2014年5月アーカイブ

tamagoomeguru.jpg★★★star.jpg ハヤカワ文庫

なんかにこの本のことが書かれていて、その感想が面白そうだったため借り出し。

レニングラード包囲戦の頃のお話です。屋根に上がった防空団の(といってもたいした仕事じゃない)少年たちが、夜空を落ちてくる落下傘を発見。落下傘のドイツ兵はもう死んでいます。

少年が死体から戦利品を獲得して大騒ぎしているところで、駆けつけた秘密警察にとっつかまってしまいます。ま、このままだと銃殺の可能性が大。戦時下略奪の罪かな。

で、この少年と、脱走容疑で放り込まれた若い兵士の2人がこわもての大佐から特別指令を受ける。木曜までにタマゴを1ダース確保してこい。タマゴは大佐の娘のウェディングケーキ用です。タマゴを探して戻ってこないと、取り上げられた食料切符を返してもらえない。包囲されたレニングラードで食料切符を持っていないということは、そのまま飢え死にを意味します。

どこといって取り柄のない少年(実はひとつだけあった)と、イケメンでモテて口もよく回る若い兵士。へんてこりんな漫才コンビがタマゴ1ダースを求めて戦時下の冬のレニングラードを歩き回る。ドイツ軍の包囲網を突破して雪の荒野と森を歩く。パルチザンと同行し、ナチス特別部隊の指揮官とチェスを戦わせる。悲惨な物語でもあり、漫画的な道中でもあり。

一種の成長物語でもあります。えーと、ビルドゥングスロマーンというのかな。楽しい本でした。

oshuusoma.jpg★★★毎日新聞社

相馬といえば若いころから伊達政宗にとっては宿敵、目の上のタンコブ。独眼竜ドラマではしょっちゅう相馬と戦っている印象があります。

しかし政宗が当主となった時点でも、すでに両者の身上は比較にならなかったようです。伊達は五十万石、相馬は五万石。伊達が本気になれば相馬くらい簡単に踏みつぶせるはずですが、なかなか全力をあげての侵攻はできない。

伊達政宗は周囲に敵を作りすぎた。南を攻めれば北がちょっかいかける。西に進めば東が騒ぎ立てる。したがって相馬が伊達を侵攻するのは無理でも、少なくとも専守防衛は可能。小領主といえどもハリネズミのように国境を守っていればなんとか過ぎる。

なんだかんだと局地戦で頑張っていると、そのうち農繁期になります。農繁期に戦争はできない。無理したら兵士がいなくなってしまう。あるいは親類連中(どこの大名もみーんな親戚)が仲裁に入る。そこで一旦和睦。そういうのが陸奥の戦争でした。

なあなあで戦ったり和平を結んだりしてきた陸奥の領主たちの感覚としては、伊達政宗だけが異質です。暗黙のルールが通じない新感覚大名。したがってこの本はいわば「独眼竜政宗」の別ストーリーとしても読めます。

伊達の伸張が周辺にとってはどんな恐怖だったか。政宗はリトル信長、プチ秀吉みたいな感じで嫌われもしたし、恐れられもした。結果的に相馬を残して周辺はみーんな伊達にひれ伏してしまった。で、相馬だけが頑張り通した。

主人公は相馬義胤です。そこそこ有能であり武威もあるんですが、とくに英雄豪傑ではない。状況が読めずタカをくくって小田原への参陣が遅れ、あやうく改易の危機にひんする。でも伊達への抑えという役割を認められてなぜか生き延びる。三成が助けてくれたようです。

ということで三成に恩義があるし、そもそも佐竹の子分(寄騎)みたいな立場だったんで、関ケ原でも家康の味方をするわけにはいかない。結果的に専守防衛をきめこんで何もしなかった。許してもらえると思うのが甘いわけで、これでまた改易。

しかし今回もまたいろいろあって、なんとか改易撤回、所領安堵。相馬は常に「伊達への楯」という役割を期待されて生き延びることができたようです。憎い伊達でもあり、伊達のおかげでもある。そして平将門の子孫という血筋を誇りに最後まで国替えさせられず、ずーっと頑張り続けることができた。そういう頑固で融通のきかない小領主のストーリーでした。

shimazukussezu.jpg★★ 毎日新聞社

近衛龍春ってのは確か最初に「上杉三郎景虎」を読んでけっこういいなと思い、次が「毛利は残った」、そして「南部は沈まず」かな。すごい作家ではないですが、地味な題材を掘り起こしてよく調べて書いてる印象。

