Book.17の最近のブログ記事

集英社 ★★★
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最近、どうも本を読めません。読むのに時間がかかるのか、目が悪いのか、根気がなくなっているのか。ということで手軽によめそうなのを選んで借出し。

なるほど。典型的なアサダ節です。冴えないオヤジと古くさいヤクザと、妙に大人びた子供がそれぞれ死んで天国か地獄かへ行こうとする。で、存命中の行動審判を受けたこの3人は「このまま死ぬのは嫌だ・・」と抵抗。いろいろあって、いったんこの世へ帰還。

ま、そういうストーリーです。だいたい期待通り楽しめるんですが、うーん、子供の章だけはダメだなあ。アサダの浪花節が錆び付いてきたのか、子供だけはリアリティが感じられない。面白くない。泣けない。そうはいっても、ま、総じては面白いですけどね。電車の中でも読んで、ほぼ1日半は楽しめました。

老眼鏡があわなくなっているようです。そろそろ眼科へいってみるかな。レンズを作り替えたほうがいいような気がする。ネジもゆるんでいて、数日前には玉がポロっと落ちた。


早川書房 ★★★
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コニー・ウィリスの未読(たぶん)短編集を発見。収録はすべてヒューゴー賞かネビュラ賞の受賞作のようです。ま、彼女にとっては珍しくもない賞でしょうが。

表題の「混沌ホテル」は、なぜかハリウッドのホテルで開催された国際量子物理学会のお話。当然のことながら、ホテル内は大混乱におちいります。量子論の不条理の世界。そこにあるはずのものはないし、予約した部屋はふさがっている。宿泊している客は泊まっていない。会議の部屋へいくと、もちろん真っ暗で誰もいない。

何かしようとしないほうがいいんですよね。レストランへ行ったはずなのに、あれれ?、会議室にいる自分を発見したりして。

まれびとこぞりて」もなかなか良かったです。えーと、クリスマスも間近の頃、宇宙人がやってくる。もちろん宇宙人は美女を狙ってはいないし、地球を征服しようとも思っていない。なぜそんなことをするために、はるばるアルタイル(かな)から飛来しなきゃいけないんだ。

要するに、アルタイル人たちが何をしたいのかまったくわからない。連中、じーっと立ちすくんだまま。不快そうに人間たちを睨んでいるだけ。なんか不機嫌なオバQがたくさん立っている印象です。そして当然コニー・ウィリスお得意のすれ違いと誤解が生じ、ドタバタ騒ぎ、ワケがわからなくなって大混乱のうちに恋がうまれる。


darkstar2017.jpg★★★ 英治出版

また借り出して再読。たぶん3回目かな。ずっしり重くて、バッグに入れても肩にくいこむ。ん、なんか表紙が違っているなあ。前はこんなふうでした。確かに変わった。

一応紹介すると、60過ぎた偏屈爺さんがエジプト → スーダン → エチオピア → ケニア → ウガンダ → タンザニア → マラウイ → モザンピーク → ジンバブエ → 南アフリカ。満員バス(あれば) とボロボロなトラック、時々は汚い列車を使って北から南まで旅した記録です。記録というよりメモか。

見事なくらいに悲惨。たぶん2000年頃のアフリカですが、今でもあまり変わってはいないでしょうね。700ページ近い厚さ、重量もたっぷり。下手に読んでいると肩が痛くなる。

ただこの本、ひたすら悲惨ですが、二度と読みたくない・・・という本ではない。何故でしょうかね。叙情というか、絶望的だけど人恋しい部分があるというか、ひどいことばかり書かれているのに、読んでいて楽しい。現地アフリカ人たちとの交流(という言葉が正しいかどうかも不明)もけっこう感動があったりする。なぜかまた読みたくなる。ポール爺さん、若いころはかなりの二枚目でしたが、歳とってからはどうなんだろ。まだ渋い魅力を保っているんだろうか。

いろいろ考えさせられる好きな一冊です。購入すると3000円。ちょっと高価。思い切って買おうかとも思ったこともあるんですが、本棚はいっぱいだし、ずーっと躊躇中。

★★ 角川書店
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著者は米文学者。翻訳家。食べ物をキーワードにして、古今の文学を遍歴紹介したものです。たとえば白鯨では鯨蝋をつかった揚げパンとか(中身は乾パンなんですけ)。あるいは航海士のスタッブが夜食に特別注文する尻尾のステーキとか。

それで思い出した。クジラの尻尾の部分はかなり美味いらしい。少年時代に読んだ冒険小説だっか、鯨をとったら尻尾の上質な赤身を切り取って食べる。「だからイノシシなんか、わざわざ「山クジラ」と言って珍重してるんだぞ」と年上が新入りに教える。

細かいストーリーは忘れたけど、この部分だけは記憶してます。うん、クジラの尾肉を醤油でこんがり焼いたステーキ、いかにも美味そうです。

それはともかく。いろいろ食べ物と何十の小説を紹介していたはずですが、なぜか記憶に残りません。なんか不味そうなのがいっぱいあったなあ・・という印象。

そににしても「鯨蝋」って何だろう。マッコウクジラの頭部にある脳油だってんだけど、はて。イメージが沸かないです。


★★★ 筑摩書房
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本棚に積んであるのを発見。最初は種村季弘かと思った。よくよく見ると「種」ではなく「穂」ですね。

えーと、よく知らない人なのですが、たぶん歌人でしょうか。エッセーなんかも書いていそう。ただし「総務部の社員だったころ・・」と何箇所かで書いているので、そういう世俗的な部分を気にしない、あるいはウリにしているのかな。

電車の中なんかでふと耳にするような言葉の切れ端を採集し、それを鋭い感覚で料理する。気の利いた雑文というか、コラムのような一冊です。非常にセンスがいい。若い。

たしかに日常的な会話とかコトバって、ヘンテコリンなものが多いですね。ウニが宇宙人だったら怖いとか(うん、怖い)、ウガンダが死んだとか。こういうふうに書いても無意味ですが、読んでいるとかなり笑えます。


★★ 河出書房新社
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図書館が何やら工事に入るらしく、しばらく休館。借りていた本はまだ完読していなかったけど、仕方ない、途中で返却しました。

「ドローンランド」はタイトル通り、いたるところに大小のドローンが飛んでいる未来社会です。こういう設定の常識ですが、小さいドローンはハチドリどころか微小ダニの大きさで、リビングだろうが寝室だろうがひそかに忍びこんでいる。要するに個人がプライバシーとか秘密とかをまったく持てない社会。

で、ドローンと超コンピュータが仕切っている世界で、ちょっと古くさいタイプの刑事(ハードボイルドふう) が捜査にあたる。どういうわけか舞台はベルギーで、EUから英国が離脱するかどうかが問題になっている。この点では、小説のほうが時代に遅れてしまった。

ついでですが、どうもアメリカは衰退しているらしい。おそらくブラジルが隆盛。石油資源が枯渇したのかな。オランダは水没しているし、出回っている安物のほとんどは北朝鮮製で、韓国も力をもっている様子。日本はなぜかアムール川のあたりで紛争をおこして領土拡張しているようです。そういう印象の国家なんでしょうね。


★★ 朝日出版
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進化論の通俗解説書かと思って借り出しましたが、いやいや、まったく毛色が違った。

吉川浩満という人、どういうバックボーンの書き手かは知りませんが、きっと頭がいいんだろうな。頭脳明晰。なんとなくグダグタ混乱している「進化論」の現状を整理し直すというか、定義するというか、A4で4~5枚でもサラッと語れるところを堂々たる一冊にした。

ごくかついまむと、多くの人がいう「進化論」は実はダーウィンの進化論ではない。強いていうと社会ラマルク主義、あるいはスペンサー主義なんだそうです。ラマルクってのは、用不用説。獲得形質が遺伝すると唱えた。スペンサー主義もけっこう難しいですが、ま、乱暴にいうと単純から複雑への変化が進化であるという考え。目的があって、それに向かって進化がすすむ。

人類は進化によってより優秀なものになる。社会もまた進化して理想社会に向かって進む。
優勝劣敗です。適者生存。「良いもの」になるのが進化・・・みんなが大好きなテーマですが、この考えが実は大問題だった。

実は適者生存という言葉を使うからややこしくなる。いかにも生存するに値する資質が何かあるような誤解。そうではなく、実際には「生き残ったものを適者と呼ぶ」のが正しい。適者だからその種が生き延びたのではなく、たまたま生き延びた種が適者。必然ではなく、偶然ですね。そういう意味で「理不尽な進化」です。どの種が滅亡し、どの種が残るかに理由なんてない。

書の後半はグールドとドーキンスの論争について、くどいくらい詳細に語ってくれます。そうか、この二人、ガタガタやってたような雰囲気があったけど、そういう内容だったのか。ただし、どういう内容だったか、今それを説明する力は私にはないです。超賢い二人が派手な綱渡りみたいに論争、大喧嘩した。論点に大きな差はないようにも見えますが、きっと彼らには大問題だったんだろうな。はい、トシのせいもあってどんどん頭が悪くなっています。読むのに疲れた。最後のほうはしんどかったです。

※ 経験則だけど、ウィトゲンシュタインの名前がででくるような本は読み通せた試しがない。

★★★ 集英社
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まだ単行本になっていない小説が残っていたんですね。遺作かな。もう皆無かと思っていた。

短編集です。女主人公ものというか、官能物というか、けっこうあるパターンですね。語り手の女が愛欲ゆえにどんどん崩れていく。転落していく。特有のドロドロした粘っこい描写が特徴です。

そうそう。本寿院を主人公にした短編も収録されていますが「大河篤姫」で高畑淳子が演じた本寿院とは違います。篤姫の本寿院は13代家定の生母。こっちの本寿院は尾張徳川、3代藩主の側室で、第4代の生母。美人だったけど藩政に関与してみんなの憎しみを買った。性淫奔といわれ、さんざん悪口を書かれているらしい。

さらさらっと読み終えました。どれも達者です。

★★★ 光文社
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密林生活をテーマにしたものかな・・と借り出してみたら、意外や実話をミックスさせた奇妙なSFだった。

SFというのも少し違うかな。不老不死というSF部分もあるけど、肝心なのは文明と始原の対比とでもいうか、ま、ちょっと違う部分にあるようです。

後にノーベル医学賞受賞者となる、好かんタイプの高慢ちき若い男がなぜか赤道直下、孤絶した太平洋の島へ行ってフィールドリサーチ。そこには不思議な未開の島があり、深い森の奥には怪しげな連中がくらしている。しかも人間だけでなく、ヒトともサルともつかない不思議な生き物もいて、カメもいて・・・。

ということで、だんだん不老不死の秘密がかいま見えてくる。しかしそれはさして重要なテーマではないらしく、じゃ何が重要なんだ?というとうまく説明できない。少なくともここではない。すまんです。

