少し前に泊まったリゾート地のホテル。部屋の設備に文句はないし、景色のいい庭なんかも気がきいていて、早朝に散歩でもすれば(しなかったけど)爽快そうです。ロビーのサービスもまずまず。女性客や子供たちは喜んでいました。
ただ、惜しむらく・・・。
食堂での夕食。コースの途中で刺身盛り合わせの大皿が出たんですが、その豪華な皿を置く場所がない。こまったサービスのお兄さんが適当なあいた場所に置いていく。で、仕方なく子供が立ち上がって、とりわけ係をつとめました。
連泊なので翌日もまた同じような大皿が出ました。このときは少しベテランがサービス係で、さすがにテーブルの上のあれこれをいったん脇に退避させ、それから大皿を中央に配置。「終ったらまた元にもどしますから」とか言うておりましたが、これが正解でしょうね。
というか、コースを考えた料理長(シェフ)の気配り不足です。あの大きさのテーブルで、あれだけの皿や一人鍋コンロを配置しておいて、その中で大皿をどう置かせようというのか。想像力が足りなかった。
もうひとつ。朝のビュッフェ。ビュッフェだって悪くはないでしょうけど、うーん、なんか想像力が足りないなあ。和風、洋風、客がどういうルートで料理を取っていくのかをたぶん考えていないんでしょうね。だから料理デーブルの配置がなんとも使いにくい(※)。
だし巻タマゴとスクランブルエッグとウィンナーが同じテーブル。だし巻ならご飯とか味噌汁、漬物の近くが便利だろうし、スクランブルはパンの近くでしょう、きっと。なんか区分けが違う。
そしてきわめつけ。大きなおひつにたっぷりご飯が入っているんですが、横に置いたしゃもじが容器の水にとっぷり浸っている。つまりしゃもじに付着する「ご飯粒」を嫌ったんでしょうね。でも水に浸かったしゃもじには、すで飯粒がベッタリです。このベチャベチャしゃもじをどう使えばいいんだあ。飯粒をこそぎ落としたいが、適当な道具がないし・・。
ビショビショしゃもじで掬ったご飯、もちろんビショビショです。哀しいなあ。
昔、カナダのバンフスプリングスホテル、日本人団体ツアーで人気でしたが、日本人客の朝食は一階だったかの専用ルームでした。入ると大混雑で味噌汁と納豆の匂いがプーンと漂っていて、うん、これじゃ西欧客は別の食堂だろうな。それも仕方ない。
ご飯の巨大なおひつ、横には水びたしのしゃもじが確か3本ほどおいてありました。やはり濡れた白い飯粒がべったりこびりついてる。ああ、あそこで見た光景なんだなあ、
※こういうことグチャグチャいうのがトリヨリなんでしょうね、きっと。不機嫌なじいさん
角川書店★★★★
購入合計が3500円に足りないので(配送料をケチって)追加で文庫を一冊購入。なんとなく書名を記憶していたわけです。田辺聖子の本なら読めるでしょう。
なるほど。なかなか面白いです。スムーズに読める。あんまりねっとりしていない。新幹線の中で一気に読みました。
中身は清少納言の「お話」です。小説というべきなのかな。清少納言がそれほど厭味な女ではなく、といって美化しすぎでもなく。ほどほど。このへんが田辺聖子です。
かねてNHK大河で変だなあと思っていましたが、ほんとうに宮中などでは夜中が社交時間帯なんですね(※)。夜の八時なんかに平気で人がくる。女房たちの局にもちょっと気の利いた貴公子が、やたら遊びに顔を出す。しゃべったりゲームしたり。そのまま明け方まで居すわったり。几帳の陰で居眠りしたり。そうだったんだ。
また、通常はみんな牛車で行き来です。豪華な牛車、貧相な牛車。どっちにしても牛車(※)。たまには玄関で待たされていた下人たちが文句をいう。はやく牛車を出したいんだけど・・・。いいかげんにしてくれないかなあ。夜があける。
で、最後のほうで発覚。これは「上巻」だったんだあ。例の法王への射かけ事件(長徳の変)の前あたりでオシマイです。道長は政権をとりました。続きはまた下巻を買った後で・・。はて、いつ買えるのやら。
※文中、大殿油(おほとなぶら)という言葉がやたら出てきます。よほど宮中の灯の明るさを強調したかったのかな。
※受領階級の女性が供一人だけつれて街中をテクテク歩くなんてシーンはありません。
ついでに、高貴な独身女性たちが顔をさらして、若い独身貴族たちの「打球」見物に興じるなんてのもありません。
今年の夏休みはいろいろ迷った末に『兵庫・淡路』に決定。
何があるという地域ではないですけどね。ま、生涯に一度くらいは姫路城を眺めておくか。日程は台風9号が通過のあとなので、ま、大丈夫でしょ、きっと。
