Book.22の最近の記事

hoheinohonnryo.jpg講談社文庫★★★

浅田次郎の自衛隊もの。短編の連作で登場人物は共通。浅田の旧軍ものでは占守島()の話とかありますが、自衛隊ものってありそうでなかったような。

浅田が属していたのは市ヶ谷の普通科連隊です。たぶん1970年台の話でしょうか。ちなみに三島が市ヶ谷で演説したのがちょうど1970年(昭和45年)、その後に入隊したらしい。

浅田の小説ですから手慣れた面白さですが、そうか、当時の自衛隊ってそんな感じだったんだ。新兵の質もひどいですが、ま、当時のことですからね。不良だろうがヤクザだろうが、なんでもいいんで募集係がかき集めた。全国の中学にさかんに募集のビラなんかが貼られていた時代です。

隊員の日常も旧軍の内務班さながらで、毎日しょっちゅう誰かがぶん殴られてます。ま、それでも旧日本軍ほど凄惨じゃないですが、でも殴る程度は日常茶飯。殴る理由もかなり理不尽で、メンコの数かさねた古参兵(8年兵!)が虫の居所が悪いという理由だけで殴るとか。

先日最終回があったらしいイケメンだらけの自衛隊青春ドラマ(たしかフジ。「テッパチ」だったっけ )なんかとはまったく異質です。ニューギニア生還とか予科練とか、当時はまだ旧軍の生き残りが自衛隊に残っていたらしい。

そうそう。この小説でやっと自衛隊の階級を覚えました。二等兵は2士、一等兵は1士、上等兵が士長。兵長は3曹で、軍曹は1曹。准尉という階級もまだ存在したんですね。(

 

千島列島の北端の島。もう終戦と思っていたのにソ連軍が上陸してきて、戸惑いながらも守備隊は善戦。手間取ったため、簡単に北海道の半分占領という計画が崩れてスターリン激怒。生き残りの兵はシベリアに送られた。

運動部ノリの隊員たちはドラマだからまあ仕方ないけど、防大卒バリバリ指導教官(2尉=中尉)が小柄色白のヒヨヒヨ女優というのはいけない。せめて日焼けドーランを塗ってほしかった。

たしか野間宏の真空地帯で知った階級です。少尉と曹長の間。ノンキャリのいちばん上ですか。

 

mahouwomeshiagare.jpg講談社★

途中で挫折。考えてみると瀬名秀明の本、最後まで読んだことがあっただろうか。たとえば「パラサイト・イヴ」あるいは「あしたのロボット」。うーん・・・。

レストランで客の待ち時間にマジックを披露する若者の話です。いろんなマジックの話。なぜか同行する人間そっくりの少年型自立ロボット。なんか高校時代に悲劇があったらしい気配。 ただ、妙に明るい雰囲気。

で、挫折。相性が悪いんだろうなあ

 

思い出した。池澤夏樹もそうで相性がわるい。最近なんとか最後まで読めたのは「ワカタケル」ぐらいかな。最初に出会った「マシアス・ギリの失脚」は楽しかったんですけどね。ただしダメなのは小説だけ。エッセイの類はかなり好きです。

 

yumekumano2.jpg集英社★★★

紀和鏡は中上健次の奥さん。「気は狂」と命名したのは亭主らしい。伝奇小説を多く書いているもよう。和歌山生まれかと思ったら、東京っ子でした。

この小説、たぶん4回目です。ずっしり分厚くて、決して寝ころがっては読めない。それにしても「夢熊野」というホワホワした題名はあんまり合わないなあ。カバーもピンク系がつかわれていて、装丁が違うと思う。

主人公は賢くて美女で活動的で源為義の娘。つまり義朝の妹、八郎為朝の姉、頼朝や義経の叔母。それどころか熊野ふきんに残る強力な巫女の血筋で、伝承のヤタガラスなんかとも関係がある。妖女。60すぎても20歳くらいには見える。

そうそう。今年の大河ドラマでも熊野牛王の誓紙が出てきましたね。書かれた誓約に反すると全身から血をふいて死ぬこと間違いなし。たぶんヤタガラスが全国をまわって、違反者には毒でも飲ませるんだろうな、きっと。こうして熊野権現の権威が保たれる。

ま、その程度に思っていましたが、「誓約が破られると、熊野のカラスが一羽、枝からボトリと落ち、そして違反者が死ぬ」という趣旨の話をどこかで読みました。単に罰するだけではなく、代償として一羽が犠牲になる()。面白い発想だなあ。

