を滅ぼす、抹殺するんですね。意志をもって抹殺するんじゃなく、効率の悪いのが結果的に消えてしまう。土地を奪われ、病気をうつされ、混血され、食えなくなって消える。

大昔からヒトはそうやって周囲に拡散してきた。あっちこっちで拡散が起き、最後の最後、結果的にヨーロッパ半島の端っこの集団が、他の小さな拡散集団を押しつぶして全世界に大拡散。

そういうことのようです。いいとか悪いとかの問題じゃない。ヒトが生きるってことの宿命みたい。旅行鳩がいなくなり、ドウドウ鳥が消え、新大陸の住民がほとんど消え去り、オーストラリアから原住民が消えかかり、同じような色白生っちろい人種が世界にはびこる。

やっぱなぁ・・・という慨嘆の上下本です。


子供の頃、といってもたぶん中学生ぐらいだと思いますが、薄田泣菫の「茶話」に惚れ込みました。厚手の文庫本のような形の本(たぶん昭和初期の刊行)が家に転がっていた。全編なんとも気が利いてトゲがあって面白い。

後年、この「茶話」が分冊で復刻されて文庫になっていることを知り、買ったことがあります。うーん。記憶にある笑話もあって、そこそこは面白いんですが、なんか違う。期待ほどではない。こんな程度のものだったのかなあ・・・と感じていました。

先日、図書館の本棚で「お言葉ですが...」というシリーズが並んでいるのを発見。中国文学の高島俊男という人の連作エッセイらしい。一冊手にとってパラパラッと拾い読みしたら、たまたまこの「茶話」のことが書いてありました。

はい。高島センセも「茶話」が面白くなかったと言ってます。で、どうしてだろ?と調べてみたら、新聞連載当時のオリジナルが非常に痛烈・激烈なので、主に固有名詞の部分など大幅に省略・改訂したらしいことが判明。単行本にまとめた出版社が「これは危ない」とか「これは告訴されるかも」と判断した部分を骨抜きにした。

なるほど。それで長年の疑問が氷解です。その当時の政治家やら文化人やら軍人やらを徹底的に揶揄する毒気が魅力のエッセイなのに、その毒気を抜いてしまった。そりゃつまらんわけだ。

理由がわかって嬉しいです。ついでにこの高島俊男センセの本、数冊借り出してみました。読み終えたらご報告。

★★ 東洋書林

amazon1.jpg副題は「民族・征服・環境の歴史」。そのとおりの内容です。

ま、コロンブスが発見したかどうかはさておき、15世紀からの新大陸進出で先住民がどんな目にあったか。「白人みんなウソツキ!」と言ってられた北米はまだしも穏当なほうで、メキシコとかペルーなど中南米ではほとんどが奴隷化だったみたいですね。

で、アマゾン。いまでもヤノマミなど裸族が存続していますが、一山あてようとアマゾンを遡ったポルトガル人の冒険家(野心家)たちが河のほとりに見たのは、ちょうどヤノマミふうの集落だったようです。諸説ありますが、ざっと数百万人が川沿いに村を作っていた。ただし「純朴な人々が平和に暮らしていた」と美化するのは論外で、しょっちゅう戦争したり奴隷にしたり奪い合ったり。そのへんは昔のヨーロッバと同じです。

ポルトガルの食い詰め連中からすると、こうした裸の先住民は「動物」ですわな。動物だけどバカじゃないから、脅かすと船を漕いでくれる。力仕事もするし、道案内もする。女日照りの荒くれ男にとっては便利なセックス対象にもなる。粗末な山刀やビー玉なんかをプレゼントにして買収したり、労働力にしたり、奴隷刈りをさせたり。奥地では何をするにも人手、つまり奴隷が必要なんです。白人が力仕事をするのはコケンにかかわるし、役にもたたないんで。

というわけで、金を探す、キニーネを探す、ゴム液の採集をする、大木を伐採する、食べ物を集めさせる、牧場を作る。膨大な労働力はみーんな奴隷に頼るわけで、その奴隷も粗末に扱うからすぐ死んでしまったり、密林の奥に逃げてしまったり。

