2016年1月アーカイブ

以下、なんともややこしい話です。回線とかプロバイダとか関心のない方は読まないほうがいいです。


ぷらら(NTT系のプロバイダです)からDMが来ました。内容は「こうすればお得!」的な売り文句の羅列ですが、要するに今のNTT東の光回線とプロバイダ(ぷらら)を一本化しませんか、というお誘いらしい。名前も「ぷらら光」になる。

一本化すると請求書の発行元がひとつになります。ついでに安くもなるらしい。ついでに多量のチャンネル見放題のなんとかテレビセットにすると更にお得。ま、そんなのには興味ないけど。

子細にながめると、八幡の藪知らず。迷路。この手のキャンペーン、いかに粉飾して魅力的に見せるかだけに努力しているんで、細かなことが何もわからない。

念のため、ぷららのサイトでも調べてみました。すると「フレッツ光ネクスト」を使っているところが対象らしい。そんなん知らんぞ。NTT東の「フレッツ光ネクスト」を調べてみると、昔の「Bフレッツ」がもうすぐサービス停止で「フレッツ光ネクスト」に切り替わるから移行しろと書いてある。その場合、工事費が必要

そんな馬鹿な・・・と更にあちこち調べると、実はNTT東はいつのまにか「Bフレッツ」を「フレッツ光ネクスト」にしちゃったらしい。何年も前です。実効速度や設定なんかは同一だけど、中身が少し違う。そんな工事、いつやったんだろ。しかもNTT東の都合で切り換えた場合は、工事費は不要ともある。(じゃ自分の都合で早めに飛びついた人は大損)

わからないなあ。そういえば、ちょっと前、マンションの掲示板になんかの工事をやるからインターネットが使えない時間があるかも、とあったような気もする。それだろうか。

で、ぷららのサイトによると、回線とプロバイダの一本化キャンペーン中で、1月31日までは転用費用がタダですと書いてある。転用というのは、NTT回線をぷらら回線に切り換えることです。となると、2月になったら転用には費用3000円が発生するのね。

ただし、このDMを受け取ったのは1月29日です。残りは3日だけ。そんなアホな。

いっしゅん焦りましたが、さらにあちこち訳のわからない宣伝サイトやら個人ブログやらを渡り歩き、ようやく解明しました。

現在のNTT東からの請求書を確認してみると請求名目は「Nマンション2B 2850円」です。Nマンション2Bって何だ?とこれまた調べると、つまりは「フレッツ光ネクストマンションタイプ プラン2B」のことらしい。そうか、やはりうちのマンションは「フレッツ光ネクスト」になっていたんだ。IPv6接続もつかえるようになっているらしい。ふーん。

で、現在「Nマンション2B」で2850円が回線料。それにぷららプロバイダ料が950円だったか。これを一本化( 転用)すると総額が3600円になる。なーんだ、差額は200円か。「Nマンション2B」ってのは、そもそもが安いんです。マンション16軒だったか束ねているんで、場合によっては渋滞する。ただし実際には下り50Mbps程度は出ているんで不満をもったことはないです。集中する夜なんかは遅くなるのかな。

しかも1月31日まで転用料タダという文言は、サイトにはあるけど文書のDMにはない。電話で申し込むと「今なら」転用料無料。「今なら」ってのは、いつまでなんだ。

いろいろ勘案の末、今回の回線+プロバイダの一本化は却下。細かいことだけど、NTT東から借用の形になってるVDSL装置(モデム) の扱いなんかはどうなるんだろ。そのままぷらら扱いになるんだろうか。はて。

疲れました。

★★★ 光文社
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この作家は初めて。けっこう達者な人です。

えーと、関ヶ原から30年後、さるお方に頼まれた江戸の商人(紙屋だったかな)が、関ヶ原や三成について事情を知るさまざまな人間にインタビューする。ま、偉い人は無理です。たいてい誰それの家来だったとか小姓だったとか、そういう男たち。いや、女もいました。高台院(ねね)の侍女だったかな。