ま、それはともかく。ヒロインが完璧すぎて大昔の少女マンガみたいなんですが、でもしっかり読ませます。村の住人には愛され、ヤタガラスの少年にはひそかに慕われ、海賊の跡継ぎにも惚れられ、なにかと助けられ、野心に満ちた熊野の別当たちは婿として通ってくる。おまけにトシをとらない。

つまり熊野三山の次期別当になろうとするならこの主人公、たずひめ=鶴姫のバックアップがぜったいに必要なんですね。それどころか鬼か天狗か、不可思議な異族まで登場して子供を孕まされてしまう。生まれるのはもちろん鬼の子供です。

そうか。ナウシカなのか。風の谷の住民も他の部族も、みーんなヒメさまにあこがれる。オウムの群までが心を通わせる。こうして八百比丘尼さながらの「丹鶴姫」「たつたはらの女房」伝承が生まれる。そうそう。ヒロイン設定はともかく、中身の大部分は平安末期から鎌倉初期、熊野三山の政治史、権力史みたいなものです。熊野伝承の民俗的な語りもけっこうあります。

 

熊野にはいまも丹鶴伝説というのが残っているらしいです。平安装束の怪しい女が出てきて悪さをする。子供をさらう。あな恐ろしや。

一羽ではなく三羽死ぬともいうらしい。真偽は不明。

 

tennoutaii.jpg中央公論新社★★★

御厨という名前、ときどき目にします。たぶん政治学者でしょう。立ち位置も不明だけど、少し保守寄りなのかな。令和改元が5月1日になった件で「改元の日はメーデーですよ」とか感想を述べていたらしい。着眼点がユークだなあ。

それはともかく。平成天皇がいきなり辞意をもらした件。意志のないはずの「象徴」が重大な政治的な生身の話をしたわけで、けっこう騒ぎになりました。

さすがに放置しておくこともできず()、政府は有識者会議を招集。その座長代理をつとめたのが御厨氏です。で、あとになって、天皇発言についての記事やら談話やら論説やらをいっぱい集めて本にした。いちおう中立な立場で、ざっと400ページです。

日時をかけてそれをずーっと読みました。面白い意見もあったし、つまらないのも多かったけど、それでも350ページくらいは読破したかな。いわば九合目。で、ついに挫折。頂上まで行くことがなにか意味あるわけじゃないので、これでヨシとします。

それぞれの記事の細かい感想とは別に、通して読むと徒労感がありました。なぜか・・・と考えると、要するにそもそも天皇制そのものが不自然でおかしいからですね。戦後のバタバタ騒ぎ。ゆっくり新憲法を練っていた松本委員会に対してGHQから指示が下り、進駐軍の若い理想主義者たちが急ごしらえ。また政治情勢から天皇退位・天皇定義のつきつめを避けた。つまりは理想主義と現実、妥協の産物なんでしょうけど、しかしできあがったものをまじめに読むと、こんなヘンテコリンな憲法というか「法」はないです。

中学校で、天皇は「象徴」と教えられました。なんとなく納得していたけど、後年、これを英語にすると「symbol」と知ったときはかなり愕然とした。シンボルですか。象徴とシンボルではかなり雰囲気が違う。漢字とカタカナの差。ありがたみが消える。で、生身の人間がシンボルになってしまうというのははて・・・。

平成天皇(上皇) が日本各地へ出向いたり、避難民に寄りそったり、それどころか膝を折ったり。こうした行動が国民の共感を呼んだことは事実ですが、でも法としての「憲法」からすると違反行為です。あきらかにシンボル逸脱。でも、それが悪いか!と平成天皇はたぶん考えた。

だから海外、サイパンやベリリュー島にも行った。海上保安庁の巡視船にも泊まった。宮内庁はかなり反対したようですね。でも天皇は強行した。それこそが象徴としての責務であるという強い意志があった。

で、これからどうするんでしょう。そもそも政府は皇室典範にさわりたくないらしい()。女性宮家、女系天皇の是非も論じたくない。ひょっとしてここにも統一教会の影響があったのかなかったのかは知りませんが、結果的に面倒なことはすべて先送り

そうそう。「天皇は何もするな。几帳の中にこもってひたすら祈っていればいい」という類の論もけっこうあったようですね。確かにそういう理屈も可能で、天皇をお祈りロボットかつ決済印ロボットにする論。極度の理想主義で、さすがに無理がある。すべては戦後に天皇問題をきちんと総括しておかなかったツケでしょうね。日本政府も政党も企業も、みーんな総括が嫌い。ややこしい問題をすべて先送りにした。()