わずかな年月で川沿いの集落はあっというまに全滅。熱心な宣教師連中は蛮族を教えさとして教化村に集めて暮らすようにさせますが、そこで何をするかというと、やっぱ下働き。形式的には雇用ですが、報酬は限りなくゼロ、あるいは詐欺に近い契約内容の労働力ですから、実質的には奴隷です。もちろん文句いったり逃げようとすると格好の口実ですぐ厳罰、処刑。あんまり人手が足りないので、仕方なくアフリカからも盛大に奴隷を輸入した。

なんやかんや、劣悪な食い詰め者、空回りの宣教師、強欲な商売人、堕落した政府、免疫のない部族に壊滅的な打撃を与え続けた疫病。「発見」以来、ほぼ500年のアマゾンの歴史は悲惨そのものです。

それでもアマゾンは広いです。先住民の回復はもう無理ですが、川沿いに強欲連中がガタガタやってる分にはまだ密林の自然の回復力を信じていることもできました。ただ問題は「道路」。密林を切り開く壮大な道路建設によって、奥地でも比較的便利に暮らすことができるようになった。どんどん人々が住み着き、背骨から出た肋骨のように、道路周辺のあちこちに進出して開拓する。

道路、チェーンソー、ブルドーザがアマゾンを物凄いスピードで食い荒らしているんだそうです。昔だったら大木を切り倒すのは大変な作業でした。湿った森に火をつけたって、簡単には燃えません。しかし道路、チェーンソー、ブルドーザのセットがあれば、仕事は超イージー。で、養分を溜め込んだ木を切ったあとの地面は意外なことに薄く痩せている。大雨の後は土壌がすぐ流出してしまう。おまけに貴重な大木を一本切り出すと、搬出やらなんやらで他の木も20本以上が影響を受けて枯れてしまうんだとか。もちろん切り出した木材の主要な引き受け手はニッポンです。

とかなんとか。なんとか分厚いのを読み終えましたが、暗~い気分。後味の悪い一冊でした。現実ってのは、常にスッキリしない嫌なもんなんですね。

※詐欺に近い契約
たとえば中流に住む実業家の子分である「奥地の現地監督」が先住民に山刀と鍋を2つ、食料を数日分くらい与える。「これをやるから働け。ゴム液を集めてこい」と命令。しかし毎日どんなに必死に森で採集しても、その借金は返却できません。そういう仕組みになっている。女郎屋の前借みたいですね。タチの悪い親方だと「このやろ、ノルマに達しないぞ」と鞭打ち30回。足カセに繋いで罰する。あるいは「借金のカタに女房と娘はもらった」というやつ。しょっちゅう「運悪く」死ぬ先住民もいますが、ま、それは形の上では「事故」「虚弱体質」です。

kouuto.jpg★★★ 新潮社

もちろん再読。少なくとも4~5回目になると思います。

読むものがなくて、ふと本棚から抜き出して中巻の途中、のっぽの韓信のあたりから読み出し、そのまま虞姫、四面楚歌まで進み、それから上巻の最初からという変則読みです。

人間が単純なせいか、やはり上巻はあまり面白くないです。英雄・豪傑・能臣が生き生きと動き出さないとやはり感動が薄い。そうそう、上巻では項羽の叔父の項梁とか、范増がいいです。范増じいさん、歳くってるとは思っていたけど、デビューの頃すでに七十翁とは知らんかった。それから失脚するまでせいぜい6年ですか。短いけれども充実した老後だった。

大騒ぎのキッカケとなる陳勝・呉広の乱が紀元前210年頃、范増の死んだのが204年頃、垓下の戦いが紀元前202年だそうです。


「死のロングウォーク」リチャード・バックマン(スティーヴン・キング)
★★★ 扶桑社ミステリー文庫

longwalk02.jpgこれも暇つぶしに再読。ん、再々々読くらいかな。

ストーリーはもちろん「100人の少年がひたすら歩く。時速4マイルを下回るとイエローカード。レッドカードになると銃殺。99人が消えるまで継続」というものです。

それにしてもこの小説を学生時代に書いたというのが凄い。若いお兄さんの書ける小説じゃないです。大きな設定とはともかく、細部がいい。キング独特のじっとりした(センチメンタルになる手前、ちょっと乾いてる)情緒ですね。