ということで少し期待して借りたこの島津本でしたが、うーん、なんといいますか。

主人公、語りの視点は島津兄弟の義弘。希代の戦上手といわれる惟新入道です。朝鮮で武名を轟かせたり、関ケ原では有名な積極的撤退戦を演じたり。この惟新の子供(忠恒)が兄・義久(龍伯)の娘を娶って跡継ぎになったんですね。

けっこうややこしい関係です。龍伯と惟新は兄弟。惟新の子供が忠恒。龍伯の娘が忠恒の正室。その3人がそれぞれ違う領地にいて、仲違いしているわけでもないが、仲がいいわけでもない。忠恒と正室の間も冷えている。島津の跡継ぎは忠恒で決定・・・ともまだ言い切れない。3人の殿様が共同で薩摩を治めているような形です。

関ケ原では惟新率いる島津の軍勢は可哀相なほど少なくて、周囲から馬鹿にされています。しかし実は関ケ原だけでなく、朝鮮派兵の際にも島津勢は少なかった。要するに派兵するほどの財政基盤ができていない。国内がまとまっていない。派兵をよしとしない意見が強い。中央指令に背く恐さを実感できない。

秀吉の天下制圧に最後まで抵抗し続けたこともあって、要するに薩摩だけはまだ僻地のままだった。兵農分離なんてまったく無理で、おまけに九州成敗で所領をがっぽり減らされたため領民は貧乏のどんぞこ。貧乏だけどプライドの高い武士階級だけがやたら多かった。

田舎もんで貧乏でシステムが旧態依然の中世というなら、たとえば日本列島の反対側、南部なんかも同じような事情ですが、こっちは津軽というライバルがいた点で違いがありますね。津軽に先を越されちゃ滅びる・・という危機感がたぶんあった。それに比して薩摩は日本の南の端っこ。どん詰まりです。中央が遠すぎてとにかく情報が少ない。危機感がない。ここまで攻めてはこんじゃろ

ということで、兄の龍伯は守旧保守派の代表。弟の惟新は対外戦を担当したんで、否応なく目を開かざるを得なくて現実派。

龍伯は秀吉に恨みがあるので、その結果として家康派です。惟新は現実外交の成り行きで政権派。秀吉派、三成派。「派」というより、仕方なくそういう立場になってしまった。

ですから派兵された惟新が「もっと兵を送ってくれ」といくら懇願しても、国元の龍伯は出したくない。あるいは出す余裕がない。関ケ原でも「西軍について戦ったのは惟新の独断であり、島津総体としては無関係」という立場をとります。

有名な関ケ原西軍総崩れ後、惟新の「島津の退き口」。多くの歴史小説に書かれていますが、その詳細はこの本で初めて読みました。悲惨で延々と続く逃避行、通常の小説では無理です。そうそう、関ケ原でも隊伍を整えて堂々と敵中突破のように書かれることが多いですが、もちろん実際にはかなりバタバタ戦闘したらしい。時間もかかった。その後の山の中はひたすら暗くて陰惨、面白くない。

砂利山の中に大根を突っ込むようなもんですか。進めば進むほど皮が破れ、身が削られる。ボロボロ身を落としながら、なんとか大根の芯だけが砂利山の向こうに突き抜けた。それにどういう意味があるんだ?と考えると虚しいものがあります。ただ当時の価値観では意味があったんだろうし、惟新にとっても家来にとっても敢行するに値した。

などなど。読後感はあまり爽やかではありません。

田舎もんは天下の情勢なんて知りません。自分たちの周囲数里の肌感覚だけで生きている。朴訥で質実剛健な薩摩っぽ。逆に言えば我がべらぼうに強くて視野が狭い、協調性が乏しくて反抗的。基本的に主人の言いつけには従順だが、ヘソを曲げると躊躇なく逆らって損得を無視する。

いわゆる「薩摩男児」のシンプルで陽性な魅力と同時に、けっこう計算高くて陰湿な部分もたっぷりあるんでしょうね。幕末の薩摩藩の動きかなんかはいい例ですが、けっして単純外交ではない。非常に政治的。場合によっては悪辣。

この本でも最後のあたりで、いろいろダークな政治的処置が叙述されています。目障りだった伊集院一族の処分なんかもそうです。かなり暗いです。

前から評判は聞いていた深川江戸資料館へ行ってきました。大江戸線の清澄白河駅下車。降りて数分のところです。

清澄白河なんて駅、初めて降りました。江東区。キヨスミシラカワ。シラカワは松平定信にちなんだものと思います。白河候。近くに墓所があります。

で、深川江戸資料館ですが、国立でも都立ではなく、強いていえば江東区立なのかな。それっぽい名前の財団が運営。したがってスペースもかなり狭いです。ちょっとした体育館程度。

