「本多勝一集 第28巻 アムンセンとスコット」

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★★★ 朝日新聞出版

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正月。気の重い「プロメテウスの罠」なんか読んだ後だったので、なんか楽しいものが読みたくなった。で、たまたま図書館の書籍検索で本多勝一集というシリーズがあることを知りました。30巻近くあるらしい。すべて閉架です。「北の無人駅から」の延長で、北海道を扱ったものがないかなと見ていくと、この「アムンセンとスコット」を発見。うーん、なつかしい。

子供の頃、探検ものは大好きでした。もちろんアムンゼンは読んだし、スコットの悲劇も読みました。ついでに南極観測船宗谷の立ち往生は手に汗にぎってラジオに聞きいりました。

宗谷は非力で小さかった。ソ連のオビ号は強そうだった。いま調べてみると、オビ号は1万トンを軽く越えた砕氷船で、(船のトン数ってのは難しいんですが)宗谷の3倍か4倍はあったみたい。宗谷はたしか東京湾の船の科学館に浮かんでますが、いま見ると驚くほど貧弱です。こんな船で南極まで行ったんだ。

で「アムンセンとスコット」ですが、知らないことが山ほどありました。まず犬と馬の違い。スコットが馬にこだわって失敗し、アムンゼンは犬を使って成功した。これは知っていたんですが、実際にはスコットも犬を連れていっていた動力そりも用意していった(すぐ壊れた)。また馬を極点まで使用するつもりはなかったらしく、海岸部の平坦地からプラトー(高原地帯)へ登る急坂あたりで終える予定だったらしい。つまりたいして期待していなかったんですね。犬についてもそうで、やはり途中までのつもりだった。その後はどうするかというと、最初から人力でそりを曳く予定だった。ひぇー。

動力そりはすぐ壊れた。馬も犬もたいして期待できない。しかしそりは人力で曳く。それがスコットたちの美意識だったんじゃないか。苦しいけれども英国海軍のタフな精鋭です、耐えて頑張ってやりぬこう。

本の後半の解説対談によると、スコット隊は犬の扱いにあまり自信がなかったんじゃないだろうか。犬なんて信用できない。やはり最後は人間の力だ。ジョンブル魂。

一方のアムンゼン隊は犬を信用しています。実際、極寒の中でも犬は頑張ってそりを曳いてくれた。北西航路探検の際にイヌイットから犬の扱いを教えてもらったような気配もある。防寒着なんかもやはりイヌイット方式のブカブカな服装をかなり採用している。いいものは採用する。実際的だったんでしょうね。それに比べるとスコット隊は固定観念にとらわれていた。用意していった牛革の防寒着はあまり役にたたなかった。汗が内部にたまって凍りつく。

もうひとつ。アムンゼン隊は犬を食べた。仕方なく食べたんではなく、最初から食べることを予定していた。たとえば50頭を連れて行ったら、途中々々で間引いて、内臓は他の犬に与え、自分たちは肉をたべる。ついでに新鮮な肉を帰路用に途中のデポ(前進基地)にもストックしておく。

こうしたやり方は合理的ではありますが残酷です。スコット隊と比較して非難されてきた部分なんですが、実はスコット隊だって馬を食べていた。馬は予想に反して極寒に耐えきれなかったし、おまけに膨大な量のマグサを橇にのせて運ぶ必要もあった(なんとまあ)。

馬は体重が重いのでクレバスに落ちる。マグサも切れる。そうなると馬を処分するしかない。処分した馬はもちろんみんなで食べます。ただ「計画的に食べたかどうか」だけが違う。(ちなみに犬の食料なら、途中でつかまえたアザラシなどを活用することもできた)

ルート途中のデポ設定も、完全にスコット隊は失敗していますね。思ったほど内陸部へ運ぶことができなかったし、量も少なかった。地形や天候など運不運もありますが、最初からスコット隊は不手際が続いた。スコットは以前のシャックルトン(南緯88度23分まで行った)の道筋をたどったんでほとんどが既知のルート。うまくいくはずだったんですが。

そうそう。最後の最後、4人で極点へアタックかける予定だったのに、スコット隊長は急に一人増やしてしまった。隊員5人。でもテントは4人用。スキー板も4セットしかない。そもそもをいうなら、スキーを履いているせいでそりをうまく曳けないとかいうメモも残っているくらいで、スコット隊はみんなスキーが下手だったらしい。(アムンゼン隊はスキーを大活用している。さすがノルディック)

ことほど左様。スコットという人、平時の軍人としてはともかく探検隊を指揮するべき人ではなかった。アマチュア。遭難したからすっかり悲劇の人物となったけど、もし無事に帰還していたら英国でも総スカンくらった可能性あり。もっとも同時期に南極に上陸した白瀬隊はもっとアマチュアですけどね。悲惨なくらいアマチュア。それでもあの時期、よくぞ敢行した。よくぞ全滅しなかった。はるばる乗っていた船なんて200トン程度です。日本に帰ってからも、死ぬまで借金に苦しんだ。

