「シン・関ヶ原」高橋陽介

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sinsekigahara.jpg講談社★★★

関ヶ原の合戦についてはたくさんの本が書かれています。ま、有名・名著とされているのはやはり司馬遼太郎の「関ヶ原」と 岳宏一郎の「群雲、関ヶ原へ」でしょうね。独断ですが。

で、それは事実と違う・・という主張の本があるという新聞記事を読んでびっくり。多少の違いなんかではなくて根本から違うという。あらま。一読。

なるほど。最近は研究がすすんで新しい一次史料がどんどん発掘されているらしい。今回の「シン・関ヶ原」も歴史学者や作家ではなくて民間の歴史研究者みたいな雰囲気です。とにかく先入観をすてて一次史料を見ていく。一次史料ってのはようするに書状です。電話もメールもなかった当時としては当然ですが、膨大な量の手紙がやりとりされていたんですね。で、そのうちのごくごく一部が旧家の蔵かなんかに残っている、たぶん。そうした一次史料を読んで素直に出来事を追っていく。

「徳川家康は関ヶ原合戦の以前から実質天下人だった」「西軍の首謀者は石田三成ではなくて三奉行たち()」「毛利輝元はやる気まんまんだった」「小早川秀秋は合戦開始時から東軍だった」「開戦前にもう和睦が決まっていたが、事情のわからない武将たちが衝突」

なるほどねえ。延々とつづく証拠の手紙(現代語訳)を読んでいくと確かに納得させられます。論より証拠。説得力。これほど確かなものはない。そうだったのかあ。

ただし、です。たまたま見つけた呉座勇一(権威ですな)の反論なんかも読むと。それほど単純ではないらしい。採用された書状をすべて信頼していいのか。主張にとって都合の悪い一次史料はなかったのか。適当に取捨選択はしていないのか。科学的、公正な主張といえるのか。

面白いですねえ。真実なんてもちろんわかりませんが、こうした議論が始まっている。通説の関ヶ原にたいして読みやすい新書の形で石が投げられたわけで、これを機にわさわさ激論がかわされるといいと思います。

そうそう、おなじみの「関ヶ原 東西布陣図」なんかもかなり違ってる可能性があるらしい。家康がやけっぱちで赤坂から桃配山に進出・・もはて、どうなのか。

なぜか武将から家康宛ての書状で「三成、大谷吉継らが首謀」になっていたらしい。家康もしばらくそう思っていた。
どうでもいいことですが、本書では大垣ではなく「大柿」が使われています。最初はどこかと思った。
そうそう。家康と「秀頼の母」の結婚話なんかもある。あとになって大野と関係があるとか言って破談になった。