醍醐さん、いえ大誤算です。10号なんてのが南からまっすぐ北上中で、こんな針路の台風,みたことない。ま、途中で偏西風にのって右折してくれるとは思いますが・・・。
ということで、ま、ご想像の通り。やたら天気がよくて、いやー暑いのなんの。姫路城の石垣の前でもうヘロヘロ。私は天守までいかず引き返しました。で、あとで聞いたら奥さんは建物の前で挫折。子供だけは天守のてっぺんまで上がったらしい。若さは素晴らしい。(ちなみに私はあまりの暑さで帽子のフチに白く塩がふいた)
姫路からは舞子に戻り、そこから高速にのぼってバスで渡海。南淡路西岸のホテルへ。松林の中、周囲になにもなくて静かなホテルでした。翌日、ほんとうは鳴門あたりまで観光の気持ちもあったんですが、フロントに聞くとタクシー使ってもけっこう大変らしい。ここは諦め、つましく周囲を少しまわっておさめました。えーと、イザナギイザナミの国産みにちなんだ「おのころ神社」というところ、それからイングランドの丘というふしぎな公園。ソフトクリームなめてピザ食べて、ま、暑さにヒーヒーいいながらも2日すごせました。
で、鈍行台風がへんな動きをしてるようだけど油断せず、翌日はさっさと海をわたって三宮へ。乗車の新幹線を早めにしたわけですが、ま、正解でしたね。すんなり走ってるなあ・・と思ったら浜松過ぎてから停車。静岡との間に線状降水帯とか。何回かギコバタ停車を繰り返しながら、2時間弱のおくれで東京へ戻れました。いやはや。
なかなかに大変でしたが決定的にはならなかった。無事に帰宅できました。よかった。
下はおのころ神社の大鳥居。高さ21.7メートル。大きいです。
松岡正剛(氏)が亡くなったというニュース。80歳。
呼び捨てにするのもなんだし、尊称をつけるのもナニ。難しいです。よくは知りませんが「編集工学」とかいう、これもよくわからない概念というか、活動というか。
それはともかく、何年か前、たまたまネットで遭遇した「千夜千冊」のサイトは非常に面白かった。面白いが、だから次から次へとページを繰るというわけでもない。自分にとっては橋本治みたいなもんですね。興味はあるし偉いなあとは思うものの、なかなか近づけない。少し、おっくう。
わざわざ書く意味があるのかどうか。ただ、いちおう記しておきたくなったので、メモ。
何週か前、たしか週刊現代の広告で『なぜ「世田谷じいさん」はすぐ怒鳴るのか』という見出しを見かけて、つい笑ってしまいました。
そうなんだよな、なぜか『世田谷』のじいさんです。これがナントカ県の字狸熊村だったら何もおかしくない。山の畑で爺さんが汗拭きながら腹を立てている。江東区でもダメ。路地の片隅、朝顔プランターの横で作務衣のオヤジが如雨露持って怒っている。当たり前すぎます。
世田谷ですからね。けっこうな住宅街ということになっています。二子玉川とか成城とか三軒茶屋とか。所ジョージが優雅に遊んでいる(はず。たぶん。世田谷ベース)もここです。さらに、洒落た青山や赤坂でないのもツボ。
あくまでイメージですが、シニア住民はそこそこ企業の部長クラスだったとか、某私立大の教授だったとか。引退したけど、ま、なんとか食うに困らない程度の年金。付近は小公園があって、気の利いたコーヒー店があったり、よく知らんけど小さな本屋も少しは残っているかな。なんとなく散歩してみたいエリアです。
ま、そういう街で、禿げ頭にパナマかぶった老紳士がどなっている。ステッキ持った上品な白髪が顔を赤くしている。だから絵になる。思い描いた老後とは違うんですね、きっと。
店員の応対が気に入らない。ふとフライドチキン4本買おうとしただけなのに、セルフレジに追いやられる。カウンターの中の店員はアクビしてるじゃないか。以前は「ナゲットはいかがですか」「店内でお召し上がりですか」「ナプキンは何枚・・」の饒舌決まりセリフに腹を立てたけど(トシヨリが一人で4本食うと思うか!)これはこれでイライラする。焦っても指が乾燥して、タッチ画面が反応しない。後ろに人がならぶ。
それなら・・と小ぎれいで新しそうな蕎麦屋に入ると、ここもテーブルにタブレットが置いてある。回転寿司じゃないぞ。蕎麦までデシタル注文なのか・・・。はい。
家にいてもダメ。奥さんが嫌がる。新聞は腰が引けているしテレビはつまらない。どこのチャンネルもアホ面タレントが大声出している。ニュースは底が浅くて忖度だらけで、一日に何回も女子アナが訂正で頭を下げる。コメンテーターがまだしゃべっているのに、いきなり画面はCMに切り替わる。そのCMがつまらん。保険と葬儀と転職と通販と、あとはナンだ? ミライさんとつむぐくんがどうしたって?