ついでですが、スコット隊の最終アタック要員5名のうち、1人だけは水兵だった。大男でそり曳き要員として期待されてたんでしょうね。ただし凍傷に侵されていて、極点からの帰路、どんどん衰弱。推測ですが、大きな体の割にカロリー不足だったんじゃないか。

衰弱が一人でもいると進行がおくれて食料が減る。食料が減るといっそう進度が落ちる。でも下っぱだから文句もいえないし、ひたすら耐えてそりをひっぱる。そのうち死んじゃった。後になってもう一人の士官も覚悟の死をむかえるんですが、こっちは英雄視。でも先に死んだ水兵のことは誰も言わない。どう埋葬したかのメモもない。ま、軍隊だし階級社会の英国ですから。

対談資料の中で、日本の越冬隊だった人が話しています。やはり同じように最年少の下っぱで、しかもそりを先導して歩いた。日本の犬は先の見えない雪面を走らないんだそうです。だれかが先導すると、その足跡に安心して走る。ホワイトアウトの中を歩くのは恐かった。運が悪ければクレバスに落ちる。「犬のしつけがわるい」と本多は非難してましたが、ま、そうなんでしょうね。後ろから「走れ!」と叱咤しても犬がまったく隊員を信用せず走らない

で、その下っぱ隊員の話によると、極寒の雪道を先導するとべらぼうに腹が減るらしい。必要カロリーについてはもちろん事前に検討していたんだけど、通常は4500kcalなんて絶対に食べられない。しかしそりの先導なんてしてると、4500kcalでもまったく足りない。おまけに食料貯蔵の失敗で結果的に3000kcalしか食えなかった(実は当人が食料計画担当責任者だった)。

とはいえ、食事量はみんな平等。西堀隊長とか先輩連中が残さないかなあ・・と期待しても、誰も残さない。仕方ないから犬用ビスケットをちょろまかして食べたそうです。8枚やるところを1枚もらう。うらめしそうな犬の視線を感じながら、不味いビスケットをかじる。悪いなあと思っていたその犬を結果的に南極に置き去りにしてしまった。慙愧だそうです。

そうそう。スコット隊はあまり書いてないけど壊血病にも甘かった気配がある。壊血病になるとどんどん体力がなくなって、結果的に距離を稼げず、そのために食料が不足する。アムンゼン隊はしっかり生肉を食べていた。これでビタミン補給。

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そのはるか半世紀以前、堂々たる軍艦二隻で実施した北西航路のフランクリン隊なんかでも、やはり英国流の階級意識が問題だったらしい。用もない銀器まで積み込んだ重いそりを必死に曳くのは水兵。士官は手ぶらで傍らを歩く。

アザラシを捕まえる技術がなくて、しかたなく白熊が食い残した骨を拾って食べていた。おまけにしっかり焼いて、肝心の骨の髄をこがして食った。ビタミン不足。すぐ近所でイヌイットの老人や幼児がふつうに生活している環境で、英国軍人たちだけがバタバタ死んでしまった。ダン・シモンズの「ザ・テラー 極北の恐怖」に詳しいです。

フランクリン隊に関しては用意した膨大な量の缶詰が粗悪品だったという話もあります。直前になって海軍省が安い業者に乗り換えた。ほとんどが腐っていたり、鉛が溶け込んだり、酷い代物だった。ちなみにスコット隊が使った燃料缶も粗悪で、デボしておくと漏れたり蒸発したり。おまけに何故か食料の上に缶を置いていたので、漏れた油で食料がダメになった。いったいなぜまた食料の上に置いたんだ。

動力そりにしても、馬の使用にしても、燃料缶にしても、きちんと耐寒テストをしたんだろうかと言いたくなります。ま、「大丈夫だろう」という程度だったんでしょうね。人のことはいえなくて、日本の第一次観測隊でも食料冷蔵の感覚がなかった。南極で冷蔵庫は必要ないだろう。しかし実際にはけっこう暖かい日もあって、溜めこんだ食料がどんどん腐る。その結果として食料計画の大幅見直し。腹が減って犬のビスケットをちょろまかす羽目になった。

なんにしろ、初めてのことは大変です。結果論で、あとから批判するのは簡単だけど。ちなみにアムンゼンもスコットも、日本ではずっーと詳細な探検記がなかった。人気がなかったんですね。アムンゼンは完璧すぎる。スコットは悲惨すぎるし、かといってあまり非難したくない。だから読んでもちっとも面白くないものになる。そりゃそうだ。

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後漢の光武帝、なぜか主人公にした小説が少ないんですが、それも同じ理由でしょうね。あまりにもスンナリ成功しすぎる。波瀾万丈ハラハラドキドキの要素が少ない。宮城谷昌光の「草原の風」がそうで、かなり頑張って書いてるけどやはり難しい。