インタビューですから、質問事項は決まっている。関ヶ原の戦いは何故起きたのか。三成ってのはどんな人物だったのか。なぜ20万石程度の三成が西軍を指揮できたのか、等々。相手の地位や立場によって回答もいろいろです。

こうして関ヶ原に至る経緯や、石田三成という人物の輪郭がだんだん明確になってくる。たいていはこの時代に関心ある人なら知っているような事実ですが、初耳もありました。三成の子供(男子)や女子が奥羽の某大名を頼って生きのびたこと。また関ヶ原の戦いの火蓋が切られたとき、西軍側は応急ながらまともな陣をかまえて待ち受けていた。そこへ家康が無謀に突っ込んでいく形。

ふーん、でした。

内容は(特に結末)面白かったんですが、ちょっとワンパターンで飽きる部分もある。★4つにするほどのこともないかなという本でした。


★★ 草思社
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以前読んだ「徳川慶喜家の子ども部屋」は非常に面白い本でしたが、その著者・喜佐子が嫁いだのは越後高田藩の榊原政春。ようするに当時の華族です。東大卒の華族といっても戦争が近くなると徴兵にとられ、しばらくの間は一般兵士と同じで殴られて暮らした

少尉となってからは東京勤務。しかし開戦寸前に南方軍総司令部付となって移動。最初は報道部担当だったようです。しばらくすると軍政担当。サイゴンあたりを拠点としてスマトラからフィリピン、シンガポールとあちこち飛び回り、仕事のかたわら感想を平易にメモした。

徴兵前は台湾の国策会社に勤務もしていたし、視野は広いですね。ただし根幹はあくまで「大東亜共栄圏」。これは仕方ないことです。大東亜共栄圏達成のためには現地を搾取する必要もあるし、軍の力で弾圧することも必要。マニラあたりの米国に甘やかされた市民は論外。仏印、マレーでも最大の敵は強固な華僑ネットワークである。内地では平等とか温和政策とかいう連中がいるけどとんでもない。しばらくは強権政治が必要だ。

立場なりに合理的に判断している。しかし東京の本部の方針にはかなり批判的だし、現地でもいい気になって増長している日本軍には嘆いています。ストレスがいろいろあったらしい。当時のインテリ軍人がどんなことを考えていたか、如実に理解できます。

なかなか面白い日記でしたが、あいにく期限がきて、半分ほど読んだ段階で返却。


なにやらの用で家人が目黒雅叙園へいったのですが、そこで近くの寺に八百屋お七の墓があるとかなんとか。たしかお七が寺小姓(たぶん)の吉三に会ったのが本郷駒込吉祥寺。お七吉三は昔の春歌にもあって調子がいいので「所は駒込吉祥寺」という部分だけは記憶に残っていました。お七と吉三が寺の座敷で乳繰り合うとかいう唄です。でも本郷と目黒じゃけっこう離れてるなあ。

その後、八百屋お七じゃなくて吉三の墓らしいと修正が入りましたが、あの火事のあと吉三がどうなったのか知らない。ちょっと気になって調べてみました。ネット時代、こうしたことを調べるのは非常に簡単です。

Wikiによると吉三は責任感じたのか目黒明王院にて剃髪。坊主になった。悟り澄まして荒行やって名僧知識とうたわれた西運上人。で、経緯は知りませんが目黒大円寺に「お七地蔵」ってのを作ったらしい。本人の木像もあるらしい。ふーん。

八百屋お七ときいて、駒込吉祥寺と同時に思い出したのが「本所回向院」。なんか関係があったよう気がする。ひょっとして振袖火事をおこした火元かな。うん。

これも違いました。涙のしみこんだ因縁の振り袖を焼いて火事を出したのはやはり本郷の「本妙寺」。そうそう。「妙」の字で想像つくように法華宗のお寺です。本郷という土地、大火事になりやすいんでしょうかね。で、振袖火事=明暦の大火。舟で死体を運んで埋葬したのが本所回向院だそうです。なるほど。

