「戦鬼たちの海」白石一郎

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文春文庫★★★
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ふと本棚から抜き出し。いつ買った本なのか。副題は「織田水軍の将・九鬼嘉隆」。いわゆる九鬼水軍の棟梁ですね。海賊のおやぶん。信長が石山本願寺を包囲したとき、毛利の水軍がせっせと物資を寺に入れた。その輸送の流れを止めようと九鬼嘉隆が考案したといわれるのが、鉄甲船。

朝鮮水軍の亀甲船と同じであまり確かな資料は残っていないようですが、ま、そういう船を大阪湾の木津川口の戦いで使用したのは事実らしいです。で、村上水軍の小舟はこれに太刀打ちできなかった。得意の焼き討ち作戦が通じなかった。

いかにも海賊衆のお話らしく、テンポがよくて面白い本です。陸の論理・倫理とは違ったところで動いている海の武将の出世ストーリー。

論理・倫理ですが、たとえば難破して浜に打ち寄せた荷物。当時は沿岸の衆の分捕り品です。誰にはばかることはない拾い物。ま、その程度の知識はありましたが、実はそれどころではなかった。嵐の夜はみんなが松明もって浜近くの高所で振り回す。その火につられて(港があると勘違いして)船が近寄る。うまく岩礁にぶつかって難破すればすごいラッキー。大儲け。溺れた連中はかわいそうだが、流れついた荷は手にはいるし、壊れた舟板も利用できる。もっと沈め、どんどん難破しろ

ま、そういう世界観です。そういう小さな海賊溜りの親分が、近所の海賊連中と戦争する。周囲はみんなボーッと生きてるのに、この九鬼の連中だけはこすっからい。激しい。異物ですね。だから嫌われて、最終的に追い出される。

追い出されてから九鬼嘉隆は躍進中の信長に仕える。波長が合ったのかうまくいってとんとん出世。結果的に志摩一国をもらう。小さいですが国持大名です。

なかなか魅力的な人物なんですが、あわせて岳宏一郎の「群雲、関ヶ原へ」を読むともっと楽しいです。「群雲・・」で描かれた九鬼嘉隆も非常に面白いキャラで、色白で唇が赤くて、その唇の甘皮をむしるクセがある。目が猛禽類のように鋭い。気味の悪いタイプだろうなあ。工夫や細工が好きで、自己流の軍用飯盒を考案したりもする。で、やはり秀吉や家康とは波長が合わない。陸の農民の感覚ではなく、海の漁師の論理で生きているからですね。で、天下分け目の合戦。嘉隆は徳川方についた息子と戦う。そして最後は自刎

追記
ボーッと生きているという点では、近衛龍春の「慶長・元和大津波奥州相馬戦記」がぴったりの本です。小さい領主たちがいがみあって農閑期に戦争をしかける。適当に勝ったり負けたりするうちに誰かが仲裁にはいって決着。そろそろ農繁期だし、引き上げるか

こうした戦い方に革新をもたらしたのが伊達政宗。なあなあの論理が通じない。困った奴だったんでしょうね。志摩の九鬼というのも同じように、ちょっと尖っていた。で、それに輪をかけたのが信長ですか。こうした容赦ない異人種・異文化が戦国を終わらせた。