 

この騒ぎでアベの改憲発議の機運がそがれてしまったという説もあるらしい。

戦後の学者の中には「典範」という特別な呼称はおかしい。単なる法なんだから「皇室法」にすべきという意見もあったとか。なるほど。卓見。鋭いひとがいたんだなあ。

少子化問題とか、議員定数是正とか。国債発行とか。原発のゴミ処理とか。みーんな先送り。ツケは後世に。それが楽です。

 

souseki-okuizumi.jpg河出書房新社★★★

杉浦日向子 増補新版」と同じで、文藝別冊のムック本。中身は「夏目漱石」です。ちなみに作家の奥泉光という人は、かなり重度の漱石オタクで、このムックにはパスティーシュ「『吾輩は猫である』殺人事件」の一部も掲載されています。

うーん、という程度しか説明できないですね。

巻頭が奥泉光、斎藤美奈子、高橋源一郎の鼎談。みんな勝手なことしゃべって面白いです。

そうそう。水村美苗という人が、違いすぎる漱石と谷崎を比べていろいろ書いてるのも悪くない。あの特定の時代に漱石があらわれ、この時代にはたまたま谷崎だった。もし逆だったらどうなったことやら。両人にも不幸、読者にも日本にとっても大不幸。

定番といわれる作品の一部だけを抜粋一覧した企画もよかったです。あまり読んでない人への手ほどき。そうでもないと、まったくイメージのわかない小説も多い。

・・・という具合にずーっと最後まで読んで、結局のところ自分は前期三部作では「三四郎」だけ、後期三部作からは「」しか読んでいないけど、でもこれで十分だったという気がします。

要するに漱石を軽んじるのはナンだけど、かといってあんまり崇めすぎるのもナニ。「草枕」の理屈展開と描写にワケわからなくなったり「虞美人草」の藤尾の結末で困惑したのは当然だったんだな、と一安心した次第です。

はい。やはり漱石は猫と三四郎だけでもいいんだ。けっして悪くない洗濯 選択。

 

tenkanokisha.jpg文藝春秋★★★

たとえば夏目漱石の若い頃、どこであれほどの学力を身につけたのか‥と調べてみると、たちまち迷路に迷い込みます。次から次へと有象無象、いろんな学校というか塾というか、出たり入ったりしていて、そのうち天下の学士様になってロンドンへ行っている。いつ英語を身につけたんだろ。

ま、そういう時代であり、そこをくぐり抜けてきた人間の才能・努力が桁外れだったわけでしょう。

漱石より少し前()の万延元年に生まれて、明治9年に東京開成学校()に入学。入学時は数十人だったもののその後の変遷6年を支障なく通過し、明治15年に東京大学)を文学士として卒業できたのは27人しかいなかったそうです。全国でたった27人。この中に山田一郎という奇人がいた。

この連中、もちろん全国から選り抜かれたピカイチの秀才です。日本には学ぶに値するものがないから基本的にずーっと英語で勉強した。英語で聞き、英語で読み、英語で考え、英語で書く)。もちろんピカイチだから、ふつうの教養である漢文もスラスラ書けるし読めるが、それでも日本語は英語ほど上手じゃないという人が多かったらしい。

どんな連中だったか。このへんの事情は坪内逍遥の「当世書生気質」を読むとわかる。逍遥の卒業は、この万延元年組よりちょっと遅かったらしいです。だから山田一郎とは直接かかわりません、たぶん。

大隈重信のフトコロ刀といわれた小野梓という人がいて、この小野梓のまたさらに子分が同級にいたため、万延元年組の学生は大隈となにかとつきあいが生まれた。ところが明治14年の政変で大隈が官を追われ、その後の国会開設運動とか改進党の結成、専門学校設立(早稲田大学です)とか、いろいろあって、要するに政府が官吏養成のつもりで送り出した卒業生が、かなりの比率で反政府運動(ま、ですわな)に身を投じた。

で、この新規誕生の文学士たち、当座は政府のいうこともきかず好き勝手やってましたが、なにしろみんなピカイチだから諸分野で頭角をあらわす。頭角というより、その分野のリーダーになってしまう。たいてい20代の後半あたりで才能がキラメキだす。