ま、けっこう面白い本でした。たぶん日系らしいこの作者の処女作。「実話」の部分というのは、実際に南の島でクールー病を発見した学者がいたらしい。ヤコブとか狂牛病と同じで、脳のプリオン体がなんたらという病気らしいです。脳を食べると食べた人間もワヤになる。食人習慣のある島では、そうした病気が発生していた。で、その発見者のその研究者も実際ノーベル賞をもらったし、その後は性的児童虐待で有罪となっています。このへんが小説と同じ。

ちなみに「作者は女性かな」と思ったらピンゴ!大当たり。密林生活の過酷さの描写が妙にきれいなんです。たいていの男性作家ならこのへん、もっともっと汚く惨めにする。


★★ 小学館
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米国の青年。幼いころに両親が離婚して捨てられた形で、元海軍提督である祖父の家で育てられる。この爺ちゃんというのがけっこうユニークな性格。しかもうるさい。太平洋戦争の経験があるので日本人嫌い。魚嫌い。アンガスかなんかの赤身1ポンドのステーキが大好きで、もちろん塩と胡椒だけでしっかりウェルダンに焼く。

やっぱりね。なんかの本で、米国人(特に中西部) ではステーキを靴底みたいにカチカチに焼くと知りました。サッとレアでなんて、東部男みたいに軟弱なことはしない。男は黙ってウェルダン。

ま、ともかく。青年の恋人(ジェニファー)はなぜか日本にいれこんでいて、ぜひとも日本を見てこいと熱心にすすめる。PCやスマホを持たずに体ひとつで日本へ行くこと。ゆっくり見てくること。

ということで気のいい青年はほとんど予備知識なしで来日。いろいろ感動したり感嘆したりの連続です。けっこう笑える。東京から京都へいって、大阪で寄り道して別府へ。途中で嘘みたいな着物の女性と知り合いにもなる。

けっこう笑えてこれからどう始末するのかな・・・と思っていると、なぜか急に北海道。雪の釧路で丹頂鶴のダンスを見る羽目になり、あれれ? あれ? なんか無理に結末つけられて急にオシマイ。完全に尻切れトンボです。

理由は不明ですが、浅田次郎が急に書く気をなくした。困ったもんで、ま、結果的には駄作というしかないです。

ちなみに1ポンドはだいたい450gです。けっこうな量。

soredemosenso.jpg★★★★ 朝日出版社

先日読んだ「昭和史裁判」がなかなか良かったので、名前を覚えた加藤陽子氏の本を借り出し。

非常に優れた本です。歴史学者である著者が機会を得て5日間の授業を行う。相手は神奈川の進学校・栄光学園の中高生。ただしさすがに一般生徒ではなく、みんな歴史研究会のメンバーです。受け皿は超優秀なんですが、語り手もまた優秀。そして非常にわかりやすい。平易。

日清戦争から太平洋戦争まで。どうして日本はこの道をたどってしまったのだろう。戦争をやりたいと思った人はいなかったはずなのに、結果として戦争への道へ突き進んだ。なぜなんだろう。

書かれている内容の多くは既知のものが多いです。しかし所々に新しい観点が挿入される。新しい知識も披露される。また語り手(加藤陽子)は可能な限り中立公正の立場を保とうとしているのがわかります。中高生相手なんですから、あっちの方へ引っ張ることもこっちのほうへ導くことも易いはずですが、それを抑制している。当時の日本の国内にもいろんな立場や考え方があった。世界を俯瞰しても、やはりいろんな国があり、いろんな事情がある。仕方なかったんだ!と弁解するのも違うし、完全に日本だけが悪い!と言い切るのも少し違う。

個人的に「へぇー」と思ったこと。

太平洋戦争の開戦前、日独のもっている戦力は英米をはるかに凌駕していた。要するに強かった。だから「緒戦は勝てる」という考えには一定の合理性がある

パールハーバーの米艦隊が安心しているのには理由があった。湾の水深は12メートルと非常に浅くて、雷撃機から落とした魚雷はみんな底に突き刺さってしまうはず。こんな浅い海に魚雷を落とせる雷撃機は存在しない!(しかし海軍は月々火水木金々の猛特訓。不可能を可能にした)

米国が参戦しないだろうという楽観論にも、実はかなりの根拠があった。仏印に攻め込んだくらいなら、米国は黙っていてくれるだろう、たぶん。それが国内の意見の大勢だった。

リットン調査団の時点ではまだ妥協解決の道があった。うまくしたら満州に権利を確保したまま平和になれる可能性もあった。(それをブチ壊したのは陸軍が開始した熱河省侵攻作戦。これが理由で国連脱退に至る)

松岡洋右は「欲張るな、腹八分がいい」と進言している。欲張る=連盟と対立してまで満州の利権にこだわること。連盟脱退の立役者=松岡洋右というのはかなり可哀相な誤解である。

日本軍には補給の思想がなかった。派遣した軍隊に飯を食わせ続けるということを真面目に考えていなかった。また戦争中、日本の生産力は激減したが、ドイツなどはむしろ増えている(それでも足りなかったが)。日本軍は必要な人材だろうがなんだろうが、どんどん兵隊にして無駄に消耗させた。戦争も終盤になってようやく反省が出てきたが遅すぎた。

日本の死傷者の大部分は戦争の終盤に集中している。実はマリアナ、パラオあたりの海戦で徹底的に負けた時点でもう戦争は挽回不可能。敗北が確定していた。1944年の6月です。以後はすべて無駄な悪あがき。無意味に国民を殺してしまった

そうそう。本筋ではないですが当時の「皇道派」を「社会主義革命を目指した隊付将校」と断言しているのが新鮮でした。モヤモヤがスッキリした。目標は天皇親政による社会主義です。で、そうではない「ふつう」「中央エリート」がなんとなく統制派と言われた。

なんで若い軍人が社会主義を目指したかというと、農民を代弁する政治家も政党もなかったからです。みーんな自分たちだけの儲けに走って、疲弊農民について考える人がいなかった。それで軍人が(本筋ではないにせよ)その役目をになった。になうべきと考えた。なるほどです。



★★★ 幻冬舎
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ちょっと前、映画になってましたね。たしか主演は役所広司に大泉洋、小日向文世などなど達者な連中でそれなりに面白かった記憶がありますが、三谷ドラマの特徴でしょうか、常に「やりすぎ感」がある。

柴田権六が庭の七輪でパタパタ海産物を焼く、武将たちが難波歩きでレースする。訳のわからないクノイチが跳躍する。困ったもんだ。そうそう、剛力彩芽の白塗り引眉姫も新鮮でした。

ま、そんな映画の原作というか、数年前に書いた(かなりまっとうな)小説がこの「清須会議」です。

意外や、読後感は悪くないです。それぞれの武将たちのモノローグ形式で進行するんですが、うん、映画ほどのズレた悪ノリ感はない。内容というかエピソードも少しずつ違っていて、たとえば砂浜でのレースはなくてその代わりにイノシシ狩り。信雄はもちろんアホですが、技術オタクというわけではなくて、手回し扇風機を発明してはいない。秀吉はもっと悪党だし、奥さんの寧はかなり素直な性格(寧が語る章はけっこういいです)。

こうした原作を材料にして、監督・三谷が更に悪ノリしたのが映画なんでしょうね。悪ノリしなければよかったのに。


★★★★ 文藝春秋
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太平洋戦争の真の責任者は誰だったのだろうというテーマです。ただし軍人をリストアップすると(当然のことながら)候補が多すぎるのであえて民間人に限定。さらにグググッと絞って広田弘毅、近衛文麿、松岡洋右、木戸幸一の4人とオマケで天皇。はて、彼らは有罪か情状酌量の余地ありか。

半藤一利がいわば検事の役割でまず難詰します。それを加藤陽子がなるべく弁護する。加藤陽子という人、文藝春秋なんかでよく活躍している歴史学者だそうです。日本の近現代史が専門。

で、内容ですが、想像していたとおりですね。まず広田弘毅は決して無実とはいえないようで、戦争突入の責任がかなりありますね。半藤ジイさんは「広田って気分的には軍人だったんじゃないかな」。要するに城山三郎さんが「落日燃ゆ」でちょっと持ち上げすぎ。それほど見識ある人物じゃなかった。

次に近衛文麿は、まあ想像通り。天皇の前で足を組みかねないほどの格で、頭も切れるし実行力もあるはず。なのに、肝心な場面では何もしない。本人なりには構想があるらしいんですが、なぜか間違ったことばっかりやる。そしてすぐ逃げ出す。要するにお公家さんです。徳川慶喜みたいな部分もある。一見すごいのに結果が伴わない。信念と覚悟がない

定番の松岡洋右。みんなが非難するほど悪いやつではなかったかもしれない。悪名高い国連脱退も三国同盟も、すべての責任を松岡にかぶせるのはすこし酷。性格が性格なんで誤解されるのも仕方ないし、実際天皇にも嫌われた。ま、だからといって同情すべきタマでもないようですが。

そして木戸幸一。私、この木戸についてはほとんどイメージがありませんでした。なんか静かな老人という雰囲気でしたが、写真をみたらだいぶ違いますね。ひそかに「野武士」と豪語していたらしい。木戸孝允の孫で役人出身で背が低くて天皇の側近で、たぶん非常な策謀家。で、ゴルフばっかりしていた。


読み終えて感じたのは、当然のことながら人物も動きもグタグタ錯綜して、時代は複雑怪奇だったんだなあということ。軍部が独走して政治家が小心で、だから戦争になった・・・なんて簡単な話にはならない。

たとえば外務省の主流は対米強硬派で、日米交渉にあたった野村吉三郎を邪魔し続けた。周囲や部下が妨害して交渉がうまく運ぶわけがない。一時期ですが、陸軍よりも海軍よりも外務省が強硬だったこともある。また新聞も雑誌もいい気になって行け行けドンドン囃したてて、軍も政府も迷惑するほどだった。ただし末期になると、逆転して締めつけの対象になったけど、身から出た錆。だからこの連中が「過ちは二度と繰り返しません」なんて言っても、けっして信じないほうがいい。

陸軍は皇道派と統制派が争い、政府にとって実は「陸軍の対ソ強硬派がムチャするんじゃないか」がいちばん心配だったらしい。もしソ連がシベリアから軍を西に移動させる動きになったらすぐドンパチ始まったかもしれない状況だった。ということで陸軍の強硬な北進論を中和させるために、政府は南進論を許容した。結果的に両論併記。もちろん最悪です。

そうそう。日本の方向を決めてしまった感のある三国同盟ですが、あれの本質はドイツと組むというより「英国が負けてからの戦後処理」にあった。太平洋、東南アジアから英国が撤退したあと、ドイツと権益を争うのはまずい。そこをスンナリさせるための同盟だった。ま、そういうタヌキの胸算用が三国同盟。要するに「カネメでしょ」が本筋。