今日は首都圏も雪。たいした積雪ではないですが、まだやみません。

× 早川書房

saishuuteiri.jpgクラークもトシくってからはどうかな・・と心配しながら開始。そもそも共著に面白いものはないですね。でも今回はクラークとフレデリック・ポールだし、ひょっとしたら・・と期待。

場所はもちろんセイロン、今ではスリランカですか、そこの大学に通う数学狂いの学生が主人公。よせばいいのにフェルマーの定理にとりついてしまって。しかも宇宙の果てに生息する超越の意志があり、その連中、地球の将来に危惧をいだいて(ありゃ暴力的な連中だ。みんなが迷惑するぞ)、さっさと始末しようと計画し・・・。

はっきりいって駄作。クラークの良さがなーんにもない。かといってフレデリック・ポールの軽妙さは完全に空回りして田舎芝居になっているし。3分の1ほどガマンしましたが、ついに投げだしました。

教訓。やはり共著に良いものはない。どんな大家でもモーロクしてからの本はダメ。井上靖しかり、丹羽文雄しかり。水上勉は読んでないから知らない。まして風合いのちがう老骨二人がいっしょに書いたものなんて、手にするもんじゃありません。

追記
思い出した。老残劣化の代表格といえば武者小路実篤か、前からそうだったけど晩年の文章特に酷かった。ついでに筒井康隆もよせばいいのに朝日で酷いものを連載していました。これも恥ずかしいくらい。若いころはセンス、悪くない人だったんだけどなあ。

★★ 講談社

ヴィクトリア女王の御世が大英帝国の最盛期だった・・ということは知っています。また第二次大戦以降、帝国は衰退し、米国にとってかわられた。これもまあ常識の範囲でしょうね。では質問、どこで英国は凋落を始めたのか。はい。よく知りません。

teikokuno.jpgこの「帝国の落日」上下巻、ヴィクトリア女王の即位60周年祝典から稿を起こします。このへんが頂点だったということのようです。で、何がキッカケとなって英国は衰退を開始したのか。

著者は「ボーア戦争」と主張しています。この戦争、高校の世界史教科書には必ず載っているけど、内容はほとんどわからない。せいぜいで「オランダ系の住民=ボーア人」と英国が戦って、勝ったことは買ったけど英国は手ひどい打撃をこうむった・・という程度。

で、「帝国の落日」を読めばそのへんが分かるかというと、実はよくわからない。金鉱脈の利権がらみでアフリカの貧しい移民たちを相手にした「ちょいとした制圧戦」が、いつのまにか本格泥沼ゲリラ戦、総力戦(ボーア人にとって)になってしまった。それまでの植民地での戦争と違うのは、まがりなりにも白人、武装したプロテスタント、女子供も含めた住民との戦いだったこと。なんかドイツが武器援助などバックアップした雰囲気ですが、ま、英国にとってあんまり経験したことのない戦いだった。

農民百姓を相手の大苦戦で、要するに威信が大きく傷ついたんでしょうね。動機もそもそも感心できないものだったし。

前から感じていることですが、なんか英国の外交政策というのは、一種のアマチュアリズムみたいな印象がある。じゃ他の国はプロなのか?と問われるとそうとも断定できないのが困りますが、システムではなく、人的関係とか、人柄とかによって外交や政治が左右されるような気がしてなりません。

たとえば日本で(あくまでですが)小泉S次郎という政治家が気の利いたことを言ったとする。もちろん日本ではまったく相手にしてもらえません。こういう人を取り入れるシステムがない。しかしこれが大英帝国でコーイズミ公爵のご子息は小才がきいているという評判になると、首相や大臣も気に入って、突然インド総督に任命したり。で、任命されたコイズミ総督が縦横に手腕をふるって(本国の指示をあおごうとしても遠すぎる)、結果的にインドの運命を変えてしまったりする。