ところが一人だけ、あんまりキラメかなかったオトコがいた。これが山田一郎。だいたいクセのある人だったらしく、素直じゃない。やけに韜晦する。おそらく几帳面な人なのに、思い切って豪傑ぶる。たとえば衆院選に出馬したのに、妙にイジイジして自分を宣伝しない。出馬しているのかどうかさえ明確にしない。「ぜひ一票を!」と言えない人なんでしょうね。結果はなんと97票。

よせばいいに東京を離れて、地方に逃げてしまった。天下の秀才、学士様。地方でももちろんチヤホヤされるけど、ただそれだけで未来がない。ボヤボヤしていて機会を失ってしまった。

こうして、天下の文学士なのに何にもなれないオトコが誕生した。地方新聞社に入ったりもしたけど、長くは続かない。地の才能はあるんで、その後はやたら記事を書きなぐっては地方に送って生活。元祖フリージャーナリストです。大酒のんで大貧乏みたいなことを言ってたけど、たぶん金はそこそこ持っていた。ほんとは潔癖で、朝起きると洗面うがいナニナニ‥と、たっぷり2時間かけたとか。風呂にはいると指を一本々々ていねいに洗いはじめるんで周囲が迷惑したとか。

ボロをみかねてプレゼントされた高級着物は何枚もあったのに、なぜかいつも汚い格好ですごす。1日1食、ただし時間かけてゆっくり酒を飲んでからやたら食う。高価でうまいものをたっぷり食う。演説始めると何時間でもしゃべる。グチグチイジイジしゃべる。原稿もダラダラダラダラ、いくらでも書ける。不器用だったのか、不器用を気取っていたのか。

友人たちは「天下之記者」と呼んだそうです。他に言いようがなかったのかもしれない。そんなオトコが大昔にいた。

 

漱石は慶応三年ですから、万延元年というと5~6年前ですね。 

東京開成学校 → 明治初期、こういう名称の学校があったわけです。もちろん開成高校とはまったく無関係

東京大学 → 帝国大学とか東京帝国大学とも違います。このころは「東京大学」という名称だった。コロコロ変わった

英語 →だから英語が得意ではない正岡子規は「劣等生」だった

早稲田大学 →早稲田創設に貢献した三傑とか四傑とか称した場合、山田もいちおう数人の中の一人に勘定されるらしい

 

marchen.jpgいそっぷ社★★★

ちょっと違和感。高島さんがなんで向田作品論を書いたんだろ。

もちろん向田作品を嫌いだというわけではなくて、高く評価はしているらしい。しかし何故また? 銀座銀座百点の連載(後に「父の詫び状」)をはじめとして、数多くの随筆や小説をとりあげ、こまかく精査。かなり容赦ない視線です。

そもそも忙しい人であり、依頼を断らないのが信条だった。おまけに締め切りギリギリにならないと気がのらないタチ。そういうわけで、たぶん一気呵成に書いた。悪い言葉でいうと、書きなぐった。言葉のセンスは抜群。しかし、エッセイや小説の時代背景はかなりいいかげん。

背景をまじめに調べなおしてみる気がない。旧制高校と現代の高等学校を同一視する。年代を無視した出来事だったり流行だったりが頻出。いわばバブル時代のイケイケ女がスマホをもって遊んでるみたいな錯誤です。同じ随筆の中でさえも前提となる時代がズレてしまったり。たぶん注意を払う気がなかったんでしょうね。気にしない人だったのか。

脚本の場合、こうした設定が多少違ってもなんかとなります。途中でナオシが入る。演出でカバーする。直接読ませる小説ほど厳密ではない。それで悪いクセがついたのかもしれません。

また、同じような展開の小説が多すぎますね。スジが同じ。ストーリーの金太郎アメ化。とくに登場する男性キャラは画一的で、登場するサラリーンがみんなワンパターンの大卒。あの当時、そんなに大卒は多くなかったはずです。勤め人の肌感覚がゼロ。おまけに戦後まもないのに、なぜか軍隊経験者がまったく登場しない。不思議に時代感覚がズレている

向田さん、あんまり世間のオトコとつきあう(話をする。観察する。関心を持つ)ことがなかったのかもしれない。狭い社会で生きている。意外にモノを知らないのかも・・・。

などなど。きびしいです。いちばんの意外は「つましいサラリーマン」ということになっている向田家の父親。書かれた要素だけから見ても、実際にはかなり成功している社員だそうです。したがって、けっして貧しい家庭なんかではない。現実の保険会社ではそこそこ出世したサラリーマンであり、給料もかなり高かったはずです。そうすると大前提となっている家庭の雰囲気がなんか違ってくる。事実とは異なる。虚構。だから「メルヘン」という言葉になる。