開戦までの間、実は中国から手をひいてゴタゴタをおさめる機会は何回かあったようですが、常に問題になったのは「英霊に申し訳ない」。要するに賠償金なりなんなりのお土産が得られるかどうかです。お土産ナシじゃ引っ込みがつかない。近衛や天皇までそういう気分で、少し景気のいい状況にしてから和平を提案しようという構想。みんなそういう考えなので、ズルズルズルズル続いてしまった。それでも昭和16年の11月初めまではまだ戦争を避ける道筋がかろうじてあったらしい。

軍人、政治家、役人、みんなが勝手な構想を描いて、勝手に動く。けっこう情報も握っていたんだけど、いろいろ思惑があるため握りつぶして共有しない。みんな少しずつ度胸がなかったり、少しズルかったり、意志が弱かったり、勘違いしていたり。そうした「スベテ」の結果が12月8日開戦であり、4年後の敗戦につながった。

それはそれとして、読み終えて「こいつが一番悪い」と感じたのは木戸幸一ですね。目立たないけど、暗躍している。

木戸幸一。天皇といういちばん肝心な部分の情報ルートの玄関番をやって、情報栓を恣意的に調節していた。本人的には「すべてお上のため」なんでしょうが、なんか動きが常に怪しい。で、そうした情報操作や組織・人事は後になってものすごく効いてくる。東條英機なんてのを引っ張りだしたのもやはり木戸幸一。キーマンでした。ちなみに東條英機は単なる生真面目で融通のきかない人間のようです。重要な時期に重要な地位につけてはいけない官僚軍人の典型。

長くはないけどなかなか面白い本でした。

これと一緒に莫言の「酒国」、賈平凹の「廃都」も借り出してたんだけど読みきれず。暑さでボーッとしているうちに期限がきてしまった。またの機会を待つか。


★★ 東方書店
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東方書店という版元、名前だけは知っていたし神保町店舗の前を通ったこともあるはずですが、発刊の本を実際に読むのはたぶん初めてです。

内容は世界各地でおこなった莫言の講演集。語られているのは例によって例のごとく、貧しく飢えていた少年時代とか、作家になって三食ギョウザを食べたいと思ったとか。金が入ったら腕時計と革靴買って、故郷の街で女の子にみせびらかしたいと思ったとか。

そうそう。新しいことといえば、本人が「酒国」を最高傑作と自負しているらしいこと。たしか初期の本ですよね。へぇーと驚いたので、さっそく図書館で閉架の酒国を予約しました。なぜかこれを読み残していた。

denshirikkoku2017.jpg★★★ 日本放送出版協会

先日読んだ「日本史を読む」で、確か山崎正和がいい本だと褒めていたのがこの「電子立国日本の自叙伝」。山崎正和や丸谷才一に似合わない分野という感じもありますが、ああいう人たちはたぶん何だって読んでしまうんでしょう。

このテレビ放送ははるかン十年前、楽しみに見た記憶があります。NHKって、ひどい番組もいっぱい作りますが、いいものも作るときは作る。そうそう。同じドキュメンタリーシリーズでは「人間は何を食べてきたか」も良かったですね(惚れ込んだスタジオジブリが後になって権利を買い取ったらしい。知らなかった)。

で、その半導体ドキュメンタリーをノベライズしたのが本書。これもNHKがよくやるテで、本の販売まで含めて収支採算になる。プロデューサは必死なんで、ただ働きでもなんでもやります。で、上中下にオマケまでついて全4巻。正直、長いです。

技術屋さんたちの人間ドラマの部分はわかりやすいですが、ICやチップ製造絡みの技術部分はやはり難しいですね。P型とN型がどうたら・・と最初のうちは理解しようと努力しますが、だんだん付いていけなくなる。ま、仕方ない。わからん部分はとばすしかないです。要するに貧しかった戦後日本、必死に頑張った。みっともないくらいに頑張った。通産省の役人も(役人だから石頭で邪魔もしたけど)彼らなりに日本再興にむけて努力した。

自分は戦後生まれですが、まだ貧しさがたっぷり残った少年時代だったので、そうした日本の惨めさとか劣等感の感覚はわかります。1ドルは360円。外貨割り当て。世界の三等国。ん、四等国だったかな。見栄はって宗谷で南極へ行っても氷に閉じ込められ、ソ連と米国の砕氷船に助けてもらう。宗谷、つい前までお台場につながれていましたが、ほんと、小さな船です。まだ船の科学館にいるのかな。太平洋戦争生き残りのボロ船が南極船になった。

当時は海外から何かを買おうとしてもなかなか許可がもらえない。本の中でも、配線用の金を輸入しようとして役人に邪魔される話があります。貴重な外貨をそんな奢侈品に使うのか!という理屈ですね。あるいは日本のメーカーが何かすごい発明しても、信じてもらえない。日本人にそんな優れたものを作れるわけがない。同じ日本人がそう決めつける。

登場する技術屋たちはみんな「面白いから」必死に仕事をした。あるいは「責任感」と「生き残り」のために努力した。馬車馬のようにはげんでいて、ふと気がついたら先頭を走っていた。

米国あたりの観点では、 日本は悪名高き通産省主導、護送船団のようにしてIC産業を育てていった、という見方をしますね。カメラを下げた出っ歯でメガネのエンジニアたちが大挙してやってきて、ごっそり盗んでいく。すぐさまコピーして大量生産する。それをバックアップしているのは強い意志をもった狡猾な政府・通産省。シンプルですごく納得しやすい考え方ですが、ま、日本政府がそんなに賢くて、官民の行動がシンプルなわけがない。もっとゴタゴタやっていたら、いつのまにかそうなったというのが真相でしょう。

日本人には創造力がない。なんでもコピーばっかりだ!と非難されると、正直ちょっとムッとします。そんなにコピーが簡単なら、誰だってみんなしてら。模倣は難しいんだぞ。

しかし本当にゼロから発明・開発されたものが少ないというのも否定できない事実。東北大で有名だった西沢センセなんかもそういう説らしい。ただしそれは日本人技術者の問題なのか、それとも風土、企業の問題なのか。ある技術者が画期的な何か作っても、みんなそれを育てようとしない。むしろ阻害しようとする。個人を嫌う。集団主義。出るクギを叩く。飛び抜けた存在を排除しようとする

だから何十人ものエンジニアをずーっとインタビュー。しかし「それは誰のアイディアでしたか」と聞いても、明確な返事が返ることはまずなかったようです。「いや、みんなで考えた」という返事になる。せいぜいで「たぶん課長が推進した」「部長でしょうね」という程度。米国は正反対で「あれはジョンがやった」「こっちはオレが考えた」と明瞭に断言する。下手すると人の手柄まで獲ろうとする。

だから日本ではシンプルなD-RAM生産なんかがすごく得意。ひたすら工夫と改良で精度をあげて商売した。同じ頃に米国では、新しい発想が必要でもっと付加価値のあるシステムLSI設計の方向へ行った。日本はメモリを作り、米国はシステムを作る。もちろん日本の方向も当時としては正解だったんでしょうが、今では台湾や韓国に後追いされ、追い越されてしまった。日本だけの強みを維持することができなかったわけです。

今も東芝のフラッシュメモリをどこへ売るか、ガタガタしてますね。要するに東芝と日本はフラッシュメモリという独自技術を大切に育てることができなかった(韓国へ売ったんだっけ)。関係ないですが、今回の政府肝入り3社共同ナントカカントカ売却案、たぶんうまくいきません。政府+共同。典型的な失敗の要素が二つもかさなっている。

★★★ 朝日新聞出版
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誰を書いたものかなと思っていましたが、冒頭いきなり近江屋シーンだったので中岡慎太郎と知れました。そういえば中岡を主人公にした小説、ないですね。

だいぶ以前、長崎で海援隊の宿舎というか合宿所というか、山の上まで登ってみたことがあります。亀山社中記念館ですね。そこで壁に飾られている資料をながめていたら、例の中岡慎太郎の笑っている写真があった。

慎太郎というと、刀を横にして怖い顔で睨んでいるのが定番ですが、笑顔バージョンがあるとはしらなかった。底抜けに子供っぽい表情で、そうか、こういう男だったんだ。おまけに横が乱暴に消されている。女が写っていたらしい

上下2巻、けっこう楽しく読めました。中岡の功績というと五卿の世話をしたこと、薩長同盟に奔走したこと、陸援隊をつくったくらいしか思い当たりませんでしたが、そうか、岩倉具視を発掘したのも中岡なのか。結果的に三条実美と岩倉具視をくっつけた。維新成功のためには岩倉の悪巧みが不可欠なわけで、三条・岩倉という強力ペアを実現させたのはすごい功績でしょうね。板垣退助をくどいて薩摩との密約(武力倒幕)させたのも中岡らしい。

福田善之という人は筆の達者な人なんで、とんとん読めます。ただ事実の羅列だけではさすがに辛かったようで、おふうというクグツの女も登場。舞台回し役のクノイチです。ふつうは余計な・・・と嫌がられる部分なんですが、これかけっこう魅力がある。というより、幕末もので男でも女でもこれだけしっかり書かれた小説はないです。キャラクターに血が通っている。

この小説の高杉晋作もいいです。快男児ではありますが人間臭い。最後は芸者買いにいくぞとわめいて長刀抱いて駕籠にのったものの、駕籠の揺れについ下を漏らしてしまって死期をさとった。その高杉が死んでから、愛人のおうのが尼にさせられた状況なんかも、けっこうおかしい。お調子者の伊藤と誰だったかが無理やりおさえつけて髪をジョキジョキ切った。かなり抵抗したらしいです。ひどい話だ。みんな、やることが乱暴です。

話は違いますが、こうした幕末の志士たち。どうやって食べていたんだろう。昔から不審に思っていました。そりゃ豪商からの寄付やら薩長の秘密資金なんかはあったでしょうが、それだけで足りたのか。たとえば司馬さんの龍馬なんかでは、気軽に松平春嶽から大金を預かったりしてますが、たぶんそのうちの何割かは使ったんだろうな。そうでもしないと経費や生活費が捻出できません。

いきなりグラバー陰謀説なんかではなく、志士たちの活動を資金面からみたような本、そろそろ出てもいいですね。


★★★ 中央公論社
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なんといいますか、碩学というか粋人というか、天下自在の二人が勝手きままにしゃべくっている。対談というより、酒でも飲みながらの座談ですね。テーマは「本」を切り口にしておしゃべりする日本の歴史。万葉の昔から始まって戦後の電子立国日本まで。

それにしても、うーん、なんとまあ博学物知りな連中なんだろ。最初のほうで取り上げられた「待賢門院璋子の生涯」では、璋子の産んだ子が亭主の鳥羽天皇ではなく白河法王のタネであることを証明した著者学者の執念の話。謹厳な(たぶん)歴史学者が必死にメモとってオギノ式計算で崇徳は誰の子かを類推したというのが笑えます。