江戸後期の深川の庶民の生活を再現というのがコンセプトらしく、米屋、八百屋、魚屋、船頭の家、長屋などなどが建っています。眺めるだけでなく靴をぬいで上がれるのがいいですね。長火鉢の横にちょっと座ったりもできる。小さなタンスの引き出しをあけてもいいです。なんにも入ってませんけど。

edofukagawashiryo.jpg感じたこと。とにかく民家がみんな狭いです。江戸下町の暮らしで何が足りないといって、スペースが足りない。

みんな同じような設計で、上がり框があって六畳くらいの部屋がひとつあって、タンスが一竿か二竿くらいあって、押し入れがあって、手狭な水場があって、ザルや皿小鉢も少し並べてあって。ちょっと大きい家といっても同じような作りで、ただ部屋数が一つ増える程度。

ふーん・・と一巡りしても、1時間もかかりません。ボランティアが数人、暇そうにしているので、なんならいろいろ話も聞けます。


今回は山形の最上義光の登場が多かったです。うん、何回見ても原田芳雄の奸悪演技は素晴らしい。こういう魅力ある悪役、最近の大河ではほんと払底してますね。

そうそう。勝新の秀吉もなかなか。ちょっと迫力がありすぎて従来の秀吉イメージからは遠いのですが、でも恐そうで我が儘で、なおかつ愛嬌もある。これもありという感じです。演技力なのか存在感なのか。

当主の代替わり決定が大きなテーマとなった回でしたが、当時の大名と家来の関係がよく理解できます。ほとんどの大名は「絶対君主」ではないんですね。兄弟親戚も多く、いわば一族寄り合い所帯の代表のようなもんです。とって替わろうという野心をもった連中も多いし、もし信頼を失って臣下にそっぽ向かれたら簡単に追い出される。

ただし信長だけは特殊な例外かな。ライバルになりそうな連中を次々と粛清し、うるさい重臣も片っ端から退けてカリスマ独裁政権を作り上げた。おまけに兵農完全分離ですか、専従の兵士部隊による画期的な機動性を確保した。それにはすごい費用が必要ですが、背景として財政の成功もあったんでしょうね。合理的かつ効率的なシステムを作り上げたのが信長。やっぱ天才です。

dokuganryu2014.jpgただし、このシステムは常に独裁者が必要。完全ワントップ体制だったため、自分が死んでしまうと後が続かない。後継者を育てる時間の余裕がなかったし、肝心の長男信忠が単細胞であっさり自害してしまったし。

最後の数分あたりで幼い夫婦が変容して大人に、渡辺謙・桜田淳子になりました。これにて愛らしい(学芸会演技だけど)ゴクミとはおわかれ。

★★ 角川書店
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天地明察」を読んだ後でこの本のことを知り、買おうかなと一瞬は思ったこともあります。買わなくて正解。なんせ分厚くて高価で、えーと消費税アップで2052円。それほど高くはないか。

そこそこは面白いです。水戸光國(圀)という人物、家康の孫ですが逸話ばっかり多くて正確な事績をよく知らない。大日本史の編纂を始めたとか、犬皮を綱吉に献上したとか、家老を成敗したとか、明の遺臣を厚遇したとか、その程度。ちなみに犬皮献上で綱吉の勘気をこうむったというのは俗説で、かなり信憑性は薄いらしいです。この「光圀伝」でも否定されています。

家老刺殺からお話は始まります。なんで能衣装を着た光國が自ら家来を成敗したのか。その疑問は最後の最後になると明かされますが、はて、なんといいますか・・。

通してのテーマは「大義」ということになるんでしょうかね。水戸家の三男(実質次男)がなぜ跡目を次ぐことになったのか。そこから「義」の問題が発生する。ややこしい人です。というわけで最初から最後まで「義」が絡んできて、正直、かなりうっとおうしい。

えーと、光國というのは猛虎、あるいは熊みたいな人間らしいです。戦国の臭いを濃厚に残す武人。生涯に手ずから何人も人の命を絶っている。なおかつ激情家で詩文が好きで儒学に入れ込み、経済的に不自由のない御三家の世子として育った。良き父親母親兄弟親戚に恵まれ、世間の評判もよくて権威も持ち、それを行使することに遠慮もなかった。

一種の偉人ということになるんでしょうか。少し前に生まれていれば戦国の英雄になったかもしれないし、あるいは早々に滅びたかもしれない。もっと後に生まれていれば、たとえば吉宗に反抗した尾張宗春のように幕府にこっぴどく弾圧されたかもしれない。幸いまだ戦国の余韻がかすかに残り、御三家の権威が保たれていた時代に生まれ、理想を追って好きなことをして藩の予算を使いまくって、ま、惜しまれて死んだ。