高島さん、本当に向田作品を好きだったのかなぁ。執筆のキッカケ、経緯はいちおう書かれているものの、どこかで「ん? おかしいぞ。こりゃ違ってる」と生来の悪いムシが起きたのかもしれない。つい黙っていられなくなった。それがソモソモだったのかもしれない・・・という感じもします。邪推ですが、なんせ不正確とか間違いとか、大嫌いな人だったようだから。きびしく指摘しないとおさまらない。

 

warukuchibon.jpg彩図社★

作家文豪といってもニンゲンですから、腹もたてるし悪口も言う。けっこうネチネチと文句つけるタイプもいる。そうした「ワルクチ」をあちこちから収録したものです。

結論として、あんまり面白い本ではなかったですね。そうだなぁ、太宰の代表的な何本かの悪口(有名なのかは井伏にたいしてとか川端とか)、中原中也の激烈なやつ(これは短いのが特徴ですね。短詩型アイクチ)とか、ま、それなり。

感想として、志賀直哉という人はかなり反感かっていたんだなあ。特に無頼派連中の目の敵。また菊池寛に絡んだ論争・喧嘩は読んでるだけで心が腐るような気分。よっぽど嫌われた。あの坂口安吾までがイジイジイイジと菊池に文句つけてる。今東光も本気で菊池と喧嘩している()。

谷崎潤一郎vs佐藤春夫。こんなにダラダラとだらしなくヤリトリが続いたとは知らなかった。読んでると赤面するような女をめぐる経緯です。

編集部ワルクチの収録の仕方が悪かったのかなあ。魅力がない。疲れる。文豪のみなさん、かなりみっともないです。

詳細は知りませんが、結果的に今東光は孤立して仏門入り。てっきり左翼運動絡みが主な理由かと思っていましたが、それだけもなかったのかな。

 

sugiurahinako.jpg河出書房新社★★★

文藝別冊 KAWADE夢ムックから刊行。サブタイトルが「生誕60周年 江戸から戻ってきた人」。ま、そういうことのようです。

中身はあちこちに書いたエッセイやマンガの切れっ端などですね。仲のよかった実の兄の寄稿もあります。これだけまとまると価値があります。彼女が言いたい「江戸」がけっこう理解できる。

若くして亡くなったことは知ってましたが、いったい何歳だったんだろ。えーと、46歳ですか。そんなに早かったんだ。豪華客船世界一周を理由に漫画やテレビから「引退」「隠居」していますが、実際は病気のためだったらしい。お兄さんが「妹は猫をかぶって、その猫がうまかった」という趣旨を書いています。隠居の理由も「意地」というべきか「猫」というべきか。

日大芸術学部を中退して()、稲垣史生の弟子になった。厳しいことで知られた時代考証のセンセイです。気に入られたらしい。で漫画を覚えて、ガロに描いたりする。血迷って荒俣宏と結婚。血迷ったのは杉浦なのか荒俣なのかは不明です。半年で離婚成立。

一般にはテレビの『コメディーお江戸でござる』で有名になったんでしょうか。ただし後年の爆発的な江戸ブームとは無縁のはずです。傘をかたむける「江戸しぐさ」とか、なんかヤケに売れましたが、あれはどこから火がついたのか。どうも奇麗事すぎました。

杉浦日向子によると、テレビで見る「長屋」は京都スタイルなので広すぎるそうです。太秦のセットを使っているから、あのサイズになる。実際の江戸の貧乏長屋は基本が3坪。つまり四畳半+土間です。へっつい(竈)はあったりなかったり。自前購入なので引越しするときは鍋釜へっついを持って移動した。

つまり原則、家で煮炊きはしないわけです。長屋は帰って寝るだけ。みんな外の屋台で食べた。外で社交した。外で時間をつぶした。それだけ外食費は安かった。

その代わり、着物とか煙管とかナベとか、モノは高かったみたいです。一生に買える着物の枚数は5~6枚だったんじゃないだろうか()。相対的に非常に高価で、今の物価で考えたらそれぞれ何十万円もする。火鉢買ったら百万円とか。だからなかなかモノは買わない。壊れたらていねいに修理する。それで修理専門業者が江戸の町中をうろうろしているわけです。モノは大事に大事に使う。

ついでに。江戸の娘は化粧しなかった。化粧して座敷に座っているのは関西の嬢はんだけ。江戸のオキャン娘はひたすら磨いた。特におでこ。ピカピカ光ってオトコの目玉が映りこむまで糠袋で磨いたそうです。ついでに。結婚しても仕事をする女は珍しくなかったけど、そういう場合、自分で稼いだ銭は自分で使えるのがふつうだった。江戸の女はかなり有利だった。