いろんな出来事やら寺の名前がみーんなゴッチャになってる。ちなみにお七の墓は実家近くの白山円乗寺。ほかの寺にも地蔵とかいろいろ縁のものがあるようです。

★★★ 朝日新聞出版
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ようやく読み終えました。内容は米国の被差別状況です。ニューヨークのハーレムでの黒人、南部諸州での黒人、そして居留地の先住民(インディアン)

書かれた時代がたぶん1960年代の後半でしょうか。「日本ではなかなか信じてもらなかった」そうですが、その後に偶然「イージー・ライダー」が公開され、「ソルジャー・ブルー」もあった。「そうした映画が内容の真実性を裏付けてくれた」そうです。

50年以上前の米国です。ま、だいたいは想像通りでしたが、本多とアフロヘアーの黒人が同乗してクルマで走っていると狙撃されたというのは流石に驚きました。黒人だけならさして問題ではない。連中は面倒を起こさないから。またアジア人も問題はない。しょせんは黄色い連中です。また「目覚めた黒人」の証拠であるアフロも、それだけなら、これまた相手にしないだけ。

アフロとイエローという組み合わせが問題だった。そこに土地の住民の怒りを買うセンシティブなものがあった。単に無視するというレベルではなく、積極的に抹殺しようとする

ちなみに本多は終始一貫「英語」ではなく「イギリス語」という言い方をしている。理屈はわかりますが、偏屈なオヤジだなあ。どこかにある日本大使館に電話をかけると受付けがイギリス語で応答すると怒っている。通常、日本大使館に用のあるのは現地の日本人や旅行者だろう。なんでイギリス語で応答するんだ。

もっともな怒りではあります。やたら攻撃的ではありますが、本多の主張には納得できます。ただし、読むのは疲れました。本多勝一集には他にも「戦場の村」とか「中国の旅」なんかもあって読もうかなとも考えていましたが、うん、ちょっと休憩です。


sanadamaru.jpg今年の大河ドラマ「真田丸」けっこう良いですね。この調子なら真面目にテレビを見ようと思っています。

脚本の三谷、時としてふざけすぎる気味はあるんですが、ま、NHKだし、そこそこ抑えてくれるんじゃないでしょうか。一応は真田信繁(幸村)が主人公です。

信繁ってのは冬の陣まではほとんど無名だったし(だから大坂城の幹部たちからはあまり信用されなかった)、たぶん真田一族のストーリーになるでしょう。中小企業である真田一家がいかにして激動に飲み込まれず戦国を生き延びるか。父・兄・弟のファミリー劇、群像劇ですか。

昔の新選組!も群像劇でした。若い俳優ばっかりで騒々しかったけど、脚本はそんなに悪くなかった。ただ惜しむらく肝心の近藤勇が大外しで、ちっとも鬼の局長らしさがなかった。

人を切るのは気がすすまない。気がやさしくて、祇園の芸子を妾にするにも純情ドキドキで、おまけに演技が極め付きの棒大根。黙って立ってれば立派に見える男なのになあ。脚本も媚びてしまって完全に「仏の局長」になってしまった。筆が曲がった印象。どこからの圧力だったんだろ。

そうそう。同じくNHKで始まった木曜時代劇「ちかえもん」も悪くないです。ちょっと?な部分もありますが、ま、芸達者な連中が演じる近松門左衛門と曽根崎心中を題材にした時代コメディ。関西の文楽演者がかなり協力している雰囲気で、音曲や人形の場面もある(北村有起哉が竹本義太夫を演じ、スッとぼけた味を出しています)。全8回くらいのようですが、これもたぶん見る予定。

あんまり連ドラを見る習慣なかったんですが、今年は大変です。


★★ 勉誠出版
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真面目な研究書でした。ただし一応は「一般向け」も意識しているのかな。すいすい読める本ではないですが、かといって完全な論文というほどでもない。

この時代のモンゴルは、ほとんど調査されていなかったようです。旧ソ連時代はチンギス・カン(この本での記述)なんて悪の巨頭だったし、この名前を口にしただけで民族主義者として逮捕される可能性もあったらしい。ま、それも当然で、ロシアとか東欧からすればモンゴル軍は悪魔の使者です。殺戮集団。いまでもあんまり良い感じはない。