冲方作品らしく、登場する人物のキャラはくっきりしています。ストーリー展開もわりあいシンプル。宮本武蔵とか沢庵和尚も出てきますが、違和感はありません。けっこう楽しめる部分も多かったのですが、なんせ主題が「義」なんで、この点だけが疲れました。


立川の駅ビル(グランデュオ立川)1階、改札の近くで肉まんを売っていました。五十番。神楽坂だけじゃなく立川にも出店があったのか。ちょうどいいやと5コ購入。ん、値段が少し違う。

オヤジさんに聞いてみると、神楽坂五十番ではなく、目黒五十番なんだという。神楽坂の支店みたいに見られるのが気分悪そうで、もう40年だか50年は続いてる店とのことです。詳細は覚えてませんが確か五十番の長男が目黒、次男が神楽坂ということだったかな。要するに元をただせば同根。でももう関係なくなってて、味もまったく違ってるんだとか。へぇー。

帰宅して食べてみると、確かに違います。
・神楽坂五十番= 重い。固め。肉汁が多い。濃厚な味。
・目黒五十番= 軽い。柔らかめ。比較的上品で食べやすい。


これはこれで美味しい肉まんでした。ずっしり重い神楽坂を2コ食べようとは思わないですが、目黒なら1コ半くらいは食べられそう。

世の中、知らないことが多いです。新発見でした。

★★★ 新潮社
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たぶん前に読んでると思うのですが、完全に忘れているので再読。

大げさに表現すると涙が出そうです。数ページ読んだだけで気分がよくなってくる。文章がまっとう。きちんとした日本語で書かれている。ある程度の作家なら当然のはずですが、最近こうした格調ある日本語を読んだ記憶がない。

別に気取ってるわけじゃないんですよね。けっこう平俗な単語や表現も多いんです。でも行間から品のよい香りが漂ってくる。たぶん主語・述語・修飾語・目的語の関係がきっちりしているのだと思います。そうした良質な日本語から最近はいかに遠ざかっていたか。

明晰という言葉があてはまるのかな。うん、明晰な文章と言うべきでしょうね。

内容も面白いです。ピレネーの南の僻地スペインとはどんな地形で、どんな気候・国土なのか。レコンキスタとは何だったのか。文明化とフランスやイタリアとの関係。その国土に暮らす民衆の貧しさと頑迷さ。新大陸から豊富に流入した金銀がなぜスペインを豊かにすることができなかったのか。

そうしたスペインの土壌に生まれた精力抜群で怒りっぽくて身勝手な男、ゴヤがいかにのしあがっていったか。地位と金をつかもうとあがいたか。そのあたりが第1巻「スペイン・光と影」の内容です。


今回は学芸会パートがけっこう長かったです。だからダメということもないけど、見ているとなんか気恥ずかしい。正視するのが辛い。

ま、唯一、初陣のフレッシュな感覚みたいなところはよく描けていたと思います。ドキドキ、ブルブル、カッカッ。白刃は舞うし血は流れるし悲鳴は聞こえるし人は死ぬし。

中学生くらいの少年ですから、通常は老練な連中が周囲をしっかりガードしてたとは思いますが、それでも危なっかしくて仕方ない。ただなんとかそこを通過しないと一丁前の武将にはなれないわけです。大変な商売だ。

ストーリーとは別の話ですが、今年の「軍師官兵衛」で感じていた違和感の正体を発見。官兵衛では武将たちが陣羽織を着ていないです。みんな鎧姿むきだしで床に座り込んで談義をしたり酒を飲んだりしている。だから偉いはずの秀吉なんかも妙に軽々に見える。

dokuganryu2014.jpg戦場ならともかく、安全な城の中でも鎧姿のままってのは非常にヘンテココリンですね。正確には知りませんが、準臨戦態勢であってもせいぜい小具足とか、軽微な装備でないと重くて大変です。

子供の頃にいたずらで鎧を付けてみたことがありますが、あれ、とにかく重いです。窮屈です。歩くんだってノッシノッシ。チャンスがあったらすぐにでも脱ぎ捨てたい。

なんか特別な理由があるんでしょうかね。何故か最近は陣羽織が流行っていないようです。

daichichukai.jpg★★ NTT出版

読んだ人の数が多すぎたのか紙質のせいか、扱いにくい本でした。紙にコシがないのかな。所々ページがくっついてめくりにくい。

ジブラルタル、ヘラクレスの柱から出発して海伝いに右回りの旅でスペイン、フランス。ここからコルシカ、サルディニア、シチリアと島を巡ってイタリアへ。その先の旧ユーゴはけっこう不穏です。苦心して乗ったり降りたりフェリーを使ったり。しかし途中であきらめて(疲れて)いったんは脱出。