これもついでですが、所帯もつ際にはあらかじめ「三行半」を書いてもらうのがふつう。これでいつでも簡単に亭主を追い出せる。そして追い出された男は再婚するのが非常に難しかったらしい。「追い出されたやつ」という低評価になる。江戸のオトコは大変だった。

ここは卒業しないで中退だからカッコいい。昔の「仏文中退」と同じですね。

戦国期の「おあむ物語」ですか、たしか年頃になりかかった娘さん、そこそこの武将の娘なんですが、子供の頃につくってもらった草木染めの帷子(カタビラ)しか着るものがない。スネが出て恥ずかしい・・・という部分があったような。貴重だったんでしょうね。

そうそう。江戸っ子はなにかというと尻端折(シリッパショリ)して褌(フンドシ)を見せる。自慢だったわけです。いやいや、それどころか「褌、持ってるンだからな」という低レベルの自慢だったのかもしれない。褌も買えない連中がいっぱいたらしいです。なんせ高価だった。

 

mephisto.jpg幻戯書房★★★

グランド・ミステリー」「雪の階」の奥泉光の戯曲です。地獄シェイクスピア三部作。戯曲という言い方は最近あんまりはやらない。脚本の一種ですか。読んでもらうことを主眼にした脚本。ん? すこし違うか。

大昔、家にあった世界文学全集の類のなかにイプセンとかなんとか、戯曲だけを集めた巻があった気がする。けっこう読めるもんです。そのうちシェイクスピアとか北欧ものとかイタリアオペラものとか、いろいろ手をつける。あっ、井上ひさしのはなぜかダメでした。倉本の分厚い「ライスカレー」脚本は面白かった。

で、奥泉光のコレは実際に演じてもらうことを前提にしたらしい()。ただ元来が小説家なので、どうしても読ませるものを書いてしまう。最初は独白だけで40分も要してしまったり、けんめいに削ったのに上演4時間になったり。

中身はリア王、マクベスなどシェイクスピアものの発展です。当然地獄におちたこの連中がどんな具合に生きて(?)いるか。どう反省(?)しているか。悪魔たちやメフィストフェレスとかも登場してワチャワチャやります。地獄にも壁があって、無限の壁積み作業を強いられる罪人たちもいる。でも壁があるってことは、「壁の向こう」もある? 地獄の壁の向こうには何があるのか。

別件ですが、あのマクベスには息子がいた! 花のような10歳のマミリアス。ん? 本当にいたっけか。

そうそう。無事に生きながらえた版のロミオとジュリエットも登場します。可哀相に。

 

知ってる俳優では、何回目かのマクベスの公演だったか、吉田鋼太郎の名前があったらしい。

 

kouennohito.jpgKADOKAWA ★★★

吉野川の上流、片田舎の葉タバコ農家の子供。貧しくて尋常も2年くらいで上がるのがふつうで、あとはひたすらタバコ農作業。日清戦争もまだの時代です。

そんな子供が近くの町(?)に下りて、ガッチャンガッチャンとタバコを刻む機械を目にする。生まれて初めて見る「機械」です。ガーンと心を奪われてしまう。完全理系の子供が初めて動力で動くメカに遭遇したわけですね。

ま、なりゆきで子供は小さなタバコ刻み工場の職人になる。世事にはいっさい興味ないし、超不器用。関心はメカニズムだけです。必死で本を読み、知識を得る。そのうち電気についても知るようになり、さらにさらに感動する。ほかのことにはいっさい興味なし。

小さな田舎の工場から大阪の工場へ。さらにもっともっと大きな工場へ。少年(青年)はより多くの知識を得るために職場を移る。どんどんノウハウを獲得していく。朝起きてから寝るまで、電気のことしか考えない。効率のよい通信機をつくろうと心血を注ぐ。

こうなるとモデルは松下幸之助か、それとも・・と思ってしまう。きっと奮励努力して何か大発明するんだろうな、きっと。楽しい話になりそうだ

途中、青年はニキビを無意識にかきむしるクセがあることがわかります。なんか違和感。周囲には「やめろ」と言われてるけど、本に夢中になっているとついやってしまう。したたった血が本をよごす。関係した店のちょっと可愛い女の子も登場。予想通り仲良くなりますが、あれ?? なんか違う。すぐに興味がなくなる。たまに会っても、横で暗い顔している女を無視してひたすら本を読みふける。オレの大切な時間を奪うな。邪魔をするな!