そもそもいつから保険は「入れていただくもの」になったんだろ。「まあ80歳でも入れるの? すごい・・」とか。月々たった3000円、でもなんと6000円、9000円のコースもあって嬉しいわ。明日は洗濯日和ですが午前中がおすすめで、外出の際は携帯傘を忘れずに。で、外はパリパリ、中はジューシー、トローりと肉汁、舌鼓。
てなことでしょうか(※)。優雅そうなトシヨリ、長閑そうなニッポンの住宅街で、実は腹を立てている。こんなはずじゃなかった気がする・・・。
※要旨冒頭を斜め読みしてみたら、実際の週刊誌の内容は少し違っていたようで、内容はもっとストレートでした。つまらん。
小田島隆の本について少し書きましたが、そこでスマホについての感想があったことを思いだしたので。
小田島さん、若いころは遊撃手とかBug Newsとか、わりあいマイナーなPC雑誌にゲームライターみたいな感じで連載を持っていましたね。えーと、調べてみたら1980年代。
たとえばPhotoshopかな、これの新発売の体験記事もなんか書いていた。画像が自由に拡大縮小できる。メダカを書いて引き延ばせばタイにもなるし、フグにもなる。これ、今ではあたりまえだけど、当時はすごいことだったんです。
ザナドゥの紹介記事でも「ひたすら麻薬みたいに短調ミュージックが流れて・・」とか書いてたのをなぜか覚えている。たしかにね。そういう気だるいゲームでした。
ま、要するにPCとかゲームの分野には強い人だったわけです。ところがこの人でも、スマホが出現すると意外や、これに閉口している。画面が小さくて、老眼には辛い。細かいタッチがやりにくい。ガラケーのほうが使いやすいぞォ。なんでこんな小画面でコチョコチョしなきゃいけないんだ。
そうか、オダジマでもそうだったのか。嬉しくなりました。私はオダジマより10年近く早く生まれていて、やはりPCとかゲームとかが好きになったクチです。でもスマホはダメだった。だった・・と過去形にする必要はなくて、いまでもダメです。好かん。苦手。
昔、ASCII(※)の編集長でエンドウという人だったかな、ちょっとユニークなキャラで面白いとは思っていたんですが、惜しいことに「モバイル系」に関心の強い人で、モノは小さければ小さいほどいい。これが残念でした。とにかくオジサンとしては、小さい機器は好かん。扱いにくい。
いまでも見かけますね、オモチャみたいな小さなキーボートを愛している人。オタク系。なんかそういうDNAの系譜があるのかなあ。その人たち、豆粒みたいなキーを人指指で打ちます。(※)
※ASCII、愛読しました。ちょっと素人っぽい部活ふうセンスが好きだった。正反対がソフトバンクの本で、宣伝臭が嫌いでした。坊主憎けりゃで社長のソンという人にも好感を持てませんでした。結果的にソンさんは大金持ちになったけど。
※ついでに嫌いなのは『声に出して操作する』という考えです。声で指示ってのは面倒だし不便と感じるのですが、なぜか時々登場しますね。非常に悪い考えだと思っています。そもそも周囲の迷惑。
亜紀書房★
もう一冊、小田島隆。先に読んだ「ザ、コラム」は2016年の刊行で「ハードディスクから探し出したファイルを集めてみた・・」とかいうものでした。で、この「諦念後」は死後に奥さんがまとめて本にした。2022年刊。後書きにあります。
ま、60歳を過ぎたオダジマがソバ打ちとか鎌倉彫りとか、いろいろ新しいことに挑戦する・・というコンセプトの短文集ですが、うーん、正直いってよくないです。オダジマ・クォリティを満たしているとはいえない。
最後のほうで入院とか検査とか、ま、体調もよくなくなっていたんでしょうね。遺作集みたいなもんですが、読まないほうがいいかもしれない。
瑣末なエピソードですが、途中にありました。足が悪くなってからは、横断歩道がチチカ点滅を始めたら、むしろ歩行をゆっくりにする。どうせ間に合わない。焦っていいことはない。
身につまされます。こっちももう何年も前からスタスタ歩くことを放棄した。ゆっくり一歩一歩、主観的には大地を踏みしめて歩く。実際にはノロノロ ノッタリノッタリなんでしょうけど、それが悪いか。
オダジマ、ちょっと早く逝きすぎたなあ。
晶文社★★★