ソ連から独立して、ようやく堂々と民族の英雄について語れるようになった。たしか巨大な銅像もどこかに建ってたはずです。モンゴル系住民にとっては、やはりチンギス・カンは大英雄。酒でもレストランでも建物でも、大きなものにはみんなチンギス・カンの名前がつく。チンギス・カン・ホテルとかチンギス・カン池とか。チンギス・カン酒とか。

イメージだけは強烈だけれども、ではモンゴルとは何だったのか、チンギス・カンは何をしたのか、どんな帝国だったのかというと、あんがいわからない。不明な部分がべらぼうに多い。それで日本の考古学チームなんかが現地チームと協力していろいろ調査発掘をしている。残された資料は少ないようですが、それでも少しずつわかったきたらしい。

この本をザッと読んで理解したこと。面白かったのは、チンギス・カン(テムジン)はウイグル系商人のバックアップをかなり得ていた可能性があったということです。そうしたバックアップを得て、周辺部族との戦いに勝利を得ることができた。また通商使節団を殺されたのが原因とされているアラル南域ホラズムとの戦いですが、実際にはその前から戦いを準備してきたらしい。使節団うんぬんは単なる口実

要するに沙漠の交易商人たちは自由に中央アジアを歩き回りたいわけです。それには国境が消えてほしい。制限が少ないほうがいい。なんならホラズムがモンゴルを制圧したってかまいませんが、どうもモンゴルのほうが理解がありそう・・・そう考えた商人たちがいた。そう思わせる何かがチンギス・カンという人間にはあった。

そうそう。雌伏期のテムジンは実は金の子分になって力を蓄えた。タタールってのは金に従服していたんですが、ちょっと勢力が強くなりすぎたのかやがて金に嫌われた。で、声をかけられて東西から呼応してタタールをやっつけたのがテムジン。政治情勢を見て狡猾にたちまわる能力があったんでしょうね。単に強いだけの連中ではない。

もうひとつ。オルドってのはたんに妻妾のいる住居ではなく、いわば「宮廷」、場合によっては「首都」だったらしい。で、オルドはいくつもあって、チンギス・カンのいたのが大オルド。

compobow.jpgそうそう。モンゴル弓の構造についても知りました。複合弓というやつですね。コンポジット・ボウ。

イメージとしては柔軟な鹿の角みたいなのを組み合わせたシンプルなものかと思っていましたが、実際は非常に細工の細かいものらしい。まず竹とか柔軟な木で弓の幹の形をつくります。イメージとしては逆C字形。この幹にベタベタと角や骨なんかの板を貼り付ける。反対側にもいろいろ貼って、最後は牛や羊の腱のようなのものでグルグル巻く。かなりの強度が出るらしいです。

そして逆C字だったのに弦を張って、C字に引く。弦を張るだけで弓は裏返されてるわけで、パンパンになっている。したがって、短い弓でももべらぼうな飛距離が得られる。使いこなすには剛力とテクニックが必要だったでしょう。遠矢なら500Mとか600Mの記録もあったらしい。遠矢には鏃(矢尻)を小さく、近距離用なら大きくて重い鏃を使ったらしいです。ふだんは弦を張らないで逆C字の形で保管していたそうです。

などなど。初めて知ったことも多い本でした。


売り場で対応してくれる店員は、なぜかみんな役にたちません。1人くらい商品知識があって気の利いた店員がいてもいいのに、なぜかいない。

理由は明白で、有能な店員(社員、工員)はすぐ引き上げられて出世してしまうからです。そんなら主任や係長なら有能かというと、それも違う。有能な係長はすぐ課長になってしまうからです。また役に立たない店員は出世することことなく、そのままずーっとヒラ店員です。役にたたない主任も同様。そういうわけで、どの階層(レベル)においても、役に立つスタッフはいない。みーんな無能。

この法則、なんという法則かは知りませんがずいぶん前に知って感心したことがあります。核心をついている。組織はすべて役に立たないヒラ社員、主任、課長、部長、重役、そして社長からなる。ま、理屈からすると、有能な社長も少しはいるかもしれないですが、たぶん経団連の理事に選ばれて無能化する。