ちなみに璋子はきちんとした28日周期型だったらしい。まさかそんなことまで後世に知られるとは思っていなかったでしょう。あら恥ずかしい。いけず。

明治のあたりでは、なぜ元勲の女房に芸者や遊女が多かったのかを推論。またこうした女たちの果たした役割は想像以上に大きかったのではないかとか。ついでに当時の「横浜」という街の位置づけとか。いろいろ突拍子もないですが、納得できる珍説も多し。

中身の濃い一冊でした。


★★★ 新潮文庫
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短編集です。「まんじょうめ」か「まんぎめ」と思っていたら「まきめ まなぶ」だったんですね。人の名前は難しい。

この人で間違いなく読んだ記憶のあるのは「偉大なる、しゅららぼん」ですか。「鹿男あをによし」はちょっと自信がない。どっちもかなり手の込んだ、しかし一見すると能天気なアホ小説です。けっこう笑えて好きなタイプ。

で、タイトルで「?」と感じたあなたは正しい。中島敦の悟浄歎異へのオマージュとでもいうんでしょうか、中島敦が若死にすることなく、そのまま書き続けたらどんな内容になっただろうか。

先の見えない西域の道。孫悟空を先頭に例の一行がとぼとぼ旅をする。沙悟浄はもちろんいちばん最後です。常に最後を歩く男。積極性を持たない男。歩きながら沙悟浄はいろいろに思索します。頭の中だけは活発なのです。

うん、悟空は単純である。悟空は強い。あいつに関しては理解できる。しかしだ、あの太った豚。食い物と女のことしか考えていない猪八戒。どうしてあんなにバカなんだ。あいつが天界にあっては水軍を指揮して名将といわれた天蓬元帥だったというのは本当か。似合わない。信じられない。嘘だ。しかし・・・。

ま、そんなふうに進むお話です。なかなか面白かったです。

この短編集にはこの他、趙雲、虞美人、荊軻(と同じ名をもつ男)、司馬遷(の娘)など登場します。趙雲は三国志の豪傑です。荊軻は例の壮士ですね。ま、それぞれそれなりに良い内容でした。万城目学って、かなり真面目な作家なんですね、きっと。


★★★★ 白水社
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著者は台湾のベストセラー作家のようです。単なる小説家ではなく、政府に招致されて事仕事をしたり大学で教えたり、文化評論家的な面も強いのかな(かんぜんな想像です)。そんな成功した有名作家が、市井の一個人として自分の父や母を語り、子どもたちを語る。台湾でもよく売れた本のようです。

内容は「家族を見つめる」「香港から見た風」「父を見送る」。両親は中国本土から台湾へ逃げてきたいわゆる外省人。台中あたりで苦労して暮しをたて、兄弟はそれぞれ医師になり、商人になり、著者は作家となってドイツ人と結婚して息子を二人得る。台北近くの桃園に家を構え、時に応じてドイツへ行ったり、香港で暮らしたり。

そして、オシャレ好きで元気だった母がどんどん老いる。背筋をしゃんと伸ばした誇り高い父が老い、力をなくして幼児のように衰えていく。最後は本土の故郷に埋葬される。

なんというか、非常に良質のエッセーとでもいうべきでしょうか。一語々々が暖かいです。こうした親との関係、その裏返しである子どもたちとの関係は、洋の東西を問わない。日本の家族の話といってもまったく違和感がない。たのしく読めた一冊でした。


★★ 河出書房新社
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昆虫なんてたいして好きでもないんですが、なかなかこのテのものを読む機会もないので、つい魔がさしました。

そもそも「昆虫」と称していますが、正しくは「節足動物」ですね。で、付け焼き刃の知識によると、この大きな節足動物グループの中に甲殻類(エビやカニ)、クモ形類(クモとかダニ)、そして全動物の4分の3を占めるといわれる昆虫類が含まれる。昆虫ってのは要するに頭・胸・腹に体節がわかれていて、変態とか脱皮とかする連中ですわな。いわゆるムシ。

いろいろ熱を込めて書かれていますが、正直いって読み通すのが大変でした。そしてわかったのは

・人間である研究者は、どうしても哺乳類中心の史観から抜けられない
・だから貧弱な肺魚がヨロヨロと陸にあがったことを大イベントと考える。それがどうした
・曇りない目の昆虫学者からすれば、たとえばジュラ紀とか白亜紀なんかは「昆虫の世紀」と称してもいいんじゃないか
・昆虫が繁栄したから大型動物も栄えた。昆虫がいたから被子植物の巨大な森もできあがった。巨大な森の昆虫をたべて動物たちは繁栄した。哺乳類の先祖とされる肺魚だって、陸にあがって間違いなく昆虫をたべていた

とにかく数が多くて世代交代が早い。繁栄した期間も長い。次から次へと新しい戦略を考え出して、変態をしたり、絹糸を吐き出したり、狩りをしたり、すばやくタマゴをイモムシに産みつけたり、空を飛んだり。すごいです。

ま、地球上でもっともはびこった(もちろん今でも)動物が昆虫です。まず昆虫ありき。巨大な恐竜も、たぶん虫に食われて苦労していたんじゃないか。これから宇宙船にのってアンドロメダへ行っても、新型のヒューマノイドに出会う確率は非常に低いけど、ひょっとしたら新種の昆虫世界にならでくわすかもしれない。

ま、そういうことのようです。昆虫バンザイ!


★★★ 春秋社
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国家とは何かの本質をるる述べた近現代解説書です。

タイトルに「18歳から考える」と枕詞が付いているけど、意味は不明。まさか本当に18歳がこんな本を読むと想定してるんじゃなんだろうな。無理無理。

ま、ともかく。松岡正剛という人、たまに千夜一夜とかいう書評サイトに迷い込んでしまうこともあるんで、名前は知っています。頭脳明晰にして博学。論理的にモノを考えられる人でしょうね、きっと。

その割りには、なんか意味不明な「編集」とかいう概念ですべからく説明するのでワケがわからなくなる。「編集工学」ですって。へんな言葉を使わなければいいのに、どうもコケ脅しの匂いを感じてしまうわけです。そうそう。これも同じような匂いのある評論家(だろうな)の山形浩生が、どこかで松岡正剛をクサしていた。ケインズを読んだことないのかとか。勝手に戦いなさい。山形浩生ってのも、いかにも頭の切れる人ふうです。

などなど。文句書いてますが、読みやすい良書と思います。啓蒙書とでもいうべきなのかな。論旨は明快。イギリスが悪だとか、日本は植民地だとか、戦争は勝たなければクソだとか、書かれていることには(哲学関連部分以外は)全面同意。

18歳以上で政治や歴史に関心のある青少年なら、ぜひとも一読をすすめます。少し鼻につく部分もありますが、そこはスッ飛ばしてください。


★★★日経BP社
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小田嶋隆の名を見かけるといまだに反射的に「お、頑張れよ」と言いたくなってしまう。ま、まともに考えて世の中を無事に渡っていける人とは思っていなかったからです。

人間、正直に生きろよとかいいますが、正直すぎたら生きていけない。小田嶋隆ってのはそのギリギリの部分をえぐろうとする。危険水域。「我が心はICにあらず」が初期の代表作ですね。

だいぶ以前、アルコール依存になったと聞いて、さもありなんと思いました。その後発見したブログでは、イグアナかなんかを仕事場の風呂場で飼って、ときどき散歩に連れ出す。広場を恐れ、ごつい顔のイグアナが震えているとか書いていました。まだ奥さんがいるのかどうかも知りません。先日は自転車からスッ転んで大腿骨を折ったらしい。

で、この「超・反知性主義入門」は最新作のようです。中身は、ま、いつものオダジマ節。この人、トシくってからだんだん論理的に書くようになってしまったなあ。順を追って論理的に書かないとアホ連中の批判がすごいからだろうか。ちょっと物足りない。


★★ホーム社
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なんで政治家が自信たっぷりなのか、マスコミがだらしなくて記事も番組も面白くないのか。そのへんをイケガミ先生が鋭く・・・・というほどでないか。

だいたい想像通りの内容です。忖度するばっかりでひたすら安全運転のマスコミ。それをいいことに好き勝手やってる政治家。コロコロ騙されている国民愚民。この困った構図をどうしたらいいのか。

政治家が悪いのは古今東西当たり前のことなんで、すると原因はマスコミですね。マスコミ、お前だぞ。もちろんイケガミ先生もその一員なんですが、それにしてもどんどん悪化している・・・らしい。


★★★ 河出書房新社
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この作家で読んだのは「父を想う」「愉楽」の2冊だけだったかな。「父を想う」はけっこうストレートな感動ものでした。「愉楽」のほうはなんというか難しい。

その難しいほうの系譜を本人は「神実主義」と称しているようです。荒唐無稽のようだけど、中国ならなんでも起きる。すべてが真実。「市長に任命す」というめでたい証書を振りかざせば天地が言祝ぎ、枯木に花が咲く。芳しい風が吹き、緑がぐんぐん成長する。

改革開放と期を同じくして放免された老父が帰宅して4人の子どもに命令。四つ辻からそれぞれ4つの方向に歩き、最初に出会ったものを大切にせよ。で、長男はチョークを拾って教師になり、次男は印鑑を拾って政治家に、三男は行軍に出会って軍人に、4男はなぜか猫。そして一家のライバルである家の娘は、仇敵一家のその次男に出会ってしまう。

次男は万元戸になり、村長に選出。そして村長が鎮長に出世するとなぜか役所の秘書嬢は上着のボタンを外す。スカートを脱いでソファに横たわる。花瓶の枯れ花が匂いだす。市長命令を出せば天も感じて雪も降る。勲章かざした軍隊が堂々と行進すれば、進軍の後には見事な滑走路ができあがる。

ま、要するに河南省の小さな村がどんどん大きくなり、四人兄弟の次男である野心に燃えた若い村長はぐんぐん出世し、鎮は県になり、市になり、上海や広州のような特別市にまで発展する。果てしない欲望と野望のストーリー。誰も幸せにならない。ま、そういうことです。

傑作とは思いませんが、行間のエネルギーはすごい。中国作家ってのは、そもそもの覚悟が違うんだなあ・・と心の底から思います。


★★★ 文藝春秋
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以前読んだ「真珠湾からミッドウェイまで」の続編です。

ミッドウェイ作戦は暗号が解読されていて、南雲機動部隊が罠にすっぽり嵌まってしまった。それは有名ですが、その暗号解読チームというのがハリウッド映画のハッカー集団みたいな連中で、べらぼーに品がない。おまけに「次はミッドウェーだ」と言い張ったけど、さして根拠のある分析ともいえなかった。ミッドウェーという結論にも導けたし、そうではないと言い張ることもできた。ま、その程度のものだったと著者は書いています。ハッタリ要素が強く、いかにもアメリカ。