もう二カ月近く、本を読んでいないのか。えーと、最後が6月14日。ひどいなあ。
いま現在も3冊借り出してますが、なんとか1冊だけ、それも読みやすい小田島隆だけです。あとはまだ積ん読状態。ひどいなあ。
えー、小田島隆があちこち書き散らしたものを収録。もちろんみんな(95%くらいか)面白いですが、記憶に残ったのはたとえばアベノミクスの話ですか。どっかの編集部から電話で「アベノミクスをどう思いますか」と聞かれて、しばし考えてから「成功したんじゃないですか」と答えた。ま、予想外だったんでしょうね、しゃべった内容は採用してもらえなかった。
つまり「アベノミクス」ってのは、中身がないんです。特定の政策とか法案なら意見が言える。反対・賛成もある。でも「アベノミクス」ではアイマイすぎて、つまるところアベを好きか嫌いかということなってしまう。そういうボヤーッとした方向に持っていけたのは、アベ政権としては大成功です。
だから「アベノミクス」に批判的なことを書くといきなり「パヨク」とか「反日」とか罵られる。理屈ではなくて、アベノミスク=アベが好き。ま、そういんうことなんでしょう。
「骨太の方針」なんかもそうですね。何が太いんだ。みーんな政権の提唱した便利で適当なタームです。こういう言葉をメディアが無定見に(いや、定見があるのか)見出しとして使うのはものすごく恥ずかしい。恥ずかしいとも思わず便利に使っているとしたら、もっと怖い。
ま、そんなふうなことです。
別件ですが、オダジマの世代にとって団塊に対する被害者意識がこんなに強いとは知らなかった。言われてみれば、確かに、ですけど。
なにしろ数が多い。数のパワー。世の中はいわば団塊のためにあった。団塊世代の指向はニホンの指向。団塊が喚き、壊し、雄叫びながら荒し回ったあとには、もうペンペン草も生えない(※)。
その景気のいい大集団の後をトボトボ付いていったのがオダジマたちの少数集団で、1950年台の真ん中あたり生まれかな。うん、迷惑かけました。正直、団塊の先頭をあるいた世代としては、少しだけだけど、そう思います。でも、資源が少なくて、貧しくて、数が多すぎて、我々もけっこう苦労したんだよ、ほんとは。
※ すごいイメージだなあ。破壊集団。
去年の秋頃、立憲フォーラムの院内集会に招かれた内田樹が講演(日本の没落 ※)。ネットに上がっていたそのyoutubeを通して聞いて、なかか面白かったです。そうか、こういう話し方をする人なんだ。
いろいろ内容はあったけど、特に記憶に残ったのは、日本には「リスクヘッジ」と「フェイルセイフ」の四文字略語がないということ。はい。日本人、難しい英語はなんでも四文字の略語にしてしまいます。パーソナルコンビューターが「パソコン」、カスタマーハラスメントが「カスハラ」。四文字化は日本で咀嚼され、市民権をえた証左です。
ところが「リスクヘッジ」と「フェイルセイフ」は略称がない。つまり日本人はこの概念を馴染みあるものとはしなかった。嫌った。拒否した。官僚も学者も経営者も市民も、みーんな「もし失敗したら・・」なんて考えない。考えるのは敗北主義者。
おまけに日本人、失敗して落ち目になったとき方策を考えるのが非常に下手。そうやって、日本は滅びの道をたどっている。
※ 立憲フォーラム院内集会「日本の没落」内田樹 で検索
7月31日に発売開始の予定だったRyzen 9000シリーズのCPU。1週間から2週間の延期だそうです。理由は「初期生産ユニットが品質基準を満たしていない」というんですが、なにがなんだか。
変な刻印の製品があった・・という話もありますね。
本来なら「Ryzen 7 9700x」のはずが一部「Ryzen 9 9700x」と刻印されていた。包装の誤記なら訂正シール貼ればすむけど、なにしろ金属製のCPU表面です。誤魔化しがきかない。
むしろマニアなら喜ぶかもしれません。でも、ま、危ない橋は渡れない。一部商品を回収。これが理由で延期になった??
いまは猛烈な勢いで円高進行です。嬉しいことなんですが、小売価格に反映されるのは半月とか1カ月後でしょうね、たぶん。うーん、また「待ち」の要素が増えた。ジリジリしています。そもそもRyzen 7 9700xがTDP120wになるという話、本当に消えてしまったのかどうか?