で、先日読んだ本で、ローレンス・ピーターという人が面白いコメントしていることを知りました。つまり役にたたない連中だけにならないためにはどうしたらいいか。この法則が適用されると社会の損失であると同時に、個人にとっても損です。有能な教授が無能な学部長になっても、なにも良いことはない。給与は少し増えるでしょうが仕事は面白くないし周囲からは無能扱いされる。

方法は「セーブすること」だそうです。つまり能力を発揮しすぎないようにする。ちょっと抑える。論文を10本書ける力があるなら8本にする。そうやって能あるタカが爪を半分隠すことで、自分も幸せになるし社会にも損失を及ぼさない。

そうか。このピーター博士が発見した法則だったんだ。ごくシンプルに表現すると「人はバカになるまで出世し続ける」ということらしいです。

★★★ 朝日新聞出版
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正月。気の重い「プロメテウスの罠」なんか読んだ後だったので、なんか楽しいものが読みたくなった。で、たまたま図書館の書籍検索で本多勝一集というシリーズがあることを知りました。30巻近くあるらしい。すべて閉架です。「北の無人駅から」の延長で、北海道を扱ったものがないかなと見ていくと、この「アムンセンとスコット」を発見。うーん、なつかしい。

子供の頃、探検ものは大好きでした。もちろんアムンゼンは読んだし、スコットの悲劇も読みました。ついでに南極観測船宗谷の立ち往生は手に汗にぎってラジオに聞きいりました。

宗谷は非力で小さかった。ソ連のオビ号は強そうだった。いま調べてみると、オビ号は1万トンを軽く越えた砕氷船で、(船のトン数ってのは難しいんですが)宗谷の3倍か4倍はあったみたい。宗谷はたしか東京湾の船の科学館に浮かんでますが、いま見ると驚くほど貧弱です。こんな船で南極まで行ったんだ。

で「アムンセンとスコット」ですが、知らないことが山ほどありました。まず犬と馬の違い。スコットが馬にこだわって失敗し、アムンゼンは犬を使って成功した。これは知っていたんですが、実際にはスコットも犬を連れていっていた動力そりも用意していった(すぐ壊れた)。また馬を極点まで使用するつもりはなかったらしく、海岸部の平坦地からプラトー(高原地帯)へ登る急坂あたりで終える予定だったらしい。つまりたいして期待していなかったんですね。犬についてもそうで、やはり途中までのつもりだった。その後はどうするかというと、最初から人力でそりを曳く予定だった。ひぇー。

動力そりはすぐ壊れた。馬も犬もたいして期待できない。しかしそりは人力で曳く。それがスコットたちの美意識だったんじゃないか。苦しいけれども英国海軍のタフな精鋭です、耐えて頑張ってやりぬこう。

本の後半の解説対談によると、スコット隊は犬の扱いにあまり自信がなかったんじゃないだろうか。犬なんて信用できない。やはり最後は人間の力だ。ジョンブル魂。

一方のアムンゼン隊は犬を信用しています。実際、極寒の中でも犬は頑張ってそりを曳いてくれた。北西航路探検の際にイヌイットから犬の扱いを教えてもらったような気配もある。防寒着なんかもやはりイヌイット方式のブカブカな服装をかなり採用している。いいものは採用する。実際的だったんでしょうね。それに比べるとスコット隊は固定観念にとらわれていた。用意していった牛革の防寒着はあまり役にたたなかった。汗が内部にたまって凍りつく。

もうひとつ。アムンゼン隊は犬を食べた。仕方なく食べたんではなく、最初から食べることを予定していた。たとえば50頭を連れて行ったら、途中々々で間引いて、内臓は他の犬に与え、自分たちは肉をたべる。ついでに新鮮な肉を帰路用に途中のデポ(前進基地)にもストックしておく。

こうしたやり方は合理的ではありますが残酷です。スコット隊と比較して非難されてきた部分なんですが、実はスコット隊だって馬を食べていた。馬は予想に反して極寒に耐えきれなかったし、おまけに膨大な量のマグサを橇にのせて運ぶ必要もあった(なんとまあ)。