ともあれ日本海軍はミッドウェー戦で虎の子の空母を4隻失う。これで早期講和の目論見が完全に消えたわけで、以後の山本長官が何を考えていたのか不明。きちんと礼服を着てひたすら出陣を見送りしている姿が見受けられたとか。それぐらいしかすることがなかったのかな。

というのが前編でした。そして後編の本書はガダルカナルから始まります。

ガダルカナル、もちろん漠然とは知っていました。じつは田舎の生家の蔵の中に叔父たちの遺影がしまってあった。一般的なサイズかどうか知りませんが、かなり大きな額に入っています。高さが60cmか70cmくらいはあった記憶があります。修正も入っていたんでしょうが、生真面目そうな綺麗な写真でした。2枚あって一人はガダルカナル、もう一人は中支だったか北支だったの没。

(関係ない話ですが、使用の仮名漢字変換ソフトでは、中支も北支も出てきません。それより何より「支那」も候補にあがらない。候補にのらないってことは、使うべからずなんですかね。「中国を使いましょう」ということと「支那は使えません」では、ちょっと趣旨性格が異なります。文句たれたれだとまるでシンタロみたいだけど、気分は理解できる)

それはともかく。なぜガダルカナルだったのか。乱暴にいうと米海軍トップであるキング提督の反攻作戦「ウォッチタワー作戦」のカナメになったのがガダルカナルだった。もちろんキングの天敵であるマッカーサーは大反対したみたいですが。マッカーサーってのは、自分が主役でフィリピンに凱旋するんでない限り必ず反対する。

ザッというと日本がニューギニアのポートモレスビー侵攻にてこずっているのを見て、ソロモン諸島ガダルカナル(ちょうど日本軍が飛行場建設していた)にクサビを打ち込もうという作戦です。ここに拠点をつくれば米国と豪州の連絡路が確保できる。またここを扇のカナメにしてラバウルにも行けるし(行かなかったけど)、いかようにも北西方向へ展開可能。

米海兵師団が主役になったのはこれが最初かな。上陸艇でいっきに乗り上げた。それに対して日本側はどうも過少視していたようで、陸軍を増援したけど一気にではなくて少しずつ少しずつ。また遠くラバウルから連日編隊が飛来しては爆撃、日本の艦隊も駆けつけて何回もドンパチ海戦やるんだけど、どうもうまくいかない。

実は最初のうち、米海兵隊もかなり苦労したようです。しかし日本軍はもっと苦労した。たとえ同じ消耗苦労であっても、日本側の情勢はだんだん悪化する。米軍はと少しずつ改善される。この違いがだんだん大きくなるんですね。ジャングルに逃げ込んだ兵隊に食うものを届けようと日本の輸送船団が頑張ったけど、これもべらぼうに効率が悪くて、最後のほうでは食料入れたタルを縄でつないで夜中に海に投入して逃げるしかない状況。悪いけどこれを回収してくれ!(もちろん泳いで回収)です。

無残ですが責めるわけにはいかない。日本の輸送船なんて次々バタバタ沈められる状況だったわけです。ちょっと島の近くに長居しているとたちまち空から襲撃をくらう。海中からも魚雷をくらう。

日本の潜水艦も頑張ったけど、彼らは米軍の巡洋艦や駆逐艦をつぶすことにやっきになっていたんで、輸送船なんてほとんど無視していた。それに対して米軍の潜水艦はせっせと日本の輸送船を狙った。とくに油送船は絶好の獲物。こうやって日がすぎると、日本軍は飢える。物資燃料に欠乏する。おまけに無敵だったはずの航空機の優越性がいつのまにかなくなっていて、ラバウルから飛来したゼロ戦も簡単に火を噴くようになっている。特にグラマンヘルキャットが一線に投入されるようになってから、ゼロ戦の消耗率が一気に増した。

いろいろありますが、ガダルカナルを失ってからの状況は悪化の一途だったようです。ソロモン諸島の次はギルバート諸島タラワ、マーシャル諸島、そしてトラック、サイパン。あらためて確認してみたらサイパンのすぐ南がテニアン、そしてグアムと3島はつながっているんですね。テニアンはB-29の発進基地です。そしてこの群島の北というともう硫黄島になってしまう。玄関口。

北太平洋の戦いになると、もう日本の航空機は悲惨です。機体もないし、なにより搭乗者がいない。粗製濫造で一回も機銃掃射の訓練をしたことがないまま実戦投入のパイロットがたくさんいた。空母への着艦失敗で墜落する連中も多かったし、ようやく投入されはじめた新鋭機体は未熟練操縦士にとっては過大性能で、操縦ミスが多発した。

連合艦隊はまだ最後の艦隊決戦を夢想していたようですが、哀しいことにこれまで輸送を軽視したツケがまわって、肝心の燃料がない。大和も武蔵も、めったに動けないという状況になってしまった。

感じたことをいいかげんにメモすると
・米軍も陸海軍、提督将軍間のアツレキや競争は多かった。日本と同じようなもの
どちらにも勘違いや失敗はあったが、米軍のほうがまだしも柔軟性があり、なんとか修正に成功した。
どちらも損失は大きかったが、米軍は補ってなお余力があり、日本軍は補うことができなかった。つまり消耗戦モードになったらオシマイ。
日本軍の補給軽視の伝統。日本輸送船団は米潜水艦の目標となり、末期には原油輸送ゼロという事態。
日本の人命軽視の伝統。防護の弱い航空機は簡単に火を噴き、しかも操縦士の回収率が低い。また火のついた軍艦は消火が困難でたやすく沈没
・初期のパイロットは少数精鋭にしすぎた。この精鋭がいなくなると補充が困難で一気にレベルダウン(劣化しすぎ)。要するに操縦士育成の長期的展望がなかった。

ということで、読み終えると哀しいものがあります。


★★★ 文藝春秋
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高島俊男といえば「お言葉ですが」のシリーズで知られる、非常に達者で明晰で面白くて困った人です。惜しむらく金を稼ぐ才能だけはない。たぶん。

ま、そんな高島センセが「ぼくの好きな文章家・・・」というんだから、読まないわけにはいきません。

10人とは新井白石、本居宣長、森鴎外、内藤湖南、夏目漱石、幸田露伴、津田左右吉、柳田國男、寺田寅彦、斎藤茂吉。いい顔ぶれです。

内藤湖南と津田左右吉に関してはほとんど知識がなかったので、ひたすらヘェー!という内容でした。もちろん新井白石、本居宣長もよくはは知らない。宣長は根幹の一点だけをのぞけばなかなか合理的で話の分かる人だったとか。白石は超天才で超自慢コキだったとか。

さしたるページ数もない新書なので、読み終えるのが惜しかったです。


★★★ 岩波文庫
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4冊を借り出して、そのうち2冊しか読めず。ようやく全12冊の半分。まだ先が長いし、このへんで一休みにします。そのうちまた気力もたまるでしょう。

岩波文庫で巻6の最後は第60話です。宮中の服喪があって屋敷の主だった連中がみんな不在になる。召使たちは鬼のいぬ間と大喜びで、手抜きのし放題かつ問題多発。そこでお嬢様やら食うにゃん 姑娘たちが大活躍する・・・というようなあたりです。

侍女というか、お嬢様近くに仕えている内女中、これがもう少し格下の召使たちからは「姑娘」と呼称されているんですね。クーニャン。ちょっと日本語にしにくい言葉です。ただしこうした召使、みんな元々は奴隷身分らしい。たいてい子どもの頃に金で買われて奉公している。

しかし大きなお屋敷勤めで、主人から信用されているような侍女になると、かなり権威がある。収入もあって、かなり派手に着飾っている。また「ばあや」と訳されている下働きの女中たちをこき使っている様がうかがえます。そんなふうに当時の社会風俗とか仕組みがわかるのもこの小説の楽しさですね。


★★★ 岩波書店
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興膳宏という人、中国文学者ですか。その世界では有名な人らしい。泰斗。こうぜんひろし。文章は達者で、ほのかな香気があります。

ま、そうした大先生の書いたエッセー集なんですね。主に荘子と杜甫の話

荘子という人、「蝴蝶の夢」とか「轍鮒の急」とか、馴染みの逸話も多々ありますが、著書の中で大胆に孔子をアホあつかいしているので有名らしい。もちろん中国では孔子を叩くのはタブー感覚で、時代によっては酷い目にもあう。したがって正面切って孔子を批判しているのはこの荘子くらいしかいないらしいです。

杜甫については、実はユーモア感覚のある詩人だったんだよォと強調しています。ちょっとバージョンは違うものの、人麻呂のような部分もあるのかな。出世もできず、いろいろ辛い境遇だったけど、晩年の数年だけは少し落ち着いて、奥さんや子どもとの生活も楽しんだらしい。

ま、特筆するような内容でもないし、タイトルは(岩波らしくなく)ちょっと品がないですが、読後感はまずまず。荘子とか杜甫ってのはこんな人だったんだ・・という入門書でしょう。


★★ 草思社
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副題は「人間という動物の進化と未来」。確かではないですが大昔に書いた「人間はどこまでチンパンジーか?」という本を、後になって足したり削ったり再編成したもののようです。どうりで。

ま、人類がどうやって進化したか、なぜ進化したか・・をいろんな角度から書いています。それぞれ、それなりには面白いですが、陳腐というか新事実がない。したがって感動がないです。

ジャレド・ダイアモンドでも、力が入っていないとこんなもんですよ・・という見本でしょうね。データにもけっこう勘違いやら思い込みがあるし。というより、この人「銃・病原菌・鉄」の他にまともな本があるんだろうか。ん、「文明崩壊」はまずまずだったかな。


★★★ 岩波文庫
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読めるかどうか不安でしたが、なんとか文庫全12冊の4巻まで終えました。すごく面白いというほどではないですが、もう飽きた・・でもない。やはり続く巻も借り出してみますか。

時代は清朝の中期。たぶん乾隆帝の頃でしょう。場所は北京とも南京とも不明で、あいまいになっています。ま、さしさわりの問題。

主人公の宝玉は名門貴族の御曹司で、おそらくまだ12~13歳なんですが、軟弱な坊ちゃんです。小説読んだり詩をつくったりはするけど受験勉強は大嫌い。根っから女の子たちが大好きで、きれいな着物を着たり装身具に凝ったり、小奇麗な女中にまとわりついて口紅を食べたり。それでも可愛いから許されている。

お屋敷の形式的な実権者であるご隠居婆ちゃまは孫を猫っ可愛がりに甘やかしている。しかしさすがに父親は厳しいので、なるべく寄りつかないようにしているわけです。(儒教の中国、親の権威はすごい。場合によっては死ぬほど笞で殴られる)