少し休んでからは招待キップをもらって(なぜか)豪華クルーズの旅です。楽な旅をして悪いか。クルーズですから地中海の観光地を飛び石伝いにしてギリシャからトルコ。しかしイスタンブールで船を降りてからは、また汚い船や列車でシリア、イスラエル、エジプト、チュニジア・・・。

スムーズに海岸線を列車で通過というわけにはいきません。地中海の東部は危険地帯だらけなんで、あっちに避難したりここは船を使ったり、また元に戻って旅を続けたりグチャグチャ。おまけにリビアやアルジェリアは危険すぎてスキップです。

1990年代のたぶん初頭ですか。まだ貧しい国が多いです。コルシカ、サルディニア、シチリアなど島々の貧しさは、ま、予想通りですが、ギリシャはうるさくて品のないギスギスした国だし、トルコ人は比較的おとなしいけど所詮はトルコだし。シリアは恐怖政治の真っ只中。先代アサド(いま内戦報道でよく見る首が長くて頭の細長いアサドの父親)がシリアに君臨独裁していました。イスラエルだけは清潔で文化的だけどみんな神経症でピリピリしている。兵士が疲れ切っている。楽しいところではない。

読み終わってみると、なんか苦いものが残ります。シベリア鉄道とインドと東南アジア、中国の旅のようなカタルシスがない。というか、シベリア鉄道だって東南アジアだって悲惨なんですが、まだしも小さな希望のようなものが感じられる。きっと少しずつ良くなるはず・・・という微かな雰囲気。

それがこの地中海国家には感じられないんですね。あと30年たってもコルシカやシチリアが楽園になるような気はしないし、旧ユーゴ地域にも解決の展望がなさそうだし、レバント国家群は下手するともっと酷くなっているかもしれない。すぐ近くの西欧諸国が(比較すれば)豊かになっているから、いっそうその悲惨さが目立つ。

そういう意味では楽しい本ではありませんでした。

これも素晴らしい回でした。

三春から姫様お付きで来ている村岡、特にセリフで説明はしていないものの、どういう立場でどういう考えを持ったかがストートにわかります。役者さんの名前は知りませんが、巧い。刀で刺されても血が流れないのはナンですが、当時のNHKの方針かな。

西郷輝彦の片倉小十郎も凛々しいです。馬上姿がいい。立ち居振る舞いがきれい。特筆ものは例によって三春と伊達の重臣同士の話し合いですね。どうして侍女を成敗したか非常にややこしい事情なので、ちょっと弁解したからすんなり許してもらえるわけもない。最近の大河なんかだと、主人公が理解不能の心情的主張を大声でわめくとすぐ「さすがじゃ・・」とかなんとか、簡単に手打ち(お手打ちじゃないよ。解決のほう)になってしまう。安易。

dokuganryu2014.jpg独眼竜では時間をかけてきっちり話し合いの過程を見せてくれます。両方が頑固に言い合って、そこに片倉小十郎が呼ばれて、琴の音が聞こえて、上手な役者さんたちが上手な芝居をして、なんとなく「こういう流れならしかたないか・・」という形で決着。山形勲さんがいい味を出しています。

幼い新婚夫婦の芝居だけは、ま、気恥ずかしい学芸会レベルですが、許容範囲でしょうね。ゴクミが可愛いから許す。

そうそう。密書をとりあげた片倉小十郎の人相風体。細かいのは忘れましたが「ナントカのナントカを着て革の馬乗り袴がどうたらこうたらの手槍を持った若い男」とか、きちんと説明するのも感動。手槍ではなかったかな。ま、こういう台詞、ここ数十年、ドラマで聞いたことがないです。


★★★ 光文社
 
kaizokujoou.jpgずーっと前に「とびきり哀しいスコットランド史」というのを読んだことがあります。血が熱くて勇敢で大局が見えなくて規律にしたがうのが嫌い。イングランドにジワジワ苛められては蜂起し、かならず仲間割れして壊滅する。

まとまって協力すれば対抗する力は十分あるのに、決して協力しない。「妥協はしないぞ!」と偉そうに見栄はって、そして殺される。シーザー時代のゲルマン人、そのまんまです。哀しい歴史。

スコットランドだけでなく、もちろんアイルランドもそうでした。(たぶんウェールズもそうなんでしょうね。関係ないけどウェールズ気質については「ウェールズの山」という本が秀逸でした。笑えて感動もある)