馬は体重が重いのでクレバスに落ちる。マグサも切れる。そうなると馬を処分するしかない。処分した馬はもちろんみんなで食べます。ただ「計画的に食べたかどうか」だけが違う。(ちなみに犬の食料なら、途中でつかまえたアザラシなどを活用することもできた)

ルート途中のデポ設定も、完全にスコット隊は失敗していますね。思ったほど内陸部へ運ぶことができなかったし、量も少なかった。地形や天候など運不運もありますが、最初からスコット隊は不手際が続いた。スコットは以前のシャックルトン(南緯88度23分まで行った)の道筋をたどったんでほとんどが既知のルート。うまくいくはずだったんですが。

そうそう。最後の最後、4人で極点へアタックかける予定だったのに、スコット隊長は急に一人増やしてしまった。隊員5人。でもテントは4人用。スキー板も4セットしかない。そもそもをいうなら、スキーを履いているせいでそりをうまく曳けないとかいうメモも残っているくらいで、スコット隊はみんなスキーが下手だったらしい。(アムンゼン隊はスキーを大活用している。さすがノルディック)

ことほど左様。スコットという人、平時の軍人としてはともかく探検隊を指揮するべき人ではなかった。アマチュア。遭難したからすっかり悲劇の人物となったけど、もし無事に帰還していたら英国でも総スカンくらった可能性あり。もっとも同時期に南極に上陸した白瀬隊はもっとアマチュアですけどね。悲惨なくらいアマチュア。それでもあの時期、よくぞ敢行した。よくぞ全滅しなかった。はるばる乗っていた船なんて200トン程度です。日本に帰ってからも、死ぬまで借金に苦しんだ。

ついでですが、スコット隊の最終アタック要員5名のうち、1人だけは水兵だった。大男でそり曳き要員として期待されてたんでしょうね。ただし凍傷に侵されていて、極点からの帰路、どんどん衰弱。推測ですが、大きな体の割にカロリー不足だったんじゃないか。

衰弱が一人でもいると進行がおくれて食料が減る。食料が減るといっそう進度が落ちる。でも下っぱだから文句もいえないし、ひたすら耐えてそりをひっぱる。そのうち死んじゃった。後になってもう一人の士官も覚悟の死をむかえるんですが、こっちは英雄視。でも先に死んだ水兵のことは誰も言わない。どう埋葬したかのメモもない。ま、軍隊だし階級社会の英国ですから。

対談資料の中で、日本の越冬隊だった人が話しています。やはり同じように最年少の下っぱで、しかもそりを先導して歩いた。日本の犬は先の見えない雪面を走らないんだそうです。だれかが先導すると、その足跡に安心して走る。ホワイトアウトの中を歩くのは恐かった。運が悪ければクレバスに落ちる。「犬のしつけがわるい」と本多は非難してましたが、ま、そうなんでしょうね。後ろから「走れ!」と叱咤しても犬がまったく隊員を信用せず走らない

で、その下っぱ隊員の話によると、極寒の雪道を先導するとべらぼうに腹が減るらしい。必要カロリーについてはもちろん事前に検討していたんだけど、通常は4500kcalなんて絶対に食べられない。しかしそりの先導なんてしてると、4500kcalでもまったく足りない。おまけに食料貯蔵の失敗で結果的に3000kcalしか食えなかった(実は当人が食料計画担当責任者だった)。

とはいえ、食事量はみんな平等。西堀隊長とか先輩連中が残さないかなあ・・と期待しても、誰も残さない。仕方ないから犬用ビスケットをちょろまかして食べたそうです。8枚やるところを1枚もらう。うらめしそうな犬の視線を感じながら、不味いビスケットをかじる。悪いなあと思っていたその犬を結果的に南極に置き去りにしてしまった。慙愧だそうです。