ま、そういうお屋敷にいろいろ理由があって12人の美人(といっても大部分はローティーン)がうろうろしている。寄ってたかって遊んだり食べたり詩をつくったり花をむしったり、毎日をぷらぷら暮らしているわけで、ま、ひたすらそうした描写で全編が埋められている雰囲気です。そうそう。ここに多数の侍女や女中たちも絡んでいつも笑いさざめいています。幹部クラスの侍女は給金が銀子一両。粗末扱いの親戚には月額銀子二両とか三両。実はこんな細部がけっこう面白いです。大きな出費をする場合にはきちんと割符に書き込んで、それを表の経理部に提出して出金してもらうとか。

いまのところ、とくに深刻な事件は起きていません。可愛い少女とたわいなくケンカをしたり仲直りしたりしている程度。そうですね、源氏物語から深刻な恋愛を抜いたようなもんでしょうか。源氏なら歌のやり取りですが、こっちでは何かというと五言とか七言とか詩が披露されます。このあたり味わいがこの本の神髄なんでしょうね。

訳者の松枝茂夫という人が柔らかく砕いているので、全体にけっこうすんなり読めます。ちょっと卑俗な印象の言葉も交わされますが、ま、そんな感じなのでしょう、きっと。

いまのところ、当方の贔屓は「王熙鳳」です。口八丁手八丁で気の強い若奥様。屋敷の内向きを切り回している。惜しいかな、ちょっと品はない。でもこういう人がいないとうまく運営できないです。このお屋敷、栄華をほこっていますが、内実はかなりボロボロになりかかっているようで、きっとそのへんが中盤後半になると露呈するんでしょうね、きっと。


★★ PHP研究所
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書名は知っていましたが、実際に読むのは初めて。維新後、長岡藩の家老の娘が、結婚を機に米国へ渡り、受洗し、子供を産んで育てる。亭主が死んでいったんは帰国するものの、いろいろあってまた再渡米。おそらく友人に勧められて本を書く。ベストセラーになったそうです。

なるほど。きれいな文章で故国のこと、父のこと、文明開化のこと、米国文化と日本文化の衝突や比較などなど。米国人が喜んだ理由は理解できますが、要するにエキゾチズムを満足させただけでしょうね。内容はさして深みもなく、あまり感心しませんでした。

いかにも欧米人が想像する「東洋の心」「不思議な日本」「サムライ」「切腹」が満載です。喜ばれそうなことばっかり書いている。違いはありますが例の「王様と私」的な覗き見趣味の視点。

詳細は知りませんが、友人のアドバイスや添削もあった様子です。売るためにちょっと迎合、あるいは遠慮した印象。

読んで損はしませんでしたが、ま、そういう本でした。ちなみに「悪意の人」はまったく登場しません。みんな善人で理解にあふれて優しい。


★ 青志社
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著者は政治秘書かなんかの経験者、たぶん。だから政治家がどう考え、どう動くかについては自信をもっているのでしょう、たぶん。

「田中角栄の青春」だなんて、ずいぶんダサいタイトルで、通常は借りない本なんですが、実は以前から角栄の若いころについては関心がありました。田舎から出てきた高等小学校卒の青年がどうして若くして材木工場だったか建設会社だったかの経営者になれたのか。その最初のステップを書いたものを読んだことがない。

成功した企業家とか経営者とか、一念発起してから数年の間、ひたすら苦労というストーリーがよくあります。製品を試作してみたけどまったく売れなかった。しかし苦節3年、ついに売れ始めた・・・とか。

その3年間、どうやって凌いだのか。どうやって資本を繋いだのか。奥さんが働いたのか、誰かが資金を貸してくれたのか。泥棒したのか。このへんがモゴモゴあいまいなケースがほとんどですね。そして功成り名を遂げた社長は、そんな昔の話をけっしてしない。

で、田中角栄。いままでいろんな説を読みましたが、いちばん面白かったのは「日中国交回復日記」の王泰平の説。あくまで「噂話」という前置きだったと思いますが、ようするに角栄は木材だか建設だかの会社に採用された。若いけれども非常に優秀でやり手。やがて会社の社長が出征することになり「留守のあいだ、すべてお前にまかせる。よろしく頼む」と言い置いた。

二つ返事で引き受けた角栄青年は会社をしっかり切り回し、ついでに社長の奥さんまで切り回してしまった。やがて戦地から戻ってきた社長はあきれ返って、こうなったら会社も女房もお前にくれてやる!と身を引いた。奥さん、家付き娘だったのかな。それなら話が通ります。以上、非常に面白い説でした。(ただしこれを北京日報記者の王泰平は周恩来に報告した可能性もあり、信用していたかもしれない)

とかなんとか、雑談でした。そうそう。この「田中角栄の青春」での筋書きは平凡で、当時から強大な力をもっていた理研にすり寄ってコネを作り、そこから軍の仕事を請け負って莫大な利益を出した。そして敗戦のドサクサを上手に切り抜けて資金を確保。そして巨額を貢いで公認を受け、立候補もさせてもらう。ま、そんなふうな話でした。精力的で非常な運にも恵まれた中小企業主の出世物語でしかありません。

角栄本人も「運」を信奉していたらしいですね。人間、60%は運次第。いやいや90%かもしれない。

★★★ 講談社文庫
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何回目かな。最近は通して読んだ記憶がないのでけっこう間があいたのかもしれないです。全5冊。

この文庫は新庄嘉章訳。高校の頃に読んだのはたぶん山内義雄訳でしょう。新庄訳はかなりこなれています。実を言うと初めて読んだのはたぶん小学6年か中学1年か、家の袋戸棚から引っ張りだした黒岩涙香訳。訳というか翻案というか、要するに「岩窟王」です。読めない漢字ばっかりでしたが、ルビがついていたのでなんとかなった。ただしナポレオンの「奈翁」はずーっと「なおれん」と勘違いしていた。ルビが小さかったのかな。

ふと思い出しましたが、たしか「後の岩窟王」という続編もあった。悪の権化ダングラールがしぶとく復活して、落ちぶれたダングラール夫人がなぜかメルセデスに嫉妬して(自分だけ上品ぶってて嫌いよ、殺してやる!)、アルベールはアルジェリアで拳銃片手に大活劇。子供心にもひどい筋だなあと思いました。確信はありませんが、たぶんこれも黒岩涙香でしょう。涙香、達者な人ですがさすがに作家としては二流だった。

おそらく10回以上は読んでいるので話の展開はだいたい覚えていますが、意外だったのは最後のダングラール監禁絶食イベント、好きだった部分ですが思ったより枚数が少ない。もっとじっくり描かれていると思った。

そうそう。細かいことですがやはり最後の最後、モンテクリスト島に上陸する傷心のマクシミリアンが、周囲の静止もきかず舟から波打ち際に飛び下りる。腰まで濡れた。こりゃ大変、着替えなくちゃとか伯爵が言ったものの、その後に履き替えた様子はない。濡れたままでソファに腰掛けて毒を飲んだことになります。デュマがコロッと忘れたんでしょう。デュマという人、細かいことはかなりいい加減です。

今回、初めてフェルナン裏切りのキーワード「ジャニナ」を調べました。ギリシャのどこかだろうとは分かりますが、いったいどのへんか見当もつかなかった。えーと、現代では「ヨアニナ」とか「イオアニナ」とか称する場所らしいです。ギリシャ北西部、アルバニアに近くて、ちゃんと湖もある。で、エデの父親のアリ・パシャ(アリ・テブラン)も実在の王で、ギリシャ北西部からアルバニアのあたりに勢力をもっていた。

詳細はわかりませんが、たぶんオスマントルコの支配下だったのに、だんだん独立の気配を見せてきた。で、トルコが我慢の限界になってアリ・パシャを暗殺。ギリシャ独立戦争の経緯の中ではけっこうおおきな出来事だったようです。そもそもアリ・パシャはアルバニア人領主だったという話もありますが、そうすると「ギリシャの姫エデ」もアルバニア王女になってしまう。ちょっと雰囲気が違いますね。(エデのスペルを調べたら、最初に発音しないHが付き、アルプス少女のハイジと同じ系統でした。王女ハイジ)

ちなみにこのギリシャ独立戦争とか第一次大戦のあたり、逆にトルコ側から見るとまた面白い。以前、やたら分厚いケマル・パシャの伝記(トルコ人作家の書いたもの)を読んだことがあり、こっち側からするとギリシャってのは困った連中扱いです。弱いくせにやたら反抗する。もちろん西欧視点では「気高い民族がオスマンの圧政に抵抗」というストーリーになります。ま、いろいろ。

数年前「モンテクリスト伯の資産」というエントリーをアップしたことがありますが、今回読み通してもお金の価値があいまいですね。やけに多いこともあるし、少ないこともある。しがない腕木通信の信号手の給料が確か1000フラン。もし1フラン=1000円なら1000フランは100万円。小さな住まい付きとはいえ100万円は少し安すぎる。

で、伯爵が買収に使った額がたしか2万5000フラン、そのうち5000フランで土地付きの家を買い、残りの2万フランで年1000フランの金利と提案しています。つまり1フラン1000円なら、土地と家が500万円、2000万円を預金して金利が年100万円。

庶民の暮しのレベルと、貴族たちが奢侈品に使うものの価格はまったく別物と考えたほうがいいのかもしれません(ダングラールが最後に残してもらったのは5万フラン。5000万円です)。こうした物価の推測、非常に難しいです。

(よく江戸時代の物価例としてソバが十六文とかいいますが、当時の外食はそこそこの贅沢だったかもしれない。現代の立ち食いソバ300円から類推すると大きく食い違ってしまう可能性がある。難しいです)


★★★★ 河出書房新社
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閻連科は「愉楽」の人です。マジック・リアリズムとか称されて、たぶん悪くはない小説なんでしょうが、個人的にはあまり合わなかった。

で、この「父を想う」はタイトル通りで亡き父や伯父、叔父たちについて書いたもの。回想といってもいいかもしれません。前書きによると、叔父の葬式で帰ったとき姪から「連科兄さんはいっぱい本を書いてるけど、私たちのことを書いたことはないわよね。みんな亡くなって迷惑かけることもないし、書いてみたら」と言われた。

確かにそうだ。父は早くに亡くなった。伯父は不自由な体にはなったが長生きした。そして叔父もまた亡くなった。父の兄弟はみんないなくなってしまった。はてしない忍耐の人生。生きること、労働、尊厳、死。いろいろ考えます。気負わず、書き残しておくことも必要なのではないか・・。


飾ることなく、生き抜く農民の暮しを描いた、いい本です。とくにドラマチックなことは起きませんが、余韻が深く残ります。

考えてみると、これ、農民の人生なんですよね。いままで読んだ賈平凹(老生)とか余華(血を売る男兄弟)などなどの場合、舞台は農村のようですが、実は違う。農民たちが集まるような小さな町の話でした。だから登場人物も町工場に勤めていたり、小売り店だったり食堂だったりしている。純粋な農民とは、やはり少し違う。つい似たようなものと思ってしまいますが、実際にはかなり違う。