でまあアイルランド。島の東側のアイリッシュ海側はけっこう平地もあって、そこそこ農作もできたみたいですが、大西洋側は岩だらけ。なーんもない。あるのはコンブだけ。ちょっと内陸に入るとひたすら湿地と泥炭で、べらぼうに不毛。貧しい土地に小さな氏族が角突き合って暮らしている。

そんな島の西側の小さな氏族(クラン)。代々の海賊衆で、その娘が超オテンバ。海賊家業に才能があって、だんだん周囲の信頼を集めて力を蓄えた。海賊ったって、つねにドンパチやってたら割にあいません。基本は平和裡な「通行税」の徴収。もちろん素直に税金払わないときは躊躇なく海賊に変身するけど。ぶんどり品が溜まればリスボンあたりまで遠洋航海して交易もします。

そのオンナ海賊、グラニュエール・オマリあるいはグレイス・オマリー。イングランド側から見たら指名手配No.1の海賊女酋長ですが、アイルランドでは唄にもうたわれる大ヒロイン。で、晩年になってからイングランド勢に攻め込まれて困ったことになり、しかたなくエリザベス女王に請願した。実際にロンドンまで行って謁見を得たというのも史実らしいです。

ただしエリザベス女王とどんな話をしたのかは不明。たぶん頭を下げたと思うんですが、なんか上手に話をまとめて、アイルランドに帰ってからも、まったく反省なしに海賊業を継続。したたかです。

グラニュエールだけでなく、エリザベスだってやはり海賊の女王として知られています。ドレイク船長なんかに免許状を与えてせっせと稼がせた。うまくカリブ交易のスペイン船あたりを拿捕すると収益はべらぼうに大きかったみたいです。そしてべらぼうに大きな収益の大半はエリザベスの懐に入った。元手を使わず儲けられる!と大喜びだったんでしょうね。それもあってスペインが怒り狂った。

そもそもイングランドによるアイルランド支配がなかなか進まなかったのは、進駐軍が乱暴だったこともある。イングランド政府ってのは貧乏です。したがって兵士の給与も基本はゼロ。給与ぶんは現地で収奪確保するしかない。で、兵隊は荒し回ったり殺したり盗んだり奴隷にしたり。エリザベス女王もケチで有名ですから、その状況は変わりません。

はい。うまく反イングランドで全土が纏まればそれなりの戦いになったんでしょうが、なんせ哀しいアイルランド。たまに大規模反乱してもタイミングが合わないし、お互いに反目しあって消耗する。そこをイングランドにつけこまれて大量殺戮。ズルズル現在の形になってしまった。

・・・というのが主なストーリーです。語り手はスコットランドから出稼ぎにきた若い傭兵で、女海賊の忠実な従者になってしまった。そしてイングランド側の語り手はロバート・セシル。エリザベスを支えたウィリアム・セシルの次男で、ジェームス1世の時代まで活躍しますね。足が短くて身長は5フィートしかなかったそうです。

そして主要な語り手ではないですが、ロバート・セシルのライバルは美男子でエリザベス寵愛のエセックス伯。アイルランド総督として赴任し(もともと思慮のない人間なので)大失敗します。洋の東西を問わず、美男子でかつ賢明という例、非常に少ないですね。

そうそう。本筋に関係ないですが、大砲は鉄製よりも青銅製のほうが珍重されたとか。鉄製といっても鋳鉄だからでしょうね。青銅製の大砲を低い甲板に何門も装備した船は(製造費もたいへんだけど)非常に強力だった。ちなみに上甲板に大砲を置けば簡単だけど、重心が上がってしまうので得策じゃない。片舷斉射なんかしたら(そもそも斉射は無理だけど)ひっくりかえってしまいます。

上下二冊。派手な表紙とタイトルを裏切って、思いがけず楽しい本でした。皆川博子、また何か探して読んでみようかな。
 
★★ 連合出版

kanjinokanyou.jpg久しぶりに高島俊男本。

慣用音ってのは呉音でも漢音でも唐音でもない読みのことだそうです。へぇー。

要するに、間違い。誤解。根付いてしまった習慣ですか。代表的なものでは「消耗」とか。これは「ショウコウ」と読むのが正しいらしい。いつの頃からか右側のツクリの音にひかれてしまって「モウ」と読むのが定着した。誤読なんですが、でも、今更そんなこと言ったってしかたない。

名前だけは知ってる江戸時代の太宰春台センセなんかも「誤用はたくさんあるが、だからと言ってコトを荒らげるのは大人げない」てなことを書いてるそうです。昔から、ずーっと言葉は移り変わり続けた。