そうそう。スコット隊はあまり書いてないけど壊血病にも甘かった気配がある。壊血病になるとどんどん体力がなくなって、結果的に距離を稼げず、そのために食料が不足する。アムンゼン隊はしっかり生肉を食べていた。これでビタミン補給。

theterror.jpgそのはるか半世紀以前、堂々たる軍艦二隻で実施した北西航路のフランクリン隊なんかでも、やはり英国流の階級意識が問題だったらしい。用もない銀器まで積み込んだ重いそりを必死に曳くのは水兵。士官は手ぶらで傍らを歩く。

アザラシを捕まえる技術がなくて、しかたなく白熊が食い残した骨を拾って食べていた。おまけにしっかり焼いて、肝心の骨の髄をこがして食った。ビタミン不足。すぐ近所でイヌイットの老人や幼児がふつうに生活している環境で、英国軍人たちだけがバタバタ死んでしまった。ダン・シモンズの「ザ・テラー 極北の恐怖」に詳しいです。

フランクリン隊に関しては用意した膨大な量の缶詰が粗悪品だったという話もあります。直前になって海軍省が安い業者に乗り換えた。ほとんどが腐っていたり、鉛が溶け込んだり、酷い代物だった。ちなみにスコット隊が使った燃料缶も粗悪で、デボしておくと漏れたり蒸発したり。おまけに何故か食料の上に缶を置いていたので、漏れた油で食料がダメになった。いったいなぜまた食料の上に置いたんだ。

動力そりにしても、馬の使用にしても、燃料缶にしても、きちんと耐寒テストをしたんだろうかと言いたくなります。ま、「大丈夫だろう」という程度だったんでしょうね。人のことはいえなくて、日本の第一次観測隊でも食料冷蔵の感覚がなかった。南極で冷蔵庫は必要ないだろう。しかし実際にはけっこう暖かい日もあって、溜めこんだ食料がどんどん腐る。その結果として食料計画の大幅見直し。腹が減って犬のビスケットをちょろまかす羽目になった。

なんにしろ、初めてのことは大変です。結果論で、あとから批判するのは簡単だけど。ちなみにアムンゼンもスコットも、日本ではずっーと詳細な探検記がなかった。人気がなかったんですね。アムンゼンは完璧すぎる。スコットは悲惨すぎるし、かといってあまり非難したくない。だから読んでもちっとも面白くないものになる。そりゃそうだ。

sogennokaze.jpg後漢の光武帝、なぜか主人公にした小説が少ないんですが、それも同じ理由でしょうね。あまりにもスンナリ成功しすぎる。波瀾万丈ハラハラドキドキの要素が少ない。宮城谷昌光の「草原の風」がそうで、かなり頑張って書いてるけどやはり難しい。

ある本を読もうかどうか迷ったとき、けっこう大きな判断材料になるのが出版社です。

だいたいの傾向がありますね。たとえば岩波なら良質だけど硬いとか、早川ならそこそこ面白いけど駄作もかなり多い。新聞社系はテーマはいいけど、けっこう読みづらい(クセが強い)こともあるとか。

というふうな経験しながらこの歳までなっているので、ちょっと興味を惹かれても奥付の版元名を見てやめるということも多々あります。内容は良さそうなのに訳がよくない。誤植が多い。図版もひどい。こうして「やっぱ、この出版社のはダメだ」という思い込みに根拠を与えてくれる。

去年読んで感想を書いた本が88冊でした。では勝手な判断でつけたの数と、この「出版社評価」は相関するのか。ひまなもんで、ザッとさらってみた次第です。


まず★★★★評価。
これは数が少ない。えーと、北海道新聞、文藝春秋、読売新聞、岩波書店。これだけでは何もいえないか。なので★★★と合算します。

次に★★★評価。
(1) いちばん多かったのは文芸春秋で、11冊。なるほど。文芸春秋の本はたしかに安心感がありますね。めったに失敗しない。
(2) 次は新潮社で6冊。これも納得。ちょっと文芸臭があるけど、たいていは読める。
(3) そして河出書房で5冊。はて、河出の本って何を読んだっけ。学術系が多かったのかな。
(4) そして集英社早川書房が並んで4冊。ふーん、集英社ねえ。
(5) そして中央公論講談社が3冊。硬いイメージの中公、柔らかいイメージの講談社。どっちも振るわなかった。
(6) 筑摩書房が2冊。ま、納得。