いろいろあって、青年は東京へ()。陸軍の下請け研究所。学歴をいつわって、がんばって通信機を開発する。抜擢されて、満州へ。関東軍の下で通信機開発。

こうして、どんどん流されていく。彼は自分のおかれた状況が見えない。アタマの中は「自分が開発した素晴らしい通信機」のことだけでいっぱい。輝かしい大発明だあ!

最後は暗転です。悲劇で終わる。木内昇という人「漂砂のうたう」もそうでした。ドラマがあって平凡な結末になるものは書かない人かもしれません。

 

あははは。上京する際、女のことは完全に忘却。結果、なにも連絡しないで引越ししてしまった。ま、いいか。

 

hyousanoutau.jpg集英社★★★

新選組 幕末の青嵐」「櫛挽道守」の木内昇ですが、これはまたガラリと雰囲気が違う。

時代はほぼ同じで明治初期。舞台は吉原ではなく少し格落ちの根津遊廓。店の「立番」として働いているのが定九郎。なんか怪しい名前で、ま、変名でしょうね。そのうち御家人の次男坊であることがわかる。ちなみに後半になって判明しますが、誇り高かった跡取りの兄は落ちぶれて人力車夫になっていた。しかも役にたたない車夫。

「立番」は見世(店)の受け付け係です。いわゆる牛太郎(妓夫太郎)。ただしNo.1の立番ではなく、No.2。しかもNo.1がやたら有能なんで、実はあまり役に立たない。このほかにも遣手(やりて)の婆さんとか、劣等感の固まりの下働きの男、看板の花形花魁やら、お茶ひいて蹴転(けころ)に落とされそうな下級花魁とか、ま、遊廓のいろいろが展開します。

そうそう。わけのわからない前座の噺家も出てきます。若くもない。才能もない。正体不明。最初のうちは実在ではなく幽霊かと思ってました。しかも円朝の弟子らしい。ほとんどの登場人物は希望なんてもっていません。みんな絶望し、屈折している。作者の表現では沈殿して漂っている。「漂砂」ですね。

とくに大きなストーリーはありません。主人公が特に格好いいわけでもない。ひたすら新時代の閉塞感とでもいうんでしょうか。安っぽい賭場をやっていた男は急に姿をくらます。たぶん西南の戦争に身を投じたんでしょう。売れない花魁は首を釣ろうとして失敗する。花形花魁は水に飛び込む。

ずーっと暗いです。モーローとしている。直木賞の受賞作らしいです。

 

toukyoujjo.jpg集英社★★★

死神の棋譜」「雪の階」の奥泉光です。この人もかなり振り幅がひろくて、読んでみるまでどんな内容か見当がつかない。「雪の階」は二・二六前夜だったし「死神の棋譜」は現代で魔の詰め将棋。ただしどっちも男女が旅したり、謎解きだったり、共通項はある。

「東京自叙伝」はガラリと違います。維新のあたりからずーっと時代をたどって最後は福イチまで。ひたすら一人称でしゃべりまくっているのは転生をくりかえす謎の男です。ん? 男だけではなくたまには女。転生といっても人間だけじゃない。犬にもなるしネズミにもなる。それどころか同時に複数の自分が存在したり、お互いが殺し合ったり。

ま、その時代々々、大事件の裏にはかならず自分がいる。あるときは陸軍の高級参謀。あるときは闇市の新興暴力団。またあるときはサリン事件、秋葉原殺人事件。ジュリアナ東京のお立ち台で初めてジュリ扇使ったのは自分です。

たとえば読買新聞の正刀を応援して原発計画を推進させたのも自分です。原子炉爆発の現場で作業していたのも自分です。想像するに「自分」はどうやら東京の地霊じゃないだろうか。とにかく東京が好き。東京が繁栄するのも好きだし破滅するのも興奮する。世の中、なるようにしかならないんだから責任なんてない。そもそものが「地霊」なんだし。

ひたすら饒舌です。

 

bakumatunoseiran.jpgアスコム★★★

櫛挽道守」の作家です。新選組エピソードを順に追いながら、それぞれを一人称で展開。多摩から函館まで。視点パーソンは20人近くなるかな、

たしか最初は不器用に生きる薬売りの土方歳三で、やりたいことが見つからずひたすらモヤモヤしている。次は日野の佐藤彦五郎。歳三の義理の兄ですね。そして沖田総司。剣にしか興味のもてない不思議少年。そして道場の若き跡継ぎであるさわやかな近藤勇。

