「太平洋の試練」イアン・トール

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★★★ 文藝春秋
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原題は「太平洋の海戦。1941から42年まで」というような趣旨です。ま、受けを狙ってこういうタイトルになったんでしょうが、仕方ないか。

中身は真珠湾からミッドウェイまで。戦い前半の約6カ月ですね。米国はルーズベルト、ニミッツ、キングなどなどの立役者が何を考え、どう行動したか。日本は山本五十六ですか。みんな聖人でも全知全能でもない。性格もいろいろ。キングがどんなふうに困った男だったか。山本がギャンブル好きで愛人に入れ込んでいたのか。ま、長所も短所もわりあい公平に描いています。

戦記でもないし、小説でもない。分厚い上下本ですが、けっこう読みやすいです。惜しむらく、翻訳はちょっとこなれていないようですが。

子供の頃、当時の少年のたしなみとして多少の戦記ものは読みました。少年雑誌によく連載されてましね。大人になってからも、多少は戦史ものを読みましたが、たいして理解していない。この前、天皇がパラオに行ったけど、はて、パラオってどのへんだっけ。太平洋の島嶼の位置関係、あんまり把握していません。ラバウルは思ったより南だったな、とか、ガダルカナルもオーストラリアに近かったような。

♪赤道直下マーシャル群島、椰子の木陰でテクテク踊る・・・という歌がありましたね。赤道直下だから、ラバウルなんかよりは北か。ま、その程度です。ほとんど知らない。

で、この本。あらためてなるほど・・・という事実が多かったです。以下はへぇー、と思った事実。


戦いの初期、日本は圧倒的に準備が整い、物量を誇っていた。米国は意外なほど準備ができていなかった。そして精密なスケジュール通りに日本は太平洋と東南アジアに展開し、米国はアタフタしていた。ただし日本が甘く見ていたほど米国は腰抜けではなく、ガッツがないわけでもなかった。

で、日本は何をしたかったのか。シンガポールを占領し、南太平洋に拠点をつくり、その後をどうしようと考えていたのか。あんまり厳密に考えていなかった気配もあります。オーストラリアに攻め込むのか。それともハワイを占領したいのか。あるいは米国西海岸まで行きたいのか。当初の計画がスムーズに進みすぎて、困ってしまったような感じです。

著者の分析として、真珠湾に停泊中の艦隊が破壊されたけれど、ラッキーなことに空母だけは無傷で残ってしまった。そこで仕方なく(?)航空戦を主体とした戦法を思案するしかない。ところが日本は艦隊がそっくり残っていたので、昔ながらマハン流の戦艦主砲による決戦主義からなかなか抜け出せなかった。英艦を沈めたマレー沖海戦での航空機評価はあったものの、それでも転換時間がかかった。ひょうたんからコマ。

日本がポートモレスビー(パプアニューギニア)を攻略しようとして発生した珊瑚海海戦。ここで日本は最初の壁にぶつかります。日米の空母がそれぞれ索敵機で相手を発見し、それぞれが遠距離から艦攻を発進させて攻撃。お互いに被害をこうむったんですが、この時の日本の艦隊司令長官が井上成美だった。で、遭遇戦が終わってから井上成美はポートモレスビー攻略を断念する。実際には、この段階のポートモレスビーを攻撃することは十分可能だったらしい。つまり井上提督がちょっと弱気になった。後でさんざん非難されたそうです。ひょっとしたら有名な話なのかな。

井上成美という人、この人を主人公にした伝記ものなんかでは高潔な硬骨漢としてずいぶん持ち上げられています。ただし、実戦は得手じゃなかった。たしか最初に艦長になったときも操船に失敗して岸壁にゴチンとやったらしいし。タイミングの悪いところにタイミングの悪い提督がいた

ま、いずれにしてもこの珊瑚海海戦でオーストラリア侵攻が無理になり、その後の方向がアヤフヤになったのは事実でしょう。貴重な熟練搭乗員もたくさん死んだらしい。死んでしまうと補充がきかない。いかにも日本らしいです。

有名なハワイの暗号解読班。すごい実績をあげた連中なんですが、人間的には?な部分も多々で、中央とはケンカばっかりしていた。またミッドウェイに関する暗号解読も、けっして精密とは言い切れず、けっこう推測が多かった。「同じデータを元にしてまったく違う読み取りも可能だった」そうです。結果的に適中したんだから、ま、称賛されて当然でしょうけど。

そうそう。もう一つ。日米同じように空母が魚雷をくらったり急降下爆撃されても、米艦はなんとか消火に成功して持ちこたえるパターンが多い。ところが日本の空母は火が消せない。あっさり航行不能になったりする。ゼロ戦の設計思想と同じで、防御に関して日本軍は消極的なんでしょうね。積極的に行け。攻撃を重視しろ。防御を用意するくらいなら、砲を一門でもいいから多く搭載しろ。

ま、このミッドウェイは要するに山本の大博打だった。というより当時の海軍は半分神様の山本を誰も制することができなかった。そしてこの作戦の失敗で、以後の日本軍は尻つぼみになる。その後もいろいろやりますが、悪あがきです。ウハウハ言ってられたのは開始からたったの半年だったのか。

日本側を焦らせたドーリットル空襲について。東京を空襲して中国へ渡るというルートについて、とくに深く考えたことがなかったです。日本海を渡るほうが、艦に戻るより飛行距離が短いんだろうと単純に考えていましたが、真面目に考えるとおかしいです。で、読んでみて初めて納得。陸軍の爆撃機である双発のB-25を、無理やり空母から発艦させた。よくまあ実行したもんですが、さすがに着艦までは無理。着艦が無理なので、空母は発艦させたらすぐにスタコラ逃げます。で、B-25ははるばる中国まで飛行して、場合によっては不時着し。なるほど。

そうそう。小さなことですが、海軍中心の視線のせいか、マッカーサーに対してはかなり冷たいです。ルソン、バターン半島なんてクソミソです。というより、マッカーサーを高く評価する戦史ものってあんまり見たことがない。

著者は太平洋戦争もの、あと2巻を出す予定らしいです。どんどん暗くなるからあんまり読みたくないなあ。