かなり乱暴な言い方ですが、ま、そんなふうな印象がありますね、英国には。

これがエリザベス一世の時代なら、寵臣のナントカ侯爵が女王におねだりしてアメリカ遠征軍の指揮をとらせてもらうとか。素人丸出しで好き勝手やって、失敗すれば首チョン、またはロンドン塔、たまたま成功すればガーター勲章で現地総督になって栄耀栄華。

なんか話が横へ横へズレていくなあ。収拾がつかない。やめます。

ま、いずれにしてもパックス・ブリタニカといってもインドは元からグチャグチャになっていたし、中東はアラビアのロレンス暗躍の頃から支離滅裂になっていたし、アイルランドは独立するし、カナダやオーストラリアは生意気になるし。こうした世界の動きを徹底的に弾圧しよう・・・とはしなかったのが英国。

つまり、けっして帝国主義=悪人じゃない。「あの色付き人種の甥ッ子ども、困ったもんだなあ」と心から心配している伯父さんみたいなもんです。なんとか助けてやろうとは思っている。しかしその発想はいわゆる「上から目線」ですわな。だから感謝してもらえない。常にピントがずれている。親切したのに喜んでもらえないから伯父さんも傷つく。

大成功した会社の会長みたいなところもあります。大成功したことがあるもんだから、新しい経営方針が立てられない。古株幹部の記憶にあるのは過去の成功体験・成功手法だけ。それでもふんぞりかえって偉そうにしていたら、あれっ?黄色い猿みたいな軍隊にシンガポールを陥落させられてしまった。パーシバル、山下のYesかNoか!です。白人が黄色人種に完敗した。

ま、そんなこんなで自信を失い、植民地をどんどん失い、さらに生意気なナセルをやっつけようとしたスエズ侵攻で決定的に国際的な信用を失い、わけのわからないコモンウェルスもアイマイなままでであり続け、いまのブリテンになってしまった。イングランドとスコットランドと北アイルランドの連合王国。欧州大陸からぽつんと離れた島国です。ヨーロッパでさえない。

なんかなあ。衰退の理由がわかったような、やっぱりわからないような。ヘンテコリンな本でした。もちろん歴史書、史書ではありません。「歴史をメインにおいた逸話集」みたいな本ですね。呼んで損はしなかったけど、さして感動も残らないような・・・。けっこう疲れました。

★★ ちくま文庫

サイトで書評を見て、つい買ってしまいました。

著者はなんか池田勇人の首席秘書官をやっていた人らしい。名前にはかすかな記憶があります。

jimintou.jpg池田が没したあとは東急の五島昇(たぶん)に拾われて、非公式に大平正芳のアドバイザーみたいなことをやっていた様子です。つまり自民党の内情をイヤというほど知っていた人。というより中で暗躍していたキーパーソンの一人なんでしょうね。

この本は三角大福の抗争あたりから始まり、最終的にロッキード裁判、中曽根康弘の総理就任前後までが描かれています。中曽根時代にはもう表舞台から身を引いて(引かざるをえなくて)新聞テレビを見て自分なりに分析してるだけですけど。

内容は、想像通り。みーんな大臣・総理になることしか考えていない。どうしたら政敵を蹴落として、自分が生き残れるかしか頭にない。嫉妬心のかたまり。力で脅すか、損得でうったえるか、言葉で騙すか。えげつない派閥と派閥の押し引きです。当然でしょ?というスタイルで、なまじきれいに飾っていないだけ面白い本、ともいえますね。そうそう。登場する新聞記者連中も、記者なのか政治家の走り使いなのか判然としません。政治記者あがりの秘書とか議員がたくさんいるのも納得です。

★★★ 早川書房

wolfhall.jpgてっきりオリバー・クロムウェルを描いた作品かと思ったら、そのご先祖、ヘンリー8世の寵臣として権勢をふるったトマス・クロムウェルが主役でした。けっこう厚い上下巻。