こうした馴染みの名前だけでなく、清川八郎とか鵜殿鳩翁なんて視点まで登場する。鵜殿ってのは、浪士隊を京までひきつれた責任者です。着くや否やひどいことになって可哀相に()。

もちろん原田左之助とか永倉新八、藤堂平助などなどズラズラと登場します。だいたい司馬さんあたりが書いた人物イメージそのままですね。それぞれの観点や立場からいろいろ事件を説明していくわけで、とりわけ新しくはないけど安心感はあります。なかなか面白いです。

そうそう。ちょっと異色だったのは伊東甲子太郎かな。あんまりこの人について書いた小説ってないような気がします。たぶん書くのが難しい。ただここでは決して完璧に芝居ができたわけではなく、自分を否定されそうになると、ついムキになって地が出る人物。人間味がありました。

山南敬助もいい人だけど、うーん・・・という性格。斎藤一が暗くて依怙地であんがい面白いです。そうそう、落ち着きはらって見える山岡鉄太郎(鉄舟)も実は浪士組の引率ストレスで胃が痛かったとか。

これが処女作だそうですが、達者な人なんですね。楽しめる一冊でした。

 

)前任者(松平上総介)の辞退で鵜殿がいきなり浪士組引率を命じられたのが55歳。もうトシです。京までは馬だったのか徒歩だったのか。浪士組分裂の責任とって辞職。亡くなったのは62歳だそうです。(Wikiより)

 

 

edowatukuttaotoko.jpg朝日新聞出版 ★★★

中身を知らずに借りましたが、河村瑞賢が主人公です。はて、瑞賢って何した男だったっけ。

明暦の大火、江戸霊岸島に住む一介の材木商人だった七兵衛(瑞賢)は、自宅焼け跡から十両を掘り出し、木曽へ急行する。まだ春浅い季節ですからね、中山道は深い雪の中。そこを必死に旅して、たしか上松だったかな、そのへん一体、木曽ヒノキの統括支配役(村役人みたいな地位かな)と談判。材木買いつけと一手販売権を確保する。

ま、山の中ではまだ江戸の大火のニュースが伝わっていなかったわけです。ただ、だからといってあまり悪どい商売はしなかった。そこそこ妥当な益(小説では通常価格の倍)で、それでも莫大な利益を得た。

以後はいろいろあった末、幕閣に命じられて、奥羽から米を江戸に運ぶ航路を開拓。当時、房総沖が難所で、阿武隈川の河口から江戸へ通じる東廻り航路はできていなかった。また酒田から下関経由、西廻り航路もなかった。途中で陸路を使っていたためえらく効率が悪かったようです。

じゃ、瑞賢って男は、そもそも何がすぐれいたのか。どうも「仕組み」をつくる才能が抜群だったようです。全体をみて人員を配置する。人を動かす。金を効率よく使う。それができた。

従来のオカミ主導だと、あまり細かいことに関心がない。ゴチャゴチャしたことは民間にまかせてしまう。統一がとれない。おまけにイベント全体を鳥瞰する能力がない。権限がない。このへん、現代でも同じですね。お役所はみーんな民間に放り投げる。民間は子会社やら孫会社を駆使したことにして益を(莫大)に得る。お役人は自分の懐が痛むわけじゃないので、無関心。

ま、そういうわけで瑞賢は大きなイベントを巧みに処理できた。公共事業の名人。そのうち淀川下流地域の治水をまかせられる。越後でも中江用水を開削して膨大な米生産を確保する。それが終わると今度は越後会津境の銀山の開発。これも難工事だったけど、なんとか成功。

という具合に次から次へ。最終的には商人からサムライ身分に(どこかのネット解説に「旗本」とあったけど、とうだろう・・・)。長生きして没した

別件ですが安井道頓は秀吉の命で大坂城の外壕を掘り、その後に道頓堀をつくった。角倉了以も同じような時代に高瀬川を開削。偉いひとがたくさんいたんですね。

旗本は1万石未満で将軍に謁見できる(御目見)身分。御目見の権利のないのが御家人。1万石以上は大名。瑞賢は将軍から言葉をたまわったという記述があるから、ゆえに旗本といえるのかもしれないけど、少し違和感あり。どこかに「150俵」ともあったが、一般論として旗本にしては禄が少なすぎるし。旗本ならふつうは「殿様」です。よくわからない。

 

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