そうそう。「三ヶ所」なんかの「ヶ」。これを「読み方は カ だろ」ってんでわざわざ「三カ所」と書く人がいるけどこれは大間違い。「ヶ」は「箇」から取ったものなので「三カ所」じゃ意味不明になる。正しくは「三箇所」、読みやすくするんなら「三か所」なんだそうです。へぇー。

とかなんとか。けっこう難しいお話が続きます。で、中頃は洪積世・沖積世。洪水で積もったから「洪積世」はともかく、沖に積もって「沖積世」じゃ意味をなさない。どうしてこうなったか、とか。細かい理由はともかく、そもそも中国において「沖」という字は使用例が非常に少ないらしいです。せいぜい数例。要するに中華文明は海を無視している。海なんか嫌いだあ。

後半は肩の凝らないエッセイです。これもなかなか良かったです。例によってですが、軽井沢の話の成り行きでなぜか中村真一郎が槍玉に上げられてます。高島さん、どうしてもケンカしないと納まらない人みたいです。あは。

★★★★ 文藝春秋

chugokutetsudo.jpgポール・セローってのはどんなタイプの男だったんだろうと少し興味があり(悪い趣味だ)、ネットで画像を検索してみました。イメージとあんまり違っていたらイヤだな。

ほー。若いころはけっこう美男子です。うーん、たとえばマルチェロ・マストロヤンニ。知らんか。昔の渋い二枚目イタリア俳優です。これを2割引きにしたくらいの感じかな。歳とってからは、そうですね、少し険のあるシラク(元)大統領とか。どっちにしても押し出しのいい男。書かれたものから想像できるような内省ヒネクレモンの雰囲気はあまりない。

で、この「中国鉄道大旅行」。セローが中国をウロウロしたのは開放改革路線から数年後。社会がガラガラガラッと変貌を遂げようとしているタイミングです。ちょうど胡耀邦が転落しかかって、趙紫陽がまだ実権を持っていた時代。

かといって外国人が自由に旅行できるほどは開けていません。ちょっと微妙な地方への旅はお目付役が付きます。お目付は各地の観光名所とか公共施設とか、自慢の場所へ案内しようとしますが、セローはまったく興味なし。そんなことより庶民と自由に話をしたい、人民公社はどうなってる、と嫌なことばっかり要求する。隙をみては自由行動してしまう。お目付役、セローに振り回されているうちにだんだん鬱になっていく。妙におかしいです。

そうそう。毛沢東人気は完全消滅してたみたいです。「偉い人ではあったけど、歳とってからはボケてたから・・」というのが多くの評価らしい。ちょっと前まで全国から参詣者で賑わっていた毛沢東記念館はもう閑古鳥が鳴いている。全国の大書されていたスローガンはみんなペンキで塗り潰されている。激しいです。もちろん元紅衛兵たちもガラリと豹変。時間を無駄にして勉強の機会を逸してしまった・・・とブツクサ文句言ってる。

目からウロコだったのは、中国には大きな樹木がない、自然がない、という観察。要するに山があれば山を削る。林があれば切り払う。丘があれば段々畑をつくる。可能な限り耕地にしてしまう。そういう中国四千年の営みの結果として、肥沃で実利的で人工的な景色が延々延々とひろがってしまった。

観光地もそうで、たちまち階段を作り道路を作り安っぽいプラスチッチで覆い大音響で音楽を流し、中国流に作り替える。そこへ全国から人民が押し寄せる。痰を吐く。大声でおしゃべりする。すべてにおいて彼らはやり過ぎる。節度というものを知らない。常に過剰に行動する

このセローの観察は面白かったです。なんとなく感じていたことをズバッと指摘してくれた。

で、そうした耕作延々四千年の中華地帯以外の辺境はどうかというと、ひたすら不毛で悲惨。セローは極寒の黒竜江省で鬱になり、わずかに伝統の残った青島でホッとし、最後はチベットへ。

チベットの章は非常にいいです。半分壊れかかった(精神がです)運転手の三菱ギャラン(これは横転で壊れかけた)でラサへ。ハリウッド級のアドベンチャー旅行。そして貧しくて汚くて臭くて頑固で笑っているチベット人たちに共感。彼らの心を解く魔法のアイテムは隠し持ったダライラマの写真(お土産用に50枚も持参した)でした。これを1枚プレゼントするとたちまち閉ざされた扉が開かれる。

セローって、非常によく下調べしてるんですね。中国語を話す。無知なふりをして挑発したりもする。ラサではチベット語日常会話ハンドブックと首ッ引きで歩き回っています。だいたいは常識的かつ冷静。シニカルな大人として対応しているんですが、でもときどきは感情発作がおきる。激昂する。抑えられなくなる。食用の小鳥を買って空に解放する。飯を食わせろお湯をよこせとケンカをする。