トマス・クロムウェル、ほとんど知らない人物です。トマス・モアを失墜させた人物といわれれば、そうだったかな・・という程度。貧しい生まれから身を起こして、ヘンリー8世に気に入られ、離婚問題を解決する手段だったのか財政問題からだったのかはともかく、国教会の分離とか修道院の解体とか、神話的な辣腕ぶりで英国を大改革した(少なくとも結果的に方向を決めた)人間のようです。

ま、そんな歴史的な功罪はともかく、非常に面白い小説でした。登場人物のキャラターがユニークというか、とらわれないというか、ストーリーの進め方や文体も非常にクールで魅力的。ただし、人によっては「あっさりしすぎで読みにくい」と思うかもしれません。

ヘンリー8世も、キャサリン・オブ・アラゴンもアン・ブーリンも、ジェーン・シーモアも、もちろん政敵であるトマス・モアも、みんなしっかり描かれています。ワンパターンの悪人や善人はいないし(ただし度し難いアホや脳タリンはいくらでも出てくる)、みんなそれぞれの小さな正義感や理想主義や欲得感情で動いています。強いていえば主人公のトマス・クロムウェルが、ちょっとカッコよすぎるくらいかな。冷静で強靱で雄弁で、計算が速くて超人的な記憶力を持っている野心家。(ハンニバル式の「記憶の宮殿」を持っています)

時代が時代なので、疫病がはやれば人々はあっさり死にます。環境も劣悪。ちょっと病気になればすぐ死にます。クロムウェルの妻や溺愛する子供も簡単に死にます。

ある程度、この当時の人間関係とか勢力図を知っていないと、ストーリーが混乱するかもしれませんね。たぶん意図的にでしょうが、急に時代が飛んだり場所が動いたりします。その叙述がいつの話なのか、どこでのことなのか、ちょっと油断すると混乱してしまう。でも、文体は現代的で、妙に魅力がある。ハードボイルド小説に似た雰囲気もあるかもしれません。けっこう笑えたりもします。

ストーリーそのものはアン・ブーリンが二人目の子供を流産したあたりで唐突に終わりますが、このトマス・クロムウェル、栄華をきわめたあと数年で急に逮捕、ロンドン塔、死刑という運命だったらしい。だからワンマン国王は信頼しきれない。

ウソか本当か知りませんが、ヘンリーの何番目かの妻、これを外国から呼んで薦めたのが運のツキだったという説もあるらしい。どこの国から来た人か覚えてませんが、似顔絵が似てなくて超不細工だったということになってます。王昭君の逆パターン。ヘンリーは新王妃を嫌って床入りも1回か2回だけと他の本で読んだ記憶もあり。もちろんすぐ離婚したそうですが。

案外、真実かもしれません。

ま、拾い物でした。非常に面白かった。でも、とうぶんは再読しないと思います。

★★★ 白水社

touou.jpg東欧革命とは、もちろん鉄のカーテンの東側、ワルシャワ機構の衛星6カ国が崩壊したパプニングのことです。当時の感覚としては、仮に解体がおきるとしても、まだ数十年先の話だろうという感じでした。なんとなくゴルバチョフとという一人の人物が勝手に騒いで突っ走った結果のように思い込んでいました。

分厚い本です。何センチあるのか厚みを測ってみたくなる。でもその割には、まあまあ読むのも苦になりません。著者はハンガリーのジャーナリストのようですね。したがって「研究書」ではなく「ドキュメンタリ」です。

意外だったこと。

・まずゴルバチョフは決してソ連帝国解体とか、共産主義否定論者ではなかったらしいこと。むしろ本人としては「正統派のレーニン主義者」だったようです。ソ連は本来のあるべき共産国家に立ち戻るべきだ。そのために改革、情報公開

・当時のソ連首脳部はみんなガチガチの保守保旧だったけど、年寄りになりすぎていた。それで、次の書記長を選ぼうという場になって、適当な人物がいない。たぶん消去法で、若くて頭の切れるゴルビーがトップに選ばれてしまった。やる気まんまん新勢力の台頭です。