地面に這いつくばった惨めな農民の生活を描いたのは、この閻連科と莫言くらいでしょうか。

新生中国、農民は貧しいです。飢餓の3年をなんとか生き延び、朝から夜まで身を粉にして暮らしている農民にとって、中央のことなんてまったく関係ない。生きることだけで精一杯。ある日とつぜんお役所から「大学入試ができるようになった」とか「張、姚、江、王の四人組が・・」と知らされても、何のことか見当もつかない。

家が貧しいため著者は高校中退ですが、ある日突然受験できる知らせを受けた。入試といっても毛沢東を褒めたたえる作文を延々と書くんですが、うっかり志望を「北京大学」にしてしまいます。さすがに北京大学は難関。あえなく失敗。しかし他の大学の名前なんてまったく知らないので仕方ない。

父も伯父も子供たちが結婚できるようにするため、必死に働きます。娘には嫁入り支度を整えてやる。息子には新居として住める瓦屋根の家を建てる。それをなし遂げることが男としての誇りです。その義務を果たしたら、もう終わり。ようやくホッとして余生を過ごす。

そうそう。文革期の下放についても書いています。都会から知識人たちが農村へやってくる。やることもなく(まともな仕事ができるわけがない)プラプラしてタバコを吸っている。お達しであちこちの農家で食事をとることになっていて、夕食を分担した家では貴重な小麦粉を使った食事をふるまう。ふだんはサツマイモの麺を食べているような農家にとって小麦粉は貴重品。全員が食べる量なんてあるわけないので、食事時になると子供たちは追い払われる。お腹をすかし、たぶん食い入るような目で母親の作る小麦粉のセンベイとか麺とかのご馳走を見つめていたんでしょう。

この食事、一応は少額のお金を払ってもらえたようです。ただし、まったく足りない額。たまりかねて農民たちはクレームをつけたらしい。これ以上続くとみんな飢え死にする。

著者は高校へ進学します。しかし一軒の家からは一人だけしか行けない規則。一人だけと知らされて顔を見合せ凍りつく自分と姉。このへんの描写は泣けます。姉は辞退を決断します。

しかしせっかく行けた高校も、中途退学するしかない。少しでも現金収入を得るために肉体労働を始めます。16時間労働で、家にも帰らず現場で8時間休む。涙が出るほどきつい。苦しい。ああ、村から出ていきたい。都会へ行きたい。もっと人間らしい生活がしたい。こちら側の世界からあちら側へ。そして著者は人民軍へ志願することを決断。これは惨めな田舎からの脱走です。

貧しさから逃げ出して軍に入り、それからどうやって成功したかは描かれていません。やがて結婚した奥さんは都会の人だったようです。死の近づいた伯父は自分の葬儀をことこまかに指示します。そして「お前には一つだけお願いがある。葬式には必ず帰ってきてほしい。しかし奥さんは都会の人だし・・」と言うと「嫌がるようなら離婚します」と断言。それを聞いた病人は嬉しそうに笑います。

そうやって、老人たちは一生を終えた。著者は「尊厳ある死」と考えます。



★★★ 新潮社
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ローマ、十字軍、地中海、フリードリッヒ二世・・と来て、これから何を書くのかと思っていた塩野七生、案の定というか、ギリシャシリーズになりました。ま、順当でしょうね。

全3巻の予定だそうです。で、巻1は「民主政のはじまり」。

えーと、古代ギリシャについて何を知っているかというと・・・たいして知らないなあ。アテネとスパルタのこと。議論が大好きで集団行動が苦手なこと。妙に人間臭い神話体系を持っていたこと。アテネとスパルタがぞれぞれ栄えて同盟を作ったこと。で、マケドニアのフィリッポスに負けて覇権を握られたこと。

教科書みたいに「北からドーリア人が南下し、イオニア人たちが・・」なんて記述がなくてホッとしました。そもそもギャシャ人とは「ギリシャの神々を信仰し、ギャシャ語を話す人々」なんだそうで、どうして住む地域も違うドーリア人とかイオニア人とかが同じ文化を共有したのか、そのへんからして疑問です。単に「東北人」「九州人」程度の違いだったんだろうか。

そんな昔のことはナシにして、まずスパルタの話から始まります。少数のドーリア人が多数の先住民を押さえつけなければならなかったため、社会制度を思い切って厳格にした。リュクルゴスという人がみーんな決めてルールを作ってしまった。そのルールが非常に厳格かつ硬直な形で守られてきたのがスパルタ。ほとんどマゾで重装歩兵である市民といえどもべらぼうに貧しかった。連中が日常的に食べていた肉と野菜のスープがいかに酷い味であったか。ほんと、不味そうです。

そうそう。戦争にでかける際、多くのポリスでは戦士1人に対して従者も1人というのが一般的だったそうです。しかしスパルタだけは従者(および奴隷) が7人もいた。戦士(市民)がいかにエリートだったか。いまのオリンピック選手みたいですね。べらぼうに強かったけど、その代わり数は少なかった。

しかし、このへんのスパルタのことはスティーヴン・ブレスフィールド「炎の門」 を読んだほうがわかりやすいです。ストーリーはどうでもいいですが、スパルタ人の思考回路とか生活ぶりを知るのには最適。いかにしてスパルタ人は戦士になるのか。

で、対照的なアテナイは前6世紀初頭のソロンから話が始まります。ややこしかったですが、簡単にいうと貴族階級と平民階級の間の垣根をとっぱい、対立を緩和した。かなり強引な政策ですが、巧妙にガラガラポン改革を進め、それぞれの資産に応じて、ある程度公平な参政権を保障したようです。結果的に「市民」「中産階級」が増えたんでしょうか。

で、ペルシャのダレイオス一世(が派遣した将軍)が攻めてくるわけですが、アテナイが中心になってマラトンでこれをくい止める。スパルタはどうしたんだと思いますが、例によってゴタゴタして、戦場に遅刻した

スパルタってのは伝統的に「戦うぞ」と決まると電光石火、しかしその前段階、とにかく物事を決めるのに時間がかかることで有名だったそうです。おまけにポリスを出て外で戦うことにはあまり関心がなかった。スパルタ・モンロー主義ですね。急に「全ギャシャのために戦え」と言われたって、あまりピンとこない。

だからなんでしょうね、次回のペルシャ戦役、例のテルモピュライでも300の戦士しか派遣しなかった。「炎の門」なんかの解釈では、この300人が全滅することも予測していたようです。だから既婚者でかつ後継者のいる男しか選ばれなかった。それなのになんで300人を派遣したかというと、たぶんメンツの問題でしょう。またスパルタがサボった、と言われないように、あえて少数に死んでもらった。

塩野さんはスパルタの政治体制にえらくお怒りのようです。王が二人いるんですが、これは特殊な家系出身でエリート教育をほどこされている。軍事行動の際に指揮するのが仕事で、通常はなにも権威を持っていません。では誰が国政を握っているかというと、市民(つまり軍人)から選ばれた5人会議。子供の頃から戦士として集団生活している連中なんで、政治的な観点なんか持てるはずがない。みんなコチコチのリュクルゴス信徒。超保守派。いってみれば「政治素人」です。これがスパルタの問題点だった。

で、アテナイですが、ソロンが平民層・中産階級を保護したあと、クレイステネスが民主制の基盤をつくりあげ、ついでに陶片追放なんてものも考え出した。そしてその後に登場したのがテミストクレス。非常に有能。そして専制をふるった。愚民の意見なんか無視する。有力な政敵は陰謀をめぐらして陶片追放させる。もちろん自分は上手にたちまわって追放にあわないように策動する(それでも最終的には追放された)。

本人としてはアホの言うことなんかに耳を傾けていたらペルシャに征服されてしまう。なにがなんでも強権ふるって自分の思うようにするんだ、ということでしょう。海軍を強化したり、海港を作ったり。要するにテミストクレスってのは、実質的に独裁者です。アテナイは民主的だったから戦争に勝てたわけではなく、民主的な基盤でポリスを豊かにし、それを有能な独裁者が指揮することでペルシャを退けた

そうそう。サラミス海戦の後の陸上決戦でペリシャ軍を撃破したスパルタの王も、自己顕示の傾向があるというので(スパルタの伝統に反する)保守的な5人内閣に嫌われて逃げる。この騒ぎに巻き込まれたテミストクレスもついにギリシャを捨ててペルシャへ亡命。厚遇されたようです。けっして愛国一点張りの人間ではなく、かなりしっかりもの。

ま、そういうことのようです。巻IIはペリクレスのようです。


★★★ 東洋経済新報社
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2030年、世界がどうなっているかという内容です。著者はなんか有名なシンクタンクのお偉いさんだったらしい。よく知りませんけど。

で「地政学」という言葉が入っているように、世界の国々をまず地理的・地勢的にながめる。すると発展すべき国家、発展の難しい国家というものは最初から決まっているんだそうです。

たとえば古くはエジプト。これはナイル川の賜物です。定期的に洪水が発生して豊かな土壌が蓄積する。乾季の水の手当てさえできれば豊かになれる保障付き。しかし東西南北、自然の障壁に囲まれている。南は山、西は砂漠、東はシナイの乾燥地、北は海。どこからも侵攻されない。したがってこの範囲の中でやっていく分には楽園になりうる。

もう一つ、交通というインフラがあるのが大きい。流れのゆったりしたナイル川ですね。背中に荷物かついでエンヤコラ運ぶことに比べると、水上の運輸は信じられないくらい効率がいい。流通は至便だし、民衆を管理するにも便利。ま、エジプトはそういう立地だから文明を開花されることができた。その他の「文明発祥地」も多かれ少なかれ、そうした立地に恵まれていた。

しかし、情勢が変わる。侵攻されないのがメリットだったのに、ラクダを使った兵士とか船に乗った軍勢が登場すると、もうダメです。シナイ半島を通過することのできた外国軍にとって、エジプトはほんと、無防備。あっさり独立を失ってしまう。

スペインやポルトガル、英国が世界中を占領したのも同じような理由です。なまじ辺境で、外洋に面していたため、大型の帆船が発明されると一気に力をつけた。大洋そのものが巨大な河川、交通ルートです。それまでのガレー船の地中海勢を無視して外に羽ばたいた。

以上をあっさりまとめると一国が発展するためには
(1)効率のいい交通手段
(2)拡大しやすく侵攻されにくい地形
(3)豊かな食料や資源
が必須ということになるでしょうか。

で、なんやかんや。実はアメリカほど恵まれた土地はないそうです。ほとんど無限に広大な土地。豊かな資源。航行可能な無数の川が水上交通の便利を保障してくれる(こんなに好条件な配置で川が流れている国はないらしい)。ついでに外から流入してくる膨大な労働人口。特に若年人口が多いのがアメリカの特徴です。