すばらしい本でした。「中国よ、行き過ぎるな!」というのが最後の言葉。


あと読んでみたいのはアフリカ縦断の「ダーク・スター・サファリ」かな。図書館にはないようなので、アマゾンを探してるところです。ただ刊行まもないせいか、まだかなり高価。迷うところです。

霏々として雪の舞う中を三春からの花嫁行列。行列ったって冬ですからね、長持ち唄をうたうわけでもないし、みんな蓑かぶって粛々と歩くだけ。かなり寒そうです。米沢の国境あたりで落ち合って花嫁を引きつぎ、田村のお供たちはここから引き返し。こんなアントワネット嫁入りみたいな習慣が当時があったんだ。てっきり老臣+侍女など10人くらいは米沢までつきそうかと思ってた

で、姫様付きの侍女が三人来ることを伊達側が初耳というのはちょっと?な話です。事前の打合せが不十分。でもこのへんの両方の重臣たちのやりとりは見応えありました。雪中のエール交換シーンもよかったですね。

ゴクミ、きれいでしたが期待想像が膨らみすぎてたのか、こんな程度だったかなあ・・という感じ。それでも可愛かったですけどね。でまあ、花婿花嫁のやりとりとかオママゴトなんかは学芸会ふうでちょっと気恥ずかしいレベル。昔の子役は今ほど達者じゃなかった。

このドラマ、会議や宴会の芝居が良質と思います。当主、その兄弟、親戚、重臣、下っぱ。それぞれが特に堅苦しくもなく、かといって馴れ馴れしくもなく、お互いの距離を計りながらきちんと芝居している。けっこう言うべきことは言うけど、最後に当主がスッパリ決断してしまったらもう逆らわない。逆らわない代わり、こっそり(自分の責任で)警護の兵を出したり、万一の指示を与えたりする。

dokuganryu2014.jpgということで死にかけた最上の隠居・義守老の枕頭で、当主の義光と伊達の輝宗が顔を揃える。原田芳雄と北大路欣也です。いやー、とくに原田芳雄の最上義光は素晴らしかった。見た瞬間から「ワル」とわかる。こいつ、何かたくらんでるな。最近のドラマみたいに吠えたりわめいたりの大げさな芝居はしないけど、腹に一物、悪巧みしてるのは明白。もっとも伊達側だってそんなこと百も承知なんですけど。

いい役者さんがいなくなった。もう少し原田芳雄の演技を見続けたかったです。

ポール・セローの「中国鉄道大旅行」を読み始めています。予想どおり、読んでいて楽しい。例によってシベリア鉄道経由の旅ですが、この当時はまだベルリンの壁が健在でソ連も解体前。中国はようやく解放路線が軌道に乗りかけた頃合い。じっくり、ゆっくり読み終えたらまた書きます。


時間があるとよくネットをうろうろしてますが、ネット大通りはともかく、少し裏小路へ足を向けると怪しげな広告に出会う機会が増えてきました。

msad2014.jpg怪しげな教材広告、H系なんかはともかく、最近目につくのはやたらピカピカと閃光を発する品のないゲーム広告(イラつく)、そして
「あなたのパソコンは脅威にさらされています」
「スパイウェアが検出されました」

という種類の脅し。最初は驚きましたが、要するに非常にえげつない広告なんですね。

騙されてクリックしてしまう人、多いんだろうなあ。

閃光パターンだが上品なほうの例→

そうそう。なんかIEの脆弱性についてのニュース、急にテレビでやっています。IEの脆弱性なんて旧石器時代からのことですが、今回はその対策パッチをまだMSが出せないらしい。やれやれ。「当社のクルマは危険です。まだ対策がとれていません」というのと同じ。はるか昔からあまり信頼を置いていない会社ではあるものの、ここまで落ち目になっているとは。

困ったもんです。

ちなみに個人的な理由からMS製品でも信用しているのはExcelとMSEくらい。そうそう、Windows7も比較的まともですね。あとはぜーんぶ好かん。(じゃAppleはどうかというと、こっちはもっと好かん。不安定なOSと酷いサポートでさんざん苦労しました)

それはともかく。大丈夫だろうかと家人が言い出したので、Firefoxの最新版を落としてインストール。バージョン29.0です。モジラも最近のアホみたいなバージョン変更をやめてくれるといいんですが。けっこう気に入っていたブラウザだけに残念です。

ただしIE からお気に入りをインポートしたところ、ブックマークの並び順が逆になってしまったらしい。なんでですかね。ちょっといじれば使いやすくソートできるのかもしれませんが、放置しています。他人のノートって、細かな操作がやりにくい。マウスが違うせいでしょうか。

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