・ゴルビー、もちろん賢いけどどうもたかをくくっていた気配がある。衛星国のことよりソ連が大事。なんせ国家にカネがない。ソ連の抜本建て直しだぁ。衛星国はいままでみたいに面倒をみなくても、彼らは彼らなりに考えて、ま、従来通りソ連にくっついてくるだろう。それほどバカでもないはず。

・当時の東欧諸国、例外なく経済的に末期状態だった。官僚主義、コチコチの計画経済のどんづまりですね。で、破綻しちゃ困るからに西側から膨大な借金をした。つまり、借金して国民に食料を供給したり、賃上げしたり。その場しのぎで国民の文句を封じ込めてたんでしょう。

・ただし経済の展望はまったくない。このままじゃどうにもならないことは承知していたけど、そこが閉鎖的・無責任態勢の官僚国家、なーんも決められなかった。どっかの国に似ています。優等生と思われていた東ドイツでさえ、内情は破産寸前の悲惨な状況だった。

・そんな貧乏国になぜ西側の金融筋が金を出したかといえば、もちろんソ連の存在です。いざとなればあいつらの親分が保証してくれるだろ、きっと。ソ連なら金はあるさ。

・しかしいちばん大きな問題点は、親分のソ連も同じような悲惨な状態だったことですね。そもそもが膨大な軍事予算に苦しんでいたし、特にアフガニスタン侵攻の失敗が響いていた。原油価格なんかも下がっていたんじゃないかな。(今のプーチンが原油価格高騰でウハウハなのと正反対)

・要するに、盟主であるソ連が貧乏な衛星国の面倒を見てあげられなくなっていた。資金源をなくした派閥の領袖。人のことなんかかまってる余裕はないぞ、ということ。もう知らんから、みんな責任もって好き勝手にしなさい。ソ連式モンロー主義。「マイ・ウェイ」のシナトラ・ドクトリンです。

・一昔前なら、チェコやハンガリーで反乱がおきれば、堂々たるソ連の戦車群が突入しました。あるいは、各国の秘密警察とか軍はソ連の後ろ楯を信じて、安心してデモを排除できました。しかしみーんな西側から借金しているような情勢では、どの国もあんまり無神経に乱暴するのがはばかられる。だんだん世間の「評判」というものを気にするようになったわけです。

・困難な情勢ですね。文句言う国民をあまり露骨に殺すわけにもいかない。強攻策をとりたいけど頼みの綱の親分のソ連があてにならない。「助けてくれ」とゴルビーに要請しても「出兵はしない。口も出さない。みんな大人でしょ。自分で考えてね」という返事。で、仕方なく各国、それぞれに考えて対策をとった。でもついぞ慣れない「ほんとうに自主的な決定」なので、ほころびと計算外の続出。

・ガラリと方針変更し、閉じこもったソ連。情勢の劇的な変化を信じられなくて、従来パターンの対応しかできなかった衛星国の首脳。なんか風向きが・・とおそるおそる動き出した国民。そうした細い々々流れが、なんかの拍子であっというまに(ほんの数日で)奔流になる。

・細かいことは覚えていませんが、東ドイツから続々と人々がハンガリー経由でオーストリアに脱出するシーンが当時のテレビで流れました。どういう理由でハンガリー・オーストリア国境に穴があいていたのか、そのへんはこの「東欧革命1989」を読んでも明確ではありません。乱暴に言うと、たまたまの偶然、成り行きというのが正解かもしれないです。

・偶然というのなら、ベルリンの壁の崩壊も、なんか偶然の要素が大きかったらしい。政府高官の言い間違いとか、意志の疎通がなかったとか。なんやかんや。最終的には警察や軍がやる気を失って、制圧に動かなくなったのが流れを決めた。

あらためて全体を追うと、なかなか面白かったです。終わったことではなく、これから近くのあの国でも起きうるシナリオかもしれない。

アーカイブ

最近のコメント

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうちBook.12カテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリはBook.11です。

次のカテゴリはBook.13です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

OpenID対応しています OpenIDについて