つまり発展の条件はもう一つ
(4) 十分な労働人口、健全な人口ピラミッド。
です。

というわけで、世界中でいちばん恵まれた国がアメリカ。食料にしても資源にしても、たいていは国内でまかなえる。それどころか輸出も可能。なんとなく原油の輸入国というイメージがありますが、実は中東に頼っている部分なんてたいして多くはなかった。おまけにシェールガスというものが登場して状況は逆転。これでアメリカはほぼ完璧になった。そして国境も北はカナダで南はメキシコ。カリブ海は自分の海のようなものなので、攻めてくる国なんてない。

その完璧なアメリカはなぜ世界の警察の役目を果たしているのか。実はここがいちばんの疑問点で、著者によると「必要もないのにしゃしゃり出た」。ブレトンウッズ体制というのは金融が基本ですが、広い意味では「米国が世界中の平和を維持。船舶の安全航行と輸出入を保障」というもの。第二次大戦の後、それまでの常識では米国が圧政を敷いて世界帝国として君臨しても不思議はなかったのに、なぜか「オレ、領土は欲しくない。金、貸してあげる。みんなの安全を守ってやるぜ」と宣言した。

アメリカが世界の警察として巡邏してくれたので、多くの国は自前の軍隊に大きな予算を割く必要がなくなり、経済活動に専念でき、おかげである程度は繁栄できた。非常に珍しいケースの平和の時代だった。アメリカさまのおかげです。

しかしそんなお人好しのアメリカも、そのうち内向きになる。他の国のことなんか放置しておこうぜ。世界と貿易する必要もあまりないし、自分の国のことだけ考えたほうが賢明だよな。もう世界中を守る義務はない。軍事予算は縮小するけど(たまに)気が向くと出動する権利だけは留保しておこう。

ま、ちょうど今のトランプですね。内向き政治。アメリカファーストが始まる。

するとどうなるか。ほとんどの国が一気に貧しくなり、混乱します。行き来する船舶の安全は誰も保障しないので、自前で守るしかない。小さな紛争や戦争も発生するでしょう。しかしアメリカは原則として介入しない。結果的にアメリカだけが栄え、中国もロシアもヨーロッパ諸国もみーんな低迷する。世界中がすべて貧しくなる。場合によっては分裂する。

主要な国、それぞれの個別ケースも分析していますが、
・中国はそもそも統一国家であることが難しい地勢。分裂する
・ロシアは長大な国境を守りきれず、たぶんボロボロになる
・ドイツも位置的に繁栄し続けるのが難しい
・欧州では唯一フランスだけが少しは希望がある
・スウェーデンはやり方しだいではバルト海の盟主として生き残る
・サウジアラビアは問題外
・トルコはひょっとしたら頑張れるかもしれない(ロシア次第)
・カナダは分裂する。メキシコは衰退

日本は基本的に好戦的な海洋国家であり、強大な海軍を持っている。しかし東南アジアへの進出は難しいのでたぶんカラフト、旧満州に進出する可能性が高いそうです。

けっこう独断と決めつけが多い本とは思いますが、けっこう正鵠を射ているような気もします。

繰り返すと繁栄の条件は4つ。
(1)効率のいい交通手段
(2)拡大しやすく侵攻されにくい地形
(3)豊かな食料や資源
(4)十分な労働人口、健全な人口ピラミッド。


日本は(1)と(2)に当てはまるものの、(3)と(4)では落第生。アメリカが完全に内向きになった場合、どうしたら生き延びることができるのか。なんか「とにかくアメリカに擦り寄っておいたほうがいいよ」というのが、著者の結論みたいですが、はて。


★★★★ 勉誠出版
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1969年というと文化大革命から3年目、激し少し鎮静化に向かいつつある頃でしょう。若者たちがどんどん地方へ「下放」させられた時期です。

こんなタイミングで日本へ北京日報記者という肩書で派遣されたのが筆者の王泰平。実際には記者というより非公式の外交官、工作員と言うべきです。その「記者」が数年にわたり政治家や財界人、文化人、新聞記者、地方の農民や運動家たちと精力的に会い、詳細なメモを残した。そのメモを原則として加筆訂正せずに公開したのがこの本です。

頭のいい人だなあというのが実感。もちろん中共の教条的なタテマエ論から抜け出てはいませんが、それでも非常に冷静に日本を観察・分析している。緻密な日記です。そして、当時の日本はまだまだ問題も多く(いまも多いけど)、地方は貧しいです。外国人の目から見たものだけに、かえって客観的。

彼が会った政治家や新聞記者たちは、もちろん彼の素性を知っています。中国外交部のエリートであり、周恩来の直接指示を受けている外交官。それにしては信じられないくらい日本の政財界人は本音を話している。あるいは「都合のいい事実だけ」話して「なんとか利用しようとしている」のかもしれません。

たとえば日中の卓球交流とか文化交流とか、何かやりたいことがあれば王泰平に打診する。政府中央へ直結する唯一のルートだった感じです。

そうそう。彼の分析によると、日本の文化人や記者たちはみんな政治的なバックグラウンドを持っている。彼は日共系、あいつは日和見、こいつは親台。いろいろ手助けしている日中友好協会の内部にしても、思惑はみんなさまざまで、誰が主導権を握るか、誰と誰は協力できるか、そんな分析に苦労しているようです。友好的とされる朝日新聞にしても、社長は親中、論説委員の誰は親米・・・などなど。

そうそう。どうでもいいことですが前進座の河原崎長十郎が熱心に「屈原」の公演に努力したとか、松山バレー団がどうだったとか、すべて実名なので面白いです。みんな共産主義に理想を持っていた。差し障りは多いですが、実名のもつ強さがありますね。三角大福の政権闘争の実情なんかも、周囲の政治家たちがかなりペラペラしゃべっている。

ま、王泰平にとってはなんとかして日中国交へ持っていきたい。そのためには台湾を捨ててほしい。いろいろ策動しているようすが生々しいです。日中国交回復のあとは外交官に復職したようです。

まったく無関係ですが、頻繁に名前の出てくる郭沫若(屈原作者)、かなり偉そうです。しかし文化大革命では苦労したんだなあ、きっと。


ulysscs1-12.jpg河出書房新社

柳瀬尚紀の訳。たぶんまだ誰もページを開いていない新刊。気分のいいものです。

というわけで分厚いのを読み始めて、うーん。うーんー。うーん・・・。降参。ギブアップ。名作なのか駄作なのかも不明。これならプルーストのほうがまだしも楽しく読める。無理でした。

★★★ 作品社
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けっこう有名な古典らしい。李朝中期から末期にかけての説話集というか、噂話や言い伝えなど300点以上を集めたもののようです。

それぞれのお話のレベルはさほど高くありません。因果応報の教訓に満ちているかといえば、それほどでもない。なぜか急に神通力を持った人が登場したり、なぜか平凡な奴僕が忠義を尽くしたり、妓生(キーセン)が妙に貞女烈女みたいなふるまいをしたり。

ちなみに目標は「仇を討つ」あるいは「科挙に受かって出世する」です。したがって典型的なパターンは「夫を殺されて窮乏した妻」が「若い義理の長男を勉強させて」「科挙に成功させて官につける」「仇を討った後、はじめて立派に葬式を行って、満足して自殺する」

なんか日本人的な感覚からすると、ちょっとおかしい。仇討ちするにしても直接武器をふるうことはあまりない。出世して力のある官吏になって、そこで悪人を糾弾して死刑にする。ま、そんなふうです。そうそう、中国式で、棒で殴ったりのオシオキも多いです。清末の西太后なんかでも、不味い飯を調理したコックを杖刑に処したりしているし(日本でも律令の頃は杖刑があったらしい)。

意外なのは、けっこうな頻度で文禄・慶長の役が出てくる。ま、大事件ですから、当然でしょうか。朝鮮の英雄が日本の剣士と戦ったり、平秀吉のスパイが侵入したり。あるいは倭軍の侵攻を予感した賢人がどこかの山奥に逃げて平穏に暮らすとか。

そうそう。李如松なんかも出てきます。明の武将なんで、尊敬しているのか嫌っているのか、そのへんのニュアンスがかなり微妙。また李如松ではなかったと思いますが、明の官吏がたしか朝鮮の官吏に食事をふるまう。餅とウドン、酒、肉や魚。麺とか饅頭とかのご馳走。ところが後で「飯を食べたか」と聞くと「食べていない」という返事。変だなあ・・とよく聞くと、朝鮮官吏にとって「飯」というのは一碗の飯とワカメのスープのことであり、餅とか魚肉が食事とは思っていなかった。「さすが大明国の実力、食事内容も豊かだった」と評がついています。なるほど。

巻末の解説を読むと、朝鮮はなかなか大変だったんですね。そもそもの建国に功績のあった勲旧派と官僚である士林派の対立。その士林派も東西に別れ、別れた東派がやがて南人と北人に分裂する。南人もまた清南と濁南に別れ・・・・。ひたすら党派抗争です。皇后の喪を1年にするか3年にするかで激しく抗争する。そのたびに大量の血が流れ、主流勢力が入れ替わる。だから登場人物の注釈では、みんな出世したと思うと追われ、復活してまた失墜し・・・菅原道真が何百人もいるような雰囲気です。大変だ。

あとよくわからないのが「ソンビ」という言葉です。科挙によって立身出世をすることが使命の階級である「両班」はまだ理解できます(ほぼ「読書階級」に近いか)が、ソンビはどう訳したらいいのか。君子、立派な人でもいいような気もしますが、貧乏なソンビもいる。ソンビと両班はかならずしも同じではない。立身出世から身を引いた両班みたいな雰囲気でしょうか。

貧乏といえば、説話の中にはやたら貧乏な両班も出てきます。両班がみんな豊かなわけではない。ずーっと試験に落ち続けていると、たとえ両班といっても落ちぶれる。下手すると両班階級ではなくなる(どこかに商売を始めると両班ではなくなる、とあったような気もする。貴族階級は商売なんかしない)。ちなみに現代の韓国では、半数以上の国民が「先祖は両班だった」と称しているようです。

というわけで、それなりには面白い本でしたが、同じパターンが続くのでけっこう飽きます。

あるサイトに「当時の地方長官は無給だった」とありました。しかも強大な権力を握っていた。それじゃグチャグチャになるわけです。この本の中でも地方官がなにかあるごとに収奪したり裁いたり執行を命じたりしている。庶民は絶対に逆らえない。両班にあらざれば人にあらず。


そういえば、大昔に朝鮮の有名な烈女の小説を読んだことがあったような。印象としては、尻軽娘が金持ちのボンボンに誘われてイチャイチャし、権力者に誘惑されたけど拒否し、酷い目にあうけど復讐する・・・というようなストーリー。金瓶梅みたいな好色小説の扱いだったような気もする。タイトルは思い出せず。こういうパターンが朝鮮文化では好まれるんでしょうね、きっと。

「春香伝」かもしれない。もしそうなら主人公は妓生。自信なし。

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