あとは1冊ずつでした。意外なのは角川書店が1冊しかランクインしなかったこと。若い人向けの版元という感じが強くなったのかな。草思社、白水社など固そうなのが1冊だけというのは十分わかるんですけど。


そして★★です。★★が多いというのは良いことなのか悪いことなのか難しいです。少なくとも読んでみようという気は起こさせる。だけど結果として良くなかった、あるいは合わない。

(1) トップはなぜか講談社でした。6冊。10冊読んで6冊が★★ですから、かなり確率が悪い。合わない部分があるんだろうな。
(2) 次は文芸春秋集英社。4冊。うーん、文春本もあんがいダメなのがある。
(3) そして河出書房が3冊。
(4) 中央公論、新潮社、岩波書店、角川書店が各2冊。
(5) あとはすべて1冊だけです。

はて、リストは作ってみましたが、これで何が言えるのか。頭をひねってみたけど難しい。

どうでもいいこと。河出書房新社、中央公論新社。「新社」のついた版元って、二つもあったのか。どっちも比較的好きな版元です。ちなみに「飛鳥新社」は最初から新社だったようです。あいにくここの本は読んだことなし。

結論=統計としてはほとんど無意味だった・・・せいぜいで文春は(自分にとって) 読みやすいという程度でしかない正月だなあ。


駅の近くに大型書店ができた!と喜んだのに、暮れに行ってみたら発見できない。変だなあとぼやいたら妻にバカにされました。完全に勘違いしていた。南口のイトーヨーカドーのビルかと思っていたら、実は北口のドンキのビルの地下だったらしい。なんで勘違いしたんだろ。

calendar2016B.jpg三ケ日があけてからカレンダーを買いに行ってきましたが、目指す「タマだけのカレンダー」がない。数字のことをタマというらしいです。絵や写真は不要なんですが、仕方ない。なるべく目立たない星空の月めくりを購入しました。星空写真ならたいてい暗いのであんまり邪魔にならないだろう、きっと。

そんなことはともかく。サウジとイランが国交断絶だそうで、それはそれは。
恥ずかしながらニュースで知った最初の感想は面白い、でした。面白いじゃないか、やれよ。

イランは最近ちょっと軟化のきざしはあるけどガチガチ。原理シーア派の元締めみたいな国です。サウジもスンニーとはいえ、たしかワッハーブでコチコチ原理派。どっちも大国。どっちもメンツを重視するんだろうから遠慮なくやってくれ。ただし周辺各国、武器なんか売るなよ。調停なんかするなよ。手持ちの武器で派手にバンパチやって、近代兵器がなくなったら斧でも棍棒でもガンガンやってくれ。

昔はそうやって国が滅びたり栄えたりしたんですよね。どっちかがどっちかを征服するか、それとも共倒れになるか。砂漠の生存競争。歴史。好きにしてくれ。

★★★ 学研パブリッシング
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図書館の棚にズラーッと並んでいたので2冊だけ借出し。

うーん、感想を書くのは非常に難しい。内容はもちろん想像通り。無力感というか、苛立ちというか。こういう国なんだな、日本は。

しかし冷静になって考えてみると、住民も村役場も県庁も国も、本当に悪い奴なんていないんです。みんなその人なりに(自分の限度なりに)努力もしている。仕事もしている。原発推進か反対かはともかく「こうしたほうがいいだろう」と思ったことをしようとしている。

ただし、みんなちょっとだけ保身を考える。自分の身が可愛い。前例にないことをして咎められるのを恐れる。「やれ! 責任はオレがとる」と言い切れる人は非常に少ない。ま、当然ではあります。たとえば国や県の指令を待たず、住民にヨード剤をのませる。ちょっと回り合わせが悪ければ、断行した人は本当に責任をとるしかないでしょう。責任といっても、単に職をやめればいいのか。そんな程度の責任なのか。結果的にうまくいっただけなのかもしれない。

なんやかんや、非常に気分の悪くなる本です。後味は最悪。でも仕方ない、くじけず巻4、巻5・・と読み続けなくてはならないですね。

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